「フリーアス・ライラ・ダ・ラージェ!」 「アラン・ルトン・ハエル!」 バァン、バァン、バァァン!!――鳴り止まぬ連続での攻撃魔法の衝突音。公園での香澄と光山の一騎打ちはエスカレートしていく一方だった。 「ハハッ、どうしたよ、あんた隊長なんだろ? こんなもんじゃないんだろ? もっと勢いよく来なよ!」 「…………」 ――香澄は、カテゴリーで分類した場合、杏璃と同じく「アタッカー」、つまり攻撃に一番秀でているタイプである。 彼女は、過去の生い立ちからになるが、まったくもって死を恐れていない。つまり、捨て身の破壊力重視の攻撃を平気で連発するのである。彼女特有の「同時詠唱」も時折加わり、その攻撃力は場合によっては鈴莉や伊吹を凌ぐかもしれない。 だが逆に言えば、そんな荒い戦闘スタイル、隙は多い。一度ツボを掴んでしまえば、ある程度の戦力があれば比較的倒し易いタイプ、とも言える。 しかし今回のような完全なる一対一の場合、その難易度は飛躍的に上がる。そもそも香澄は「相打ち覚悟」での戦闘。長期戦など考えてもいない。目の前の敵を倒す、ただそれだけなのである。捨て身の攻撃も彼女のクラスになれば逆に防御にも繋がるものがあり、圧勝で勝つ、というのは余程のことがない限り無理な相手。 更に加えれば、光山の心境が「ここで重傷を負うわけにはいかない」という状態であった。負傷への恐怖からか、光山は今一歩、踏み込んでの攻撃が出来ないまま。 戦局は、少しずつであったが香澄に傾き始めていた。 「――あんたさあ」 間合いが開いた所で、不意に香澄が口を開く。 「見てて思うんだけど、生きてて楽しいかい?」 「――な、に?」 その不意の問い掛けは、光山にしてみれば予想外の問い掛け。 「別にさ、あんたの行動を否定するつもりはあたしはないんだよ。あんたはそっち、あたしはこっちに自分の意思でついている。戦う理由なんて世の中その程度さ。あんたの事情なんて知らないけど、理由があってそっちなんだろ?」 「だったら、何だって言うんだい?」 「あんたの目さ、死んでるんだよ。昔の生きてて楽しくなかった頃のあたしの目によく似てる。――あんた、今自分がやってることに、生き甲斐感じてるかい?」 その言葉に、今まで崩れることのなかった光山の表情が、ズッ、と一瞬崩れる。 「――わかったような口を聞くな……!!」 「あんたこそ、何故あたしがわかってない、って決め付ける?」 「っ――この……!!」 ズババババァン!!――その言葉を最後に、再び二人の攻撃魔法がぶつかり合う。光山も冷静さを少し失ったか、攻撃が威力重視の大胆なものに変わっていた。 その状態が、どれだけ続いただろうか。 「――申し訳ないが、時間切れだ。――君が生きていてここへ現れたのも予想外だし、君の実力の高さも予想外だ。――今回は、僕の負けでいい」 フッと間合いが開くと、不意に光山がそう切り出した。 「どういう意味だい?」 「僕は撤退する。敵前逃亡さ。――ここの戦いは、君の勝利、というわけさ」 「はぁ? あんた何言ってる?」 「気に入らないのかい? 君が勝ったんだ」 「気に入らないね。――あたしは、チラリと見せた素の顔の時のあんたを叩かないと勝った気がしないさ」 「…………」 その香澄の言葉に、一瞬だか光山はまたピクリ、と反応してしまう。 「とにかく、今日はここまでだ。――また会おう、氷炎のナナセ。最も……会えたら、の話だけどね」 そう言い切ると、光山は自らの足元にピンポン球位の大きさの何かを落とす。 「っ」 瞬間、パシュッ、とフラッシュが起きて――気付けば、光山は姿を消していた。 「本当に逃げたか……」 ふぅ、と香澄は戦闘時の緊張を軽く緩め、息を吹く。 「でも……何だか、嫌な感じだねえ。ああいう陰険なのは面倒だ」 そして、香澄もその公園を後にするのだった。
