「ごめんなさいね、急に呼び出しちゃったりして。まだ忙しかったでしょう?」
 そう笑顔で、それでもちゃんと申し訳無さそうな顔で、鈴莉は研究室に入ってきた音羽にそう告げる。
「ううん、全然気にしなくていい。だって〜、鈴莉ちゃんの頼みだもん」
「ふふふ、ありがとう、音羽」
 会話だけだと、何の変哲も無い、音羽と鈴莉の会話。だがそれでいて、今回だけは、明らかなる相違点が一つ。会話だけではわからない相違点――鈴莉は、魔法服を着ていた。雄真と同じデザインの、朱色の魔法服を。
「それで鈴莉ちゃん、何の用?」
 無論音羽とてそれに気付いてないわけではない。が、自分からはそこには触れず、会話を進める。
「――髪、後ろで束ねてくれないかしら?」
「髪……?」
「ええ。自分でやってもどうもしっくりこないのよ。だからどうしても音羽にやって欲しくて」


この翼、大空へ広げた日
SCENE 13  「罪と罰、過去と今」


「ふふっ、鈴莉ちゃんの髪の毛束ねてあげるのも久々よね〜」
 椅子に座った鈴莉の後ろに立った音羽が、嬉しそうに口を開く。――ただ束ねればそれで終わりなのかもしれないが、音羽はクシを取り出し、鈴莉の髪の毛をとかす所から始めていた。
「鈴莉ちゃんの髪の毛束ねてあげるのは、私の役目だもんね」
「そうそう。だからかしら、自分でやっても納得出来ないのよ」
 何処か何かを懐かしむような二人の会話。ただ髪の毛を束ねてあげる、束ねてもらう。ただそれだけの時間を、明らかに二人は楽しんでいた。
「それに、その朱色の魔法服も、相変わらず似合ってるし〜」
「これ着るのも久々だったから、サイズが合わなくなってたらどうしようかとも思ってたけど、案外いけるものよね。後三年は大丈夫だわ」
「甘いわよ〜鈴莉ちゃん、来年になったら急にお腹が出てくるかもしれないわよ〜?」
「あら〜、そんなこと言っていいの音羽? そんなこと言うなら、今度雄真くんに高二の文化祭の時に音羽がやろうとした「白熊フォークダンスタイム」の話、しちゃうわよ?」
「ああっ!! それだけは、それだけは止めて〜!!」
 思い出話と、時折笑いを織り交ぜながらも、音羽の作業は続いていた。――音羽はわかっていた。鈴莉が、この彼女特有の朱色の魔法服を着て、音羽に髪の毛を束ねて欲しいと頼む時。それは、これから鈴莉が「本気」を出しに行かなくてはいけない時にやる、儀式的なものであること。
 つまり鈴莉が、これから何処かへ、その強大な魔力を駆使しに行くということ。――少なくとも、安全であったり安心出来たりする話ではない。
「――はい、出来た! う〜ん、我ながらいい仕事したわ〜」
 それでも音羽が自ら何処へ行くか、何をしに行くか聞かないのは、鈴莉を笑顔で送り出してあげる為。そして誰よりも鈴莉を信じている為。鈴莉が笑顔で無事に帰ってくるのを、信じて疑わない為であった。
 「あの日、あの時」に始まったこの儀式は、何年経っても、変わることなどなかった。
「ありがとう、音羽。――それじゃ私、「ちょっと」出かけてくるわね。夕飯時位までには帰ってくると思うから、それまでの間、宜しくね、子供達のこと」
「うん、この音羽さんに任せておきなさい」
 そこで再び笑い合うと、髪の毛を束ねてもらった鈴莉はゆっくりと椅子から立ち上がる。
「そうだ鈴莉ちゃん! 夕飯までに帰ってくるなら、今日家で一緒にご飯食べない?」
「あら、いいの? それじゃお言葉に甘えさせてもらおうかしら」
「オッケ〜、それじゃ今日は鈴莉ちゃんの好物、腕によりをかけて沢山揃えておくわね」
「ありがとう。――音羽の手料理も、何だか随分久々ね」
「それじゃ、用事が終わったらそのまま小日向家へ直接来ちゃってね」
「ええ、そうさせてもらうわ。――それじゃ、行ってきます」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
 そう言って、音羽は研究室前の廊下で鈴莉を見送ったのだった。


