「しっかり手を握って! 離さないで!」
落下しかけた姫瑠の手をギリギリの所で掴んだその手。――ゆっくりと目を開いた先にいたその人を、自らの視界を、姫瑠は一瞬疑った。
「嘘……」
姫瑠の視線の先、姫瑠を助けていたのは。
「春姫……どうして、ここに」
他でもない――神坂春姫、その人だったのである。今ここに居るはずもない人、自分を助けるわけがない人の登場に、姫瑠の頭がついてこない。
「っ……!!」
だが、頭がついてこなくても、姫瑠のピンチは変わらない。年頃の女の子、いくら相手も年頃の女の子でそう重くはないとはいえ、人を一人手だけで支えるのは相当困難な話。
二人の状態は、徐々に悪化していく。
「大丈夫……! 今、何とか……!!」
そう言う春姫の表情も、段々と険しくなってくる。
(駄目……このままじゃ、春姫も……!!)
何故春姫がここにいるのかはわからないままだったが、このままでは二人とも駄目になる、という結論には姫瑠の思考は達した。
「春姫、もう無理だよ……!! 私のことはいいから!! このままじゃ、春姫も落ちちゃう!!」
「諦めないで!! 大丈夫、頑張るから!!」
言葉とは裏腹に、更に追い込まれる二人。――姫瑠は、覚悟を決める。
「離して春姫!! あなたまで落ちたら、あなたが落ちたら……雄真くんが、悲しむじゃない!!」
そう叫び、無理矢理春姫の手を振り解こうとした、その時。
「勝手なこと……勝手なこと言わないでよ!!」
そのあまりにも力強い言葉に、姫瑠は少なからず驚いた。
「春、姫?」
「私が落ちたら雄真くんが悲しむ!? ならあなたが落ちても雄真くんは悲しまないの!? 私だけ無事だったら雄真くんが安心してくれるの!? そんなわけないじゃない!! 雄真くんが笑ってくれるには、みんながいなきゃ駄目なの!! みんな無事じゃなきゃ駄目なの!! 悔しいけど、あなただって居なきゃ駄目なんだから!!」
その春姫の必死の言葉に、一瞬体が固まる。
「あなたが掴んでるのは、私の手だけじゃない!! 私が掴んでるのは、あなたの手だけじゃない!! 沢の……沢山の想い、大切な人の想い、掴んでるんだから!!」
彼と彼女の理想郷 SCENE
32 「friendship」
「…………」
雄真に事実上の除名を宣告され、どれだけの時間が経過しただろうか。気付けば春姫は寮の自分の部屋に戻っており、気付けばベッドの上で膝を抱えて丸くなっていた。どうやって戻ったか、等の記憶は全く無い。――今頃、もう皆出発しただろうか。
ショックだった。自分を切り捨てた雄真もそうだが、何よりもその原因を作った、あんな発言をしてしまった自分自身に。雄真は何も悪くない。あれは正しい判断だ。
そう思えば思う程広がっていく圧倒的な悲しみに、春姫は押しつぶされそうになる。あまりの悲しみに、逆に涙すら流せなかった。
思い出されるのは、雄真との思い出。出会いから今日まで、色々なことがあった。幸せだった。その思い出全てが、モノクロになる。儚げにおぼろげになる。――悲しみに、変わっていく。
(終わっちゃったんだ……何も、かも)
未だ現実味がない。しばらく時間が経過して、現実味が沸いてきたら、泣けるのだろうか。
この先、誰かと普通に笑い合う雄真を、二度と側に自分がいくことの出来ない最愛の人を見たら、泣けるのだろうか。――今の自分には、もうわからない。
(魔法使いでいる意味も……もう、無くなっちゃった……)
思えばあの日、雄真に助けられて、魔法使いを目指した。雄真に出会えて、やっと魔法使いになった意味を成就出来た。――その現実が破綻した今、自分が魔法使いでいる意味が、何処にあるんだろう?
