「う……そ……」
 あの日、私に突きつけられた真実は――あまりにも、重かった。
「嘘じゃないさ。――これが、あの男の、あの親子の正体さ」
「真沢の……おじ様が……わたしを……」
「騙して利用していた。――そう言ってしまっても、過言ではないと僕は思うよ」
 頭が上手く回らなかった。どうしていいのかわからなかった。ただ、今まで私が信じていた物が全て、崩れていく音が、何処かから聞こえてくる。そんな気が、していた。
「どうして……あなたは、わたしに……これを……?」
「同情さ。――誰も知らないことだが、僕もあの男には恨みがあるんでね。色々調べていたら君のことが出てきた。それだけだ」
 その人はそう言うと、ゆっくりと私に背中を向け、その場を去ろうとする。
「今すぐこれからどうするか、を決める必要はないさ。答えは、しばらく考えて出せばいい」
 が、ドアノブに手をかけた所で、その人は再び足を止め、そう切り出す。
「だけど、君の出した答えに、道に、力が必要ならば――僕は手を貸してあげても、構わない」
 そして軽く振り向いて、そう微かに笑みを浮かべて、私にそう告げたのだった。

 それが始まり。
 私の――復讐への、始まりだった。


彼と彼女の理想郷
SCENE 24  「愛と憎しみの始まり」


「琴、理……?」
 笑顔のまま、姫瑠に銃口を向ける琴理。――琴理の持つ拳銃は、普通の拳銃ではあまり考えられない、綺麗な青色ベースで、装飾も施されている、綺麗な拳銃だった。
 だが実際の所、姫瑠には拳銃の色だの装飾だのは頭には入ってこない。目の前に広がる光景の意味が把握出来ない。琴理が、自分に銃口を向けている。そんなことは、有り得ないはずなのだ。
「そうですね。――ひとまず、左腕位、使用不能にしてみましょうか」
 そう笑顔のまま琴理は言うと、ゆっくりと姫瑠の顔面に向けていた銃口を、姫瑠の左腕にずらしていく。――未だ何の反応も出来ない姫瑠。頭がついてこないのだ。
 そのまま、琴理が引き金を引こうとした――その時。
「そこまでだ、葉汐琴理ィィィ!!」
「――!!」
 姫瑠後方、つまり琴理の前方から、何者かが勢いよく接近してきていた。
「ベルス・イラ・ユーキ・アルクェスト!!」
 察知すると同時に、琴理は姫瑠に向けていた銃口を接近してきている者の方へとずらし、自らは後方にステップで移動しつつ、詠唱。銃口の先に魔法陣が生まれ、琴理が引き金を引くとレーザー状の魔法波動が連続で発射される。
 要は、その拳銃、琴理のマジックワンドだった。
(何、これ……? 琴理が……魔法……? どうして……?)
 姫瑠の混乱は終わらない。そもそも、彼女が魔法を使えるなど、姫瑠はまったくもって知らされていなかった。
「沙耶ッ、真沢殿を頼むぞ!!」
「はい!」
 バァン、バァン、バァン!――と木刀を振り抜き、琴理の魔法を弾き、突進をしていくのは上条信哉。姫瑠の横をそのまますり抜け、琴理に突貫していく。
「真沢さん、大丈夫ですか?」
「沙耶……?」
 そして気遣うように守るように姫瑠の傍に立つのは、上条沙耶。――上条兄妹の登場は、姫瑠の混乱を更に招く。二人のその勢い、明らかに初めから琴理と戦い、姫瑠を守る為にやって来ているものだったからだ。
「風神の太刀ィィィィィ!!」
「フェルジュ・イラ・マーサ・ミスト!!」
 そのまま信哉と琴理の一騎打ちが始まる。突貫しての接近戦、一見すれば信哉がそのまま有利になりそうなシチュエーションだったが、琴理が退く様子は見られない。琴理は信哉の接近戦を相手に互角の勝負を展開していた。
 お互いまったく引かない、互角の激しい攻防が、どれだけ続いただろうか。ズバァン、という激しい衝突音と共に、二人の間合いが開く。
「上条兄妹か。――よく私の正体に気付いたな?」
 冷ややかな笑みと共にそう問いかけてくる琴理。声もいささか皆が知っているトーンより低く、更にその口調といい、まるで別人のようであった。
