「…………」
 姫瑠は一人、決戦の場、「Fortunate Magicaland」への道を進んでいた。
 色々あったが――姫瑠は、驚く程に冷静だった。ショックじゃない、と言えば嘘になる。でも、自分はあそこに居る器じゃない。そんな想いが、何処かにずっとあったからだろうか。春姫の言葉を、受け止めることが出来たのだ。
 自分が行くことで、すももが助かるのなら。彼らの生活が、元に戻るのなら。――この一ヶ月、お世話になったお礼が、出来るのならば。
 そう想えば、姫瑠の足が迷うことなどなかった。
 姫瑠は向かう。自らの命を捨てに。運命を捨てに。友達になってくれると、言ってくれた少女の為に。――ただ自分が、好きになった男の子の為に。
「……え?」
 やがて目的地も段々と視界に入ってきたその道に――ポツン、と立つ一人の女性。おそらく魔法服と思われる服装で、細身で身長は女性にしては長身な方。左腕に、小型で円形のシールドを装着していた。
 知らない女性だった。――でも、何かが引っかかる。
(誰かに……似てる……?)
 その顔が、知っている「誰か」に似ている。そんな、気がした。
「お一人で、向かわれるのですか」
「えっ?」
 と、そんなことを思っていたら、その女性にそう尋ねられた。――冷静に考えればおかしな話である。そんなことを尋ねる前に、他に尋ねるべきことはこの状況下ならあっただろう。
 でもその女性は、全てを見透かしたように、ただそれだけを聞いてきていた。
「お一人で、向かわれるのですか、と尋ねているのですが」
「あ――その、はい」
 だがそれ以上の思考をする前に、再び同じ質問をされ、姫瑠もつい素直に答えてしまう。
「そうですか」
 女性は姫瑠の答えを聞くと、横を通り過ぎ、そのまま去っていく。
「あの……?」
 急いで姫瑠も振り返り、その背中に向かい、何者なのかを訪ねようとすると、
「――世の中には、同じだけ努力をして、同じだけ想いを重ねても、救われる人と、救われない人がいるものです」
 振り返ることなく、一応足を止め、女性は語りだす。
「あなたは……救われる側の人だといいですね、真沢姫瑠さん」
 そしてそう告げて顔だけ軽く振り向いて、穏やかな笑顔を一瞬見せると、再び前を向き、今度は止まることなく歩いていく。
「…………」
 姫瑠にしてみれば、さっぱりわからない。何故に自分の名前を知っているのか、そもそも何者で何故ここに居たのか。
 だが――

『――世の中には、同じだけ努力をして、同じだけ想いを重ねても、救われる人と、救われない人がいるものです』
『あなたは……救われる側の人だといいですね、真沢姫瑠さん』

 ――その言葉が、耳に残る。謎の女の謎の言葉が、姫瑠の耳に残っていた。
「私はきっと……救われない、人間です」
 だからこそ、せめて他の人は救いたい。――そう思い直し、再び姫瑠も歩き出したのだった。