何もかもが嫌になり、傷だらけの心が今まさに壊れようとしていた――その時だった。
「へえ……学生寮ってのは、結構立派なもんなんだねえ。正直驚いた」
声がした。自分以外、この部屋には誰も居ないはずなのに。――ゆっくりと、視線をずらすと。
「ああ、一応言っておくけど、ノックはしたよ? でも返事がないから、勝手に入らせてもらった」
「香澄……さん……?」
ゆっくりと部屋の中心に歩いて来るのは、香澄だった。雄真達と共に、姫瑠とすももを助けにいったはずの香澄だった。
「どうして……皆と一緒に、行ったんじゃないんですか……?」
だが香澄はその弱々しい春姫の問いには応えず、春姫の目の前に手に持っていたバイク用のヘルメットをポン、と置く。
「暇してんだろ? あれなら、どっか走りにいかないかい? 自慢じゃないけど、結構いいヤツ乗ってるんだよ、あたし。フリーの魔法使いって、ある程度のレベルになれば結構稼げるもんさ」
普通の口調で表情で香澄はそう春姫に告げる。――対して春姫は、どうしてそんなことを、とは思ったものの、どちらにしろ今はそんな気分ではない。ここから動きたくない。何も考えたくない。――そんな気分だった。
そしてそんな気分なのが見た目だけでバレバレだったようで、香澄ははぁ、と大きくため息をつく。
「面倒臭い女だねえ、あんた。――そりゃ雄真も愛想尽かすってもんか」
呆れたような突き放すような香澄の言葉。――春姫はそのまま動かない。
「ま、あんたがそうしたいっていうならあたしは止めないけどね。――ただ、一つだけ聞いていいかい?」
「……何、ですか?」
「あんたさあ、ホントに雄真のこと好きだったのかい?」
春姫にとっては辛い質問だったが、答えは迷わず出た。
「好きだったに……決まってます……今だって、大好きです……」
でももう終わった。もう無理だ。もうどうにもならない、と春姫が再び塞ぎかけると、
「嘘だね」
という予想外の言葉が香澄の口から飛んできた。
「本当だったら、そんなに簡単に諦めたりはしないさ。あんたの気持ちが本当じゃないから、あんたは今そこでひざ抱えて蹲ってる。違うかい?」
「違います……違います……! 私は本当に……!! でも、でもっ、もうどうにもならないじゃないですか!! もう駄目なんです!! 私がいけないんです!!」
「そうだね、誰がどう見たってあれはあんたが悪い――ただね」
余計な話など聞きたくない。今更何を言われても意味がない。――そんな春姫の心境を他所に、香澄は言葉を続ける。
「世の中に、一度転んだらリタイアしなくちゃいけないっていうマラソンのルールがあるとでも思ってるのかい?」
そう言われて、春姫がふっともう一度香澄の顔を見れば――気付けば、香澄は随分と真剣な面持ちになっていた。
「あんた、姫瑠に雄真が奪われそうになって、追い詰められてああなった。そうだね」
「……そうです」
「くだらない。――くだらないよ、あんた」
そのあまりにも突き放すようなあざ笑うかのような言葉に、春姫も感情の制御が効かなくなる。
「くだらないって……くだらないって何ですか!? あなたが私の何を知ってるっていうんですか!? 私は雄真くんが好きで、好きで――だから、奪われそうになったから、それで――!!」
「奪われちまったなら奪い返してやればいいだけのことだろこの根性無し!!」
香澄が怒鳴る。反論の途中で、春姫は言葉を失う。――近くて、でも遠かった真理を、突かれた気がしたからだった。
「あの子は、姫瑠はね、自分が不利なのを知ってて、それでも真正面から努力だけで雄真にぶつかっていってた。いつ自分が切り捨てられるかもわからない状況の中で、ただ純粋に雄真に想いを伝え続けてきた。今雄真があんたからあの子に移りかけてるのは、あの子の努力の成果さ。だったら、あんたが姫瑠以上の努力をすればいいんじゃないのかい! 姫瑠以上の努力をして、もう一度雄真に真正面からぶつかって振り向かせればいいだけのことだろ! 女はね、本当に惚れた男の為なら、何だって出来るようになるもんなんだよ!!」
