「ふぅ……」
 神坂春姫は、学園校舎裏手にある森を一人、散歩していた。
 日付はISONE MAGICの襲撃の明後日。メンバーで真沢元志朗の下を訪れた翌日。今日は、鈴莉が二日間で集めてきた情報を元に、今後の作戦を決定する予定で、全員に集合命令がかかっていた。決戦は今日。春姫は時間よりも早めに一人、到着してしまったので、気分を落ち着かせる為に散歩をしていたのである。
 思えば春の事件、ここを警備していた頃が懐かしい。――そんな風に思えればいいのだが、流石にここ二日間は濃すぎて、その余裕が今の春姫にはなかった。ISONE MAGICの襲撃、結果として起きたすももの誘拐。
(すももちゃん……必ず皆で助けに行くから、無事で、いて)
 今はただそう願うのみだった。――もしもすももの身に何かあったら。もう既に何かされていたら。
「っ……駄目、しっかりしないと、神坂春姫!」
 弱気になりかける自分をギリギリの所で押さえ込む。――しっかりしなきゃ。雄真くんをを支えないと。――雄真くん。
 思い返せば、余程雄真の方が落ち着いていた。仲間達との絆をただ信じ、必ず助けられると、助けにいけるという、強い意志を持っていた。普通ならば自分の感情だけで精一杯のはずなのに、琴理の件で追い込まれた姫瑠を完全に気遣っていた。
 結果、姫瑠は自分を追い込むこともなく、前向きな状態で戦いに挑める状態である。――姫瑠。

『姫瑠、俺が絶対に助けてやるから。姫瑠のことも、琴理のことも』
『雄真くん……!!』

「っ!」
 不意に、二人の抱き合うシーンがフラッシュバックした。――急いで首を横に振る。違う、あれはそういう類の抱擁じゃない。今そんなことを考えるのは、あの二人に、雄真に失礼だ。
 何より、雄真はあの日、自分が大切だと言ってくれた。――その時のことを思い返し、心を落ち着かせていた、その時だった。
「こんな所で、お一人でお散歩ですか?」
「――!!」
 後ろから、声がした。聞き覚えのある声だった。……振り向けば、
「お久しぶりです、神坂春姫さん」
「葉汐……さん……!!」
 葉汐琴理が、穏やかな笑顔でそこに立っていた。
「ふふふ、その様な怖い顔をして、どうかなされたんですか?」
 当たり前のようにそう尋ねてくる琴理の声、仕草は可憐で繊細。何もなかった頃の琴理とまったく同じだった。だからこそ――春姫は、琴理に怒りを覚えた。
「いつまでその薄汚い仮面をつけているつもりかしら、葉汐さん」
「薄汚い仮面、ですか……」
「あなたの本性はばれてるじゃない。本来の、醜い素顔で結構よ」
 スッ、と厳しい表情で、春姫はソプラノを構える。
「酷い言われ様ですね、わたしも」
 一方の琴理も、シルヴァリアを取り出し、
「ま、何を言われようが覚悟の上だがな」
 そして一気に口調、表情、声のトーンがガラリ、と変わる。
「一体、ここへ何しに来たのかしら?」
「本来の目的は偵察だが――お前が一人でノコノコ歩いているのを見つけてな。ここで仕留めてしまうのも面白いと思ったまで」
 ジリ、ジリ、と空気が重く、緊迫していく。ぶつかり合う二人の視線、気迫。
「見せてもらおうか、瑞穂坂の才女とやらの実力を!」
「望むところ! あなたのような人に、負けられないんだから!」


