「神坂春姫です。宜しくお願いします」
「柊杏璃よ。宜しくね、みんな!」
 仲間同伴第三回。本日の同行者は春姫と柊の親友&ライバル(一方的)コンビ。瑞穂坂学園魔法科二年の女子ツートップでもある。人気もツートップ。
「…………」
 やばい。俺全然立場無い。――最初の信哉と上条さんの時は五分で退場だったから俺が頑張ったし、伊吹とすももの時は俺が年上ってのがあったからまだ威厳がほんの少々はあった。伊吹の教える内容にミスがあったのも俺の威厳にギリギリ繋がった。だが今日はどうだ? 成績は無論負け。ビジュアル的にも無論負け。歳は同い年。教える、というカテゴリーに関しては柊には勝てる可能性はあるが、春姫にはボロ負け。
「……ずーん」
 まだまだだなあ俺。頑張らないと。
「ハハハ、仕方あるまい。お前はまだキャリアが少ないだけだ。気にするな、とは言わんが気にし過ぎるのはよくないぞ?」
 俺の様子を汲み取ってくれたのかクライスが慰めてくれる。うう、なんていい奴なんだ。
「それに諦めるな雄真。今のお前にも出来ることはあるだろう?」
「と言われてもあの二人を見てると思いつかないんだけど、例えば?」
「そうだな……応援とかどうだ?」

「フレー!! フレー!! はーるーひ!! 頑張れー!! 頑張れー!! ひーいーらーぎー!!」
「せ、先生……大丈夫?」

「――いや、それもどうなのよクライスさん」
 応援て。逆に邪魔だろ授業なのに。
「そうか。――じゃあ程よいところでムードミュージック担当」

「ラ〜♪ ララララ〜♪ ララララ〜♪ ラララ〜♪」
「…………」
「君を〜愛してる〜♪ 離れても〜愛してる〜♪」
「…………」

「――いや、やっぱりそれもどうなのよクライスさん」
 歌かよ。違和感丸出しじゃん。
「雄真、私が思うに選曲に問題があると思うぞ、それは。もっと心が和むような――」
「絶対そういう問題じゃない!! 歌うこと自体に問題アリだ!!」
「そうか、歌も駄目か……それなら最早最後の手段」
「お、まだ何か案があるのか?」
「開き直って、一緒に授業を受けるってのはどうだ?」
 …………。
「――ぐれてやる!! もうぐれてやるー!!」
 これが俺、小日向雄真が不良の道へと突き進む第一歩に――なったらどうしよう?


