「Art Magic Function、その頭を取って通称『ART』。――日本語に訳せば、人工魔法機能、ってところかしら。元々魔力を持つ人間から意図的に魔力を抽出し、それを別の人間に与えることで、才能以上の魔力を扱えるようにする機能。そして本来、魔法が使えない、魔法使いの才能のない人間に、人工的に魔力を投与し、魔法を使えるようにする機能」
 鈴莉は、自ら『ゼロ』と呼んだ男の足が止まっているのを確認すると、言葉を続ける。
「そして――必要以上の魔力を与え、体内のバランスを崩し、人の中で一番魔法に関わる部分……精神に大きな負担を与え、最終的には崩壊に追い込む、悪魔の機能でもある」
「そんなことは俺も重々承知している」
 ゼロ、と呼ばれた男は再び鈴莉の方に振り返る。
「『ART』のシステムの流用が確認された――そう言ったのか?」
「ええ。――ISONE MAGIC、知っているかしら?」
「名前位はな。縁はない」
「ちょっと彼らと揉め事があって、昨晩戦闘になってね。――その時に、明らかに相手側の一部の魔法にそのシステムが使われていたのよ。相手側もシステムを手に入れたようなことは言っていたわ」
 真剣な面持ちでそう告げる鈴莉に、ゼロはため息をつく。
「つまらない冗談は止せ。協会で完全に監視下に置いてあるんじゃないのか? そこまで協会の連中は腑抜けじゃないだろう」
「ええ、直ぐに確認を取ったけど、協会から誰かが持ち出した形跡は何処にもない」
「矛盾しているぞ、御薙。ならば何処の誰か知らんが、システムを扱えるわけない」
「システムを持ち出さなくても、システムの根本的な物を知っていて、それを彼らに与えた人間がいたとしたら」
 鈴莉がそう述べている間に、ゼロは自らのコートの内ポケットから煙草を取り出し、一本咥え、火を点けた。――ふーっ、と煙を吐き出す。
「それこそありえん話だ。あのシステムを扱える人間――元より、あの事件に関わった人間は、俺とあんたが全て把握している。残りは死んだ」
「生きている人間が、いるとしたら」
 チラリ、とゼロは鈴莉の目を見る。
「――本気で言ってるようだな」
「ええ。だとしたら、こんな箇所でわざわざあなたには会わないわ」
 もう一度、煙草を吸い、大きく煙を吐く。
「だとしても、俺に何を頼むつもりだ? 成梓蒼也、沙玖那聖、優秀な人材はいくらでも手元にいるだろう。わざわざ俺に頼まなくても」
「残念、蒼也くんも聖ちゃんも今瑞穂坂に居ないのよ。それに――」
 フッ、と軽くだったが、鈴莉は挑発的な笑みになる。
「スニーキングミッションは、あの二人には流石に出来ないわ。あなたにしか、出来ないでしょう?」
「潜入任務、か……大方、そのISONE MAGICに潜入、システムの入手ルートに関して調べてきて欲しい、そんなところか」
「察しが良くて助かるわ」
 ゼロは、少し憂いな顔をして、携帯用の灰皿をやはり内ポケットから取り出して、吸っていた煙草をその中に押しやった。
「わかった、引き受ける。――だが、今回だけにしてくれ。さっきも言ったが……俺はもう、表に出て来ていい人間じゃない」
 そのゼロの言葉に、鈴莉は悲しそうな表情になる。
「どうして……そんなに自分を卑下するの? 謙遜するの? あなたは、もっと評価されていい人間なのよ? 沢山の人達に感謝されるべき人間なのよ? あなたは――世界を救った英雄なのよ?」
「俺は英雄じゃない」
 ザッ、ザッ、と地面を踏みしめて、ゼロは再び先ほどの名も無き墓石の前に立つ。
「英雄とは、世界を救い、全ての人間を救った人間に捧げられる称号だ。俺は誰も救えちゃいない。無実の人間も、何も知らないで流されるままあの場にいた人間も、あの技術に溺れた哀れな人間も、共に戦った仲間も、誰も救えなかった。そして――」
 ゆっくりと、空を見上げる。その目は、切なげに遠くを見ていた。
「――そして、たった一人の愛する人でさえも、俺は救えなかった」
「…………」
 史実を知っている人間には、あまりにも重い言葉だった。――鈴莉は、彼にかけてあげられる言葉が、見つからなかった。
「――すまない。つまらん話をしたな」
 フッ、とゼロは苦笑する。
「今日中に資料を用意しろ。それまでの間に、俺も準備をしておく」
 そう言いながら、ゼロは再び歩き出した。
「ええ、出来るだけ早く、用意するわ。――宜しくね、向井(むかい)くん?」
「その名前で呼ぶのは止せ、その名前は」
 が、その鈴莉の言葉に再び足を止め、軽く苦笑する。
「俺はゼロだ。――それ以上でも、それ以下でもないさ」
 そう言い残すと、振り返ることなく、墓地を後にしたのだった。