彼と彼女の理想郷
SCENE 27  「明日また君に会えるなら」


「ベルス・イラ・ユーキ・アルクェスト!!」
 バシュッ、バシュッ、バシュッ!――詠唱と共に生まれた銃口の先の魔法陣から、琴理は魔法波動を連射する。手数で勝負するタイプの攻撃だ。
「っ……」
 一方の春姫は、レジストを展開し、防御に専念。
「防御するだけか! その程度なら――」
「エル・アムダルト・リ・エルス・ディ・アストゥム・アダファルス!」
 バシュッ!――琴理の攻撃を全弾防ぎきった直後、カウンターで春姫は攻撃に入る。
(切り替えしが、早い……!!)
 バァン、バァン、バァン!――連続でソプラノから放たれる火炎を、相殺、レジスト、回避で琴理は後退しつつかわしていく。
 ――琴理、春姫、両者とも、純粋なる攻撃力、というのはそれ程までに高くないタイプの魔法使いである。だが両者のタイプは別物。
 琴理は攻撃力こそ平凡だが、ワンドであるシルヴァリアの特徴、魔法弾の使用を上手く活用するトリッキーな攻撃タイプで、多種多様な攻撃方法と手数で攻めるタイプ。
 一方の春姫も攻撃力は平凡。こちらは主に防御力やトラップ、サポート系統の魔法に優れ、更には先ほどのカウンター等、魔力そのもののコントロールにも優れる、防御タイプ。決定打こそ無いもののどんな敵にも対応しやすい、確実なタイプである。
 そんな二人の戦いは、お互いのわずかな隙やチャンスを探す、長期戦を予感させる戦いになりつつあった。
「フェルジュ・イラ・マーサ・ミスト!!」
 バシュッ、バシュッ、バシュッ!――詠唱と共に再び魔法波動を連射する琴理。
「ディ・ラティル・アムレスト!」
 バァン!――春姫は再びレジストを展開しての確実なガード。
「面白味のない奴め……!! なら!」
 ダッ、と再び琴理は間合いを詰める為にダッシュ。
「――っ!?」
 だが、数歩進んだところで、バリッ、という音と共に、一瞬体が硬直する。――春姫のトラップ魔法である。
(馬鹿な……この程度の初歩トラップに気付かなかった……!?)
 琴理の分析通り、トラップの内容は初歩。わずか数秒で硬直は溶け、体の自由が戻る。
「エル・アムダルト・リ・エルス・ディ・ルテ・エル・アダファルス!」
 しかしその数秒を、春姫は見逃さない。――真正面からの攻撃。
「く……!!」
 ガードが遅れ、琴理はダメージと共に後退。――前述通り、琴理の分析に間違いがあったわけではない。
「この森は学園の敷地、言わば私のホームグラウンドなの。あなたに気付かないようにトラップを仕掛けることなんて、簡単なんだから」
 もしもこれが瑞穂坂学園の人間との対決だったら、相当高度な細工をしないと、初歩トラップなど見抜かれていただろう。だが相手はこの地をほぼ知らない。その地の利を春姫は利用した。――無論、春姫の実力あっての技だが。生半可な実力者の細工では琴理の実力ならば見抜いただろう。
「…………」
 息を整え、琴理は周囲に気を巡らす。今の発言からしても、おそらくまだトラップは用意されている。あのペースでトラップに引っかかっていては、圧倒的に自分が不利。
 だが琴理としては戦闘を躊躇するわけにもいかなかった。あまりここで時間をかけては、他の誰かが来てしまうかもしれない。それはほぼ琴理の敗北を意味する。勝つならば、短期決戦。つまり、先ほどまでの激しいぶつかり合いをしなければならない。そしてそのネックは春姫のトラップ魔法。
 戦局は、春姫に傾いたかに見えた。事実、春姫も何処かその気持ちが生まれてきていた。
「――甘く見るな! 私は、私は負けられないんだ!」
 再びダッシュし、間合いを詰めようとする琴理。――そしてここからの動きは、春姫の予想の上を行っていた。
「はあああああっ!!」
 全神経を研ぎ澄ませ、琴理はシルヴァリアから魔法弾を発射しながらの突撃。だが、弾丸は春姫に向けては発射されていなかった。パァン、パァン、と連続で起こる軽い爆発。
