「ごめんなさい」
 そう告げられた。とても申し訳なさそうな顔でそう告げられた。
「気にするな。何も私が死ぬわけじゃない。またいつか、再びこの姿に戻れる日が来る。――その日の為だろう?」
 だから私はそう言ってやった。――私は人ではないから、死ぬとかそういう概念がない。この姿でなくなることに対する恐怖は、驚く程にないのだ。
 ましてや、それは我が主の命なのだ。何も恐れることなどない。
「だから、その様な顔をするな。気をしっかり持て。――この先、再び目覚める時まで、しばらく私は何も出来ないのだぞ? その間はお前次第なのだからな。お前がその様子だと逆に不安になる。お前の――大切な人の、為だろう?」
「ええ……そうね。言い方を変えるわ」
「ほう?」
「今までお疲れ様。――労いで少し、休憩に入ってもらおうかしら」
「成る程。その言い方はいいな。――ああ、私も疲れていた所だ。少し休ませてもらうさ」
 そして彼女は私を手に取り、呪文の詠唱を開始する。
「――ありがとう」
 それが私が眠る前に最後に聞いた、彼女の言葉だった……


この翼、大空へ広げた日
SCENE 1  「その名はクライス」


「それじゃ、マジックワンドの契約について説明するわね」
 魔法教師としてせめて見た目だけはそれっぽくする為にワンドと魔法服を作ることになった俺に、先生が説明を始めた。
「ワンドとの契約は、大きく分けて二種類あるわ。まず一つめは、既存のワンドとの契約。つまり、魔法具として作られた未契約のワンドと、契約を結ぶの。最初からワンドとして作られるものだから、とても扱い易いのが特徴よ。ただし、一定以上の実力者になるとそれじゃ魔力をコントロール出来なくなる可能性が出てくるけれど」
「初心者向け、ってことですか?」
「一概にそうは言い切れないけれど、近いものがあるわ。――そして二つめは、自らの思い入れのある品物を、儀式によりワンドへと生成させ、契約を結ぶこと。――雄真くんは、こちらの方がピンとくるんじゃないかしら?」
「はい。――というよりも、そちらの方法しか知りませんでした」
 俺の周り、その手のワンドの持ち主ばっかだからな。
「こちらの特徴としては、ワンドそのものに能力も含めて個性が生まれ易いこと。魔法使いにとっては大きな強みになるわ。適正さえ合えば魔力をコントロール出来ない、なんてこともないしね」
「一生もの、ってことですか」
「ええ、基本的には。――そしてこちらの欠点は、元々ワンドとして生まれてきていないものを、魔法具で無いものを無理矢理ワンドにするわけだから、扱い辛いものが出来てしまう可能性があること。契約者とその品物との繋がりが薄い場合は、能力的に非常に低いものが出来てしまうこと。多少のギャンブル性を伴うのね」
 なんか、周りは普通に持ってて普通に扱ってるけど、あらためて説明されると色々あるんだな……
「どうかしら? 雄真くんは希望はあるの?」
 俺の希望。俺のワンド。――そのことに関しては、前々から考えていたことがある。
「これを――ワンドにしたいんです」
 そう言って、俺はあの春の事件の時に先生に渡された、あの指輪と取り出した。
「どうして……これにしようと思ったのかしら?」
「こいつには、今まで助けてきてもらってるし、何となく――こいつとなら、上手くやっていける気がするんです」