この翼、大空へ広げた日
SCENE 5  「幸せになれなかった魔法」


「それじゃ、実際にみんなチャレンジしてみましょう」
 その春姫の一声で、みんな一斉に詠唱……っぽいのを開始する。――今日で授業も五回目。そろそろ軽い実践を、ということで物体浮遊にチャレンジしてみよう、ということになっていた。
 ちなみに先生から渡されたカリキュラムによると、この段階で出来たとしてもおそらく二、三割程度。出来なくても当たり前だから、その辺りの子供達の応対にも気を配るように、と書かれている。成る程、小さい子供だから下手なことでも傷つくかもしれない。
 俺と春姫と柊でそれぞれ移動しながら子供達を見て回っている。気になるところで少しずつアドバイス。――正直物体浮遊で助かった。流石にマスターしたからな。いやそこから大回転アクロバットで高速飛行とか言われるとまだ無理だけど。
「うん、その調子その調子。頑張ってね」
 優しく子供達に教えていく春姫。
「うーん、細かいことはいいから、もっと強く念じるのよ。飛ばしたい、浮かばせたい! って。こう、どーん、ぱーん、どかーん! て勢いでやるの」
 そして何処と無く以前想像した通りの教え方をしていく柊。いやそれじゃ初めての子供には難しいっての。
「でもな雄真、あれはあれであながち間違いではないんだぞ」
 と、補足をしてくれるのはクライス。
「そうなのか?」
「ああ。気持ちというのはある意味詠唱などよりよほど重要だ。型に嵌ったやり方だけでは上手くはなれん。――それに現に柊杏璃はそれであれだけの実力を持っているのだろう? 彼女はどちらかと言えば才能そのものにはそこまでは恵まれておらん。努力であそこまで力を付けているんだ。やり方に問題があったらそこまでいけんさ」
「そっか、成る程な」
 よし、勉強になった。折角優秀な二人がいるんだ、いいところを上手くもらって今後教える時の参考にしなければ。――と、俺はそこで一人の女の子の所で立ち止まる。
「どう? 恵理香(えりか)ちゃん、出来そう?」
 俺が話しかけたのは、小学一年生(だったと思う)の竹原(たけはら)恵理香ちゃん。
「――ううん」
「そっか。――よし、一回深呼吸してみようか。そしたら、もう一度チャレンジしてみよう」
「うん、先生」
 恵理香ちゃんは大きく深呼吸をすると、再びチャレンジしている。――と、また俺が歩き出すと、柊が俺の所へやって来る。
「ねえ雄真、アンタさっきからどうもあの恵理香ちゃん、っていう女の子に特別気を使ってない?」
「そうかな。――いや、そうだろうな」
 俺が恵理香ちゃんが気になる理由。それは。
「――あの子さ、性格が内気みたいでさ、あまり自分から何かをするタイプじゃないんだよな、見た感じだと」
 俺は周りには聞こえないような声で柊に話し始める。
「友達がいないってわけじゃなさそうなんだけど、どうも自分から輪に入るとかそういうのが苦手で、でもやりたくて、みたいなところだと思うんだよ。だからさ、ここで上手い具合に魔法が出来たらもっと他の子と仲良くなれるきっかけになるんじゃないかな、って思ってさ」
 家族が今ここにいない彼女にしてみれば、ここにいるみんなが家族になるに違いない。だからもっと踏み込んで仲良くなって欲しいな、と彼女を見て直ぐに思った。そんなことに魔法を利用していいかどうかはわからないが、とりあえず目を瞑ってもらいたい。――血は繋がってなくたって、家族にはなれるんだ。俺みたいに。
「成る程ね……そっか。そういうことなら、あたしも協力するわ」
 と同じく小声で柊は返してくれると、何気なく恵理香ちゃんの方へいく。――二人同時に行くのは不自然なので俺は逆方向へ。
「どう、恵理香ちゃん、出来そう?」
「……ううん、深呼吸もしてみたけど」
「それじゃあ、そういう時はね――」
 そんな柊と恵理香ちゃんの会話を小耳に挟みながら、俺は柊に心で感謝するのであった。