「一番最初に貴様を怪しんだのは、伊吹様だ」
「ほう?」
「今宵の戦闘、一番初めに襲われたのは小雪殿。小雪殿は、雄真殿の近しい仲間の内で、あえて選ぶとしたら真沢殿とは一番距離のあるお方だ。尚且つ、小雪殿の行動ははっきり言って近しい我々でも読めぬ。その小雪殿が今日知名度の低い隠れた名店のカレー専門店に行くなど、一般的な敵側では大よそ調べがつかぬだろう。そのことまで知っているのは、基本的には近しい者のみだ。今回の件、小雪殿に近しい人間で、尚且つ外部の人間でありながら疑われない人間。――そう考えれば、一番怪しまなければならぬのは葉汐殿だ」
「更に、その様な結論を出す前に、伊吹様はあなたの存在に、以前から違和感を感じていらっしゃいました。なので先日の土曜日、真沢さんをOasisで一緒に待った日、伊吹様の命令により、瑞穂坂内でのあなたの位置をある程度把握出来るように、マーキングの魔法を使わせてもらいました。――その日の時点では友人を疑うようで心苦しかったのですが――今思えば、かけておいて正解でした」
「マーキングの魔法、だと?」
「気付かぬのも無理はない。瑞穂坂における式守の力は絶大だ。軽度の魔法であれば、土地に関する魔法ならば気付かれないように仕向けることなど容易」
 信哉のその言葉に、琴理は苦笑する。
「成る程な。アメリカから来たばかりの私では式守云々はわからない。地の利を利用されたら不利だ。――つまり最初から貴様等はそのマーキングを追って私を探し出したわけか」
「貴様が動くのは目に見えていたからな」
「小雪様から連絡があると同時に、伊吹様の指示に従い、私達は葉汐さんの捕縛に動き出したのです」
 その結論を信哉、沙耶から聞くと、琴理は高らかに笑い出す。
「はははっ、成る程な。ぬるま湯に浸かっているだけの無能ばかりじゃなかったわけか」
「何がおかしいのだ、葉汐琴理。友を裏切り、窮地に追い込むことがそこまで楽しいか!」
「あなたのしていること、許すわけには参りません。――覚悟して下さい」
 厳しい表情で、琴理を睨むように視線をぶつける信哉と沙耶。再び冷ややかな笑みを浮かべ、見下すような表情を見せる琴理。再び衝突か、と思われた時――
「待って!!」
 食い止めるように声が入る。――姫瑠である。
「琴理……琴理、なんだよね……?」
「ああ。私は葉汐琴理、お前の知っている琴理だ。――言っておくが、魔法の力や薬で誰かに操られている、とかじゃないぞ? 私は私の意志で、今こうしてお前達と対峙している」
 しっかりとした目つきで姫瑠を見てそう告げる琴理。確かに、嘘を言っているようには見えなかった。
「どうして……ねえ、どうしてこんなことしてるの!? 琴理、友達だよね? 私の友達だよね!?」
「友達……うん。――いや、正確には友達「だった」と言うべきだな。まあ少なくとも、真実を知ることがなければ、今も友達のままでいれたかもしれないが、な」
「真実……!? どういう、意味なの……?」
 その姫瑠の問い掛けに、琴理は一度ふぅ、と軽く息を吹く。
「お前と私、どういう経緯で知り合ったかは、覚えているか?」
「当たり前だよ。私と琴理が十歳の時、琴理のお父さんが……その、事故で亡くなって、それでパパが琴理の援助をすることになって、それでパパに紹介されて」
「父様が死に、身寄りのなかった私を、必要以上に面倒を見てくれたこと、心底感謝していた。お前を紹介されて、初めて友達が出来て、夢も希望もないと思っていた人生も、捨てたものじゃないと、思えるようになった。お前達親子に出会えたこと、本当に良かったと思っていた。――真実を知るまでは」
「真実……?」
 瞬間、琴理の目つきがキッ、と厳しいものに変わる。
「父様は事故で亡くなったんじゃない!! お前の父親に、真沢元志朗に、殺されたんだ!!」
「え……!? パパが、琴理のお父さんを……殺した……!?」
 見れば琴理は握り拳を作り、ワナワナとその拳を震わせていた。まさに怒り心頭、と言った雰囲気である。
