- 「タカさん!!」
誰かの足音と、呼ぶ声が聞こえてくる。タカが首を傾けてそちらを見ると、駆け足でやって来る人影が三つ。――姫瑠、春姫、香澄の三名である。
「――って、クリスさん!? どうして!?」
驚きの声を上げる姫瑠。無理もない話である。クリスは今、病院で入院中のはずなのだから。
「無事で何よりッス、お嬢様。――ま、色々ありまして」
「色々ありまして」
タカとクリスは、建物の外壁に背中を預け、寄り添うように座っていた。
「にしても……へえ」
タカは、春姫と香澄の顔を見て、軽く笑う。――三人の表情だけで、全てを察していた。
「よくわからないんだけど……二人とも、大丈夫なんだよね?」
「ま、何とか。――でも申し訳ないんですけど、もうちょい休憩させて下さい。勝負に勝てたのはいいんですけど、何分ギリギリの所だったんで」
「勝負に勝てた……?」
軽く疑問顔になった香澄に対し、タカは視線を動かして促す。――タカの視線の先。
「……光山、さん」
少々離れた所に、やはり同じく建物の外壁に背中を預け、座り込んでいる光山の姿があった。
「ご安心を、お嬢様。――僕はもう、何をどうこうするつもりはないですから」
視線に気付いたのか、光山が口を開く。
「あれだけのことをしたのに、最終的に僕は負けた。僕は今回、勝てない運命にあるんだろう。――ならこれ以上、無駄なあがきをしても意味がない」
本当にそう思っているんだろう。光山は、軽く空を仰ぎ、遠い目をする。
「氷炎のナナセ……七瀬香澄君、だったか」
だがそれも一瞬のことで、光山は視線を戻し、香澄を見る。
「僕は復讐に疑問を感じたことなんて無かった。両親の恨みを晴らす、その為だけに頑張ってきた。その想いは今だって変わらない。両親を死に追いやった、真沢元志朗が、今でもやっぱり憎い。でも……」
光山が、一呼吸置く。香澄は無言のまま、先を促した。
「でも、今こうしてあらためて想い返してみると、君の言う通りだったよ。――全然、楽しくなかった。計画を練っている時、裏で手を回している時、実行に移し出した時――どの瞬間も、生き甲斐なんて微塵も感じてなかった。ナンバーズの任務についている時の方が、余程生き甲斐を感じてたよ。君に言われてやっと気付くようじゃ、僕の復讐なんて最初から失敗していたようなものだ」
「ま、それも人生さ。――少なくとも、今のあんたの方が、余程いい目、してるよ」
「光栄だ」
光山は軽く笑った。
「お嬢様。……これを」
直後、ポケットから何かを取り出し、姫瑠に差し出す。受け取ったそれは――
「……指輪?」
「MASAWA
MAGIC、最新のサンプル品です。社長から偶々日本に来る前に預かっていました。雷魔法が扱えて、更に実力的にも上位レベルが必要ですが、今のあなたになら使えるでしょう」
「どうして……これを、私に?」
「――磯根泰明は、まだ裏に何かを隠し持っています。窮地に追い込まれた時、何をしてくるか僕にも検討がつきません。彼との最終決戦の時、少しでも役に立てれば」
「いいのかい? あたし達が勝ったら、あんたの復讐は達成出来ないよ?」
その香澄の問い掛けに、光山は苦笑する。
「あなた達がこの状況下で勝って食い止められるなら、それでいい。それでいいと、心底今思えるんだ。僕の復讐を食い止めたのがあなた達なら、僕は納得が出来る。――僕はもう、MASAWA
MAGICには居られない。だから……最後にあなた達の雄姿、この目に焼き付けておきたいんだ」
「光山さん……」
「お嬢様。――ご武運を、祈ってます」
光山は、力強い目と穏やかな笑顔で、姫瑠にそう告げた。――その時だった。
「……えっ?」
ドォォン、と遠くから、大きな音が響く。
「な……何、あれ……!?」
そしてその場にいる人間が目にしたもの。それは――
彼と彼女の理想郷 SCENE 33 「Last
wish」
「ベルス・イラ・ユーキ・アルクェスト!!」
琴理の攻撃から、俺と琴理の決意を込めた最後のぶつかり合いが開始される。
「ディ・アムレスト!!」