彼と彼女の理想郷
SCENE 26  「英雄は、消えない痛みと共に」


「ふぅ……」
 葉汐琴理は、トレーニングルームを出ると、近くにあった椅子に座り、水分を補給することにした。
 現在、琴理がいる場所はISONE MAGIC、日本支社のビルの一つ。十中八九雄真側と戦闘になるであろう現状、少しでも自らの実力を高める為に、最新の魔法使い用のトレーニングルームにて、汗を流していたのである。
 自らの手で、実力で、決着をつける。――その想いを胸に、琴理は鍛錬を重ねていたのだ。
「……もうこんな時間か」
 見れば、時刻は間もなく午後の一時。トレーニング中は気付かなかったが、いざ落ち着いてみれば十分に空腹の状態だった。
 昼食にしよう。――もっていたペットボトルのスポーツ飲料を飲み干すと、立ち上がり、歩いていく。すると……
「おい、これ何処へ運べばいいんだっけ?」
「確か、この奥の空き部屋だったと思う」
「ったく、何でこんなこと俺がしなきゃならねえんだよ」
「というか、あの女の子、誰?」
「雰囲気的に、監禁っぽい感じだよなー」
「ははっ、お前それじゃ犯罪じゃん!」
 スーツ姿の男が三人――ISONE MAGICの社員で、おそらくは営業等の担当だろうと思われる――が、ぶつぶつ言いながら歩いている。その内、一人の男の手には、食事が乗ったトレーが。
「――待ってくれ。私が運んでおく」
 琴理はその三人を呼び止め、半ば強引にトレーを受け取る。――呆気に取られている三人を他所に、琴理はスタスタと目的地――このフロアの奥の方にある個別の就寝室へと向かう。
「入るぞ」
 カードキーで鍵を開け、部屋に入る。――そう広くない部屋だったが、ベッド、トイレ、シャワー等、一通りの物は揃っている、しっかりとした就寝室だった。
 そして、その就寝室のベッドの隅で、膝を抱えて小さくなっているのは、他でもない――すももである。……余談だが、琴理はすももには簡単にだが、自分が姫瑠に復讐する為、という理由は話した。
「昼食だ。――置いておくぞ……?」
 と、琴理がテーブルの上にトレーを置こうとすると、視界に入ってくるものが。……食事が乗せられている、トレーだった。だが、今琴理が持ってきたものとは、決定的な違いが二つ。一つはメニュー。そして、もう一つは……
(冷めた食事……今日の、朝食分か)
 完全に、料理が冷え切っていたのである。それが手をつけられていない、今朝運ばれてきた朝食であろうことを予測するにはあまりにも容易だった。
「食欲、無いのか?」
 とりあえずトレーをテーブルの上に置き、すももの方を見、そう尋ねる。――だがすももは反応しない。ただ膝を抱え、隅で縮こまっているだけ。
(……まあ、無理もないか)
 そう思い直すと、琴理はストン、と自分もベッドに腰を下ろす。そのままポケットから何かを取り出し、すももに差し出した。
「……?」
 すももがチラリ、と見てみると、琴理が持っているのは、手の平に収まるか収まらないか、位の紙の箱。
「私の非常用の携帯用の食料だ。まあこのサイズだ、腹を満腹にするには無理があるが、カロリー、各栄養素、ある程度の量はこれ一つで取得出来る。食欲が無くても、この位だったら食べられるだろう。安心しろ、味も悪くない。これと――そうだな、お茶の一杯でも飲んでおけば、全然違う。何も食べない、というのは体に毒だぞ?」
 その言葉に、すももは困惑する。――琴理は、自分を誘拐した琴理のその言葉は、まるで自分を心配している様だったからだ。
 と、すももが困惑のあまり、行動に躊躇していると、琴理はベッドに腰掛けたまま、数歩分位置をずらし、すももに近付く。
「食べておけ。――兄と再会した時、栄養失調でした、では兄が悲しむぞ?」
 そしてそう言って琴理は無理矢理にその携帯用食料をすももに握らせた。すももの困惑は、確信へと変化する。――琴理は今、完全に自分を気遣ってくれているのだ。
「どうして……わたしの、こと」
 気付けば小さな声だったが、それでもすももはハッキリと琴理にそう尋ねていた。
「――個人的なことを言えば、お前を巻き込んでしまうのは、不本意なことなんだ。……すまない」
 そう告げる琴理の顔は、本当に申し訳無さそうな表情をしていた。
「全ては私の復讐の為。――お前を巻き込むことで裁かれなければならないなら、全てが終わったら、私は甘んじて裁きを受ける。覚悟の上だ」
 そしてその揺るがない瞳は、やはり同じく揺るがないであろう意思を表しているようだった。
