「クライスさんは、エネルギーの補給とかってしないんですか?」 いつもの小日向家の朝食風景にクライスが加わった(?)初日、ワンドを近くで見たことはあったもののこうして直接会話をする機会が少なかったすももが色々と質問をぶつけていた。 ちなみにすももはクライスのことは「さん」付けだ。クライス曰く「呼び捨てでも構わない」らしいのだが――まあ、傍から見る限りクライスの口調からしてもすももは「さん」を付けた方がしっくり来る感じは確かにある。 「エネルギー……ふむ。私はエネルギーを消費するものではないからな。私の役目はあくまでも主――つまり雄真の魔法使用時の補助だ。私が直接魔法を使うわけではない。よって魔力が減るとか、そういった類のことも起こらんしな」 今まで特に考えたことのなかった質問をすももはぶつけているので、何気に俺も参考になったりしている……というのは内緒だ。 「でも、タマちゃんとかはエネルギーとか使いそうだけどな」 「タマちゃん……ああ、スフィアタムのことか。あれはあのワンド固有の特殊能力だと思えばいい。それに代償として材料をこねて作らねばならんだろう?」 成る程な。手間隙一応込めてるからあれだけの動きが出来るのか。 「それじゃ、クライスさんは固有の特技って何か無いんですか?」 「私の特技……ああ、あるぞ」 「おっ、何だ?」 これはマスターとしてはぜひ把握しておかねば。 「円周率、千桁まで言えるぞ」 「――はい? 円周率?」 「ああ。――昔、鈴莉と音羽が一週間でどちらがより覚えられるか競ったことがあってな。その時、審判も兼ねて鈴莉に覚えさせられた」 「あら懐かしい、そんなこともしたわね〜」 かーさんが思い出したようで、懐かしんでいる。 「後は……そうだな、世界の国の位置とその国の首都も全て覚えているし、お遍路で回る所の名前も全て記憶しているし、それから――」 「ストップストップ! まさかそれって――」 「ああ、全部二人の争いの審判員として覚えさせられたものだ。それがどうかしたか?」 「……いや、いいや」 俺のワンドの特技は、記憶力の高さでした。――って、魔法関係ないじゃん!? そしてこの時の俺はそんなやり取りに流され、疑問に思うのも忘れていた。
――何故、クライスは昔の先生とかーさんと既に交流があったのだろう、ということに。
この翼、大空へ広げた日 SCENE
2 「相棒とレジストと孤児院と修羅場」
「何ィィィィィ!? 『青空の園』へ魔法を教えに行くだとぉぉぉぉ!?」 朝の登校時、ハチと準と合流した→そのワンドどうした→俺が経緯を話す→いきなりハチが叫ぶ、という流れである。 「もう、朝から五月蝿いわねハチ! もう少し静かに驚きなさいよ!」 「これが落ち着いていられるか!! 雄真、お前という奴は〜!!」 「いや、ちょっと待て!! 何故お前がそんな表情になる!? お前に攻められる理由がないだろうが!!」 「フフフ、何もわかっていないようだな雄真! 魔法を習う人というのは、どちらかと言えば女子が多いだろう?」 「まあ、それはそうだけど」 ウチの学校の魔法科も女子の方が割合としては多い。 「つまり、沢山の女の子に囲まれて、手取り足取り魔法を教えることになる。――『先生、ここがわからないんです』『どれどれ、僕が見てあげよう』『きゃっ☆ 先生、ス・テ・キ』『いや、そんなことはないさ。アッハッハッハッハ』――羨ましいじゃねえかこの野郎〜〜〜〜!!」 可愛い女子と格好いい教師の一人二役を道端で始めるハチ。――その演技が気持ち悪い。というか、 「――アホね」 「アホだな」 「哀れですね、ハチさん……」 都合良過ぎる想像に、俺達はただ呆れるばかり。 「羨ましすぎるぞ雄真〜〜!! 頼む、俺にもやらせてくれ〜〜!!」 「馬鹿野郎、俺はそんなのが目的で行くんじゃねえ!!」 「第一ハチ、魔法使えないじゃないの」 「!?!?」 