彼と彼女の理想郷
SCENE 29  「ALL-OUT ATTACK」


「見えてきた……」
 段々と視界に入ってくる、建設中のテーマパーク。あれがおそらく「Fortunate Magicaland」――つまり決戦の場だろう。
「――ここから先は、作戦通り、各チームごとの行動になります」
 足を止め、楓奈がそう告げる。――伊吹、信哉、上条さんのAチームで陽動、タカさん、小雪さん、杏璃、俺のBチームでAチームとは別方向からの陽動。そして楓奈の単独潜入。
「――いよいよ、だな」
 全員が改めてワンドを取り出し、戦闘準備完了。楓奈もポケットから――
「――? 楓奈、何だそれ? 何処かで見たことある気がするんだけど」
 楓奈は自らの魔法服のポケットから、皮の手袋を取り出し、はめている。薄く魔法陣が描かれたその手袋に、俺は見覚えがあったのだが、楓奈がそんなものをつけていた記憶はまったくない。
「これ、先生が用意してくれたの」
「母さんが?」
「うん。――お父さんの、形見の品。協会で保管されてたのを、無理矢理持って来てくれて」
「――あ」
 そうか、俺が見覚えあるのも納得がいく。――俺が楓奈のお父さん、つまり盛原教授と一騎打ちになった時に、盛原教授がはめていたやつだ。
「接近戦の時、私、風の魔法を腕に留めておくでしょう? あれをより効果的に使う為に作られてる手袋だと思う」
「そっか、それならより戦い易くなるな」
「うん、それに――今、はめてみてわかったけど、お父さんが近くにいてくれているみたいで、嬉しいの」
「楓奈……」
 楓奈はいつもの優しい笑顔で俺にそう言うと、真正面を向き、スッと目を閉じ、集中する。直後、彼女の周りを穏やかな、綺麗にまとまった風が流れ始め……
「あ……」
 いつしか――楓奈の背中には、風で出来た、翼が生まれていた。風で出来ているんだから、見えるはずのないのに、しっかりと誰もが「翼」と目で認識出来る、不思議な楓奈の力。――あの日、初めて広げられた、楓奈の翼だった。
「凄、え……」
 驚きを隠せないのはタカさん。――そうか、初めて見るからな。無理もない。その整った風の美しさと同時に、魔法使いなら誰でもわかる、その楓奈の魔力の高さの証拠。それがこの翼だから。
「楓奈。――すもものこと、頼むな」
「大丈夫。――私の翼は、みんなの為に、あるんだよ?」
 そう言って、再び穏やかな笑顔を俺に見せる楓奈。答えるように、俺も力強く頷く。
「――行こう!」
 そして、その言葉を封切りに、決戦の火蓋は切られたのだった。


