タタタタタ――ビルを駆ける、二つの足音が響く。
「!? し、侵入者だ!!」
「行け!! 撃て!!」
 そして時折発生する、その二つの足音を発見する声。更に言えば、
「ぐはぁ!!」
「ぎゃあ!!」
 その直後、発見する声を発した人間は、ノックアウトさせられてしまうのが定番になりつつあるのだが。
「警戒が、強くなってきているかもしれない……ごめんねすももちゃん、少し急ごう」
「は、はい!」
 楓奈はすももの手を取ると、再び走り出した。
 ――単独でISONE MAGICのビルに侵入した楓奈はすももの元に辿り着き、見事救出に成功していた。後はこのビルから脱出し、雄真達と合流するだけ。
 だが、楓奈本人はわかっていたことだが、この脱出の項目が一番難しかった。楓奈が単独で動けるのなら問題ないが、今はすももを連れている。当然移動速度に制限が出てしまう。その結果、可能な限り避けてはいるものの、要所要所で戦闘になってしまっていた。
 無論、戦闘とはいえ先ほどの通り、楓奈が先制攻撃を仕掛け、ほとんどの場合は一撃でノックアウトさせる。警備要員のレベルは低く、楓奈にとってそれほど難しいテクニックではなかった。
 逆に言えば、楓奈はそれ以外の戦法は選べなかった。無論すももの存在である。すももは魔法使いではない。一撃でも敵の攻撃を喰らわせるわけにはいかない。つまり、敵が攻撃を一度でもする前に仕留めなければすももが危険なのだ。
 その楓奈の戦闘光景は、傍らにいるすももにしてみれば、多少恐怖を感じるものもあった。すももは一般人だが、楓奈の戦闘光景は一度間近で目にしたことがある。だから彼女の強さは知っているはずだったが、それでも親しくなって、彼女の優しさを知ってからあらためてこういった光景を目にすると、少しだったが恐ろしさを感じてしまっていた。楓奈の動きは、それ程までに正確に、敵を倒していくものだった。
 楓奈もすももに気を配っているつもりではあった。だが表には出さなかったが、彼女自身焦りを感じていた。――明らかに、外の様子がおかしい。先ほどから響く轟音、慌しさ。計画通りにはあまり進んでいないことを予測させるには十分な雰囲気を感じ取っていた。
 結果、その焦りが戦闘への気迫に繋がってしまい――ほんの少しだったが、すももは恐怖を感じる光景を目にしていた、というわけだった。
(よし……もう少し)
 また一つ階段を下りて、あともう少しで出口。――そう、思っていた時だった。
「っ!?」
 楓奈の足が、不意に止まる。
「楓奈……さん?」
「…………」
 すももの問い掛けに、楓奈は答えない。――何者かが、近付いてきている。気配は消している。これではISONEの兵士達は気付かない。
 だが、楓奈は気付いた。一瞬の風の流れの変化が、彼女にそれを伝えた。こちらに近付いてきている。……それも、二人。
「…………」
 楓奈はゆっくりと意識を集中させる。先ほどほんの少しあった焦りも消し、何事にも瞬時に対応出来るように、神経を研ぎ澄ます。
 やがて、楓奈とすももの前に、二人の男が現れた。
「…………」
「っ!! 誰だ……!?」
 その二人の男も当然楓奈の存在に気付き、足を止める。
(二人とも……実力は、確かなもの……)
 冷静な面持ちで楓奈は相手の実力を悟る。――顔には出さないが、一人で戦うには厳しい。しかも今はすももがいる。――撹乱、逃亡の方向性を考えた方がいいかもしれない。
 楓奈が数秒の間で作戦を練っていると、相手も反応を見せる。
「後ろの女の子――魔法使いじゃ、ないみたいですね」
「ああ。恐らくは、あの少女が攫われたという少女だろう」
「先に手を打たれてたわけですね。――単独でか。凄いや」
 が、その二人の様子は、何処か違っていた。違和感を楓奈が感じていると、
「安心してくれ。俺達は、敵じゃない」
 その様子を察した、二人の内の一人、長身の凛とした雰囲気の男が、そう切り出してきた。
「俺達の目的は多分、君と同じ。その子の救出さ」
 そう言ったのは、もう一人の方。敵ではない、と判断したのか、優しい笑顔でそう告げてきた。
「脱出ルートも確保してある。案内しよう、ついてきてくれ」
 長身の男の方はクルリと背を向け、再び移動を開始しようとする。
「――待って下さい。あなた達、何者ですか」
 が、いち早く楓奈は制止させ、最もなことを尋ねた。
「ああ、ごめんごめん。俺らは――」