「わからない……わからないよ、琴理!」
「父様は真沢元志朗の側近、言わば片腕だった。当時MASAWA MAGICは魔法関連の企業として急成長の真っ只中。当然敵も多くなる。アメリカは日本とは違って治安の悪い場所はとことん悪いからな。一歩間違えればテロのような暗殺騒動も当たり前の国だ。当然真沢元志朗も狙われるような立場になっていた。――そんなある日のことだ。その日はMASAWA MAGICととある会社で大口の取引契約が予定されていた。だが脅迫状が届いた。死にたくなければ今日の契約の取引きには向かうな、と。会社の命運を分ける取引きに行くな、というわけだ。――真沢元志朗はその脅迫を受けて、どうしたと思う?」
「……まさか」
「ああそうだ、そのまさかだよ! あの日、真沢元志朗は、自分が狙われているのを知っていて、父様を騙して、身代わりに送り出したんだ!! 本人は別ルートから移動、見事契約に成功、だが父様はその代償として、マフィアに殺されたんだ!!」
 声が上ずり、興奮状態のような状態で琴理は語り続けた。無論、言っている内容からしても、姫瑠にしてみれば何を言っているのかわからない。
「その後私は真沢元志朗の援助を受けるようになった。事故で死んだ社員の娘を不憫に思っての行動? ハッ、笑わせてくれる! 奴はそうやって慈善行動に出ることで、ただ自分の好感度を上げたかっただけだ! 更に生活環境から友達の居なかった自分の娘のいい玩具としてはまさにピッタリだったってわけさ!」
 琴理は笑う。元志朗に対してなのか、姫瑠に対してなのか、自分に対してなのかは――傍らから見ている限りでは、わからなかった。
「――疑うなら、真沢元志朗に確認してみるがいい。私がそう言っていた、と言ってな」
 やがて少し落ち着きを取り戻した琴理は、そう姫瑠に告げた。
「許せなかった。父様を殺した真沢元志朗が。父様が死んだのは事故だと嘘を私に教え、偽善者として私をただ好感度を上げる為の道具として利用した真沢元志朗が。自分の娘のペットとして私を生かしておいた真沢元志朗が。真沢元志朗が、真沢親子が、お前達が、許せないんだよ、私はッ!!」
「違うよ琴理! 私は琴理のことペットだなんて――」
「お前が思ってなくても私の立場は同然だよ!! 騙されて生かされて、都合よく使われるだけの存在だったんだ!!――真実を知った時、真実を知らされた時、私は復讐を決意した。死ぬ思いで魔法を、このワンドを手に入れ、自らの物にした。――何が親子だ。何がパパだ。私の父様を殺しておいて、自分達は親子関係の絆を育もうとしている。私と父様を引き裂いておいて、自分達は親子関係を堪能している!! 許せるわけないだろう!? 復讐なんだ、全てはお前達親子を引き裂いて、絶望の渕に、私と同じ運命に追い込んでやる為な!!」
 叫ぶ琴理。姫瑠は当然のことだが、信哉、沙耶もその勢いに圧倒されていた。理由、真実等はともかく、琴理の覚悟が本物であることが、痛い程に伝わってきていたのだ。
「――無駄話が過ぎたな。今夜はここまでだ」
 と、そう言うと、琴理はピンポン球位の小さな球状の何かを取り出す。――光山、泰明が持っていた物と同じである。
「っ! 逃げるつもりか!」
「逃げる? 勘違いしてもらっては困る。――私の復讐は、今やっと始まったんだ。これからだ、何もかもな」
「待って琴理っ! 私は――」
 急ぎ口を開く姫瑠。
「それではまた、姫瑠ちゃん。――もっともっと苦しめて、何も信じられなくしてあげますから」
 だが琴理は挑発的な笑みを浮かべ、不意に姫瑠が知っている口調に戻し、迷わずピンポン球状の何かを落とす。
「っ!」
 パッ、と起こるフラッシュ。――目を開けた時、既に琴理の姿は消えていた。
「琴理……どうして……どうして……? 私は……私は、琴理のこと……」
 姫瑠の小さな呟きが、静けさを戻したその場所に、寂しく響くのだった。


