それは、キャンプ二日目、朝食後のこと。
「小日向音羽、探検隊! ばんご〜う!」
「一!」
「二♪」
「…………」
 威勢のいい声が、キャンプ地に響き渡った。――いや、元気なのはいいことだけどな。うん。
「あ〜! 兄さん、何で返事しないんですか! 兄さんは栄えある探検隊の三の称号を持っているんですよ!?」
「いや、その……そういう問題じゃなくてさ」
 すももの指摘に、俺は苦笑とも呆れ顔とも取れない微妙な表情を取ってみせる。――この時点で細かい話をすれば、一番がすももなのはともかく何故二番が小雪さんなのかもよくわからない。基準は何だ?
「よし雄真、対抗してお前も探検隊を作ればいいじゃないか。『小日向雄真探検隊、ジャングルの奥地で迷子になる!?』」
「何その情け無いサブタイトル!?」
「『小日向雄真探検隊、プレーリードックと命の格闘!!』」
「一瞬格好良さそうに聞こえるけど冷静に考えると相手がおかしいからそれ!!」
「『小日向雄真探検隊、アマゾン川を行く!!――ビート版で』」
「せめてまともに泳げるようになってから出発だろ!!」
「『小日向雄真探検隊と七人の小人』」
「いきなりファンタジー!?」
「『小日向雄真探検隊の謎』」
「一時期ブームになった本っぽいのはわかるけど結成してるかどうかわからん探検隊に何の謎が!?」
「『小日向雄真探検隊、突撃! となりの家の晩御飯』」
「最早探検隊関係なしかよ!? というか別にその三の称号が気に入らなかったとかじゃないから!!」
 クライスに定番のツッコミを入れた後、探検隊の隊長さんに向き直る俺。
「ねえかーさん、その、勘違いしてない?」
「勘違い……あ〜、そういえばそうね雄真くん! そうよね! やっぱり探検隊の隊長になる人の名前の最後には「。」をつけないと!」
「いやそういう意味じゃなくて!!」
 気持ちはわからないでもないけど! 探検隊って言ったらあの人だし!
「――というよりも雄真、お前そもそも子供達を指導すべき大人が探検隊を作ってしまっている箇所へのツッコミはいらんのか?」
「……あ」
 あまりにも、当たり前の光景に見えてたから、すっかり忘れてた……