 そう。――俺は、もしも自分がワンドを作るならば、媒介はこれにしようと決めていた。一緒に戦ってくれた、そして俺を守ってくれた、この指輪に。
 先生は、数秒間俺をじっと見ていたが、
「そう。――わかったわ」
 とだけ、俺に告げた。――ほんの一瞬だけど、先生の顔がとても優しい、いつもよりも優しい表情に見えたのは気のせいだろうか?
「それじゃ、指輪を持って部屋の真ん中に立って」
「立ってるだけでいいんですか?」
「これから私がワンド生成の呪文を唱えるから、私が合図を出したら、その指輪に向けて魔力を注いで。それで契約が結ばれて、ワンドが生成されるわ」
「わかりました」
 何だか、緊張するな。――と、先生の詠唱が始まった。
「アルダイル・ソム・レスト・グラスティア・ミライザ」
 今まで聞いたこともない呪文を先生が詠唱し始めると、俺の足元に魔法陣が描かれ出す。
「フォヴァナディア・クエイス・オブ・オス・ミスト」
 詠唱が続けられていく。その時間に比例して、俺は魔法陣から生まれる光に段々と包まれていっていた。
「デンディス・メイア・ジルウェント・エースン」
 詠唱が開始されてどれだけが経過しただろうか。そこでふと気付く。――そう、先生は既に俺がどれだけだかわからなくなる位の時間、魔法を詠唱している。ワンド生成という位だから詠唱に時間がかかるのはまあわかるが、それを今即興でこの場でやり遂げる先生。――あらためて、凄い人なんだと関心させられてしまう。
「――さ、準備出来たわ。雄真くん、指輪に魔力を」
「はい」
 更に詠唱がしばらく続いた後、先生からの合図で、俺は指輪に向けて詠唱を開始した。
「エル・アムダルト・リ・エルス……」
 次第に、俺の包んでいた魔法陣の光が、俺の手元――魔力を注いでいた指輪に収縮されていく。
「……カルティエ・エル・アダファルス!」
 そして俺が詠唱を終えた瞬間、光の収縮が一気に早まり――
「――っ!!」
 突然光のフラッシュ。驚いた俺は目を一瞬閉じたが、再び目を開けた時には……
「……あれ?」
 既にその手に、ワンドを握っていた。――何だか、呆気ないようなそうでないような。
「おめでとう雄真くん、成功よ。――それが、あなたのマジックワンド」
「これが……俺の……」
 あらためてワンドを見てみる。――もっと個性的なものが出てくるのかと思ったけど、意外な程にシンプルだ。白みかかった銀色の柄、その先には指輪の宝石だった部分がそのままの大きさで埋め込まれている。まさに杖、といった感じのワンドだな。
「――ふむ。一応「初めまして」と言うべきか?」
「うおっ」
 いきなり声がした……って、まさか。
「――驚く箇所ではないだろう、小日向雄真。今更珍しくもあるまい、喋るマジックワンドなど」
「あ……そうだよな。悪い。不意打ちだったんで、つい」
 確かに、仲間たちのワンドはペラペラ喋るもんな。喋って当たり前なのか。――にしても、中々渋い声の持ち主だ。人間にしたら、三十台半ばの渋めの男の人、とでも言えばいいだろうか。イメージ的に頼りがいがありそうな、そんな感じがする。
「えーと、名前とか、あるのか?」
「ああ、一応御薙鈴莉に付けられた名前なら持っている。我が名はクライス・クレイス・ハイウインド・カイン・バハムート・ヴェルサイユ・カトゥーン――」
「ちょっ……ちょっと待った!!」
「何だ? 名乗っている途中だぞ?」
 いや、名乗っている途中、ってことは――