「香澄、さん……」
心のサビがはがれていく。ソプラノに叱咤激励された時も、雄真にキスしてもらった時も何処かに残っていた、春姫の心のサビが、ゆっくりとはがれていく。
「あんたは取り返しのつかないミスをした。何したってそのミスが帳消しになるわけじゃない。過去は変えられやしないからね。でも、この先に、それよりももっと大きな功績を残すことは出来る。それこそあんたの努力次第で二倍、三倍だって可能さ。あんたの手で、『敗北』を『勝利』に変えることが出来るのさ。――振り返ったって、進む道なんてない。道は、あんたの前にしかないんだよ!」
スッ、と香澄の表情が、今までで一番厳しいものになる。そして――
「立ちあがれ、神坂春姫!! あんたが立たなきゃ、あんたも、雄真も、姫瑠も、誰も幸せになんてなれはしない!!」
最後の叱咤。――終わると同時に、春姫の心のサビは、全て綺麗にはがれていた。
黒く、重い気持ちが消え、代わりに芽生え始める――確かな勇気。
「――香澄さん」
春姫は数秒後、ゆっくりと立ち上がり、立てかけてあったソプラノを手に取る。
「香澄さんのバイク、乗せてもらえますか? 私、行きたい所があるんです」
「何処だか、聞いてもいいかい?」
「――「Fortunate
Magicaland」って、ご存知ですか」
そう告げる春姫の目に、力が篭っている。迷いのないその目を見ると、香澄は軽く笑う。
「ああ。――偶然だねえ、あたしもちょっとそこに用事があったところさ」
春姫はソプラノを背中に回し、香澄が置いたヘルメットを手に取った。
「行くよ! あたしは飛ばすからね、覚悟しておきな!」
「はい!」
「春姫っ……!!」
姫瑠は一度は振りほどこうとしたその手を、再び握り直す。――諦める、という選択肢は瞬時に頭から消え去っていた。
「っ――!!」
最後の力を振り絞り、春姫が一瞬姫瑠を持ち上げる。その瞬間、姫瑠は左手を伸ばし、床が崩れて崖になっている部分を何とか掴むことに成功。
「くっ……」
直後、もつれ込むように転がるように、姫瑠は上に上がることが出来た。――すると、疲労困憊の二人の耳に一つの拍手の音が聞こえてくる。
「お疲れさん。――よく頑張った」
「香澄さん……」
香澄は穏やかな笑顔で、二人に拍手を送っていた。――香澄も何も好きで姫瑠を助けるのを手伝わなかったわけではない。彼女はここで、姫瑠を取り囲んでいたISONEの下級兵達を威圧で牽制、邪魔をさせないようにしていたのだ。
事実、絶大なるチャンスにも関わらず、ISONEの下級兵達は身構えたまま、その場から動かずにいた。
「さて、お疲れの所悪いけど、もうひと踏ん張りしてもらうよ。こいつら、片付けないとねえ」
いくら威圧で牽制していたとしても、「通ります」「はいそうですか」で通れるような包囲網では流石になかった。体制を建て直し、立ち上がりワンドを持って身構える春姫と姫瑠。
「さてと。――ここで時間食うわけにもいかないからね。チャッチャと行くよ!」
「はい!」「はい!」
香澄も自らの二本のワンドを取り出し、繋げて一本にし、グルングルンと回転させる。――直後、その香澄の先制攻撃により、戦闘が開始された。
今更説明の必要もないかもしれないが、三人のレベルは高い。ISONEの下級兵ではそれこそ束になってかからないと相手にならないレベル。
「姫瑠、春姫」
戦闘開始直後、香澄は丁度背中合わせになっていた二人に声をかける。
「この辺の適当な奴らはあんたらにまかせる」
「香澄さんは?」
「ちょいとばかしゴキブリ駆除にね。――いいかい、今感じている背中の存在を決して疑うんじゃないよ。お互いを信じきれば、この程度であんたらが負けることはないからね」
「はい!」「はい!」
――この数ならば、姫瑠と春姫の二人で十分。そう判断した香澄は、
「あんたの相手はあたしだよ、この厚化粧」
いち早くウィリアの姿を捉え、対峙する形を取っていた。――下級兵を片付けた後では逃げられる。そう察した香澄の迅速な行動だった。