「――お前、まさかそのことを考えないで俺と変わろうとしてたのかよ」 アホにも程があるぞ…… 「――ハッ、そうだ雄真!! 俺にも魔法を教えてくれ!! そうすれば俺も可愛い女の子に先生と呼ばれることが可能になる!!」 「いい加減にせい! そんなものの為に魔法はあるんじゃねえ!!」 すがり付いてくるハチを蹴飛ばして無理矢理引き剥がした、その時だった。 「ぱんぱかぱ〜ん、ぱんぱんぱんぱ〜ん」 何処からともなく聞こえてくる、人の声によるファンファーレ。――というか、このファンファーレ、似たようなのを結構前に聞いたことがある。――気配を感じたので後ろに振り返ると、 「『青空の園』専属魔法教師就任、おめでとうございます雄真さん」 「やっぱり小雪さんでしたか……」 俺達とは来る方向が違うのに何故今後ろから登場出来るんだろう、というのは最早考えまい。――というか、 「情報得るの早すぎじゃないですか小雪さん!?」 昨日の夕方決まって、それから会った人にしか知りえないことを何故!? 「はい、ご先祖様からのお告げがありまして」 高峰家の先祖よ、もっと違うことをこの人に告げてあげてください。 「というわけでして、教師就任を記念しまして、雄真さんには特別に占いの優待権を――」 「だあっ!! いりませんそれは!!」 何かと理由を付けて占おうとするのは本気でやめて欲しい。 「それでは、言うことを聞かない生徒を修正する為の革の鞭を――」 「もっといりません!!」 革の鞭で修正ってどんな先生だよ。 「ならば無難なところで、タマちゃんが教えるチョーク投げの極意の伝授」 「誰かを叱ること前提で話を進めるのはやめて下さい!!」 というか、タマちゃんチョーク投げも出来るのか。――どうやってやるんだ!? 「ハッ! そうだ小雪さん、何か俺が魔法教師になれるためのグッツってないッスか!?」 と、そこでハチが小雪さんに無茶なお願いをする。――さて小雪さんはどうするのかな、と思っていると、 「あら、お早うございます高溝さん。――いらしたんですね、気付きませんでした」 「☆▲×%$#@!?」 小雪さんの応対は俺の想像の遥か上をいっていた。――気付いてなかったのか、ハチに。 「それでは皆さん、また学校で」 「さいなら〜」 ワンドに乗ってぷかぷかと去っていく小雪さん。そして残された俺、すもも、準と――石像一体。 「――凄いわね、小雪さん」 「ああ、朝最初の会話一発でハチを石化させられる人もそうはいないぞ」 しかも、素だったし。 「あの……ハチさん、どうしますか?」 「――道の真ん中にあるのは迷惑だから、端に寄せて行くか」 俺達は石像を道の端に寄せると、学校への道のりを再び歩き始めたのだった。
「――でもさ、アンタ人に教えることなんて出来んの?」 校庭へと出る途中、柊が怪訝な表情で俺に言ってきた。――二時限目前の休み時間。次の授業は魔法の実習なので、俺達は校庭へと出ていたのである。 「正直、無理だと思う……」 今から出る魔法の実習だって、同じメニューで参加は出来るようになったものの、俺はまだクラスの中で下位争いを演じるような状態だった。 そんな俺が人に教えられるかどうか。――客観的に見れば否、だろう。 「頑張って雄真くん。私は雄真くんならやれると思うな」 同じく一緒に外へ向かっている春姫がフォローを入れてくれる。――春姫にそう言われると俺の心境としては嬉しさ半分、期待に応えられなかった時の不安半分ってところだ。 「でもまあ、教師としての御薙先生の頭脳に期待してるよ。上手い具合に俺の実力がばれないように教えられるようなカリキュラムを考えてくれるって言うし」 「まあ、先生ならそういうの上手く考えられると思うけど……でも、折角作ったワンドも何だか頼り無さそうだし……本当に契約で生成したワンドなの?」 「ハハハ、まあそう言うな、柊杏璃」 柊が俺の後ろのクライスをジロジロと見ながら言うとクライスが反応する。 