「高峰小雪です。宜しくお願いしますね。――それから、タマちゃんです」 「宜しゅう頼まっせ〜」 日曜日の騒動の翌日の月曜日。今日は仲間同伴第四回。同行者は小雪さん。タマちゃんも独自に移動が出来るし、割り振りで一人ということになってもらった。――が。 「ねえ先生、今日はどうして先生のお友達一人なの?」 「あ、わかった! 今日のお姉さんが、先生にとって特別な人なんだ!」 と、余計な誤解を招いていた。――何ですぐそういう話題にしたがるかなあ、もう。 「――雄真さん」 「あー、すいません小雪さん。そういう子が多いんで、適当に聞き流して――」 「やっぱり……見る人が見ればわかってしまうんですね♪」 ズルッ。 「何がですか!? 何にもないでしょう俺達!?」 「そう思っていらっしゃるのは雄真さんだけかもしれませんよ?」 「いや俺が思ってればそれが事実でしょう!! 本人なんだし!!」 「小日向の兄さん、小雪姉さんと付き合いたいんなら、神坂の姉さんとは別れて、小雪姉さん一筋にしてもらわんと困るで」 「誰が付き合いたいって言ったよ!?」 「安心しろ雄真。――私はお前が立派な魔法使いになってくれるのなら伴侶には拘らんぞ」 「お前は黙ってろクライス!!」 何だこれ。今までとは違うパターンで俺の立場が。 「とにかく授業を始めるぞ!!」 そう、俺は授業をしにきたんだ。小雪さんと漫才をしにきたわけじゃない。 「それではタマちゃん、皆さんに例のものをお配りして下さい」 「はいな〜」 小雪さんの一言で、タマちゃんが皆の前に何かが入っている袋を一つずつ配っていく。――相変わらず器用だな。で、中身はと言うと、 「では皆さん、大きな声で歌いながらこねて下さいね。――タマちゃんの為ならえんや〜こら〜♪」 「はい、タマちゃんの為ならえんや……コラァァァァ!! 何させてるんですか小雪さん!!」 「お、ナイスノリツッコミやで小日向の兄さん。こらとコラを掛けたんやな?」 「冷静に分析すなー!!」 何をするのかと思ったらタマちゃんのスペアを作らせたいだけじゃないか!! 「タマちゃんは、魔法の源ですから♪」 「それは小雪さんだけです!! とにかく駄目、禁止します!!」 「困りました……これでは私の百一体タマちゃん大行進の計画が……」 「いらん計画に俺達を巻き込まないで下さい!!」 「……ぶぅ」 「可愛らしく拗ねても駄目です!!」 「小雪姉さん、それならもっと格好よく拗ねたらええんちゃうか?」 「屁理屈言うな!!」 というか格好いい拗ね方ってどんなだよ。 「雄真、どうでもいいが授業はいいのか?」 そのクライスの言葉に俺はハッとする。 「っと、そうだったそうだった。――よし、みんな、それじゃ今日は――」 「先生、出来た!」 「ん? おー、初めてにしては上出来だな!」 そう言ってその子は自慢げにタマちゃんのスペアを―― 「――って、バッチリタマちゃんの元こねてる!?」 見渡すと全員楽しそうにタマちゃんの元をこねていた。何だこれ。どうしたらいいんだ俺。 「雄真さんも、遠慮なさらずにお一つこねてみてはいかがですか?」 「嫌です!!」 ――何か、あれだ。建前とか抜きで、辞めたくなったぜ、本当に。
この翼、大空へ広げた日 SCENE
7 「友達は戦友」