 ズバババァン!!――連続しての魔法による攻撃音が周囲に鳴り響く。突入して十分位だろうか。俺達は戦闘の真っ最中だった。
「エスタリアス・アウク・エルートラス・レオラ!」
「ジェ・イレイン・クォーツ!」
 一歩先を行くのはタカさんと杏璃。攻撃力で敵を圧倒している。
「エスティオラ・エイム・エルスタス」
「ディ・アストゥム・アダファルス!」
 続けて二人の後ろについているのは俺と小雪さん。主にサポートがメインだ。メンバーこそ多少変動があったものの、作戦会議にて楓奈が提案していた四人による戦闘、が上手く機能しており、ここまでの戦闘は順調に進んでいると思う。
(伊吹達や楓奈、大丈夫か……?)
 戦力が一番配分されているのは無論俺達なので、どうしても他の戦闘箇所が心配になってしまう。
(それに……姫瑠、無事、だよな……?)
 そして――おそらく先に一人で辿り着いていると思われる、姫瑠の身も。
「人の心配してる余裕あんなら、テメエの心配しとけよ、雄真!」
「あ――すいません!」
 気を抜いたつもりはなかったが、不意にタカさんに指摘される。見抜かれていたらしい。
「瀬良孝之の言う通りだ、雄真。――お前と共に歩く者達は、お前が思っている以上に強い。お前の仲間を、信じろ」
「クライス。――そうだな」
「お前、その様子だと、全然気付いてねえみてえだな」
 タカさんが三方向に連続して攻撃魔法を放ちつつ、俺に向かいそう告げてきた。
「気付いてないって……何がですか?」
「姫瑠お嬢様のことだ。――無事だよ、姫瑠お嬢様は」
「えっ!?」
「この位置からギリギリで魔力を感じ取れる。――陽動って言っても闇雲に動いても仕方ねえだろ? 俺達は姫瑠お嬢様がいる方に徐々に動きながら戦ってるんだよ」
 そっか……姫瑠、無事か……! 今から、間に合うんだな……!
「――よし!」
 俺は気合を入れなおし、更なるサポートの為に魔力を溜める。
「……ホントに気付いてねえのな、お前。お前以外全員気付いてるぜ」
「いや、その、あの……すいません」
 お断りしておくが、そんな会話中も俺達は戦闘真っ最中、魔法をぶっ放す合間合間の会話だ。
「はぁ。――俺、クリスと二人掛りでお前と戦って一回圧倒されたんだよな? 信じられねえ」
「まあ、あれはその、一撃必殺というか、最後の奥の手というか」
「要約するとだな、我が主は『女性を襲う』というキーワードが入ることで五割増しの力が出せるわけだ」
「何処の何を要約したらその結論に!?」
 だからその、戦闘中ですから、ホントに。
「成る程……あの日、私を押し倒した時の雄真さんが獣に見えたのも、合点がいきます」
「だからあんたを押し倒したことも抱いたことも俺は一度もねええええ!!」
「クスン。――柊さんは押し倒したのに」
「はい!?」
「ぶっ!? ゆゆ雄真、あああアンタ、ばっ、ばっ、ばらしたわねあの日のこと!!」
 あの……ね、その、しつこいけど、戦闘中なのよ、俺達。合間の会話だからね?
「ばらしてねえ!? 小雪さん!?」
「……まさか、本当に押し倒していたとは思いませんでした」
「あてずっぽかー!! やめて、その白い目はやめて!! 誤解ですから!! ギリギリまでもつれ込みましたけど何もなかったですから!!」
「ああっもう、これ以上余計なことを口走るなーっ!!」
 敵が、敵がいるんです周囲に。俺達は戦ってるんですってば。全力で戦闘中ですので。
「雄真。――男として、そういう性癖があることを否定はしねえが、実際にやると犯罪だから、気をつけろよ」
「お願いだからその哀れむ目をやめてくださいタカさん!!」
「いやしかし、リアルな話……姫瑠とは、「やった」のか?」
「やってねえ!! というかお前が把握してない所でどうやってやっちゃうんだよクライス!!」
「ああっもう、いつまでそんな会話してんのよアンタ達!!」
 しびれを切らす杏璃。――だが、そんな杏璃よりも、
「貴様等、馬鹿にしやがって……!!」
 絶賛戦闘中の敵さんの方が怒り心頭だったりする。――無理もないけど。
「甘く見るなよ!! これでも喰ら――」
「甘く見てんのはテメエらだろうがボケ」
「鬱陶しいのよゴチャゴチャと!」
「ふふっ、おとなしく消えちゃって下さいね♪」
 ズドドドドーン!!――三人の連続攻撃が見事にクリーンヒット。数名の敵が巻き込まれ、一気に吹き飛ぶ。
「…………」
 俺、凄い人達と一緒に戦ってるなあ、と改めて実感。頑張れ俺、負けるな俺。
「――ん?」
 と、そんな俺達優位の陽動が続いていた、その時だった。――何処からか「キーン」という音が聞こえてきた、と思うと、
「っ!! 雄真、こっちだ!!」「柊さん、こちらです!」
「えっ? タカさん!?」「小雪先輩……!?」
 俺はタカさんに引っ張られるように一緒に左に移動、杏璃は小雪さんに引っ張られるように右に移動。
「――なっ!?」
 直後、今さっきまで俺達がいた所に何かが降ってきて、爆発。立ち位置が悪かったのか、前述通り俺達はタカさんと俺、小雪さんと杏璃の二手に別れてしまう。
 爆発音がした所からは、激しい煙。一気に視界が悪くなる。
「チッ……占いの嬢ちゃん、そっち頼むぜ!」
「お任せ下さい! こちらのことは御気になさらず」
 煙で見えないが、小雪さんの声だけが聞こえてくる。おそらく杏璃と一緒なのだろう。
「雄真、行くぞ! 俺から目を離すなよ? はぐれたらそれこそ終わりだ!」
「はい!」
 走り出すタカさん。俺はその背中を見失わないように必死で追いかける。
「へっ、ごり押しが通用しねえとわかったら味方巻き添え覚悟でキャノン砲か。――雑魚の考えそうなことだぜ!」
 走っている最中も、連続で振ってくる煙込みの爆弾。視界は悪くなる一方。おかげでその爆弾以外の攻撃は来ないが、このままじゃ埒が明かない――と思われる状況の中、タカさんは止まることなく走り続ける。俺は追うので精一杯だ。
 そのまま一分位走っただろうか。
「覚悟しろよタコが!――ダルディ・ジェ・ギル・ギバース!」
 その場に急ブレーキ、タカさんが攻撃魔法を放つ。
「ぎゃあ!」
 直後、爆発音と敵の悲鳴。俺にしてみれば視界が悪いままなので何がどうなのかサッパリだ。
