「ふぅ、今日はこの位にしておくか」
「そうだな、日も傾き始めてきた。帰宅準備だな」
 夕方、日が暮れる頃に引き上げるのが大体恒例になってきた。俺は制服に着替え、森を後にする。

 ――クライスの「マジックワンドとしての最大の能力」に関しての説明を受けたあの日以来、俺は放課後、それを使いこなす為の特訓をするようになった。今の俺の状態でも使えないこともない能力なのだが、効果的に使うのは特殊な訓練を必要とするものだったからだ。結果として魔力のコントロールそのものにも繋がる訓練なので一石二鳥。
 俺自身は実感は沸いてこないのだが、クライスの俺に対する評価は「飲み込みが早くて助かる」とのこと。
 ――ちなみにわざわざ森に移動して訓練をするのは、クライス曰く「あからさまに人に見せたり伝えたりしていいものではない」から。更に訓練をしよう、という話になった時、
「いいか、この事は他言無用。誰にも語るなよ。約束だからな」
「ああ、わかった。誰にも言わない」
 と、厳重な約束までされてしまった。――まあ、確かにありえない技って言ったらありえない技だけど、そこまでして隠す必要があるものなんだろうか……と疑問には思う。
 まあでも、クライス抜きじゃ特訓も出来ないから、とりあえずは大人しく従う俺なのだった。