「……あー、疲れた」 つい俺は口に出してしまう。 「アッハハ、わかったからもう口に出すのは止せ。もう何度目だ?」 クライスの慰めに俺はため息をつく。――後半こそ小雪さんは真面目にやってくれたものの、前半のタマちゃん作りの騒動だけで俺は随分疲れてしまった。子供達もタマちゃん作りが気に入ってしまったらしく中々止めてくれなかったし。 「ま、そういうことで疲れた、と愚痴れるんだ。平和な証拠さ」 「…………」 平和な証拠。それが何を意味しているのかは十分にわかる。――昨日の公園のこと。誰かが青空の園の子供達を狙っている。――もしかしたら、恵理香ちゃんを狙っているのかもしれない。 あれから青空の園に戻り、草笛さんに話し、聖さんと一緒に軽く結界を張った。今日学校へ行って、春姫と一緒に先生にも相談した。先生は頃合を見て様子を見てくれると約束してくれた。伊吹も「魔属性過剰性」に関して式守家の書庫で調べてくれると言ってくれた。みんな動いてくれている。みんなが助けてくれている。それはとても心強い事実だった。 だが、それでも――根本的なものが消えてくれたわけではないのだ。またいつ、何処の誰が何をしてくるかわからない。仲間を信じないわけじゃないが、不安がどうしても拭いきれない。
『――彼らに対して本気ではなかった、というのは本当だったみたいですね。――確かに、あなたのレベルの人が、私が勝てない相手が他にもついているというのなら私達に勝ち目はなさそうです。――撤退します』
そして思い出してしまうのは、無表情の少女が放つ去り際の言葉。彼女は何者なんだろう? 俺達と変わらないような歳で、あれだけの実力を持ち――俺達を襲ってきた彼女は、何者なんだろうか? 「――ま、あまりこのような場所で深く悩むようなことでも無い気がするがな、私は」 「……それを言わないでくれよな、クライス」 そう、俺が今いるのは、青空の園の近くにあるとあるスーパーの食料品売り場。普段、俺の家からは離れているので利用することは少ないが、今日は特別。――今日はこのスーパー恒例、毎月一回やる「赤字得売」なるもので、その名の通り明らかにお店は赤字じゃないかと思われる値段でタイムサービスで食料品を販売する日なのだ。それを狙って来ている人も多いせいか、随分店も賑わっている。 んで、俺はといえば、朝。
「雄真くん、今日は青空の園へ行く日なんでしょ? 帰りに寄ってきてくれないかな〜?」
……とまあ、こんな感じで、その何だ。察して欲しい。迂闊に断ると俺の晩飯がとんでもないことになる可能性も十分にあるので断れないし。 と、そこでかーさんに手渡された広告を広げてみる。広告には買って来て欲しいものの優先度が。――そう、赤字特売では目的のものが全て手に入ることなど有り得ない。本当に必要なものは最初に目指しておかないと絶対に手に入らないのだ。 「ふむふむ……今店員が用意している感じからしても……この辺りで待機して、開始と同時にまずはあそこ、そこからあの脇をすり抜けてあそこ、んでもって――」 俺は熱心にイメージトレーニングをしていた。――馬鹿にしてはいけない。いや以前の俺だったら今ここでイメージトレーニングをしている奴がいたらきっと嘲笑っただろう。でもそんな感情は初めてここを体験した次の日からぶっ飛んだ。ここは戦場。一つのミスが命取りなのだ!! 「それで、最終的にあそこに流れて――」 「――雄真お前、魔法の授業よりも熱心に見えるのは、私の気のせいか?」 「な……なにをおっしゃいますかクライスさん!? 僕は魔法も赤字特売も全力投球ですよ!?」 「ならいいんだがな。――というか、胸張ってその台詞言ってもあまり格好よくないぞ」 「う……仕方ないだろ?」 俺だって好きでこんなことになれたんじゃない。元はといえばかーさんが……などと思っていた時だった。 「と」 「っ――」 クライスとのやり取りが多少オーバーだったのか、誰かにぶつかってしまった。 「あ、すいませ――」 まあ当然の如く謝る俺。……が、「すいません」の「せ」の部分で俺の台詞は止まってしまった。一瞬、俺の思考は完全にストップしていただろう。 「…………」 俺とぶつかった人は――昨日のあの、風の魔法を使ってきた、水色の魔法服の、無表情の少女だったのだ。