彼と彼女の理想郷
SCENE 34  「全てをかけて」


「嘘、だろ……?」
 ドォン、と更なる爆発音が、ここまで響く。離れた所で展開していた光景が、痛い程ダイレクトに俺の脳裏に現実を伝えようとしている。
 琴理からの電話が切れた直後、あの巨大な魔法兵器が、赤い魔法波動を放っていた。直後、その魔法兵器の肩に取り付けられていると思われる円柱の物――レーダーが、爆発し、煙を上げているのが、ここからでもわかる。
 それはつまり、琴理の作戦が成功した証であって。
 それはつまり――琴理が、自らの命を投げ出した証拠であって。
「琴、理……」
 放心状態になる姫瑠。俺達は一瞬、動きが止まってしまう。
「――行くよ。あたし達は、あの子が生きていても死んでいても、あそこに行かなきゃいけない」
「香澄さん……」
 だが、その香澄さんの言葉で、俺、春姫は直ぐに冷静さを取り戻す。そして――
「姫瑠さん」
 いち早く、姫瑠の手を優しく取ったのは、他でもない、春姫だった。――今感じている場合じゃないことは重々承知だが、それでも思うこと。この二人の距離は、俺の知らない所で随分近付いていた。そんな気がした。
「姫瑠」
 俺も春姫に一歩送れて、姫瑠に寄り添う。
「春姫……雄真くん……」
「行こう」
 俺のその短い言葉に、姫瑠は一瞬目を閉じ、
「――うん」
 そして再び開いた時には、力強く、そう返事をした。――俺達は急ぎ足で、あの場所へと移動を開始。
「!! あれは!!」
 移動開始直後、俺達の視界に入ってきたのは――
「っ、見て、雄真達!!」
 向こうからも、元気のいい杏璃の声が聞こえてくる。――そう、俺の仲間達だった。
「よかった、全員無事か」
「ふん、この程度でこの私が負けるわけがなかろう」
 相変わらずの台詞を言う伊吹。
「小雪さん達も、伊吹達と合流出来てたんですね」
「ええ、偶々合流出来ました。タマちゃんだけに」
 そんな駄洒落今いりません。――とにかく、ここで伊吹、信哉、上条さん、小雪さん、杏璃の五人と一気に合流出来たのは大きい。
「春姫……」
 そして、どうしても皆が見てしまうのは、春姫の存在だった。
「皆さん。――本当に、ご迷惑をおかけしました」
 ゆっくりと、頭を下げる春姫。
「頭を上げられよ、神坂殿。――謝罪などいらぬ」
「私達は、神坂さんが必ず来てくださると、思っていましたから」
「フン、その位でなければ困るわ」
「心配いらないわよ、春姫。転んでも、助け合ってこその友情じゃない」
「フフフ、これで雄真さんのハーレムエンドへのフラグもバッチリですね♪」
「そのフラグいらねえええ!!」
 そんな些細なやり取りも、春姫には十分に届き、
「私、精一杯頑張ります。――急ぎましょう!」
 自ら封切り、再び俺達は動き出す。
「しかし、あの巨大な物体は何者なのだ?」
「移動しながら説明する。――急がないとマズイんだ」
 俺は、移動しながら掻い摘んであの魔法兵器に関しての説明をする。
「瑞穂坂を戦火の渦にするなど、式守の名が許さぬぞ……!!」
 あらためて、伊吹は怒り心頭だった。
「でも……琴理が……」
「杏璃。――死んだって、決まったわけじゃねえ」
 そう、琴理だって、死んだって決まったわけじゃない。死んだって……決まった、わけじゃ、ないはずだ……!!
 気持ちを奮い立たせ、走り続けること一、二分。――ついに、俺達はあの魔法兵器の前に辿り着いた。間近で見るとデカイ。それこそSFアニメのロボットだった。
『あの……糞餓鬼が……!! まさか、レーダーを破壊する気だったとは……!!』
 聞こえてくる、磯根泰明の言葉。レーダーを破壊され、相当焦りと怒りを見せている所からして、琴理の推測通り、あれがなければ強力な武器は扱えないんだろう。
「そこまでだ、磯根泰明!! 武器が使えないならお前に勝ち目はないだろ!! お前の負けだ、大人しく投降しろ!!」
『瑞穂坂の餓鬼共か……投降? 笑わせてくれるなよ』
「何……?」
『使えなくなったのは、あくまで主武装のみ。――ここで貴様らを消すだけなら、副武装だけで十分だ』
「――!!」