ひとまず俺はレジストを展開してガード。何回かガードに徹して、ある程度の隙を見計らってカウンターで攻撃に出る。そのパターンが、琴理との今までの戦闘で数回あった。
無論、俺のカウンターでの攻撃は全て失敗に終わっている。軌道は琴理に完全に読まれている。――だからこそ、そこを狙う。
「フェルジュ・イラ・マーサ・ミスト!!」
バァン、バァン、バァァン!!――琴理の攻撃を防いだ直後、俺はすぐさま身構える。
「エル・アムダルト・リ・エルス」
詠唱を開始しつつ。俺はポケットから小石を――青く淡く輝く小石を、取り出す。
『これはね、MASAWA
MAGIC製品の一つ、マジックエジェクションストーン』
『マジックエジェクションストーン……?』
『この石にはね、何でも好きな魔法を一つ注入出来るの。注入する魔法のレベルによって石に馴染むのには時間がかかるし、ある一定以上のレベルの魔法は注入出来ないけど、逆に言えばそのルールさえ守ればどんな魔法でも一つ、一回分だけ注入出来て、魔法使いならば誰でも簡単な詠唱で好きな時にその一回分を射出出来る。つまり、自分の苦手な魔法や使えない魔法を他の人に注入してもらっていざ、という時に使う為の道具。――ちなみに使い捨てだけどね』
『へえ、そんなのがあるのか』
『それで、昨日のお礼に雄真くんには私の「プラズマ・プラス」を注入したやつをプレゼント。昨日の夜にやってやっと今注入が完了したんだ』
『プラズマ・プラス……?』
『うん。私の特殊魔法。純粋な属性の魔法に、私の魔法のプラズマの力を付加して、その威力を底上げする魔法』
(使わせてもらうぜ、姫瑠……!!)
約束した。俺と姫瑠で、琴理のことを止めようと。なら――今この場で使うのが、きっと相応しい。
「エル・アムダルト・リ・エルス・ディ・ルテ・エル・アダファルス!!」
右手でクライスを握り、左手でマジックエジェクションをストーンを握り、詠唱を終える。
「……!!」
直後、握っていたマジックエジェクションストーンが、砂のようにきめ細かく粉々になっていき――直ぐに、俺の手から消えていった。
「な――」
同時に、俺が魔法で生み出した三つの炎を具現化した魔法波動弾が青く輝き、うねりを上げる。威力、速度、コントロール等、全ての項目において段違いのレベルアップを見せた俺の魔法。
「く……っ!!」
精一杯の集中力で回避と防御に動く琴理。反対にこの攻撃に全てをかけ、精一杯のコントロールをする俺。
「――がっ……!!」
その勝敗は――俺に、上がった。三発目の攻撃が、直撃。応対しきれない琴理の甘いガードを貫通し、そのまま琴理を吹き飛ばした。ドォォン、という激しい音と共に琴理が瓦礫に突っ込んでしまう。
「琴理っ!!」
急いで駆け寄る俺。流石に何処に飛ばされるかまでは考えてなかった。
「大丈夫か!? 怪我ないか!?」
無我夢中で手を伸ばしていると――
「……お前、馬鹿だろう」
「……な」
聞こえてきたのは、琴理の呆れた声。
「自分で吹き飛ばしておいて、怪我の有無を確認して、率先して助けるなんて、聞いたことないぞ」
「……まあ、それはそうなんだけど、ほら、何だ、あれだ」
俺が答えに困っていると――琴理の手が、俺の手に触れる。
「よしっ」
俺はその手を握り、琴理を瓦礫から引っ張り上げた。
「つくづく、変わった奴だ。――今ここで、私が反撃に出たら終わり、とかそういうことを思わないのか?」
瓦礫から脱出、服をパンパンと叩きながら琴理がそんなことを言ってくる。
「思わない。もしそうだったとしても、それはそれ、その時考えるさ。それに――」
「……それに?」
「俺はお前との勝負に勝ちたかっただけで、お前を傷付けたかったわけじゃないからさ」
俺がそう言うと、琴理は空を見上げ、少し遠い目をする。
「そっか。――負けたんだな、私」
「最も、俺一人で勝てたわけじゃないんだけどさ」
「……えっ?」
「こんな話になっちまう、って全然予想だにしてなかった頃、姫瑠にマジックエジェクションストーン一個貰っててさ。それ、最後使わせてもらった。勝てたのは俺だけの力じゃない。姫瑠の力も、あったからだ。――あいつの、お前のこと止めたい、救いたいっていう気持ちが、通じたんじゃないかな」