 気付けば物体浮遊実践が始まって十五分が経過していた。
 辺りを見回してみると、二、三人程度だが、軽く出来るようになった子がいるようだ。――俺みたいにいきなり顎にアッパーカットを喰らうような子はいないのか。うーん、ちょっとショック。……などと考えていると、
「うわー、恵理香ちゃん、凄い!」
 という子供達の歓声の声。
「おっ、恵理香ちゃん、出来るようになっ――」
 俺は恵理香ちゃんの方を振り向きながらその台詞を言っていたのだが――その光景に、俺の台詞は途中で止まってしまっていた。
 物体浮遊。確かに物体浮遊だった。でも浮かんでいたのは練習の為に配った小石ではなく――恵理香ちゃん本人だった。地面から数センチ、完全に浮き上がっている。
 それだけではない。恵理香ちゃんの体は魔力で生まれた大きな玉に完全に包まれている。その恵理香ちゃんを包む魔力は色を七色に変化させ、時折バチッ、バチッと音を立てている。――音が鳴っているのはその魔力が高密度な証拠。凄まじい魔力が恵理香ちゃんを包んでいた。――などと冷静な分析をしていたら、
「何をしている雄真! 危険だ、子供達を離れさせろ!」
 俺の耳に響くクライスの声に俺はハッとする。
「みんな、こっちへ来るんだ! 危ないから、離れて!」
 その騒ぎに急いでやってきた春姫と柊と共に一旦子供達を離すと、急いで恵理香ちゃんの元へ。
「恵理香ちゃん、大丈夫か、恵理香ちゃん!」
「駄目だわ、気を失ってる……!!」
 恵理香ちゃんは目を閉じたまままったく反応しない。俺達は必死に恵理香ちゃんを呼ぶが、その間にも恵理香ちゃんを包む魔力の玉は膨らんでいき、バチッ、バチッっという音も増え、激しくなっていく。
 そして――ついに、牙を向いた。
「――っ!?」
 バアァン!――衝撃音と共に恵理香ちゃんの魔法の玉から欠片が飛び散り、一旦上昇すると矢のように地面に降り始めてきた。最初一発二発だったのが次第に増えていく。……そして俺達は恵理香ちゃんに集中していた為、子供達がどれだけ離れたか、具体的な距離までは考えていなかった。
「しまっ――」
 バアァン!――今まででも一際大きな音を立てた破片が大きく上昇すると、狙ったかのように子供達の下へ一直線に降っていった。
「駄目っ、みんな、逃げてーっ!!」
「杏璃ちゃん――!!」
 そしてそれと同時に子供達の下へ叫びながら走り出していた柊。逃げ遅れた最後尾の子供を抱き抱えると同時に――柊の背中に、先ほどの魔力の矢が何の迷いもないが如く命中する。
「っ!! 柊ーっ!!」
 柊は子供を抱えたまま数メートル吹き飛ばされ倒れるとピクリとも動かなくなってしまった。――柊とほぼ同時に動き出していたものの位置的に間に合わなかった俺は急いで柊の所へ。
「柊、しっかりしろ、柊っ!!」
「……馬鹿……」
「えっ!? おい、大丈夫なのかよ!?」
「あたしのことより……恵理香ちゃんを……なんとかしてあげるのが、先……でしょ……」
 その言葉にハッとして振り返ると、春姫は既にレジストを展開しながら恵理香ちゃんと向き合っている。――そうか、春姫は柊の気持ちをすぐに察して、あそこから動いてないのか!
「はやく……行きなさいよ……恵理香ちゃん、助けて……あげるんでしょ……」
 それだけ言い切ると、柊は言葉を発しなくなる。
「柊……ゴメン、すぐ、すぐに戻ってくるから、だからちょっとだけそのままで我慢してくれよな……!!」
 俺は柊にそう言うと、走って春姫の元へ。
「雄真、お前は神坂春姫に魔法キャンセルに全力を注がせろ」
 走っている途中で聞こえたクライスのアドバイス。つまりそれは、
「春姫! レジストは俺が出す! だから春姫は魔法キャンセルを!」
「雄真くん! わかったわ!」