――どういうことだ!? どうしてこんなところに!? ま、まさか、一番弱そうな俺に目をつけて!? なんとかしないと――と思っていた矢先、 「……大丈夫」 「――え?」 大丈……夫? 何が―― 「今日は、何も言われてないから。奪ってこいとも、倒してこいとも、何も言われてないから。だから、何もしないし、出来ない。――だから、大丈夫」 「あ……そ、そう……」 先にそう言われ、何か呆気に取られてしまった。淡々と語る目の前の少女は無表情のまま。何となく毒気を抜かれたようなそんな気分だった。 「――それじゃ」 そう言って、スタスタとその場を去ろうとする。――が、 「あっ、ちょっ、ちょっと待った!」 つい俺は呼び止めてしまっていた。「何?」といった感じで振り向いてこちらを見ている。――え、えーと、どうしよう。つい勢いで呼び止めちまった。いや聞きたいことは沢山あるんだけど、変に聞いたら変なことになるかもしれないし。どうする、どうするよ俺!? 「あれか? カード出すのか?」 「余計なボケをするなクライス!!」 緊張感とか無いのかお前は!?――と、俺はとっさに気付いた点から攻めてみる。 「あー、その、あれだ。君は赤字特売、参加しないでいいの?」 ふっと見てみると、彼女は普通にカゴを持っており、普通に買い物をしていた。当たり前のことだが、スーパーに買い物にきていたのだ。それなら赤字特売のことをきっかけに何か会話でも、と思った俺の苦し紛れの作戦だった。 「赤字……特売?」 「あれ、知らないの? タイムサービスだよタイムサービス」 俺はチラリと視線を後ろに動かし指摘する。 「知らない。――今日、必要なものは買ったから別にいい」 「何ぃ!? 赤字特売を知らない!? このスーパーの名物なのに!?」 「うん。初めて来たスーパーだから」 「そうか、初めてなら仕方無いな。――いいか、赤字特売はな、その名の通り明らかに店側からしたら赤字であろう価格で販売する、一月に一度の特大イベントなんだ! それを目的にどれだけの人がやってくるか!! 今日必要なものは買った? そんな考えは甘い!! 冷凍食品だって売ってるし、肉や魚はラップにくるんで冷凍出来るじゃないか!! 例えばほら、見てみろ!! 今日の目玉、冷凍のバチマグロ一パックニさく入りなんと三百五十八円!! その他にも色々信じられない値段で売ってるんだぞ!? これを逃す手などない!!」 「――お前は何処の主婦なんだ、雄真」 熱く語る俺に冷たい台詞でツッコミを入れるクライス。いやでも知らないまま帰るなんて勿体無い!!――何か最初の目的と違って来てるような気がしないでもないが。 「…………」 んで、俺の熱い説明をただそこで聞いていた彼女は、無表情のまま、俺をじーっと見ていた。――何か、物凄いその視線が痛く、気まずい。やっぱり駄目か?……などと思っていたら、 「……この辺で、待ってればいいの?」 俺の横へスタスタと歩いてきて、ピタリと並んだ。おお、俺の熱意が通じたのか! 「あ……うん、そう。もう直ぐ開始の合図が出るから、そしたら突撃するぞ。戦場だからな、気を抜いたら負けるからな」 「わかった」 無表情のまま、俺に返事をする彼女。今更ながらよくわからない流れになってるなあ、とか思っていると――赤字特売、開始のベルが鳴り出したのだった。