「……そうか」
俺の話を聞いている時は俺の方を見ていたが、話がそこで途切れると、瓦礫の横の外壁に背中を預け、琴理は再び空を見上げた。俺も横に並ぶ。
「……世の中は、理不尽だ」
そしてしばらくして、口に出した言葉は――そんな言葉だった。
「復讐っていう言葉は聞こえが悪い。復讐する人間なんていつだって悪者だ。たとえどんな理由があったにしても、だ。世の中、先にやったもの勝ちなのか? そんなの……そんなの、間違ってる」
「琴理……」
「罪は、裁かれるべきだろう? 私は今回の復讐の罪を問われ、裁かれるならその裁きを甘んじて受ける。でも……でも、復讐をする切っ掛けを作った人間は裁かれないのか? その人間が、間違った行動を取らなければ、復讐なんて起きなかったのに、その人間は裁かれないのか? 復讐する人間が我慢すれば……私が、私だけが父様の想いを堪えて生きていけばいいのか? そんなの……そんなこと、出来るわけ……っ」
最後の方は――涙混じりの声だった。琴理が今まで、一人でどれだけの想いを背負い込んで、自分自身を追い詰めて、苦しんできたのかが、垣間見えるような声だった。
(父様……か)
だから俺は――思った率直なことを、琴理にぶつけることにする。
「なあ、琴理。俺はさ、お前の父さんに会ったことがあるわけじゃないからわからないけど、凄い優しかったんだろ? お前のお父さん」
「……ああ」
「だったら、お前のお父さん、今のお前の復讐の姿なんて、望んでないんじゃないかな」
「…………」
ゆっくりと、琴理が俺を見るのがわかる。
「優しいお父さんだったら純粋に復讐なんて別にいい、って言う気もするし、例えばお前のお父さんが本当に天国でお前に復讐して欲しい、って望んでたとしても、そんなことよりも優先させるのは優しいお父さんだったら娘の、お前の幸せだろ? お前がさ、姫瑠と一緒に居て、楽しいって思えるならそれでいいって思うんじゃないかな。幸せに暮らしていけるなら、それでいいって思うんじゃないかな。――俺が父親なら、少なくとも娘に対してはそう思うぜ」
「小日向……」
「お父さんに申し訳ないって思うなら、お父さんに謝ればいいじゃん。ごめんなさいって。優しかったお父さんなら、きっと許してくれるって。だからさ、琴理。――幸せになれよ。お父さん云々じゃなくて、お前が本当に幸せに感じる道、選べよ。お前のお父さんも、きっとそれを願ってる」
そう。大切な人の幸せを、願わない人なんて居ない。これだけ琴理が大好きだった父親だ。琴理の幸せになれる生き方を望んでるに決まってる。復讐なんて――望んでないに、決まってる。
「……っ……」
琴理の頬に大粒の涙が流れているのを、俺は見ないフリをする。
「俺達は――俺と姫瑠はさ、お前が純粋に幸せな道を歩きたいって言うなら、絶対に見捨てたりとか、逃げたりとかしない。必ず、お前の近くで、お前が困ってる時に、手を伸ばしてやれるよ。――だから、さ」
「……は……私は……わたしはっ……!!」
言葉にならない呟きが、涙と一緒に溢れている。――琴理は、俺達と同い年の、女の子。泣いてしまって当たり前。そう、強いわけがないのだ。今まで――頑張り過ぎたんだ。
だからこそ、きっと、今誰よりも、幸せを求めているに違いない。
「私は……許されるのか……? あれだけのことをした、私は……」
「許されるさ。少なくとも、俺は許すよ。だから――」
俺が喋っている――まさに、その時だった。
「!?」
ドォォォォン、という轟音と共に、地面が揺れる。地震、とかじゃない。少し離れた箇所で、それだけの衝撃が瞬時に起こったんだ。
「な、何だ、何処でだ!?」
周囲を見回す俺と琴理。
「小日向っ!!」
直後、琴理の呼ぶ声。――指摘された方角、には。
「な……何だよ、あれ……!?」
「――っ!!」
