「…………」
 磯根泰明は、ビルの最上階にある自らの部屋から、景色を見下ろしていた。――景色、すなわち「Fortunate Magicaland」では、現在各所にて激しい戦闘が繰り広げられている。
「……相変わらず、役に立たない馬鹿どもが」
 吐き捨てるように泰明は呟く。――相手は確認したところ現在八人。一方のISONE側は名も知らない下級魔法使いが膨大な数。数では圧倒しているはずなのに、戦況は互角、もしかしたらそれ以下かもしれない状況だった。
(まあ、だからこその「ART」なんだが、な)
 そう思い、今度は軽くニヤリ、と笑ってしまう。――追い詰められれば追い詰められる程、何処か興奮していきそうな自分が何処かにいたのだ。
 思い出されるのは――鈴莉との会話。

『それがどういう物だか解っているの……? それはこの世には存在してはいけない物。世界の、人類にバランスが全て崩れてしまう、危険な技術』
『違うな。――この技術は、国を、世界を、私の物にする、素晴らしい技術だ』

 ――この戦いは、泰明にとって、単なる姫瑠誘拐云々の話だけではなかった。ARTの技術を使って、自らの会社の命運を分ける、そんな戦いでもあった。
「失礼します」
 後方から声がした。聞きなれた声。――自分の秘書である。
「何だ。用件だけ言え」
「はい。――光山氏との連絡が途絶えました。交戦に入った所までは確認しておりますので、恐らく敗北したものと思われます」
「……わかった。下がれ」
「はい」
 直ぐに、後方の気配が消えた。
「フン、あれも馬鹿な男だ。簡単に負けるとはな」
 もっと色々な方面で利用してやるつもりだったが――まあいい。……泰明は、光山の敗北を、楽しむかのようにあざ笑った。
(だが――奴が負けるとなると、あまり俺もうかうかしてられんな)
 前述したように、数では圧倒的に優勢なISONE MAGICだったが、人材の質という意味では圧倒的に不利な状態だった。その中でも魔法使いとして純粋に優秀だった光山の存在はとても貴重な砦だった。――彼の敗北は、自らの立ち位置に直接攻撃がくる可能性を十分に示していたのだ。
 ずっと景色を眺める位置にいた泰明は、自分のデスクの前に移動。電話の受話器を手に取り、内線ボタンの一つを押す。
「俺だ。――あれの使用準備を始めろ。今から俺も行く」
 カチャッ。――用件だけ述べると、直ぐに受話器を置く。
「ははっ、見せてやるか。――我々の、そして「ART」の真の力を」
 そう呟くと、力強い足取りで、泰明は部屋を後にするのだった。