「――そうだな、まずは今更ながらのことを一つ、言っておくか」
 ベンチに腰掛けてあらためてクライスの話を聞き始めた俺。そしてクライスの第一声が、これだった。
「私がマジックワンドとして契約した主は、お前が二人目になる。一人目は――」
「……母さん?」
「ああ。ただの指輪だった私を、初めてワンド化して契約したのは、他でもない。お前の母親、御薙鈴莉だ」
 これに関しては想定内というかとっくの昔に予測がついていたというか。クライスからもそれを匂わせる(というか隠す気が無い)ような発言が何度かあったし。
「お前多分、私と契約した当初、「折角ワンド作ったのに魔法が使いやすくなったりとか全然してねえ!」とか思っただろう」
「――あ」
 そういえば、クライスと契約してすぐの実習の時とかに思いっきり思ったっけな。
「それは当然の話なんだ。――マジックワンドというのは契約したマスターと共に成長する、という話は知ってるか?」
「ああ、それは知ってる……って、あ」
「納得したみたいだな。――私は、鈴莉のワンドとしてほぼ完成の域にあった。成長しきってしまってるんだ。いくらお前と鈴莉の魔法の質が同じだからと言って、ほとんど経験を積んでいないお前と鈴莉の魔法では天と地の差がある。つまり、お前の未熟な魔法では私とはほとんど合わないんだ」
「成る程な。確かにそれなら頷けるや」
 頷ける……んだけど、それなら何故クライスを俺に持たせたんだ?
「私は元々鈴莉の祖母の形見の品でな。属に言うお祖母ちゃんっ子だった鈴莉はワンド作成時媒介は何にするかで何の迷いもなく私を選んだそうだ」
「へえ……」
「それから、私の正式な名前を教えておこうと思う」
「正式な名前って、あの……やけに長ったらしい名前か?」
 それはクライスと契約した日のこと。名前は何にするか、という時に母さんにつけてもらった名前というのを聞いたのだが長いこと長いこと。途中で聞くのを止めたのは記憶に新しい。――って、今更それを全部聞いて何になるんだ?
「いや、あれじゃない。――私の正式な名前はな、「クライス・ゼンレイン」と言うんだ」
「クライス・ゼンレイン……?」
「「クライス」はそのまま私の基本的な名前だな。何だかんだで鈴莉もあの長ったらしい名前の先頭だったこの「クライス」で私を呼んでいたし、今の私はお前から名付けられた「クライス」だしな。つまりお前があの時私のことを「すももラヴ」と名付けていた場合、私の正式な名前は「すももラヴ・ゼンレイン」になるんだ」
「いや真面目腐った口調で何気に怖いこと言うのやめてくれよお前」
 「すもも」だけでも自分のワンドにつけてたら変態なのに「すももラヴ」て。ヴってどうなのよ。
「肝心なのはその「ゼンレイン」の方だろ?」
「ああ。この「ゼンレイン」というのはな、御薙の当主、及びその者が認めた御薙の血縁者のワンドのみに与えられる称号なんだ。――とは言っても、今この時、ゼンレインの称号を持つワンドは私だけなんだがな」
「クライス、だけ?」
「御薙の全権利は今は鈴莉が一人で持っているからな。その鈴莉が御薙のワンドとして認めているのが私だけなんだ」
「御薙のワンドが、クライスだけ……」
 と、そんなことよりも、もっと具体的なことが俺は気になった。
「なあ……その、「御薙」って、立派な家柄だったり、するのか? その、式守とか、如月とか」
 今までの話を聞いていると、明らかにそんな匂いがプンプンする。
「――御薙は、裁く者だ」
「御薙は……裁く、者……? どういう、意味だよ?」
「…………」