彼と彼女の理想郷 SCENE
23 「消えない過去を抱く者達」
「雄真くん、式守さん」 伊吹の左隣にいた母さんが、最初に口を開く。 「二人に、その他大勢をお願い出来るかしら?」 ズズズ、と俺達を取り囲んでいく、恐らく下っ端の魔法使い達。つまり俺と伊吹の二人でこいつらを全部相手にしろ、ってことだ。 「それに関しては俺は構わないんだけど、でも」 「待て小日向、でも、じゃない! お主の実力では――」 「安心しろよ伊吹。――今の俺は、お前に引けを取らない」 そう言って、軽く笑いかけてみせると、伊吹は直ぐに何かに気付いたような表情になる。 「――まさかお主、あの時の」 「うん、そのまさかだ」
「――マインド・シェアを使う!?」 母さんと一緒に(正確には連れられて)移動中、告げられたのがこれだった。 「ええ。私の目的の戦闘箇所は一箇所、それ以外での戦闘は不要。だから戦闘に参加すると同時にマインド・シェアを使って欲しいのよ」 「――馬鹿な。どこまで際どいギャンブルにするつもりだ、鈴莉」 そう問いかけるのはクライス。その台詞からして、反対らしい。 「私の今の主は悪いがお前ではない、雄真だ。――自らの主を、無駄に窮地に追い込むわけにはいかん」 「わかってるわ。――私だって、出来ればそんな流れにはしたくなかった。でも、どうしても『確認』したことがあるのよ。その為には、どうしてもあなたと雄真くんの力が必要なの」 「――母さん」 クライスと母さんの緊迫した会話に、我慢出来なくなった俺は、口を挟む。 「具体的に、何を確認したいのかは聞かない。でも、職員室でも言ってたけど――本当は、クライスに一緒に確認して欲しいんだろう? だから、俺を連れてきた」 母さんとクライスは、元々はマスターとワンドの関係。無論相当長い付き合いだ。お互い、何もかも分かり合える仲のはず。母さんにしてみれば、最も信頼出来る仲間と言っても過言ではないのかもしれない。 「ええ。――ごめんなさいね」 「いや、それはいいんだ。ただ、実際の所母さんが何を考えてるのかとかわからないけど、流石に危ない橋だってことはわかる。――それでも……?」 「ええ、「それでも」。どうしても、必要なことなの」 そう母さんは、俺に笑顔で即答したのだった。――だから、俺は。 「……クライス」 クライスの名前を呼ぶ。ただそれだけで、数秒間の沈黙。――そして。 「わかった。――やるからには、全力で行くぞ」 「ああ!」
「――あれなら伊吹は休んでてもいいぜ? この位だったら俺一人でも」 「フン、調子に乗るな! お主に庇ってもらうなどありえぬわ!」 憤慨し、伊吹が身構える。――直後、 「やれ」 その一言で、取り囲んでいた下級兵達が一気に俺達に攻撃を仕掛けてきた。 「ディ・アムレスト・デルタ!」 バァァン!!――反応したのは俺。その場で三人共守れる範囲、威力のレジストを展開させた。 「――成る程、な」 そして俺は……あれ? 俺、は? 「お前が気にしていること、引っかかっていること、我々に同行を依頼したこと――大よその理由は察したぞ、鈴莉」 そう、格好よく母さんに告げた――って、ええええ!? 「小日向、お主……その技、実力以上に態度がプラスされるのだな」 怪訝な表情の伊吹。――いや違うんだ伊吹! 今喋ったの俺じゃなくて!! 「仕方あるまい、式守伊吹。時間が限定されているものでな。