「痛タタタタ……キツイな、やっぱりこれ」
 場所は瑞穂坂学園、グラウンド。各地での戦闘もどうやら落ち着いたらしく、母さんの指示によりそこを集合場所にしたのだ。
「情けない奴め。お主男であろう」
「んなこと言われてもな……」
 呆れ顔の伊吹。――まあ、何があれって、俺は御馴染みマインド・シェアの後遺症、全身が酷い筋肉痛の様な状態。正直無駄に動きたくない。
「元気が無いのかい? それなら、僕の顔をお食べ」
「食べられるわけないだろうが! お前はいつからパンで出来たヒーローになったんだよ!」
 何故につい先ほどまであれほど緊迫した戦闘、更に母さんと謎の会話までしていたのに一瞬に俺を弄るモードになれるんだろうかクライスは。
「雄真、実際あの顔を全部食べると彼はどうなるんだろう、とか考えたことはないか?」
「無いよ! 一気にホラーアニメになるよ!」
「個人的には、手とか足とかも食べられるのか、ちょっと気になるわね」
「母さーん!!」
 ……そんな馬鹿な会話を少し続けていると、
「雄真くん! 先生!」
 見れば春姫と杏璃が小走りでこちらへやって来ていた。
「二人一緒だったのか。大丈夫だったのか?」
「うん、私達は大丈夫だったんだけど」
「というよりも、途中で相手が逃げちゃったのよ。あとちょっとだと思ってたのに」
「……逃げた?」
「うん……ピンポン球位の何かを落として、パッってフラッシュ放って、気付いたら消えてた。転送魔法だと思う」
 その結末に、俺と伊吹と母さんはチラリ、と目を見合わせてしまう。
「もしかして――雄真達も?」
「ああ。途中で逃げられた」
「そっか、みんなもなんだ」
 と、そんな声が割り込んでくる。見れば――
「楓奈!」
 校門から、楓奈がこちらへ向かってきていた。
「――って、その台詞からするに、楓奈も逃げられた口か?」
「うん。逃げ方も同じだった」
「今思えば奴らの態度もおかしかったからな。最初から途中で撤退するつもりだったのかもしれぬな」
 理由こそ見えてはこないが、伊吹の言っていることが正論なんだろう。だからこそ、何故に最初から撤退するつもりだったのか、理由が気になる。
「皆さん、ご無事で何よりです」
「小雪さん! 良かった、無事でしたか」
 続いてグラウンドに姿を見せたのは小雪さん。――正直、あの電話の様子からしても、かなり不安だったが、こうして姿を見せてくれて一安心だ。
「流石ですね。消耗もあまりしてないみたいだし」
「ええ、それはもう。雄真さんとの甘い日々を思えば、この程度の戦闘は」
「何ですか俺との甘い日々って!? あなたが俺を弄る日々しか俺思いだせませんけど!?」
 というか現在進行形で弄られてますよね俺。
「あの……雄真さん、お尋ねしたいことがあるのですが」
「? 何ですか?」
 と、そんな風に話しかけられた。ふと顔を見れば、小雪さんはやけに真剣な面持ち。
「……?」
「雄真さんは……その」
 じっと俺の顔を見る小雪さん。何だ? 何を言いかけてるんだろう?