「はっ、はっ……いや、今日も凄かった……」 「ハハハ、お疲れだな、雄真」 クライスの労いの言葉。――赤字特売は無事終了。後はレジへ行くだけ。目的のものは大体七割位は手に入ったと思う。それだけ手に入れば中々の好成績だ。 「――本当に、凄いんだね」 その声に振り向くと、例の彼女がいた。無表情のままの感想なのでイマイチ実感が沸いてはこないのだが。――と、彼女のカゴを覗いて見る。 「ふーむ、やっぱりそんなもんか」 彼女はあまり目ぼしいものは取れていなかった。 「でもまあ、初めてだとそんなもんだよ。俺も最初はその程度が限界だったし」 「そう、なの?」 「ああ。――というわけではい、これは君の分」 そう言って、俺は自分のカゴから、物凄い苦労して二パック取っておいた例のマグロを一パック、彼女に差し出す。 「――え? 君の分、って……え?」 「いや、初めての人は絶対に取れないだろうと思ってさ、あれは。だから君の分も取っておいた」 「あの、でも……」 「気にしないでいいって。敢闘賞だよ、うん。俺はほら、もうベテランだからさ。少佐クラス? だから初心者を気遣うのは当然ってわけ。ほら」 そう言いながら、俺は笑って彼女に無理矢理マグロを持たせる。――最初は呆気に取られていたが、 「――ありがとう」 そう言って、彼女はそのマグロを自分のカゴへ入れてくれた。 「でも……スーパーの特売で少佐って、変なの。――ふふっ」 彼女はそう言って――今日初めて、明確なる表情の変化を見せてくれた。昨日のように驚きの顔じゃない。笑顔だった。はっきりとした、笑顔だった。 「何言ってるんだ。そんな俺に手ほどきを受けた君は今二等兵なんだぜ?」 「あ、そうかも。――ふふっ」 「あはははっ」 そして俺達は、少しの間、そこで笑い続けたのだった。
「――本当に、ありがとう」 スーパーからの帰り道。俺と彼女は帰り道が途中までは一緒のようで、何となく一緒に歩いていた。 「だから、マグロに関してはもういいって」 「それだけじゃない。――元を辿れば、あなたがあそこで赤字特売のこと教えてくれたからだから、それのことも。私、この街には引っ越してきたばかりだから、助かったから」 「あー、うん、そのことか」 というか、元を辿れば昨日なんだけどな。 「あのさ、その……昨日はどうして、とか……聞いてもいいかな?」 随分危険を伴う質問だったけど、なんとなく――彼女になら、聞いてもいい気がした。今の彼女になら。 「教授に言われたから」 「――教授、に?」 「うん。――教授にそう言われたから、そうした。ただそれだけ」 淡々と語る様子に、嘘をついている様子は見られない。――教授に、言われた……? 「私も……一つ、聞いてもいい?」 「えっ、あ、何?」 「あなたは、あの子供達に、何をしているの? どうして一緒にいるの?」 不意にそんなことを聞かれた。 「俺、あの子達に魔法を教えてるんだ」 「……魔法、を?」 「うん。――魔法を習ってみたい、って子供達の為にね。基礎的なことだけだけど」 「魔法を……人に、魔法を……」 ところが彼女は俺がそう答えると、何か真剣に悩み始めてしまう。 「――何か俺、変なこと言った?」 その問いかけの後、十秒ほどの沈黙。そして―― 「――あなたの魔法は、何の為にあるの?」 口を開いた彼女の言葉は、そんな言葉だった。 「へ? 何の為に、って?」 「私は……私の魔法は、人を傷つける為のものでしかないの」 人を……傷つける為だけの、魔法……? 「私ね、「魔属性特質性(まぞくせいとくしつしょう)」っていう、魔属性過剰性っていう病気の系列的な病気なの」 「どういう病気だか、聞いてもいいの?」 「魔法使いには得意属性があるって、知ってる?」 「ああ、うん」 流石に昨日聞いたことだからな。……逆に言えば昨日聞いたばっかなんだけど。 「魔属性特質性っていうのは、自分の魔力を、その得意属性にしか具現化出来ない病気なの。その一つの属性に関して絶大なる威力を扱える代わりに、それ以外の属性には具現化出来ない。つまり使える魔法の種類が一般に比べてとても狭い。魔法使いとして、出来ることがとても限られてしまってるの」 得意属性に限定されてしまっている。