「――というわけで、色々あったけど、どうにか無事に終わりそう」
 時刻は午前の十一時、場所は小日向家リビング。――音羽は、ソファーに座りなが
ら、自宅の電話、コードレスの子機で電話をしていた。
『そっかー……俺個人としてはさ、その春姫ちゃん、だっけ? との五番勝負、位ま
では予測してたんだけど、流石にISONE MAGIC云々絡みの事件にまで発展するとは思っ
てなかったからなあ。悪いことしたよ』
「大丈夫、終わりよければ全て良し。――姫瑠ちゃんも、いい経験になったんじゃな
いかしら」
『だといいけどな。大人の揉め事に子供を巻き込むってのはどうもな』
「まあ、そういう考えは大義くんらしいけどね〜」
 フフフ、といった感じで音羽はつい笑ってしまう。
「でも、大義くんもお人よしよね。姫瑠ちゃんのお友達作りの為に、雄真くんに婚約
者に認定した、なんて嘘までついて日本に招待して」
『俺はお人よしじゃないって。――ただ、知ってる子だったからさ。小さい頃の純粋
に明るかった頃を知ってただけに、ほっとけなくなったっていうか何ていうか』
「そういうのを、お人よしって言わない?」
『だったら、俺の案を呆気なく受け入れるお前も十分にお人よしだよ、音羽』
 今度は、声に出して二人で軽く笑い合った。
『しかし、すももには関係ないのに怖い思いさせちゃったな。俺が謝る……ってのも
、ネタがばれちゃうから出来ないし。歯痒い』
「すももちゃんだって、特にそんなこと思ってないわよ」
『そうなんだけどな……あ、そうだ。もう直ぐあいつ、誕生日だよな? 今年の誕生
日プレゼント、少しだけ奮発するか』
「うん、その位でいいんじゃないかしら」
『よし、そうと決まったら何欲しがってるか、リサーチ頼むな。――うん、決めた。
当日は俺、家に帰って直接プレゼント渡すわ』
「お仕事の方は大丈夫なの?」
『もう直ぐ一段落つきそうなんだ。これが終われば日本に戻れるから、その時に』
「ふふっ、それじゃそれも楽しみにしてるわね」
『おう』
 その後も、久々の会話は弾む。
「――大義くん」
『うん?』
「最近の雄真くん、大義くんに凄い似てきたわ。もうソックリ」
『……そっか』
 電話先の相手のその短い一言は、とても嬉しそうな声での一言だった。


彼と彼女の理想郷
LAST SCENE  「そして、彼女の理想郷で」


「でもさ、楓(かえで)さんも水臭いよね〜」
 瑞穂坂学園内ファミレス・Oasisの裏手。あまり人が来ないその場所に、二人の人影。
「こっちに来てるなら、一言連絡くれてもいいのにさ」
 一人はOasis専属パティシエール、沖永舞依。
「別に、あなたに報告する義務も義理もありませんから」
 そしてもう一人、楓と呼ばれたその女。細身で、身長は女性にしては高い方。そして左腕に――小型の、円形のシールド。
 要はあの「魔法使い狩りの夜」の時に小雪を助け、姫瑠がFortunate Magicalandに単独で向かっていた時に不意に現れた、あの「誰かに似ている」女だった。
「ちぇっ、相変わらず連れないなあ、楓さんは。――それで? 何か目ぼしい物でも手に入った?」
「特に何も。――磯根泰明は日本の魔法協会に拘束されましたし、間もなく「ART」の後遺症で精神病院行きでしょう。その他、入手ルート等に関しての情報は全て消されていました。――今回、それ程までに大きなものが手に入るとは思っていませんでしたから、大方予想通りの展開です」
「大方予想通り、か……相変わらず楓さんはクールだよね。全然予想通りの展開じゃなかったはずなのに」
「何がです?」
「だってさ、実の――」
「私の私的な事情は今回の事件、及び私が日本に来ている目的とは無関係です」
 何を言われるのかいち早く察した楓は、表情一つ変えず舞依の言葉を途中で止める。
「まー、そのことは流石に……としても、ちょっとだけ手を貸してたでしょ? どういう風の吹き回し?」
「あの程度のことに理由も何も。それに、あなたにそれを指摘される筋合いはありませんが? あなたの方が余程手を貸したり身分を明かしたりしたらまずいのではないのですか? 今回、一部に自らの身分さえ明かしてますよね?」
「んー、まあそうなんだけどさ。見てたら、ちょっと手伝ってあげたくなっちゃって。ほら、あの子達純粋に頑張ってるじゃない? 色々と。昔の自分には無かったものだからさ、その分も含めてちょこっと」
「…………」
 生まれる数秒の沈黙。そして、
「――本当に、それだけですか?」
 次いで出た言葉は、疑りの言葉だった。
「あなたの言っていること、一見筋が通っているようにも聞こえます。でも私には今回の件、あなたがあの方々を最終的に利用する――自らの目的の為に、利用する為の布石、第一歩にしか見えない」
「そんなことないって。ただ、普通にお気に入りなだけ」
「――だと、いいですけど、ね」
「うわ、まだ疑ってる」
「あなたを心底信じろ――という方が、申し訳ないですが、無理がありますので」
「うーん……ま、気持ちはわかるか」
 仕方が無い、といった感じで、舞依は軽く肩をすくめた。――直後、会話が終わったとばかりに、楓が歩き出す。
「あ、楓さん。これから、どうするの?」
「――しばらくの間、日本に残るつもりですが。色々ありますので」
「ホント? それならさ、機会が出来たら食べに来てよ、私のケーキ。楓さん、まだ食べたことなかったでしょ?」
「あのですね……私が、あなたのお店に行けば――」
「そう言い出すと思って、こんな物用意してみました」
 舞依は楓の反論、そしてその中身を予測済みだったようで、後ろでに隠していたものを、前に出す。
「私の新作を含めてお勧めのケーキ、何個か入れておいたから。ドライアイスも入ってるから、安心して」
 要は、お持ち帰りように最初から準備していたのである。
「楓さん、ケーキ嫌い?」
 最初は呆気に取られていた楓だったが、その舞依の問い掛けに、ふっと苦笑する。
「年頃の女性の平均値程度なら、好きですよ。ありがたく頂きます。――あなたには、負けます」
 そう言いながら、舞依からケーキの入った箱を受け取った。
「それじゃね、楓さん。また」
「ええ。――出来れば、また「平和な所」で、逢いたいものです」
「その時は、ケーキの感想宜しく〜」
 そう挨拶を交わすと、舞依はOasisに、そして楓は反対方向、学園の外へと歩いていく。――楓はしばらく歩いていると、やがて通りに一人の人影。大木に背中を預け、本を読んでいたが、向こうも楓の姿を確認すると、本を閉じる。
「先ほどの彼女は、楓君の知り合いかい?」
 腰の辺りまで伸びた黒い髪をなびかせ、その女はそう問い掛けながら楓に近付いてきた。
「ええ、そんな所です」
 二人はそのまま隣り合わせで歩いていく。
「不思議なオーラをまとっていたね。中々興味深い」
「あまり、あの人には関わらない方がいいですよ」
「危険な存在――そう認識して、構わないのかい?」
「ええ。正直、怖いです。何を思っているのかわからないし、底が知れません」
「この私よりも怖い、と?」
「久琉未(くるみ)さんの怖い、とはまた違う意味で怖い人です、彼女は」
「そう。――君がそう言うなら、相当なものだね」
 口ではそう言いつつも、女は笑みを浮かべ、少し楽しげにそう答えた。
「そういえば、久琉未さん、結局今回は手を出しませんでしたね」
「ああ。私は日本に行くように言われただけで今回の件に関しては特別指示は出ていなかったし、何より事件そのものに興味が持てなかった」
「興味、持てなかったんですか?」
「結果が見えてたよ。力に溺れた人間の行く末など、大体が同じさ。しいて言うなら――あの男を倒した人間達と、この街には興味が沸いたかな。明確な指示が出るまでは、ちょっと色々見てみようかと思うよ」
「あまり、前に出過ぎないようにした方がいいですよ」
「君はもう少し色々な物に興味を持った方がいいな、楓君。私達もいつまでも若くない。今この時は一瞬だ」
 挑発するような笑みでそう告げてくる久琉未に、楓は呆れ顔でため息をつく。
「まあ、安心してていい。もう直ぐ司令官もこちらへやって来るようだし、「必要以上に」余計な真似はしないさ」
「司令官が……?」
「君はまだ聞いていないのかい? 春頃を目処に、日本に来るようだよ。――私と楓君がいるのに、わざわざやって来るってことは」
「日本に、何かある……と?」
「可能性は、高いのかもしれないね。――なあ、楓君」
「何ですか?」
「私達は、最終的に、彼らの味方になれるかな? それとも――敵に、なるのかな?」
 その問い掛けに、生まれてしまう沈黙。
「――そんなこと、わかるわけないじゃないですか。私達は私達の目的を果たす。ただ、それだけです」
「うん。――そうだね」
 二人は、そんな会話をしながら、歩き続けていった。