『今回、ここであなたを助けたのは私の個人的事情により責任持って動けそうに無いことへのせめてもの謝罪だと思って下さい。――それでは、ご武運を祈っています』

「タマちゃんも、実はジャム的な調理師の方にこねてもらうと美味しくなることはご存知でしたか?」
「知るわけないでしょう!? 何の話ですか!? というか何故あの場にいないのにそのパン的ヒーローの話に乗っかってこれるんですか!?」
 相変わらず恐ろしい人だ。
「…………」
「――?」
 だが俺は見逃さなかった。その直後、不意に小雪さんは一瞬だけ憂いの表情をする。――何となく、何となくだが、本当に俺に言いたいことは違ったのではないか。そんな気がする。
 でも、果たしてそれを小雪さんに尋ねていいものか――と思っていると、
「これで後は、姫瑠達と、姫瑠の護衛の人達ね」
 杏璃が切り出す。――そうか、とりあえず全員の無事を確認することが優先か。
「真沢さんに関しては大丈夫よ。茜ちゃん――成梓先生が合流済みだし、上条くん達も一緒みたい」
 母さんの報告。確かにそのメンツなら安心だ。――信哉と上条さんまで一緒なのは驚きだが。
「……小日向」
「うん? 伊吹、どうした?」
 と、伊吹が何とも言えない複雑な表情で俺の所へ。――そういえば、何が驚きかって、こういう時信哉と上条さんは伊吹と常に一緒にいた。だが俺と母さんが到着した時、伊吹は一人、明らかに苦戦していた。――何で別行動だったんだろう?
「その――実は、お主に謝らねばならぬことがあってな」
「俺に? 俺何かしたっけか?」
 色々考えてみるが、伊吹に謝ってもらうようなことはさっぱり思い当たらない。
「何だよ、遠慮するなよ。多分良かれと思ってやったことなんだろ?」
「うむ、それはそうなのだが……」
 やけに歯切れが悪い。さて何だろう、と思っていると――
「おっ、バッチリ集合してるじゃないの」
 校門からまた新たな声。――だが、声の主は予想外の人物だった。
「え……香澄さん!?」
「また会ったね、雄真」
 軽く笑顔を見せ、こちらへやって来るのは紛れも無い、あの七瀬香澄さんだった。
「香澄さん、どうして……」
「あたしのことはともかく、とりあえず報告。――あの「ナンバーズ」とやらは、ここへは誰も来ない」
「!? どういうことですか!?」
「落ち着いて聞きな。――色々複雑なこと起こしてくれてねえ、あいつら」
 そして、香澄さんの口から語られる報告。
「光山さんが……ISONE MAGIC側の人……!?」
 それは、光山さんの裏切りという予想外の事実だった。クリスさんは重傷、タカさんはクリスさんに付き添って病院へ行っているらしい。
「あたしに感謝しろ、とか言う話じゃないけど、あたしがいなかったら、確実にあの二人は死んでたね」
 そうかもしれない。俺達でさえ直ぐに信頼出来ると判断出来るような人だった。タカさんとクリスさんは完全なる信頼を光山さんに置いていただろう。奇襲をされたら、どうすることも出来ない。
「何てこった……」
 痛い事実だ。特に――姫瑠にとって。事実はそうでなくても、あいつはきっと責任を感じるだろう。救いは香澄さんの存在だ。先ほどの話じゃないが、香澄さんにはかなり感謝だ。
 となると、香澄さんの登場は、かなりの奇跡――
「――で、どうして香澄さんはこの戦闘に?」
 最後に挨拶を交わした時は、瑞穂坂からも居なくなるようなことを言っていたはず。なのに未だに香澄さんは瑞穂坂に止まり、明らかに自らこの戦闘に参加していたようだ。理由は気になる。
「んー……まあ、あたしにも色々あってさ」
 言いながら、香澄さんは自分の頬を軽く掻き、苦笑する。
「とにかく、あたしはあんたらの味方。この戦いは無論、以後その手の話で困り、助けが必要なら、あたしは必ず手を貸すよ。ま、雄真があたしのことを信じられるのならば、だけど。――雄真があたしのことを信じられるのならば、あたしは以後あんたを裏切るようなことは絶対に無い。そう決めてきた」
「…………」
 細かい理由ははぐらかされたけど、俺の目を見る香澄さんの目は真剣だった。嘘を言っているような目じゃないし、そもそもきっとこんな場面で嘘を言うような人じゃない。そんな気がする。
「――ありがとうございます。香澄さんの力、遠慮なく頼らせてもらいます」
 だったら、俺に断る理由はない。頼りになる仲間は、多い方がいいに決まってるのだから。
「ん。――ま、宜しく頼むよ」
「はい。――きっと姫瑠も喜びます」
「だといいけどねえ。――で? 肝心の姫瑠はどうしたんだい?」
「もう直ぐ合流出来ると思うんですが……ああ、来ました」
 校門に、四人の姿。成梓先生、信哉、上条さん、姫瑠。
「……?」
 だが、こちらへやって来る四人の様子に違和感。先頭の信哉は少々厳しい面持ち、上条さんと成梓先生は姫瑠を支えるように姫瑠の左右に……姫瑠を、支えるように……?
「!? 姫瑠っ!?」
 そこで気付く、大きな違和感。――俯き歩く姫瑠。顔色はお世辞にも良いとは言えず、注意深く見ると小刻みに震えている。無論寒さから、とかではない。
「どうした!? 何かあったのか!?」
「雄真殿。――俺が話そう」
 冷静に、そしてよく見れば少し悔しそうな表情の信哉が、先ほど起こったという出来事を、詳細に説明してくれた。
「……嘘だろ……?」
 だが――その報告は、俺の予想の斜め上、到底考えが及ばない事実。
「すまない。何とか捕らえ、ここへ連れてこれればよかったのだが」
 そして、あまりにも痛い、酷い、残酷な現実だった。
「琴理ちゃんが……姫瑠に、復讐……!?」
 琴理ちゃんの――姫瑠の、初めての友達の、大親友のはずの琴理ちゃんの、裏切り。