この翼、大空へ広げた日
SCENE 10  「精一杯の言葉で」


「それじゃ、最初の班の人達、スタートして下さい」
 草笛さんのその声を封切りに、最初の順番の班がスタートする。――キャンプ二日目のイベントはズバリ「オリエンテーリング」。目的地を色々目指して動き回るアレだ。軽いハイキングもかねている。
 班構成としては、一班に対して子供達数名に、俺の仲間達プラスかーさん、草笛さんの内二名をくじ引きでアトランダムに振り分けられている。つまり合計六班。
「それじゃ、お先〜☆」
 そう言って出発して言ったのは、柊と準率いる第一斑。ちなみに俺は第二班。パートナーはすももになった。第三班は伊吹と上条さん。
「トホホ……何でこんなに可愛い女の子が揃ってるのに、俺の相手は男なんだよ〜」
 と嘆いているハチは第四班で、まあ、その相手は、何だ。
「高溝殿、こちらのルートを通ると熊と遭遇する確率が高くなるそうだ。ぜひ一度決闘をしてこようかと思うのだが」
「俺を巻き込むなぁ信哉ぁぁ!!」
 おそらく、いや絶対にオリエンテーリングを山篭り修行の旅と勘違いしてそうな信哉なわけで。――お約束と言えばそれまでだが、見事だぜハチ、そのくじ運。
 で、続いて第五班といえば、
「小日向音羽、探検隊! ばんご〜う!」
「一♪」
「二!」
「三!」
「…………」
 見事に結成されてしまった小日向音羽「。」探検隊の皆様が。隊長のかーさんは勿論、すももが抜けた為に副隊長に格上げした小雪さんを中心に、異様な盛り上がりを見せていた。
「それでは副隊長、今日の目標をお願いしま〜す!」
「はい。今日の私達の目的は、幻の黄金卿、エルドラドを探すことです♪」
「こんな山にあるわけないでしょうがぁぁぁ!!」
「――いちいち口を挟むな雄真。キリが無いぞ」
 ハッ、それもそうだ。あの人達のペースに巻き込まれたら終わりじゃないか!
「兄さん、こちらも負けるわけにはいきませんよ! わたし達も小日向雄真探検隊なんですから!」
 ――ですが、元小日向音羽。探検隊副隊長こと我がパートナーは対抗意識をガンガンにたぎらせているわけでして。
「決めるな! 俺はジャングルの奥地で迷子になる気もプレーリードッグと格闘する気も七人の小人と馴れ合う気も隣の晩御飯に乱入するつもりもねえ!!」
「ふふふ、残念ながら私達の勝ちのようね、すももちゃ〜ん?――副隊長!」
「はい、今日の私達の目的は、天空の城●ピュタを目指して――」
「目的入れ替わってるしエルドラドよりも難易度上がってるし!!」
「雄真さんは、となりの森に昔から住んでる方がお好きですか?」
「いやそのシリーズで何がいいとかそんなんじゃなくてですね!!」
「――飛べない小日向雄真は、只の小日向雄真だ」
「お前は食い止めたいのか混ざりたいのかどっちなんだよクライス!!」
 さり気なくネタに乗っかってるし!! というか俺は基本飛べなくて当たり前だよ!!
「――ったく、何で出発前からこんなに疲労しなきゃいかんのだ」
「とにかく、頑張りましょうね、兄さん」
 と、俺の所属する第二班のもう一人のくじ引きで決まった保護者であるすももが笑顔で俺に頑張りましょう、と言ってきているが……
「いや、人一倍頑張らなきゃいかんのはお前だぞ、すもも」
 移動速度が人より遅い→他に合わせる為に速度を上げる→疲れる、というゴールデンコースが見えている。
「――わかっていないな、雄真。最終的に疲れるのはお前だぞ?」
「クライス? 何でだよ?」
「移動速度が人より遅い→他に合わせる為に速度を上げる→疲れる→それでも頑張る→ついに体力が尽きる→雄真が背負う」
 …………。
「しまった……!! そこまでは考えてなかった……!!」
 ガックリと項垂れる俺。さ、流石にクライスは読みが深いぜ……
「む〜、兄さんもクライスさんも失礼です! わたしだってそんなに簡単には疲れませんよーだ!」
「ハハハ、すまないなすもも。――実は、雄真の受け売りでな」
「ここへ来て責任転化!?」
 流石にクライスは……頭がいいというか、なんというか。
「ふふふ、ほら、もうすぐスタートだよ、雄真くん、すももちゃん」
 と、宥めてくれるのはやっぱり春姫だったり。
「春姫。――春姫確か、第六班だったよな」
「うん。草笛さんと、恵理香ちゃんと一緒だよ」
 余談だが、念には念を入れて、草笛さんと恵理香ちゃんは一緒の班になるように上手く仕込んだ。草笛さんが傍にいれば万が一恵理香ちゃんに何かあっても対応出来るし、まずないが外部からの進入にも冷静な応対をしてくれるはず。
 で、それに春姫もついていればほぼ完璧。一応何かあった時は直ぐに連絡を取り合うように、とも決めてある。
「それじゃ、二番目の班の人達、スタートして下さい」
「二人とも、頑張ってね」
「はい! 姫ちゃんも頑張って下さいね」
「また後でな」
 こうして、小日向雄真探検隊……じゃなくて、俺達第二班は――
「兄さん! 目指すは風の谷ですね!」
「いつまで引っ張ってるんだよお前は!!」
 ――俺達第二班は、出発したのだった。


「は〜〜っ……空気が美味しいですね、兄さん」
「んー、そうだよなあ。都会じゃ味わえないよな、こういうの」
 俺達は自然を堪能しながらハイキングを続けている。――冬なので確かにあれだが、出来る限りそういうのが楽しめる箇所を選んだつもりではあるので、それなりに自然も堪能出来るし、前述しているように何より空気が美味い。それだけでも十分にハイキングに来ている、ということを感じられる。
「あー、でもちょっと肌寒いかもな」
「そうですね……もう一枚位着ておけばよかったです」
 位置が悪いのだろうか、出発前には感じられなかった風を肌に感じるようになっていたのだ。
「あまり風が強いと午後から雨かもな……天気予報では言ってなかったけど」
「かもしれませんね。山の天気は変わり易い、って言いますし」
 空は晴天そのものなので想像し辛いが、帰りはもしかしたら危ういかもしれない。――風、か。