彼と彼女の理想郷
SCENE 31  「その想いすら乗り越えて」


「音羽さーん、これ、どうしたらいいですか?」
 瑞穂坂学園敷地内のファミレス、御馴染みOasis。――今日も忙しく、店はフル回転していたが……
「…………」
 ただ一人、フル所か半分も回転していない人間が一人。――チーフである小日向音羽、その人である。椅子に座り、何処か遠い所を見ているような視線。
「あの……音羽、さん?」
「ん? どしたどした?」
 と、そこに通りかかったのは、パティシエール、沖永舞依。
「あ、舞依さん、これ……その、音羽さんになんですけど、その」
「ああ、いいよ。私が何とかしとくから。晴美(はるみ)ちゃんは、仕事戻ってて」
「あ……はい」
 晴美という学生バイトを元のポジションに戻すと、舞依は音羽の方に向き直る。
「音羽さーん、晴美ちゃん困ってましたよ?」
「…………」
 応答がない。
「音羽さーん!!」
「ふぇっ!?」
 先ほどよりも大きな声でより近くで呼ぶと、初めて音羽は反応を見せた。
「あ、ああ、舞依ちゃん、どうしたの? お店で何かあった? 発注の電話?」
 その様子からして、明らかに今しがた目の前の舞依とアルバイトのやり取りに気付いていない様子。
「音羽さん、無理しないで今日は帰ってもいいですよ。――心配で、仕事所じゃないでしょう?」
 すももが誘拐されてしまったことは基本知れ渡ってない。――が、Oasisでは唯一、舞依だけが知っていた。音羽としては、どうして舞依が知っているのか、と尋ねる気も今は起きず。
「だ……大丈夫大丈夫、ちょっとボーっとしてただけだから!」
「その強がりが、無理してるって言ってるんです」
「あ……」
 舞依が真面目な顔でそう言うと、音羽は直ぐにシュン、となってしまう。
「お店のことは心配しないで下さい。頼りないかもしれませんが、私が見てますし、それに音羽さんが育てたバイトの皆が、頑張ってくれますって」
「舞依ちゃん……ごめんなさい」
「水臭いこと無しですよ、音羽さん。困った時はお互い様ですし、私だってすももちゃんのこと、心配ですし。それに――」
 フッと、舞依の表情が、少しだけ変化する。――笑顔だったが、何だか今までに見たことが無い、そんな気がしてしまう不思議な笑顔。
「それに、雄真くん達なら、きっと大丈夫ですよ。必ずいい結果を残して、帰ってきますって。私が保証します」
 そしてその目が――何もかも見透かしたようなその目が、音羽の心を、不思議と落ち着かせてくれた。客観的に見れば、舞依の言葉に保証などないはず。だが、その言葉を絶対に信じていい。――そんな気にさせてくれる、不思議な空気が流れていた。
「ありがとう、舞依ちゃん。――それじゃ、今日一日だけ、お願いしてもいいかしら」
「ええ、勿論。――美味しい晩御飯でも作って、二人のこと待っててあげて下さい」
「ふふっ、そうするわ」
 笑顔を取り戻した音羽は、その場を離れ、ロッカールームへ。――舞依は一人になる。
「うん、雄真くん達なら大丈夫ですよ、音羽さん。あの子達には光がある。――私とは違う、運命を辿れますよ」
 誰にも聞こえないような声で、舞依はそう呟いていた。目を閉じれば、彼らの光を思い出す。――私は、いつから彼らが持つ光に魅せられていたんだろう? 自分が決して持てなかった光に、いつから魅せられていたんだろう?
「勝ちなよ、雄真くん。――でないと、この沖永舞依さんが、承知しないぞ?」
 そう更に呟いて、さて仕事に戻るか、と思っていると。
「音羽さーん! 音羽さーん!」
 音羽を呼ぶ声がする。
「はいはい、音羽さんは事情により帰りました。――どした? 私が今は代理」
「業者さんからの電話なんですけど、発注書の食い違いがあるから直ぐに確認して欲しいって」
「オッケー、直ぐに行く」
 と、電話の所に行こうとすると。
「チーフ! チーフ何処ですかー!」
「音羽さんは事情により帰宅。――どした?」
「それが、お客様のクレームで、責任者と話がしたいって」
「あー……うん、わかった。ちょっと待っててもらって」
 そう伝え、とりあえず電話……と思っていると、
「音羽さーん! ヘルプお願いします!」
「音羽さん、ちょっと見てもらえますか?」
「音羽さーん!!」
「……えーっと」
 同時に多方向から音羽を呼ぶ声。――どうしよう。い、今ならまだ音羽さんロッカールームにいるよね?
 電話よりまずはロッカールームに、と舞依が動こうとすると、
「それじゃ舞依ちゃん、後宜しくね〜!!」
「あ、音羽さん、お疲れさ……ま……あああああ!?」
 ピュー、と効果音が出そうな勢いで、音羽は去っていった。
「…………」
 伸ばしたこの手が届かない。舞依の手が、空を切った。
「あれっ!? 音羽さんは!?」
「今は舞依さんが代理だって」
「そうなんだ……じゃ舞依さーん、これお願いしまーす」
「舞依さーん、ちょっとあっちが」
「舞依さーん!」
「沖永チーフ代理ー!!」
「……はは……あはは……」
 気付けば、音羽を呼ぶ声は、全て舞依を呼ぶ声に変わっていた。
 それから数時間後、舞依は作業を何とかこなし、本日の終業を迎えた。実際何をどうしたかまったく覚えていない程わけがわからなかったのだが、帰り道、一つだけ揺ぎ無い決意が生まれたとか。
「――事件終わったら、絶対に香澄さん、スカウトしよう。私は代理無理だ」


