『あのね……私、好きな人がいたの……ずっと……』
 それは、ある春の日、学園校舎の屋上だった。
『相手はね、私の初恋の人。もう会えるかどうかわからない、でもずっと忘れられない人……』
 俺は、背中合わせで、一人の女の子と、そこに座っていた。
『あの時私を助けてくれたのは、小日向くんだったの……?』
 その女の子の名前は――神坂春姫。瑞穂坂の才女と言われた、学園のヒロイン。
『自分でもわけがわからないの……小日向くんの側にいるだけで、それだけで頭の中がグチャグチャになっちゃう……』
 そして――気付けば、俺が大好きになっていた、女の子。
『ねえ、教えて……小日向くんは、あの時私を助けてくれた男の子なの?』
『何度聞かれたって同じ答えしか出ねーよ』
 最初は、何を言ってるんだと思った。こんなやり方、ありえないって随分と思った。
『つまりあれか? 俺の答え次第ってことなのか? 俺が初恋の男の子だって言えば好きだし、違うって言うなら好きじゃないってことなのか? それって何か間違ってなくないか?』
『……それでいい』
 でも……春姫は、真剣だった。
『言ってよ……お願いだから……俺はあの時の男の子だって』
『…………』
『苦しいの、切ないの、おかしくなっちゃいそうなの……だから……早く私を助けて……』
 すがるような想いを、ただ真っ直ぐな純粋な想いを、背中越しに、俺にぶつけてきた。
『なあ、本当にいいのか……それで?』
『いい……』
『本物のそいつが現れたらどうするんだよ!』
『それでもかまわないの! だって私は雄真くんに、あの時の男の子でいて欲しいんだから!』
『え……?』
『嫌なの……私……雄真くんがあの子じゃなきゃ嫌……』
『……春姫』
 そして――その想いに、いつしか俺は打たれて……
『他の人じゃいや……雄真くんがいいの……雄真くんでなきゃダメなの……雄真くんがあの時の男の子じゃなきゃ、私、絶対にダメなの!』
『わかった……』
『雄真……くん……?』
『いいよ……俺、なるから……春姫の……その想い出の相手になる……俺でなきゃ嫌だって……そう言ってくれるなら、俺、なるよ……』
『……ありがとう……ありがとう……』
 俺達はあの日、お互いの気持ちを確かめ合った。
 
 これが、俺達の始まり。通じ合った気持ちは、揺らぐことなく、いつまでも変わることなく、俺達は歩いていける。
 そんなことを、思っていた。俺達なら、どんなことが起きても。俺達なら、いつまでもずっと。