(嘘……トラップを攻撃で強引に解除しながら、突貫してくる……!?)
 琴理は自分が今から駆け抜けるであろう前方の道に全神経を傾け、見事にトラップの位置を見抜き、解除しながらの移動を成功させていたのである。ほぼ全力で走り続けている琴理にとって、一つ間違えたらアウトの危険な賭けだったが、琴理の精神力が、成功を呼び寄せていた。
 瞬時の出来事に、反応が遅れたのは春姫。
「バースト・アイラ・アルクェスト!!」
 魔法により一瞬だけ移動能力を上げられた琴理に死角に入られ、そこから威力重視の攻撃魔法を撃たれる。
「う……ああっ!!」
 ズバァン!!――先ほどの琴理に続き、今度は春姫がダメージと共に吹き飛ばされる。
「パディン・イラ・ミスト!!」
 追い討ちをかける琴理。再び魔法波動を連射。春姫も直ぐに体制を立て直すが――
「!?」
 パァン!――突然目の前で起こるフラッシュに、視界を奪われる。琴理が、一発分だけ、フラッシュが起こる弾丸を織り交ぜておいたのである。
「ううっ……!!」
 バァン、バァン、ズバァン!!――レジストを展開、必死でガードをするものの、曖昧な視界、全てを防ぎきれず、ダメージが蓄積していく。
「これで終わりだ!! 行くぞ!!」
 対する琴理は再びダッシュ。先ほどと同じ威力重視の攻撃を接近して放とうとする。
「エル・アムニア・リ・エルス・カル・アデムント・アス・ルーエント!」
 が、未だ視界が完璧には戻らない春姫の詠唱が不意に走る。直後、
「っ!?」
 琴理の足元に、魔法陣が生まれる。無論春姫が作り出したもの。
(あの状況下から、トラップを作ってきた――!?)
 バァン!!――範囲は狭かったものの、凝縮された爆発が起こり、琴理はダメージと共に再び後退。その間に春姫の視界も戻り、二人は再び真正面での対峙となる。
 タイプこそ違うものの、五分の戦いを、二人は展開させていた。――お互い顔には出さないが、相手の実力の高さにも少々驚くべき箇所があった。
「……解せないな」
 先に言葉を発したのは琴理。
「何故そこまで、他人の為に頑張れる? 命を張れる?」
「あなたのように、簡単に人を裏切るような人には絶対にわからないわ」
 その春姫の返答に、ふーっ、と琴理は息を吹く。
「ならば質問を変える。――姫瑠が、お前に何をしてくれたんだ? お前にとって、姫瑠はそこまでしてやるべき価値のある存在か?」
「価値とか、そういう問題じゃ――」
「小日向雄真が――お前の最愛の男が、奪われてしまったとしても、か?」
 ドクン。――その琴理の一言に、春姫の心臓が大きく揺れる。
「う……奪われるとか、そんなわけない。だって雄真くんは、私に――」
「成る程な。――そんな発言をしている時点で、もう手遅れなんだぞ?」
「手遅れ……どういう意味……!?」
「小日向雄真は、姫瑠を自分の手元に、近くに、傍に置いておきたいと、居て欲しいと願っている」
 ドクン、ドクン。――少しずつ大きくなっていく鼓動。
「本来ならば、お前という存在がいるはずなのに、一人の女を手元に、傍に置いておきたいと願う。――最終的にその二人がどうなるかは、まあ誰の目からしても明らかだ」
「――っ!!」
 ドクン、ドクン、ドクン。――その鼓動は、いつか消えたはずだった、黒い感情の証。
「どうして……あなたにそんなことが――」
「山勘で言っているわけじゃない。――お前と姫瑠の五番勝負、第三回戦、ケーキ対決の日、小日向本人に相談された。姫瑠と離れたくない、力を貸して欲しいと」
 琴理はそう言うと、ポケットから小型のペン状のレコーダー、会話等を録音するタイプのものを取り出す。スイッチを入れると――
『琴理ちゃん。出来れば、力を貸して欲しい』
『わたしが……ですか?』
(雄真くんの……声……!?)
 レコーダーから流れてくるのは、確かに雄真の声。
