「今までありがとう、雄真くん」 何処からともなく、そんな声がする。 「私、雄真くんに会えて、本当に良かったと思ってる」 何だ……? 真っ暗で何も見えないのに、何処からこの声、してるんだ……? 「短い間だったけど、素敵な思い出、沢山貰ったよ」 この声……楓奈か……? 「幸せだった。とっても、幸せだったから」 何言ってるんだよ、楓奈……? 「あんなお別れの仕方で、ごめんね」 え……? お別れ……? 「私でもわかる。あんなの、絶対に雄真くんは望んでなかったって。――でも、ああするしかなかった」 ちょっ、待てよ楓奈……お別れって、どういうことだよ……!? 「本当に、本当に、ありがとう。楽しい時間を、掛け替えの無い時間を、ありがとう」 おい、何なんだよ、そのもう終わっちゃいましたみたいな言い方……!! 「元気でね。――さよなら」 さよなら……!? さよならってどういうことだよ、楓奈!! 待てよ、楓奈……!!
この翼、大空へ広げた日 SCENE
12 「雄真の決意、鈴莉の決意」
「待てよ!!」 俺はそう叫んでいた。――って、あれ? ここ……何処だ? 何してんだ、俺……? 「雄真くん!」 と、俺がそう叫ぶと同時に、ポットからお湯を出していた春姫がこちらへ駆け寄ってくる。 「よかった……気が付いたんだね」 「気が付いた……? 俺、気失ってたのか……」 目が覚めて間もないせいか、頭がボーっとする。上手く思考が働かない。――辺りを見回してみると、なんとなく見覚えのある風景。 「……学校の保健室か、ここ」 そう、俺が寝ていたのは、学校の保健室のベッドだった。 「うん。――あの後、杏璃ちゃん達が直ぐに先生に連絡を取っていたみたいで、先生が魔法協会の人達と一緒に来てくれたの。それで、近くで気を失ってた私達も見つけてくれて」 「そっか……」 無事だったのか、俺達、あの後……あの……後……!? 「――っ!!」 「雄真……くん?」 意識がはっきりするのと同時に、記憶が徐々に甦ってきた。「あの後」。楓奈に、助けられた、あの後……!! 「なあ春姫、楓奈は? 楓奈は、どうなったんだ?」 「……それは……」 「教えてくれ春姫……楓奈は、俺達を転送魔法で逃がしてくれた後、どうなったんだよ……?」 気まずそうに目を反らす春姫の両肩を持ち、無理矢理視線を合わせる。 「――私も気を失ってて、聞いただけの話だけど……私達を保護してくれた後、先生達、あの建物の中へ入っていったみたいなの。――でも、建物の中に、人は誰もいなかった」 「誰も……?」 「うん。でも、一箇所だけ……中庭だって思われる場所で、激しい戦闘跡が見つかったの。信じられない程の戦闘跡で……おそらく、人の生死に関わる戦闘だっただろう、って」 「…………」 嫌でも鮮明に思い出されてくる、あの時の記憶。あの後きっと楓奈は、あの教授と―― 「それに……中庭に、これが落ちてたって……」 そう言って、春姫が差し出してきた右手の中には―― 「ミサンガ……」 春姫の右手の中には、所々が裂けてボロボロの糸くずのようになってしまった、ミサンガ。
『……ミサンガ?』 『楓奈ちゃんがね、今日の記念にって。三人で、色違いのお揃いなの』 『ごめんね、我侭言っちゃって。――でも、何となく、今日のこと、形として何か残しておきたかったから』 『気にしなくていいよ、そう言ってもらえるのは嬉しいし。――よし、早速つけるか』