――つまり、それは。 「君の属性は……「風」?」 その問いかけに、彼女はゆっくりと頷いた。 「例えば私は、レジストが使えない」 「え!? レジストが使えない!?」 レジストって基本中の基本だろ? それが使えない? 「レジストは、風の属性からは一番遠い位置にある属性だから。だから、私には使えない。風の魔法で相殺することが出来ても、風の魔法で移動力を上げて避けることは出来ても、私はレジストで相手の魔法を防ぐことなんて出来ない。だから、誰かを守ってあげることも出来ない」 「で……でも、結界は? 昨日、公園に結界張ったの、君だろ?」 「あれは、教授に貰った使い捨ての道具を私の魔法で増幅させただけ。直接は使ってない。だから……私の風は、ただ戦う為だけにあるの。人を傷つける為にあるの。自分の為だけにあるの。そして――この力が無ければ、私は生きてこれなかったし、これからも生きていけないと思う」 淡々と語る彼女。まるで自分に言い聞かせている口調で読み取れない所もあるのだが、言いたいことはなんとなくわかった。彼女は、自分の魔力が異質で、特定の――主に戦闘で使う為の魔法しか使えない、つまり自分の為、しかも戦いの為だけにあるものだと思っている。戦いは、どんな理由があるにせよ、主に人を傷つける行為。決して進んで望んでしていいことではない。ところが俺は人に魔法を教えている。彼女にとって、人を傷つける為の魔法というものを。――その相違点が疑問だったんだろう。 「俺の魔法は、俺を想ってくれてる人達の為にあるよ」 「あなたを想う……人達の為? あなたは、ボディーガードなの?」 「はは、そうじゃない。っていうか、どっちかって言うと俺が守ってもらってる方かな、そういうのを基準にしちゃうと」 俺の魔法関連の仲間で俺より魔法が駄目な奴いないもんな。 「俺、魔法に関しては全然まだまだでさ、ロクな魔法一つも上手く使えないんだけど、それでもそんな俺の魔法に助けてもらった、幸せをもらったって言ってくれた人がいるんだよ。だから俺思うんだ。そうやって思ってくれる人達の為に、魔法を使いたいって。そういう人達を幸せに出来る魔法使いになれればいいなって」 「人を助ける魔法……人を幸せにする魔法……」 彼女は何か珍しいものを初めて見るような表情で俺のことを見ていた。 「…………」 そこで俺は気付いた。その質問で、その表情で気付いた。――彼女は、魔法で人を傷つけることが、当たり前だと……というより、それ以外の生き方を知らない。誰の指示かは知らないけど、だから当然のように、何も感じないで日曜日、俺達を攻撃してきた。その事実の重みを知らないだけなんだ。 魔法が、たとえ片寄った技術の魔法でも、人を傷つける為だけにあるだなんて思って欲しくない。使う人次第でいくらでも変えられる。彼女の魔法だって、誰かの為に使うことが出来る。そんな当たり前のことを、彼女に知ってもらいたい。 「――よし」 青空の園の子供達を、恵理香ちゃんを守ることも重要だけど、それとは別に、彼女に当たり前のことをわからせてあげたい。――そんな風に、俺は思ってしまった。 「そういえば、俺達自己紹介がまだだったな。――名前、聞いていい?」 「私――瑞波楓奈(みずなみ ふうな)」 「俺、小日向雄真。――俺のことは苗字じゃなくて名前で、「雄真」でいいからな」 「え……でも、私達、別に――」 やっぱり否定してくるか。でも、俺は。 「遠慮なんかいらない。だって俺達、戦友だぞ? あの赤字特売を一緒に戦い抜いた、戦友なんだぞ?」 「戦……友? 私達……友達、なの?」 今日一番の驚きの表情。まあ無理もないかもしれないけど。 「ああ、一緒に戦いを潜り抜けた、ね。――俺も君のことは楓奈、って呼ぶから。