『ケーキ作りをしている時……いえ、それだけじゃなく、小日向さんと、小日向さんのお友達の皆様と一緒にいる時の姫瑠ちゃんの笑顔は、輝いているんです。少なくとも、あれほど楽しそうにしている姫瑠ちゃんを、わたしは今まで見たことありませんでした』
『そんなに?』
『ええ。本当に驚きました』

『そっか……琴理ちゃんは、二人のこと』
『はい。感謝、尊敬――簡単な言葉では、言い表せません』

『一緒に、頑張ってもらえないかな、琴理ちゃん』
『はい。わたしなんかで、よければ』

「っ……!!」
 あの日の言葉も、想いも、笑顔も、全部全部、嘘なのかよ……演技だったってのかよ……!?
「すまぬ、小日向……予測だけでお主に言うのは、どうしても憚られた」
 伊吹の言葉。――信哉と上条さんが姫瑠についていた理由がわかった。伊吹は最初から琴理の存在感のような物に何処か違和感を感じていたんだろう。
 俺に何も言わないで、琴理を警戒し、二人を動かしたことを、伊吹は謝りたかったんだ。
「雄真、くん……」
 その声にハッとすると、姫瑠がこちらを見ている。今にも壊れてしまいそうな表情で。
「――姫瑠」
 そこで俺は気付く。――俺でさえこんなにキツイんだ、姫瑠はもう今すぐどうにかなってしまってもおかしくない位のショック、精神状態のはずだ。
 何してんだ、俺。ショック受けてる場合じゃない。――俺がしっかりしないと。俺が、姫瑠を守ってやらないと。
「私、何しちゃったのかな……? 私、どうしたらいいのかな……? 私……わたし……っ!」
「大丈夫、大丈夫だから」
 俺はそのまま姫瑠を抱き止め、背中をポンポン、とあやすように軽く叩く。
「琴理が……琴理が、私のことっ……!!」
「落ち着こう、姫瑠。――まだ終わったわけじゃない。俺達は、お前の傍に必ずいる。俺達で、俺とお前で、琴理のこと、止めよう」
 俺もまだ、何処か信じられないのだ。あの琴理ちゃんが。あの日の言葉が、全部嘘だなんて、信じられないのだ。――だったら、俺達で琴理ちゃんを止めなければならない。琴理ちゃんを信じるならば、俺達の手で、止めなければならないのだ。
「姫瑠、俺が絶対に助けてやるから。姫瑠のことも、琴理のことも」
「雄真くん……!!」
 姫瑠がしがみつくように俺の胸に顔をうずめ、泣き出す。いつもの姫瑠からすると信じられない位、小さく、弱かった。
 だから俺も精一杯、強く優しく、姫瑠が落ち着くまで、抱きしめてあげるのだった。――この後に発覚する、もう一つの最悪の事実など、この時は知ることもないままに。