それは、あの日の記念のミサンガ。楓奈と俺達の、初めて出来た、友情の証。――今は見る影もない、友情の証が、春姫の右手の上に乗せられていた。 「でも……でも、だからと言って楓奈が――」 楓奈が……何だ? 今俺、何て言おうとしてる? 楓奈がやられた証拠にはならない? 何言ってるんだよ俺。やられてないなら、何故俺達の前に姿を現さない? 楓奈は俺達を選んでくれた。無事に生き残れたなら俺達に何の連絡もないわけがない。生死に関わる戦いの後、姿を見せない楓奈。 楓奈の消息がわからないのは……もう楓奈が「いない」からだと、冷静なもう一人の俺が告げていた。 「……俺の……」 「……えっ?」 「俺の……せいだ……」 俺のせい。楓奈がいないのは―― 「俺のせいで……楓奈は……」 「止めて雄真くん……何も雄真くんだけのせいじゃない」 「違うんだよ春姫……全部、全部俺のせいなんだよ……!!」 俺がもう少し強かったら、楓奈はあの場面で「犠牲」は選ばなくて済んだかもしれない。 俺が楓奈ともう少しだけ距離を置いていたら、楓奈は追い詰められることもなかったかもしれない。 俺があの日スーパーで楓奈を呼び止めなかったら、楓奈は俺達と関わることもなかったかもしれない。 俺が、魔法教師なんて引き受けなければ――俺が、もう一度魔法使いなんて目指そうなんて思わなければ――俺があの日、魔法を諦めてなかったら―― 俺が……俺がいなければ、楓奈は……!! 「俺が……俺が楓奈を見殺しにしたんだよっ!! 俺が、楓奈を――」 「お願いだからもう止めて!!」 ガシッ、と不意に抱きしめられる。愛しい人の温もりが、大切な人の抱擁が――信じられない位、痛い。 「お願い……お願いだよ雄真くん……もう、止めて……そうやって自分を追い込まないで……!!」 「春……姫……」 俺を包む春姫の頬を涙が流れていく。俺が、泣かしたのか…… ――俺は何て弱いんだろう。掛け替えの無い仲間を守ることも出来ず、何よりも大切な人をこうして悲しませ、俺はただ守ってもらうだけ。慰めてもらうだけ。 俺は……ここで、何をしてるんだろう? 俺は一体、何なんだろう?
「雄真くん……何処行っちゃったんだろう……」 春姫は、学園の校舎の中を、雄真の姿を求めて歩き回っていた。 ――ほんのわずかな時間だった。ほんのわずかな時間、席を外した間に、雄真は保健室のベッドから姿を消していた。あんなやり取りがあった直後である。春姫に不安になるな、という方が無理であろう。 かくして春姫がこうして雄真を探していたのである。――傍にいたい。傍にいてあげたい。自分に何が出来るかとかはわからない。それでも、愛しい人の傍で、愛しい人を支えていたかった。頼りたい時に、傍にいてあげたかった。 自分とて、楓奈のことで傷ついていないわけじゃない。その事実を御薙鈴莉に伝えられた時は涙した。今でも気を抜いたらどうにかなってしまいそうだった。でも――そんな自分よりも、より深く楓奈に関わっていた雄真の方が、遥かに傷が深かった。 ただ傍にいるだけ。それだけでもきっと違う。自分はいつでも傍にいてあげられると伝えたい。感じさせてあげたい。自分はいなくならないと――伝えたかった。 「――あっ」 その想いを抱いて雄真を探す春姫の視線に映るのは、屋上へと続く階段。――春姫は、その階段を、静かに、それでも出来る限り急いで上がっていく。その先に、雄真がいる。――根拠のない確信が彼女の足を更に早くした。 「ドアが……開いてる……」 屋上のドアが開いている。それはもちろん、誰かがこのドアを通って屋上へ出た証拠。春姫はそのドアのノブを握り、ゆっくりとドアを押そうとした――が、 「お気持ちはわかりますが、今はお一人にさせてあげてはいかがでしょうか?」 「きゃあっ!――って、え? 高峰先輩?」 いきなり背後から声がしたので振り返ってみると、いつの間にか小雪が笑顔で立っていたのだ。 「こんにちは、神坂さん」 「あ……は、はい、こんにちは、高峰先輩」 胸に手を置いて軽く深呼吸。――心臓に悪い。こういう登場をされる度にそう春姫は思う。 「私の身勝手な推測になってしまうんですが……雄真さんには、お一人になる時間が必要なのではないでしょうか」 「どういう……ことですか?」 「雄真さんは……楓奈さんとの結果がこのようになってしまったこと、自分のせいだと思い込んでますよね?」 