この翼、大空へ広げた日
SCENE 14  「誰の為の戦い」


「――でも日曜日にわざわざ呼び出しって、何だろうな」
 さて数日経過した日曜日。俺は母さんにわざわざ休日なのに呼び出されていた。
 正確には俺だけじゃなく、魔法関連の俺の仲間全員。しかも連絡は数日前に行き渡っており、スケジュールを空けておき、魔法服着用の上、とまで言われていた。
「…………」
「――春姫?」
 で、俺は春姫と一緒にこうして母さんの研究室を目指しているわけなのだが、何処か春姫の様子がおかしい。今日会った時からだ。何かを考え込む様子を見せたり、時折こちらをチラチラ伺うように見たり……
「どした? 何処か調子でも悪いのか?」
「そうじゃないんだけど……」
 調子が悪いわけじゃないのか。だったら何だ?
「ねえ雄真くん。雄真くん、私に何か隠し事、してない?」
「え? 隠し事? 別にないけど」
「じゃあ……じゃあどうして、最近放課後の特訓、しなくなっちゃったの?」
「――あ」
 そう。今まで放課後と言えば魔法の勉強が当然遅れていた俺は春姫先生に特別授業を定期的にしてもらっていた。が、クライスとの特訓が始まった以上、春姫先生の特別授業は受けられないわけで。
「それどころか、放課後になると私を避けるみたいに一目散に教室からいなくなっちゃうし、探してみても何処にも見当たらないし、電話してみても電源切ってあるし」
「あー、それは、そのだな」
 最近はそのクライスとの特訓が身に入ってきたというか、そんなわけで出来る限りそれに時間を費やしたいので一目散に教室を出て、探しても見つからないのは見つかるような箇所では特訓してないからで、特訓に集中したいから携帯の電源はその間は切ってるわけで。
「もしかして……もしかして、私のこと、嫌いに――」
「ばっ、そんなわけないだろ!? 俺はいつだって春姫のことが――」
「じゃあ教えて? 最近放課後、何してるの?」
 春姫が不安そうな目で俺を見ている。――何て馬鹿なんだ俺は。特訓に集中するあまり、春姫のことを放ってた。駄目だな、彼氏失格だよ俺。
「ごめんな春姫、心配かけて。実は――」
「ゆ〜うま〜」
 が、正直に洗いざらい話そうとした瞬間、俺の真後ろ、というか背中で明らかに強調して俺を呼ぶ声が。
「……クライス?」
「そうかそうか、お前は簡単に人との約束を破るような男なのか。お前にとって約束ってのはその程度のものか。ふーん、へー、ほー」
「ぶっ」
 た、確かに春姫に内緒にしていたのはクライスとの誰にも言わないっていう約束があったからだけど――
「いや、でも、この場合はだなぁ!!」
「男に二言はない。――そうだろう?」
「それはそうだ! それはそうだけど、その、あれだ、ほら!」
「雄真くん……」
「どわー!! 待て春姫、違うんだ!! わかった、三分、いや一分でいい、俺に時間をくれ!!」
 俺は泣きそうになっている春姫にそう告げると春姫から数メートル離れ、クライスを取り出す。
「なあクライス、春姫には話してもいいんじゃないのか? 俺が誰にも言うなって言ったら絶対に誰にも言わないだろうし」
「わかってないな、雄真」
「わかってないって……何がだよ?」
「何もかもさらけ出すだけが恋人同士ではない。秘密があった方がそそるんだぞ?」
「待ておい、まさかそんな理由で春姫には言うなと!?」