「――春も近くなったとは言え、夜更けちゃうとまだ暖かい飲み物が恋しいねえ。ワンカップでも買って帰ろうか。――あんたも飲むかい?」
「いや普通に勧めないで下さいよ、香澄さん……」
 明らかに年齢的に飲んじゃいけないのわかってるじゃないですか。
 ――各地での戦闘も終わり、グラウンドでの集合後、細かい話は明日に、ということで本日は解散。俺と姫瑠は小日向家へと帰宅途中。
 で、何故に香澄さんまで一緒なのかと言えば、

『雄真、悪いんだけどさ、今日あんたの家、泊まってっていいかい? リビングでも台所でも何処でもいいからさ、寝る場所は』
『主はかーさんだし、構わないと思いますけど……どうしたんですか?』
『いやほら、瑞穂坂から出てくつもりだったから、荷物とか片付けたりとかそうじゃなかったりとか中途半端で今凄い落ち着かない部屋になっちゃってるんだよ、あたしの部屋。寝るのにはちょっと落ち着かなくてねえ。だからさ』

 とのこと。……まあそう言いつつ、姫瑠に悟られないように軽くウインクをしてきた時点で、その理由はでっち上げで、姫瑠を気遣ってのことだと直ぐに察することが出来たが。
「香澄さんって、お酒とかタバコとか好きそうですよね」
 身勝手なイメージだが、そんな感じだ。
「そうかい? まあ酒は好きだね。タバコも好きだったけど、健康によくないから十七で止めた」
「…………」
 タバコは……二十歳にならないと吸えない気がしたんですが……十七で止めたってどうなんでしょうか。まあ今現在吸ってないからいい……のか?
「…………」
 と、そんな俺と香澄さんとの会話中にも、姫瑠はただ黙っているばかり。まあ無理もないが。流石に泣き止んだが、簡単に抜け出せるようなショックでもない。
「姫瑠ー、あんたはワンカップ派? それとも一杯目はビールじゃないと駄目?」
「何だか明らかに飲みなれてますみたいな雰囲気前提で聞かないで下さいよ香澄さん! 姫瑠も俺と同い年の時点で酒飲まないでしょうが!」
 途端、香澄さんが「えー」と言った表情になる。……まったく。
「…………」
 だがそんなやり取りにも姫瑠は無反応。心ここにあらずといった感じだ。
「…………」
 そんな姫瑠に対し、香澄さんは、
「――ひゃわうっ!?」
 問答無用で先ほど買っていたホットのワンカップを、姫瑠の頬に押し付けていた。いきなりのことに、目を白黒させる姫瑠。
「姫瑠、よく聞きな」
 だがそんな姫瑠のリアクションもスルーし、香澄さんは続ける。
「人間は神様じゃない。醜い生き物さ。つまんないきっかけで、望まない方向に変化しちまう。でもそれが最終形態ってわけじゃない。人間、どんなに辛くて、どんなにひん曲がっちまっても、誰かの助けがあれば変われるもんさ」
「香澄、さん……?」
「あんたが、その友達のこと、今でも本当に大切に想ってるなら、ビンタの一発や二発、かましてでも変えてやりな。――少なくとも、そこでクヨクヨしてても一生そのままだよ」
「あ……」
 香澄さんの言葉に、悪かった姫瑠の顔色が、少しずつ元に戻っていく。
「それにあんたは一人じゃない。支えてくれる奴らがいるだろ? 今のあんたの態度は、一緒に戦うと約束してくれた、雄真に少なからず失礼だよ。――雄真を、信用してやりな」
 そしてその言葉で、姫瑠の勢いが、大分元に戻る。
「雄真くん、その、私……」
「大丈夫、俺の気持ちは変わらない。――俺達で、琴理のこと止めようぜ」
「――うん!」