『うん。結論次第では、真沢さんと話し合ったりしなきゃいけないかもしれないし、それ以前に姫瑠本人とも話し合いが必要だと思う。琴理ちゃんは二人のことをよく知っているし、大切に想っているから、正しい意見が持てると思う。俺の考えが及ばない時や、俺一人では手が回し切れない時、琴理ちゃんの力があればきっと解決出来ると思うんだ。……一緒に、頑張ってもらえないかな、琴理ちゃん』
『はい。わたしなんかで、よければ』
 カチッ。――琴理は一旦スイッチを押してレコーダーを止める。
「更に、氷炎のナナセが、Oasisで働いた日、Oasisを後にした直後の二人の会話だ」
 再び琴理が、レコーダーのスイッチを入れると……
『……姫瑠。春姫との対決、第五回戦が終わったら』
『……終わった、ら?』
『話がある。大事な話だ』
 カチッ。――そこで琴理は再びスイッチを止めた。
「わかっただろう。お前が手を貸せば貸す程、あの二人の仲は急接近し――最終的に、お前は捨てられるんだ」
「あ……ああ……」
 視界がぐらつく。頭が上手く働かない。――捨てる? 雄真くんが? 私を? 姫瑠さんを選ぶから? 私を……捨てる?
 事実は違ったとしても、いつからかずっと不安を持ち続けていた春姫には、それが真実かどうか判断することが出来ず、琴理の言葉は重く響く。――その琴理の話術により、ピキ、ピキ、と音を立てるかのように、春姫の心にひびが入り、一度入れば止まることを知らず、大きくなっていく。
「いや、捨てる、じゃないな。――奴らのことだ、きっと二人でお前の所へ行くぞ。小日向のことだ、土下座でもしながら言うかもしれないな。『春姫ごめん、俺やっぱり姫瑠のことが――』」
「やめて!! やめてよ!! やめてよぉ……っ!!」
 ガクリ、と春姫は抱え込むように両手を頭に回し、膝をついてしまう。嫉妬心を、欲望を、黒い感情を、そして――雄真への、一途な想いを弾けさせながら。
「私個人としては、小日向すももは元より、お前自身でさえ、傷つけるのは本位じゃないんだ」
「……え?」
 見上げる春姫。琴理の顔は、真剣だった。
「結果として、すももを誘拐して、それが原因で姫瑠とお前達との間にひびが入り、姫瑠が一人になり追い込まれればそれでよかった。全てに決着がついたら、すももは必ずお前達の元に、小日向の所に帰すつもりだった。それこそ、私の命に変えても。――あいつに罪はない。罪のない人間を巻き込んだからには、それ相応の責任を取るつもりでもある」
 その言葉、春姫にしてみれば予想外の言葉である。琴理は、ただ友人を裏切っただけの悪人、そんなイメージが既に出来かけていたからだ。
「私が、何を言いたいかわかるか?――つまり、姫瑠とお前達との間が決定的になれば、すももはいつだって私が責任を持って、お前達の所へ帰す、と言っているんだ」
「何が……言いたいの……?」
「わかった、ハッキリ言おう。お前の行動、発言次第で姫瑠とお前達の間柄に決定打が撃てるだろう? そうすれば、すももは直ぐにでも無事に帰ってくる、ということだ」
「っ!?」
 ドクン。――それは、悪魔の囁きだった。
「そ……そんなこと、出来るわけ……」
 出来るわけない。やれるわけがない。許されるわけがない。姫瑠は、雄真達にとって既に友人、仲間である。その姫瑠を、売れ、というのだ。
「最初の問いをもう一度しよう。――姫瑠が、お前に何をしてくれたんだ? お前にとって、姫瑠はそこまでしてやるべき価値のある存在か?」
 ドクン、ドクン。――わかっている。駄目だとわかっているはずなのに……春姫の心が、その悪魔の囁きに、黒い感情に包まれていく。
「お前の行動次第で、お前の親友は無事に帰ってくる。最愛の人は、奪われないですむ。元の平和な日常が、帰ってくるんだ。何の躊躇いがある?」
「……ぁ……っ」
 口が上手く回らない。そもそも、今自分が何をどう考えているのか、よくわからない。――琴理の言葉だけが、いやに耳に響いていく。
「よく考えてみるんだな。自分がどうしたいのか。――大切なのは、一体何なのか」
 琴理はそう言い切ると、クルリと背中を向け、春姫の前から去っていったのだった。