だから、ほら」 まだ何処か遠慮がちな楓奈を俺は促す。 「えっと……その……雄真、くん?」 「ん。――で、そんな楓奈に素敵なお話があります」 「素敵な……話?」 「楓奈さ、言ってたよな? この街には引っ越してきたばかりだって。だから知らないって」 「あ……うん」 「良かったらさ、俺と、春姫――って言ってもわからないか。日曜日、俺と一緒にいた女の子。俺の彼女なんだけど――で、案内するよ、この街。差し当たっては駅前かな。俺と春姫二人ともさ、生まれも育ちも瑞穂坂の瑞穂坂っ子だから、初めての人にもわかり易くバッチリ案内出来るから。駅前は何だかんだで沢山店あるから、何処にどんな店があるかとか覚えるの大変だろうし。――明日、暇かな?」 「えっと……別に、用事があるわけじゃないけど……」 「――迷惑なら言ってくれよな。俺別に、楓奈を困らせたいわけじゃないんだ」 「迷惑だなんて――でも、その、だって私」 「それじゃ、決まり」 遠慮がちな楓奈に間髪入れず俺は言葉を続ける。――ちょっと強引だが、楓奈みたいな子にはこの位やらないと仲良くなれないと思う。 「駅前のオブジェ、わかる? 明日、あそこに午後三時待ち合わせ。オッケー?」 「あの、時間は大丈夫だけど、その、そう言ってもらえるのは嬉しいんだけど――」 「よーし、大丈夫なんだな。それじゃ明日、待ってるから。約束だぞ? 友達同士の約束、簡単に蔑ろにしちゃ駄目だぜ?」 「とも……だち……」 「それじゃ俺、こっちだから、今日はここまで。また明日、じゃあな!」 「えっ? あっ、その――!」 再び呆気に取られている楓奈に、俺は笑顔で手を振って、その場を駆け足で離れたのだった。
「――ふふっ、でも雄真くんらしい、こういうところ」 翌日、午後三時直前、駅前いつものオブジェ前。俺は春姫と二人で楓奈のことを待っていた。――昨日楓奈と別れた後すぐ春姫に携帯で楓奈のことを相談した。さてどんな反応をされるんだろうと覚悟の上だったのだが、二つ返事でアッサリと承諾された。 「俺……らしい?」 「うん。私の時もそうだったでしょう? それまで遠慮がちに「神坂さん」だったのに「今日から春姫って呼ぶからな」って」 「ああ、そういうことか……」 だから昨日電話で相談した時もすぐに納得してくれたのか。 「今だから言うとね、確かに驚いたけど――嬉しかったな、ああ言ってくれたのは。だから、その子もきっと驚いてるけど、それ以上に喜んでると思う」 「だといいけどな……」 そう言って俺は辺りを見回す。もう来てもいい頃なんだけど――と思っていると、見覚えのある魔法服姿の女の子が。 「おーい、楓奈! こっちこっち!」 俺が手を振って呼ぶと、楓奈もそれに気付き、小走りでこちらへやってきた。 「えっと、昨日言ったけど、俺の彼女で――」 「神坂春姫です」 相変わらず笑顔で丁寧に軽くお辞儀をする春姫。 「えっと、瑞波楓奈です。今日は宜しくお願いします、神坂さ――」 「オホン」 そしてそれに釣られるように馬鹿丁寧な挨拶をする楓奈に俺はジト目でわざとらしい咳払いのプレゼント。――楓奈がハッとした表情に一瞬なり、 「その……宜しく、ね、春姫……ちゃん?」 「うん。こちらこそ宜しくね、楓奈ちゃん」 と、俺の言いたいことを察知し慌てて言い直し、チラリと俺の方を見た。俺が笑顔で軽く頷いてやると、よかった、と言わんばかりに息を吐く。 「よし、時間が勿体無いから、早速行くか!」
