「うーん」
 俺は悩んでいた。非常に悩んでいた。――朝、家を出たばかりの通学路にて。
「――どうしたんですか兄さん? 朝起きてから唸りっぱなしですけど……何処か体の調子でも悪いんですか?」
「ん? あ、いや、違うんだ。ちょっと悩み事があってな」
「そうですか……わたしに出来ることがあったら、遠慮なく言って下さいね」
「うん、ありがとな」
 すももが心配そうな顔で俺の顔を覗いてくる。些細な変化でも見逃さずこうして心配してくれるよく出来た我が妹。気遣いが嬉しいが、今回は申し訳ないがすももに相談しても解決出来ることじゃない。
 そう、俺は悩んでいた。昨日青空の園へ行ってわかった。あそこでの魔法教師という業務は俺の想像以上に大変だ。俺は魔法の技術があればいいんだと油断していたが、実際はそうじゃない。年頃の女の子達と対等以上に渡り合う実力が必要なのだ。
 昨日も大変だった。何が大変かって、挨拶も終わり、帰りによった喫茶店がもう大変だった。

『もう、本当に信じられない! あんなにデレデレしちゃって!』
 パクパクパクパク。
『いや……その、はい。面目ない……』
『大体ね、ちょっと可愛い子に「先生」って言われてにやけてるんじゃ、高溝くんと変わらないじゃない!』
 パクパクパクパク。
『はい……返す言葉もございません……』
『――もしかして、私のいないところだといつもあんな感じなの?』
『ばっ、そんなわけないだろ!? 今日は偶々だ偶然だ!!』
『偶々でも偶然でも駄目なの! もっと気をしっかり持って下さい!』
 パクパクパクパク。
『はい……ごめんなさい……』

 苺のパフェと苺のタルトと苺のシュークリームをパクつきながら物凄い勢いで説教をする春姫。いやせめて少しでも機嫌を直してもらおうと思って苺系統のデザートを奢ろうと思ってデザートが充実した喫茶店に入ったのだが、あんなに食べられるとは思わなかった。いつもは人目や太ることを気にして結構遠慮するのだが、昨日はそんなものは頭に無かったらしい。
 完食後、とりあえずそこそこ機嫌は直ったものの、代わりに俺のお財布さんが泣き出していた。なんてこった、予想外の出費だ。
 というわけで、俺は困っていた。来月の小遣いまで果たしてどうやって――
「って、違うぞ俺! 本題ずれてるぞ俺!」
 今悩んでたのは小遣いのことじゃない! いや確かに小遣いも悩みどころだけど!