「……え?」
 だが、それも束の間。あれ程連続で降ってきていた爆弾もピタリと止まり、視界が晴れてくる。そして俺の目に映るのは、砲台の横で伸びている敵が一名。
「砲撃が効果的に出来る位置なんざ限られてる。戦闘中、周囲の地形を把握しておけば多少の視界不良でも砲撃手を潰すことは可能なんだぜ」
 そうか、タカさんは最初からこれが目的でダッシュしていたのか!――その行動に驚いたのは無論だが、タカさんの実戦経験の豊富さに俺は改めて驚かされた。一発目が降ってきた直後にもう走り出してたからな。
「だが――完全にはぐれちまったな、これは」
「…………」
 この状況下、流石に俺でもわかる。――あの煙のせいで、小雪さん、杏璃とはぐれた。視界が晴れたのはいいが、それは敵も同じこと。つまり、間もなく直接戦闘が再開される、ってことだ。――それぞれ二人で。先ほどとは、全然話が違う戦いが待っている。
「チッ。――魔力温存云々考えてる余裕はあまり無さそうだな。行くぜ雄真、合流をとりあえず優先する」
「はい!」
 俺達は移動を開始、同じく二人になってしまった小雪さん達との合流を目指す。
「いたぞぉーっ!!」
「っ!」
 だが移動直後、直ぐに敵に発見され、ツーマンセルでの戦闘を余儀なくされる。
「イレイン・ギル・アルマイン!」
「カルティエ・エル・アダファルス!」
 移動も間々ならず、応戦。――先ほどのようにサポート、という楽な立ち回りではなく、真正面から敵とぶつかることになる。
「集中力を途切らせるなよ! お前は目の前の敵を落ち着いて倒していけ! 後は俺を信じろ!」
「はい!」
 敵は数で勝負してきており、敵一人一人の実力はそこまで高くはなく、一対一なら俺でも対応出来る(思えばClass Cへの試験に向けての特訓は効いているんだと思う)。指示通り、俺は目の前の敵にだけ集中していく。
(……!)
 その状態が続いてしばらくして、ふと気付くこと。――冷静になって考えてみれば、このシチュエーションで、「目の前の敵に集中」は無理な話だ。何度も言った通り、敵は数で勝負。前後左右警戒しないと当然危険だ。
 だがそんなシチュエーションの中、俺は目の前の敵のみに集中出来ている。
「イレイン・メスピアン!」
 いや……集中出来るように事を運んでくれている、人がいるのだ。――タカさん。
 ツーマンセルで思い出せるのは、学園の授業で新しく出来た演習施設で杏璃と組んだ時のこと。無論その時も俺のほうが足を引っ張る形にはなっていたのだが、気心が知れた仲、とてもやり易いと思ったものだ。
 だが今、タカさんとのコンビ、杏璃の時よりも断然やり易い。いくらお互いを信頼しているとは言え、杏璃とは違い、お互いの魔法の性質などには精通していない。本来なら実力未知数なので、一定以上踏み込んだツーマンセルの戦いは出来ないはず。細かいことを言えば学園の授業の時よりも今の戦闘は厳しいシチュエーションだ。
 なのに今、俺はタカさんとのツーマンセルを杏璃の時よりもやり易い、と感じている。――導き出される結論は一つ。タカさんの「ツーマンセル」というカテゴリーにおいての動き、具体的に言えば味方が動き易いように持っていくその戦闘方法、相当のテクニックなんだろう。クリスさんとのツーマンセルで鍛えられた感覚は伊達じゃないんだ。
 この人は――「ツーマンセル」という特殊な戦闘時に、本領を発揮する、凄い人なんだ。
「見えた――行くぜ雄真! 強行突破だ!」
「はい!」
 無論単独での魔法使いとしての才能も一級品。一瞬の隙を見逃さず、力技の魔法で敵に隙を作り、移動。――俺達は小雪さん、杏璃との合流が最優先だ。いくらタカさんが凄くても、長期戦になれば相手が断然有利。その前に合流しなくては、俺達は勿論、小雪さん達も危ない。
 強引に作った突破口を元に、移動を開始する俺達。敵は最低限の敵を倒しつつ、後は足止めの魔法を上手く使い、とにかく急ぐ。
 走りっぱなしで十五秒程経過しただろうか、ふっと今までよりも広い場所に出る。
「敵は無しか。突っ切るぞ!」
「はい!」
 そのまま俺達は足を止めることなく走り続け、その広場の丁度中心部分に差し掛かった、その時。
「っ!?」
 ズドン、と圧し掛かるような威圧が不意に走り、俺は当然、タカさんも足を止めてしまう。――今まで戦ってきたその他大勢の奴らとはまったく違う、明らかにレベルの高い人間の威圧だ。
 誰だ、と周囲を見渡すと。
「中々面白い選択だな、タカ。――クリスの代わりにツーマンセルの相方に小日向君を選ぶとは」
 こちらに向かって歩いてくるのは、俺達を、ナンバーズを裏切った光山さんだった。口調も表情も俺が小日向家で見た、あの穏やかなまま。
 だが、途切れることのない威圧が――彼が「敵」であると、俺の精神に証明していた。
「クリスの容体はどうだ? 生きてはいるんだろう?」
「な――」
 何を、当たり前のように聞いてくるんだこの人……!? 自分が撃ったんだろ……!? 何、考えてるんだよ、この人……!! 自分のしたこと、何だと思ってるんだよ……!!
 許せない。――だが、俺以上にこの人を許せない人が、俺の横にはいた。
「――黙れ。テメエと何かを話す必要はもうねえ」
 タカさんは、その威圧を跳ね返すかの如く、厳しい面持ちで、光山さんを睨みつけている。
「わざわざアンタの方から出向いてくれたことは感謝する。――ここで、決着をつける。後はもうそれだけだ」
「いいだろう、それが君の望みなら。――大人しくしていれば、ここで朽ち果てることもなかったんだけどな」
「ほざいてろ。――根性が腐ったテメエに、負けはしねえ!」
 ドン、と二人が放つ気迫、威圧が更に重くなる。
「雄真。――悪い、約束通り俺は一旦ここまでだ」
「タカさん。――わかってます」
「お前はこのままここを抜けろ。占いの嬢ちゃん達までもう少しのはずだ」
「はい」
 俺はそのままその場を離れ始める。
「タカさん。――必ず、また後で!!」
「ああ! ここを片付け次第、必ず援護に行く!! だからお前もつまんねえところでやられるんじゃねえぞ!!」
「はい!!」
 その言葉を封切りに、俺は走り出す。――タカさんの無事を、勝利を祈りながら。