ここから数百メートル離れた位の位置だろうか。三、四階建てのビルと同じ位の高さの戦車のようなロボットのような、SFアニメに登場しそうな物体が出現していた。肩にキャノン砲がついている辺り、どう見ても兵器だ。――確かに今俺たちがいる場所は建設中のテーマパークだが、流石にあれはアトラクションでは出てこないだろう。
つまり――ISONE
MAGICの兵器、ということになる。
「磯根泰明……!! まさか、本気で使うつもりだったのか……!!」
「琴理っ、お前何か知ってるんだな!?」
厳しい面持ちでその兵器を見る琴理。その口調からして、何か知っているらしい。
「小日向。――後のことは、頼んだ」
「え――」
そう言うと、琴理はポケットから、白いピンポン球位の大きさの――
「――って、待てお前、まさか!!」
直後、バシュッというフラッシュに、俺は一瞬目を奪われる。――視界が晴れた、そこには……
「……クソッ!! あいつ、どうするつもりだよ!!」
既に、琴理の姿は無かった。――急いで追いかけないと、と思ったその時。
「雄真くん!!」
俺を後方から呼ぶ声。振り向けば、急いで走ってくる姫瑠、香澄さん、春姫の姿が。
「三人とも、無事だったんだな!! 見てくれ、あそこに急にあの得体の知れない――」
得体の……知れない……?
「春姫!?」
「ふむ、あの兵器の正体は得体の知れない春姫か」
「違え!! そういう意味じゃねえ!!」
何故かそこには春姫の姿が。三人とも無事だったんだなじゃないぞ俺! 普通に認識してたけど、何でここに!?
「細かい話は後!! 今は、あれを何とかしないと!!」
そう真剣な面持ちで言う春姫の目は、しっかりとしている。数時間前、弱りきった春姫の目とはまさに別物、別人の強さを放っていた。
「……あ」
と、そこで香澄さんとも目が合う。含みのある笑みを、チラリと俺に見せる香澄さん。
『あたしに、時間を少しくれないかい?――正確なことを言えば、前半戦、少々未参加にさせて欲しい』
『どういうことです?』
『こういう状況になっちまった以上、少しでも戦力は必要だろ?』
『まあそうですけど……その言い方だと、何か心当たりがある、とでも?』
『ああ、奥の手を使うよ。ただそれを使うにはどうしても時間が必要なんだ。――最終的判断は、あんたらに任せる。あたしの手は賭けでもあるからね』
その笑みで俺は気付く。香澄さんが言っていた「奥の手」。あれは――春姫を連れてくることだったんだ。
(ありがとうございます……香澄さん)
俺は軽く香澄さんに対しお辞儀をし、同時に心の中で香澄さんに大感謝。――この人には敵わないな、と感じさせられてしまった。
「それで? 雄真、あんたは何か知ってるのかい?」
直ぐに香澄さんも真剣な表情に戻り、俺にそう聞いてくる。
「俺もよくわからないんですけど、琴理が何か知っていたみたいで」
「え……琴理!? 琴理が居るの!?」
バッ、と食いつくように聞いてくるのは無論姫瑠だ。
「さっきまでは。――あいつ、あれが出てくると同時にそういう素振りを俺に見せて、転送魔法で消えやがったんだ。急いで追いかけないと、絶対にマズイ」
「急ごう、雄真くん。走れば、そんなに遠い距離じゃない」
春姫のその言葉を封切りに、移動を開始しようとした、その時。――ピリリリリ。
「俺の……携帯?」
俺の携帯電話が鳴り出した。知らない番号だが――何か緊急の連絡かもしれないので、出ないわけにもいかない。
「もしもし!」
『小日向か』
この声……まさか。
「琴理! 琴理だな!」
『ああ』
琴理からだった。俺はこの場にいる全員が話が出来るように、すぐさま広域モードに携帯電話を切り替える。
『よく聞いてくれ。突然現れたあの物体は、磯根泰明が作らせていた魔法兵器だ』
「魔法……兵器?」
『私も直接聞いたわけじゃなく、奴が誰かと話しているのを耳にしただけだから細かいことはわからないんだが、あれは人間が持つ魔力を利用して動くらしい。基本的な動作は無論、持ち合わせている武装も全て魔力で稼動するようだ』
「な……んだよ、それ……!!」
それこそ、ゲームの世界じゃんかよ……!!