「確かに私は形としては非常にシンプルで特徴がないのは事実だな。それは否定せんよ。――貴行のように美しい女性がマスターだったらまた見方も違ってくるのかもしれんがな」 「ぶっ」 う、美しい女性て。何その恥ずかしい台詞。――確かに顔は結構可愛い方だとは思うけど。 「や、やーね! 美しい女性なんて、もう! ほら春姫、遅れちゃうじゃない、急がないと!」 「あ、杏璃ちゃん!? きゃっ!」 だが柊はクライスそう言うと一気に上機嫌になり、春姫の手を引いて駆け足で先に行ってしまった。わかり易い奴。 「やれやれ」 残された俺は、一人校庭へと向かう。――と、 「――雄真」 クライスが小声で俺に話しかけてきた。 「うん? 何だクライス?」 「覚えておけよ。――あの手の女は、とりあえず誉めておけ」 「…………」 マジックワンドに女性の扱い方を教わった小日向雄真、高校二年の冬なのだった。――恐るべし、我が相棒よ。 だけど――こういうクライスの一面を見る度に、確かにこいつはマジックワンドとしての能力はどうなんだろうか、と不安になってしまう。確かに頭はいいのかもしれない。ただ、それはあまり魔法とは関係がない。正直なところを言えば、未熟な自分をもっと魔法の面でサポートしてくれるしっかりとしたワンドが欲しかったと思ってしまう。 「――って、いかんいかん。つい人のせいにしちまった」 未熟なのは俺がまだまだだからだった。反省反省。
――さて、魔法の実習。学園の授業の中で、唯一実際に魔法を使う時間だ。 内容はその時間や、担当する教師によって様々だったりする。ある時間は遠くの小さな的を正確に魔法で打ち抜く実習。またある時間は物体浮遊で浮遊させたもので速度を競う実習。――そして今日は…… 「それじゃ、お相手は小日向くんにお願いしようかしら」 そう今日の担当教師であった御薙先生に呼ばれて渋々前へ出る俺。――今日のテーマはズバリ「レジスト」だった。相手の攻撃を防ぐ基本中の基本、レジスト。無論威力が強い魔法にはその分強いレジストを出さなきゃいけないし、相手の魔法の範囲によっては効果範囲を広げなくてはいけない。――とまあ、とにかくそういうのを色々勉強しよう、ということだ。 そして俺はレジスト側のやり方の見本として前へ出されたわけなのである。 「何だよ、また小日向か。大丈夫なのかよ?」 そう言ってくるのは、攻撃側の見本として前へ出された柏崎(かしわざき)。俺のクラスでは信哉に次いで(それでも信哉とは結構差はあるが)魔法の成績がいい男子で、前回の実習の時も俺は結構痛い目に合わされた。 「それじゃ柏崎くん、遠慮しないで、全力でやりなさい」 なぬぅ!? 何を言いますか先生!? あなたが一番俺の実力は知ってるでしょう!? 「先生の命令じゃ仕方ねえなあ。悪いな小日向、いくぜ」 「――くっ」 だが俺が抗議する前にお手本はスタート。柏崎がすぐさま詠唱を開始している。 「おいおい、折角作ったワンドも魔法服もハッタリかよ?」 余裕で笑いながら魔法を放つ柏崎。 「畜生、余裕かましやがって……!」 連続して降りかかってくる柏崎の魔法をギリギリの所で防ぐのが精一杯の俺。 「――ふむ、大変そうだな、雄真」 そして哀れみの視線(目ないけど)で俺を見るクライス。――ってちょっと待て!! 「何で人事なんだよお前!? 俺のワンドだろ!?」 「まあ、それは揺るぎ無い事実だが」 冷静になって考えてみると、こうしてワンドとも契約したのだから、攻撃魔法にしろレジストにしろ、ワンドを持つ以前よりか威力が上がったり出しやすくなったりするのかと思ったら、実際持つ前と何も変わっていない気がする。――本当に見た目だけのハッタリ状態だ。 「それじゃ、そろそろ時間もないから、大技をバシッとお願いしようかしら」 「はい、先生。――へっへへ」 先生に更に煽られ、大きな呪文の詠唱を開始する柏崎。