「はっ、はっ……」
 タカさんと一旦別れてからも、俺は走り続けていた。目的は無論小雪さん、杏璃との合流。
「雄真、走ることに全力を注ぎ過ぎるな。いつ何処でどれだけの規模の戦闘と遭遇するかもわからんからな。息が切れたから勝てませんでした、など言い訳にならん」
「クライス。――そうだな、気をつける」
 こういう時にやはり頼りになるのはクライスだったりする。こいつがいるいないでは俺の精神状態は断然違うだろう。――マスターとしては少々情けない話ではあるが。
「でも――不気味だな。ついさっき、皆で居る時はあんなに敵がワンサカ出てきたのに……?」
 そうなのだ。小雪さん達とはぐれ、更にはタカさんとはぐれて以降、敵の姿が見当たらない。戦闘は起こっている気がする。でも俺の前に敵が現れないのだ。
「あの……そんなに、敵と遭遇したいですか? 好都合ではないんですか?」
「まあ、好都合って言ったらそうなんだけどな……」
 ……あれ?
「…………」
 今俺、誰かと会話したな。――嫌な予感がする。
「あ、でもわたしは好都合ですよ? 何せ――小日向さんと、一対一で対決が出来ますから」
 振り向いた俺の視界に映るのは、穏やかな笑顔を浮かべる、可憐な少女の姿。少々高台になっている箇所からその穏やかな笑顔で俺を見下ろしていた。
「琴理……ちゃん」
「お久しぶりですね、小日向さん。再開出来て、とても嬉しいです」
 こいつも……同じ。光山さんと同じだ。何も変わらない笑顔で、口調で、そんなことを告げてくる。――許せない。
「琴理、お前――ふざけんのも大概にしろよな……!」
「何を、ですか?――私は至って真剣ですよ? この場に居るのも、あなたとこうして対峙するのも」
「っ! だから――」
「待て雄真」
 と、そこで怒り心頭の俺を冷静に止めたのはクライス。
「クライス、今は――」
「まあ任せておけ、雄真。……葉汐琴理。――小日向雄真のワンドとして、貴行に告げておかねばならぬことが、一つある」
「はい、何でしょう?」
 笑顔の琴理。そして、クライスが告げる言葉。
「我々をそこの高台から見下ろすのは貴行の勝手だが――その立ち位置、際どい所だがギリギリで下着が見えるぞ」
「…………」
「…………」
 ぶっ飛んだ。もう色々な意味で。いやあもうそりゃ指摘された箇所をよく見ると、
「……白?」
 白かったさ。ああ白かったよ。純白ですわ。
「礼を言うぞ、葉汐琴理。――我が主は清純が好みでな」
「何の話だよ!? お前に下着の色の好みを話したことなんてないだろ!?」
 何でしょう。またよくわからない方向に流れつつある空気。
「…………」
 琴理の笑顔が硬直している。俺もどうしていいかわかんねえ。何だこれ。
「――貴様、殺す」
 だが直後――琴理の顔から笑みが消え、本性を現したように厳しい顔になった。そりゃそうでしょう。パンツ見えましたって言われて怒らない女の子もそうはいない。
「――やっと正体を見せたな、葉汐琴理」
「お前まさか、それがやりたくて」
「気に入らなかったんだろう? あの口調、表情が」
 いやまあそりゃそうだけど、他に方法なかったんですかクライスさんよ。
「それに――チラリズムというのも、興奮しないか?」
「やっぱりその感情も入ってた―!!」
 いやまあ確かに女の子のパンツだから見えてドキリとしたけど! こんな緊迫なシーンでやることじゃないだろ!?