 一体俺達の関係をどんな感じにしたいんだこいつ!?
「たまには小出しにしよ〜うよ〜 いやらし〜い〜ふたりのヒミツ〜」
「だから歌って誤魔化すのは止めい!!」
 しかも明らかにごく一部にしか浸透しない曲だし!!
「――真面目な話、私の能力に関しては春姫にはまだ伝えられん。実際使うところを見られたとかならまだ話は別だがな、それまでは出来る限り隠した方がいい」
「じゃあ、特訓してるってことは伝えてもいいんだよな?」
「伝えても構わんのだが、どう説明するつもりなんだ?」
「へ? どう説明って……」
 普通にクライスの指示の元特訓してますじゃ駄目なのか?
「特訓なら春姫のでも十分じゃないか。何故わざわざ春姫のを断って特訓するんだ? ――という話になって、更に溝は深まるぞ」
 …………。
「ぬおおおお!? 結局俺はどうしたらいいんだ!?」
 チラリと春姫を見ると――ああっ、あの表情はヤバイ!! 限界近い!!
「――仕方が無い。私が上手く説明してやろう」
「本当か!? 助かるぜ!!」
 クライスのその言葉を封切りに、俺は急いで春姫の所へ。
「悪かったな春姫。ちゃんと洗いざらい説明する」
「……うん」
 と、俺は背中からあらためてクライスを取り出す。
「実ハ私ノ指示ノ下森デコッソリ特訓ヲシテオリマシテ」
「うおおおいいい!! 何故そんなにたどたどしい口調!?」
「そんなに……私には、言えないこと……?」
 うわ、当たり前だけどまったくもって信用されてねえ!!
「いや本当にクライスとの特訓なんだってば!! って、お前ももっと真面目に言えよ!!」
「そっ、そそそそうなんだ。じじ実は私がももっと雄真にがが頑張ってほっほほ欲しくてついそのあのだな」
「何でそんなに動揺してんだよ!? 絶対お前そんなキャラじゃないじゃん!!」
 何処まで俺達を追い込めば気が済むんだよ!?――と、そこへ新たな足音が。
「こんにちは、雄真さん、神坂さん」
「あ、小雪さん」
 廊下でもめる俺達の横に、丁度小雪さんが現れた。――普通の登場も珍しい……なんてこと言ってる場合じゃないんだ! とにかく、春姫に説明を――
「雄真さん、雄真さん」
 が、そんな俺の心境を知らない小雪さんはなにやら俺に話があるようで。
「なんですか小雪さん、今ちょっと立て込んでるんで、後で――」
 後でにして下さい、と言おうとする俺の耳元に小雪さんは顔を近づけて――
「――昨日の夜は、熱かったですね♪」
「ぶふぉぉぉぉ!?」
 その一見するとアダルトな仕草と台詞は囁いているようで明らかに春姫にもギリギリ聞こえるような音量で。――絶対計算の上だこの人!! しかも何故今そんな悪戯を!!
「止めて下さい小雪さん!! どうせ夕べのカレーは熱かったとかそんな話なんでしょう!?」
「クスン。連れないですね、雄真さん」
「一体何度俺は連れないと説明したらわかってもらえるんですか!?」
 いや絶対わかってやってるんだろうけど!!
「それでは雄真さん、また後で♪」
 そう言うと小雪さんはスタスタと行ってしまった。あの人普通に出てきたりとか出来んのか、本当に……っと、本題はそこじゃない!! 小雪さんもいなくなったし、春姫に説明を!!
「で、春姫聞いてくれ、俺はだな――」
 ヒュウウゥゥゥゥ。
「……うおおおおぃぃぃ!! 何処行った春姫ー!!」