――畜生、あの顔は俺のレジストなんて簡単に貫通させてやるぜ、って顔だ。――でも事実、今の俺だと貫通させられそうなのが痛い。 というか、先生は何故あそこまで煽るんだ? いつもの先生ならあそこまで煽ったりはしない。まして相手は俺。防げないのは百も承知のはず。 「――まったく、鈴莉にも困ったものだ」 「クライス……?」 「雄真、ひとまず全面にレジストを出せ。範囲はそう広くなくていい」 「――あ、ああ」 言われた通り、とりあえず全面にレジストを出す。――柏崎の詠唱は残り半分といったところか。 「そのままの状態で……そうだな、物体浮遊の時の魔法をイメージしながら、私が言う呪文を続けて詠唱しろ。――いくぞ」 「え? あ、ちょっ!?」 「アルスレイ・スヴェイグ」 俺の疑問を無視して、クライスが言葉を発す。――仕方ない、いちかばちか。 「アルスレイ・スヴェイグ」 俺は目を閉じて、物体浮遊のイメージでクライスの後に続く。 「エル・ディヨンド」 「エル・ディヨンド」 「ディ・ラティル・アムレスト・レイ」 「ディ・ラティル・アムレスト・レイ」 そこまで言い切った直後、激しい衝突音。――ハッとして目を開けると、俺のレジストと柏崎の魔法がぶつかり始めていたのだ。 「はははっ、いけーっ!! 貫通だ!!」 レジストと衝突しておいて、消えることのない柏崎の魔法。一般的にレジストの効果が上ならば、すぐに消えてしまうはずなのに消えることなくぶつかり続けている。それは魔法の効果の方がレジストよりも上をいっている、ということ。結果、柏崎は貫通を期待している。いやきっと貫通すると確信してるだろう。――が。 「……あれ?」 ところが、柏崎の魔法は一向に俺のレジストを貫通しない。そのままの威力で、大きさで、俺のレジストとぶつかり続けていた。――そして、次の瞬間。 「え――」 バァン!――突然起こる大きな音。 「う……うわああああっ!?」 そして直後に柏崎の悲鳴。――俺のレジストとぶつかり続けていた柏崎の魔法は、そのままの威力をキープしたまま柏崎本人の元へ帰っていった。激しいあの音は、弾き返した瞬間の音だったのだ。 要は――俺のレジストが、跳ね返したのだ。予想外だった柏崎は防御が遅れ、モロに吹き飛ばされる。そして、俺は―― 「う、うそー……」 誰よりも一番驚いていたりした。――な、何だ今の!? レジストで魔法を反射!? 聞いたことないぞ!?――と、そこで、パチパチと拍手をする人が。 「はい、よく出来ました小日向くん。見事なレジストだったわよ」 まるでその光景が当たり前だったかのように拍手をする先生。――やがてその拍手が、クラスの皆にも浸透していく。 「凄い、凄いよ、雄真くん!」 「はぁ……信じられない、あの雄真がね〜」 「小日向さん……いつの間に、そんな技を……」 「ふむ……雄真殿も日々鍛錬を重ねていたということか」 拍手の中から聞こえてくる仲間たちの言葉。最初は呆気に取られていた俺も、段々と恥ずかしさが込み上げてくる。――そこでふと思い出す、クライスの言葉。
『――まったく、鈴莉にも困ったものだ』
「……まさか」 まさか、先生は初めからこうなることを予測していたのか? クライスが、俺に呪文を教え、特殊なレジストを出すことを。 「あれは、元々は鈴莉が編み出したレジストだ」 クライスが、俺だけに聞こえるような声で語りかけてくる。 「せんせ――いや、母さんの?」 「ああ。鈴莉の子であるお前の魔法の質からしてもお前でも使えるとは思ったが、正直今のお前の実力で扱えるかどうかは不安だった。――成功率は五割位だと思っていたが、成功して何よりだ」 「母さんは、最初から……」 「普通にやったのでは私が動かないことを読んでいたんだろう。ただ逆に言えば、追い込めば私が動くことも読んでいたに違いないな。――ま、仕方がなかった、と言ったところか。