出発してからそこそこの時間が経過した。――今日は学校帰りということもあり、あまり時間も無いので本屋等メジャー系統の店を紹介して回っている。最初はまだ何処か遠慮がちだった楓奈も気付けばすっかり普通の女の子になり、昨日は少ししか見られなかった笑顔を存分に出して春姫と楽しそうに移動しながらお喋りをしていた。 「――さしずめ、娘を想う父親の気分か?」 「ははっ、よくわからないけど、そういうもんかもな」 で、一歩遅れてついていく俺に、クライスの言葉が。 「しかしお前には本当に驚かされる。今の楓奈には失礼な発言になるが、普通あんなことをしてきた相手の為に街を案内しようとは思わんぞ?」 「まあな。でもそれは楓奈にしてみてもそうだろ? 俺達が罠を仕掛けてる可能性だってあったはずなんだぜ? それなのにこうしてちゃんと来てくれたんだ。お互い様さ」 「まったく……今の腐った世の中に聞かせてやりたいぞ、私は」 「ハハハ、それは言い過ぎだろ」 と、そんな会話をしていると、 「雄真くーん! こっちこっち!」 先で手を振って俺を呼ぶ二人が。可愛いのでとても絵になる。 「……ふーむ、勿体無い」 「? どうしたクライス?」 「いや、ああして美女二人に好意的な笑顔を向けられるお前なら技術一つで毎日違う女で色々楽しめたものを、と思ってな。――春姫一人で飽きんのか?」 「馬鹿かお前!? 何言い出すんだよ!? 俺をジゴロにしたいのか!?」 主に仕えるワンドの台詞かよ!? 「雄真くーん?」 「あ、悪い悪い、今行くぞー」 俺は軽く駆け足で二人の所へ。 「どうしたの? 何かしてたの?」 疑問顔で純粋に尋ねてくる楓奈の視線が痛い。とてもじゃないが説明出来ない。 「あ、その、別に――」 「ハハハ、すまないな。私が雄真に将来バスローブを着てグラスでブランデーを回す男になって欲しいものだと語ってしまってな」 「うおおおぃぃぃ何じゃそれ!?」 「――上手く誤魔化してやったんじゃないか」 「何処が!?」 俺とクライスのやり取りに「?」マークを出す二人。いかんいかん、話を切り替えないと。 「えっと、二人はここで何してたんだ?」 「うん。――はい、これが雄真くんの分」 そう言って、春姫から手渡されたのは―― 「……ミサンガ?」 よくサッカー選手とかがつけてる、あれだ。切れると願い事が叶うとか色々あった気がする。 「楓奈ちゃんがね、今日の記念にって。三人で、色違いのお揃いなの」 「ごめんね、我侭言っちゃって。――でも、何となく、今日のこと、形として何か残しておきたかったから」 今日の記念……か。 「気にしなくていいよ、そう言ってもらえるのは嬉しいし。――よし、早速つけるか」 ここからはまた俺の推測になるけど、楓奈にとって、友達――いや、友達も今までいなかったかもしれない――と、こうして外で遊ぶというのは初めての体験だったんだろう。そんな気がする。 そんな彼女が、俺達と一緒に何か記念の品を求めた。俺達を身近な存在として認めている証拠だ。嬉しくないわけがない。 ……と、そんな嬉しそうにミサンガを腕につけている楓奈を見て、ふと気付く。 「――なあ、楓奈って、いっつもその魔法服なのか?」 そう、今日も彼女は水色のあの魔法服。日曜日、戦闘の時は当然だったとしても、昨日のスーパーの買い物時、そして今日。彼女はいつも同じ魔法服だった。 「うん……そうだけど。魔法服は夏冬に合わせて温度調節してくれるし、予備もあるから洗濯もしてるし」 「いや洗濯どうのこうのではなくて、もしかして、普通の服、持って無いとか……?」 「うん」 即答ですか!? 今時の若い娘さんがそんなことでいいのか!?――チラリと春姫を見ると、こちらもかなり驚きのご様子。 「あの……何か、変かな、この魔法服」 「いや、魔法服が変とかじゃなくて、年頃の女の子なんだからさ、もっと服に興味があってもいいんじゃないかな、って。お洒落とかそういうの」 「そうなの?」 純粋に聞き返された。――その手のことが概念にないのか、楓奈は。まあ今までの話の流れからしても仕方がないのかもしれないけど。 「……春姫」 「うん、大丈夫、まかせて。――あ、でももうあまり時間もないかも……」 「あ」 そうだった。俺達のスタートは午後三時。――時間的にもうのんびり見て回っているような時間は残っていない。 「――仕方ない、もう一人エキスパートを呼ぶか」
