この景色が好きだった。 この場所から眺める町並みが、とても好きだった。
この風が好きだった。 この場所から感じる風が、とても好きだった。
この場所で、そう思うのは、久しぶりのことだった。 だって今は、初めての場所で、初めての生活を送っているから。 ――この場所に頼ることも、今の私には必要なくなって来ているから。
「――何か、いいことでもあったのかい?」 気付けば、教授がいつものように、私の横に立っていた。 「いいこと……ですか?」 「ああ。――何だか、様子が違っているから、気になってね」 そうか。私は特に意識はしていなかったけど、特に何もしていなくてもわかる位、私は変わっていたのか。 私はゆっくりと目を閉じて、彼らの事を想う。――私が様子が違う理由。それは。 「お友達が、出来たんです」 そう教授に言った私の顔は、今までに教授に見せたことのないような、澄み切った笑顔だっただろう。
この翼、大空へ広げた日 SCENE
9 「ゴー! ゴー! キャンプ!」
バスに揺られ、時折景色を眺めれば、時間の経過と共に自然が多くなってきているのがわかる。――気付けば随分と緑とか山とかの風景が多くなってきていた。 「――最近はあまりこういうのに触れてなかったから、気持ち良さそうだな」 それは都会では味わえない自然の恵み。――などと耽っていると俺の携帯が鳴り出す。 「もしもし」 『雄真殿、大変だ、俺は実に重要な事柄を忘れていたのだ』 「信哉か。どうした、何だ重要な事柄って?」 『子供達の為の滝に打たれる用の衣を用意してくるのを忘れてしまった。これでは滝に打たれての修行が出来ぬ』 『兄様……本日はその様なことの為に皆で来ているのではないのですよ』 『なんてことだ……沙耶の分はしっかりと用意してきたと言うのゴギャフアッ!!』 …………。 「……おーい」 『あ、あの、小日向さん、申し訳ございません。兄様が可笑しなことを――』 『いや沙耶、覚えているか? あの刹那谷の滝に打たれるのは数年ぶりであっただろう。あの日沙耶が襲い掛かる熊三頭をそれぞれ一撃で薙ぎ払う姿がボヘエッ!!』 …………。 「……おーい、その、昔話に浸るのはいいけど……って、あれ?」 ツーツーツー。 「――切れやがった(ピッ)」 まあ、いつものパターンではあるけど。 「上条くん、何だって?」 「ああ、今日もいい天気で良かったなって」 「……それっていちいち電話で確認することなの?」 「信哉に言ってくれ、信哉に」 いつまで経っても上条さんの気持ちを考えないお馬鹿な兄貴にな。 「――でも、本当に晴れて良かったね、今日」 「ああ、それはそうだよな。雨じゃ気分も予定も台無しだ」 春姫が俺の横から嬉しそうに窓の外の景色を眺め出した。
――さて、今俺らが何をしているか、何処へ行こうとしているか、説明しておくことにする。 俺達は連休を利用してキャンプに出かけているのだ。――冬にやることじゃないだろうと思わないでもないが、来てしまったものは後は野となれ山となれ。 参加者は、俺の仲間達、そして青空の園の子供達。――つまりまあ、正確に言うと、青空の園の行事の一環に俺達が参加している、というわけなのである。 俺達が参加しているのにはいくつか理由がある。――その一、子供達の希望(基本これが大きい)、その二、無論本人には言えないが一応、恵理香ちゃんのことを考えて、その三、ひっくるめて草笛さんに相談されて。 考えた結果、伊吹の計らいで式守家が管理に関わっている山に行くことに決定。管理も行き届いているから外部からのアクシデントはまずありえないし、資金面の問題もクリア。――小型のバス二台を用意してくれたのも式守家の計らいだったりもする。――金持ち、恐るべし。 で、現在俺は二台連なって走行中のバスの二台目に乗車中。こちらには青空の園の子供達半分、俺、春姫、柊、準、荷物持ち―― 「雄真ぁ、お前今俺に対して失礼なこと考えなかったか?」 