メインが切り替わるのにいちいちベルトを回して変身ポーズを取るわけにもいかんしな」 「――そうか、お主の技は」 「我が主がまだ慣れないのもあるのでな、今のようにピンポイントでいきなり切り替わることもある。出来れば慣れてくれ」 伊吹は察してくれたらしい。――そう、いきなり格好いい台詞になったのは何も俺の態度もレベルアップしたからではない。ポン、と不意にメインの人格がクライスにチェンジしてしまっただけだった。 「――六年前、全て終わったものだと思っていたがな」 「そうね、私もそう思っていたわ。――だからこそ、確かめたいのよ」 「いいだろう。ここは我々で何とかする。――行ってこい」 そして繰り広げられる、クライスと母さんの謎の会話。マインド・シェアなのでクライスの知識も共有しているはずなんだが、その「六年前」の箇所だけ上手くブロックされているらしく、俺には何のことだかわからない。 「――俺は目の前の戦闘に集中するだけ、か」 あ、メインが俺に戻った。――悩んでいても仕方ない、俺はあまり時間も無い、後は母さんに任せるしかないな。 「行くぞ小日向!――ラ・ディーエ!」 「おう!――カルティエ・エル・アダファルス!!」 ズバババァン!!――俺と伊吹の同時の攻撃魔法により、その場は一気に混戦状態となったのであった。
「行くぞ小日向!――ラ・ディーエ!」 「おう!――カルティエ・エル・アダファルス!!」 ズバババァン!!――雄真と伊吹の同時の攻撃魔法。数で囲むISONE下級兵と、圧倒的な才能とのぶつかり合いが開始された。 「ほう……」 少し離れてその様子を傍観していた磯根泰明は、少なからず後から参加してきた雄真の魔力にも感心していた。 「瑞穂坂、か……素晴らしい街だ」 自然と笑みが零れる。ここならば、この街ならば、これ程までの人間がゴロゴロいる街ならば――と思った、その時。 「具体的に、どの辺りが素晴らしい街なのかしら? 住んでいる身としては、ぜひ伺いたいわ」 その声は後ろから。――振り向けば、そこに一人の女。腕を組んで、挑発的な表情で泰明を見ていた。 「あなたが、彼らの総大将か」 「あら、何故そう思うのかしら?」 「実力もそうだが……あそこの二人の餓鬼とは、胆の据わり方が違う。多くの場数を踏んでいる。名前を伺いたいな。――私は磯根泰明」 「御薙鈴莉。――最も、私は総大将じゃないわ。既に第一線は退いた身」 「ほう? なら何故ここに?」 「最初に言ったはずよ? 真相解明。――格好悪く言うと、残飯処理」 「具体的に伺いたい所だな」 泰明の問い掛けに、鈴莉は一度ふぅ、と息を吹く。再びスッ、とぶつかる視線は、先ほどの挑発的なものとは打って変わり、厳しく、貫くような視線。 「何処で手に入れたのかしら? その『技術』」 「…………」 表情にこそ出さなかったが、泰明にしてみれば、その問い掛けは予想外だった。このことを、この技術を知っている人間はいない。そう思っていた。――その一瞬の焦りからだろうか。 「――っ!!」 ババババァン!!――無意識の内に、指示を出していた。後方に残しておいた残り三名の下級兵が、一気に鈴莉に襲い掛かる。巻き起こる爆発。 「――いつまでも見物ばかりしていないで、あなたも直接動いたらどうなのかしら?」 「!?」 今度は、泰明自身、自覚する程、驚きの表情が顔に出ただろう。鈴莉は下級兵が攻撃した箇所――つまりつい先ほどまで立っていた場所にはおらず、気付けば自分の懐にて身構えていた。 バァン!!――そのまま容赦なく、鈴莉は右手に纏ったレジストで、ダイレクトアタックを仕掛ける。防御はしたものの、勢いのまま泰明は数メートル、吹き飛ばされる。 