この翼、大空へ広げた日
SCENE 3  「教師の道は一日にして成らず」


「うーん」
 俺は悩んでいた。
「――すももちゃん、雄真、何かあったの?」
「わたしもわからないんです……朝からこんな感じで」
 ――知らない間にハチと準とも合流していたらしい。
「フフフ、任せておくんだすももちゃん! この俺がバシッと解決してみせよう!」
「ハチさんは、兄さんの悩みが何だかわかってるんですか?」
「男の悩みは男にしかわからないものさ……おーい、雄真!」
 ハチっぽいのが笑顔で近付いてくる。
「ゆ〜うま〜、お前あれだろう? うん? 最近「ごぶさた」なんじゃないか? うん?」
 やっぱりあれだ。人数が多いのが一番の問題なんだよな。一人一人だったらまだしも、結構な人数がいた。あれだけの人数をまとめて相手にする何かいい方法を考えなきゃな。
「そこでだ! 聞いて驚くなよ雄真! 俺はついに一昨日、裏ルートからとある「ブツ」を入手したんだ! 一体なんだと思う?」
 でもな、あと一ヶ月先っていうなら方法もあるかもしれないけど、始まっちゃってるんだよな。だから練習とかをしてる暇もないし。すぐに応対出来る方法を何か。
「っておい、聞いてるのか雄真! 折角手に入ったものをお前にも紹介してやろうって言うんだぞ!?」
「――ハチ」
「おっ、何だ? やっぱり興味あるんじゃないか! でな、それは――」
「頼みがある。――そこで三分程、目を瞑って耳を塞いでいてくれ。その間に気分を切り替える」
「フフフ、そうかそうか! いやそうだな、お前の言う通りだ! 確かにこの話は気持ちの切り替えが必要だからな! よーし、それじゃ今から目を瞑って俺は三分数えるからな!」
 さてと、五月蝿いのは消えた、と。
「ハハハ、案外酷いのだな、我が主は」
「クライス。――ああでもしないと一向に静かにならないだろうが」
「まあな。――いやはや、男同士の友情など儚いものだ」
「そ・の・て・ん、あたし達にあるのは愛情だから、心配ないわよね、ゆ〜うま♪(ギュッ)」
 そう言いながらいきなり後ろから抱き付いてくる男が一人。男が一人。ああ男が一人。
「だあっ! お前との間にも愛情はねえ!」
「贅沢を言うな雄真。世界にはどれだけ愛情に飢えている子供たちがいると思っているんだ?」
「そこを比較対照にするなよクライス!」
「それでは、わたしは純粋に兄妹愛を♪(ギュッ)」
「ええい離れろ!! これ以上俺の財布を危うくするつもりか!?」
 一見よくわからない台詞だが、今の俺にはかなり深刻な話だ。こんな姿をもしも春姫に見られたら、とんでもない額の苺スイーツを奢ることになるだろう。――通学路で、後ろから準、右横からすももに抱きつかれてる俺。傍から見ても絶対変だ。
「というかお前ら抱きつく以外の愛情表現はないのか!?」
「何よ雄真、キスがいいならそうと言ってくれれば――」
「アホー!!」
「ハハ、本当に雄真は恵まれているな。周囲には愛してくれる友や家族、仲間が絶えない」
「ええい人事だと思いやがって!」
 そんな綺麗事言ってる状況じゃないんだよ、友や家族や仲間――うん? 仲間?
「――そっか、その手があった!」
 というか、今の俺に残された手は最早これしかない! 駄目元で頼んでみるか!


「――百七十八、百七十九、百八十! よーし、三分数えたぞ雄真! さあ話を――」
 ヒュウゥゥゥゥ。
「……何処へ行きやがったあいつらぁぁぁぁ!!!」


「――というわけなんだけど、なんとか協力してもらえないでしょうか」
 昼食時のOasis。俺は魔法関連の仲間を全員集めて正直な所を話してお願いをしていた。
 俺が出した提案はこうだ。――毎回、交代交代で俺のサポート役として青空の園へ付いてきてもらえないか、と。確かに誰か一人、例えば春姫に頼んで毎回一緒に来てもらえばそれはそれでいいのかもしれないが、それでは俺の実力を怪しまれる。単に俺の魔法の実力不足という点は出来る限り隠さないといけない。先生の顔を潰すわけにはいかないのだ。それは俺が抜けることでも同意。
 つまり、俺がいる状況で誰かの手を借りるには、ローテーションで回してもらうのが一番違和感なく相手にも受け取ってもらえるやり方なのだ。当然表向きは人数が多いから友達に順番で手伝ってもらうことにした、というもの。それだけなら相手に悪い印象は何も与えない。
「うん、そういうことなら私は全然オッケーだよ、雄真くん」
「ありがとな、春姫」
 最初に返事をしてくれたのは春姫。――ご機嫌はバッチリ直ってくれたらしい。助かる。
「俺もぜひ協力させてもらおう」
 続いて声を挙げたのは、意外にも信哉。
「無論雄真殿の頼みというのもあるのだが、人に教えるということは己の為にもなる。人に教えることであらてめて見えてくることもあるというもの。それが基礎だからといって蔑ろにしてはならぬ」
 成る程な。日々修行を欠かさない信哉らしい意見だ。――で、
「それでしたら、私もご協力させていただきます」
 信哉が参加することで、上条さんも参加。
「楽しそうですね、ぜひ私達も参加させて下さい♪」
「えーと、すももと伊吹も承だ――って、何故すももがここにいる!?」
 俺、魔法関連者しか集めてない気が。
「というよりも、私がうんもすんも言う前に勝手に決めるでない!」
 的確なツッコミをすももに入れる伊吹。更に言えば二人一組前提になってるだとか色々ツッコミを入れたいところが多々あるのですが。
「――伊吹ちゃん、参加してくれないんですか?」
 いつぞやの金融商社のコマーシャルに出てきた犬のように切なげな目で訴えるすもも。
「だっ、誰も参加しないとは申しておらぬだろう!」
 そしてその訴えに確実に折れる伊吹。――よくある光景なのだが、なんとなく見ていて飽きないな。
「大変だなあ、伊吹も」
「人事のように申すな! 貴様の妹だろうが!」
 絶大な魔力と、絶大な名を持つ式守家の次期当主である伊吹。そしてその伊吹を簡単に手玉にとるすもも。将来ここいら一体を治める伊吹。でもその伊吹をきっと将来も手玉にとるすもも。
「…………」
 考えたら将来が怖くなってきた。とりあえずやめよう。
「えーと、次は……小雪さんはどうですか?」
「はい……スケジュール的には問題ないと思うのですが……」
「スケジュール以外で何か問題があるんですか?」
 この人はスケジュール以外で駄目という理由が思い当たらないぞ?
「その、私の作るカレーは辛いので、あまり小さなお子様に作り方をお教えするのはどうかと思いまして」
「あーそっか、確かにそれは……って、誰がカレーの作り方教えてくれって頼みました!?」
 話聞いてなかったのかこの人!?
「カレーの作り方ではない……となると美味しいカレーの食べ方でしょうか」
「カレーから離れて下さい!」
「カレーから離れる……雄真さんは、平目の方がお好みですか?」
「それはカレーじゃなくてカレイ! 駄洒落はいりません! とにかくあるでしょう、教えられることが! 魔法使いとして!」
「魔法使いとして……そうですね、後は、素敵な借金の踏み倒し方とか」
「未成年に何を教えるつもりですか!? というか俺もあなたも未成年でしょう!?」
 しかも素敵って。いやある意味気にはなるけど。
「困りました……やはり、私が教えられることが――」
「魔法でいいんです魔法でー!! お願いしますよ小雪さーん!!」
 何処まで本気で何処まで冗談で何処まで天然かまったく読めない小雪さん。疲れます。
「あとは柊か……」
「あたしも問題ないわよ。というよりも、バッチリ任せておきなさいよね! あたし独自のやり方を完璧に教え込んであげるから」
「…………」
 柊独自のやり方、か……