「…………」 その台詞で、春姫の脳裏に先ほどの痛いやり取りが甦る。自分が見殺しにした、と項垂れる雄真の姿も。 「つまり、今雄真さんは、御自分が弱い人間だと思ってしまっていると思います。そんな時、神坂さんが絶えず傍にいらしたら、雄真さんはどう思うでしょうか?」 「あ……」 そんな状況で絶えず傍にいたら。――ますます自分は弱い人間なんだと思い、落ち込むだけである。 「確かに今の雄真さんは心配ですが……それでも、雄真さんの強さ、信じてみませんか? 雄真さんが必要だと感じたときに、神坂さんも、微力ながら私も、手を差し伸べてあげられれば、それでいいのではないでしょうか」 「高峰先輩……」 「雄真さんならきっと大丈夫ですよ。――こんなこと言わなくても、誰よりも、雄真さんのことは神坂さんがご存知だと思いますけどね♪」 そう微笑む小雪は、小雪の笑顔は、いつものあの笑顔で――春姫はそれを見ていると、自分の焦りや不安が薄らいでいくのを感じていた。 「私……保健室で、雄真くんが戻ってくるの、待ってみようと思います」 「ふふ、それが宜しいかと」 「ありがとうございます高峰先輩。高峰先輩のいつもの笑顔を見てたら落ち着けました。高峰先輩が強い人で、笑っていてくれる人でよかったです」 「そうですか……それは良かったです♪」 「ありがとうございました高峰先輩。――それじゃ、また」 「はい、ごきげんよう」 小雪の笑顔に見送られ、春姫はゆっくりと階段を下りて行った。 「私が、強い人で、笑っていてくれる人で良かった、ですか……」 そして春姫が完全に去った後、小雪は―― 「――本当に、強い人だったら良かったですけど……ね」 「姉さん……」 ゆっくりと笑顔を消し、ワンドであるタマちゃん以外には聞こえないような小声で、そう呟いていた。 「言えませんよね……悲しくて、泣きそうだったから、一人になれる場所を探して屋上に向かっていたら雄真さんを見つけて、その後に神坂さんが来て――そんな偶然の現場に居合わせてしまっただけ、なんて……」 そう。――小雪の笑顔は……今日の、今先ほどの笑顔だけは……作られた、ものだった。ここで春姫に会わなかったら、屋上に雄真がいなかったら、人知れず屋上で佇んでいただろう。その時泣いていない、という自信は今の小雪には、なかった。 「ふふふ、日々絶えず笑うようにしていて、正解でしたね」 そう再び呟くと、「いつもの」笑顔になってみる。――もう大丈夫。私は泣いたらいけないんです。私は、私だけは笑っていないと。 あなたが、雄真さんが、皆さんが、私の笑顔で安心してくれるなら、いつでも笑っていますよ、神坂さん? 「あらあら、もうこんな時間ですね。――タマちゃん、Oasisで占い営業の時間ですから、行きましょう」 「ね、姉さん無理せんでも、今日位休んでも誰も何ともいわんで〜?」 「大丈夫ですよタマちゃん。それに……それに、占いは、気が紛れますから」 「姉さん……」 それだけ言うと、小雪もその場をゆっくりと後にするのだった。
「…………」 屋上に出た俺は、何をするでもなく、ただ柵にもたれ掛かって、景色を眺めていた。――春姫、心配してるだろうな。でも……一人になりたかった。一人きりになりたかった。 「一人きりになりたかったのなら、私は置いてくればよかったのではないか?」 なりたかったのに、俺は一人じゃなかったりもする。――背中のクライスが話しかけてきた。 「――つい癖で持っちゃったんだよ」 いつの間にか、席を立つ時、クライスを持つようになるのが癖になっていた。 「そうか。――ならば遠慮なく喋らせてもらうからな」 「おい――」 「雄真。一つだけ、言っておくぞ」 何も考えたくないから静かにしておいてくれよ、と言おうとしたのに、アッサリと遮られてしまった。 「この先、お前は無駄に、無意味に生きることは許されない」 「クライス……?」 「お前は背負って生きていかなければならないんだ。