(注意)
 本作は、私ワークレットが書いた前作「ハチと月の魔法使い」の続編となっております。
 本作品を単作品として楽しむことも出来るようになっておりますが、
 より深く楽しみたい方は、前作を読んでからこちらを読むことをお勧めしておきます。
 ご了承下さいませ。



 この景色が好きだった。
 この場所から眺める町並みが、とても好きだった。

 この風が好きだった。
 この場所から感じる風が、とても好きだった。

 深い理由などなかった。
 いつからか、当たり前のようにこの場所にきて、ただ立ち尽くしていたら、景色が目に入り、風を感じるようになった。それだけ。

 でも――私は、この景色が、この風が、この場所が――好きだった。
 それは、数少ない、私の感情。私の自我。
 ここに来れば、ここに居れば――私でいられた。

「やはり、ここにいたのか」
 その声に私は振り向く。
「教授。――すみません、待たせてしまったようで」
「いや、いいさ。疲れて寝てしまっていたのは私の方だしな」
 そう言いながら、教授は私の横に並んだ。
「――君は、ここが好きだね」
「――はい」
「何故かな?」
 その質問に、私は一瞬詰まる。そして――
「――ただ、なんとなく、です」
 そう答えることにした。――ここに居れば自分でいられる、自我がここにある、などと言ったら、この人はどう感じてくれるのだろうか? 喜んでくれるのだろうか? それとも――悲しむのだろうか?
 私は、その「どちらも」嫌だった。――この場所を、自分のものにしておきたかったから。
「そうか」
 そんな私の想いに気付いたか気付かないか、教授は何もなかったように、普通にそう答えてくれた。
「――そろそろ行こうか、楓奈(ふうな)」
「はい、教授」
 振り返り、ゆっくりと建物の中へ戻っていく教授の後を、私もゆっくりと付いていった。