「ん? そんなことないぞ、荷も――ハチ」 「ニモハチ……?」 えーと、準に、荷物持ち目的でハチに、 「ふふっ、キャンプなんて久々ね〜!! あ〜っ、楽しみぃ〜っ!」 俺達側の保護者代表でかーさん。――その保護者が誰よりもはしゃいでいるのはどうしたものかと思うこともないけど。 「まあ、いいではないか雄真。あれでこそ小日向音羽というものだろう?」 「それはそうなんだけどな」 それはそうなんだけど、もうちょっとこう、なんていうか、ねえ。保護者代表なんですから。ある意味クライスの方がよほど保護者になれる。 「――そういえばクライスはキャンプの経験とか、知識とかはあるのか?」 「キャンプのか……ふむ、確かに経験はほとんど無いが、知識ならちゃんとあるぞ」 あるのか。さすが物知りマジックワンド、または喋る知識箱。 「テントの張り方、キャンプ用品の使い方」 「おお、基本はやっぱり抑えてるな」 「そういう場所で最低限のマナー、緊急時のSOSの出し方、地形を利用した罠の作り方」 「うんう――ん?」 何だ? 何だか最後の方変なのが聞こえたぞ? 罠? 「地雷原の見分け方、素早い弾丸のリロード方法、正しいグレネードランチャーの構え方」 「ちょっお前待てそれ!! 途中からキャンプじゃなくてサバイバルに変わってるぞ!? 俺達に何をさせるつもりだよ!?」 間違っても地雷原があるキャンプ地なんて行きたくないぞ!! 「先日、お前宛に赤紙が来てな」 「こないよ!!」 まったく、相変わらず何処まで本気なんだかわかりゃしない。 「でも残念ね、楓奈ちゃん来れないなんて」 「うん……」 その準の何気ない一言がちょっとチクリと来る。――無論俺は、このキャンプにも楓奈を誘った。でも楓奈が言うには、連休二日間空けてしまうと流石に変に思われてしまうから、ということで断ってきたのだ。いつでも強引な俺だったけど、無鉄砲になるわけにはいかないのでその理由を承諾。 こういうイベントは仲良くなる為に丁度いいし、多分楓奈もキャンプなんて体験したことないだろうから楽しんで欲しかったので非常に残念だ。 「あと、もう一歩くらいだと思うんだけどな……」 いつまでもただ単に誘うだけじゃ解決には導けない。最終的には楓奈が言うその教授との関係もなんとかしたいと思っている。――それに持ち込む為のあと一歩の交流が欲しかった。今回は絶対なるチャンスだったから、そういう意味でも残念に思う。 「大丈夫だよ雄真くん。また、誘おう?」 「そうだな」 準やハチと違い裏の事情まで知ってる春姫の労いの言葉。気持ちを切り替え、キャンプを楽しむことに集中することにしよう。
「それじゃ、お兄さんお姉さん達の言うことを良く聞いて、決めた班の役割ごと、頑張って準備しましょう」 草笛さんのその一言で、子供達が数班に別れ、テント張り、食事の準備、キャンプファイヤーの準備など各自決められた仕事を開始する。各班には俺の仲間達が代表として一、二人ずつ付く。 で、俺はと言えば、 「雄真くんにはクライスくんが居るから、何処って決めないで、全体的に色々見て回ってくれる?」 「? クライスが居るからって、どういう意味? かーさん」 「クライスくんは本当に凄いんだから! クライスくんがいなかったら私も鈴莉ちゃんもあの夏を乗り切れなかったわ〜」 「あの夏……って、何かあったの?」 もしやクライスの過去に何か関係のある話じゃ……とか思っていると、 「雄真くん位の歳の頃、私と鈴莉ちゃんとお友達何人かでね、夏休みに無人島サバイバルキャンプを計画したの! それが計画内容を間違えたせいで、本当のサバイバルになっちゃって〜」 昔っからよくわからんことをしていたんだな、かーさん達は…… 「皆精神的に追い込まれて野獣化するんじゃないかって思ったんだけど、クライスくんの冷静な指示で皆無事に生きて帰ってこれたの。