「まだ続くのか!?」
「まだ続くのか……って、まだ半分にも到達してないぞ」
「半分にもなってない……って、長っ!! 何その名前!?」
 覚えきれるわけないだろそんな長いの!?
「そう私に愚痴られてもな。付けたのは御薙鈴莉だ」
 そう言われたので、チラリと先生の方を見る。
「だって、格好いい名前にしたかったんだもの。それで、いい雰囲気の名前を、上から順番に」
「どんな付け方ですか……」
 普通どれか一つに絞りますよ、先生。
「ちなみに、略して正宗」
「何処が!? 何を略したらそれに!?」
 というか、一応格好いい名前を選んでるんだな……
「――まあ、安心しろ雄真。確かにこの名前を私は鈴莉から貰ってはいるが、今日から私の主はお前になるんだ。お前が新しい名前を付けてくれて構わない」
「そうなのか?」
「ああ。「ゲロリン」でも「コロッケ」でも「すもも」でも、何でも構わんぞ」
 いや「すもも」て。ワンドに自分の妹の名前付けたりしたら変態の粋を一気に飛び越えるぞ。
 というか、確かにそう言ってもらえると安心なのだが――いざ決めろって言われると、非常に困る。何にしたらいいだろう?
「えっと、さっき言ってた……先生に付けられた名前、もう一回言ってくれるか?」
「ああ。――クライス・クレイス・ハイウインド・カイン・バハムート・ヴェルサイユ・カトゥーン――」
「ストップストップ、そこまででいいや」
「ちなみに、略すと正宗よ」
「それはもういいです!!」
 まあ、確かに正宗でも格好よくていいんだが……このワンドには似合わない。
「――よし、決めた。「クライス」にする」
「成る程……鈴莉が付けた名前の、頭の一つにするわけだな。面白味はないが、妥当な路線だ」
 いや、面白味が名前にあっても困るけどな。普通に戦闘中に「行くぜゲロリン!」とか叫びたくないし。
「では、これで正式決定だな。我が名はクライス。小日向雄真を主とするマジックワンド。主と共に戦い、主を助け、主と共に生きることを、今この場で誓おう」
「うん。――こちらこそ、宜しく頼むな、クライス」
「ああ」
 これでワンドは出来た。あらためてワンドを手にすると、ああ俺も魔法使いなんだな、としみじみと思ってしまう。
「? どうした雄真?」
「あ、いや、何でもない」
 ついクライスを見てボーっとしてしまったらしい。さてと、後は――
「さて、それじゃ次は魔法服ね。――とはいっても、実のところもう用意はしてあるんだけど」
 そう、後は魔法服。
「用意してある……って、これは何か契約とか」
「大丈夫、ワンドと違って契約はないわ。作る行程で魔力を注いだり、生地そのものに呪文を縫い込んだりするだけよ」
 成る程、それなら本人……つまり俺がいなくても最初から用意出来るわけか。
「勿論、雄真くんの魔法服は、私の手作りにさせてもらったわ」
「……先生の?」
「ええ。私が雄真くん位の時に着ていた魔法服を、雄真くん用に作り変えたの。――隣の部屋に置いてあるから、とりあえず試着してみて頂戴」
「え……あ、ちょっ!」
 無理矢理背中を押され、隣の部屋に入れられ、ドアを閉められた。
「まったく、強引なんだからな」
 苦笑しながら辺りを見渡すと、テーブルの上に一着の魔法服。朱色ベースで、マントまである中々お洒落で格好いい魔法服だ。
 と、手にとって見ていた所で、不意にさっきの先生の言葉を思い出した。