楓奈のこと。楓奈とのこと。楓奈との始まりと終わり、全てをな」 「っ……そんなこと位、わかって――」 「そうは見えないからこうして告げている」 再び遮られる俺の言葉。 「お前、楓奈が「いなくなった」のは、自分のせいだと思い込んでるだろう?」 「……ああ」 そう。楓奈をああしたのは俺。だから―― 「その通りだ。――全てがお前のせいとは言わんが、大半はお前のせいだ」 「――分かってるって、言ってるだろ……!! 何が言いたいんだよ、お前っ!!」 「釘を刺しておいた。――きっと他の人間は言うだろう? お前のせいだけじゃないと。お前だけが苦しむ必要はないと。まるで課せられた罪が同程度であるかのように。現に春姫はそう言っていたしな。――その慰めに、甘えるな」 「っ……」 言いたいことが沢山、渦巻いてくる。くる、のに……俺は、言葉を失っていた。 「叫びたければ叫べばいい。泣きたければ泣けばいい。背負え、全てを。今回起きた出来事、全てを。そして――楓奈の想いを、背負え」 「楓奈の……想い……?」 「楓奈はお前を選んだんだ。育ててくれた人への恩義よりも、短くも輝き続けた、お前達との生活を選んだ。――二度と叶わぬ願いだと承知の上でな」 「…………」 「二度と叶わぬ願い」――今思えば、楓奈は最初から無事に俺達と帰ることなど考えてなかったのだろう。楓奈は「教授」の実力を知っていた。俺達の知らない彼の実力を知っていた。だから――二度と、叶わぬ願い。 「叶わぬから、想いをお前に託した。自分はもう一緒には行けない。だから、せめて想いだけを、託した。――どういう意味だか、わかるか?」 「……あ……」 「今のお前のままでは楓奈が報われないだろう。楓奈は、お前に落ち込んで欲しかったんじゃない。あの日、スーパーで、赤字特売に誘ってくれた、お前で居て欲しかったんだ。いつまででもな」 ゆっくりと、クライスの言葉が浸透してくる。 「雄真、あの日、スーパーでただ純粋に笑顔を見せてくれた少女を、忘れるな」
『でも……スーパーの特売で少佐って、変なの。――ふふっ』 『何言ってるんだ。そんな俺に手ほどきを受けた君は今二等兵なんだぜ?』 『あ、そうかも。――ふふっ』 『あはははっ』
「あの日、お前を信頼して、初めて弱さを見せてくれた少女を、忘れるな」
『それはそう……でも、そんなの出来るわけがない……!!』 『ああ、出来るわけがない。――楓奈一人だったらな』
「あの日、全てをお前に投げ出して、泣き叫んだ少女を、忘れるな」
『この前、言ったよな? 楓奈の心、少しでもいいから預けてくれって。俺達は、楓奈の我侭、願い、苦しみ、受け止める覚悟があるって。見縊ってもらっちゃ困るぜ?――この程度、全然許容範囲なんだよ。だって俺達……友達、だろ? 友達に、遠慮なんかするもんじゃないって』 『っ……雄真くん……雄真、くん……!! うわあああぁぁぁぁぁん!!!』
「愛すべき友だった、仲間だった、瑞波楓奈を――忘れるな」
『私は、大事な友達が困ってたから、助けてあげただけだよ? 困ってる友達放っておくなんて……本当の友達じゃ、ないよね?』 『楓奈……』 『うん』
「……そっ……くそっ……くそったれ……っ!!」 何を言っていいかわからない。そもそも口も上手く回らない。視界が滲むのは――泣いてるから、かもしれない。 「――言っただろう? 好きなだけ泣き叫べばいいと。……ただし、今日だけ、だけどな。明日になったら――」 明日になったら。……心の何処かで本当はわかっていた、クライスの言いたいこと。明日になったら、俺は…… 「普段の俺に、戻ってなきゃ……いけないんだろ? だって俺は、楓奈の想い、預かってるから。背負ってるから。楓奈が望んだ、俺じゃなきゃいけない。――そうだろ?」 「ああ。愛すべき人達の為に無鉄砲になりひたすら限界を超えて走り、時にその愛すべき人達の優しさに触れ、助けを借りて、周囲に笑顔を与える、いつものお前でいろ」 「わかった。