「ちょっと雄真、これから先生が来て話があるって言うのに、何で机でだらけてるのよ」
「――燃え尽きた……燃え尽きたんだ、俺は……」
 柊からの指摘。俺は母さんの研究室にある椅子に座り机に身を投げ出していた。最早今の俺は燃えカスだ。
「燃え尽きたって……はあ? ――春姫?」
「雄真くんが悪いんだもん……」
 その横の春姫は無理も無いが未だにご機嫌斜め。――あの後何とか春姫に追いついてクライスにギリギリの箇所まで喋っていいという許可を得て必死の説明。前置きが酷かった為に納得してもらうのに物凄い苦労した。
「ちょっとちょっと、全然わからないんだけど……何があったのよ、アンタ達」
「聞いてくれるな柊杏璃。――男が疲れて女がご機嫌斜め。つまり、男女の営みがだな――」
「お前はどうしてすぐその路線に持っていきたがるんだよクライス!!」
「――何だ、十分元気じゃないか」
「やかましい!!」
 と、ある意味クライスにカンフル剤をうたれた所で、研究室のドアが開く。
「はい、みんな揃ってるわね〜?」
「……あ……」
 そう言って笑顔で入ってきた母さんは――朱色の、魔法服を着ていた。間違いない。俺のとほぼ同じデザイン。――俺のは母さんが昔着ていたのを直したやつだから、ほぼ同じで当たり前なんだけど。
「今日わざわざ集まってもらったのは他でもないわ。――魔法協会が「教授」の居場所を突き止めたの」
「――!!」
 全員に、一気に緊張が走る。――「教授」。楓奈の父親代わりだった人で、全ての元凶で――楓奈を、消してしまった人。
「まずは、瑞波さんが言っていた「教授」という人物について、少し説明しておくわね。――名前は盛原 征二(もりはら せいじ)。若い頃は将来を有望された魔法研究家だったけど、ある日を境に失踪。数年後、裏社会で名前を聞けるようになり、以後はマッド・サイエンティストとして一部ではかなり有名だったそうよ」
「のう御薙、そこまでわかっておいて、何故協会の連中は奴を放っておいたのだ?」
「決定的な証拠が掴めなかったのよ。彼が、法を犯すやり方で研究をしているという決定的な証拠が」
「まったく……これだから国の連中は」
 伊吹があからさまに愚痴りだす。――まあ、個人的なことを言えばそこそこ同意なんだよな。何の為の国の魔法協会だよ! ってのがないわけではない。
「あの日、私達が見つけたのは彼の仮の研究所に過ぎなかった。――協会は、彼の本拠地である研究所を発見したの」
「先生、それじゃその盛原という人は――」
「ええ。――まだ、その研究所にいるわ」
 消息が掴めた。それは、つまり……
「協会は、今回の出来事を証拠に強制捜査を慣行するつもりよ。――日付は、明日。つまり――」
「俺達自信の手で決着をつけるのは、今日しかない」
「雄真くんの言うとおり。――そこで今日集まってもらったの。協会が動けば少なからず彼は裁かれる。それで納得がいくのならそれでいいわ。――でも、自分達で、何とかしたいのなら」
 母さんは、用意してくれたんだ。俺達の手で、戦いを終わらせる最初で最後のチャンスを。――と、そこで母さんの顔が少し厳しいものに変わる。
「私は、教師として、保護者として、母として――皆がいくのは、勧められないわ。あまりにも危険過ぎる。子供の遊びじゃない。協会に任せておくべき」
 が、そこまで言い切ったところで、再び母さんの表情は柔らかいものになる。
「それでも行きたいと言うなら――今回だけは、精一杯のサポートをしてあげる」
 というか……きっと母さんは、最初からそのつもりだったんだろう。俺達が選ぶ答えなどお見通しで、その結果が、その着ている魔法服なわけで。――だから、俺は。
「行きます。――行かせて、下さい」
 俺は、強くなるって決めた。――退くわけにも、逃げるわけにも、いかない。
「ええ、わかったわ。――他の皆はどうかしら?」
「私も、雄真くんと同じ気持ちです。危険なのは承知の上ですけど、行かせて下さい」
「あたしもです先生。中途半端なところで終わらせたくありません」
「論外だぞ御薙。――協会の連中などに任せてはおれぬわ」
「雄真殿の意思と共にという気持ち、今でも変わってはおりませぬ」
「私も、微力ですが精一杯、尽力を尽くしたいと思っております」
「皆さんのいるところに、高峰小雪あり、ですから♪」
 そしてこれも予想済みだった仲間達の言葉。――本当に、俺は仲間に恵まれた。だからこそ――仲間だった彼女の為に、ケジメを付ける為に。
「はい、全員参加ね。――それじゃ手短に作戦の説明をするわね。――クライス?」