 俺は春姫の後ろにピッタリ付き、精一杯の力でレジストを出す。同時に春姫は自らのレジストを仕舞い、魔法キャンセルの詠唱を開始する。――春姫に魔法キャンセルに全力を注がせる。それは魔法キャンセルなんて高度な技が出来ない俺が出来る唯一のサポート方法だった。
「くそっ……!」
 実際にレジストを展開して、魔力の矢を受けて瞬時に思ったこと。――はっきり言って、俺が考えていた以上にその矢は重かった。一瞬でも気を抜いたら俺のレジストなど瞬く間に貫通してしまうだろう。そんな結果に持ち込むわけにはいかない。春姫も、恵理香ちゃんも守らなきゃいけないんだ。
「アルメスト・リライト・イナムス――」
 同時に続く春姫の詠唱。なんとか収まって欲しいと願う俺がいる。そして、冷静な分析をする俺もいた。――春姫の詠唱は、キャンセルは、恵理香ちゃんの周囲の魔法の玉の増幅のスピードを抑えているだけに過ぎない。それが限界だった。春姫が駄目なんじゃない。恵理香ちゃんが出している魔力が、最早異常なのだ。
「神坂春姫! ディムス術式に詠唱を変えろ! 今の術式ではこれが限界だ!」
 春姫のキャンセルの為の詠唱に要所要所でアドバイスを加えるクライス。春姫の術式が先生と俺と同じなのが幸いした。理由はともかく、この中で一番経験豊富なのはクライスのようだったからだ。クライスのアドバイスが入る度に、春姫のキャンセルの魔法の効果が変わっていく。
 だが――それでも、恵理香ちゃんの魔法が止まってくれる様子はまったく見られない。三分、五分、十分と時間が経過していく。それと比例して、俺達の状況は不利になっていった。
「――ここまでか」
「え……!? クライス、何を――」
「撤退するぞ。神坂春姫が限界だ」
「春姫が――!?」
 春姫は未だキャンセルの為の詠唱を続けている。
「雄真くん、クライス……私は……私は、まだ大丈夫だから」
 クライスの言葉を聞いた春姫が息も絶え絶えに返事をする。――そこでやっと気付く。春姫がしていたキャンセルは、相当高度レベルの魔法だったらしい。確かにあの異常な魔力が相手だ、無理もない。
「まだ大丈夫の間に撤退するんだ。自分の足で逃げ切れる間にな。倒れるまでやったら貴行も助からん。ならば撤退して体制を立て直すしかない。――冷静になれ、神坂春姫」
「……はい」
 春姫の返事。――その返事で悔しいがクライスの言うとおり、撤退が決定する。
「雄真、お前は柊杏璃を助けろ。彼女を安全な場所へ移したら鈴莉か式守伊吹を呼べ」
「わかった」
 先生か伊吹クラスでないと手の施しようがないのは、俺でも十分にわかる。
「春姫、貴行は孤児院の子供達を安全な場所へ移し、彼らに心配させぬよう細心の注意を施せ。この事柄を子供達の溝の原因にするわけにはいかん」
「わかりました」
「よし。――雄真、合図を出したらレジストを解除しろ。同時に二人は全力で走れ」
 春姫と目が合う。俺達は無言のまま、ゆっくりと頷いた。――その時だった。
「えっ……!?」
「な――草笛さん!?」
 今まさにクライスからの合図が出るんじゃないか、という時に俺達の視界に入ってきたのは、草笛さんだった。――彼女はゆっくりとした足取りで恵理香ちゃんに近付いていく。
「駄目だ草笛さん! 危ない、下がって!!」
 が、俺の言葉を無視して草笛さんは恵理香ちゃんの目の前に立つとその手をかざして――
「コスムルク・ハイトヘイト・アーツ」
 詠唱を開始していた。――同時に恵理香ちゃんの足元に大きな魔法陣が生まれ、彼女を光が包んでいく。
「ジス・ネス・パルフォン」
 そしてその詠唱が一分ほど続いただろうか。――恵理香ちゃんの体から出ていた魔力は完全に抑え込められ、ゆっくりと恵理香ちゃんの体が地面に落ちる。
 草笛さんの――キャンセルの魔法だった。