あいつは昔からそういう奴だ」 昔から。――その言葉は、何を意味している? 「なあ、クライス」 クライスは、何を知ってるんだ? 先生と、どういう関係なんだ? と、聞こうとした。が―― 「――気にするな」 「えっ?」 「そのうちお前にも話す時が来る。だからその時まで待っていろ。――何、お前にとって不安になるような理由ではない。ただ今、まだその時ではないだけだ」 そう言われてしまうと、何も言えなくなる。ただその言い方は本当に不安を消してくれるような雰囲気を醸し出していたので、俺は深く考えるのを止めた。 そして俺の認識は変わる。――クライスは、マジックワンドとしてとても優秀なものであった、と。
「ここが、「青空の園」だよな」 放課後、俺は魔法服に着替え、例の孤児院を目指していた。――こっそり春姫にも一緒に来てもらおうかなあ、なんて思っていたら、
「それじゃ雄真くん、頑張ってね」 「あれ? 春姫、何か用事か?」 「うん。先生がちょっと頼みごとがあるみたいなの」
……てな感じで、俺と別れて先生の所へ行ってしまっている。――まあ最近俺ばかりに雑用を頼んでたからな、偶には春姫にも頑張ってもらうか、と頭を切り替えて一人、ここへ来ていたのだ。 孤児院と言えども、何か特別な雰囲気があるわけじゃない。一見すれば、幼稚園とか保育園とか、そんな感じだ。建物があって、大きめの庭があって。――今はその庭で子供たちがサッカーで遊んでいる。 そしてそんな子供たちを見ている女の人。年齢は五〜六十歳位だろうか。子供たちを見ているその雰囲気は、俺のいるここからでも優しそうな感じがする。――あの人が先生が言っていた草笛さんかな? と、俺に気付いたらしく、草笛さんだと思われる女の人が、こちらへやって来てくれた。 「御薙さんの息子さん――小日向雄真さん、でしょうか?」 「あ、はい、そうです」 「お待ちしていました。――さあ、こちらへどうぞ」 草笛さんは、俺をひとまず建物の中、応接用の部屋へと通してくれた。 「私、ここの園長を務めております、草笛美土里、と申します」 「御薙先生の息子で、小日向雄真です」 丁寧な挨拶には慣れてない。緊張する。 「本当にありがとうございます。こちらの我侭を聞いて下さって」 「いえ、それはいいんですが、その――俺多分、先生が草笛さんに説明したような凄い魔法使いじゃないですから、その辺りを」 一応先に釘を刺しておいてみる。 「まあ、ご謙遜なさって。あの御薙さんの息子さんですもの。期待しております」 うわー、駄目だ駄目だ。絶対この人とんでもないイメージ持ってるよ、俺に。 「それに、子供たちにご教授していただくのは魔法の基礎的な部分ですから、もしも難易度が高い魔法が使えなくても大丈夫ですわ」 「そう言ってもらえると助かります」 というか、実際使えないわけですし。――これはもう先生の作るカリキュラムだけが頼りだな…… 「あの、それじゃ今日はとりあえず挨拶だけで、実際に教えるのは次回からでも」 「ええ、勿論です。――それでは、子供たちに紹介しますから、外へ」 そう促されて、俺は草笛さんと一緒に外へ出る。更に草笛さんはいくつかあった子供たちの輪それぞれに入り、二言三言話すと、その中から数名ずつ、こちらへと連れてきた。希望者だけを集めてきたのか。 「はい、こちらが今度から皆さんに魔法を教えて下さる、小日向先生よ」 せ、せんせい……いやイカン、そのフレーズに負けるわけには! 「宜しく」 俺は動揺を精一杯抑え、皆に向かって軽くお辞儀をする。――成る程、こちらでもやはり女の子の割合が多い。 しかし、いくら見た目の建物が幼稚園・保育園風でもやはりここは孤児院。年齢層にバラつきがあった。小学校低学年から高学年、中学生であろう子も中には。――などと冷静な分析をしていたら、 「わー、魔法使いの先生、格好いい!」 