 へ? クライス? 何でここでクライス? 確かに頭のいい奴だしそういう意味では作戦会議とかには物凄いピッタリだけど……
「――全部お見通し、というわけか」
 が、案の定クライスにはバッチリと母さんの意思が通じてるわけで、謎の会話が開始される。
「だって、クライスのことだもの。あなたがやりそうな事なら、大体予想がつくわ」
「ハハハ、そうか、それもそうだな。――ああ、こちらは問題ない。というよりも、我々……いや、雄真にやらせてやってくれ」
「ええ、あなたがそう言うのなら。――それじゃ、あらためて作戦の説明をするわね」
「あのー……一応クライスの現マスターとしては説明を要求したいところなんですが」
 普通に謎の会話をするだけならまだしも思いっきり俺の名前挙がってたぞ……気にするなっていう方がそれは無理なんじゃなかろうか。
「安心しろ雄真、そのうちわかる」
「そのうちって実行するの今日なのに!?」
「いいから鈴莉の説明を聞いてやれ」
 そういう言い方をされてしまうと、こちらとしては何も言えなくなってしまう。
「それじゃ、あらためて作戦の説明をするわね。内容は簡単。私達で陽動して、出来る限りの敵を引き付けるから、その間に皆は建物内に突入、盛原教授との決着をつけてらっしゃい。ルート等は今から簡単な地図を渡して説明するわ」
「あの……私「達」ということは、御薙先生とどなたが陽動に参加なさるのでしょうか……?」
 上条さんの疑問は最もだ。やっぱりタマちゃんがいる小雪さんか?
「その点に関しては心配ないわ。――特別参加者がもう直ぐ到着するから」
「特別参加者……?」
 母さんがそう言った時だった。――窓の外からだろう、ブロロロロ……と重めのバイクの物だと思われるエンジン音がこの部屋に響き始めた。ここ学校だぞ? とか思ってると……
「! 雄真くん、あれ!」
 比較的窓際にいた春姫からの指摘で、俺も窓の外を眺めてみる。と、そこには……
「な――聖さん!?」
 春姫が指摘した先では、あの聖さんが大型のバイクにまたがったままフルフェイスのヘルメットを脱ぎ、首を軽く振ってまとわりついていた髪の毛を元に戻していた。――そ、そういえばあの人の趣味たしか大型のスポーツカーとかバイクとかを乗り回すことだったってのを聞いたことがある気が……
「格好いいし、似合ってるし……憧れちゃうわ、あたし」
 柊のその言葉はまさに俺達全員の台詞で、気付けば皆窓からその様子に見惚れていた。――美人は何やっても似合うって本当だな、うん。
「ということは御薙、奴が――」
「ええ、特別参加者よ。――彼女なりにあの日曜日以降気にしていたみたいで、電話貰ったの。その時にお願いしておいたの」
 聖さんの参加。これ以上ない位の戦力だ。
「はい、それじゃ出発はきっちり一時間後。それまでに準備を済ませておいてね。――それから雄真くん」
「はい」
「ちょっと、こっちへいらっしゃい」
 そう俺を手招きする母さんの元へ俺は小走りで移動。――何だろう? さっきのクライスとの会話に関することか?
「はい、ちょっとこの辺りに立って。――ええ、この辺りでいいわ。それじゃ、いくわよ」
「いえ、あの、それじゃいくわよって、その」
 カシャッ。
「――はいオッケーよ」
「いや写真撮りたかっただけ!? 重要な話があるんじゃないんですか!?」
「だって、折角のペアルックなのよ? ちゃんと記念に撮っておかないと。――で、送信、と」
 ピッ。
「いや折角とか今そういう場合じゃ……って、送信って、まさか!?」
 その瞬間、ドドドドドド、と廊下から凄まじい足音というか轟音というか。
「雄真くん!! どういうことなの!?」
「やっぱりかー!!」
 そのまま物凄い勢いでドアを開けて入ってくるのはやっぱりかーさんなわけで。――って、どんなスピードだよ!? Oasisからここまでどれだけあると思ってるんだよ!? 早すぎだろ来るの!?
「あら音羽、仲の良い親子がペアルックを着るのは当然のことよ? これは、雄真くんと私が、仲の良い証拠」
「悔しい〜〜〜!! 雄真くん、私とのペアルックは拒む癖に〜〜!!」
「いやこれ違うから!! 好きで着たんじゃなくて強制的というか仕方なしにというか!!」
「今からでも遅くはないわね!! 雄真くん、今からお買い物よ!! ペアルックを買いに!!」
「行くかー!! というか準備させてくれー!! 出発まであと一時間しかないんだから!!」
「一時間もあれば大丈夫よ〜♪」
「そういう問題じゃねええぇぇぇぇ!!」