『あれは、「兵器」だ。人と人同士の小競り合いのレベルとは違う。戦争が起こせるものだ。瑞穂坂の街など、小一時間で灰になる』
「つまり――今、今すぐに止めないといけない」
『ああ』
「お前、その口ぶりからするに、何か食い止める方法を知ってるんだな?」
『あれの左肩に、大きな筒のような形をしたものがついているだろう?』
パッと見てみると、確かに左肩に横になって装着されている。
『あれがレーダーの役割を果たしているらしい。大きな武器を使用する際は、あれが開き、ターゲットの位置を把握したり補足したりするようだ』
「つまり、それを破壊すれば、奴の攻撃力はガタ落ち?」
『おそらくは。人間が束になれば、相手に出来るレベルにまで落ちるはずだ。――これから、私があのレーダーを破壊する』
「な、ちょい待てお前! どうやって破壊するんだよ!? そんなに簡単に破壊出来るもんじゃないんだろ!?」
『レーダーが開いている間、耐久力は無いはずだ。相手の攻撃のクロスカウンターで、レジスト・バレットを撃つ』
「レジスト・バレット……?」
『私のワンドがハンドガンタイプなのは知っているな? これは形の通り、実際の魔法用の特殊な弾丸も撃つことが出来る。レジスト・バレットはその名の通り、弾丸の周りにレジストが展開される。つまり、相手が魔法攻撃を放った真正面から撃てば、相手の魔法攻撃を貫通して、ターゲットに届く。――躊躇している場合じゃないんだ。奴が本格的に攻撃を開始するその前に、あのレーダーだけは破壊しなくてはいけない』
一気に捲くし立てられている感じなので完璧に納得したわけじゃないが、言いたいことは何となくわかった。下手な行動に出られる前に、その場で説明する時間を省く為に、琴理はいち早く一人、あれの前に移動したに違いない。
「わかった琴理、直ぐに俺達もそっちに行くから、お前も絶対に無理だけは――」
「葉汐琴理」
そんな俺の言葉を遮ったのは――クライスの、真面目な声だった。
「貴行、死ぬ気だな」
「え――」
「な」
「っ……!?」
「…………」
そしてそのまま続けたクライスの言葉に、俺達は一瞬、我を忘れかける。――死ぬ気、だって?
「聞く限り、確かにレジスト・バレットを使うという戦法は間違いではない。だが本来、レジスト・バレットは単独で使う物じゃない。ツーマンセル以上のフォーメーションがあって初めて使用するタイプの弾丸だろう。――貴行、自分で口にしていたな? クロスカウンターで撃つ、と。クロスカウンターで撃ち、敵の攻撃を貫通し、レーダーを破壊するのはいい。だが、貫通した敵の攻撃はどうなる? レジスト・バレットはあくまで貫通するだけであって、相殺するものじゃない。敵の攻撃は、そのまま残る。つまり――」
「琴理は、敵の攻撃をそのまま喰らうことになる……?」
「その通りだ。真正面からのクロスカウンター、ガードなどする暇もない。なので本来ならばツーマンセル以上のフォーメーションで、その他がレジストを展開するなりなんなりでフォローをする。だが貴行は一人。間違いなく攻撃は喰らうだろう。しかもレーダーが既存している敵の攻撃は瑞穂坂を小一時間で灰にする威力。――真正面から喰らって、生き延びることは不可能だろう」
冷静なクライスの分析に、愕然とする。
「もう一度問うぞ。――貴行、死ぬ気だな」
『…………』
その琴理の無言は――十分に、肯定を意味していた。
「琴理っ!!」
『……他に、方法なんてない。食い止めるには、今直ぐに、食い止めなければならないんだ』
何でだ。何で、どうしてそんなことを……!!