「勿論、雄真くんの魔法服は、私の手作りにさせてもらったわ」
「ええ。私が雄真くん位の時に着ていた魔法服を、雄真くん用に作り変えたの」

「母さんのお下がりで……手作り、か」
 そう思うと、心に何か暖かいものが注がれているような気分になった。母さんは、どんな気持ちでこれを作ってくれたんだろう。嬉しそうな顔で作っている様子がなんとなく目に浮かぶ。
 そして――それを考えて、感じている俺も、多分似たような笑顔になっているんじゃないだろうか、とふと気付く。――周りに鏡とか無くてよかった。自分のそんな顔は見たくないかも。
「――っと、待たせてるからな、一応」
 俺は、その魔法服の袖に手を通したのだった。


「勿論、雄真くんの魔法服は、私の手作りにさせてもらったわ」
「……先生の?」
「ええ。私が雄真くん位の時に着ていた魔法服を、雄真くん用に作り変えたの。――隣の部屋に置いてあるから、とりあえず試着してみて頂戴」
「え……あ、ちょっ!」
 鈴莉が無理矢理雄真を隣の部屋へ押し込み、ドアを閉める。――部屋には、鈴莉とクライス、一人と一本だけになった。
「――こうしてお前と直接話すのも久々だな、鈴莉」
 そして、それを封切りとするように、クライスが語りだした。
「そうね。――お久しぶり、クライス」
「ああ。私がお前に封印されて――お前のワンドではなくなって、何だかんだで結構時間が経過したな」
 そのクライスの言葉に、鈴莉の顔が申し訳無さそうな表情に変わった。
「ごめんなさいね。窮屈だったでしょう?」
「気にするな。私は主であったお前の命に従っただけだ。それはワンドとして当然のこと。それに、奴の――雄真の手に渡されてからは、全然退屈ではなかったさ」
「あら、そうだったの?」
「ああ。――あいつは面白い。傍にいれば飽きん。ああいうのは将来大物になるぞ、色々な意味でな」
「それはそうよ、だって私の息子だもの」
「アッハハ、違いない。鈴莉の子が小物だったらそれは偽者だな」
 何かを懐かしむように笑い声を交えて語る一人と一本。――と、不意にクライスのトーンが少し下がり、真面目な雰囲気になる。
「だがな、鈴莉。――なぜ止めなかった?」
「あら、どうして止める必要があるの?」
「とぼけるつもりか?……将来的にはわからんが、今現在、私を扱うのには雄真は未熟過ぎる。ワンド化した私を携帯するということは――常に、リミッターが一つ、解除されているのと同じことだ。何か一つ間違えれば奴の将来が無くなるだろう。それをわかってて何故止めなかった、と聞いているんだがな」
 だが、そのクライスの追求にも、鈴莉は優しい表情で答える。
「――そうして、ちゃんと心配してくれるクライスに、雄真くんを任せたかったのよ。今回、雄真くんがワンドを作ることになったのは偶々だけど……雄真くんがあなたを選んだんだもの。雄真くんにはいつかワンドのあなたを持ってもらうつもりなのは知っていたでしょう? だから、私としては大歓迎だったのよ」
「やれやれ、物は言い様だ」
 きっと人間だったら、苦笑、というのが一番イメージに合うだろう口調である。
「でもまあ、雄真が私を選んだのだ。確かに、そういう運命だったのかもしれんな。――いいだろう、あいつのことはそれなりに任せておけ。今から時間をかければ将来はお前をも越える可能性のある逸材だ。付き合いがいがあるさ」
「ありがとう、クライス」
「水臭いことを言うな。――私はマジックワンド、主の為に動いて当然なのだからな。それに……今は違えど、お前も主だったことは何も変わらんさ」
「――ありがとう」
 そうが鈴莉が二度目のお礼を述べた時、近付いてくる足音が隣の部屋からしてきた。
「おっと、期待の星の登場だ」


「あー……疲れた……」
 魔法服お披露目会は、無事(?)激しい時間を要して終了した。いやお披露目会なんてものじゃない。撮影会だったぞあれは。売れるかどうかは別として、写真集が出せる勢いで写真撮られたぞ。
「ハハハ、そうめげるな。あれも親孝行だと思え」
「……わかってるから、逃げずに頑張ってきてるんだよ」
「成る程、承知済みか。いや鈴莉はいい息子を持ったな」
 腰に張り付いているクライスとの会話。――どうやらマジックワンドというのは契約したマスターのみなら体の何処にでも上手い具合にくっつくように出来ているらしい(試しに頭とか肩とかにチャレンジしたら普通にくっついた)。こうして腰に付けて背中で背負ってるように見せるのは、このスタイルが一番邪魔にならないからなんだろう。
 ちなみに今は魔法服は脱いで制服。帰宅する為に、昇降口で靴を履き替えている所だ。――着替えるのも面倒な位疲れたのだが、もしも着替えないでそのまま帰宅した場合――

「まあ、格好いいじゃない〜雄真くん! 記念に写真撮らないと〜! すももちゃん!」
「安心して下さいお母さん、デジカメ、携帯電話のカメラ、高性能のカメラ、その他色々全部揃ってますから」
「うふふ、それじゃ今日は徹夜で撮影会ね〜!」