『何……だと……?』
『…………』
『そういうこと、なのよ。承諾してもらえるかしら?』
『承諾? 出来るわけないだろう!! 高峰ゆずは、貴行本気でそのようなことを言っているのか!? 雄真を……鈴莉に自分の息子を、手放せだと!?』
『手放せなんて言ってないわ。しばらくの間、何処かへ預けておいて欲しいだけ』
『同じことだ!! 今鈴莉がどういう心境でいるのか、わからないとは言わせんぞ』
『わかるわ。わかるから……承諾して欲しいのよ。クライス、あなたの気持ちもわかるわ。でも』
『だが――』
『いいのよ、クライス』
『おい、鈴莉!!』
『御薙は、裁く者。――それは、変わらない事実。私は、その十字架を背負って生きている。私は裁く者だから――私は、自らを、裁く。これが、私の罪ならば、受けるわ』
『鈴莉……』

「――なんとなくそんなニュアンスがあると格好いいだろう?」
「はい!? それだけですか!?」
 何故要所要所でどうでもいいことを言ってくるんだよお前――と言いたくなったが、止めておいた。何だろう、何となく……なんだが、何かが違うような、そんな気がした。
「……俺には、まだ言えない話、ってことか?」
「すまないな。今の私の主はお前なんだが、鈴莉のことを考えてしまったら、言えなくなった」
「そういうことか。それなら別にいいさ。そういうワンドの方が、俺としては嬉しいし」
「悪いな。長い話にもなるし、今のお前にはもう必要のない話でもある。鈴莉も、本当に必要だったら話をするだろう。今は、お前に鈴莉の正式な後継者の権利が、あくまで権利だけがあり、力を受け継いでいるということだけ認知してくれればいい」
 御薙の話、か……確かに奥が深そうだな……
「本題に戻すぞ。――細かい話はともかく、私が鈴莉のワンドとして、御薙のワンドとして鈴莉と共歩んで数年後、鈴莉に息子が生まれた」
「俺か……」
「生まれてすぐにその赤ん坊は、鈴莉の魔法の才能を受け継いでいることがわかった。いや、正確には鈴莉以上の才能を持ち合わせていることがわかった。鈴莉は私に言った。「この子が将来魔法使いになって、御薙の力を正式に扱えるようになったら、この子の……雄真くんのワンドになってあげて」と。――私は承諾した。異論はなかった。特殊な家柄のワンドは、代々受け継がれていくものだしな。――ところが」
 「ところが」で、クライスが何を言おうとするかが直ぐに分かる。――同時に、胸が痛む。
「ところが、お前は鈴莉の予想を遥かに越える力を持っていた。それは幼いお前がコントロール出来なくなる位のな。結果、お前は――」
「一度、魔法を捨てた」
「ああ。更にその時期に起こった式守の事件により瑞穂坂学園の設立が決定。傍にいて、お前を支えてあげられないと判断した鈴莉は、音羽にお前を託す。――その時点で鈴莉は覚悟したんだ。御薙の力を使う魔法使いも、そしてゼンレインの称号を持つ私を持つ魔法使いも、自分で最後にしようと」
「…………」
 何度聞いても、思い出しても、やりきれない思いが渦巻く話。――母さんは、どんなに辛かっただろうか。
「ところが更にその数年後、再び事件は始まる。――きっかけは、高峰ゆずはの予言。――式守の秘宝に関する、予言だ」
「それって、つまり……」
「去年の春に起こった事件だ。学園に預けられて数年。再びあれを巡る争いが予言されてしまったんだ。そして……その事件に、お前が大きく関わってしまうことも、予言された」
「え……!?」
 俺が関わることが、既に予言されてた……!?