 連れられて、建物を出る。――空は、雲一つない、晴天だった。心も何処か、清々しい物になる。
「あの車だ」
 そう横の男に促され、そちらに向かって歩き出した――その時。
「亮輔」
 聞きなれた声に、光山はその方を見ると――
「――来てくれたのか」
 そこには、リザ=レイアードを中心に、ナンバーズ、総勢九名の姿が。
 ――光山も、磯根泰明と同じく今回の事件に大きく関わった人間として、身柄を拘束されていた。泰明程重くはないだろうが、裁判等を通じて、実刑を受ける。
 その移動のまさにその時に、ナンバーズが全員で姿を見せたのである。
「最後に、こうして君達全員の姿をこの目に焼き付けられるとは思わなかった。ありがとう。――リザ」
「何かしら?」
「こんな僕が言うのも変な話だが、約束してくれないか。――ナンバーズを、君の手で、全員の手で、今以上の物にしていってくれ。僕が居た時以上の物に、していってくれ」
「そんなこと、あなたに言われなくても」
「そうか。――そうだな。君ならそうだな」
 そう言って、二人はお互いに笑い合った。
「隊長」
 そう切り出して、一歩前に出たのは、NO.]、北澤陽平。
「今回の事、凄い残念です。――でも俺、今まで隊長に教わってきたこと、忘れませんから」
「私も……忘れません、隊長」
「うんうん、大切なこと、沢山教わったもんね〜」
「ま、隊長の教えがなかった俺達、今回こうして勝てなかったかもしれないわけだしね」
 陽平の一言を封切りに、皆が想い想いの言葉――感謝の言葉を、口にする。
 光山は、慕われていた。ナンバーズの隊長として、そして一人の人間として。今回の事件を越えて今もなお何処か揺るぐことのなかったその信頼は、彼の今までの活躍を、人柄を十分に示す証拠でもあった。
「ありがとう、みんな。――僕も、君達に決して今まで間違ったことは教えていないつもりだ」
 いつしかその光山の目は、隊長だった頃の、凛として、それでいて優しい目になっていた。
「僕はもう、君達と同じ道は二度と歩けない。でも、この先ずっと、僕は一時期でも君達の隊長という立場に居られたことを、誇りに思って生きていくよ」
「隊長……」
「今回の件、本当に迷惑をかけた。謝って許されることじゃないが、それでも謝らせて欲しい。――すまなかった」
 光山は、全員に向かって、ゆっくりと頭を下げる。
「そう思うのならば、早く罪を償って――残りの人生、自分自身の為に生きて、亮輔」
「ありがとう、リザ。――最も、一部の人間には今回の騒動、感謝して欲しいところもあるけど」
「? 一体誰が感謝なんて――」
「タカ、とぼけるつもりか?――任務前と今と比べて、こうして全員と並んでいる時に、随分とクリスとの距離が近くなったように僕は見えるけど?」
「……あ」
 ふっと全員が注目すれば、クリスは完全にタカに寄り添うように隣に立っていた。無論部隊の整列にしては近すぎる距離。
「い――いや、これはその、あの、つまり、話せば長いことながら!!」
「いーっていーって。今更別に驚かない」
「というか、何であと一歩前に出ないのかじれったい位だったからねえ」
「フン、仕事中に必要以上にいちゃつくなら、容赦なく修正してやるからな」
「おめでとうございます、タカさん、クリスさん」
「お似合いですよ、二人共」
「式の予定が決まったら早めに報告しろ。スケジュール管理が大変だからな」
 思い思いの祝福の言葉に、タカは慌てる一方。
「だから、そのだな!!――ってお前も何か言えよ!!」
「何を?――今更否定することもないじゃない」
 クリスは何食わぬ顔のまま、その立ち位置を変えず、タカの腕をしっかり掴んでいるので、タカは逃げることも出来ず。――その場が、笑いに包まれた。
「さてと。――それじゃ、僕は行くよ」
「ええ。――亮輔」
「うん?」
「何年先でもいい。――いつかまた、お茶でも一緒に飲みましょう。友人として」
「ああ。――ありがとう」
 その言葉を最後に、光山は背中を見せ、促された車に向かって歩いていく。
 ナンバーズの九人は、その光山が車に乗り、そしてその車が見えなくなるまで、その場で見送っていた。


「――久しぶり、だね」
 第一声は、そんな言葉だった。――最も、そう語りかけても、目の前の墓石は何か返事をしてくれるわけではなく。……七瀬香澄はそのまましゃがみ、持ってきていた花をそっと置くと、手を合わせ、ゆっくりと目を閉じた。
「全然、顔見せないで悪かったね。――その、何だかさ、ここへ来て、あんたが死んだって認めるのが嫌でどうしても行けなくてさ。情けないよね、笑っちゃうだろ?」
 そう言って香澄はコンビニの袋から缶ビールを二本取り出し、一本を墓前に置き、一本は自ら蓋を開け、「かんぱーい」と言いながら墓前に置いた方の缶と乾杯を交わし、飲み始めた。
「あたしもさあ、堂々と酒飲んでもあんたに怒られない年齢、とっくに過ぎちまったよ。――あんたつまんない所で硬かったからねえ。滅多な事じゃ一緒に飲んでくれなかった」
 当時を思い出し、香澄は笑う。
「――面白い奴らに、会ったよ」
 そして、今日報告する予定だった、本題に入る。
「まだまだ青臭い餓鬼共でさ。言ってることは何処か夢見がちな馬鹿ばっかなんだけど、その馬鹿を押し通す熱い奴らだった。それに――そんな青臭い馬鹿の癖に、あんたの目と同じ目、してるんだよ。驚いた」
 Oasisで、初めて会った時のことを、思い出す。
「最初はさ、もうあんたに直接会いに行こうかと思ってたんだけど、面白そうだから、もうちょいあいつらに付き合ってみることにしたよ。あたしが仲間なんだと。あたしがだよ? 馬鹿だよねえ、ホントに」
 あははっ、と笑いながら持っていた缶ビールを一気に空ける。
「――そういうわけだから、感動の再会はもうちょい先になりそうだ。ごめんね。ここへはこれからはちょくちょく来るからさ。――じゃ、またね」
 そう告げると、香澄は立ち上がり、その墓に背を向ける。

『だから、言ったじゃねえか。――お前が望めば、もう一人になんてならないで済むって』

「!?」
 バッ、と振り返る。――勿論そこにあるのは、つい先ほどまで自分が話しかけていた墓石しかない。周りにも人はいない。自分以外の人の声など、聞こえてくるはずもないのだ。
 だが、その声は確かに香澄の耳に届いていた。――懐かしい、耳に馴染んだ、声だった。
「……ったく、死んでもあたしをそうやってからかうのかい、あんた」
 気分が落ち着くと、再び香澄は笑う。――あいつらしい、と。
「ああ、そうそう、言い忘れてた。――あたし、もうあんたのことで、泣かない」
 最後に香澄は、墓石に背を向けたまま、そう切り出した。
「いい大人が何今更言ってるんだ、って話だけどね。――もうあんたに、泣き虫だなんて、言わせないよ、あたし」
 いつも何処かで泣いていた。いつも何処かに影があった。でも、今の自分にそんなものはなかった。あの頃と同じ、とても晴れやかな気分だったのだ。
「じゃ、ね。――バイバイ、ユージ」
 そして香澄は、そのまま振り返ることなく、その墓を後にしたのだった。