「だからせめて、お前にはこれ以上危害が行き届かないようにする。全てが終わって、どんな結末になったとしても、必ずお前はお前を待つ人達の元に送り届ける。それは、約束する。――お前が消えて、悲しむ人間がいるなら。私は……大切な人を失う悲しみを背負う人間を、もう見たくないんだ。たとえそれが、姫瑠に肩入れしているお前の兄でも。……そんなのは、私だけで十分なんだ」
「琴理、さん……」
「正直、お前が羨ましい。私も、もっと幼い時に、お前の兄のような人間に出会えていれば――もっと違う人生が歩めたのかな、と馬鹿なことを一瞬でも考えてしまう位に、な」
 気付けばすももは恐怖心を忘れ、寂しげに笑い、語る琴理の姿から目が放せなくなっていた。
「琴理さん、その……」
「――うん?」
「あの……姫瑠さんを、許してあげることは、もう出来ないんですか……?」
 その問い掛けに、琴理はゆっくりと首を振る。
「そんな簡単な話ではもう無いんだ。私が今生きている意味全てなんだ。父様の無念を晴らす為に私は今存在しているんだ。――もう、私は戻れない。戻るつもりもない。一人で、何処までも戦ってやる」
 そこまで言って琴理はスッ、と立ち上がる。
「何か、困ったことがあるなら言ってくれて構わない。私に出来る範囲のことなら善処する」
 そしてそう言い切ると、部屋を後にしようとする。
「琴理さん!」
 ――が、直ぐにすももに呼び止められた。
「これ、お返しします。――琴理さんが運んでくれたお昼ごはん、いただきます」
 と、差し出した手には、先ほど無理矢理握らせた携帯用食料が。――琴理は、チラリとすももの顔を見ると、軽く頷いてその携帯用食料を受け取る。――すももの顔色が、表情が、随分と良くなっているのを確認したからだった。
「――それから」
 そのままポケットに携帯用食料を戻していると、すももが続ける。
「わたしは、姫瑠さんのこととは別に、琴理さんのお友達になれます」
「……え?」
「今お話してわかりました。勿論、姫瑠さんもわたしお友達ですけど、きっと琴理さんともわたし、お友達になれます。ううん、なりたいです。――だから、一人だなんて、言わないで下さい」
 琴理は驚きの余り、言葉を失くしていた。目の前には、屈託のない、穏やかな笑顔。
「…………」
 琴理は、無言で部屋を後にする。――居たたまれなくなったのだ。
(あの兄にして……あの妹、か)
 酷く、自分が小さいような、情けないような、そんな気がした。――ブンブン、と首を横に振る。違う。私は間違っていない。誰に何と思われてもいい。私は私の復讐をする。その為に今まで頑張ってきたのだ。
 その後、自分がどうなってしまうかなんて――今は、考えなくていい。……そう思った、その時だった。
「――!?」
 スッ、と漂う、何者かの気配。少なくともすももが居る部屋に入る前までは無かった気配だった。薄いものだったが、逆に言えば微かにでも確実にその気配を感じ取れる。
 更に言えば、明らかに今までに感じたことのない気配。――つまり、ISONEの人間の気配ではない。
(何者かが……侵入、している……?)
 ゆっくりと慎重に、その気配がする方へ琴理は歩いていく。歩くにつれ、段々とその気配は大きくなっていき――
(……ここか)
 やがて琴理は一つの部屋の前に辿り着く。「第三コントロール室」と書かれたそのフロアの突き当たりにある部屋だ。琴理は自身のワンドである、青い装飾拳銃――名前を「シルヴァリア」といった――を手に取る。
 扉を開け、ゆっくりと部屋に入る。視界が届く範囲内に、人の気配はしない。一歩一歩、ゆっくりと周囲に気を配りながら進み、丁度部屋の真ん中辺りに辿り着いた、瞬間。
「っ!?」
 バババババッ、という音が部屋に響き渡る。――結界魔法、具体的にはこの部屋にこれ以上何者かが手出し出来ないようにバリアを張られた。
(最初から、罠だったのか……!!)
 要は、あえて微量の気配を流し、一定以上の実力の人間だけに気付かせ、誰か一人来た所で結界魔法を発動し、その一名を捕獲する算段だったのだ。
 と、結界魔法の発動も完全に完了すると、そこでやっと部屋に自分以外の存在の気配が。
「誰だッ!!」
 自分の真後ろからその気配を感じた琴理は、すぐさま振り返り、シルヴァリアを構える。――視線の先には、壁にもたれ掛かり、煙草を吸う一人の男が。年齢は三十台前半といったところ、左目の黒い眼帯が印象的だった。