「私も鈴莉も驚き、そして悩んだ。――お前が魔法使いを目指していた、というのならまた話は別だった。が、お前は魔法を捨てたあの日のまま。つまり、お前の魔力は不安定で尚且つ強大な状態でお前の中にあり続けた。そんなお前が、式守の秘宝を巡る争いに巻き込まれたら? 激しい魔法のぶつかり合いに巻き込まれたら? 何処でお前のその魔力が暴走するかもわからない。成長したお前の中には、子供の頃に比べて更に扱いきれない程の魔力が存在していた。その暴走。――死の危険も、十分に考えられた」
「…………」
 関わりだした最初の頃は何も考えてなかったけど、危なかったんだな、俺……
「鈴莉は何とかしてお前を守ろうと考えた。どれだけ離れても、時間が経ってしまっても、愛すべき子の為の母の想いは何も変わってなかった。――だが、その時、鈴莉はお前の「母親」じゃなかった」
 俺は、かーさんに預けられる前の記憶がほとんど残ってなかった。本当の母親の顔も名前も、覚えてなかった。母さんと初めて再会した時も、何も感じなかったから……な……
「鈴莉は、音羽とすももと幸せに暮らしているお前の前に、訳もなく母親と名乗り出ることは頑なに拒んだ。今の幸せを崩したくないと考えていた。――が、それでは何かあった時にお前を守れない。四六時中傍にいれるわけでもない。悩むに悩んで出した結論。それは、万が一お前の魔力が暴走した時に、コントロールを補佐する存在を身近に与えておくことだったんだ」
「――まさか」
「ああ。補佐する存在は私、だよ。鈴莉とお前の魔法の質はほぼ同じ。つまり鈴莉の魔力のコントロールが役目の私ならば、お前の魔力もコントロール出来るというわけだ。私自身、鈴莉の強大な魔力のコントロールも何度も体験してきたことだしな。お前の魔力の暴走に対する補佐という役目にはこれ以上ない程に適任だった。だが――」
「俺は、魔法使いじゃなかった。だから……」
「ワンドを持つわけにはいかなかった。ならば、ワンド以外の形でお前に託すしかない」
 俺の中でクライスの言葉の意味が浸透していく。――と同時に、色々な感情が混ざり合って……泣きそうになっていた。
「母さんは……俺の、為に……ずっと一緒にいたお前との……」
「契約を、破棄したんだ。お前の魔力が暴走すると決まったわけでもないし、その後にお前が魔法使いになるかどうかもわからんのにな。――魔法使いというのは一度ワンドとの契約を破棄してしまうと、同じワンドとは二度と契約も出来ん。お前が私をワンドとして選ぶという選択をしなければ、私は二度と自ら言葉を話すこともなかったんだ」
 魔法使いがワンドとの契約を破棄するというのは基本有り得ない。それは自らの魔法使い生命を絶つ可能性だって相当あるはず。でも、母さんは、俺の為に……俺なんかの為に……!!
「くだらないことを思うなよ、雄真」
「っ……?」
 更に泣いてしまいそうな俺にクライスの横槍が上手い具合に入った。
「今、お前は鈴莉と親子だと認め合っている。こうして私もワンドとして存在している。それが現実だ。それで、いいんじゃないのか?」
「クライス……」
「それでも納得いかないのなら、十分に親孝行でもしてやれ。空白の時間は、山のようにあるんだ。――音羽がやきもちを焼かない程度にな」
「っ……はは、はははっ……そうだな、かーさんも俺の母親だもんな。どっちも、大切にするさ」
「そうするといい。――そして、これから話すことが……」
「話す、ことが……?」
「今まで、お前に私のことを語れなかった大きな要因になる話だ」
 そう言われて、一気に緊張する。――経緯は大体話してもらったのに、後何の話があるんだ?
「私が持つ、マジックワンドとしての最大の能力に関してだ」