 磯根泰明がそう言い放った瞬間、魔法兵器からレーザー式の魔法波動が連続で発射される。一気に散開する俺達。
「クソッ、戦うしかないのかよ……」
「いいじゃないのさ雄真。――馬鹿は、やらなきゃ直らないってね!!」
 カウンターでいち早く攻撃を仕掛けたのは香澄さん。それを封切りに、俺達とその魔法兵器との全面対決が開始される。
「ア・ディバ・ダ・ギム・バイド・ル・サージュ!」
「幻想詩・第三楽章・天命の矢……!」
「オン・エルメサス・ルク・ゼオートラス・アルクサス・ディオーラ・ギガントス・イオラ!」
 それぞれ、精一杯の力で攻撃魔法を仕掛ける俺達。
『ふははははっ!! 貴様らの小細工など無駄だ無駄だ!!』
 それを平気な顔で喰らいながら、全方位に反撃をしてくる磯根泰明。――これだけの人数が集まっているのにも関わらず、互角の勝負になっていた。
『諦めろ諦めろ!! あの馬鹿な小娘のように、全員死んでしまえ!!』
「――っ!!」
 見下すような磯根泰明の言葉。誰のことを指しているのかは、痛い程にわかる。
「琴理は……馬鹿なんかじゃ、ないっ!!」
 誰もがその言葉に怒りを覚えたが、無論、誰よりも怒りをあらわにしたのは姫瑠。詠唱し、魔力を溜め出すと同時に、
「……え?」
 姫瑠の手――指の辺りが、一気に光り出す。直後、姫瑠の目の前の地面に描かれた魔法陣からは、
「何だ、あれ……!?」
 全身に雷を帯びた、ライオンのような獣――「雷獣」とでも言えばわかり易いか――が出現していた。ガルルルル、といううねり声を出すと、その雷獣は迷わずあの魔法兵器に突貫して、格闘戦を展開し出す。
「姫瑠っ! どうしたんだ、あれ!?」
 少なくとも、今までの姫瑠の魔法では見たことがない魔法だ。
「光山さんから、預かってきたの。――私も召還の指輪とは思わなかったけど」
「え……? 光山さん、が?」
「最後の戦いで、使うといいって。自分はもう勝てないから、私達の勝利、最後に目に焼き付けておきたいって」
「…………」
 あの人も――本当は、悪い人じゃないかもしれない。ふとそんな予感が過ぎる。
「大丈夫、コントロール出来る。――絶対に、負けられない!」
「姫瑠……」
 負けられない。何度だって確認してきた項目だ。それでも――またあらためて、自覚させられる。
 俺達は、負けられない……!! 
「よし、俺も――」
「待て雄真、マインド・シェアはまだだ!!」
 今まさにそれを使おうとした瞬間、クライスに止められてしまった。
「クライス!? 何でだよ、今ここで使わないでいつ使うってんだよ!?」
「決定打を放つタイミングがまだ見つからない。あれは闇雲に攻撃を放って倒せる相手じゃない。必ず何処かに決定打――プリフィケーション・レジストを使うタイミングが来る。それまでは待て」
「っ……」
 クライスにそう言われてしまえば、どうすることも出来ない。そもそもクライス抜きじゃ出来ない技だ。――俺は大人しく、現状のままで戦闘に参加する。
 そのまま俺達と磯根泰明の激しいぶつかり合いが、三分程経過しただろうか。――長期戦を覚悟した、その時。
「あそこだ!! 居たぞぉーっ!!」
「!?」
 ゾロゾロと近付いてくるのはISONEの下級兵だった。――まだ居やがったのかあいつら!!……というか、
「チッ――ちょっと厄介だね」
 吐き捨てるような香澄さんの言葉。――今俺達は、全員で磯根泰明と戦い、それで互角だった。だがここでISONEの下級兵がなだれ込んできた以上、そちらに多少戦力を割かなければならない。
 それはつまり――俺達が断然不利に陥るということ。
「式守伊吹、高峰小雪、七瀬香澄、柊杏璃、真沢姫瑠の五名で磯根泰明を抑えろ!! 他の人間は全力で雑兵を倒せ!! 一秒も無駄には出来んぞ!! 陣形が完全に崩れる前に、立て直せ!!」
 いち早く叫んで指示を出したのは――クライスだった。有無を言わさないその勢いの言葉に、俺達は迷うことなくその動きを取る。
「雷神の太刀ィィィィィ!!」
「エル・アムダルト・リ・エルス・ディ・アストゥム・アダファルス!」
 それが功を奏したか、俺達がいきなり陣形が崩れピンチになる、ということはひとまずはなかった。