「う……ん……」
 その声に、俺達はハッとする。
「杏璃ちゃん!」
「あれ……? 春姫と雄真……? あたし……あれ?」
「安心しろ、孤児院のベッドの上だ。もう少し休めば大丈夫だろうってさ」
「そっか……って、恵理香ちゃんは!?」
 思い出したようにガバッと起き上がる柊。
「大丈夫。今、隣の部屋で寝てるわ」
「良かった……雄真と春姫で?」
「いや……」
 そう言いかけて、俺は視線を動かす。
「――草笛さん、だよ」
 俺の視線の先には、少し離れたところに立っている草笛さんがいた。――ここは孤児院の一室。子供達は隣の部屋で比較的大きな子に任せて休ませているので、今この部屋にいるのは俺と春姫と柊と草笛さんの四人。
「あの子は……恵理香は、『魔属性過剰性(まぞくせいかじょうしょう)』という病気なんです」
 柊が目を覚ましたのをきっかけに、今までまったく口を開かなかった草笛さんが、初めて口を開いた。
「どういった……病気なんですか?」
「私も詳しいことは存じ上げません。ただあのようにして形に出てしまうとは思ってもおりませんでした」
「――その割には随分と冷静にキャンセルをかけていたようだがな」
「おい、クライス!」
「どんな理由があったにしろ、今回のことは貴行に大きな原因がある。悪いが主を窮地に立たされておいて黙って許すほど私は寛大ではなくてな」
 冷たく、攻め立てるようなクライスの口調。――表情こそ無いものの、クライスは本当に怒っているようだった。
「私もクライス様と同意見です。春姫にもしものことがあったら、どうなさるおつもりだったんですか? 貴方様がもっと早く出てきて下されば――」
「ちょっと、ソプラノまで!」
「駄目です春姫、ここで甘い顔をしては、私達の為にも、草笛様の為にもなりませんよ?」
 そしてそれに続くソプラノ。マスターほったらかしで説教を開始するワンド二本というなんとも珍しい光景が始まってしまった。――とそこで、
「――本当に、今まで騙してしまって申し訳ありませんでした」
 草笛さんが俺たちに向かって頭を下げた。
「あ、いえ、騙されたなんて思って無いです。結果として何かこちらが利害を受けたわけじゃないですし。ただ――どうして魔法を使えないフリをする必要が……?」
 草笛さんが恵理香ちゃんの魔法をキャンセルした。結果、草笛さんは俺達には魔法を使えないフリをしていたということになる。しかもあれだけ春姫が苦労しても出来なかったものをあっという間にやるということは相当の実力者だ。あれだけの実力者ならわざわざ俺みたいなのを呼んで魔法教師になってもらわなくても自分で当然教えられる。――思えば、先日伊吹が言っていた魔力を持っている人間が俺達以外に二人いる、というのは本当だったのだ。一人は恵理香ちゃんで、もう一人は草笛さん。
「――私、本名を如月(きさらぎ)美土里と申します。草笛というのは母の旧姓なのでそれを利用しておりました」
「如月……」
 その如月、という名前に反応したのはクライスだった。
「――知ってるのか、クライス」
「名家の一つだ。式守のようにとある地方一体を治める、とかそういったものとは違い、国の魔法協会に大きな権力を持つ家柄だと聞く」
 お国柄、ですか。凄いな。
「――小日向さんのワンドの仰る通りです。私は如月家の人間になります」
「でも……それがどうして魔法を隠す理由に?」
「私は、家柄とか、そういった類のものが嫌いでした。如月家は権力を持っていた。でもその権力はどれだけ大きくとも貧しい人達や恵まれない人達の為には使えない権力でした。権力を持たぬ人達のことなど知らないままに権力を振るう。父や母がそうしているのがを見ていてずっと心が痛んできました。――だから私は家を出たんです。私自身、もっと恵まれない人達の為に何かしてあげたい。そう思って、如月の家と名前を捨てました。そして、孤児院を建てたんです。せめて少しでも、恵まれない子供達を救いたい。そう思ったんです」
「でも、それなら、如月家は……」
「私には兄がいました。当然兄が如月家を継ぐものでしたから、私はそれほど苦労せずに家を出れました。しかし――その兄が、若くして病気で亡くなってしまったのです。結果、如月の血を受け付いていたのは私一人だけになってしまいました」
 ああ、そういうことか。何となく事情はつかめてきた。
「当然如月本家は唯一になってしまった如月の血、私を探し出します。でも、今私が如月に戻ってしまったら、この孤児院は……子供達が。――バラバラになってしまうのは避けられませんし、何より行き場を無くして路頭に迷ってしまうかもしれません。そんなことは、私には耐えられませんでした」
「だから、名前を変えて、魔法も使えないフリをして――」
「仰る通りです。――本当に、申し訳ありませんでした」
 再び深く頭を下げてくる草笛さん。――今思えば最初に疑問に思うべきだった。この人は俺のことを「御薙さんの息子さんだから」みたいな感じで信頼していた。が、よく考えると魔法を使えない人は御薙先生がどれだけ有名かなんて知るはずもないのだ。それは普通科だった頃の俺が身をもって体験している。
 この人は今まで一体どんな想いで生きてきたんだろう。如月の影に怯え、それでも子供達を守りたくて。それを考えたら、そのことを考えれば。――だから俺は。
「それじゃ、俺達今日は帰ります。――次は、月曜日でしたよね?」
「え……? あの、でも、もう――」
 困惑の表情を見せる草笛さん。もう俺達は来ないものだと思っていたんだろう。――俺はそんな草笛さんに何食わぬ顔で続けた。
「いや、結構気に入っちゃったんですよ、ここ。子供達も素直で可愛いし、懐いてくれるし。俺自身もやってて勉強になりますから、だから――また来てもいいですよね?」
 俺のその言葉を聞いた草笛さんの目に、うっすらと涙が浮かぶ。
「ありがとうございます……ありがとう、ございます……!」
 そしてまた深く頭を下げられた。――何度も頭を下げられるとこちらとしても困ってしまう。
「それじゃ、恵理香ちゃんに、宜しく言っておいて下さい」
 そう言って、俺達は青空の園を後にした。