ふふっ、今思い出すといい思い出だわ〜」 と、懐かしそうに語るかーさん。――で、俺はクライスに「本当か?」という視線を送ってみると、 「――事実だ」 やっぱりか。 「言いたいことは多々あるが、あえて一つだけ。――あれは、二度と御免だな」 「クライスがそこまで言うなんて、よほどなんだな」 「――お前、自らが仕える主が友人と雑草のサラダを唸りながら取り合うシーンを想像したことがあるか?」 「悪かった。……これ以上語らなくていいや」 というよりも、これ以上聞くのは恐ろし過ぎる。仮にも自分の母親の話だ。 ――まあ、とにもかくにも、俺はめでたく総合監督みたいなポジションに決定。その名の通り、各箇所を見ることになったのだった。
「えーっと、まずはテントか……」 手持ちの資料によれば、テント設営班の代表は、ハチ、信哉、上条さんの三人。――早速現場へ行ってみると、ハチを中心に一生懸命設営が行われていた。 「頑張ってるか?」 「おうよ、任せておけ雄真! 男・高溝八輔の腕の見せ所だからな!」 キャンプの経験が人並みにあるようで、ハチは予想外にも的確な動きで上手い具合に子供達と一緒にテントを設営していた。――何だ、案外役に立つな。 「高溝さん、こちらはどのようにすればよいのでしょうか?」 「沙耶ちゃん、ここはこの俺、高溝八輔に任せるんだ。一緒に二人の愛の宿舎を作り上げよう! さあ、手を取り合ってハゴゥ!?」 「真面目にやれ役立たず」 前言撤回。余計な事しなければ役にはそこそこ立つのに。――と、そこで一つ気になる点が。 「そういえば、信哉はどうしたんだ? あいつもテントの係だよな?」 「信哉? そういや見て無いぞ? あいつサボりかぁ!?」 と、ハチが鼻息を荒くしたその時。 「雄真殿、ここだ」 という信哉の声が――声だけが、聞こえてきた。 「? ここだ……って、何処だよ?」 「こちらだ雄真殿。雄真殿の右手側にいるぞ」 俺の右側。――あらためて見ても、茂みがあるだけで……って、まさか。 「この茂み……の模様がついてるこれ、テントか?」 「なにぃ!?」「ええっ!?」 驚愕の声を挙げるハチと上条さん。無理もない。それはちょっと離れた箇所から見ただけで既に茂みの一部。まるでテントとは思えない。 「どうだろう雄真殿。我ながら完璧なカモフラージュだと思うのだが」 と、ぬっとテントの入り口から信哉が顔を出す。 「いや……確かに完璧なんだけど、必要ないだろ、今日は……」 クライスとのジョークを飛び越えて、信哉は一人本当にサバイバルに入っていた。 「何を言うか雄真殿、敵を欺くにはまず味方からと言うだろう」 「人の話聞けよ! 会話のキャッチボールになってないだろうが!!」 「御大将、布陣完了致しました」 その台詞で俺と信哉のやり取りに割り込んできたのは、フェイスペイントを施して自らもカモフラージュした子供達―― 「って、コラー!! お前子供達になにさせてる!?」 しかもさり気なく御大将呼ばわりさせてるし。 「何を言うか雄真殿、敵を欺くにはまず味方からと言うだろう」 「それはさっき聞いたよ!! これはサバイバルじゃないんだから、テントのカモフラージュもフェイスペイントのカモフラージュもいらないんだよ!!」 「ふむ……すると、数で勝負なのだろうか?」 「お前の辞書には平和という言葉はないのか!? いいか、冷静になって答えろ! 今俺達は何をしにここへ来ている!?」 「決まっている。――沙耶の気まぐれだ」 「せめて今までのお前の行動どれかに当てはまる答えを言いやがれぇぇぇぇ!!」
「……えーと、次は食事班か」 信哉の修正を上条さんに頼んだ俺は、続いて食事班の様子を見に行くことにした。――信哉、ある意味ここからが本当のサバイバルだな、うん。 「食事班は……春姫と、小雪さんと、柊……柊!?」 何であいつ食事班なんだ!? 一番いちゃマズイ場所だろ!?