「っ……次から次へと出てきやがって……!!」
 だが、あくまで「ひとまずなかった」だけで、多勢に無勢。次第に追い込まれていく俺達。
「クライス!! もう限界だ、決定打云々言ってる前に、俺達がやられちまう!!」
「――ッ」
 ここで負けたら意味がない。今ここで戦力アップするには、俺がマインド・シェアを使うしかない。――意識をその方向で集中し始めた、その時だった。――ピンポンパンポーン。
「……?」
 不意に、よく聞くスーパーやこういったテーマパーク等で聞くあのお呼び出しの音が、響く。
『えー、「Fortunate Magicaland」へお越しの皆様、素敵な時間をお過ごしでしょうか』
 そして、何処からともなく聞こえてくる、男の人の声。
『家族団らんの方、友人と楽しくお過ごしの方、そして愛しい恋人とお過ごしの方も、この素晴らしい最新のテーマパークで、素敵な『愛』を育んでくれているかと思います』
 何だろう。やけに「愛」に力が篭っていた。
『大切な人への想い――今この時は一瞬でも、その愛は永遠……そう、LOVE IS FOREVER。愛しき君たちへ、俺からも愛の篭った素敵なぐはほぅ!?』
『やかましい。何の前置きなんだそれは』
『がっ……み、美奈子(みなこ)君、き、君がカティ君に渡したハリセンは、普通の紙で出来た品だったよね……?』
『あ、あの……そうでした、けど……』
『もういい。どけ』
 …………。
「……何なんだ?」
 気付けば誰もが手を止め、その謎の放送に耳を傾けていた。
『この放送を聞いている、ISONE MAGICの人間、全員に通告する』
 アナウンスの声が、女の人の声――さっき「やかましい」って言ってツッコミを入れていたと思われる人――に代わった。
『我々はMASAWA MAGIC所属の特殊魔法部隊、通称「ナンバーズ」だ。我々は、ここ「Fortunate Magicaland」、及びそこに身を置いているISONE MAGICの全ての人間を攻撃対象として認定した。――リザ=レイアード、ロバート=サンディアス、カイム=カルレイ、メル=アムヘイム、カティリア=エルファ、安来美奈子(やすぎ みなこ)、北澤陽平(きたざわ ようへい)、以上七名により只今より総攻撃を開始する。無抵抗の人間は命は取らない。だが――』
 一瞬出来る間。そして――
『――抵抗する者の命の保証はない。そう思え』
 そう恐ろしい言葉を残し――放送は、切れた。……勢いだけに圧倒されて聞いていたが、
「ナンバーズの……本隊が、来た……?」
 と、いうことはなんとなくわかった。……でもあれ? ナンバーズの本隊は、姫瑠のパパさんが呼ばないって話じゃなかったか?
 何故にここにいるのか、理由はわからないが、彼らはやってきた。そしてそれは俺達の士気の向上よりも、
「な、ナンバーズが七人、だって……!?」
「勝てっこねえ、勝てるわけねえ!!」
「嫌だ!! ま、まだ俺は死にたくないぞ!!」
「俺もだ!! 逃げろ!!」
 相手の士気の低下に、大きく響き始めた。敵の約半数程がパニックに陥り、この場から逃げ出していく。――それだけでも大分俺達は楽になるのに、更に言えば。
「くたばれ」
 ズババババァン!!――不意に激しい攻撃魔法が、戦闘中のISONEの下級兵の小隊を襲う。見れば、
「ふん。――虫けら共が。まだこんなに残ってたか」
「カティちゃんのあのアナウンス聞いてそれでも居残るなんて、中々ツワモノだね〜」
「美奈子君。――カティ君が本当に敵を殺してしまわないように、フォロー頼むよ」
「えっと……その、冗談、ですよね?」
 そこに四人の姿。四人とも、タカさんやクリスさんと同じ制服。それはつまり、彼らもナンバーズである、ということであって。
「さてと、大体の話は察してくれたかな、瑞穂坂の諸君。僕らはMASAWA MAGIC特殊魔法部隊、通称ナンバーズ。君らの援護に来た。少しの間、宜しく頼むよ」
 白い歯をキラリと見せそう笑うその人は、声からしても最初アナウンスで愛を語ろうとしていた人か。そして、
「行くぞ」
「オッケー」
「はい」
 そのままの勢いで、ナンバーズの人たちは、戦闘に参加し始めた。