 その人気のない見晴らしのいい場所に、「彼女」は居た。――さて、何と言って声をかけようか、と悩んでいると。
「――あ」
 俺は、「彼女」の動作で一つ、気になる点を発見。それをきっかけにすることにした。
「その様子からするに、ココアが好きっていうのは演技じゃないみたいだな」
 その俺の声に反応し、ゆっくりと振り返ったその顔は、驚きに溢れていた。
「小日向……」
「元気そうだな、安心したよ、琴理。――安心しろ、ここに来てるのもお前が生きてるのを知ってるのも、俺の仲間の中じゃ俺一人だけだ」
 未だ驚きの顔のままの琴理の手には、自販機で買ったと思われる、ココアの缶が。――春姫対姫瑠五回勝負第三回戦、ケーキ作り対決後、俺と話した時に選んだ物と同じだ。それはつまり、ココアが好きなのは演技ではない証拠であって。
「言っておくが、最初の頃お前と話していた時のあの丁寧な口調も、別に演技じゃないんだぞ?」
 気分が落ち着いたのか、琴理は軽く笑いながらそう言ってきた。
「――そうなのか?」
「そもそもの私の口調はあっちだ。今のこの口調は魔法使いとして鍛練をするようになってから身についたものだ。戦闘の訓練の時、それからISONEの連中と話す時、あの口調は気が入らないというか、しっくりこなくてな、自然とこの口調が身についた。それで最終的に使い分けられるようになったんだ。性格が変わるわけじゃない。どちらの私も本当の私。根っこにあるものは同じさ」
「そっか」
 つまり、俺に姫瑠のことを相談してきた琴理は本物ということになる。――安心するというか、嬉しい。
「――何ニヤニヤしてるんだ?」
「え? いや、別に――」
「ハハハ、済まないな、葉汐琴理。――我が主は基本いやらしいことを考えているのでな。それがつい顔に出てしまうんだ」
「何処の変態だよ俺は!?」
 俺とクライスのいつものやり取りに、琴理が笑う。決していやらしいことを考えていたわけではないが……でもまあ、顔に出る位嬉しかったのは事実だ。
「ったく……ああ琴理、隣、座っていいか?」
「ああ」
 琴理の返事を聞くと、俺は琴理の横に腰を下ろす。
「どうして……私が生きてること、お前だけが知っていたんだ?」
 直後、琴理の口から出たのは俺への質問だった。――まあ無理もない、あの状況下、普通は生きてるなんて思わない。というか俺も最初は思ってなかったし。
「お前を助けてくれた人ってのが、母さんの知り合いらしいんだ」
「御薙鈴莉の……?」
「ああ。で、俺は母さんから生きてるわ、って教えて貰って、今に至る」
「成る程……な」
 そう、俺は母さんに教えられて、この場に来ている。――来ているのだが。
「でも実際、どうしてお前生き延びれたんだ?」
「え?」
「確かに俺、母さんに教わってここに来てるんだけど、具体的なこと何も知らないんだよ」
 そう、俺は琴理が生きている、ということを母さんに教わっただけで、どうして助かったとか誰か助けたとかは何も知らなかった。知りたくなかったわけでは無論ないのだが、母さんに上手い具合にはぐらかされて結局知らないままここにきていたのだ。
「――私も、あの時は死を覚悟していた。死ぬつもりだったんだ。でも……」


 ――少しずつ、感覚が、意識が戻ってくる。死後の世界など知らないので、ここが天国だ地獄だ、と言われたら信用していたのかもしれない。
「……っ……?」
 だが、ゆっくりと目を覚ました琴理の目の前には……
「だいじょうぶ?」
 そう、問いかけてくる少女が一人。年齢は自分と同じか、一つか二つ下か。意識がハッキリとしてくれば、彼女が自分に治癒魔法を使ってくれているということに気付くのに、そう時間はかからなかった。
 どうやって自分を助けたのか、どうして自分を助けたのか、そもそも何者なのか――数々の疑問が、次いで口に出そうになった、その時。
「心配いらん。――そいつは、俺の連れだ」
 そんな声がした。――ゆっくりと起き上がり、声がした方を見ると――
「お前は……」
 片目に黒い眼帯をし、煙草を吸っている男が居た。――ゼロである。
「レジスト・バレットでクロスカウンターでレーダーを破壊する、というのは間違いじゃない。――だが、君のワンドはハンドガンタイプ、攻撃力はそう高くはない。撃った所で、ダメージは与えられるが完全なる破壊は無理だ」
「でも、確かにレーダーは――」
「少し、手伝わせてもらった。――俺のワンドだ」
 そう言って、ゼロが背中から取り出したのは、全体に装飾が施された、銀色のライフルだった。――要は、現場から離れたこの場所から、ゼロは琴理と同じくレジスト・バレットで、琴理よりも数段攻撃力が高い自らのライフル式のワンドで、狙撃したのである。
 同時に、今琴理に治癒魔法を使っている「連れ」が、琴理を救出。今に至っていた。
「どうして……わざわざ、私を……?」
「基本的にはついでだ。出来損ないとはいえ、最初からアレは破壊するつもりだったからな。――ただ……」
 そこで一旦ゼロは煙草を携帯用の灰皿に押しやった。そして再び口を開く。
「――ただ、俺は個人的にどうしてもハンドガン使いという人種に縁があるらしい。君を助けられたのも、そんなところだ」
 ゼロはそう言いながら軽く苦笑した。――琴理にしてみれば、初めてゼロに人間らしさを感じた、そんな表情だった。
「――世の中は綺麗事だけじゃ生きてはいけない。自己犠牲が必要な時もある」
 だがそんな表情を見せたのもほんの一瞬で、再び口を開くと同時に、普段の表情にスッと戻っていた。
「人間は、死ぬことよりも、今この時を生きることの方が難しい。死ぬのは簡単だ。生きる方が余程辛く――そして、重要なことだ。生きること。ただ日々を、この瞬間を生きること。それが、何よりも重要なことなんだ。忘れるな」
 琴理は気付けば、何もかもを忘れ、ただゼロの言葉に、耳を傾けていた。
「生きていけ。――復讐を選ぶほどに色々な感情を見た上で、君は犠牲を選ぶほどに決意を固めた。そこまでして守りたいと思う人間がいるのならば、生きていけ。その人間の為じゃない。――自分の為に。自分の為に、生き延びろ」
 そこまで言い切ると、ゼロは横に立てかけていた自分のライフルタイプのワンドを再び背中に回し、立ち上がる。
「待ってくれ。――あんたは……何者なんだ?」
 その琴理の問い掛けに、ゼロは再び苦笑する。
「全て終わったと思っていたが、神はまだ俺の罪を許してはくれないらしい」
「……え?」
「君がこの先、進む道次第では、俺のことを知る日が来るだろう。その日が来るまでは――俺のことは、知らない方がいい。出来ることならば、忘れて生きろ。――最も、俺は君がそんな道に進まないことを願うがな」
「…………」
「元気でな、若きハンドガン使い。――行くぞ、小春(こはる)」
「うん。――ばいばい」
 ゼロに促されると、小春、と呼ばれたゼロの連れはそう琴理に挨拶をすると、タタタタ、と小走りでゼロの横に並ぶ。
 琴理は、そんな二人の姿が、背中が見えなくなるまでただそこで見送っていた。