任せておけよ、クライス」 それに――任せておけよ、楓奈。それが不甲斐無い俺が出来る、唯一のことなら、俺は…… 「よし、それならそろそろ保健室へ戻ってやれ。春姫が今頃慌てふためいているだろうからな」 「そっか。そうだな。心配かけちゃったから春姫も安心させてやらないとな。――っと、そうだクライス」 「? どうかしたか?」 「ちょっとだけ、聞いて欲しいんだけど、いいか?」 「別に構わんが……何の話だ?」 「話っていうか、決意って言うか、宣言って言うか」 それは、楓奈の想いを背負って生きると決めたついさっき、心に生まれた、決意であり、覚悟。 「俺、強くなるよ」 「雄……真……?」 「俺、小日向雄真は、魔法使いとして」 「――っ!!」
『私、御薙鈴莉は、魔法使いとして』
「誰よりも、何よりも、強くなって」
『誰よりも、何よりも、強くなって』
「俺一人ででも、大切な人達を守れる魔法使いになることを、今この場で誓う」
『私一人ででも、大切な人達を守れる魔法使いになることを、今この場で誓います』
「これ以上、今この時の、当たり前の幸せを、失うわけにはいかないから。自分が弱いから無理だったなんてそんなのは御免だしな。――だから、強くなる。強くなるって決めた。今よりも、もっともっと。一人ででも、皆を守れる力が欲しいから。その為だったら、どんな努力だって惜しまない」
…………。
『――なあ、鈴莉』 『あら、何かしら、クライス?』 『何故……そこまで無理して「奴ら」に歯向かう? 確かにお前が、お前の祖母が望んだ世界とは違うかもしれん。だが全てが違うわけでもあるまい。御薙本家に従ったからと言って、音羽や大義に会えなくなるわけでもない』 『クライスとはお話出来なくなるじゃない』 『私は元の姿に戻るだけだ。言葉無くともお前が私を所持し続ける限りお前の傍にいる――と、それは本題ではないだろう。要は、今のお前がそこまで危険を冒してまですることではないと言っているんだ。今大人しくしていれば将来的に機会があるかもしれないじゃないか』 『ねえクライス。私はね? 今が、いいの』 『鈴莉……』 『今、この時、当たり前の幸せを、逃がしたくないの。何もしないで無くなっちゃうなんて、後悔のしようがないじゃない。――だから、強くなるの。強くなるって、決めたの。今よりも、もっともっと。一人ででも、皆を守れる力が欲しいから。その為だったら、どんな努力だって惜しまないんだから』
…………。
「フ……ハハハッ!」 俺の決意を聞き終えて数秒後、いきなりクライスは笑い出した。 「ちょっ、待てお前、笑うことないだろ!? 確かに今の俺が言うには情けないかもしれないけどさぁ!!」 なんて失礼な奴だ……等と思っていると、 「いや、すまん、そうじゃないんだ」 「――へ?」 そうじゃ……ない? 「思い出したんだ。――お前、鈴莉の息子だったんだな」 「……はい?」 俺が、御薙鈴莉先生の子供―― 「――それって忘れることなのか!?」 「いや違う、再確認だ。――そうかそうか、そうだったな」 俺の疑問を他所に、一人で勝手に納得し出すクライス。――まさか、ここへ来て壊れたか!? 「なあ雄真、もう少しだけ、保健室へ戻るの、遅らせないか?」 と、そこで破壊疑惑のクライスが謎の提案を出してきた。 「お、おいおい、これ以上遅らせたら春姫が何するかわかんねえよ」 口には出せないが、やはり泣かれた時の顔が頭をちらついて離れない。出来る限り早く安心させてやりたい。 「いや、そこで何をするかわからない春姫ってのも見物じゃないか。そそるものがあるかもしれんぞ。燃える二人はそのまま――」 「何言い出してるんだこの変態ワンドがぁぁぁ!!」 俺の勢いが戻りだしたらいきなりこれかよ!? 「――というのは、まあついでの理由なんだがな」 「――へ?」 いや、どうでもいいが、ついでってことは一応理由としては冗談じゃないのかよ。 「なあ雄真。――聞きたくないか? 昔の話」 「……えっ? 昔の……話? それって……」 「私と鈴莉の関係。そして、今この時になるまでの経緯」 「――!!」 それは、クライスが俺のワンドになって直ぐに持った疑問。でも、あの日、クライスは――