「はーい雄真、これが雄真の分ね」 「……いや、俺の分って、何これ? 炭?」 「何言ってるのよ、どうみたってご飯じゃない。お米よお米」 「この黒いのが!? 黒い塊が!? お前おかしいんじゃねえか!?」 「ぐ……う、五月蝿いわね!! いいからとっとと食べなさいよ!! あれならあたしが食べさせてあげるわ!!」 「ばっ、お前、ちょっと待て!! 無理矢理口に突っ込むのは――ぐわぁぁぁぁ!!」
「…………」 な、何だか今恐ろしい想像をしてしまった気が。 「雄真、こういうイベントにはハプニングがつきものだぞ」 「何が言いたいよクライスお前!? というか今俺とお前が想像してるようなハプニングなんていらないから!!」 「しかしだな雄真、ハプニングがないとなると、こういうことになるぞ?」
「はーい雄真、これが雄真の分ね」 「……いや、俺の分って、その、どうなのよ」 「何よ、雄真はカップラーメン嫌いなの? 美味しいじゃない。お湯を入れて三分で出来るわよ」 「そういう意味じゃなくてだな!!」
「リアルだー!! 物凄いリアルだー!!」 確かにハプニングじゃないけど、キャンプらしさの欠片もないぞ!? 「……まあ真面目な話、こちらが拒んでも向こうから遠慮無しにやってきそうだがな」 「う……」 言われてみればその通り。食事班は三班。つまり、単純計算でいくと三分の一が柊が監修した班の食事になるということである。――これは何としても阻止せねば。俺だけじゃない、子供達の為にも! 「しかし、どうやって止めるつもりだ? 直接言っても勝負心に火をつけるだけで逆効果だぞ、あの女は」 「だよなぁ……」 それが柊の困った所である。ストレートに言えば対抗心を燃やし、遠回しに言えば気付かなかったりもする、もしくは以前の俺のように一時間追い掛け回される等。 「――クライス、何かいい案無いか?」 「ふむ……そうだな、無いこともない」 「本当か!? で、どうするんだ?」 ここは藁をも掴む思いだ! 多少強引な方法でも構わない、無事食事にありつけるのなら!! 「その一、食事の前にアルコールを大量に摂取して味もクソも無くしてから食べる」 「いや駄目だろそれ!! やるにしても今から大量の酒なんて手に入らないし!!」 子供達を悪の道へ染めるつもりか俺のワンドは!? 「酒は高峰小雪のエプロンのポケットを探せば出てきそうだが?」 「確かに……って、そうじゃなくて、第一草笛さんとかーさん以外全員未成年だろ!?」 「そこは、ほら、あれだ。――私は目を瞑ろう」 「お前だけ瞑ったって意味ないだろうが!! もっと他に無いのか!?」 「ではその二。――神に祈る」 「現実逃避!?」 何の解決にもなりゃしないぞ!! 「――真面目な話、諦める意外の方法が見当たらんのだが」 「く……い、いやそんな弱気じゃ駄目だ! 何とかして止めるぞ!」 決意を新たに、俺は何食わぬ顔で食事班の元へ。 「おう、頑張ってるか?」 「あっ、雄真くん。――うん、みんなで頑張ってるから、楽しみに待っててね」 そう言いつつ春姫は子供達に飯盒の使い方の指示を出している。メニューはキャンプ定番のカレー。――うん、春姫の班は何も問題ないし、俺も楽しみだ。 「小雪さんはどうです?」 「お任せ下さい。カレーを作ると聞いて、バッチリ準備してきましたから♪」 そっか。カレーと言えば小雪さん。小雪さんと言えばカレー。何だかんだで小雪さんの作るカレーは絶品だからな。