「黒い眼帯の男、か……」
「ああ。――その時の前にも一度会っているんだが、普通じゃない。住んでいる世界が違う。生きている次元が違う。同じ人間とは思えない圧倒的な存在感を感じた。――私があの男に関してわかるのは、その位だ」
 きっと母さんはその男の人が何者だか知っている。でも――素性を、教えてはくれないだろう。今の俺達が、知っていい話じゃないんだろう。そんな気がする。
 そこで、一旦俺と琴理の会話が途切れる。琴理が軽く持っていたココアを口に運ぶ音がする。
「お前、こんな所で一人で居て、誰にも何も言わないでこれからどうするつもりだったんだ?」
 その空白は、本題へのインターバルだと思った俺は、その質問を琴理にぶつける。
「アメリカに戻って、父様のことを整理しようと思ってる」
「お父さんの……?」
「ああ。形見とか形に残っている物もそうだが、父様との思い出の場所や、お世話になった人の所も回って、心情的にも一度全部整理したい」
「それが……終わったら?」
「アメリカで魔法使いのライセンス……Classか、それを取得しようと思っている。折角才能が開花したんだ、無駄にはしたくない」
「…………」
 そんな答えを俺が聞きたがっていないこと位、琴理はわかっているだろう。――でも逆に俺が求めている答えを言わないってことは。
「もう……姫瑠には、会わないつもりなのか?」
「…………」
 その無言は、痛い位に俺の耳には肯定に聞こえてしまう。
「何でだよ……もう、二人の間に蟠りなんて」
「違う。――そういうことじゃ、ないんだ」
 俺の言葉を遮り、琴理が口を開く。
「小日向。――私は、もう二度と姫瑠に会わないと言ってるわけじゃない」
「? どういう意味だよ……?」
「リセットしたい。――何も無かった頃に戻して、何もかもをやり直したいんだ」
 フッと琴理の顔を見ると――とても晴れやかな顔をしていた。
「いつからか、私は自分が進むべき道を見失っていた。姫瑠の優しさに甘え、父様の幻影に縛られ、自分の意思だけで前に進むことをしなくなってた。でも……それじゃ駄目だって、わかったんだ。生きるっていうのは、そういうことじゃないって、わかったんだ」
 俺は黙って、琴理の言葉に耳を傾ける。
「だから私は、何もなかった頃に戻って、姫瑠との思い出も全部無くして、また一から、自分だけの力で歩いてみようと思う。そして、本当に運命という物があるなら、そうして歩くその過程の何処かにきっと姫瑠と出会える場所がある。そこでもう一度出会えて、初めて私は、自分だけの力で、姫瑠の手を取れる。姫瑠の横に立つ資格を持てる。――そんな気が、してるんだ。それが、私なりの、けじめだ」
「……そう、か」
「なあ、小日向。――お前に、頼みがあるんだ」
「うん? 俺にか? 出来る範囲内なら聞いてやるぞ?」
「大丈夫、お前になら絶対に出来ることだ」
 そう告げる琴理の顔は、とても優しい笑顔で、
「小日向。――姫瑠のこと、宜しく頼む」
 そう告げる琴理の短い言葉は、優しさに溢れていた。
「琴理……」
「あいつは強くない。昔から、ずっと寂しがりやだった。私が消えてしまうこと、きっと重く受け止めてしまうだろう。だから、そんな想いを吹き飛ばしてしまう位の楽しさを、優しさを、姫瑠に注いでやって欲しい。私という傷が重みが、あいつの中から消えるまで、精一杯の愛情を、注いでやってくれないか。――恋人になってくれ、なんてことは言わない。それでも……仲間の為に命を張れるお前なら、出来るだろう? あいつをいつまでも、お前達の輪の中に入れてやってくれ。蓄積した時間の差など、気にもならない位に」
「…………」
 俺の感じた感覚は、間違いじゃない。その言葉、口調こそ違えど、結局はケーキ作り対決の後、相談された時の内容と同じ。あの時から――琴理の姫瑠を思う友情は、本物だったんだ。
 そんな琴理は、自分自身の力だけで、最初から歩き直したい、そう考えている。全てを一度切り捨てることで、初めて自分はやり直せる。そう、考えている。
「わかったよ、琴理。――お前の頼み、聞き遂げた」
「――ありがとう、小日向」
 だったら、俺は――その琴理のほんの少しの勘違いを、訂正してやればいい。
「ただし、条件がある」
「……条件? 何だ?」
「俺、お前に一つだけ、嘘ついたんだ。――それを許して欲しい」
「嘘……? 一体どんな」
「最初に言ったよな? 「ここに来てるのもお前が生きてるのを知ってるのも、俺の仲間の中じゃ俺一人だけだ」って。――あれ、嘘だから」
「それが嘘……って、まさか――」
 ゆっくりと、振り返る琴理。振り返った、その先には――
「姫瑠……」
 今までの俺と琴理の会話を全て聞いていたであろう、姫瑠が涙目で、そこに立っていた。――要は最初から俺は姫瑠を連れてきており、琴理に本音を吐き出させる為に、いないことにしておいたのだ。
「……嫌だよ」
 ゆっくりと――姫瑠が、言葉を紡いでいく。
「琴理との思い出が全部無くなっちゃうなんて……また最初からなんて……私、嫌だよ……!!」
「でも……私は……」
「何があったって、琴理は大切な友達だもん!! 雄真くんが作ってくれる輪の中に、琴理だって一緒に居てくれなきゃ、私は嫌だもん!! 嫌いになんてならない!! けじめなんていらない!! ずっと、ずっと大好きだから!!」
「姫、瑠……っ」
「お前さあ、もうちょい自分に甘くなれよ」
 仕方が無いので、俺はこの頑固者に、ちょっとだけアドバイスをする。ほんの少しの勘違いを、今この場で訂正してやる。
「自分自身の足で歩かなきゃいけない、自分の力で歩いてこそ意味がある。そう思ってるんだろ? なら、そう思った時点で、もうお前、自分自身の道で歩いてるんだよ。だからさ、最初からやり直す必要なんてねえよ。今この場から、新しく自分で道作ればいいじゃん。その近くに、姫瑠が居たって――それが自分で選んだ道なら、自分で決めた、自分自身で歩く道なら、それでいいじゃんか」
 そう。もう琴理は、自分自身で歩き始めている。その道の近くに、姫瑠が居ちゃいけない理由なんて、何処にもないのだ。
「私は……私は、あんなに酷いこと、したんだよ……? 大切な友達だったのに、あんなに酷いこと、したんだよ……?」
 涙を流しつつもしっかりと姫瑠を見つめ、琴理は口を開く。
「わかってたのに……姫瑠が、私のことどう想ってくれてるかって、わかってたのに、あんなことしちゃったんだよ……?」
 言葉が途切れないままの琴理に、姫瑠が一歩一歩、近付いていく。
「私は……私は、私はね……私だって……私だって――」
 そして、姫瑠がもう目の前に辿り着いた、その時。
「私だって……ずっと大好きに、決まってるよ……!! 世界で一番の、友達だって思ってる……!! 何もなかったことになんて、出来るわけない……!!」
 本音を、純粋なる本音を、ついにぶちまけた。その涙を隠すかのように、琴理はそのまま姫瑠に抱きつく。
「ごめん……ごめんね、姫瑠ちゃん……!!」
「うん。――友達だから、琴理だから、許しちゃうから……」
 一方の姫瑠は、涙を流しながらも、とても穏やかな笑顔で。
(……よかったな、姫瑠)
 俺はそう目で姫瑠に合図をすると、一人その場を後にしたのだった。


 そして日は巡り、四月になり。――俺の視線、数メートル先には、かなりの人溜り。まあ無理もない。誰もが気になって仕方が無いことだからな。
「お前は、見に行かなくていいのか?」
「クライス。――そりゃ気にはなるけど、もうちょっと空いてからでいいよ。あんな揉みくちゃじゃ落ち着いて見れないだろ」
 思えば一年前、ハチ、準とで肩車までして見たのが懐かしい。――もうあれから一年も経ったのか。
「雄真くーん!!」
「っ!?」
 とその時、俺を呼ぶ声。同時に聞こえてくる走っていると思われる足音。――段々この展開にも慣れてきた。どっちだ、どっちに避ければいい!?
「雄真、ここは左だ」
「左だな、よし!!」
 クライスの的確な指示の元、サッ、と左に避けると。
「きゃー♪」
「のわー!!」
 そのまま、満面の笑みの姫瑠さんに抱きつかれてしまいました。
「やったやった!! ついに雄真くんが私を受け止めてくれた!!」
 そう、ついに俺は――って、違う!! ちょっと待て!!
「違えよ姫瑠!! ってかクライス!? お前左って言ったよな!?」
「ああ。左に動けば素敵な抱擁タイムが待っているぞ、という意味だったんだが。――普通、美女に抱きつかれる方を教えてやるに決まってるだろう?」
「アホー!!」
 しまった、クライスの言うことをストレートに信じた俺がまだ甘かったのか。……というか、
「とりあえずお前は離れろよ!?」
「うーん……あと五分……」
「俺の抱擁は起床かよ!? てか五分抱擁だと長過ぎだ!!」
「じゃあ、四分五十九秒」
「妥協一秒だけかー!!」
 というかそんなこと言っている間にも余裕で一秒以上経過するぞおい。
「で? ホントに何があったんだよ?」
 俺は無理矢理に姫瑠を引き剥がし、事情を尋ねる。
「新しいクラス名簿、早速見てきたの」
「あの人ごみの中突入して、確認して、もう戻ってきたのか」
 そう。あの人ごみは、三年生になった俺達にとっての最初の重大発表、クラス名簿が大きく張り出されている所だったのだ。
「それでね、見事な程に私と雄真くん、同じクラス!!」
「おー、そっかそっか」
 そう俺に報告する姫瑠の顔は、本当に嬉しそうだった。
「そして、私も同じクラスだよ、雄真くん、姫瑠さん」
 と、そこに笑顔で近付いてくるのは春姫だ。
「おっ、春姫も同じクラスか。やったな」
「うん。また一年間、一緒だね、雄真くん」
「おう。――にしても、あれだけ噂になってたのに、この三人がひとまとめになるか」
 母さん辺りがもしかしたら裏で手を引いているのかもしれない、と本気で思う俺だった。