「ほらよ、こいつが約束の金が入ってる、貸し金庫の鍵だ。それで、地図」
 とある港の貸し倉庫の一つ。そこに三人の男と、一人の女性。三人の男性側の代表かと思われる男が、その女性に鍵と地図と思われる紙を差し出していた。
「――安心して受け取れよ。教授は俺達とは違って、人との約束は守る律義な人だ。それで、俺達は教授には逆らえない。だからこいつが騙しとかそんな可能性はない。――やろうと思えばいくらでも騙せる、勿体無い話だけどな」
 その言葉に安心したのかどうかはわからないが、女はやがてゆっくりと男から鍵と紙を受け取った。
「よし、商談成立だ。――しかしあんたも酷い女だね。金に困ったからって自分とこの子供売ろうってんだからよ。――奪い返されておいてもしっかり金払う教授もどうかしてるけどな」
「…………」
 女は無言で何も言い返さない。と、その時だった。――ピリリリリ。
「ん、俺か……何だ?」
 突如鳴り出す携帯電話。代表格の男のだった。
『あ、風見さん! 大変なんです』
「大変なんです、じゃねえ。お前は見張りって言ったろうがよ。何で電話なんてしてる余裕あんだよ?」
『そ、そうじゃなくて、何だか女が来て、「草笛美土里に会わせろ」って、それで……え? あ、ちょっ……うわああああっ!?』
 ズガァァァン。
「!? おい、どうした、おい!?」
 電話中に聞こえた爆発音。それと同時に、電話は切れた。――そしてゆっくりと入り口に現れる、人影。
「ごめんなさいね。――じれったいから、無理矢理通してもらったわ」
 朱色の魔法服を着た、長い髪の毛を後ろで束ねてポニーテール状にした一人の女が、そこに立っていた。
「にしても、随分と「いかにも」って箇所でやり取りしてるのね。安い映画じゃないの、これじゃ」
 その朱色の魔法服の女は、その倉庫の中を見渡しながら、ゆっくりと近付いてきた。
「テメエ、誰だ? ここに何の用だ?」
「あら、貴方達に用はないわよ? 私が用があるのは、後ろの女性の方。悪いけど、邪魔しないでもらえるかしら?」
「あ? ふざけんなよ、テメエ、「ハイそうですか」って言って通してやるとでも――」
「それじゃ言い方を変えるわね。――雑魚は引っ込んでなさい」
「――っ!?」
 その瞬間、一気に周囲の空気の流れが変わった。凍てつくような気迫が、その女から出されていた。気を抜いたらその場で気を失ってしまいそうに成る程のその気迫。――女が、只者ではない、証拠でもあった。
「……馬鹿にしやがって……!! こっちは三人だ!! いくぞ!!」
 だが「雑魚」呼ばわりされた相手側も引かず、三人は同時に詠唱を開始し出した。
「そう。痛い目に合わないとわからないの。――それなら、いいことを教えてあげる」
 対する女はワンドを持っておらず、両手を合わせるように前方で重ね、詠唱を開始。そして――
「バルネ・クォイ・アダファルス」
 いち早く詠唱を終えると不意にしゃがみ、両手を地面につけた。――同時に女を中心に巨大な魔法陣が生まれ、その魔法陣が女を魔力の波動で包む。巨大なドーム状になっていた。
「くっ、な、何だ、そいつは……!?」
 電気が漏れるように、バチッ、バチッと音がしている。それはその巨大ドームが、女の魔力が、高密度な証拠でもある。地面が軽く揺れていた。
「もう、手遅れよ。――ジ・エンド」
 女が軽く笑ってそう呟くと――女を包んでいた魔力のドームが一気に展開、瞬く間に刃と変わり、男達の元へと襲い掛かっていった。
「ぐ……ぐおおおおおおっ!!」
「ぐはああっ!!」
「ぎゃあああっ!!」
 レジストを出す暇もなく、男達は一撃で吹き飛ばされた。いや、出してはいたのかもしれない。だが、女のこの魔法の前で彼らのレジストは、無力だった。
「いいことを教えてあげる。――私、今とっても機嫌が悪いの」
 それを今更言っても仕方の無いことなのだが。――そして女の視線が、男達三人の陰にいた女――高密度のレジストを展開して、先ほどの魔法をしっかりと防いでいた女へと向けられる。