「……春姫のやつ、どうしちゃったんだろ」
 指定の時間、五分前になっても姿を現さない。時間にはしっかりしているのに。
 ――さて、現在俺、というより俺ら全員が集まっているのは、瑞穂坂学園魔法科校舎の空き教室の一つ。今日は母さんがこの数日でかき集めた情報を元に、今後の行動……というよりも、決戦時の作戦会議が開かれる。
 決戦は、おそらく今日。作戦会議終了後、そのまま出発のはず。――で、開始五分前になっても、春姫が姿を見せない、というわけだ。
「先生の手伝いじゃないの? 以前からそうだったし」
 杏璃の考えはわからなくもない。だが、
「それはないと思う。今回、先生のサポートには楓奈がついてる」
 今回の作戦会議に関してのサポートには、正式な助手である楓奈がついていた。春姫も一緒に、というのは聞いていない。
 もしや、何かあったのか――と思っていると、
「春姫!」
 春姫が、教室に姿を現した。
「ごめんなさい……その、遅れて」
「いや、まだ開始前だから」
 そう謝りながら、俺の横に座る春姫の、
「……?」
 様子が何処かおかしい。何というか、虚ろというか違うことを考えているというか。調子でも悪いのか、と思っていると――
「失礼します」
 そう礼儀正しく挨拶し、教室に入ってくるのは楓奈。
「……あれ?」
 って、楓奈は一人だった。母さんの姿が見当たらない。――そのまま楓奈は迷わず教壇に立ち、俺達を見て、口を開いた。
「皆さん、聞いて下さい。――御薙先生は、ここへはいらっしゃいません。今回の事件において、魔法協会に強制捜査を促す為に今働きかけています。私達の作戦と連動して、協会の強制捜査が入るように仕向けているんです。従って、今回の作戦、先生は私達と共には参加しません」
 まあ妥当な路線だ。前回の事件の時も協会に働きかけていたみたいだし。
「また、今回の作戦における現段階の指揮権を、御薙先生より私が承っています。――私が指揮を執ることに意義がある方は、今遠慮なく申し出て下さい。一人でも意義がある場合は私は指揮権を他の方に譲ります。――全員が納得出来ない場合は、チームワークの乱れに繋がります。今回の作戦で最もあってはいけない項目です」
 楓奈がそう言いながら、全員の顔を見る。
「意義……というよりも、質問」
 と、遠慮なくそう言って手を挙げるのは香澄さんだった。
「あたしは楓奈の実力、魔法もそうだけど今回に限っては統率力に関しても把握してないから賛成も反対も出来ない。――雄真?」
「その言い方だと……俺が大丈夫、って言えばオッケーみたいですね」
「ま、そういうことだね」
 楓奈の実力。楓奈の能力。
「指揮権を持つ、という役割、適任だと思います。魔法使いとしての実力は無論ですが、多分俺達の中で一番頭がいい、頭の回転が速い、更に『作戦を練る』というカテゴリーについての知識があるのは楓奈だと思います」
 公には出来ないが、楓奈は裏社会の天才・盛原教授の娘。その血を完全に受け継いでいる、言わば楓奈も天才だ。恐らく盛原教授から多種多様な戦闘シチュエーションに関しても教わっているに違いない。――それはつまり、今回指揮を執る、という役割に俺達の中で一番適している、ということだ。
「わかった。――納得したよ、楓奈。あんたを指揮官として認める」
「ありがとうございます」
 俺達の仲間は無論だが、今の俺の断言で香澄さんと同じく楓奈の実力が「?」マークだったタカさんも納得してくれたみたいだった。
「それでは具体的作戦内容の説明に入ります。――現在、ISONE MAGIC社長、磯根泰明が滞在しているのは、『Fortunate Magicaland』と呼ばれる、建設中のテーマパークです」
「ふぉーちゅねいとまじからんど……?」
 聞いたことねえ、とか思っていると、
「もしかして、アレ? 今度の八月にオープンするっていうやつ?」
 反応したのは杏璃だった。周囲を見渡せばほとんどの人が「ああ、あれのことか」みたいな顔に。――やばい、知らないの俺だけか?
「雄真、お前もアダルトなお店ばかり行ってないで、もっと現代の流行をだな」
「行ってねえ!?」