「くそっ……!!」
 琴理との戦闘になって、どれだけ時間が経過しただろうか。――結論を言えば、俺は思いっきり苦戦を強いられていた。
「フェルジュ・イラ・マーサ・ミスト!!」
 バシュッ!!――容赦なく琴理の攻撃が俺を襲う。……琴理のレベルは、俺の想像以上に高かった。
 実際の所、攻撃力は高くない。一発一発ならば俺のレジストでも問題なくガード出来るレベル。だが琴理の攻撃は単純じゃなかった。あの拳銃タイプのワンドから繰り出される攻撃は、数、種類が豊富でトリッキーな戦闘スタイルは、まったく読めない。俺の単純明快なレジストでは防ぎきれないのだ。俺の体力は見事な程に削られていっている。
 一方で機動力、防御力は高く、特に機動力の高さに俺は舌を巻いていた。ピンポイントで反撃は試みているが、中々上手くいかない。
 俺は、遊ばれてると言われても過言ではない状態だった。
「どうした! その程度で姫瑠を助けるとかつまらないことをよくも偉そうな顔で言える!」
「ぐ……!!」
 無論、マインド・シェアを使えば圧勝だろう。――だがこの先どれだけ戦闘があるかわからない現状で、マインド・シェアを使うわけにもいかない。
 それに、これは俺の勝手な言い分になるが、琴理にはマインド・シェアを使わないで勝ちたい。――そんな気分だった。
「雄真、落ち着いて考えろ。――明らかに純粋なる実力は相手が上だ。琴理の実力は恐らくはClass Aに程近いもの。今のお前では真正面からでは勝てない」
「クライス。――ならどうしたらいい?」
「真正面から勝てないなら、真正面から勝たなければいい。――お前もトリッキーな戦法を選べ。今までにやってきたことから、使えそうな戦術を選ぶんだ」
 そうは言われても、俺自身そこまで複雑な応用技は会得していない。――思い出せ俺、何か、何かあるはずだ! クライスがこう言うんだ、絶対に何かあるはずだ!
 俺の技。俺のトリッキーな技。今までに使ったことのある技。