 ――姫瑠は、パパさん……真沢元志朗さんとの話し合いの結果、日本にこのまま残れることになり、俺達と一緒に瑞穂坂学園で三年に進級した。
 真沢さんとの話し合いの場に、俺は参加していない。俺の出る幕じゃなかった。姫瑠によれば、決定打を撃ったのは――他でもない、琴理だったとか。
 琴理は、話し合いの途中に、不意に姿を現し、

『私は――まだ、父様の本当のことを隠していたことに関して、あなたのことを許すことはもうしばらく出来そうにありません。だから、私には今後気を使わないで結構です。だから――その分の愛情を、姫瑠ちゃんに注いであげて下さい。――私からは、それだけです』

 ――と、それだけ真沢さんに告げると、すぐにその場から去ったらしい。
 その後、具体的にどんな雰囲気で会話したか、までは姫瑠は言わなかったが、察するにいい方向に一歩前進したと思う。そんな表情をしていた。この調子で行けば、心底分かり合える日もそう遠くはないだろう。
 結果、前述したように、姫瑠はそのまま日本に残ることに。父親のことを整理しに一時的にアメリカに戻った琴理とは、無論定期的に連絡を取り合っているようだ。――俺もこの前、無理矢理電話を渡され、会話をしたのだが、その時に、

『小日向。――お前に、会えてよかった。……ありがとう』

 そんな事をいきなりストレートに穏やかな口調で言われ、どぎまぎしていたら「実は琴理にも手を出したんじゃないか」疑惑が流れ、姫瑠と何故か春姫にまで正座させられ、弁明するのに苦労した、というのは余談だ。……余談なんだってば。
 流石に小日向家で暮らし続けるわけにもいかなくなったので、姫瑠は現在は学園女子寮にお引っ越し。春姫を家事全般の師と仰ぎ、弟子入り。指導を受けつつスキルアップの日々を送っている。
 そうそう、それで思い出すこと、日本に残ることになった姫瑠の変わった所。――知らない間に、春姫と随分と仲良くなっていたことだ。弟子入りし、直接指導を受けている点もそうだが、それ以外にも普通に仲良く喋っている所を最近は目撃するようになったし、この前なんか二人で普通にショッピングに出かけたそうだ。――何があったのか俺にはわからないが、二人は完全にとても仲の良い友達になっていた。出会った頃、俺を巡っていがみ合ってた頃とは大違いだ。
 だから、もう春姫、姫瑠、俺の三人で居ても、特に不安はない。一度壊れたと思われた俺と春姫の仲も結局は元通りにしたし(これには香澄さんに感謝だが)、三人同じクラスになっても、きっと問題なくやっていけるだろう。
「雄真くん」
「うん?」
 と、そんなことを思っていた、その時だった。姫瑠に呼ばれ、そちらを向いた瞬間――
「んっ」
「ん……んううう!?」
 俺は、姫瑠に、唇を奪われていた。属に言うあれだ。接吻だ。キスだ。マウス・トゥ・マウス。――って待て待て待て待て!!
「……(ぱくぱくぱくぱく)」
 茫然自失のまま、口をぱくぱくとさせている春姫。
「ちょっ……な、なっ、なんだよ、これは!? 姫瑠!?」
 動揺丸出しの俺。――まあ、いきなりこの状況下でキスをされ、動揺しない奴などいない。……で、肝心の姫瑠と言えば、不敵な笑みを浮かべ、
「宣戦布告っ!」
 ビシッ、と春姫を指差す。
「五回勝負、確かに私が負けたから、雄真くんに相応しい女の子の称号は、春姫が持ってる。――でも、私には一年間の新しい猶予が出来た。その一年間、丸々掛けて、もっと自分を磨いて、雄真くんのこと、「落とす」って決めたから。一年間、平和にイチャイチャなんてさせてあげないからね! 今度こそ、雄真くんの存在そのものを賭けて、勝負するって決めたから!」
 ババーン、というエフェクトが似合いそうな勢いで、姫瑠は高らかに宣言すると、
「で、今のキスが、私と雄真くんの新しい物語のは・じ・ま・り。じゃね!」
 そう俺にウインクをして、ダッ、と駆け出す。
「ちょっ……ま、待って姫瑠さん!! そんなの、私聞いてない!! ねえ、ちょっと!!」
 そして、口パクから復活した春姫が、その姫瑠の背中を追って、走り出す。
「やれやれ……」
 残された俺は、苦笑するしかない。――やっぱり、前途多難かな、この一年間も。
「……でも」
 でも、フッと思う。琴理とも改めて仲良くなり、春姫とも仲良くなって、俺の仲間達との蟠りも微塵も無くなって、姫瑠は今、この瞬間を満喫している。
 姫瑠は今、一ヶ月前自分が夢見ていた世界を、自分の力で手に入れたんだ。
 友達が居て、仲間が居て、学校へ行って、勉強して、遊んで、時には喧嘩して、でも直ぐ仲直りして、みんなで笑い合って。――大切な人達に、囲まれて。
 そんなささやかな世界が、彼女が手に入れた――彼女の、理想郷。


「彼と彼女の理想郷」最後までお付き合い頂き、ありがとうございます。
筆者のワークレットと申します。
最終回に至って、最後にあとがきという形を取らせて頂きたいと思います。

『コンセプト』
一言で言ってしまえば、「神坂春姫エンド後が強調された話」。
前々作「ハチと月の魔法使い」、前作「この翼、大空へ広げた日」は物語の主軸になっている部分は別に春姫エンド後じゃなくても書ける話なんですよね。それこそ杏璃エンド後でも小雪エンド後でも。
なので、折角春姫エンド後の話を書き続けているので、それを強調する話が書きたいな、と。
で、それが強調されるのはどんな話か、と考えた所、やはり注目したのが「春姫の雄真に対する依存度の高さ」でした。それを元に、物語を構築していったんです。
たとえばこの話が杏璃エンド後だったとしたら、確かに五番勝負等は起きる可能性はありますが、途中あそこまでドロドロした話にはならないでしょう(苦笑)。

それから別の意味でのコンセプトとして、「オリジナルストーリーへの入り口」というのが。
前作に比べ、今回はやけにオリジナルキャラが登場してきています。
原作「はぴねす!」からは離れていく、ワークレット独自の「はぴねす!」ストーリーの完全なる入り口が今作になるかな、と。
そんな考えも含め、今作は書かせて頂きました。

『オリジナルキャラクター』
・真沢 姫瑠
メインヒロイン。大義の計らいで小日向家へ転がり込む雄真の自称婚約者。
雄真と再開したての頃は、過去雄真が友人になってくれたこと、また「年頃の有り触れた生活が送ってみたい=男の子に恋がしてみたい」という想いから、自分は雄真が好きなんだ、と決め付けてアプローチを続けますが、段々と雄真の人間性に触れていき、Scene6、ダンス対決の帰り道を決め手に雄真のことを本気で好きになり、アタックを続けていって、そして……という設定でした。
あのストレートなアタックは、原作はぴねす! で選べるヒロインには居ないタイプなので、結構新鮮だったのではないでしょうか(笑)。
性格は明るい頑張り屋さん。強い子ですが、人との触れ合いという経験が薄い為に要所要所ではかなりナイーブな所も……
前作のメインヒロインだった楓奈が、前作時メインヒロインの割には登場の割合が非常に低かったので、今回はメインヒロインである姫瑠は全面的に出そうと決めていました。
今回は前作に比べれば随分感情移入しやすかったとは思います(笑)。