 多少小声な辺り、クライスも一応遠慮してるんだろうか。――いや言っている時点で遠慮してないか。
「杏璃ちゃんの言う通り。――『Fortunate Magicaland』、スポンサーにISONE MAGICがついています。現在、磯根泰明はその敷地内にあるISONE MAGIC社のビルに滞在しているものと思われます。すももちゃんも、恐らくはそこに」
「ふん、表向きは建設中のテーマパーク、裏では潜伏場所、というわけか。――それで瑞波楓奈、具体的にはどうするつもりなのだ? まさかただ総攻撃をするわけではあるまい?」
 厳しい表情でそう言ったのは伊吹。
「現在、ISONE側はすももちゃん誘拐に対する要求を何もしてきていません。つまり現時点ではすももちゃんを楯に使ったりといった気はないと思われます」
「だからと言って、油断は出来ませんね」
「小雪さんの言う通りです。例えば、御薙先生の働きかけで協会が動いてくれた場合、それこそ楯にされてしまう可能性もあります。――なので、私達の目的は、迅速なるすももちゃんの救出、更に以降魔法協会が動き出すまでの時間稼ぎ。その二点です」
 成る程な。確かに相手はどれだけの数がいるのかわからない。俺達に出来るのはそれが限界だろう。
「すももちゃんの救出――つまり、ISONE MAGIC社のビルへの潜入は、私が単独で行います。潜入、というカテゴリーに関しても私は父から一応の教えをされています」
「俺達は、陽動か」
「はい。出来る限り敵を分散させ、私の潜入ということに気付かれないようにして欲しいんです。――全員で固まるのでは怪しまれますが、かといってそれぞれ単独で行動するのはあまりにも危険。ですので、御薙先生指示の下、皆さんを三つのチームに分けました。その三チームに分かれて、それぞれ陽動を行って下さい。すももちゃんを救出後、私が皆さんに連絡します。そしたら少しずつ後退、全員で合流してしまっても構わないと思います。このメンバーが全員でひとかたまりになれば、確実に時間は稼げます」
 成る程、危険は伴うが、やってやれないことはない。楓奈の建物内での戦闘能力は俺も間近で体験したが確実なものだし、残りのメンバーで陽動すればかなりの戦力がそちらに分散されるはず。
「それでは、各チーム構成を発表します。まずAチーム。――伊吹ちゃん、信哉くん、沙耶ちゃんの三人」
 呼ばれた三人に注目が集まる。無論その三人は真ん中に伊吹、左右に上条兄妹、という形で席についていた。
「皆さんもご存知だと思いますが、このチームの強みは実力もそうですが、何と言っても揺るがない信頼から生まれるチームワーク、コンビネーションが絶大です。以上の理由からこの三名でAチームとさせてもらいました。チームリーダーは伊吹ちゃんに」
「当然だ。我々の力、とくと見せてくれるわ」
 まあこれは当然の選択というか予測済みというか。逆にバラバラにしたらそれだけで戦力ダウンな気もするし。
「続いてBチーム、香澄さん、杏璃ちゃん、春姫ちゃん。――香澄さん、杏璃ちゃんの攻撃タイプを二人置いて、サポートタイプの春姫ちゃんを徹底的にサポートに回すことで、バランス + 攻撃力、の安定の更に一歩上を行くレベルの高いチーム構成です。チームリーダーは、香澄さん」
「ん」
 短い返事だが、勝気な笑みを見せながらのその返事は、「任せておきな」と言っているようで、とても頼りになる感じだった。
「最後にCチーム、タカさん、小雪さん、姫瑠ちゃん、雄真くん。――高い攻撃力と豊富な経験を持つタカさん、独特な魔法を多種多用する小雪さん、オールラウンダーの姫瑠ちゃん。この三人ならば組み合わせることで能力が相殺されることなく、一人一人が上手く動け、多様なシチュエーションに応対出来ます。それに――雄真くんが一番光るのも、このメンバー」
 スッ、と俺と楓奈の視線が合う。
「ごめんね雄真くん。こういう言い方はあれなんだけど――」
「わかってる。――俺は、皆と比べるとレベルが低い」
「うん。普段の雄真くんはどうしてもワンランク下として計算しないと逆に危険なの」
 そんなことは重々承知している。今更ショックだの云々言っている場合でもない。