『――気にするな』 『えっ?』 『そのうちお前にも話す時が来る。だからその時まで待っていろ。――何、お前にとって不安になるような理由ではない。ただ今、まだその時ではないだけだ』
「まだ……俺には、話せないんじゃ、ないのか?」 あの日、クライスはそう言った。まだその時ではない、と。 「そのつもりだったんだがな。――今のお前になら話しても構わない気がしたんだ。明日になったら気が変わるかもしれんが、どうする?」 いや、さり気なく脅迫入ってますよクライスさん。――そんなこと言われたら。 「聞きたい。――教えてくれないか、お前のこと」 聞きたいに、決まってるじゃんかよ。……俺はあらためてベンチに座り、クライスを持ち直すのだった。
「お呼び出し申し上げます。――小日向音羽さん。小日向音羽さん。御薙先生がお呼びです。至急、御薙先生の研究室までお出で下さい。繰り返します。小日向音羽さん、小日向音羽さん――」 そんな放送が学園内、そしてOasis内に響き渡ったのは、昼食時のピークもやや過ぎた午後二時のこと。 「音羽さん、ここやっておきますから、行ってきていいですよ」 「本当? ごめんね〜、すぐ戻ってくるから!」 たまたま横で作業をしていたバイトの子にそう言われ、仕事中だったが、音羽は一旦手を休め、放送に従い鈴莉の元へ行くことにした。 ちなみに音羽は、今回の楓奈らの件に関しては、何も聞いていない。――聞こうと、しなかった。気にならないわけでは無論ない。が、聞けばどうしても自分の感情を持ち合わせてしまう。でも、聞かなければ――余計なことを考えず、普段の自分で接することが出来る。普段の自分で、笑って優しくしてあげることが出来る。それが絶えず必要かどうかは場合によるが、それが必要な時に、必要とされる時にその人の傍にいてあげる。自分はそんな役目なんだと思い、いつからか無意識の内にそうするようになっていた。 「何の用だろ、鈴莉ちゃん……」 音羽と鈴莉は基本「親友」という間柄である。学生時代から続くその間柄は健在であり、メールのやり取りも多々すれば、長電話も多々。なので、用事があるのならそれらの方法で伝えればいいだけのこと。Oasisがこの時間帯まだ多少忙しいこと位、鈴莉は無論承知のはず。それなのにわざわざ自らの研究室に呼んだ。わざわざ園内放送まで使って。――それは少なからず大事な用件であろうことは、音羽にも容易に想像出来た。 トントン。――などと音羽が推理している間に研究室の前まで来ていた。 「鈴莉ちゃん、私」 「開いてるわよ、どうぞ〜」 ノックをして声をかけると、中から返事がした。 「失礼しま〜す」 音羽が返事を聞き遂げ、ドアを開ける。すると、そこには――
<次回予告>
「ううん、全然気にしなくていい。だって〜、鈴莉ちゃんの頼みだもん」 「ふふふ、ありがとう、音羽」
鈴莉が、わざわざ呼び出した音羽に頼むこと。 とても小さな、何気ないことで、でもそれは、とても大切なことで。
「それから、私の正式な名前を教えておこうと思う」 「正式な名前って、あの……やけに長ったらしい名前か?」
クライスから過去の話を聞く雄真。 深く考えないで起こした出来事や、あの日の決断が、奇跡を生んでいた。
次回、「この翼、大空へ広げた日」 SCENE
13 「罪と罰、過去と今」
「大人しく従ってくれるならそれまで。――抵抗するのなら、強引にでも」
お楽しみに。
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