「もうっ、雄真、いい加減にしてよね!」 合流するや否や、俺が呼んだエキスパートこと準は俺に対して怒りをあらわにしてきた。――ま、この時間にいきなり駅前に急いで来てくれ、だもんな。 「悪ぃな、急に呼び出しちまって」 「そのことに怒ってるんじゃないわ」 「――へっ?」 そのことに怒ってるんじゃない? 「どうしてこういう楽しそうなことに、最初からあたしを呼ばないのかって言ってるのよ、もう……あたしだって瑞穂坂っ子じゃないの」 「はははっ、そっかそっか、悪いな、結構急に決まった話だったから。次からはちゃんとお前も誘うよ」 「約束よ?」 そういえば準もすももに負けず劣らずお友達作り大好きっ子だもんな。途中参加じゃそりゃ怒るか。――と、準があらためて笑顔で楓奈の方へ向き直る。 「初めまして、あたし渡良瀬準。雄真と春姫ちゃんのお友達よ。宜しくね、楓奈ちゃん」 「ちなみに男だから、騙されないように」 速攻で俺は釘を刺しておく。 「んもう、どうしてすぐにばらしちゃうのよ雄真!」 「楓奈は純粋なんだ。隠し事はいかん」 俺と準のまあ王道なやり取りを他所に、楓奈は何か考え込んでいる様子。 「――ん? どうした楓奈?」 「えーと……見た目女の子だけど……本当は男の子だから……うん。――えっと、こちらこそ宜しくね、準くん」 「え……」 準くん。――準くん!? 「ぶっ……ぶはははははっ!! 準くん!!」 つい俺は溜まらず噴出してしまった。準くん。準が準くんと呼ばれている。有り得ない。 「ちょ、ちょっと待って楓奈ちゃん! あたしのことは準「くん」じゃなくて――」 「えっ? あ、あの、変なこと言ったかな……その、男の子、なんだよね?」 「そうだぞ楓奈、準くんは男の子だぞ、立派な。楓奈は何も間違っちゃいない」 「ちょっ、雄真!! もう、春姫ちゃんまで!!」 「ご、ごめんなさい準さん……でも……ふふふっ」 見れば春姫も一生懸命笑いを堪えているようだった。――純粋なる楓奈だからこそ出来る大技だ。当の楓奈は何が可笑しくて何が困るのかがさっぱり理解出来ていないようだし。 「ねえ楓奈ちゃん、あたしのことは普通に「ちゃん」付けでいいから。あたしもその方が嬉しいし」 「そう……なの? わかった、それならそうするから」 純粋さ故にあっさりと準の申し入れを受けてしまう楓奈。ううむ、ここはしばらく準くん、で引っ張って欲しかったぜ。 「それじゃ、いくか。時間もないし。電話でも説明したけど、春姫と一緒に宜しくな、準くん」 「雄真……いい加減にしなさーいっ!!」 こうして逃げる俺、追う準を筆頭に、楓奈のコーディネイトタイムが始まったのだった……
<次回予告>
「雄真、いやお父さん! 娘さんを僕に下さい!!」 「阿呆が!! 俺は楓奈の父親じゃねえし、百歩譲って父親だったとしてもお前にはやらねえし、 父親じゃなくてもお前にはやらねえ!!」
いつものお馬鹿に楓奈が加わるある日の瑞穂坂。 それでもやっぱり、みんなのお馬鹿は変わらなくて。
「友達にさ、遠慮なんかするもんじゃないんだ」
少しずつ、でも確実に開いていく楓奈の心。 でも、それだけが答えじゃないこと、解決じゃないこと、雄真はもちろん知っていて――
次回、「この翼、大空へ広げた日」 SCENE
8 「初めての一滴」
「うおっ!? 汚いぞお前ら、俺一人ってどういうことだよ!?」
お楽しみに。
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