 やっと、笑ってくれた。――俺は一安心する。
「さてと、とりあえずそれじゃ今日は酒盛りでもするかねえ」
「はい!」
「――って、はい、じゃないよ姫瑠! 何勢い任せで同意してんだよ!?」
「いいじゃないか雄真。――酔った勢いでドーン」
「何が言いたいよお前は!?」
 俺とクライスのツッコミに、二人が笑う。――と、
「なあ雄真。――あれが、あんたの家、かい?」
「ええ、そうです……けど?」
 しばらく歩き、我が家が視界に入り、そう尋ねてくる香澄さんの顔が――やけに真剣だ。何だ?
「……この匂い……まさか」
「え? あっ!」
 ダッ、といきなり香澄さんは走り出す。一、二秒遅れて俺と姫瑠も後を追う。
「!? な、何だこの匂い!?」
 我が家が近付くにつれ、何かツーンとする匂い。……というか、明らかに我が家からそんな匂いがしている。無論記憶にない匂いだ。
 バァン、と勢いよくドアを開け、香澄さんはズンズンと小日向家の中へ。後に続く姫瑠と俺。家の中は匂いが更にきつくなっており、更には……
「っ!? かーさん!?」
 リビングで――かーさんが、倒れていた。
「かーさん、しっかりして、かーさんっ!!」
「……あ、れ……? ゆうまくん……? それに、ひめるちゃんも……かすみちゃん?」
 俺が揺さぶると、かーさんはゆっくりと目を覚ました。
「音羽。――何があったんだい?」
「それが……リビングですももちゃんと一緒に寛いでたら、急に家の中が変な匂いになって、それでいきなり眠くなって……」
「催涙ガスか何か、投げ込まれたのかもしれないね」
 真剣な面持ちで、香澄さんがそう言う。――そして気付く、重要な点。
「――音羽、あんた、すももと一緒に寛いでた……そう言ったね?」
「ええ、そうだけど……」
「なら……どうしてここに、すももがいないんだい?」
「!?」
 そう。リビングに倒れているのはかーさんだけで、すももの姿がない。
「姫瑠、手分けして探すぞ!」
「うん!」
 事態を察した俺と姫瑠がその場を離れ、家の中を探す。
「すもも、居るのか!? 返事してくれ!!」
「すももちゃーん!!」
 必死に探す、俺、姫瑠、香澄さん。だが――

 ――この日、小日向家から、すももの姿は、完全に消えてしまっていたのだった。


<次回予告>

「俺は、こいつを助けてやれなかった。守ってやれなかった。
絶対に、どんな時だって二人で戦うって、助け合うって、守ってやるって、
決めてたはずなのによ……!!」
「タカさん……それは」

始まってしまった復讐。姿を消したすもも。傷ついた仲間。
「魔法使い狩りの夜」は、事実上雄真達の敗北、と言っても過言ではなかった。

「俺は、みんなが一緒に戦ってくれるなら、それだけで十分だ」
「雄真くん……」

選ぶ程の選択肢など、残されているわけでもなく。
新たなる戦いへの決意を、雄真は余儀なくされる。

「琴理のお父さんが死んだのは……殺したのは、パパっていうのは、本当?」

真実とは何なのか。
そこから生まれる答えとは、一体何の意味があるのだろうか。

次回、「彼と彼女の理想郷」
SCENE 25  「Thinking of you」

「せめて内容位、聞いてみてくれてもいいんじゃないかしら」
「あんたが俺に頼む位の話だ。少なくとも軽い話じゃあるまい」

お楽しみに。


NEXT (Scene 25)

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