「まったく、一人で格好つけちゃって、もう」
 春姫と柊を寮まで送る帰り道、柊にそう言われた。――口調こそあれだが、表情は穏やかだ。
「何だ? お前は俺のあの考えには反対か?」
「そんなこと言ってないでしょ! あたしだって……あたしだって、尚更続けるわよ、あれなら」
 柊がそう言うと、俺も柊がそういう奴だってわかっていて弄り返してみる。――今日の事件で思えば直接的に被害を受けたのは柊だけだが、それでも迷い無くそう言うところは、本当にいい奴だと再確認させられる。
「ふふふ、でも何食わぬ顔で言うんだもん、雄真くん。格好よかった」
 続いて春姫からもお褒めの言葉が。
「はは、ありがとな。――でも、大変だよな、草笛さんも」
「うん……」
 俺は自分の魔法が人を幸せにする為の魔法になればいいと思っている。人を助けられる為の魔法になればいいと思っている。でも、魔法は必ずしも人を幸せにするものではない。魔力は生まれ持っての才能のはずなのに、あの人はそれを持って生まれたが為に苦しんでいる。世の中って上手くいかないな。
「いつかあの人の苦労、報われる日が来ればいいな」
 あの人が、魔法が使えてよかったと思える日がくればいい。いつかの俺のように。
「雄真」
「うん? どうしたクライス?」
「……いや、何でもない」
「? 何だよ、変な奴だな」
 多少クライスの様子が気になったが、春姫と柊が次回はどういう風に……などと楽しそうに話しているので、俺もそれに参加している間にそんなことはすっかり忘れてしまった。
 そして――当然、その時の俺の耳に、クライスの呟きが届くはずもなかった。

「その様子だと――お前に私のことを話すのは、まだまだ先になりそうだな、雄真」


<次回予告>

「はい、ちょっと魔法関連のことでお聞きしたいことが」
「聞きたいこと?」

事情を全て飲み込んだ上で、青空の園での教師を続けることを決意した雄真。
――しかし、恵理香の謎の病気に関して、不安が拭えたわけではなかった。

「あの子よね? あの縄跳びをしていて、カチューシャをしている女の子が、問題の子なのよね?」

無論それに関して黙っているような雄真ではなく、解決策を探し出す。
果たして、答えは見つけられるのか? 恵理香が持つ病気の真の意味は?

「……え……いつの、間に……?」

そして、雄真が目にしたもの。それは……

次回、「この翼、大空へ広げた日」
SCENE 6  「風の少女」

「ありえんだろう、桃から子供など」

お楽しみに。



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