「先生ー! ここの細かいところがよくわからないんですけど」
「気合よ気合、細かいところなんてあまり気にしなくていいわ。とにかくチャレンジあるのみ! 知識なんて後からついてくるわよ!」
「で、でも、そう言われても」
「あーもうじれったいわね! もっとこう、どーん、ぱーん、どかーん! て勢いでやるのよ!」
「どーん、ぱーん、どかーん……」
「某有名な監督みたい……」
「ほら、つべこべ言ってる暇があったら実践実践!」

「…………」
 な、何か今少し怖い想像をしてしまった。よく考えたらこいつは考えるよりも先に手が出るタイプだよな。魔法の成績は確かに春姫に次いで学年二位だけど、人に教えることとなると別なんじゃなかろうか?
「ふっふ〜ん、あたしの実力を見せるいいチャンスだわ!」
「…………」
 実力を見せる……チャンス?

「先生、先生の魔法見てみたい!」
「あたしの? いいわ、お手本で見せてあげる。――オン・エルメサス・ルク・アルサス……」
 キイィィン。
「わっ、凄い先生!」
「そう? それじゃ、もっと凄いのを――」
 キイイイィィィン。
「わっ、わっ、もっと大きくなった! 格好いい!」
「いいなあ先生、魔法も出来て、可愛くて……」
「も、もう、お世辞言ったって何も出てこないわよ? それにまだこんなの軽い軽い!」
 ビイイイイイィィィィィン。
「えっ、もっと凄いのが出来るんですか!?」
「わー、私杏璃先生に教えてもらえて幸せ!!」
「や、やだもう、みんな誉めすぎ!!」
 バアアアアアアァァァァァァァン。
「――せ、先生、ちょっと大きすぎないですか、これ?」
「えっ? え、あ、あれっ!? ちょっ――」
 ドゴォォォォォォォォン!!
「――な、何だ今の音は!?」
「あっ、あれを見ろ!! あそこにあった孤児院が、跡形もなく……!!」