 そして、あれからもう直ぐ一年。
 決して終わることなどないと、信じていた俺達の物語は――


 ――今まさに、破綻の時を、迎えようとしていた。


彼と彼女の理想郷
SCENE 28  「Judgment -crime and punishment-」


 言葉が出てこない。空気が重い。何か言わなきゃいけない。今すぐ動かなきゃいけない。きっと俺だけじゃない、皆がそう思っている。でも皆、あまりに唐突なことで、動けなくなっていた。
 あの春姫が――真面目で、誰にでも優しい春姫が、この場の空気を、俺達の状態を感情任せにぶち壊しにするなんて、誰も考え付かない結末だったからだ。
 予兆は、思い返してみればいくつかあった。でも俺は、何処かで大丈夫だと決め付けていたんだろう。だから何もしなかった。目の前の事件だけに集中し、春姫に気を配りきれなかった。この事態は、春姫が起こしたのと同時に――俺が招いた事態でもある。
 言ってしまえば、俺の罪なんだ。俺が――裁かれなければならない。
「――皆、聞いてくれ」
 だから、俺は決意を固め、口を開く。
「俺は今更、はいそうですかで黙って見守るつもりなんてないし、出来そうにない。当初の予定通り、すももを助けに、ISONE MAGICと決着を付けに、行こうと思う」
 誰もが、ただ俺の言葉に耳を傾けていた。――そして。
「雄真くん……その……私――」
「ごめんな、春姫」
 そして、何かを俺に言おうとする春姫の言葉を、謝罪で遮る。
「っ……どうして、雄真くんが謝るの……?」
「色々あったけど、そこまで春姫を追い込んじゃったのにはやっぱり俺に責任があるよ。――疲れただろ、春姫? 春姫は、寮の自分の部屋で、少し休んできていいからさ」
「そんな……でも、私は――」
「違うんだよ、春姫。もう、いいんだ」
 俺は再び、何かを言いかけた春姫の言葉を遮る。
「……何、が……?」
 そして――言ってはいけないことを、口にする。
「この戦いは、もう春姫の戦いじゃない。――俺達「だけ」の、戦いだから」
「……っ……!?」
 俺の言葉の意味。――今この瞬間、俺達と、春姫で、線を引いてしまった。それはつまり、春姫が、俺達の仲間ではなくなった、ということであり。
「ちょっ……雄真、アンタいくらなんでもそれは――!!」
「杏璃。――納得出来ないなら、お前も来なくていい」
「な――」
「皆も、俺の考えに納得出来ないなら、参加してくれなくて構わない。――俺は一人ででも、戦うつもりだ」
 全員の意思を確認するように、俺は教室を見渡す。――俺だって、好きでこんなことをしたいんじゃない。
 でも、今回の事に関しては、ケジメをつけなきゃいけない。区切りを打たなきゃいけない。俺自身、責任を取らなきゃいけない。そしていかなる理由があったにせよ、春姫も……許されるわけじゃない。たとえどんな感情の状態であったとしても、春姫が今してしまったことは、あまりにも大き過ぎる。ごめんなさい、で許されることじゃない。許されない。……中途半端に庇って、取り返しの付かない結果になってしまってからでは、遅いのだ。
 そう考えた結果が、今の俺の決断だった。――春姫の、事実上の除名。反対意見も、どれだけ俺に対する厳しい意見も無論覚悟の上だ。俺なりの、俺に科す罪だ。
「フン、馬鹿にするな。このまま黙って終わりなどと納得出来るわけなかろう。すももに手を出されて黙っていられぬのはお主だけではないわ。それに、私はお主の「判断」に概ね賛成だ。――見損なったぞ、神坂春姫」
 ギン、と一瞬厳しい視線を春姫に送り、伊吹が最初に参戦の意思を示す。
「俺も今更退くなどということは出来そうにない。伊吹様の意思もあるが、それとは別に俺個人としても真沢殿、すもも殿も無論気がかりであるしな。――神坂殿には申し訳ないが、俺も雄真殿の意見に賛成だ」
「私も……参戦、致します」
 主の伊吹に続くように、信哉、上条さんも参戦意思を示す。
「俺も当然行くぜ。俺も一人ででも乗り込むつもりだったしな。それに、雄真の意見にも賛成だ。何があったのかは知らねえが、そこのお嬢ちゃんがやったことは悪ぃが論外だ。無論連れて行くなんてタブー。今のお嬢ちゃんじゃ、逆に足手まといだしな」
 続いてタカさんの参戦意思。
「あたしの考えは変わらないよ。雄真が強い意志を持つなら力を貸す。それだけさ」
 更には香澄さん。
「私も行くよ、雄真くん。今その為に、私はここにいるから。雄真くんと一緒に戦う為に、私はここにいるから」
 そして楓奈。
「…………」
 最後になった杏璃は……未だ難しい顔をして無言だった。
「杏璃。――本当に、俺の意見に反対ならそれでいいんだ。お前は悪くない。そういう考えを持ったって当然なんだから。何が起きたって、俺はお前を恨んだりなんてしない。だから――」
「……行くわよ」
 俺の言葉を途中で遮り、杏璃はそう口にする。
「……いいのか?」
「アンタの考えには納得出来ないけど……でも何もしないなんて我慢出来るわけないじゃない! すももちゃんだって姫瑠だって、大事な友達なんだから!」
「――そっか。わかった」
 そして――参戦の意思を示した。これで全員の意思が固まる。
「楓奈、作戦を立て直そう。――時間がない、別の場所へ」
「……うん。――それじゃ、先生の研究室へ」
 それを封切りに、皆教室を後にしていく。
「…………」
 俺も、振り返ることはせず、教室を後に――
「雄真っ!」
 ――しようとした所で、最後尾の杏璃に呼び止められる。
「ねえっ、本当にこれでいいわけ!? こんなやり方で、本当に!! だってアンタ、アンタ達は――」
「――いいんだ、杏璃」
 何処か涙混じりの声の杏璃の方に、俺は振り返らずにそう答える。――振り返れば視界に入る。そうしたら、俺の意思はきっと揺らぐ。一瞬の気の緩みが、姫瑠の危機に繋がる。
 俺は、姫瑠を助けると決めた。ここで少しでも自分の気持ちに甘えを出せば、誰も救えない。――そんな気がして、俺は厳しい答えを出したのだ。間違っていてもいい。たとえ戦いが終わった後、何かに裁かれてしまったとしても、全員が無事ならば、それでいい。
 どうにかしたいのは山々だ。でも、もう俺達に時間は残されていない。俺に出来る方法など、もうほんの少ししかないのだ。
「…………」
 ――俺はそのまま、それ以上何かを口にすることなく、その教室を後にする。最愛の人の姿を、確認することもないままに。