メインヒロインの割に、設定が決まるのが非常に遅かったですね。
この人は唯一、初期設定とは性格が大幅に変わってしまった人です。
初期設定では比較的大人しい感じで、口調も穏やか。性格も相当なドジっ子さんで、魔法使いとしての才能もないわけではなかったのですが、能力にバラつきがあってピンポイントで暴走、みたいな。
……ですがその穏やかな口調にしてしまうと、春姫、楓奈と並んで登場させた時に最早誰が誰だかわからなくなるという欠点に気付き、今の元気一杯な口調にチェンジ。
それに合わせて性格も変更したらそちらの方が物語としてしっくり来たので、現在の形になりました。
ドジっ子さん設定は名残程度に最初の頃ちょっとだけ出てますが、(未経験だった家事以外の)基本スペックはかなり高いキャラに。
また、本当に最後の最後まで決まらなかったのが彼女の名前。
「春姫のライバル」=「もう一人の姫」=「名前に“姫”が付く」というのは、実は物語を書き出してからやっと決まった設定だったりもします。
個人的に名前付けるのって、苦手なんですよ(苦笑)。

筆者個人としましても、とても好感の持てるキャラクターだったのでお気に入り。
一時期本気でエンディングは姫瑠ルートで行こうかと悩んだのはここだけの話。

・瀬良 孝之
タカ。MASAWA MAGIC、ナンバーズのNO.W。
作中攻撃力の高さが特に描かれていましたが、全体的に能力は高いです。……の割に、前半〜中盤では活躍出来ず。ラストの決戦時、雄真のフォロー、光山との決戦時にやっと活躍。最後は想い人と結ばれてめでたしめでたし。
そもそも筆者は愛だの恋だの告白だといったシーンを書くのが非常に苦手でして、サブキャラなのにそこまで描くことになった、個人的には破格の待遇を受けているキャラです(笑)。
この人が一番初期設定からのズレがないです。最初からキャラもストーリーもあんな感じでした。

・クリスティア=ローラルド
クリス。MASAWA MAGIC、ナンバーズのNO.X。
攻撃力の高いタカとは違い、オールマイティタイプ。タカもそうですが、個別でも十分な実力が出せますが、タカとのツーマンセル時の実力は相当な物。……マインド・シェア時の雄真に負けかけましたが(笑)。
作中ではチラリとしか触れてませんが、日本、特に日本の文化が大好き。その辺の日本人よりも断然日本に詳しい人。日本語のイントネーションも……ってみんな普通に日本語喋ってたけどね!(爆)
初期設定ではラストの決戦には参加しない予定でした。タカが一人で光山を倒してお終い。……ですが、そうなるとこの人の見せ場が何処にも見当たらないことに気付き、ああいう形を取りました。
出す機会が少なかっただけで、結構筆者は好きですね、この人(笑)。

・瑞波 楓奈
初登場は前作「この翼、大空へ広げた日」。メインヒロインでした。
前述してますが前作メインヒロインだったにも関わらず登場する割合が非常に低かったので、今回はちゃんとそこそこ出してあげようと決めていました。なので最初から最後まで、日常パート、戦闘パート、両方において結構な活躍をしてくれています。
特に戦闘パートでは今作から雄真陣営ではかなり頼れる戦力に。最終決戦時は全体の指揮まで執っています。贔屓? ええ、してますよ(笑)。
鈴莉の助手になる、という設定は前作を書いている時点で既に決まってましたね。作中でもそれなりの理由をつけていますが、実際書いていて学生として一緒に過ごすのは何か違うなあ、と。

・クライス
雄真のワンド。初登場は前作「この翼、大空へ広げた日」で、経緯等はそちらを参照。
彼の根っ子の部分等、重要な話はほとんど前作で書いてしまったので、今回は前回程活躍出来ないかな、と最初の頃は思っていたんですが、結局色々してくれましたね。
初期設定では日常パートのボケと雄真対タカ・クリス戦での活躍位しか考えてなかったんですが、やはりそもそもは優秀で経験豊富な頼れるワンド、ピンポイントでの雄真への言葉や、Scene14での春姫への追及等、格好良い見せ場がやはり自然と出来てしまいました。
メリハリが激しいキャラは書いていて光っていいですね(笑)。

・光山 亮輔
MASAWA MAGIC、ナンバーズのNO.T。つまりは部隊長。
よく居る優しくて強くて頼れるエース感覚の人だと思わせておいて、突然裏切る落っことしキャラ(笑)。
でも結局いい人でした。心底悪人には成り切れず、ハッピーエンドこそ迎えませんが、それでも未来のある暖かいエンディングを迎えています。
この人は性格、エピソードこそ初期設定からほぼズレが無いものの、扱いは随分初期設定より落ちました。そもそも今作のタイトル「彼と彼女の理想郷」、初期設定ではこの「彼」が、この光山だったんですよ。彼も結局、自分の理想郷を求めて彷徨っていた、みたいな。
ただ、琴理の設定が決まってしまうとこの人はそんなに重要じゃなくなっちゃったんですよね(苦笑)。なので現在の形に収まった、というわけです。

・真沢 元志朗
MASAWA MAGIC社長。姫瑠のパパ。終始駄目駄目な人。
というかよくよく読むと物語の悪化に拍車をかけまくってる人。
悪い人じゃないんですけどね。プライベートの人間関係で駄目駄目になってしまう人。
お馬鹿さんにもなれるので、もうちょい出してボケのシーンを書きたかったです(笑)。

・葉汐 琴理
今作、もう一人のヒロインと言っても過言ではない人。影のヒロイン。
光山と同じく、穏やかで優しいピンポイントでのサブキャラと見せかけておいて裏切る落っことしキャラ(笑)。でも色々ありますが結局は優しい良い子。
ある意味人間関係に恵まれなかったが為に今回の騒動を起こしていますので、可哀相な人です。その分、一度死んだと見せかけて最悪なパターンかと思わせつつハッピーエンドを迎えていますが。
エピソードの奥深さに関しては姫瑠より力が入ってるかもしれません(笑)。
一番最後、ギリギリになって出来たキャラなので、途中で設定とかが変わったとかいった経緯はないですね。

何だかんだでとてもお気に入りだったキャラの一人。
一時期琴理ルートを書きたくなったのはここだけの話(笑)。

・沖永 舞依
Oasisの若き美人パティシエール。パティシエールとしての腕は本物。
性格はあっけらかん、としており、人を弄るのが好きなのに弄られ易いというある意味オールマイティな人。というかそういう人が書きたかったんです(笑)。精神年齢も子供だったり大人だったりと区々。でも、根っ子にあるものは……

謎を残して物語が終わってしまったキャラの一人。
とりあえず、魔法使いとしての実力も相当。血筋もありますが、普通の人間じゃまず勝ち目はありません。
彼女の旧姓でもある「希煉」とは一体何なのか? それを含めた事件、彼女が最後の生き残りになった経緯は? そして彼女が、本当に考えていることとは?
ヒントを出せば、原作キャラで遠いですが関わりがあるキャラが一人。
その他もろもろは今後の物語で、きっと少しずつ明らかになっていくのではないでしょうか。
(設定は無論決まっています)

・成梓 茜
瑞穂坂学園魔法科教師。教師としては新人さんで、雄真のクラスの副担任。
ざっくばらんな性格で、人の面倒を見るのが大好き。行動力が高く、カリスマ性が高い人。
実力も本物で、職業柄、魔法科教師は皆実力は高いですが、その中でも一際高いです。おまけに美人。
瑞穂坂学園のOGで、当時は生徒会会長を務めていました。
ひっくるめて言えば、色々な時に頼りになる人ですね。作中での様子でもわかると思いますが、鈴莉も随分と頼りにしている存在です。