「――私を除く六名、無事目的地に到着。順次戦闘を開始しています。姫瑠お嬢様の無事も確認出来ました。作戦遂行完了も、時間の問題かと思われます」
 とある高層ビルの最上階。多少離れてはいたが、高さのお陰でそのビルの最上階からは、「Fortunate Magicaland」の全景が視界に収まっていた。
 現在、その最上階にある一室に、一人の男と一人の女がいた。
「……そうか」
 男――真沢元志朗は、そう一言、返事をした。
「光山君が居なくなっても、ナンバーズはちゃんと機能するんだな」
「社長は、私を、私達を馬鹿にしていらっしゃるんですか?」
 女は呆れ顔で元志朗を見る。女は、名前をリザ=レイアードといった。ナンバーズのNO.Uで、光山が消えた今、ナンバーズのトップは彼女である。
「亮輔が居なくてもナンバーズは機能します。彼一人で全て回していたわけではありません」
「そうか。……そうだな」
 光山の裏切りという事実にも揺らぐことなく、部隊として問題なく機能しているのは、光山に引けを取らなかった彼女の指揮能力の高さと、各メンバーの彼女に対する信頼、そして各々の判断力、強さがあったからである。
「――にしても、一つ解せないことがあるのですが」
「?」
「戦況の状況からして、彼ら――瑞穂坂の魔法使いの方々には、我々の到着は伝えていないようですが。……何故ですか? 事件が発覚したその日に我々に指示を出したことを彼らに伝えていれば、また違う展開になっていたでしょうに」
 実の所ナンバーズは、すもも誘拐が発覚したその日の内に、元志朗から総力を挙げての出動を命じられていた。だが彼らが到着する頃には既に雄真達は動き出していた。ナンバーズを待ち、合流してから作戦等を練れば展開はまるで違っただろうに、雄真達は明らかにナンバーズの存在を無視した作戦を取っていた。――それはつまり、雄真達に元志朗がナンバーズ本隊到着のことを伝えていないという証拠であって。
「何故です? 一歩間違えれば取り返しのつかない展開の可能性もありましたが」
「……それは」
 元志朗は少々言い淀んだが、数秒後、諦めたように口を開いた。
「それは……その、そろそろ私も……子離れを……しようかと……」
「……はい?」
「ほ、ほら、いつまでも娘のことばかり心配している父親じゃ駄目じゃないか。だからその、そういう弱い態度から見直していけば、そのだね」
 言いたいことはよくわかるようなわからないような。――リザはため息をつく。
「……仕事以外、特にお嬢様関連になるとどれだけ駄目駄目なんですかあなた」
「ひっ……ううっ、リザく〜ん、私もだね」
「私はクリスや美奈のように慰めたりはしませんが」
 泣きそうになっている元志朗を背中に、リザは歩き出す。
「私も現場に向かいます。一応指揮を執っている立場ですので」
 一礼し、その部屋を後にしようとすると――
「――リザ君」
 ふっと、呼び止められた。
「君達は……君は、強いな。――光山君は、君の友人でもあっただろう?」
「ええ。亮輔は、私の仲間であり、上司であり……信頼すべき、友でした。――だからこそ、この足を止めるわけにはいきません。彼が私の友である以上、私は彼の意思に反してでも、戦います」
 そう言い残すと、リザはその部屋を後にした。
「――友の意思に反しても、か」
 残された元志朗は一人、そんな言葉を呟いていたのだった。