「でも……俺が一番光る、ってのは?」
「Cチーム、タカさんと小雪さんは敵の目からすると凄い目立つタイプの魔法使いなの。それこそBチームの香澄さん、杏璃ちゃんよりも。そこにオールマイティの姫瑠ちゃんが加わることで、敵が注目するのは基本タカさんと小雪さん、そして油断しないように、って気を配ると姫瑠ちゃんが目に入る。つまり、雄真くんの存在は、このチームだとかなり敵の目を欺ける。雄真くんはフリーで動けるの。雄真くんの現在のレベルはClassにすると大よそC前後。混戦状態の中、そのレベルの人を自由にやりたい放題動かせるというのは信じられない位の戦力になる」
「成る程な……」
「このチーム構成は、遠回しに、雄真くんが駄目、って言っているみたいで心苦しかったんだけど……」
「大丈夫だ、楓奈。四の五の言ってられない状態だし、正直、戦力として正式に数えられてることが嬉しい。俺も、俺でも皆と一緒に並んで戦える。それだけで十分だ」
「うん。――先生も、期待してたから」
 そうだな、俺は「あの」御薙先生の息子で弟子だもんな。頑張らなきゃ。
「Cチーム、チームリーダーはタカさんに」
「ああ。――任せろ」
 力強くタカさんが頷く。――これで各チームが出揃った。
「雄真くん」
 呼ばれた方に向き直る。そこには姫瑠の姿が。
「再会した時は、まさかこんな風に一緒に戦うことになるなんて、思ってもなかった」
「まあな。それは俺もだ」
 流石の小雪さんでも、きっとこの展開は読めなかった……と思う。
「私ね、自分の魔法の才能に関して、嬉しいとか、別に思ったことなかった」
「……どういう意味だよ?」
「私、才能があったからその道に入っただけで、特別魔法使いになりたかったわけじゃなかったから。もっと魔法使いになりたい人、才能が必要な人に自分の才能をあげられたらな、って思ったこともあった。――でも今、自分の才能、実力で、雄真くんを助けられること、隣で戦えること、誇りに思う。初めて神様に、自分に才能を与えてくれたこと、感謝してる」
「姫瑠……」
「勿論、雄真くんとだけじゃない。――私は、このメンバーと一緒に戦えること、この場に一緒に居られること、凄く誇りに思う」
 姫瑠は全員の顔を見渡し、迷いなくハッキリとそう宣言するかの如く告げる。その言葉は、想いは全員に伝わり、表情からしても、全員の士気が上がったのがわかった。
 このメンバーなら、負けない。失敗などしない。俺達なら勝てる。改めてそう思った――その時。
「……どうして」
 そう、改めて思ったその時――「それ」はやって来た。
「どうして……そんな風に、当たり前の顔で、そんなことが言えるの……?」
 春姫だった。声は震え、表情も俯いていてよく見えない。
「どうして……当たり前の顔で、私達と一緒に居られるの……?」
 いや、声とか表情もそうなんだが……そもそも、何が言いたいのか、さっぱりだった。
 春姫、何が言いたいんだよ、と言おうとした、その瞬間。
「全部……全部、あなたのせいじゃない!!」
 バン、と机を手の平で叩き付けながら立ち上がり、顔を上げ、春姫は姫瑠を睨みつけていた。顔は紅潮し、目は涙目。
「あなたが出てこなければ、こんなことにはならなかった!! すももちゃんだって、危険な目に遭うことなんてなかった!! 私が、こんな想いをする必要もなかった!!」
 凍りつく教室。皆どうしていいかわからない、と言った状態。――春姫? これが、春姫? あの春姫なのか?
「あなたが、私達に何をしてくれたって言うの!? アメリカから勝手に帰ってきて、私達の生活をグチャグチャにしただけじゃない!!」
 あの春姫が――どうして、そんなことを……!?
「どうして私達の仲間みたいな顔してるのよ!! どうして一緒に頑張ろうなんて思えるのよ!! 私達が一緒に戦ってあげたいと思えるようなこと、あなたはしてくれたの!? あなたが悪いの!! あなたのせいなの!! あなたの責任なの!! あなたが、あなたが――!!」
「春姫っ!! 止めろ!!」
 俺は春姫の両肩を掴み、真正面から見据えて強めにそう告げる。
「雄真、くん……?」