『今でこそこちらの戦力不足で手の打ちようがないけど、またいつ、何をするか、わからない。――私は、またいつ何をするのか、わからないの』
『私、雄真くんに会えて本当に良かったと思ってる。雄真くんだけじゃない。春姫ちゃんも、準ちゃんも、すももちゃんも、みんなみんな会えて良かった。私にとって、大切な人になった。でも――教授も、私にとって、大切な人なの』
『だから、お願い。必要以上に私を誘うのはもう止めて。私は、今のように、何も無い日に時折誘ってくれるだけで、みんなと会えるだけで十分幸せだから。それ以上なんて望まないから』

 ――風で思い出してしまうのは、風で思い浮かべてしまうのは、楓奈のこと。風の魔法使いのこと。……楓奈は揺れていた。俺が悪いって言ったら悪いけど、楓奈の心は、揺れていてくれていた。
 楓奈は、俺を、俺達を、楓奈を育ててくれた、楓奈にとって全てである『教授』と同じ列に俺達を置いてくれていた。
 「また誘おう?」――春姫はそう言った。そう、誘わなきゃいけない。誘えるように、しなきゃいけないんだ。だって、友達だから。
 このキャンプが終わってからが、本格的な勝負だな……
「兄さん?」
「ん、いやちょっと楓――なんでもない」
 いかんいかん。今は楓奈抜きで楽しもうって決めたんだった。楓奈には悪いけど。――などと考えていた、その時だった。
「――っ!?」
 ビュゥゥゥゥゥ。――突然吹き荒れる突風に、俺は腕で目をガードしてしまう。そして、風が収まり、腕のガードを下ろし、視界を元に戻すと、そこには……
「え……?」
「楓奈……さん……?」
 俺達のいる場所、十数メートル先に、水色の魔法服を着た、いつもの魔法服を着た楓奈が、目を閉じて立っていた。
「あはっ、楓奈さん、来てくれたんですね♪」
 楓奈の来訪に、喜びをあらわにするすもも。だけど……俺は、言い様のない不安に囚われていた。――何だ、この違和感? 何か……違う……?
「…………」
 すももの言葉に反応したかのように、ゆっくりとその瞼を開いていく楓奈。その様子は、まるで初めて出会ったあの日曜日を思い出させて――
「!!」
 そして、俺は気付く。俺が感じた違和感。俺達を視界に捕らえた楓奈には――表情が、無かった。
「――すもも、よく聞け」
「? 兄さん?」
「子供達連れて、ここから逃げろ」
 あれは……俺達と仲良くしていた時の、楓奈じゃない……あの日、あの日曜日、公園の時の――
「第三班には伊吹がいるよな? 伊吹と合流すれば大丈夫だから、そこまで急いで行け」
「兄さん、何を言ってるんですか……!?」
「魔法が使えないすももと子供達が何より危険だから。ここは、俺が何とかするから」
「――っ!!」
 ここへ来て、俺の言葉の意味を飲み込んでくれたすももの表情が一変する。
「そんな……兄さん、楓奈さんは、もう、だって……!!」
 俺だって考えたくないよすもも。実際のところ、何をどう考えていいかなんて全然わからない。でも……
「大丈夫。俺なら大丈夫だから」
 でも、この状況ですももを守れるのは俺だけ。子供達を守れるのは俺だけ。だから俺は――精一杯の、嘘をつく。
「兄さん……でもっ」
「――だから、早く行けっ!!」
「っ……!!」
 俺の最後の少し強めの言葉を封切りに、すももと子供達が楓奈のいる方向とは反対方向へと駆けて行く。――あれなら、数分で伊吹と合流出来るだろう。
「ミスティア・ネイド・アルエーズ」
 そしてすももが逃げるのをまるで待っていたかのように、楓奈が詠唱を開始する。楓奈の前方に繰り出される大きな魔法陣。
「嘘ついてごめんなすもも。――多分俺、全然大丈夫じゃない」
 日曜日の戦いっぷりを見ていればわかることだが――俺が戦えるような相手じゃない。格が違う。――だからと言って諦めるわけにもいかないけど、な。
「ゼル・レディケティア」
 その二言で、楓奈が作った魔法陣から、無数の風の刃が生まれ、一気に俺へと襲い掛かってくる。
「っ……な、何だよ、これっ……!!」