形式上の正しい挨拶は何処へやら、俺は一気に大半が女子の子供たちに取り囲まれてしまった。 「ねえ先生、下の名前は何ていうの?」 「先生、今いくつなの?」 「先生、趣味は? 好きな食べ物は?」 怒涛の質問ラッシュ。呆気に取られつつも答えていると、 「先生、彼女いるの? いないの?」 「好きな女の人のタイプはー?」 「じゃあ私、先生の彼女になる!」 段々話の路線がエスカレートしてきた。――まあ女の子だからこういう話題になってしまうのは当たり前って言ったら当たり前なのだが。 しかし……朝ハチのことを随分と貶してしまったが、この「先生」と呼ばれる感覚、ちょっとヤバイ。なんというか、くすぐったいのだが、非常に気分がいい。 正直情け無い話だが、こうして女の子達に先生と呼んでもらえることに喜びを覚えてしまった。――何だ、色々不安あったけど、行っていいこともあるじゃないか! 「ふーん、何だかとっても楽しそうですね、小日向先生?」 そうそう、その先生というフレーズが…… 「って――え?」 何だろう。今後ろから何気なく聞こえてきた何気ない言葉。文章にしてみればきっと一行の他愛もない言葉に違いない。ただ――その言葉を耳にした瞬間、俺の背中から冷や汗が流れ始めていた。それと共に生じている信じられないほどの気迫。よく漫画で「ドドドドドドドド」ってのがあるが、まさにそれだ。――怖い、後ろを振り向くのが怖い!! しかしいつまでも固まっているわけにもいかないので、恐る恐るゆっくりと振り向くと―― 「顔がにやけてますよ、小日向先生?」 そこには、満面の笑みでこちらを見ておられる神坂春姫さんがいらっしゃいました。――何故笑顔!? その笑顔が怖い、怖過ぎる!! 「は、は、春姫じゃないか……いや、先生からの用事はどどどうしたんだ?」 カミカミの俺。動揺バレバレの俺。 「大した用事じゃなかったから、すぐに終わっちゃったんだけど……その様子だと、あまり早くには終わってほしくなかったかな?」 終わって欲しくなかったッス。出来れば長引いて欲しかったッス。 「そっそんなことないぞ? 何を隠そう、先生からの用事がなければ今日は春姫も誘おうと思ってたんだからな!」 でもまあ、それは事実だ。ここへ来る前は不安で一杯だったから、誘おうと思ってた。――誘うことが出来ればこんなことにも。 「ふーん……」 だが俺の言葉にはどうも説得力がないらしく、春姫は冷めた目で俺の腕の辺りを……ん? 腕の辺り? 「――こ、こらっ、君達、いつまでそうしてるつもりだ! 離れなさい!」 俺の両腕にはそれぞれ中学生の女の子が腕を絡ませてしがみついてました。――最悪だ。 「ねー、あの人先生の彼女?」 「えー、私のことは遊びだったの? 好きだって言ってくれたじゃーん」 「コラーッ!! 誰がそんなこと言った誰が!! これ以上話をややこしくするんじゃなーい!!」 「小日向先生、お楽しみのところお邪魔みたいでしたね。――帰りますから、どうぞ遠慮なく」 「どわーっ!! 待て春姫ー!! 違うに決まってるだろー!? とりあえず落ち着いて俺の話を!!」 「先生、修羅場?」 「誰のせいだよ!?」
……こうして俺は就任一日目で、教師としての威厳を失くしたのだった。
<次回予告>
「――すももちゃん、雄真、何かあったの?」
案の定平和には始まらなかった青空の園魔法教師生活。 ――朝からひたすらに悩む雄真。
「――伊吹ちゃん、参加してくれないんですか?」
悩むに悩んで出した雄真の結論。 やっぱり、頼れるのは一つだけだったり?
次回、「この翼、大空へ広げた日」 SCENE
3 「教師の道は一日にして成らず」
「――な、何だ今の音は!?」 「あっ、あれを見ろ!! あそこにあった孤児院が、跡形もなく……!!」
お楽しみに。
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