 山奥、深い森林に囲まれた場所に、その研究所は建っていた。そして周囲の自然とは似ても似つかぬ見た目最新の技術を備えているであろうその研究所を少々離れた位置から見下ろす、二人の女性がいた。
「――雄真くん達の準備が終わったみたいね」
 その内一人の鈴莉が自分の携帯電話をチラリ、とポケットから出してそう言う。――通話無し、携帯電話のワンコールを準備完了の合図にしていたのだ。
「わかりました。――それじゃ、戦闘開始、ですね」
 そしてもう一人であった聖が、腰から自らの剣の形をしたワンド「リディア」をゆっくりと取り出す。――二人の役目は陽動。出来る限り多くの敵を集め、その間に雄真達に建物に突入してもらう、という手順だ。
「それにしても……先生とツーマンセルで戦うなんて、あの頃は思ってもみませんでした」
「そうね、何だかんだで聖ちゃんとは機会がなかったわね。――蒼也(そうや)くんには負けるかもしれないけど、足を引っ張らないように頑張るから」
 と鈴莉がからかい混じりの笑顔で言うと、聖は苦笑する。
「その台詞、先生もやっぱり仰るんですね。――私と組むと、皆言うんですよ、その台詞」
「あら、そうなの?」
「夕菜(ゆうな)や美由紀(みゆき)は勿論、謙太(けんた)くんにも言われましたし、ゼロにも言われたこと、あります」
「ふふふ、ゼロにも言われてるなんてね。――でも、仲睦まじい二人の連携は本当にバッチリだったもの。妬けちゃうほどにね」
「ありがとうございます」
 聖の苦笑は、いつの間にか恥ずかしそうな微笑に変わっていた。
「もう直ぐ帰ってくるのかしら? 蒼也くん」
「ええ。向こうでのことは大体終わってるみたいなんで、今年の夏を目安に、という話にはなっています」
「それじゃ、結婚は秋か冬辺りに?」
「流石にそこまでの予定はまだ。――でも、決まったらご報告しますから、ご心配なく」
 そう聖に返されると、鈴莉が軽く苦笑する。
「――先生?」
「そこでうろたえないで答えられるのが聖ちゃんなのよね。これが雄真くんと春姫ちゃんだったら二人して顔を真っ赤にしてうろたえるのに」
「ふふっ、あの二人ならそうかもしれませんね。そんな感じはしました。でも、私だって十分うろたえてますよ、先生?」
「それでも表面にあまり見せないのは、離れていても二人の愛が確かなものだから、かしら?」
「かもしれませんね。――それに、私としては、離れてるつもりなんて、ないですから。いつだって」
「はいはい、ご馳走様でした。若いっていいわね〜、あ〜、羨ましい」
 鈴莉がそう言いながらわざとらしくおどけたポーズを取ると、聖もそれを見てクスリ、と笑う。
「それじゃ、行きましょうか、先生」
「そうね。雄真くん達を待たせるわけにもいかないし」
 そう言うと、二人は何の迷いもなく研究所に向かって歩いていく。入り口を通るとすぐに四名程の人間が少々遠巻きに二人を囲む。
「――お前達、何者だ? ここへ何の用だ?」
「さあ、誰でしょう?」
 鈴莉が笑顔でそう答えた瞬間――
「っ!?」
 聖と鈴莉の周囲の空気の流れが一瞬にして重いものに変わった。
「――こいつら、協会の人間か!?」
「駄目だ、俺達だけじゃ!! 急げ、他を呼ぶんだ!! こいつらヤバイぞ!!」
 動揺を隠し切れない研究員四名。
「エル・ツヴァイレスト・イルジエッジ」
 同時に鈴莉が自らの前方に魔法陣を繰り出す。
「――エルンスト・クル・アダファルス!!」
 詠唱完了と共に、鈴莉の魔法陣から巨大な火炎球が四つ生まれ、勢いよく前方へ飛んでいく。――と同時に聖も前方へ移動。更には――
「な――そんな使い方……ぐわあっ!!」
 鈴莉が放った火炎球の内、三つは各敵に真正面から向かっていったが、一つはアトランダムな動きを見せたかと思うと、聖のリディアの剣の部分とぶつかった(正確には聖が自らリディアで受け取った)。そしてその瞬間、元々纏っていた光と更にキャッチした炎で、光の火炎を纏ったリディアが生まれる。――効果範囲、威力共に予想外の増加を見せた為に一人が応対が遅れ、聖に一撃で吹き飛ばされた。
 これが、聖が得意としていた「ツーマンセル」のシステムである。――剣式のワンドであるリディアを用い、接近戦を得意とする聖。その後方に一人、遠距離攻撃可の魔法使い。敵は速度が速く何より接近してきている聖を相手にするしかなく、後方にいる方はほとんど攻撃や補助に専念出来るのだ。――無論、聖の光の魔法による回避能力、防御能力があってこその技なのだが。
 単身でも十分な強さを誇る聖が、更なる強みを発揮出来るシステム。確かに今組んでいる相手は本来の「パートナー」ではないのだが、そうは言っても今聖のサポートに回っているのはあの御薙鈴莉。日本でも有数の実力を持つ者同士の共闘は、ほぼ最強と言ってしまっても過言ではないレベルに達していた。
「さあ雄真くん。こっちは順調だから、後は任せたわよ?」
 鈴莉は更なる魔法を放ちながら、そう呟いたのだった。