こっちも何の問題もないか。 「それでは皆さん、まずはポケットから電気炊飯器を取り出しましょう」 「そうそう、それさえあればキャンプでも美味しい白米が……って、コラァァァ!! 何させてるんですか小雪さん!!」 「炊飯器で怒る……雄真さんは、ナンをつけて食べるのがお好みでしょうか?」 「そういう意味じゃなくてですね、何の為のキャンプですか!? 炊飯器で炊いちゃったら何の意味もないでしょう!?」 というか、普通の人はポケットからスイッチが入ってる電気炊飯器出せません。 「何の為にあの飯盒が用意されてると思ってるんですか!?」 「あれは……そうですね、災害時に頭にかぶってヘルメット代わりに」 「んなわけないでしょうがー!! 真面目にやって下さい!!」 「クスン。怒られてしまいました……」 当たり前ですよ、はい。 「ではタマちゃん、飯盒の使い方の説明をお願いしますね」 「はいな〜」 わずか数秒で笑顔に戻った小雪さんはタマちゃんに飯盒の使い方の説明をさせ始めた。これで何とかなるか……というかタマちゃんも知ってるところが何というか、凄いな。 「えっと、後は柊は……」 柊は……何してんだ、あいつ……!? 「――なあ柊、キャンプファイヤーは夜からだと俺は思ってたんだが」 柊と周りの子供達は、燃え盛る火炎を取り囲んで何かをしていた。火の中心に見え隠れするのは鍋だろうか。とにかく火の威力が強すぎてよくわからない。 「何言ってるのよ、野菜を煮てるんじゃない」 「……火、強すぎじゃね?」 どう見てもミニキャンプファイヤーだぞ。 「料理は手早く、ってこの前見た本に載ってたの。火強くすれば柔らかく煮れるんでしょ?」 いや意味違うよそれ。てか案の定マズイぞ!? 「杏璃先生ー、カレーのルーはいつ入れればいいんですかー?」 「もう入れちゃっていいんじゃない? ほら、カレーって沢山煮ると美味しくなるから」 「…………」 その、普通は野菜とか肉とかに火が通って柔らかくなってからなんだが……いやしかし、既にあの鍋の中の野菜は溶けてなくなってるかもしれん。うう、どうやって上手く説明したらいいんだ、こいつに。 「――なあ、柊、その、何だ」 「お腹空いたのはわかったけど、もうちょっと待っててよね。もう直ぐご飯も炊けると思うから」 「いや、お腹空いたとかじゃなくて……って、そんなに早くご飯が炊けるわけ――」 ドゴオォォォン! 「ぬおぅ!? 何だ今の轟音!?」 「――雄真、上を見てみろ、上を」 「クライス? 上って――」 ピュウウゥゥゥゥ。 「飯盒が空から降ってくる!?」 「キャンプ地は〜 今日も〜 飯盒〜 だった〜」 「何その今時の若者がわからないようなギャグ!?」 ドサアッ!――クライスに指摘されて上を見上げた瞬間、空から飯盒が降ってきた。 「あっ、ご飯炊けたみたい」 「待てい!! お前まさか、今のがご飯が炊けた合図だと!?」 「だって……落下の衝撃に耐える為に鉄で出来てるんでしょ? 飯盒って」 「その為のわけないだろうが!! 危険すぎるわ!! 何で命からがら白米炊かなきゃならんのだ!!」 というか何をしたら上空十数メートルまで飯盒が空を飛ぶんだよ!? 「雄真さん、危険ですからぜひヘルメットを♪」 「だから飯盒は被るものじゃないって言ったじゃないですか小雪さん!! 普通に使って下さい!!」 何故ここまでしつこく笑顔でボケが出来るんだ、この人は。 