「厚化粧は余計だよ!!――でも……へえ。アンタ、アタイと同じ人種だろ?」
「何言ってるのさ、化粧は薄い方だ」
「化粧の話をしてるんじゃない!!――アンタも、戦いに快感を覚えているタイプだろう? 匂いでわかる アタイと同じさ」
「戦いに快感を覚えているタイプ、か……」
その問い掛けに、香澄は少々呆れ顔でため息をつく。
「確かに、あんたの指摘はあながち間違いじゃない。あたしは戦闘は結構好きな方さ。でも――間違いなく、あんたとは違う」
「あん? 何が違うってのさ」
「あんたは戦闘が好きなんじゃない。ただ単純に、人を傷つけ、痛めつけ、苦しめることに快感を感じてる。そんな目してる。――厚化粧でもわかる」
「しつこいね厚化粧厚化粧って!!――ああ、でもそうさ。アンタの言う通りさ。アタイの喜びはそこにある。快感はそこにある。何だ、アンタは違うのかい?」
「違うね。あたしの快感は、純粋な戦闘そのものにある。強者との力と力のぶつかり合いにある。全力を出し切っても、相手の実力に納得出来るなら、あたしは負けても構わない。だから――」
ズッ、と香澄の周囲の空気の流れが変わる。魔力を集中している証拠だった。
「だから、戦闘のその先に快感を感じているあんたとの戦いは楽しめそうにない。――あたしはつまらないものは手際よくさっさと片付けるからね。――覚悟しな」
「ハッ、誰が! 返り討ちにしてあげるよ!!」
ズバァン!!――二人の魔法が真正面からぶつかり合う。
――先ほどの本人の言葉の通り、香澄は戦闘を楽しむタイプである。相手が強者であればある程気持ちは高ぶり、純粋なる勝負を楽しもうとする。「魔法使い狩りの夜」、光山との戦闘時の光景はまさにそれであった。
だが今、香澄はウィリアとの戦闘が楽しめない。楽しめそうにない。――そう決まった以上、冷静にただ相手を倒すことだけを考えるようになる。頭の回転は速い方だ。
つまり――香澄は、「戦闘を楽しめない」人間を相手にした方が、冷静さが加わり、強くなるのだ。
「く……!」
ウィリアも決して弱いわけではない。わざわざISONE
MAGICが金を出して雇う程の人間。だが、今の香澄を前にして勝てる相手でもなく――
「ほうら、やっぱりあんたとの戦い、楽しめなかった」
わずか数回のぶつかり合いで、呆気なく追い詰められていた。
「クソッ……!! いいかい、よく聞け!! 全員、とりあえずこの女を――」
急ぎ、下級兵達に指示を出すウィリア。だが――
「!?」
変わりに香澄の左右についたのは、春姫と姫瑠の二人。
「ああ、お疲れさん。片付いたみたいだね」
「はい」
「な――」
既にそこにいた下級兵達は、二人によって全滅させられていた。
「馬鹿なっ!? あ、あれだけの数を用意したってのに!?」
「あんた、余計なことを考え過ぎで、魔法使いとして純粋に磨きをかけることを忘れてたのさ。だからこの二人の実力すら見抜けなかった」
「っ……!!」
「あんたの負け。――しばらくそこでオネンネしてな」
ドン。――最後に軽く魔法をかけると、ウィリアは気を失い、その場に倒れた。――香澄、春姫、姫瑠の三人だけになる。
「春姫……どうして、ここに……」
落ち着いてきて姫瑠の脳裏に甦るのは最初の疑問。ここに来るはずなどない、春姫の存在である。
「姫瑠さん、本当に、ごめんなさい。――私ずっと、姫瑠さんに嫉妬ばかりしてた。どうして私と付き合っている雄真くんに手を出すのか、どうして私達の関係を壊そうとするのか、なんて悪い方向ばかり考えてた」
「春姫、それは――」
「でも、やっと気付いたの。最後、誰を選ぶとか抜きにして、雄真くんは姫瑠さんの存在を認めてる。だったら、そのことも含めて、雄真くんを好きにならなきゃいけない。雄真くんの一番近くに居るには、あなたの存在を認めた上で、隣にいなきゃいけない。あなたの存在を消してしまうなんて大きな間違いだって、やっと気付いたの。あなたは私の存在を最初から認めていた。なら私も、あなたのことをちゃんと見ないといけない。そう、思うの。――今までの私は、あなたのこと、きっとちゃんと見ようとしていなかった。雄真くんが取られちゃう、そのことばかりに気を取られて、真沢姫瑠さんっていう私と同い年の女の子のことを、ちゃんと見ようとしていなかったの」