「雄真、楓奈」
 母さんの研究室に到着するなり、真っ先に俺と楓奈を呼ぶのは香澄さんだった。
「あたしに、時間を少しくれないかい?――正確なことを言えば、前半戦、少々未参加にさせて欲しい」
「どういうことです?」
「こういう状況になっちまった以上、少しでも戦力は必要だろ?」
「まあそうですけど……その言い方だと、何か心当たりがある、とでも?」
「ああ、奥の手を使うよ。ただそれを使うにはどうしても時間が必要なんだ。――最終的判断は、あんたらに任せる。あたしの手は賭けでもあるからね」
 俺と楓奈は一瞬目を合わせるが――お互い、答えは決まっていた。
「お願いします。――作戦全体の、最終的な戦力数を優先したいです」
「ん。――作戦会議が終わり次第、あたしは動く」
 そして、全体の改めての作戦会議が始まった。――春姫、姫瑠、(頭の方のみ)香澄さんが抜ける。三チーム構成だったチーム編成を伊吹班、残ったタカさん、小雪さん、杏璃、俺の二チームに変更。陽動の予定位置も三チーム構成の時よりも少々ずらした。
 結果、一番辛くなるのは当然楓奈だ。
「二チーム構成にするのでしたら、私は楓奈さんのサポートについても。お邪魔にはなりません」
 真っ先にそう志願したのは小雪さんだった。確かにこのメンバー構成、楓奈のサポートに適しているのは小雪さん位だ。何より楓奈の負担はかなり軽くなる。
「ありがとうございます。ですが――小雪さんが無論足手まといというわけではないんですけど、潜入はあくまで私一人にします。潜入はあくまで最低限に、外での戦闘をメインにしたいんです」
「わかりました。そう仰るのでしたら」
 でも楓奈は断る。不安だったが、楓奈を信じるしかない。――小雪さんも同じ結論だろう。あっさりと意見を引き下げる。
 以後は、地図の確認、各チームごとの確認など、基礎的なことの最終チェックを行う。
「――作戦は、以上です。出発は一時間後。学園の校門前にしましょう」
 そして全てが終わった後、楓奈のその言葉を封切りに、俺達は一度解散、各個人の準備に入る。――と、
「よ、お疲れさん」
「――成梓先生」
 姿を見せたのは、成梓先生だった。
「ごめんね。本当は私も手を貸してあげたいところなんだけど――」
 成梓先生はあの夜の戦闘の参加者の中で唯一、今回の戦いには参加しない。母さんも魔法協会に働きかけている今、その母さんの指示で瑞穂坂に事実を把握している人間として念の為に残るらしい。
「大丈夫です、その気持ちだけ頂いておきます。――俺達、負けませんから」
 俺はまるで自分に言い聞かせるようにそう宣言する。――負けるわけには、いかないのだ。
「そう。――いい結果の報告を、期待して待っているわ」
「ありがとうございます」
 そうお礼を述べて、さて俺も準備に入るか、と思った時。
「――小日向くん」
 再び成梓先生に呼び止められる。
「前にね、とある優秀な魔法使いの人が言っていたの。『奇跡は待っていても起きてはくれない。自分達の手で引っ張り出してこそ奇跡なんだ。――奇跡は、奇跡を信じる人間の力で、引っ張り出せる』ってね」
「自分達の手で、引っ張り出してこそ奇跡……」
「ええ。――私は、あなた達なら、あなたなら、出来ると信じてるから」
「…………」
 成梓先生の言葉。――思えば明らかなる今の俺達の違和感……つまり春姫と姫瑠が不在なことについて、成梓先生は何も指摘してこなかった。代わりに告げてきたのはそんな言葉。
 ただの励ましとは一味違う、俺の勇気を奮い立たせてくれる、そんな言葉だった。
「――ありがとうございます、先生!」
 俺はその言葉を俺にくれた成梓先生に再びお礼を言うと、必ず姫瑠とすももを救い出すことを改めて誓い、母さんの研究室を後にした。