『あれは、元々は鈴莉が編み出したレジストだ』
『せんせ――いや、母さんの?』

「――!!」
 あった。一つだけ思い出せた。俺のトリッキーな技。
「いくぞ小日向!! これで終わりだ!!」
 魔力を集中し、恐らく大技を仕掛けてくる琴理。――迷ってる場合じゃない、一か八かだ!
「アルスレイ・スヴェイグ・エル・ディヨンド・ディ・ラティル・アムレスト・レイ!」
 俺の前方に現れるレジスト。
「バースト・アイラ・アルクェスト!!」
 琴理の拳銃から発射される、極太の魔法のレーザー。――バァン、という大きな音をたてて、俺のレジストとぶつかり合う。
(負けられない……!! ここで琴理の攻撃にこれが負けるようじゃ、もう俺の負け同然だ……!!)
 俺は全身全霊を賭け、レジストに集中。ぶつかり続ける琴理の魔法と俺のレジスト。
「――な!?」
 そして数秒後、バァン、という再び大きな音を立てて――俺のレジストは、琴理の極太レーザーを、そのままの威力で跳ね返した。
「ぐ……!!」
 自分の攻撃がそっくりそのまま帰ってくるという予想だにしない事態に、琴理は回避も防御もままならず、ダメージを重ねていく。
 俺は、その隙を、見逃さない。
「カルティエ・エル・アダファルス!!」
 バァン、バァン、バァァン!!――追い討ちでの連続での攻撃魔法を放つ。
「っ……く……ああっ!!」
 ズバァン!!――そして、必死のガードが続いた琴理だったが、ついに俺の攻撃がクリーンヒットした。そのまま数メートル吹き飛ばされる琴理。
「どうだ? 散々馬鹿にした俺の攻撃魔法は」
「っ……」
 口には出さなかったが、流石にあのカウンターレジストは予想外だったらしい。一瞬、悔しそうな表情が顔に滲み出た。――あのカウンターレジストは、クライスと契約した直後、魔法の実習の授業の時にクライスが教えてくれた技だ。成功して良かった。
「わかった、訂正する。――もう、お前を見下した状態では戦わない。全身全霊をかけて、お前を倒す」
「望む所だ! 俺だって負けるわけにはいかない!」
 俺も琴理も、改めて自らのワンドを持ち直し、身構える。
「ベルス・イラ・ユーキ・アルクェスト!!」
「カルティエ・エル・アダファルス!!」
 そして、攻撃魔法のぶつかり合いで、再び戦闘は再開された。
「フェルジュ・イラ・マーサ・ミスト!!」
 俺のカウンターレジストを警戒してか、小刻みな攻撃に琴理の戦法はチェンジしている。――確かに攻撃の一発一発は強くはないが、これではカウンターレジストを出す為の詠唱をしている暇がない。
「ディ・アダファルス!!」
 俺も攻撃を試みているが、俺の攻撃魔法はほとんど当たらない。当たったとしても確実にガードされている。――埒が明かない。かと言って、これ以上何かトリッキーな方法を会得した記憶は流石にない。
 つまり、徐々にではあるが、俺が不利になる一方。
「悪いことは言わない、諦めたらどうだ! あの技が使えない限り、お前じゃ私には勝てない! 私は――必要以上に、人を傷つけようとは思わない!」
 無論そんなことは琴理も重々承知。戦闘をしつつ、そんな言葉を突きつけてくる。
「うっせえ!! 俺は絶対に諦めない!! 姫瑠の為にも、お前の為にも!!」
「それこそ私は諦めない!! 私を止めるなんて考えは捨てろ!! 私は父様の無念を晴らすまで、絶対に諦めない!!」
 父様の無念。――細かい話は聞いてないが、琴理の父親は姫瑠のパパさんに直接ではないものの、間接的に殺されてしまったという話。
 気持ちはわからないでもない。同情の余地は十分にある。――だけど。
「だからって、復讐なんて、姫瑠に復讐なんて間違ってる!! あいつはお前の事情なんて何も知らなかった!! 何も知らないまま、お前の友達になった!! ただ純粋に、お前を親友として見ていた!! 裏表無く、お前を大切な存在として想ってたんだ!! その純粋な好意を、裏切りで返すってどういうことだよ!! 姫瑠がお前に何したってんだよ!! そんな姫瑠の気持ち、何もわからなかったのかよ!! そんなこともわからない奴に、復讐云々の資格なんてあるわけないだろ!!」
 俺が叫ぶようにそう言い切ると――ふと、琴理の動きが止まる。
「……わかってるよ、そんなことくらい」
「……え……?」
 呟くような声だが、俺の耳には届いた。――わかって、る?
「わかってたよ、姫瑠が私の事情を知らないで、ただ私を大切な友達として見ていたことくらい。私を無二の親友として、掛け替えの無い存在として見ていたことくらい。私のこと好きだって言ってくれること、嘘じゃないことくらい。全部全部、純粋なる好意だって、わかってたよ。――私だって、そんなに馬鹿じゃないさ」
「わかってたって、お前……」
 少し寂しそうな顔をしつつ、しっかりとした目で、琴理は俺を見る。
「なら、何で復讐なんてするんだよ……そこまでわかってるなら、何でなんだよ……!! お前が望めば、お前達、死ぬまでずっと親友で居られただろ!?」
「……父様が、報われない」
「な――」
「母様が亡くなり、男手一つで私を育ててくれた父様。優しかった父様。大好きだった父様。その父様が、殺されたんだぞ? 父様がどんなに無念だったか、私にはわからない。計り知れない。――その父様の悔しさに目を瞑って生きていくなんて、私には出来ない!! わかってるよ、自分が間違ってることくらい!! 姫瑠に罪がないことくらい!! ほんの少し考え方を変えれば、私はいつまでも姫瑠の友達で居れたことくらい!! でも……でもっ、優しかった父様の死を割り切って生きていくなんて、私には出来ないんだよっ!!」
「琴理……」
 なんてこった。琴理は何もかもわかってた。姫瑠が自分のことを大切に想ってくれていること。そんな姫瑠に復讐するなんて間違っているということ。非が自分にあること。ハッキリとは口にしていないが――琴理だって、姫瑠のことが大好きだということ。
 そして、その要素を認め、飲み込んだ上で――琴理は、復讐を選んだんだ。何もかもわかった上で、本当は自分がどうすべきかわかってるのに、琴理は復讐を選んだ。大好きだった、父親の為に。
 初めて小日向家で感じた優しい琴理の印象――あれは、演技でも嘘でもない。本当の、琴理の姿だったんだ……
(だったら……尚更、止めてみせる……!!)
 俺は、改めて決意する。――琴理は、困惑の中にいる。まだ間に合う。まだ止められる。――止めてやらなくちゃいけない。姫瑠の為に――そして、琴理の為に。
「終わりに、しよう、小日向。――私はお前をここで倒し、復讐を遂げる」
「そうだな、終わりにしよう、琴理。――俺はお前をここで倒して、お前を救う」
 再び身構える俺達。――最後の勝負に出ようとしている。だが間違いなく俺のカウンターレジストは警戒されている。他の手を使わなくちゃ、勝てない。どうする、俺……
「雄真、思い出せ」
「クライス……?」
「お前には、仲間がいるだろう?」
 と、不意にクライスの言葉。こんな時に何だ、と一瞬思った。――が。
「――!!」
 そうか……もう一つ、俺には方法があった。――仲間、か。
「サンキュ、クライス。お陰で思い出した」
「そうか。――後は、お前次第だ」
「ああ」
 実際、これで勝てるかどうかはわからない。でも――今の俺には、この方法しかない!
「行くぞ!!」
 動き出す琴理。身構える俺。そして、俺は――