「すまないな。――吸わないと、どうも落ち着かないもんでな」
 男――ゼロは、軽く煙草を持ち上げ、琴理にそう告げると、もう一度煙草を咥え、吸う。煙を吐き、気分が落ち着いたか、携帯用の灰皿を取り出し、煙草をその中に押しやる。
 そこでやっと、本格的に琴理とゼロの目が合う。
「――っ……!?」
 瞬間、琴理の精神が一気に窮地にまで追い込まれる。特別威圧をされたわけじゃない。魔法を使われたわけでもない。ただ目が合った――それだけなのに、その存在感に、圧倒されたのだ。
 格が違うとか、そんな言葉じゃ済まされない。住んでいる世界が違う、と言えばまだ近いか。それ程までの存在感を、一瞬にして感じてしまったのだ。相手にしてはいけない。本能がそう告げている。真正面から戦えば、数秒で負ける……いや、殺されてしまう。
 それでも琴理は――シルヴァリアを、下ろさず、ゼロに向かって構えたままの姿勢をキープする。その様子を見たゼロは、フッと軽く笑う。
「素質はいいものを持っているな。だが実戦経験が圧倒的に少ない。――どうだ? 訓練とはまた違うだろう、実際の人間を前にする、というのは」
「っ!! 何を根拠に――」
「手が震えてるぞ」
 指摘されて、初めて琴理は気付く。――シルヴァリアを持つ右手が、震えていた。急いで左手を支え、震えを最小限に止める。
「いい心意気だ。――ハンドガンタイプのワンドか」
 だがそんな琴理の様子を大して気にも止めず、次にゼロが注目したのは、琴理が持つワンドだった。
「ただワンドとしての能力だけでなく、上位の魔法弾が使用可能、更にはサイドからのプライオリティー・リロードも可。――そこまでの品はそうあるもんじゃない。大事にした方がいい」
 琴理は困惑していた。見ただけでシルヴァリアの性能の特徴を見抜いた点もそうだが……そもそも、目の前の男が一体何をしたいのか、何が目的なのか、皆目検討もつかないのである。
「まだ若いな。――君は、ISONEの正式な人間じゃないな」
「だったら……何だ」
「何故このような所にいる? 本来、君のような若い才能のある人間が居ていい場所ではないぞ、ここは」
「話す理由もないし、話してどうにかなるわけじゃない」
 その琴理の言葉に、ゼロは再び煙草を取り出し、火を点ける。
「復讐か」
「!?」
 そして、煙を吐き、あっさりとそう断言した。
「別に俺が超能力者、とかそういうわけじゃない。――俺はこれでも色々な人間を見てきたクチでな。統計すれば……復讐を目的にしてる人間の目は大体同じ目をしている。君も例外じゃない。――悪いことは言わない、止めておけ」
「偉そうな口を……!! 何も知らない癖に!!」
「君はまだ若い。何があったにしろ、十分にやり直せる年齢だ。それに――」
 ふーっ、と再び大きく煙を吐く。
「――君の目は、その復讐を心底は望んでいるようには見えないが」
「な……に……!?」
「迷いがあるなら尚更だ。つまらん復讐など止めておけ。――復讐が生み出すものなど、何もない」
「――黙れっ!!」
 バシュン!!――気付けば琴理は、やはり震えていたその手を無理矢理動かし、トリガーを引き、装填してあった魔法弾を撃っていた。――が。
「戦場では躊躇いは許されない。一度発砲してしまえば――そこは戦場だ。覚悟はいいな?」
 たった今、前方にいたはずのゼロの姿は消え――既に後ろに立っていた。
(殺……され、……る)
 ゆっくりと、頭の中にその答えが過ぎる。ただ後ろに回られただけで、それ以外の答えが見えてこない。気付けば震えも治まっていたが、逆に体中がまったく動かない状態に。
 ポン。――琴理の左肩に、軽くだったが、ゼロの手が優しく置かれる。
「その程度で癇癪を起こしてしまうなら、止めておくんだ。――たったそれだけの勇気で、君の人生はきっと変わるぞ。何もかも終わってからじゃ、遅い」
 そう何処か優しく言うと、咥えていた煙草を携帯灰皿に押しやり、そのまま琴理の横を通り過ぎ、ドアの前へ。
「本当なら、ISONEの人間を捕まえて、色々確認したいことがあったんだが……まあいい。諦める。念の為だったからな」
 それだけ言い残すと、ゼロは部屋を後にする。直後、結界魔法が解けると同時に、
「はっ、はぁっ、はぁっ……」
 琴理にかかっていたプレッシャーも解放された。ガクッ、と膝をついてしまう。呼吸も相当荒くなっていた。体中で汗をかいている。
(助かった……のか)
 少しずつ、呼吸も落ち着いてくる。同時に沸き起こる、生の実感。そして――