 急いでレジストを出して防ぐ俺。――冗談じゃない、威力が強すぎる。見た目それほどでもない楓奈の風の刃は洒落にならない重みと強さを持っており、瞬く間に俺のレジストを限界まで陥れた。
「雄真、楓奈から目を離すな!! 来るぞ!!」
「く……!!」
 クライスのその言葉に、レジストに必死だった俺は何とかして楓奈の姿を探そうとすると――
「…………」
「――え」
 既に楓奈は、俺のレジストを越え、俺の左に立っていた。右腕は激しい風に覆われている。そしてその右腕が――迷うことなく、ガードが甘かった俺の左脇腹へと飛び込んできた。
「がはっ――!!」
 何の抵抗も出来ず、そのまま数メートル吹き飛ばされる俺。何か胃から変なものが飛び出してきそうな感覚。マズイ。圧倒的にマズイ。
「くっそ……っ!?」
 必死に足を踏ん張って立ち上がると、既に目の前に楓奈の姿。そして再び彼女の腕が、今度は俺の腹部を思いっきり襲う。
「ぐはあぁぁっ!!」
 さっきよりも更に激しく吹き飛ばされた俺は、そのまま大木に背中から思いっきりぶつかり、その場に崩れてしまった。意識が朦朧とする。視界が危うい。何とか……何とかしないと、このままだと……俺も……楓奈も……!!
「…………」
 ザッ、ザッ、ザッと近付いてくる足音。おぼろげな視界では、楓奈がゆっくりとこちらに近付いてきていた。――必死に動こうとするが、腕も足も、思うように動かない。呼吸すらままならない。
「…………」
 ザッ、ザッ。――足音が止まる。俺が動けるようになる前に、楓奈は俺の元へ来て、倒れている俺を見下ろしていた。
「っ……そっ……!!」
 間に合わない。俺の体は動かない。――ここまでか、と思った……その時だった。
「……え……?」
 ポツン。――俺の頬に、何かの液体が零れてきた。
「…………」
 ポツン。――雨? いや違う。これは――
「……して……」
 ポツン。――次第にはっきりとしてくる俺の視界。その視界の先の、楓奈は……
「どうして……何も、言ってくれないの……?」
 ポツン。――俺の視線の先の、楓奈は、楓奈の顔は――涙で、溢れていた。俺の頬に零れていたのは、雨なんかじゃなくて、楓奈の……涙。
「どうして何も言ってくれないの……!? 私は、裏切ったんだよ……!? 友達を、雄真くんを……裏切ったんだよ……!?」
「楓奈……」
「ねえ、何か言いたいことあるでしょ!? 『お前、何でこんなことするんだ!!』とか、『お前は俺の友達じゃなかったのかよ!!』とか、『ふざけるなよ、お前こんなことするような奴だったのかよ!!』とか!! 言わなきゃいけないこと、沢山あるでしょ!?」
 言葉を放つ度、重ねる度、楓奈の涙が、濃く、溢れていく。
「あれだけ優しくしてくれた皆を、雄真くんを、私は裏切ってるんだよ……!? 責めてよ、貶してよ、冷たくしてよ……!!」
 楓奈は叫ぶ。――自分が犯したと思っている罪の、制裁を求めて。
「お願いだから……私を責めて……あなたに出来る、精一杯の言葉で……!!」
 そう言い切ると、楓奈は崩れるように、地面に両膝を付いてしまう。――何があったかはわからないが、楓奈は俺達を攻撃してきた。それは楓奈が『教授』を自分で選んだ、ということ。が、決して心の整理が出来たわけじゃなかった。だから今、この場を決裂の時に選んだ。俺達が、俺が楓奈を攻めれば、呆れてしまえば、踏ん切りがつけられると思っていたんだろう。――だから、俺は。
「裏切ったとか……勝手に決めるなよ」
 少しずつ動くようになっていた両手足を何とか踏ん張らせ、膝をついてしまっている楓奈に近寄る。
「裏切ったかどうかってのは、裏切るべき対象が決めることだ。だから、楓奈が決めることじゃない。楓奈が裏切ったかどうかは、俺達が決めるから」
「でも……でもっ、私……!!」
「この前、言ったよな? 楓奈の心、少しでもいいから預けてくれって。俺達は、楓奈の我侭、願い、苦しみ、受け止める覚悟があるって。見縊ってもらっちゃ困るぜ?――この程度、全然許容範囲なんだよ。だって俺達……友達、だろ? 友達に、遠慮なんかするもんじゃないって」
 それはあの日、楓奈に告げた言葉。