「琴理っ!! 駄目、そんなの絶対に駄目!!」
と、姫瑠が携帯電話に向かって叫ぶ。
『姫瑠……? そこに、居るのか?』
「お願い琴理!! 死んじゃうなんて駄目!! 他に方法があるよ!! だから、私達が行くまで待って――」
『……お前、本当に何もわかってないんだな』
だが、必死の姫瑠の言葉を遮ったのは、そんな琴理の落ち着いた言葉だった。
「わかってないのは琴理だよ!! 死んじゃったら何も出来ないんだよ!? 私は、琴理のこと――」
『姫瑠。――これは、復讐なんだ』
「え……?」
『散々お前に恨みがあるだの何だの吐き捨てた人間が、最後にお前を助ける為に死ぬ。後味悪いだろう? その後味の悪さは心の重みとして、この先お前に一生圧し掛かる。生きている限り、心の何処かにそのモヤを抱えて生きていかなければならないんだ。これが、私からお前に送る、最後の復讐だ』
琴理のあまりにも酷い言葉。だが――何処か、違和感を感じる。
「琴理……そんな……そんなのっ……!!」
『――そう、これは復讐。私からの、精一杯の復讐。最後の復讐なんだ。だから……だから……だからっ……!!』
一瞬、間が空く。そして――
『だから……ずっと……ずっとずっと、私のこと……忘れないで、ね』
「――っ!!」
――そして、その涙混じりの声を俺達に届け、通話は、途切れた。
「あの……馬鹿野郎……っ!!」
憎まれ口なんて嘘。復讐なんて嘘。琴理の最後の電話は、俺たちに勝利への方法と、痛い程の強がりと――あまりにも悲しい、本音を届けて、終わった。
琴理は、姫瑠を苦しめた罪を償う為、親友を裏切った罪を償う為に、その命を捨てようとしている。――そんなの、間違ってる。あいつはわかってない。命を捨てることだって罪だって、わかってないんだ……!!
「クソッ!! 急いで――」
急いであそこに行こう、と動こうとしたその時。
「……え」
バゴォォォォン、という轟音が響く。俺達の視線の先では――
「う、そ……」
あの巨大な魔法兵器が、赤く光る波動砲を放っていた。――真っ先に思うのは、琴理の生死。
「琴理ーーーーーっ!!」
姫瑠の悲痛な叫びが――俺の耳に、痛い程、響いた。
ピッ。――通話を終え、琴理は携帯電話をポケットに仕舞い、
「……っ」
流れかけていた涙を、その腕で拭う。――拭ってしまえば、意思が戻ってくる。目標を見据え、ワンドを握り直し、移動。
少し高台になっている所に立ち、磯根泰明が駆る魔法兵器と対峙する。
『……何の真似だ?』
何処かに装着されているのだろう、スピーカーを通したような泰明の声が、魔法兵器から聞こえてくる。
「…………」
対する琴理は無言のまま――コックピット向けて、ワンドであるシルヴァリアの銃口を向ける。
『成る程、そういうことか。馬鹿な奴だ。大人しくしていれば、もう少しは長く生きられたものを。――いいだろう、冥土の土産に見せてやろう、こいつの素晴らしさをな!!』
キィィィン、という音と共に、大よそ計り知れない魔力が、コックピットの下、腹部と思われる箇所に集まっていく。その間も琴理は身構えたまま、微動だにしない。
『はははは、塵となれ!!』
そしてその魔力の集中が終わった瞬間、琴理はシルヴァリアにレジスト・バレットを装填。銃口をコックピットからレーダーに移し、引き金を引く。
琴理が引き金を引くのと、赤い巨大な魔法波動が発射されるのと、レーダーが開くのは、ほぼ同時だった。直後、琴理の目には、全てがスローモーションのように映し出される。
レジスト・バレットを撃ち切り、「終わり」を待つだけの琴理は、ゆっくりと目を閉じる。――自然と、昔のことが頭を過ぎった。