「ふ……ははは、今日は面白い。驚くことばかりだ。あなた達の実力もそうだが、この技術のことを知っている人間に簡単にも出会えるとは」 攻撃を喰らい、吹き飛ばされて、泰明は冷静さを取り戻す。 「しつこいようだけど、何処で手に入れたのかしら? 私が知っている限りでは、あなたのような人間が手に入れられるような技術じゃないわ」 「出所に関しては勿論教えられないさ。折角手に入れたものだ」 「それがどういう物だか解っているの……? それはこの世には存在してはいけない物。世界の、人類にバランスが全て崩れてしまう、危険な技術」 「違うな。――この技術は、国を、世界を、私の物にする、素晴らしい技術だ」 その泰明の受け答えに、鈴莉はピクリ、と反応する。同時に膨らんでいく彼女の魔力。――静かに、それでも確実に、怒りをあらわにしていた。 「お話にならないわね。――ここで、潰す」 「ははは、やれるものならな!!」 その言葉を封切りに、泰明、鈴莉、二人の衝突が本格化する。 「解せないな、何故そこまでしてこの技術の流出を食い止めようとする? 素晴らしい技術じゃないか」 バァン、バァン!――と、お互いの魔法をぶつけ合いながらも、会話は続いていた。 「私は、その技術で傷ついた人間を知っているわ」 「技術の進歩に、犠牲は必要だ」 「技術の進歩? それは違う! 結局その技術で得られるのは力だけよ! 人は技術で、必要以上の力を得てはいけない! そんなもので得た力など、人間には必要じゃない! 本当に必要なのは力じゃない! 人の心を壊してまで得る力など、この世には必要じゃないのよ!」 「最初から才能のみでそれだけの力を持ち合わせているあなたには、到底わかるまい!」 「たとえこの力が、御薙の力が無くても、私の気持ちは変わらないわ。力無くとも強き人を、私は知っているもの!」 「それは綺麗事だ!」 「綺麗事を目指して何が悪いのかしら!? 理想は綺麗事を現実にすること!!」 連続する、激しい攻撃魔法の撃ち合いと、意見のぶつけ合い。お互い一歩も退くことなく、その戦いは続いたが…… 「さてと。――そろそろお開きの時間だ」 パッ、と泰明は間合いを取り、そう告げる。 「どういう意味かしら?」 「我々は何も今夜だけで決着をつけよう、などとは思っていない。今夜は軽い前哨戦に過ぎん」 ニヤリと笑いそう告げると、泰明はピンポン球位の小さな球状の何かを取り出す。 「いい街だ、瑞穂坂。とても気に入った。――いずれあなた達の力も、あなたが言う『技術』で利用させてもらう」 「!! 待ちなさい!!」 逃げられる、そう察した鈴莉は直ぐに魔法を放とうとするが―― 「また会いましょう。――御薙鈴莉」 その球状の何かを足元に落とすと、パッとフラッシュが起きて、 「――っ」 気付けば泰明、更にはISONEの下級兵、全ての姿がそこから消えてしまっていた。――下級兵と戦っていた雄真、伊吹も急に敵が消えて怪訝な表情をしている。 (まだ……終わってないって言うの……? あの戦いは……) 鈴莉は、過去、今、それぞれに想いを巡らせる。――子供達は、守らなければならない。そしてこの手で、過去の事件も、終わらせなければならない、と。