「――敵、少なすぎ……っていうか、何で誰もいないんだ?」
 研究所内の廊下(だと思われる箇所)を走りながら、つい俺は疑問を口にしてしまう。
 ――母さん達の交戦開始の合図と共に、俺達は待機していた別ルートから魔法によるトラップを回避しつつ潜入に成功。それで、今は盛原教授の下へ向かっている……のだが。
「馬鹿ね、先生と聖さんの誘導が上手くいってるからに決まってるじゃない」
 あっけなくそう言い切る柊。いや気持ちはわからんでもない。でも、誰も、本当に誰一人とも遭遇しないってのは……
「小日向の疑問の方が正論だな。――何かの罠かもしれぬぞ」
 伊吹が怪訝な表情で俺の意見に同意する。
「伊吹様、一度止まり様子を伺うべきなのでは?」
「信哉さんの考えも最もですが、もしも伊吹さんの仰るように罠だった場合、逆にここで一度止まってしまうのが相手の思う壷かもしれません。ここは止まらずに進むべきではないでしょうか」
 ――と、いう小雪さんの意見が尊重され、俺達は結局止まることなく走り続けることになった。
「――雄真」
「クライス? どうした?」
 クライスが俺に小声で話しかけてくる。
「本当ならもうしばらく時間を置きたかったんだがな。――使用を、今日だけ許可する」
「!!」
 使用の許可。主語がないが、クライスが何を指しているかは十分にわかる。――でも、いいのか? あれはまだやり始めたばかりで、完璧とは――
「まだわからないのか? 鈴莉はな、私がお前に伝授し始めたことを、見抜いていたんだ」
「――あ」
 そうか、あの時のクライスとの会話か! だから母さんは、俺達を――俺を、中への突入の方に選んだのか!
「それじゃ、クライス……」
「ああ。――盛原は、我々でやるぞ」
「――わかった。俺達で、だな」
「雄真くん、もう直ぐ! その扉の向こう!」
 クライスとの会話を遮るように、母さんからの魔力を込められた地図を持っていた春姫がそう叫ぶ。――俺達はその扉の前で一旦止まると、ゆっくりとその扉を開ける。
「っ……」
 扉の向こうは、椅子等余計なものはないが、広い講堂のような作りになっていた。その先、六人の研究員の中心に立っているのは、見覚えのある顔。
「ほう……てっきり魔法協会の人間かと思っていたが……君達だったとはな」
 盛原教授はそう呟くように口を開くと、フッと軽く表情を緩めた。
「貴様が盛原か?」
「いかにも」
 いち早く気迫を丸出しにして睨み付け出すのはやっぱり伊吹。周囲の奴らがピクリ、と少なからず動揺するのに対し、やはり盛原教授に動揺は見られない。
 放っておいたらそのまま戦闘開始しそうな空気の伊吹を、俺は手で制止する。
「小日向?」
 伊吹の問いかけに答えずに、俺は数歩前に出て、盛原教授と向き合う。
「つまんない御託は無しだ。どうせ素直に投降する気もさらさらないんだろ? だったらぶつかり合うしかない。俺らは七人、そっちも七人。丁度いいんじゃないのか?」
「雄真くん……!?」
「雄真、ちょっと、アンタ……!?」
 俺の言葉に何より動揺し出したのは俺の仲間達。度合いは違うものの、全員俺の言葉に驚いているようだった。――無理もないかもしれないけどな。基本一番弱いのは俺で、一番戦闘を避けたいのは俺だし。
「ほう……随分と好戦的だな、少年」
 でも、今回は違う。今回は――これからは、違うんだ。守ってもらうだけなんて、もうこりごりだ。
「ちなみに、アンタの相手は、俺だ」
「雄真殿!?」
「小日向さん、そんな、何を――!?」
 更に動揺する俺の仲間達。度合いは違うものの以下省略。
「ふ……ふはははは!!」
 が、そんな俺の台詞を、盛原教授はあざ笑う。
「止めておいた方がいい少年。君に何が出来る? あの日、楓奈に助けてもらうことしか出来なかった、君が!」
「っ……」
 確かにあいつの言う通りだ。俺は楓奈に助けてもらうことしか出来なかった。でも。
「私としては、そこの一番小柄なお嬢さんが私の相手をするのが一番妥当な路線だと思うがな。それで周囲の奴らとの戦闘に勝った人間から加勢する。それが君達の唯一の勝利方法ではないのかな?」
「奴の言う通りだ小日向! あやつの相手はこの私に任せておけばいい!」
「伊吹さんや盛原教授の言う通りです。申し訳ありませんが、雄真さんでは荷が重いのではないかと。私も自分の相手を片付け次第、伊吹さんのサポートに回りますから」
「ありがとう、伊吹。ありがとうございます、小雪さん」
 でも、それはこの前までの俺。俺は、自分の力で戦う為に、クライスと、あの技を会得したんだ。だから。
「でも、大丈夫。――あいつは、俺がやる」
「雄真……くん……?」
「いくぞ。――これが、あの日楓奈に助けてもらうことしか出来なかった俺が手に入れた、今の俺に出来る全部だ」
 俺は更に数歩前に出て、クライスを持ち直す。
「リライズ・ディメンティオン・オン・レイズ」
 俺の詠唱が開始されると同時に、俺の足元に魔法陣が生まれ――
「ディ・アムレスト・ウェルファン」
 少しずつ、俺を不思議な光が包んでいく。
「チェイン・ソフェアス・エスタリク――」
 次第に俺を覆う、心臓が揺さぶられるような衝動。一気に苦しくなる。
「詠唱を止めるなよ雄真。――心配いらん、その衝動に身を任せるんだ」
 クライス。――わかってる。悪いな、お前を信じてないわけじゃないんだよ。だから大丈夫。
 安心して……くれ……よ、な……!!
「アルザーク・ゼンレイン・オル・アダファルス!!」
 