「過去編」を書くとしたら、主要キャラの一人。
今回物語中で解明されなかった謎の一部を学生時に実体験している人でもあります。

・相沢 友香
瑞穂坂学園生徒会現会長。魔法科女子が生徒会長になるのは史上二人目。
(一人目は前述してあるように成梓茜)
春姫や杏璃など優秀な逸材が片寄っているように見える雄真のクラスですが、その隣のクラスを事実上引っ張っている存在で、実力も確かなもの。

作中はおまけのサブキャラ的な登場で、わざわざここに書くべきキャラではないと思うかもしれませんが、実を言えばこの人、今後の物語で主要キャラになる予定が固まっている人です。
なので今回、前倒しでちょろっと登場させてみました。
覚えておくと今後いいことがあるかもしれません(笑)。

・七瀬 香澄
「氷炎のナナセ」の異名で業界では結構名前が知れ渡っている、フリーの魔法使い。実力は本物。
大切な人との死別から投げやりな生活になり、今回雄真達に関わる切っ掛けとなった姫瑠誘拐もあっけなく承諾してしまいますが、その雄真達に関わることでしっかりとした自分を取り戻し、最終的には舞依の言葉により雄真達に手を貸すようになります。
性格は一言で言えば姉御肌。面倒見がいいんですよね。
大衆的な料理に関してはプロ級。特にチャーハンは神の如く。
彼女の過去に関しては、機会やリクエストがあればショートストーリーでも(笑)。

今作の中では最強のサブキャラでしょう(笑)。何せ美味しいところを持っていきまくり。
この人がいなかったらバッドエンドフラグが立ちまくり。
雄真は本当に心底彼女に感謝しなくてはいけません(笑)。
書いてて楽しかった……というより、凄い気分が良かった人です。格好良いですからねえ。

・沙玖那 聖
前々作、前作を読んでくれた人なら既にご存知のお方。
知らない人は前々作、前作を読んで下さい(笑)。
今回は電話相手の「彼」と共に、おまけでの登場でした。

彼女も電話していた彼も「過去編」の主要キャラの一人。

・静渕 冬子
瑞穂坂学園魔法科OG。成梓茜の一個下の後輩で、聖(達)の友人、仲間。
学生時代の異名は「乙姫」。水関係の魔法を使いこなす、相当のレベルの人。
作中では描かれていませんが、接近戦も可能。ただ滅多に使わない。本人曰く「接近戦は聖位のレベルにならないと逆に能率が悪い」から。
特殊な血筋ではない人なのである意味異常な実力者。無論学生当時の本人の努力もありますが。
何処までもクールで、何事も冷静に物事を判断出来る人。頭もかなり良く、当時は作戦参謀的な役割も自然と果たしていました。
考えていることを顔にあまり出さない人なので、冷たい人だと思われてしまうのが唯一の欠点。本人はそう思われても気にはしないのも欠点かも。

「過去編」主要キャラの一人。

・日笠 楓
「魔法使い狩りの夜」の時に小雪を助け、最終決戦前に姫瑠の前に姿を現した人。
苗字は初めてここで書きますね、そういえば(笑)。そのまま「ひがさ」と読んで下さい。
最終話に登場した謎の黒髪の女性――この人もフルネームは初めて書くな――伊多谷 久琉未(いたや くるみ)と共に、とある組織に属しています。
この人も謎だらけのまま終わってしまいます。彼女達の狙いは何なのか? 何故に彼女の魔法は普通とは違うのか? そして、「誰かに似ている」と感じてしまうその感覚の意味は?
今後の物語で、少しずつ明らかになっていくと思います。
彼女――というよりも、彼女達が属している組織は、私が書くオリジナルの世界観の根本的な物に大きく関わりを持つ、とだけここでは言っておきますね。

・磯根 泰明
ISONE MAGICの社長さん。敵のボス。ただの悪い人。
前作の盛原教授は裏設定とかあって実はいい人だったりもしましたが、今回はそんなことも微塵もなく。言っちゃあれですが、どうでもいい人です(え)。

・ゼロ
黒い眼帯の男。勿論「ゼロ」は本名ではなく、異名。正式には「隻眼のゼロ」。今ではほとんど知る人間も居ないが、関係を持たず彼をその名前だけで知る人がその名を聞けば誰もが恐れる、ある種伝説的な魔法使い。伝説ではあるが年齢はまだ三十台前半、鍛え抜かれたその肉体は魔法使いと呼ぶよりも戦士と呼ぶ方が相応しいかもしれない人。
鈴莉曰く「世界を救った英雄」でもある。
今作三人目の大きく謎を残したまま話が終わってしまう人。彼の過去とは? 「ART」のシステムと彼との関連は? 彼が連れていた少女は何者なのか?
やはり、今後の物語で少しずつ明らかになっていくのではないでしょうか。
「過去編」、主要キャラの一人でもあります。

多分見る人が見れば直ぐにわかると思うんですが、モデルになったキャラクターがいます。
某有名ゲーム(のシリーズ)の主人公です。個人的に大ファンなんですよあのゲーム(笑)。
物凄い意識して書いていますね。
とりあえず声優さんは大塚明夫さんにお願いしたいですね(笑)。

『ストーリー』
日常で、年頃の少年少女の誰もが体験していそうな有り触れた暖かい日々。
そんな日々を追い求めて日本にやって来た姫瑠。春姫・雄真との三角関係、更にはその姫瑠の日本来日を利用した復讐計画。
今回の物語は、その先に生まれる友情をテーマに、描いたつもりです。姫瑠と春姫の友情。そして姫瑠と琴理の友情。
皆さんがエンディングをどう感じてくれたかはこれを書いている時点では何もわからないのですが、一番丸く収まった形に今回はなったんじゃないかな、と思っています。

しかし、今回の話、書けば書くほど姫瑠寄りの物語になってしまいました(笑)。
当初は春姫はあそこまで追い詰められなかったと思います。私は原作ヒロインでは春姫が一番好きだったので春姫エンド後の話を書いているわけですが、今回の話を書いていて自分で作った話の癖に春姫が少々嫌いになりました(爆)。どれだけうざったいんだよ!
まあでもここで春姫を完全に捨ててしまうと今後の話が続かなくなるので最終的には予定通り元に戻してますが、実を言えばエンディングも当初とは少々違っていましたね。最初の構想の段階では最後には姫瑠は完全に雄真を諦める予定だったんですが……キスまでしてます(笑)。
この三人のやり取りは、今後もきっと続いていくんでしょう。
それはそれで、ハッピーエンドなのではないでしょうか、と思ってこういう形になりました。

一連の姫瑠関係の物語は完結していますが、その他諸々、今後の複線を残して終わっています。
冒頭にも書いていますが、全てオリジナルな「はぴねす!」への入り口ですね。
今回登場した、多種多様なオリジナルキャラクター達。
私が何処まで書き続けるかわかりませんが、彼らの謎も今後、少しずつ明らかに出来ればいいな、と思っています。

『最後に』
いや、長かったですね(笑)。連載を開始したのは昨年の二月なので、丸一年。
その間、独立したり個人的に忙しくなったり色々ありましたが、無事完結出来てよかったな、と思っています。
個人的にこれ程長い小説を書いたことがなかったので、とてもいい経験になりました。
無論、感想を下さった皆様の暖かいお言葉に支えられていたのは事実。
この場を借りて、お礼申し上げます。ありがとうございました。

さて次回作。
次回の物語は処女作「ハチと月の魔法使い」を書いている頃から構想にあったので、ぜひ形にしたいですね。
ただボリュームが更に増加すること間違いなしなので、一体何処まで書けるかわかりませんし、そもそも書くかどうかもわかりません(汗)。
出来ればまったりペースで連載したいな、とは思っていますので、気長にお待ちいただけると幸いです。

最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございました。
感想、コメント、お待ちしております。ワークレットでした。

<次回作予告>

『俺が、雫ちゃんを守りたい。――それだけなんだ』

覚えているだろうか。
あの日、恋した少女を守る為に、持ち合わせていない力の壁を乗り越えて、立ち上がった少年の姿を。

『俺、俺本当に嬉しかった!! 短い間だったけど、幸せだった!! 必ず約束守るから!! 
本当に、雫ちゃんのこと、大好きだったから!! だから、元気でなーーー!!』

覚えているだろうか。
あの日、いつまでも笑っているという約束を交わし、恋した少女を笑顔で見送った、少年の姿を。

『ゆ……うま……う……』

覚えているだろうか。
あの日、星空の下、掛け替えの無い友に囲まれ涙を流した、少年の姿を。

覚えているだろうか。
不器用な少年の、短く儚かった、出会いと別れの物語を。
不器用な少年の、切なくも優しい、成長の物語を。
不器用な少年を包む友人達の活躍と――友情の物語を。

あれから数ヵ月後の、春。
彼の物語が、再び幕を開ける――

「総大将……普通科三年、高溝八輔……え?」
「……はい? ハチが……総大将!?」

三年に進級した雄真達。新しいクラスにも馴染み始めた五月。
瑞穂坂で大々的に起こるイベントの主役は……ハチ!?