「っ……雄真くん……雄真、くん……!! うわあああぁぁぁぁぁん!!!」
「っと」
 そして楓奈は俺に抱きつくようにしがみついて、より一掃涙を濃くして、泣き出した。俺はそんな楓奈を受け止めて、宥めるように、優しく背中を撫でてやる。――最近こそやらなくなったものの、昔はよくすももにやってあげていた。こういうことには慣れている。
 ――楓奈はそうして泣き続けていたが、しばらくして落ち着くと、俺からゆっくりと体を離す。
「落ち着いたか? 目、赤いのも直ったら、みんなのとこ、一緒に行こうな」
 俺は笑顔でそう楓奈を促す。――が、楓奈はゆっくりと、首を横に降る。
「……無理……」
「だから、大丈夫だって。この位で気持ちが変わるような奴ら、俺の仲間にはいないから」
「そうじゃないの……もう、無理なの……手遅れなの……」
「――? 楓奈……?」
「私は……今回は、教授の命令じゃない……これは、私の、独断……」
「楓奈の……独断? 一体、どういう――?」
 何処かかみ合わない会話。――まるで楓奈は、俺の仲間に受け入れられない以外のことを無理って言ってるみたいに……
「――まさか……」
「クライス?」
 それまで黙っていたクライスが、不意に声を出す。
「雄真、春姫に連絡を入れろ」
「え? 何でだ? 別に急いで連絡して、不安を煽らなくたっていいだろ?」
 楓奈がここで留まってくれれば、俺達の後ろにいる春姫、恵理香ちゃんに被害が及ぶことはありえない。万が一、万が一他に侵入者がいたとしても、草笛さんもいる。あの人は相当の実力者だ。それに春姫。それでも足りないようならば、前方には第五班。あそこには小雪さんがいたはず。直ぐに連絡を取り合えば――
「いいから連絡を入れろ。――取り越し苦労ならそれに越したことはない」
「あ、ああ……」
 やけに真剣な口調で俺の電話を促すクライス。携帯を取り出し、言われるがままに春姫にダイヤルすると――
「……あれ……?」
 しばらくコール音が続いたが……繋がらない。
「ちょっ、ちょっと待てよ……何で、何で繋がらないんだよ……!?」
 連続して俺の耳に響くコール音。だがいつまで経っても繋がらない。――コール音が続けば続くほど、俺の不安は膨らんでいく。
「――もう、切っていいぞ、雄真」
「クライス……どういうことだよ、これ……だって、おかしいだろ!? どう考えたって、あの状況で、どうやって……!!」
「瑞波楓奈、一つ聞かせてくれ」
 だがクライスは俺への問いには答えず、楓奈へ質問を開始していた。
「今回の出来事、もしや――『最初から仕組まれていた』のではないか? 最初から、全て」
「クライス……!?」
 クライスの質問に、最初は押し黙っていた楓奈だったが、
「……うん……」
 やがて――ゆっくりと、涙ながら、頷いた。
「……そういうことか」
「そういうことって、どういうことだよクライス!! 俺にもわかるように説明してくれよ!! 春姫は、恵理香ちゃんは、草笛さんは――!!」
「落ち着いて、よく聞け、雄真」
 冷静なクライスの言葉に、俺は一瞬言葉を失う。そして、クライスから出た言葉は――
「雄真。――我々は、勝ち目のない戦いをさせられていたんだ。――最初からな」
 クライスのその言葉が示す意味。それは……


<次回予告>

「……嘘……でしょ……!?」

唐突に突きつけられた、有り得ない現実。
浸透していく物語に、雄真達の心はただ翻弄される。

「はははっ、久々の若い女の実験体だ!!」

捕らわれの身となってしまった春姫達。
雄真達には、時間も、選択肢も残されていなかった。

「風の……翼……!?」

そして楓奈は翼を広げる。
大切なもの、守りきれないことを知ってしまったから。

次回、「この翼、大空へ広げた日」
SCENE 11  「この翼、大空へ広げた日」

「終わりなんだよ。私と、雄真くんの物語は、今日でお終い」

楓奈が笑顔で選ぶ終幕。
――それはきっと、「誰もが」望まぬ物語の終幕。



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