 ズバァン!!――雄真の詠唱が終わると同時に、雄真から一気に光の波動が弾け飛ぶ。
「――雄真くん!? しっかりして!!」
 一瞬誰もがその光に目を奪われていたが、その光が落ち着くと、雄真がガクリと片膝を地面についてしまっていた。春姫は慌てて雄真に駆け寄った。――が、
「……えっ?」
 雄真は手を出して、春姫を制止させたのだ。
「――心配、ない。大丈夫だ。だから、気にしなくて、いい」
「雄真、くん……?」
 そう雄真は言うとゆっくりと再び立ち上がり、盛原と対峙するように視線をぶつける。
「ふむ……見た目には何も変わっていないようだが……一体どの辺りが君の技なのか、出来れば説明願いたいものだが?」
 盛原としても、雄真の違いを感じ取れないでいたのだ。――未だ、この段階では。
「悪いな。――説明している暇は、ない」
 そう言い切ると雄真は、前方に自らの手を掲げる。
「エル・アムダルト・リ・エルス……」
「笑わせてくれるな少年。その程度の初級魔法で、この私は――っ!?」
「カルティエ・エル・アダファルス!!」
 余裕を見せていた盛原の表情から笑みが消え、ふっと真面目な表情に変わる。――最初直径わずか三十センチ程度の大きさしかなかった雄真の魔法陣が、一気に膨れ上がり、雄真の身長と変わらない程度、いや確実にそれ以上の大きさになる。その魔法陣全面から、巨大な火炎球が生まれ、巨大に似付かぬ高速で盛原目掛けて飛んでいった。
「つっ……」
 バアァン!!――激しい衝突音。盛原がレジストで防いだ音だった。そしてその音がまるで戦闘開始の合図だったかのように盛原の側近達が移動を開始、各一対一への戦闘へと突入していく。
「カルティエ・エル・アダファルス!!」
「!?」
 一方雄真もその手を止めることなく、二度目の詠唱。先ほどの火炎球との衝突で塞がれた盛原の視界が開けた頃には既に盛原の左右に今度は巨大な風の刃が生まれ、同時に盛原に襲い掛かる。
(何だ、この威力……? 初級詠唱で繰り出せるレベルを遥かに超えている……)
 考察しつつも答えを見出せない盛原は、レジストをしながら自らの移動により、雄真の二度目の攻撃をかわす。――が、
「カルティエ・エル・アダファルス!!」
「!!」
 雄真の再三の詠唱。盛原の足元に青い魔法陣が生まれ――
「くっ……!!」
 盛原の周囲が一気に激しい吹雪に包まれる。やがて始まる細かい衝突音。まるで爆竹を鳴らし続けるようにしばらくその衝突音が続く。
「…………」
 やがて吹雪も止むと衝撃音も止まった。そして盛原は、自分を包むようなドーム状のレジストを広げてそこに立っていた。
「――成る程、経緯はわからんが、初級詠唱の極限までのパワーアップ、といったところか」
 初級魔法の最大のメリットというのは、詠唱時間も必要な魔力も少ない為、連続での使用が可能、という点である。それの威力が高ければ、連続して高レベルの魔法を放つのと同じことになり、戦闘能力は格段に飛躍する。――盛原は、そう読んだのである。
「確かに、いい攻撃だし、いい戦法だ。――だが、初級は所詮初級、それだけでは私には勝てんよ」
 盛原はそう言うと反撃の狼煙を上げる。瞬時に魔法陣を繰り出すと、詠唱。
「――オルヴォイル・ルーシャ」
「!!」
 詠唱を終えると、盛原の魔法陣から水流が生まれ、数秒間うねりを続けた後、水流はいつしか怪鳥の形に具現化された。
「さあ、ここから先は、初級詠唱の誤魔化しの効かない世界だ」
 ただ水流を生むだけではなく、あえて怪鳥の形に具現化。絶大な威力と、完膚なまでのコントロールが可能な相当高レベルの魔法である。
 が、雄真はそれを前にしても、大きく動じることはなかった。それどころか――
「成る程。――それをすれば、認めてくれるわけか?」
「――な、に?」
「エル・クウェイトルス・エル・ブレス」
 開始される雄真の詠唱は、明らかに初級のものではなかった。そして――
「――カルサルス・エヴォケーション!!」
 詠唱完了と共に、雄真が魔法陣から生み出した膨大な威力の炎は、いつしか怪鳥の形に具現化されていた。
「ペットの見せ合いをするつもりはない。――いくぞ」
「くっ……!!」
 お互い具現化した怪鳥を真正面からぶつけ合うと、数秒後には引き分け、跡形もなく消えた。
 盛原は困惑していた。――少なくとも初めて雄真を見た時に、雄真にこれほどの実力は見られなかった。並以下の実力しか備わってなかった。いや初めて見た時だけじゃない。この部屋に入ってきた時も、並以下のままだった。それが今はどうか。実力は自分と同じか、それ以上かもしれない。
 確かに、あの謎の詠唱で光の波動が起こってから、目の前の少年は変わっていた。――あれは何だったんだ? 原因はあれに違いない。だがわずかあれだけの詠唱で、ここまでの違いが出るはずもない。一体あの時彼は何を――
「――!!」
 そこで盛原は気付いた。あの波動が起こる前と起こった後の、雄真の決定的な違いを、見つけた。
「成る程な。そういうことか、少年。いや……」
 盛原の表情が、不敵な笑みに変わる。
「――君は今、少年ではあるまい?」
 一瞬生まれる沈黙。そして、雄真が口を開いた。
「成る程な。――優秀な魔法研究家だった、というのは本当らしい。この程度で見抜かれるとはな。いいだろう。――細かく説明する暇はないが……そうだな、自己紹介位はしてやる」
 そう言うと今度は雄真が不敵な笑みを見せる。そして雄真の口から出た言葉は、周囲の予測の遥か彼方の言葉だった。
「我が名はクライス。――小日向雄真を主に持つ、マジックワンドだ」
 光の波動が走る前と後との雄真の違い。――今の雄真は、マジックワンドを手にしていなかった。


<次回予告>

「ほう、驚くか。――言い忘れていたが、我が主は御薙の正式な後継者でな。
才能だけならば現当主よりも上だ」

一体、雄真に何が――
困惑の空気の中、激しさを増していく雄真と盛原の戦い。

「俺は、負けるわけにはいかないんだよ……強くなるって決めたんだよ……
俺を守ってくれた、楓奈の為にも……!!」

ぶつかり合う魔法と――譲れない想い。
悲しみを乗り越える戦いが導き出そうとするもの。それは……

「あんたにとって、楓奈って何だったんだよ!?
その辺の研究員の奴らなんかとは全然違うんだろ!? 優しくしてたんだろ!?
育ててきたんだろ!? 家族だったんじゃないのかよ!?
何でだよ、何で、楓奈をっ……!!」

それは――あまりにも、切ない――現実だけなのか。

次回、「この翼、大空へ広げた日」
SCENE 15  「確かなる想いの行き先」

「――私が楓奈を「殺した」理由が知りたいか、少年」

お楽しみに。



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