「オラオラァ!! 雑魚はすっこんでな!!」
 その荒い口調と激しい攻撃魔法と共に暴れまわる女の人を中心に、ナンバーズの人達は俺達の戦況を一気に明るくし始めていた。
「あたし達も、負けてらんないわね!!」
 杏璃が威勢のいい声を出す。――俺達の士気も上がる一方だ。……更には、
「雄真くん!」
 俺を呼ぶ声。――振り返れば、そこには、
「楓奈!!」
 すもも救出の為に単独潜入したはずの楓奈の姿が。――それはつまり、
「楓奈、すももは!? 無事だったのか!?」
 単独潜入、すもも救出の任務が完了したということであり。つい俺は、勢い任せで楓奈に詰め寄ってしまう。
「大丈夫、すももちゃんは無事! 今は安全な所に居る」
「そっか……ありがとな、楓奈……よかった……」
 その報告を受け俺は全身からフッと力が抜けてしまう。楓奈を疑っていたわけじゃないが、それでもやっぱり安否は心配だった。……よかった。本当によかった。
「ナンバーズの人達が来てくれたから、脱出もスムーズに出来たの」
「えっ、まだ他にもナンバーズの人、居たのか」
「うん、二人来てくれたの。雄真くん達の所にももう四人来てるってことも知ってる。私を案内してくれた二人はここへは一緒に来たから、もう戦闘に参加していると思う」
 なんて確認をしていたその時。
「危ないっ!」
 俺と楓奈に向かって飛んできていた無数の攻撃魔法を、さっと現れて詠唱抜きのレジストで呆気なく防ぐ女の人。――ナンバーズの人だ。
「大丈夫ですか? まだ敵の数が多いから、気をつけて」
「あ……すいません、助かりました」
 俺がお礼を言うと、穏やかな笑みを見せ、また前線に戻っていった。
「彼女はNO.\、安来美奈子」
 そんな声がした。――その方を向くと、気付けば俺の横には最初のアナウンスで愛を語った白い歯の人。
「防御、サポート、援護等のエキスパートだ。その手の魔法に関してはナンバーズでは彼女の右に出る人間はいない」
 成る程、姿を追うと前線よりも微妙に一歩引いた所でサポートに徹しているようだった。
「え〜、治療はいかがですか〜? 怪我した人は、わたしがバッチリ治してあげますよ〜」
 ……と、もう一人、前線よりも一歩引いた所で呑気な宣伝をしながら動いている女の人が一人。
「彼女はNO.Z、メル=アムヘイム。治癒のエキスパートだ。ああ見えて腕は確かなものさ」
 まあ確かに緊張感の無さは一瞬実力を疑ってしまいそうになるが、ナンバーズに居る以上、この人の言っていることは本当だろう。
「で、お前はそこで説明云々のみで任務を完了するつもりか、ロバート。いい度胸をしてるな」
「――あ」
 更に気付けば、その愛を語る白い歯の人の隣に、長身の男の人が。――と現れると同時に、愛を語る白い歯の人の襟元を掴み、ズルズルと引きずっていく。
「ちょ、ちょっと待てってカイム! いやん、乱暴な!」
「気持ち悪い口調になるな。いいからサボってないでとっとと手伝え」
「俺だってサボってたわけじゃないって! どうやってあの腹部の赤い円形の部分に攻撃をヒットさせようか必死にだな!」
「……腹部の赤い円形の部分?」
 ピタリ、と足が止まる。――襟元は掴んだままだったが。
「ほら、奴が攻撃するタイミングと連動して微妙に反応してんだよ、あそこ。恐らく内部の魔力コントロールに大きく関連してる部分だと思う。無駄に攻撃を続けるよりも、あれを叩けばどうにかなるんじゃないかな?」
「――!!」
 それを耳にした瞬間、俺は気付けば走り出して、あの魔法兵器に接近を試みていた。
「……クライス」
「ああ。あの部分にプリフィケーション・レジストさえ当てられれば」
 だが、それでも一歩どうしても躊躇してしまう現状。――理由は単純で、位置が悪い。相手は全長がビルと変わらない大きさ、つまり腹部と言っても相当の高さ。ただ接近した所で、当てるのは不可能だ。
「それこそ、足を集中攻撃して転ばせるか?」
「まともに転んでくれるかもわからんが、な」
 クライスとの会話中も、仲間達の戦闘は無論続いている。――長引かせるわけにはいかない。決断を、しないといけない。
 迷ってる暇は、もう無いんだ。
「行こう、クライス。ここで待っていても多分一生勝てない。――俺達で、俺とお前で、ケリつけよう」