 ――なんてことになる可能性百パーセントだからな。いや多分いつかは撮影会になるんだろうけど、流石に一日二回は厳しいものがある。
 というかあの二人なんでこういう所そっくりなんだろ? せっかく母親が二人いるんだからちょっとは違うタイプの人でもよかったのに……とこういう時は思わずにいられない俺。
 そんなことを考えながら、靴を履き終えたその時だった。
「雄真くーん!」
 その声に振り向くと、春姫が階段の方から少し駆け足でやってくる所だった。
「あれ? 先に帰ったんじゃなかったのか?」
 今日は先生の用事があるから、春姫には先に帰ってもらうように言っておいたのだ。
「うん、丁度いいから、図書室で調べ物をしてたの」
「ふーん、流石に勉強熱心だなあ」
 などと関心していると、春姫の視線が、俺の後ろ――正確には俺の背中にいるクライスに向かっている。
「雄真くん、それ……」
「ああ、経緯は後で説明するけど、今日作ったんだ、マジックワンド。魔法服も一緒に」
「そっか、ついに雄真くんもワンドを持つようになったんだね。おめでとう、雄真くん」
「はは、でも俺が特別何かしたわけじゃないからな」
 凄いのは結局先生だったし。――俺はクライスを取り出し、春姫の前に出す。
「クライス、って言うんだ」
「小日向雄真を主に持つマジックワンド、名をクライスと言う。――宜しく頼む」
「神坂春姫です。こちらこそ、宜しくお願いします」
 わざわざワンド相手にもちゃんと頭を下げる辺り、流石というべきか。
「――ふむ」
「うん? どうしたクライス?」
「貴行が神坂春姫か。――確か、雄真の人生の伴侶であったな」
「え……」
「……はい?」
 人生の伴侶? 人生の伴侶って……結婚相手!?
「ぶはっ!!」
「ええ〜〜っ!? ゆ、雄真くん、この子にその……け、けっこ、私と、その……でででも、雄真くんとなら、えと――」
 真っ赤になってうろたえる春姫。いや多分俺も負けない位の勢いだろうな……って冷静に分析してる場合じゃない!
「ちちちち違うんだ春姫、これはだな、その――」
「何だ、違うのか。しかし――ここまで素敵なお嬢さんと遊びで付き合うとは中々やるな雄真。いや何、気にすることはない。男はその位の器量がある位がいいんだ。だがそうなると本命は誰になるんだ? まさかとは思うが、あの式守のお嬢さんみたいな幼児体系の娘が――」
「そういう意味じゃないわい!! 勝手な分析をするな!! 俺は春姫一筋だ、誰よりも春姫が好きだ! 将来だって――」
「雄真くん、みんな見てる……!!」
 クイ、と俺の服を引っ張る春姫の顔は最早沸騰しそうな位の勢いで――って、みんな見てる?
「……なぬぅぅぅぅ!?」
 し、しまった、いくら放課後とはいえ、まだ昇降口には若干の生徒数が!? と、とんでもないことを大声で叫びませんでしたか今俺!?
「――我が主よ、愛を叫ぶのは悪いことではないが、時と場所を選んだらどうだ?」
「誰のせいだよ!?」
 そして俺達は、信じられないくらいのスピードで学校を後にしたのだった……