「待ってたのよ〜雄真くん。さ、座って座って。今お茶を出すから」
 クリスマス前の一騒動もそこそこ過去の出来事になりつつある年明け一月。三学期も始まって間もないとある日の放課後、俺は実母である御薙鈴莉先生に研究室まで呼び出されていた。
「…………」
 しかし……不安だ。非常に不安だ。――いや、いつもお茶位は出してくれる。でも、今日は何か違う。まず、こうして先生が呼び出すということは、何か用事があるから、というパターンが非常に多い。研究室の掃除だったり、本棚の整理だったり。――お茶が出てくるのは、基本的にその作業が終わった後の労いで出てくるのだ。しかし今日は何もしないでいきなりお茶が出てくる。更に椅子にクッションが敷いてある。いつもよりも待遇がいい。――怪しい。
「雄真くんは、チョコレートと苺のショート、どっちがいいかしら?」
「……はい?」
「はい、って……ケーキの種類よ。チョコとショート、どっちがいいかしら?」
 ケーキまで!? こ、これはマズイ!! 相当マズイレベルの頼みごとだ!! そのケーキ、食べたら終わりに違いない!!
「……すいません、用事を思い出しました。さようなら、また今度」
 そう言いながら俺は席を立って、ドアに手を伸ばした。ここは逃げるに限る。――が。
「――あ、あれ!?」
 ドアが開かない!? 何でだ!?――と思ったのも束の間。
「あらあら、そんなに焦って逃げなくてもいいじゃないの」
 いつもの笑顔で、いつもの柔らかい口調で――とんでもない力で肩をつかまれ、強引に席に引きずられていく俺。――って、何この凄い力!?
「ちなみに、ドアなら開かないわよ? 魔法で鍵が掛かってるの」
「…………」
 そう言いながら俺を強引に席に戻す先生。――やられた。つまり俺は、この部屋に入った瞬間から、もう逃げられない状態に持ち込まれていたのだ。先生からも、用事からも。
「はい、好きな方を選んで頂戴」
 テーブルの上に二つケーキが並ぶ。――食べても食べなくても巻き込まれるであろうことを察知出来た俺はショートケーキにため息混じりで手を伸ばした。
「それで、一体俺に何をさせたいんですか?」
「流石雄真くん、察しがよくて助かるわ」
 これで察しなかったら只の馬鹿ですよ、はい。
「――この学園の裏手をちょっと行ったところにある、『青空の園』って、知ってるかしら?」
「『青空の園』……はい、知ってます。孤児院でしたよね?」
 学園の裏手に用事があった時に、何度か横を通ったことがある。そう大きな孤児院でもなかった気がするが、暖かそうな雰囲気が建物からも感じられる、いい雰囲気の孤児院だった気がする。
「そこの園長さんの、草笛 美土里(くさぶえ みどり)さんと最近知り合ってね。雄真くんの事も話したら、「素敵な息子さんですね」って随分誉めてくれたのよ。私も嬉しくなっちゃって〜」
 本当に嬉しそうに話す先生。まあ、自分の息子が誉められて嬉しいのは当たり前だろう。俺とて、誉めて嬉しくないことはない。――ない、のだけど……
「――あの、つかぬことをお聞きしますけど、誉められてどういう対応を取りました?」
「勿論、「私には勿体無いくらいの子です」って答えたわ。性格は至って真面目、成績優秀、学校ではモテモテ、更に学園一のアイドルとお付き合いまでしています、将来の夢は日本を動かすポストに付くこと、それから――」
「ちょっ……待った待った!!」
 やっぱりか! 多分この人、言葉以上に膨らませて俺のこと喋ってる! 多分説明した中で合ってるの「学園一のアイドルと付き合ってる」だけだ!
「あら、どうかしたの?」
「どうかしたの、じゃありません! 何そこまで俺のことを膨らませて説明してるんですか!? 何ですかその将来の夢は日本を動かすポストに付くことって!!」
「そうね、日本じゃ規模が小さ過ぎたわ。世界の――」
「そういう意味でもないです!! 俺はそんな夢持ってません!!」
「駄目よ、男の子は夢は大きくなきゃ」
「今はそういう話でもないです!」
 まったく……この人は。
「それで、一体俺に何を頼みたいんですか?」
 何となくキリが無さそうなので、俺は強引に本題に戻した。
「『青空の園』の子供たちに、魔法を教えに行って欲しいの」
「孤児院の子供たちに……魔法を?」
「そう。――瑞穂坂がいくら魔法が盛んでも、本格的に魔法を勉強するには、それなりに環境が必要なのはわかるかしら?」
「それは……はい、そうですよね……」
 魔法を本格的に教えてくれる学校というのは、やはり私立の学校が多い。――つまり、多少なりとも、お金が必要なのだ。一般的な家庭の子供ならともかく、孤児院の子供では難しいだろう。
「でしょう? だから、魔法を習ってみたい、っていう子供たちの為に」
 言いたいことはわかった。でも――
「それなら、俺じゃなくて春姫の方が適任なんじゃないですか?」
 去年の春の事件の時も、今より更にド素人だった俺への教え方とか凄い上手かったし。
「それじゃ駄目なのよ」
 ところが、そんな俺の提案はあっさりと否定されてしまった。
「さっきも説明したでしょう? 草笛さん、雄真くんのこと随分誉めて下さった、って」
「――まさか」
「御薙さんの息子さんならさぞかし魔法使いとしても素晴らしいでしょう、って言われて――勿論です、って答えちゃったのよ」
 俺は言葉を失った。――正直、今の俺には一番厳しい嘘である。確かに俺は御薙先生の息子で、持っている魔力も人よりも断然多いし、才能もあるかもしれない。
 ただ――今現在、その才能はまったく開花されていないのだ。一般よりもちょっと不優秀な魔法使い見習いに過ぎない。御薙先生の息子、ということで非常に誤解され易い話なのだが……
 とにかく、あれだ。相手は、「御薙先生の息子で優秀な魔法使い」の俺を求めている、と。
「――無理じゃないですか?」
 正直乗り気がしないというか、怖い。ボロを出したら終わりだし。
「大丈夫、相手はまともに魔法を使ったことがない子がほとんどだし、教え方とかは私が上手く考えるから」
「でもなあ……俺、マジックワンドも魔法服も持ってないんですよ?」
「大丈夫、そんなこともあろうかと思って隣の部屋に色々準備してあるの」
 早っ。――俺はため息をつきながらそう思った。そして思い出す。自分自身、この部屋から逃げられないと知った時に思ったこと。――この部屋に入った瞬間から、もう逃げられない状態に持ち込まれていたのだ。先生からも、用事からも。
「――はぁ」
 無意識の内にため息が出た。――かくして、俺は年明け早々、魔法教師になることになってしまったのだった。――それが再び俺達に降りかかる、笑いと涙の物語の幕開けであることなど知ることも無いままに……



この翼、大空へ広げた日
〜"Workret" presents the after story of "Happiness!" 2nd〜


 


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