「春姫……」
「謝って許されることじゃないことはわかってる。でも――今まで、本当にごめんなさい」
春姫は、姫瑠に向かって深々と頭を下げる。チラリと見えたその目には、涙が浮かんでいた。
「――五番勝負」
「……えっ?」
「五番勝負、覚えてる? 今、二勝二敗のイーブン。最後、魔法対決を残すのみ」
対する姫瑠は、何故かそんなことを口に出してきた。
「勿論覚えてるけど……でも、それが」
「第五回戦の魔法対決――私の不戦敗でいい。負けでいいよ」
「え……?」
「だって、春姫だって第四回戦の演劇対決の時、不戦敗だったでしょ? だからこれでおあいこ」
「で、でもそれじゃ、姫瑠さんが」
「うん。――総合成績、二勝三敗で、私の負け。勝った春姫には、私よりも雄真くんに相応しい女の子の称号が与えられます」
「姫瑠さん、それは――」
「その代わりに、一つだけ条件があるの」
「……えっ?」
そこまで言うと、姫瑠の顔が、より一掃、優しい笑顔になる。そして、
「私と――友達に、なろう?」
「姫瑠……さん?」
姫瑠の口から出た言葉は、そんな言葉だった。
「友達の意味、わかるよね?」
「それは、わかるけど――」
「だったら、友達になろう? これから先、何でも話せて、絶対に信頼出来る、友達に、なろう? 今の春姫となら、私五番勝負の勝利を譲ってでも、友達になりたいって思った」
「姫瑠さん……」
「だから――私と、友達に、なって下さい」
そう言って、姫瑠は右手を前に出す。
「……うん。――私で、よかったら。私も、姫瑠さんと、ちゃんとしたお友達になりたい」
そして春姫に、その申し出を断る理由など何処にもなくて。気付けばその姫瑠の右手を、自らの右手で握っていた。
お互い握手をしたまま、その表情を伺えば、穏やかな笑顔。その穏やかな笑顔の目に、やはりお互い涙が溜まっていくのは時間の問題だった。
「姫瑠さん……!!」
先に動いてしまったのは春姫。まるでその涙を隠すかのように、ただ感情の赴くままに、姫瑠に抱きついた。
「春姫っ……!!」
でもそれは恐らく紙一重の問題。ほんの少し何かがずれていたら、姫瑠の方から春姫に抱きついていただろう。――二人は、抱き合ったまま、涙を零す。
「ごめん……ごめんなさい……!! 今まで、本当に……ごめんなさい……!!」
「うん……私の方こそ、今まで、色々、ごめんね、春姫……」
泣きながら笑ってやっぱり泣いて、今までの色々なものを、そこにぶつけるように、二人の抱擁は続く。
「やれやれ、何処の青春ドラマのヒロインなんだい、あんたらは。――でも、ま……羨ましいよ、ったく。……あたしももう一回、学校とか通おうかねえ」
そんな香澄の言葉も穏やかに見守る笑顔も、今の二人には届くことはなくて。
出会ってから、もう直ぐ一ヶ月が経とうとしていたこの日。
二人の「姫」の間に、初めて本物の友情が、生まれたのだった。
<次回予告>
「あれだけのことをしたのに、最終的に僕は負けた。僕は今回、勝てない運命にあるんだろう。
――ならこれ以上、無駄なあがきをしても意味がない」
少しずつ、確実に戦いは終幕を迎え始める。
勝者、敗者、そして未だ戦い続ける者のそれぞれの思惑。
「復讐っていう言葉は聞こえが悪い。復讐する人間なんていつだって悪者だ。
たとえどんな理由があったにしても、だ。世の中、先にやったもの勝ちなのか?
そんなの……そんなの、間違ってる」
「琴理……」
そしてまた一つの戦いが幕を閉じる。
雄真vs琴理、勝者はどちらか、そしてその想いの行き先とは。
「はははは、塵となれ!!」
そして、壊れ行く人間の力が、全てを飲み込んでいく――
次回、「彼と彼女の理想郷」
SCENE
33 「Last
wish」
「――バイバイ、姫瑠ちゃん」
その願いは、強く優しく――儚く脆く。
お楽しみに。 |