「――どういうつもり……!? 私は、投降するって言ってるのに、何で大人しく通してくれないわけ!?」
 「Fortunate Magicaland」の一角に、姫瑠の声が響き渡る。――姫瑠は、ISONEの下級兵の部隊に囲まれていた。姫瑠自身は、自らの身柄と引き換えに、すももを解放して貰おうと向かっていた途中での出来事である。
「悪いけどね、アンタの投降とか、そんなのはアタイは興味ないのさ」
 取り囲んでいるISONEの下級兵達から少し離れた箇所で、その状況を見下ろしているのはウィリア。――「魔法使い狩りの夜」で、杏璃、春姫と対峙したISONEの雇われの魔法使いである。
「一度大金持ちのお嬢さんってのを甚振ってみたかったんだよねぇ。何でもお金で解決してきたんだろ? そういう奴に救われない世界ってのを刻み込んでみたかったんだ」
「そんなの知らない! 私はISONEに投降するって言ってるの! だから、ISONEの社長に――」
「べつにボロボロだって構いやしないさ。安心しなよ、気を失ったってアタイが運んであげる」
 ニタリ、と笑うウィリア。――その笑顔に、気味の悪さに、背筋に冷たいものが走る。
「……っ」
 話が通じるような相手じゃない。――そう察した姫瑠は、止むを得ずワンドを手に取り、身構える。
「いいねえ、抵抗してくれた方が面白い。――さあ、可愛がってあげるよ!」
 その言葉を封切りに、戦闘が開始される。一気に姫瑠にISONEの下級兵が襲い掛かる。
「サンズ・ニア・プレイル・レイニア!!」
 バァン!!――だが姫瑠の実力は高い。ISONEの下級兵を、確実な動きで一人一人倒していく。動きを止めることなく、移動と攻撃を繰り返し、戦闘を消化していた……その時。
「え――!?」
 不意に響く、バリバリ、という音。――未だ建設中のテーマパークだからなのか、足場の強度が悪かったらしく、いきなり地面に穴が開いてしまい、ロクに反応も出来ず姫瑠はそこに落下してしまう。
「っ……!!」
 ギリギリの所で反応し、手を伸ばし崩れた足場を掴み、持ちこたえる。――だが掴んだ場所が悪かった。ハッキリ言って手でしっかり掴めるような箇所ではなく、
「あ――」
 掴んで数秒で、姫瑠の手がその足場からするりと抜けてしまう。――落下する。姫瑠が覚悟を決めた、その時。
「っ……!!」
 ガシッ!!――何者かが姫瑠の手首を掴み、ギリギリの所で姫瑠の落下を防いだ。落下の覚悟をしていた姫瑠は目を閉じていたので、一瞬何が起きたのかわからない。
「……え……」
 ゆっくりと目を開き、自分を支えている人間を確認する為に上を見上げる。すると、そこには――


<次回予告>

「大丈夫……! 今、何とか……!!」

混戦の中、姫瑠に差し伸べられたその手。
相手は一体何者なのか? そしてその真意は?

「化粧の話をしてるんじゃない!!――アンタも、戦いに快感を覚えているタイプだろう? 
匂いでわかる アタイと同じさ」
「戦いに快感を覚えているタイプ、か……」

更に開始される新たなる戦い。
それは、苦戦を強いられている雄真陣営にどう影響してくるのか?

「世の中に、一度転んだらリタイアしなくちゃいけないっていう
マラソンのルールがあるとでも思ってるのかい?」

そして、伝えられていく、強い想いは――

次回、「彼と彼女の理想郷」
SCENE 32  「friendship」

「友達の意味、わかるよね?」

お楽しみに。


NEXT (Scene 32)

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