「わかった。――覚悟は、いいな?」
「ああ」
 俺は、クライスを持ち直し、前方にかざし、
「――アルザーク・ゼンレイン・オル・アダファルス!!」
 ついに、マインド・シェアを発動させる。――制限時間は五、六分。その間に決めなければ、負けも同然。
「姫瑠。――手、貸してくれ」
「雄真くん……?」
「懐に突っ込む。――お前の雷獣の、サポートが欲しい」
 姫瑠と目が合う。――瞬間、驚いたような顔を見せるが、直ぐに納得がいったようだ。
「必殺技、使ったんだね」
「ああ」
「わかった。――まかせて」
 それまで接近戦を続けていた雷獣がバッ、と姫瑠の前方に一度戻ってくる。
「行くよ、雄真くん!」
 そして再び、前方に移動。その直ぐ後ろに俺はつき、一緒に移動。魔法兵器に接近するとガオオオオオン、という雄叫びと共に雷獣はジャンプ、顔の辺りに突貫。……一方の俺は、
「――エル・デル・アダファルス・サイズ!!」
 バァァン!!――可能な限りの爆発系の魔法を、魔法兵器の足に放つ。
(この位じゃ、転んじゃくれないか……!!)
 その後も何発か足をターゲットに攻撃魔法を放つが、思ったような効果は得られない。
「全員、あの少年をサポートしろ。あの少年は、目的――恐らく、あの兵器の腹部を狙っている。単独で行く以上、それ相応の技があるんだろう」
「どうだカイム、俺の観察という行動も無駄じゃなかっただろ?」
「ついでに囮にでもなってこい」「ついでに囮にでもなってくるんだな」
「……いや、そこでカティ君との見事なハーモニーとかいらないから。というか既に襟元掴んであの場所に無理矢理放り投げようとしているのは俺はどうかと思うよカティ君」
 雑魚(ISONEの下級兵)が大体片付いたのか、ナンバーズの人達を含む全員が、俺のサポートに回り出す。――俺も精一杯の力で動き続けている。
『無駄だ無駄だ無駄だ!! 効きはしない!!』
 だが――どうしても、決定打が与えられない。あの位置にプリフィケーション・レジストさえ当てられれば勝てるのだが、そこまでの展開にこれだけの攻撃を当てても持ち込めない。
「後……四分位か……くそっ!!」
 焦る心を何とか落ち着かせ、俺は諦めずに攻撃を続ける。
(……!?)
 そこで、偶然視界に入ってきた、事実。――雷獣が、最初よりもかなり小さくなってきている。
「っ……はあっ、はっ……っ……」
 チラリと後方を見れば、姫瑠の息が、相当荒い。――無理も無い。あの雷獣召還、はっきり言って相当レベルが高い技だ。姫瑠のレベルは高いが、それでも長時間扱えるものじゃない。
 これ以上続けたら、逆に姫瑠が――危ない。
「姫瑠、もういい!! 一回休め!! 限界だろ!?」
「まだ……大丈夫……!! それに、これが無いと、雄真くんが、危ないから……!!」
 姫瑠の言うことは最もだった。あの雷獣は攻撃力も移動力も高く、俺はかなり助けられていた。ここで抜けられると残り時間でプリフィケーション・レジストを当てるのは厳しくなるかもしれない。
「だからって、お前が倒れちゃ意味ないだろ!!」
 でも――姫瑠を犠牲にするつもりなんて、毛頭ない。誰かを犠牲にするなんて……これ以上は……!!
「姫瑠さん!!」
 と、そこに姫瑠に駆け寄る人影。――春姫だった。
「春姫……?」
「私も手伝うわ。――頑張ろう、一緒に」
「……うん!」
 春姫が、姫瑠の手――指輪の部分に、自らの手を重ねる。直後、再び姫瑠の手が光り、
「雷獣の……大きさが、戻った……!!」
 雷獣は、当初の勢いを取り戻した。
(皆の頑張り……二人の頑張り、無駄には出来ない……!!)
 残り三分前後。――俺も再三の突貫を開始しようとした、その時。
「雄真っ!!」
 俺を呼ぶ声。香澄さんだった。――って、
「香澄さん、何してるんですか!?」
 香澄さんは、バイクを走らせ、そのまま俺の横に停車した。
「後ろ乗りな!」
「いや、後ろ乗りな、って」
「つべこべ言わずにさっさと乗る!!」
 理由もわからないし、そもそも何処からそのバイク持って来たのかもわからなかったが、有無を言わせないその勢いに、俺はつい後ろに乗ってしまう。
「しっかりつかまってな!! 飛ばすよ!!」