<次回予告>

「成る程。パートナーを失くしたショックからは立ち直れたのか」
「あんたのその手にはもう乗らねえ。それに――そもそも、パートナー云々の前に、
これは俺の、俺だけの戦いだ!」

激しくなっていく各地での戦闘、そして――個々での戦闘。
かつての上司、部隊長と再び対峙するタカ。プライドを賭けた勝敗の行方は?

「お前こそ、よくもまあ一人でノコノコ歩いているな。一番弱い癖に」
「弱かったら来ないとか、そういう問題じゃない」

一方で、雄真が単独の身で遭遇してしまったのは、琴理。
何処までも冷静に冷徹に、琴理は雄真を見下ろすが――

「約束したんだよ、姫瑠と。――お前を止めるってな。お前を助けてやるってな」
「私を、助ける……」

雄真の目的は、姫瑠を救うこと、それすなわち琴理を救うこと。
雄真と琴理、対峙の行方はどうなっていくのか?

次回、「彼と彼女の理想郷」
SCENE 30  「言葉にしてくれなきゃ、伝わらない」

「痛っ!――っていうか何で今のシチュエーションで殴られるの俺なんですか!?」
「最終的に悪いのはお前だから」
「Mだから」
「ハリセンフェチ?」

お楽しみに。


NEXT (Scene 30)

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