「お久しぶりね、草笛さん。――それとも、如月さん、とお呼びしたほうがいいかしら?」
「御薙さん……」
 二人の女――鈴莉と美土里の口調は、何処までも落ち着いて、穏やかだった。
「まさか、こういうことになるなんてね……私も迂闊だったわ」
 そう言うと鈴莉は軽くため息をついた。
「私はね、基本放免主義なの。子供達が直面した問題は、子供達だけで解決しなきゃいけない。それがどんな結末になったとしても、それが自分達で招いた結果なんだもの。私がとやかく言う問題じゃないわ。でも……」
 ゆっくりと、鈴莉の表情が、厳しいものに変わっていく。
「でも、あなたは、子供達が直面しても、絶対的に解決出来ないような展開に仕向けた。あなたは私と同じで子供達を見守らなくてはいけない立場なのに、手を出して物語を動かした。それは、やってはいけないこと」
「…………」
「それに……今回に限って言えば、雄真くんにあなたを紹介したのは私だしね……だから、私にも責任があるわ。だからあなたは――あなただけは、私が裁く」
 鈴莉がそう言い切ると、一瞬沈黙が生まれる。――美土里が、ワナワナと震えだした。
「あなたに……あなたに、何がわかるって言うんですか!? 私の苦労なんて、何も知らない癖に!!」
「随分と経営難だったそうね、青空の園」
「――!!」
 美土里の表情が、驚愕の表情へと変わった。
「資金繰りをしたくても、迂闊な行動に出れば如月本家に存在がばれてしまうかもしれない。それを恐れたあなたは資金集めをすることも出来ず、ただただ追い込まれていく一方。そんな時に、悪魔の囁きを聞いてしまった」
「っ……」
「あなたは、恵理香ちゃん一人の幸せと、他の子供達全員の幸せを、計りにかけてしまった」
「……さい……五月蝿い……五月蝿いっ!!」
「「あなたに、何がわかるって言うんですか!?」――ええ、わからないわ。そしてあなたもわからないでしょうね。――この先、一生の傷を背負ってしまった、子供達の痛みなんて!!」
 鈴莉が激しい口調でそう言い切った瞬間、再び鈴莉の周囲の空気の流れが変わる。――集中し、魔力を集めだした証拠であった。
「大人しく従ってくれるならそれまで。――抵抗するのなら、強引にでも」
「…………」
 鈴莉がそう言っても、美土里に投降する様子は見られない。――鈴莉は手を前方にかざし、詠唱を開始する。
「――カルティエ・エル・アダファルス!」
 シンプルな術式から出される、純粋で、尚且つ巨大、強力な魔力の攻撃球が美土里に向かって放たれた。
「アレイ・ディ・サーフェンス!」
「――!!」
 更に追加された鈴莉の詠唱。その瞬間、鈴莉が放った攻撃球が五つに分裂。一つは炎になり、一つは電撃になり、一つは氷になり、一つは光になり、一つは闇になり――全てが不規則な動きとなり、曖昧なバランスで一気に美土里に襲い掛かる。
「――ジス・グレイ・リンジェ」
「!!」
 だが美土里は冷静だった。五つの攻撃球、全てを的確に捉え、キャンセルする。
「――私が如月の人間だったこと、お忘れでしょうか。名前は捨てても、魔力は如月のもの。あなたにも引けを取りません」
「そう……それなら私は、あの子達の教師や母親としてじゃなく……御薙として、あなたを裁くわ」
 再び両手を前方にかざす鈴莉。だが、今度は――
「――レジスト……!?」
 鈴莉が前方に繰り出したのは魔法陣ではなく、レジストだった。
「ディ・アムレスト」
「え……!?」
 そしてそう鈴莉が呟くように詠唱すると――鈴莉のレジストがまるで吸い付かれるように、鈴莉の両腕に纏われた。激しくゆらめくそのレジストはまるで炎のように鈴莉の両腕を包む。更に――
「アリア・メイア・キャリバー」
「!?」
 鈴莉の両腕に纏われたレジストの内、左腕に纏っていたものだけが――純白に、変色した。
「ウェルゲイル・ガル・ケイレイン!」