 俺が乗ると同時に、香澄さんは再びバイクを走らせる。――多分、香澄さんなりの考えがあるんだろう。実際、埒が明かない現状。なら打開案を持って来た、香澄さんを信じるしかない。
「要するに、あんたの攻撃が奴のあの腹の赤い部分に届けばいいわけだろ?」
「はい、そうなんですが……どうするつもりですか?」
「まあ見てな。――これでも、それなりに運転の腕はあるつもりさ」
 そう言いつつ、バイクはスピードを上げる。向かう先は……
「……あ、あの、香澄さん」
「何だい? もうすぐ喋るのも大変になるから言いたいことがあるなら今のうちにさっさと言いな」
「その、どうして建設中のジェットコースターに向かってこのバイクは走っているんでしょうか」
 ……向かう先が、明らかに建設中のジェットコースター乗り場だった。いやテーマパークだからジェットコースターはあるだろうけど。物凄い、嫌な予感がする。
「一回走ってみたかったんだよねえ。――ジェットコースターのレール」
「やっぱりだー!!」
 無茶だ。無謀だ。んな馬鹿な!!
「レールの途中でジャンプすれば、十分届くじゃないのさ」
「いや、確かに届きますけど!! でも危ないし無事走れる保証も無いしというかどう見ても途中で一回転とかあるし更に言えば」
「とか言っている間に到着。――行くよ!! しっかり掴まって、舌噛みたくなかったら黙ってな!!」
「ひいいいい!!」
 そのまま問答無用で、バイクはジェットコースターのレールの上を走り出す。物凄いガタカタ言いながら揺れまくりながらもバイクは疾走する。
「――何キロ位出しておけば回転中落っこちたりしないで済むかねえ」
「そこで怖いこと呟かないで下さい!!」
「まあもう回転は目の前だから何考えても手遅れなわけだけど」
「え――ええええああああ!?」
 気付けば一瞬だけ景色が逆さまになり、気付けばまた景色は元に戻り。――それはつまり、気付けば一回転していたということであり。
「はい成功。――いやあ予想よりも気分いいねえ、あれ。気に入った」
「き、気に入ってる場合じゃないですよ!! 滅茶苦茶怖いですよ!! シートベルトも無いし!!」
「と、喋っている場合でもない、と。――そろそろ飛ぶよ、雄真。準備しときな!!」
「あ……!!」
 そうだ、何も俺は香澄さんと新たなスリルを味わいたかったわけじゃない。――意識を集中し、プリフィケーション・レジストを繰り出す準備をする。
「――アリア・メイア・キャリバー!!」
 詠唱完了と共に、俺の右腕を纏うレジストが、白く変色する。
「さあ、目標も勝利も目の前だよ!! 飛ぶよ!! 外すんじゃないよ!!」
「っ!!」
 ガッ!!――本来ならばカーブのコースを、バイクは曲がることなく直進。レールを外れ、勢いのまま空を飛ぶバイク。
「喰らえええええええ!!」
 ――そして俺は、魔法兵器にプリフィケーション・レジストを、放ったのだった。


<最終回予告>

「そんなことないって。ただ、普通にお気に入りなだけ」
「――だと、いいですけど、ね」
「うわ、まだ疑ってる」
「あなたを心底信じろ――という方が、申し訳ないですが、無理がありますので」

幕を閉じた戦いの後で。
少しずつ展開する、それぞれの思惑。

「何年先でもいい。――いつかまた、お茶でも一緒に飲みましょう。友人として」
「ああ。――ありがとう」

芽生えた友情。生まれた仲間。裏切った人。目を背けた現実。
全てが終わり、残ったのものは。

「だから、言ったじゃねえか。――お前が望めば、もう一人になんてならないで済むって」

そして、新たに始まっていくものとは。

「俺、お前に一つだけ、嘘ついたんだ。――それを許して欲しい」
「嘘……? 一体どんな」

最後の最後で導き出した一つの答え。
強くて儚いその答えを前に、雄真は――

次回、「彼と彼女の理想郷」
LAST SCENE  「そして、彼女の理想郷で」

「お前は、見に行かなくていいのか?」
「クライス。――そりゃ気にはなるけど、もうちょっと空いてからでいいよ。
あんな揉みくちゃじゃ落ち着いて見れないだろ」

お楽しみに。


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