「杏里先生ー、カレーの鍋の汁がなんだか青くなってきましたー」 青!? カレーの鍋が青!? 「え、えっと……そう、それ灰汁(あく)よ!! だからすくっておいて」 「おいいぃぃ!! 柊お前、カレーに一体何を入れた!? 青い灰汁ってどうやったら出るんだよ!?」 「先生ー、すくってもすくっても無くなりません」 「ど、どうしよう……そうだ、とりあえずコーラを入れて色の調節を」 「するなぁぁぁ!! もう手遅れかもしれないけどこれ以上悪化させるんじゃない!! 春姫ー!! 春姫ー!!」
「……火加減はこの位が丁度いいから、目を離さないように注意してね。お家で使うコンロと違って、直ぐに加減が変わってきちゃうから」 俺が急いで呼んだ春姫によって、柊班にあらためて飯盒の使い方、カレーの作り方のレクチャーが行われていた。……最初からこうしてりゃよかった。 「後は、定期的にお鍋をかき回すのを忘れないことくらいかな」 「――だ、そうだぞ。わかったか?」 「ぐ……う、五月蝿いわね、わかったわよ……」 ちょっとふて腐れつつも春姫の説明を一生懸命に聞いていた柊。やはり負けず嫌いの血が騒ぐのだろうか。 「フン、もう失敗しないんだから! 見てなさい、春姫のよりもバッチリ美味しいの作ってみせるわ!」 「いや……春姫よりも、というよりも、最低限食べれるものを作ってくれよな、柊……」 青いカレーとか空飛ぶ白米とか食べたくないぞ俺は。 「安心しろ雄真。――この山の野草には、煎じて飲むと腹痛によく効くものもあってだな」 「いや心配してくれてるようでその発言は更に不安を呼んでるから!!」 と、俺とクライスのやり取りを他所に、ズンズンと進んでやり始める柊。やる気のオーラが相当漂っている。そして……
「杏璃先生ー、カレーの鍋の汁がどんどん灰色になってきてまーす」 「え、えっと……それはだから、あれよ! 灰――」 「何でもかんでも得体の知れないものを灰汁で片付けるんじゃねえ!!」 「先生、段々鍋が溶けてきました」 「どんな火力!? 焚き火で何処までの火力が出せるんだお前!?」 「先生、さっき飛んでいった飯盒が空から帰ってきません!」 「何その状況!? 何処まで飛んだんだよ!? ある意味奇跡だぞ!?――てか柊、お前全然春姫のアドバイス参考にしてねえだろうが!!」 「う……そ、そうだわ! さあみんな、これから走るわよ!! 空腹は最大の調味料って言うし」 「そんなところだけ正論を持ってくるんじゃねえ〜!!」
――そして、その様子をちゃんと見ていた春姫と小雪さんが余分に作ってくれていたお陰で、晩御飯は全員美味しくカレーを食べたのでありましたとさ。
<次回予告>
「高溝殿、こちらのルートを通ると熊と遭遇する確率が高くなるそうだ。 ぜひ一度決闘をしてこようかと思うのだが」 「俺を巻き込むなぁ信哉ぁぁ!!」
まだまだ続く暴走(?)キャンプ。 二日目はやっぱり定番のオリエンテーリングで。
「兄さん! 目指すは風の谷ですね!」 「いつまで引っ張ってるんだよお前は!!」
知らぬ間に増える暴走者達。 果たして雄真はツッコミし切ることが出来るのか!?
次回、「この翼、大空へ広げた日」 SCENE
10 「精一杯の言葉で」
「嘘ついてごめんなすもも。――多分俺、全然大丈夫じゃない」
お楽しみに。
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