『おじ様の……?』
『ああ。琴理ちゃんと同い年で、姫瑠、っていうんだ。よかったら、仲良くしてあげてくれないかな』
『あっパパ、何でパパが全部言っちゃうの!? 自己紹介位出来るもん!――えっと、その、だから……宜しくね、琴理ちゃん!』
『はっ、はっ、はっ……こ、琴理ってさ、見かけによらず、足速いよね……はっ』
『あ、あの……そう、でしょうか……わたし自身、他の人と比べたこと、なかったんです。こんな性格ですから、あまり外で遊ぶことも……というより、友達も、いませんし』
『こら、そういうこと言わない!』
『……?』
『琴理には、友達いるでしょ? こ・こ・に』
『あ……』
『私だって……その、友達は琴理しかいないから……琴理が友達じゃなきゃ、困るんだから』
『姫瑠ちゃん……ふふ、そうですね。わたしには、姫瑠ちゃんが居ますもんね』
『琴理ーっ、誕生日おめでとー!!』
『え……姫瑠ちゃん!? どうして? 姫瑠ちゃん今、サンフランシスコに居るはずじゃ……』
『そんなの関係ないって、だって琴理の誕生日だもん! パパに用意してくれなきゃこの先一生パパの誕生日なんて祝ってあげない、って言ったらヘリコプター用意してくれたし』
『ついでにナンバーズの護衛付きだけど、ね』
『あ、ありがとうね、クリスさんにタカさん……だっけ?』
『合ってますよ、それで。――流石にナンバーズに入って最初の任務がお嬢様の友人宅へのヘリでの送り迎えだとは思っちゃいませんでしたがね』
『姫瑠ちゃん……(ぐすっ)』
『え……? ちょ、琴理、何で泣いてるの!?』
『あ、その、違うんです……ただ、嬉しくて、その、気持ちが高ぶっちゃって……』
『琴理……琴理は泣き虫だなあ、もう』
『ありがとうございます、姫瑠ちゃん。……今年の姫瑠ちゃんのお誕生日も、絶対にお祝いしますから』
『うん、待ってる。私は、琴理がお祝いしてくれるなら、それだけで十分。――場所に関しても心配しないで。今度は、琴理のことをタカさんとクリスさんに送り迎えしてもらうから』
『薄々感付いてましたけど……やっぱそうなるんスね』
『琴理』
『はい、何ですか?』
『私達――ずっとずっと、友達だよ?』
『はい。――私達は、ずっとずっと、友達です』
思い出される、過去の出来事は――全て、輝いていた。
(結局、私は最初からこういう運命だったんだろうな……)
――スローモーションの世界の中、目を閉じていても、ゆっくりと魔法波動が近付いているのがわかった。自分があとわずか数秒で、消えてしまうことが、わかった。
「――バイバイ、姫瑠ちゃん」
そして――最後に、琴理はそう呟くように、その言葉を残した。
一人の少女の、儚き命が、消えていく。
少女は、全てを悟ったような、穏やかな表情を最後に残し、
最愛なる友の、幸せを純粋に願いながら――
――その命を、散らした。
<次回予告>
「――行くよ。あたし達は、あの子が生きていても死んでいても、あそこに行かなきゃいけない」
「香澄さん……」
自らの命を投げ捨て、勝利を手引きした琴理。
その想いを胸に、雄真達は決着をつけに向かう。
『瑞穂坂の餓鬼共か……投降? 笑わせてくれるなよ』
「何……?」
『使えなくなったのは、あくまで主武装のみ。――ここで貴様らを消すだけなら、副武装だけで十分だ』
ギリギリの総力戦。
入り乱れていく戦いに、終止符がつくのは、いつなのか。
「琴理は……馬鹿なんかじゃ、ないっ!!」
消えない想いを、譲れない想いを胸に、彼らは――
次回、「彼と彼女の理想郷」
SCENE
34 「全てをかけて」
「――友の意思に反しても、か」
お楽しみに。 |