「……ふぅ」
 成梓茜は、鈴莉の研究室から全員の姿を見送ると、そんなため息をついていた。――不意に、鈴莉との会話を思い出す。

『私は、学園の方で待機なんですか……?』
『ええ。あなたの性格からして直接手を貸してあげたいのはわかるけど、瑞穂坂の方にも一人、ちゃんと把握している人を置いておきたいから。それに……』
『……それ、に?』
『この作戦、失敗して、もし私に何かあった場合、もしくは時間が経過したにも関わらず何の結果も出てこない場合、強硬手段を取って欲しいの』
『――!!』
『それこそ、あの頃のメンバーを招集してでも。――それは、あなたにしか出来ない役目』
『先生……』
『お願いね、茜ちゃん。あなたは――あなた達は、瑞穂坂の最後にして最強の砦、だから』

「…………」 
 茜は、ポケットから携帯電話を取り出し、気付けば握り締めていた。鈴莉の言う通り、状況によっては、彼を、彼女を、今は瑞穂坂にいないあの二人を中心としたかつての仲間達を全員収集しなければならない。
 それがどういう意味合いか、考えただけでも何とも言えない気持ちになる。
「大人になってわかりました。――見守る立場って、凄い辛いですね、先生」
 そう苦笑しながら呟くと、茜も鈴莉の研究室を後にするのだった。

『奇跡は待っていても起きちゃくれない。自分達の手で引っ張り出してこそ奇跡なんだ。奇跡は、奇跡を信じる人間の力で、引っ張り出せる。だから――俺達の手で、引っ張り出そうぜ、奇跡』
『……よくもまあそんな台詞、真顔で言えるわね』
『お前はリアリティ溢れるツッコミを速攻でしてくるんじゃない冬子』
『うわ、青春ドラマの先生みたいだよ、蒼也くん。夕日に向かって走れそう』
『出来ればメインテーマに関して関心してくれよ、さつき……』
『そうだよさつきちゃん、夕日に向かって走って、夕日にぶつかったら燃えちゃう』
『お前はそこで何の心配をしてますか夕菜(ゆうな)!? ありえねえ!?』
『はぁ……いちいち騒がしいですわね、相変わらず。――こうなること、わかってるから最初から言わなければいいんじゃなくて?』
『……で、何故に美由紀(みゆき)はそこで俺が悪い的な流れに持っていこうとしてるんでしょうか』
『ふふっ、大丈夫よ蒼也。――みんなだって、本当はわかってる。わかってるから、言える』
『聖。――まあ、そうだろうけどさ。せめてこういう時位、普通に賛同してくれても』
『でも、こういう方が僕ららしいよ。こうやって、いつまでも馬鹿みたいに笑い合えるから、今までだって頑張ってこれたんじゃないか。だから――起こそう、奇跡』
『……成る程、ツッコミ入れたくなる気持ちもわかるな。謙太(けんた)に言われるとしっくりこない』
『何で!? 散々自分で言っておいて何で僕だと駄目なわけ!?』