 瞬時に危機感を感じた美土里は、すぐさま鈴莉に向かい、即興の攻撃球を放つ。三本のレーザー式のものが時間差で鈴莉に襲い掛かる。
 だが――鈴莉の動きは、先ほどのまでとは、まったくの別物に変わっていた。まず一本目のレーザーを身体能力のみでかわす。――基本それは美土里の想定内であった。そのかわした先で、絶対的に避けられない状態で二本目が行くようにしたのだから。
 しかし、ここからが完全に予想外であった。バァン、と音がしたと思うと鈴莉はまたしても身体能力だけで二本目のレーザーをかわす。――正確には身体能力だけではない。属に言う、魔法による移動術、である。聖が使っていた光の移動術、楓奈が使っていた風の移動術。それを鈴莉は自分の「属性」により行使したのである。
 更に三本目。既に美土里に向かって前進を開始していた鈴莉の真正面から襲い掛かってくるそのレーザーを、鈴莉はレジストを纏った右腕で弾いた。――この動きも美土里には予想外だった。そして鈴莉は対応が遅れた美土里の目前にたどり着く。
「カルティエ・エル・アダファルス!」
 鈴莉が残っていた純白のレジストを纏った左腕を美土里にかざすと、純白のレジストが鈴莉の左腕を離れ、美土里の全身を包む。だがそれも一瞬で、一気に美土里の体内へと注入されていった。
「――っ!? なっ……こ、これは……っ!?」
 そして――鈴莉のレジストを「喰らった」美土里が、ゆっくりと、膝をついて、崩れていった。
「そんな……こんな、力が……」
「これが御薙の力。――あなたに課した、罪の証」
「私の……罪……」
 かろうじて膝をついて体制を保っていた美土里が、ゆっくりと床に倒れる。
「……流石、ですね、御薙さん……如月の私でも、歯が立たないなんて……」
「いいえ、私とあなたの総魔力、ほとんど差はないと思うわ。――確かに私が放った御薙のこの技は特殊だから不意をつく形になってしまったけど、私が勝てたのは――」
「私の……心の弱さ、でしょうね……私も、裁けばよかった……自分の罪を、自分の手で……裁けば、よかった……」
 美土里はそう呟くと、天井を仰ぎながら大きく息を吐いた。
「……御薙……さん……」
「――何かしら、草笛さん」
「こんな私が、言うのも、変でしょうけど……子供達のこと……青空の園の子供達のこと……お願いしても……宜しいでしょうか……」
「ええ。それに関しては、何の心配もいらないわ」
「そうですか……良かった……本当に、良かった……」
 涙を流しながらそう呟く美土里の表情は、本当に安堵した、安堵し切った、表情だった。


『鈴莉』
『もう、クライスもしつこいのね。心配してくれるのは嬉しいけど、私は大丈夫よ』
『そうじゃない。もうお前の気持ちも覚悟もわかったさ。――ただ、一つだけ、いいか?』
『あら、何かしら?』
『罪は――いつかは、償える、ものだぞ。それが、『裁き』なんだ。いつか再びお前と息子の雄真が、親子として対面出来る日が必ず来るさ』
『――ふふっ、ありがとう、クライス』


<次回予告>

「――真面目な話、私の能力に関しては春姫にはまだ伝えられん。
実際使うところを見られたとかならまだ話は別だがな、それまでは出来る限り隠した方がいい」

強くなる為に、クライスを本当の意味で使いこなす為に動く雄真。
しかし、時は彼らに再び転機を振り落とす。

「それでも行きたいと言うなら――今回だけは、精一杯のサポートをしてあげる」

優しさと信頼から生まれた、最初で最後のチャンス。
果たして、彼らが選ぶ答えとは……

次回、「この翼、大空へ広げた日」
SCENE 14  「誰の為の戦い」

「――君は今、少年ではあるまい?」

最後の戦いの、幕が開く。
――でもそれは、一体誰の為の戦いなのだろう。

お楽しみに。



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