「…………」
 も、もしかして俺、今とんでもない人にお願いしてないだろうか? 今俺がここで止めておけば孤児院の平和が守れるんじゃないだろうか? 尊い犠牲を出さなくて済むんじゃなかろうか?
 考え過ぎだろうか。いやでも万が一ということもある。だって相手はあの柊だ。
「……なあ、柊?」
「ん? 何よ?」
「お前、その、あれだ。無理しなくていいぞ? Oasisのバイトも忙しいんじゃないか?」
「大丈夫よ、放課後でしょ? この前新しい子が入ったから、シフトに結構余裕があるのよ」
 かーさんめ、こんな時に限って新しいの雇うとは……!!
「で、でもいいのか? せっかく空いた時間、自分の特訓に使わなくて。春姫に追いつかないぞ?」
「何言ってるのよ、春姫だって行くんでしょ? あたしだけ有利な条件で勝ったって嬉しくとも何ともないわよ!」
 く、こういう所はしっかりとしてるんだよな、こいつ。
「――そうだ小雪さん! 柊に何か気になる点とかないですか?」
 こうなったら小雪さんの不幸先見に頼るしかない!
「柊さんの、ですか?」
「はい、その、誰かに物を教えてはいけないとか、孤児院に行ってはいけないとか!」
「そうですね……」
 そう言うと小雪さんは柊をジッと見つめだした。
「――柊さん」
「は、はい」
 小雪さんの実力は知っているせいか、流石の柊も少し緊張してしまっているようだ。――行け小雪さん! 一言「青空の園へ行ってはいけません」と言ってくれ!
「今日の柊さんは、レガッタで川下りをすると筋肉痛になり易いので控えた方がいいでしょう」
「ぶっ」
「は、はあ」
 なんじゃーそりゃー!! そんなシチュエーション滅多にないぞ!! てか普通なれない人がやったら筋肉痛になるんじゃないか!?
「そんな柊さんの今日のラッキーアイテムは、間違えて揚げないで焼いてしまった揚げ餃子」
「小雪先輩、その、普通の餃子と何が違うんですか、それ……?」
 何処探したらあるんだよそんなの!? 見つけても違いがわからないぞ!?
「――って小雪さん、そんなことよりも青空の園関連のことは何か見えてこなかったんですか? 行ったら駄目とか行ったら落とし穴に落ちますよとか行ったら暗殺されますよとか!」
 何だか自分でも言っててよくわからないが。
「……ねえ、雄真」
「何だ柊、今大事なところなんだぞ?」
「もしかしてアンタ、あたしを青空の園へ連れて行きたくないわけ?」
 しまった、流石に気付かれたか!
「そんなことないんだ柊。ただ、柊の財政状況が心配でさ」
「何であたしの財政状況が心配なのよ?」
「だって、ほら、建物の補修工事とか、金かかりそうじゃないか」
 後は子供たちの治療費とかその他もろもろ。
「――ねえ雄真、それってどういう意味よ?」
 やけに笑顔でパエリアを構えだす柊。――って、パエリア構えてる!?
「まま待て柊、落ち着け、話せばわかる」
「ねえ雄真、確かにあたしの財政状況だと建物の補修工事は厳しいかもしれないけど、雄真一人の治療費位だったらなんとかなるから、心配しなくていいわよ」
「のわー!! どういう意味だー!!」
「言葉のままの意味よ!! この馬鹿ー!!」
「――今日の雄真さんは、ツインテールの女の子に注意です♪」
「もっと早めに予言して下さい小雪さーん!!」
 そして俺はその後一時間タップリ、柊から逃げ回ったのだった。色々な意味で読みが甘かったと反省。