『――君の目は、その復讐を心底は望んでいるようには見えないが』

 思い出されるのは、謎の男の、その言葉。
 納得出来るはずもなかった。今の自分にとって、復讐が全て。それだけを糧に今生きている。それを真っ向から否定された。ただ、その目を覗かれただけで。
 どうでもいい、その辺の人間に言われたのなら、適当に跳ね除けられたかもしれない。だが、先ほどの隻眼の男は、圧倒的な存在感、そして説得力があった。――それはつまり、本当は自分が復讐など望んでいない、ということになる。
「そんなわけない……そんなわけない!!」
 バァン!――気付けば、壁を思い切り手で叩いていた。そして、その苛ついている、という事実が、更に琴理を苛つかせる。
 私は復讐する。私は難いんだ。あの親子が、姫瑠が……!!
「だったら……そこまで言うなら、証明してみせる……!!」


<次回予告>

「わかった。――納得したよ、楓奈。あんたを指揮官として認める」
「ありがとうございます」

動き出す雄真達。決戦は目前。
追い詰められた雄真達が選ぶ作戦とは、一体どんなものなのか?

「私ね、自分の魔法の才能に関して、嬉しいとか、別に思ったことなかった」
「……どういう意味だよ?」

それぞれの想いを胸に、彼らは立ち上がる。
本当に大切な物を知った彼らの未来は、

「よく考えてみるんだな。自分がどうしたいのか。――大切なのは、一体何なのか」

輝けるものなのか、それとも、悲しみにくれるものなのか。
その明暗を握るのは、果たして……

次回、「彼と彼女の理想郷」
SCENE 27  「明日また君に会えるなら」

「どうして……そんな風に、当たり前の顔で、そんなことが言えるの……?」

迷い無く立ち上がる、雄真達。
その一方で、復讐の幕が、ゆっくりと上がっていく――

お楽しみに。


NEXT (Scene 27)

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