「全員、集まったな」
 集合時間十五分前には全員、校門の前に集まっていた。総勢八名、香澄さんを除く今回の突入メンバー全員だ。
「ここで待っていても仕方ないですし、出発しましょう」
 楓奈のその言葉を封切りに、俺達は歩き出す。各々細かい目的は違えど、最終的な目的は「全員で勝つ」こと。その想いを胸に、全員が力強く歩く。誰の目にも、迷いや弱気は見られない。
 思えば、あの春の事件から、俺は本当に仲間という存在に恵まれていた。
「雄真、あたし諦めないから。絶対に、あのまま終わらせないからね」
「杏璃……」
 春姫の親友で、春姫を想うが故に、共に戦うことを決意してくれた杏璃。
「待っていろ、磯根泰明とやら。すももを巻き込んだこと、式守を甘く見たこと、とくと後悔させてくれる」
 すももの親友で、そんな一市民のすももの為にその絶大な式守の力を存分に奮おうとする伊吹。
「俺は友の為、主の為に剣を振るい、命をかける覚悟をいつでもしている。――負けるつもりなど、毛頭ない」
 臭すぎる程友情に熱く、その友の為に努力を惜しまない信哉。
「私も……私に出来ることでしたら、私でも皆様のお力になれるのでしたら、精一杯、やらせていただきます」
 そんな信哉の影に隠れがちだが、いつだって優しく、一緒に戦ってくれた上条さん。
「雄真さん、鼓舞の為に、あの日の夜一緒に練習した、タマちゃん音頭を」
「初耳です!! しかも何故に夜ですか!?」
 普段こそあれだが、苦しい時も辛い時も笑顔を絶やさず、ピンチの時に迷わずいつでもその手を差し出してくれていた小雪さん。
「人間は、一人じゃない。それを教えてくれた雄真くんの為に――私は、戦える」
 あの冬の日、友情を知り、俺達の友達となり、掛け替えの無い存在の一人になった楓奈。
「戦いは、勝たなきゃ意味がねえ。勝ってからこそ、戦う理由が証明される。――絶対に、勝つぞ、雄真。俺と、お前の――ここにいる全員の、想いを証明する為に」
「……はい」
 そして、タカさん、香澄さんといった、特別に手を貸してくれる人達。
 俺は、本当に、仲間という存在に恵まれ、仲間という存在に支えられ、助けられ、そして一緒に歩いてきた。そしてそれは以後、きっと変わることなんてない。誰かが困っていたら俺は迷わずその手を差し伸べるし、また皆もその誰かの為に迷わずその手を差し出してくれるだろう。これから先、何があったって、皆がいれば、俺は乗り越えていける。それはいつだって思っているし、こういう時、改めて感じる事実。
 でも今、今までとは大きく異なる事実が、一つ。――本当に一番、側にいて、一緒に歩いて欲しい人が、ここにはいない。俺の横にはいない。
 俺の大切な人が、大好きな彼女が、愛すべき人が、俺の横にいない。

『頑張ろう、雄真くん』

 そう言って、いつでも俺を支えて、いつでも俺の横で笑っていてくれた、彼女はいない。
 春姫が――もう、ここにはいない。
 そして今、痛い程にわかること。――もう二度と、春姫は俺の横は歩けないということ。
 俺達は、勝つ。勝つ為にここにいる。姫瑠もすももも助け出して、奴らも倒して、勝利する。だけど――その結果にしても、結局は春姫のしたことが許されるわけじゃない。事件が終わったからって、また元に戻れるかと聞かれたら、もう無理だろう。それ程までに春姫のしたことは、大きい。
 俺達の間には、許されない程の溝が出来た。――それを埋める術は、俺にはもう無い。
 悲しくない、と言えば嘘になる。でも俺は事実を受け止め、歩いていた。――何だろう、この気持ちは。この想いを俺は、どう表現したらいいんだろう?
「……ああ、そっか」
 そこで俺は気付く。今の俺の想い。春姫に、伝えるべき想いを。
 破綻してしまった今この時に、伝えなくてはいけない言葉を。

 春姫。――誰よりも、愛しい人へ。

 大好きだ。君を、君のことが、本当に大好きだ。

 だから――ありがとう。

 そして――

 

 ――さよなら。


<次回予告>

「――ここから先は、作戦通り、各チームごとの行動になります」
「――いよいよ、だな」

破綻を迎え、裁かれることを受け止めて、戦うことを決意した雄真。
ボロボロの中で、それでも「守る」為の戦いの火蓋が、切って落とされる。

「チッ……占いの嬢ちゃん、そっち頼むぜ!」
「お任せ下さい! こちらのことは御気になさらず」

圧倒的な数を前に、微かな勝率に賭けての戦い。
勝つのは、客観的な戦力指数か、それとも強き想いか。

「わざわざアンタの方から出向いてくれたことは感謝する。
――ここで、決着をつける。後はもうそれだけだ」
「いいだろう、それが君の望みなら。
――大人しくしていれば、ここで朽ち果てることもなかったんだけどな」

そして、雄真達に立ち塞がる脅威とは――

次回、「彼と彼女の理想郷」
SCENE 29  「ALL-OUT ATTACK」

「あなたは……救われる側の人だといいですね、真沢姫瑠さん」

お楽しみに。


NEXT (Scene 29)

BACK (SS index)