「なあ信哉、その後ろに背負ってるの何だ?」
 今日は俺の青空の園魔法教諭三日目。更には仲間同伴初日。ちなみに俺が青空の園へ行くのは毎週月・水・金の週三日で、仲間たちにお願いしてから四日が経過している。
 初回の同伴者は信哉と上条さんだ。――で、俺は同伴するにあたって背中に何かの束を背負っている信哉に質問をぶつけたところだった。
「これか? これは今日行う授業に必要なものだ。先日、帰宅してから準備しておいたのだ」
「熱心だな……」
 小道具まで用意しておくとは。凝り性なのか熱心なのか。――というよりも俺が真剣に向き合ってないだけか? ううーむ、反省。
「あ……あちらが、青空の園、ですよね?」
「うん、そう」
 近付いてきた青空の園からは、子供たちの声が。どうもこの時間帯は外で遊ぶことが多いらしい。
「優しい雰囲気のする建物なのですね……何処か安心するような、そんな気分がしてきます」
「しかし沙耶、これでは隙だらけではないか。いつ何時敵に襲われても文句は言えぬ作りだ。――雄真殿、何か罠を仕掛けてあるとか、対策は講じてあるのだろうか?」
「いやいらないからそんなの!」
 何でも非日常的感覚(信哉にとっては非ではないのだろうけど)に持っていくのはやめてほしい。
「そうか……読めたぞ雄真殿! 魔法講師というのは表向きの理由で、実際のところは護衛、もしくは用心棒として雇われているに違いない!」
「兄様……それでは小日向さんが週三日で行く理由が無くなってしまいます。用心棒でしたら毎日必要ではないですか」
「む……日付を指定してくるとは敵も真の漢(おとこ)ということか」
「――キリがないから、行くぞ」
 門を開けて入ると、やはり庭に出ていた草笛さんが笑顔で出迎えてくれた。仲間に協力を依頼したことは前回の時に説明しており、既に承諾も得ている。――俺達が来たのを確認した子供達の中から、魔法講義依頼した子達が集まってくる。
「えっと、この前話したと思うけど、今日からは交代交代で俺の友達にも手伝ってもらうことになったから、宜しくな、みんな」
「上条信哉だ。宜しく頼もう」
「上条沙耶です……宜しくお願い申し上げます」
 二人の挨拶に拍手で出迎える子供達。元々人懐っこい子達だ、新しい年上の人達の知り合いが増えるのは嬉しいんだろう。
「ではまず、皆にこれを配ろうと思う」
 と、早速信哉が背中に背負っていた荷物を降ろし、中身である木刀を一人一人に配り――って、木刀!?
「全員に行き渡ったな。――では、上段の構えより、素振り三百回から」
「待てい! 何をさせる気だお前!?」
 しかも三百回って回数もどうかと。
「わかってるか!? 俺達は魔法を教えに来てるんだぞ!?」
「無論、承知の上だ。――魔法というのは精神より放たれるものだ。詠唱等を覚える前に心を鍛えねばならぬ」
 いや言いたいことはわかるけど、そこまで本格的に鍛えに来たんじゃないっての。
「第一、これでも相当初心者向けに抑えたのだぞ? 沙耶など、滝に打たれながら五百回は軽い」
「マジで!?」
「あ、兄様、それは……」
 赤面する上条さん。――本当の話らしい、な。
「ああ。日々その修行を重ねた結果、沙耶の剣は気合一つで竜巻を起こし、見る者の目を圧倒ゲホウゥ!!」
「兄様……私のことはよいのです」
 竜巻は流石に起きなかったがその太刀筋はまったく見えない程の速さ。流石……でいいのか?
「み、見たか雄真殿! 今のが修行の結果生み出された沙耶の真撃、その名も鬼切殺ゴゥハゥアッ!!」
「……兄様、少々お話があります。こちらへいらして下さい(ズルズル)」
「ま、待て沙耶、皆に沙耶の凄さをだな!――ハッ、良いか若き戦士達よ、修行を重ねれば今の沙耶のような強さが手に入るのだ! それを忘れドワハアッ!!」
「…………」
「……先生、あの人達、漫才師?」
 追い討ちをかけられ、気絶した信哉をズルズルと青空の園の外へ引っ張っていく上条さん。――残された俺と子供達。
「――って、開始五分で退場ですか!?」
 何の為に呼んだんだよ!? 何の意味もないぞ!?
 ……仲間に頼るという選択肢は間違いだったかもと思いつつ、実際の所上条さんはどれだけ強いんだよとか思う午後の孤児院の庭なのだった。


<次回予告>

「――えと、式守先生、非常に気になることが一つあるのですが」
「しょっぱなからお主が私に質問してどうする、小日向雄真」

順調の進める為に仲間達の手を借りて授業に望む雄真。
――果たして、式守先生の実力やいかに?

「――やはり、お主は気付いておらぬか」
「えっ? 気付くって、何にだ?」

そんな雄真に伊吹から告げられる事実。
果たして、その内容とは、そしてその言葉が意味するものは?

次回、「この翼、大空へ広げた日」
SCENE 4  「瑞穂坂の聖騎士」

「――貴方達に会えて、本当に良かったわ」

時に人は、偶然という名の出会いを体験する。



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