「雄真くん!!」
 春姫を送って、家までたどり着いてドアを開けた瞬間、いきなり仁王立ちのかーさんが玄関に立っていた。
「ただいま、かーさ――」
「ちょっと、これはどういうことなの!?」
 ただいま、をまともに言う暇もなくかーさんは俺に携帯電話を突き出してくる。
「どういうことなの、って?」
「いいから、そのメールをよく見てみなさい!!」
 な、何で怒ってるんだ? とりあえずメールを見てみよう。――送信者「鈴莉ちゃん」……って先生か。件名「羨ましいでしょ?」
 で、肝心の中身は……(ピッ)
「――って、何ぃぃぃ!?」
 メールには、デカデカと先生と魔法服を着た俺のツーショット写真が添付されていた。
「悔しい〜〜〜!! 鈴莉ちゃんに先をこされちゃった〜〜〜!!」
 あ、あの人携帯で撮った後何かボタン操作してるなと思ったら、かーさんに自慢のメールを送ってたのか!! こ、子供だ!!
「こんなことなら今日仕事休んででも雄真くんの後を完璧にマークしておくんだったわ〜〜!! あ〜もうっ!!」
 そして、本当に相当悔しがっているこの人も、立派な子供でした。――二人とも、俺の母親なんだけどな……
「こうなったら、写真の質と量で勝負するしかないわね!! すももちゃん!!」
「安心して下さいお母さん、デジカメ、携帯電話のカメラ、高性能のカメラ、その他色々全部揃ってますから」
「うふふ、それじゃ今日は徹夜で撮影会ね〜!」
「…………」
 確か俺、数時間前に今のすももとかーさんの台詞を予測して、それが嫌で魔法服は脱いで帰ってきたと思ったんだけど……無駄だったわけですか、そうですか。
「さあ、早速始めるわよ雄真くん!! 今すぐ着替えてきて!!」
「いやでも、その前に晩飯を――」
「そんなものより写真の方が大事に決まってるじゃない! ほら、早く早く!!(ガシッ)」
「ぐえっ!?」
 無理矢理首根っ子をつかまれ引きずられていく俺。――な、何でこんな時ばかりこんなにパワフルなんだ女性陣は!!
「クライス〜!! 助けてくれ!! お前は俺のワンドだろ!?」
「――無茶言うな」
 かくして、新しく出来た相棒にも見捨てられた俺は、地獄の撮影会夜の部へと突入するのであった。


「うふふ、いい写真が撮れたわ〜」
 撮影会が終了してしばらくした小日向家。雄真はなんとか夕食にありつき、今は入浴中。すももは部屋に戻っており、リビングで一人音羽がデジカメの写真をチェックしていたのである。
「――やれやれ。鈴莉も音羽もそういう所はまったくもって変わらんな、いくつになっても」
「だって楽しいんだも〜ん。雄真くんは、自慢の息子だし」
 そこで、初めて音羽の視線が写真から外れ、クライスを捉えた。
「でもクライスくんとこうしてお喋り出来るのも、本当に久々よね」
「ああ。鈴莉にも言ったが、私が鈴莉のワンドでなくなってから、それなりに月日は経過したからな」
「それで、今度は鈴莉ちゃんじゃなくて、雄真くんを守ってくれるのよね?」
「守るのではない。ワンドとして、主の期待に応える為に精一杯のことをするだけだ」
「同じことじゃない。鈴莉ちゃんを守ってくれた時だって、同じこと言ってたわよ、クライスくん」
「結果論に過ぎんさ。主の為に動いた結果、主を守れた。それだけだ」
「ふふふ、クライスくんだって相変わらずじゃない」
「――性格というのは、そう簡単には変わらぬもの、か」
「うんうん、その通り」
 そう言うと、音羽は立ち上がり、クライスを持つと、再びソファーに座る。
「――音羽?」
「クライスくん。――雄真くんのこと、宜しくね」
 優しい笑顔で、母親の顔で、音羽はクライスにそう告げた。
「――ああ。お前「達」の息子だからな」
 そしてクライスはふと思う。――鈴莉と音羽、こういう所もよく似ているな、と。


<次回予告>

「それじゃ、クライスさんは固有の特技って何か無いんですか?」

ワンドと魔法服を手に入れて、新しく始まる雄真の魔法使いとしての生活。
――が、一風変わった相棒に、雄真は翻弄されていく。

「何ィィィィィ!? 『青空の園』へ魔法を教えに行くだとぉぉぉぉ!?」

そして始まろうとしている雄真の臨時教師生活。
訪れた青空の園で彼を待っていたのは!?

次回、「この翼、大空へ広げた日」
SCENE 2  「相棒とレジストと孤児院と修羅場」

「えー、私のことは遊びだったの? 好きだって言ってくれたじゃーん」
「コラーッ!! 誰がそんなこと言った誰が!! これ以上話をややこしくするんじゃなーい!!」

お楽しみに。


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