「ふははははは!! 来た、ついに俺の時代が来た!! 姫ちゃんも、杏璃ちゃんも、
可愛い女の子、全てが俺の物になる!!」
「ごめんね、雄真くん……」
「クソッ……何てこった……」

巻き起こるハチ旋風、始まるハチのハーレム!?
愛しい人を奪われてしまう……かもしれない、雄真の立場は……

「応援団長……魔法科三年、小日向雄真……ってええええええ!?」

……応援団長!?
雄真に最早、成す術はないのか!?

「そうよ、ハチを楯にして全員で突っ込むってのはどう? だって敵が狙うのは結局ハチなわけでしょ?」
「杏璃ちゃん、高溝くんがやられちゃったら意味ないから……」
「あ、そっか。じゃあ……ハチを生贄にして」
「ま、待ってくれ杏璃ちゃん! せめて半殺しで」
「……墓穴を掘ったな、ハチ」

「あの……では高溝さん、まずはこちらを持って、素振り千回からお願いします」
「さ、沙耶ちゃん……その、素振り千回って、何……?」
「沙耶に護衛についてもらうという以上、高溝殿にもそれ相応の修行を受けてもらわねばならぬ。
――高溝殿、明日は俺と熊狩りだ」
「守ってもらうのに俺がその時点で死んじまうだろうが信哉ぁぁぁ!!」

「……高溝さん」
「ど、どうっすか小雪先輩!? 俺の輝かしい未来、見えました?」
「高溝さんはご存知ですか? 魔法使いにとって、魔法服は言わば制服。
――つまり、この格好でお葬式に出ても、礼儀としては間違いではないんですよ」
「な、なな、何だか遠回しに俺が死ぬって言われてる気がするんですけど……
きっききき、気のせいですよ、ね?」
「ではストレートに申しあげましょう。――余命三秒」
「ぎゃああああああ!!」
「……というのは冗談です♪」
「いや、その、小雪さん、ある意味ハチ本当に死んじまいましたが」

「高溝八輔が総大将か……その顔で代表など、瑞穂坂の恥だ」
「!?」
「駄目ですよ、伊吹ちゃん! 人間は顔じゃありません! 
いくらハチさんの顔がもう救いようがないからって、その発言は駄目です」
「!?!?!?」
「……日に日にダークになっていくんだな、俺の妹」

巻き起こるハチのハーレムが……ハーレムが……前途多難。
彼の運命やいかに!?

そして――物語に大きく関わる、四人の人間。

「ホントはね……魔法使いになんか、なりたくなかった。普通でいたかった。
魔法は便利だけど……わたしには、いらないかなって思うの。
魔法使いじゃなかったら……もっと、違う生き方になったかなって思う時があるの」

「このイヤリングは、お父さんの形見。――優しかった、大好きだった、お父さんの唯一の形見。
お父さんが、ずっとつけていなさい、って言ったから、今でもつけてる」

「何でだろう。――高溝くんが今みたいに側にいてくれると、心が落ち着くの」

戦う術を、封印してしまった少女。

「頑張りましょう。負けたっていいじゃない。そりゃ、負けるのは悔しいけど……
でも、頑張ったことって、きっと無駄にはならないから。――無駄になんて、しないから」

「私は、決めてるの。肩書き云々じゃなくて、人として、立派な魔法使いになるって」

「やっと、お礼が言えるわ。――ありがとう」

過去の想いを、追いかけ続けている少女。

「俺が歩く道は、俺にしか作れない。――誰かに作ってもらうことなんて、出来やしない」

「忘れない為だ、あの瞬間を。それを見る度に思い出して、自分の気持ちを縛るんだ。
俺の生きる道を決めた、あの瞬間をな」

「嬉しくないわけじゃない。小日向や、友香――相沢さんがそう言ってくれるのは、嬉しいんだ。
でも駄目だ。無理なんだよ。――俺の心の何処かが、否定するんだ」

誰かを信じるということを、諦めた少年。

「そりゃそうさ。誰だってハッピーエンドを願ってる。俺だって、可能ならばハッピーエンドにしてやりたいさ。
でも、俺じゃ無理。それがわかってる以上、どうにもなんねえの」

「人殺しは趣味じゃねえんだが……約束だから、仕方ないか」

「言ったろ? 俺は、「魔法使いじゃない」ってな」

魔法使いでは、「なかった」男。

「……帰って」
「……え?」
「帰って……帰ってよ! 今のあなたに、ここに来る資格なんてない!! 
八輔くんなんて……八輔くんなんて、もう友達でもなんでもない!!」
「ちょっ、楓奈、落ち着けって! ここ病院だぞ!」

「ほう……時間稼ぎのつもりですか」
「時間稼ぎ?――そんなつもりは、毛頭ないわ」
「……?」
「ここから先は、誰一人も通さない。――瑞穂坂の聖騎士の、名にかけて」

「じゃあ、ハチのことは春姫に任せて、雄真くんは私が守ってあげる!」
「いやだから、そういう意味合いじゃないし、そもそも俺は――って何で今の会話で
抱きついてくるんだよ姫瑠!?」
「とりあえずは、プライベートの心のケアから」
「どう考えてもお前が抱きつきたいだけだろうがー!!」

「立てこの臆病者。死んでもいないのに死ぬだのどうだの騒ぐな」
「ひいっ!!」
「別に私は貴様が死のうが死ぬまいが関係ない。
ただ、今回は貴様を救出する、というのが私に課せられた任務なんでな。
任務完了までは生きていてもらわないと困る。
――死にたければ、任務が終わった後で好きなだけ死ね」

「ふむ、ここがかの有名な式守家の屋敷とやらか。――頼もーう!」
「何でいきなり道場破りの勢いなんですか!?」
「いや何、日本の若者のブームには興味があってね。道場破りが近年ブームだと」
「何処の情報ですかそれ!?……って既に何人か戦闘体制でこっち来てるー!?」
「殺るか殺られるかの世界なわけだな」
「あんたがそういう空気にしちゃったんでしょうが!!」

「式守と、御薙を抑えておけば瑞穂坂は怖くない。――もしかして、そんな風に考えているのかしら?」
「成梓先生!」
「先生?――瑞穂坂学園の教師か!」
「心外ね。これからは成梓の名前も覚えておくといいわ。
――最も、あなた達にとってみればもう手遅れだけど、ね?」

そして――物語を彩る、数多くの人物達。

「ハチ。――出来ないって言うなら、俺がこの場で裁いてやるよ」
「雄真……?」
「ああ。俺が、お前を裁いてやる。お前の親友だからじゃない。
一人の人間として、御薙の力を受け継ぐ者として――俺は、お前を裁く」

笑いと涙の物語が、瑞穂坂で、再び幕を開ける――

"Workret" Presents Next "Happiness!!" SS
「ハチと小日向雄真魔術師団」


「……なあ、信哉」
「む? 何だ高溝殿。――安心なされよ、敵の気配は感じられぬ。ここは安全だ」
「姫ちゃんとかよぉ、杏璃ちゃんとかよぉ、楓奈ちゃんとかよぉ、言い出したらキリがない位
可愛い女の子が一杯揃ってるのに、何で俺の護衛はお前一人なんだよ……」
「ふむ、確かに高溝殿が不安に思うのもわからぬでもない。だがこの上条信哉、
命を捨ててでも高溝殿を守る決意は出来ているぞ。
高溝殿が望むのであればその身を絶えず離さずにいてやれるだろう」
「そういうこと言ってるんじゃねえ、気持ち悪いこと言うな!!……トホホ、俺のハーレムは何処だよ……」

こうご期待。
(あくまで構想の段階であって詳細は未定です)



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