「落ち着けよ春姫!! 今そんなこと言ってる場合じゃないこと位、わかってるだろ!?」
 俺の言葉で、再び静まり返る教室。当の春姫は、自分が何をしてしまったのか、そもそも何故自分が今ここにいるのかわからない、そんな唖然とした表情だった。
「……あ……ああ……ああっ……!!」
 だが、それも一瞬で――次第に、自分のしてしまったことの大きさに、気付き始める。
「ち、違うの……!! 私、さっき、森で言われて……その、でも、私は――!!」
 パニックになる春姫。自分でもそんなことを言うつもりなんて微塵もなかったんだろう。一瞬の感情の高ぶりなのか、それとも積み重なってきたストレスからなのか、今となってはわからない。
 でも春姫が、今言うべき言葉ではない言葉を、口に出してしまったこと。――その事実の重みだけが、教室に圧し掛かる。
「違わ、ないよ」
 沈黙を破ったのは、他でもない――姫瑠だった。
「春姫の言う通りだった。全部、全部私のせい。うん、私のせいだったんだね」
「姫瑠、それは――」
 姫瑠は寂しそうな笑顔で首を横に振り、俺の言葉を遮る。
「ごめんね、みんな。――私すっかり、みんなの優しさに甘えてた。みんなの友達に、仲間になれた気がしてた。だから、一緒に戦える。そんな風に思ってた。でも違った。そう、今回、悪いのは私。みんなが苦労を背負う必要なんて、何処にもなかったんだよね。――みんな、ありがとう、今まで」
 そのまま姫瑠はクルリと背中を向け、教室を後にしようとする。
「姫瑠ちゃん! 待って!」
 バッ、と楓奈が食い止めようとする。が、その行為にも、姫瑠は首を横に振る。
「責任、取るから。相手の目的は私。私が出向けば、すももちゃんは無事に帰せる。――だから、安心して」
「姫瑠っ! そういう問題じゃ――」
「雄真くん」
 再びゆっくりと振り返った姫瑠の顔は、屈託の無い笑顔だった。そして――
「――バイバイ」
「っ……!!」
 そう、笑顔のまま俺に告げると、そのまま教室を後にした。まるで友達が学校帰り、また明日、そんな感じの「バイバイ」を俺の耳に残して。そんな感じの笑顔を俺の目に焼き付けて。
 そしてそのまま、有り触れた明日が来るのなら、どれだけ幸せだっただろう。また明日、何食わぬ顔で姫瑠に会って、みんなで会って、普通に過ごせたらどれだけ幸せだろう。
 でも――今この瞬間、俺達の「明日」はなくなってしまった。当たり前の明日は、もうやって来ないのだ。
「…………」
 追い掛けたかった。追い掛けるべきだった。たとえ俺だけでも、姫瑠の傍に居てやるべきだ。でも――
「っ……」
 今、俺が単身追いかければ、春姫が壊れてしまう。――そんな気がして、俺の足は動いてはくれなかったのだ。
(春姫……姫瑠……)
 無力だった。俺はきっと、ここにいる誰よりも――無力だったんだ。
 壊れていく。彼女の理想郷が。有り触れた、些細な願いの姫瑠の理想郷が、音を立てて、ゆっくりと、崩れていく――


<次回予告>

「俺は今更、はいそうですかで黙って見守るつもりなんてないし、出来そうにない。
当初の予定通り、すももを助けに、ISONE MAGICと決着を付けに、行こうと思う」

最後の決戦を直前に、最悪の事態に陥った雄真達。
消えてしまった姫瑠、壊れかけの春姫。――雄真が選ぶ道とは。

「自分達の手で、引っ張り出してこそ奇跡……」
「ええ。――私は、あなた達なら、あなたなら、出来ると信じてるから」

彼らに奇跡は起こるのか。
微かな勝機を手にする奇跡を、雄真達は起こせるのか。

「戦いは、勝たなきゃ意味がねえ。勝ってからこそ、戦う理由が証明される。
――絶対に、勝つぞ、雄真。俺と、お前の――ここにいる全員の、想いを証明する為に」
「……はい」

決意を固めた雄真達に、宿る想いは――果たして。

次回、「彼と彼女の理想郷」
SCENE 28  「Judgment -crime and punishment-」

「……ああ、そっか」

そして彼は、裁きを――自らの、胸に。

お楽しみに。


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