ピリリリリリリ、と不意に携帯電話が鳴る。――時間は鈴莉、雄真親子が伊吹の下に到着、鈴莉が泰明とぶつかり合うほんの少し前のこと。 「成梓先生。――もしもし?」 学園から逃がされていた姫瑠は自らの携帯電話と取り出し、茜からの連絡であることを確認、通話を開始する。 『真沢さん。電話に出れるということは、特にアクシデントは無さそうね』 「はい。――先生は」 『勿論、オールクリアよ』 軽く誇らしげにそう告げてくる茜の声に嘘偽りは感じられない。姫瑠は一安心した。茜の実力を疑っているわけじゃないが、それでも未知数の敵、不安ではあった。 『直ぐに合流しましょう。大体の場所を教えてくれる? 迎えに行くわ』 「はい」 そう学園から離れたわけでもない。姫瑠は大体の位置を茜に説明する。――と、そこで軽い疑問が。 「そういえば私、先生に使ってもらった道具で気配とか、消えてますよね? 会った時、先生ってわかるんですか?」 『こらこら、教師を馬鹿にしない。――使ってる、っていう前提で見ていけば、ちゃんと見つけられるから大丈夫よ。……って言いたい所だけど』 「?」 『それ、便利なタイプでね。あなたが精神的に許している相手には、上手い具合に見えるように出来てるの。つまり、あなたの気配が感じられないのは、主にあなたの敵のみ。あなたの友達や仲間には、ちゃんと見えるわ』 「あ……そうなんですか」 『そゆこと。――ま、そんな話は今はどうでもいいわね。直ぐに行くから、待ってて』 「はい」 ピッ。――通話を終え、茜を待つことにする。さて他の皆は無事だろうか、と想いを巡らせていると―― 「姫瑠ちゃん!」 聞き覚えのある、自分を呼ぶ声。だが姫瑠にしてみれば、今ここで聞くのは少々予想外の声でもあった。 「琴理……?」 声のした見れば、走ってこちらへ向かってくるのは、葉汐琴理。 「はあっ、はっ、はっ……」 琴理は全力で走ってきたのか、姫瑠の元へ着くや否や、息を大きく切らしている。 「琴理、どうしてここに?」 「その……姫瑠ちゃんが危ないって聞いて、わたし、居ても経ってもいられなくなって、それで……」 息も絶え絶えに、琴理は説明を開始していた。――琴理が直ぐに姫瑠を見つけられたのは、無論姫瑠が琴理に心を許しているからである。 「琴理、気持ちは嬉しいけど、魔法使いじゃない琴理は危険だよ!」 姫瑠の言う通り、葉汐琴理は魔法使いではなかった。つまり、この戦闘が勃発している所に、しかも狙われている姫瑠の元に、というのはあまりにも危険な行為である。 「あ……その、ごめんなさい」 指摘され、初めて気付いたのか、琴理は軽くシュン、と項垂れてしまう。 「でも――ありがと、琴理。心配して駆けつけてきてくれた行為そのものは、凄い嬉しい」 「あ――」 ギュッ、と姫瑠は軽くだったが、琴理に抱きつく。掛け替えのない友人の、真っ直ぐな優しさが、姫瑠にとってはとても嬉しいものだった。抱擁を終え、軽く笑い合う。それだけで、スッ、と心が穏やかになれた。 「それで……姫瑠ちゃん、怪我とか、そういうのは」 「うん、大丈夫。皆が居てくれたし、近くには先生が居てくれたから、私は怪我は何処にも」 「何処にも? かすり傷一つも、ですか?」 「うん。だから、安心して」 「そうですか……」 その姫瑠の返事を聞いて、琴理はスッと目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。 「それは、ちょっと「残念」です」 そして再び目を開け、屈託の無い笑顔で、姫瑠にそう告げた。 「――え? 残念、って」 どういう意味、と姫瑠は琴理に尋ねようとした、次の瞬間、 「確かに、こんな所で簡単に死んでもらっちゃ面白くないですけど、もうちょっと苦戦してくれても、よかったんですよ?」 琴理は、先ほどの屈託の無い笑顔のまま、「何か」を取り出す。 「ほら、映画とかドラマにも、ありますよね? 主人公やヒロインが、幾多の戦闘を乗り越えて、傷だらけになって後ちょっと、というシーン」 そのまま取り出した「何か」を、琴理は姫瑠にゆっくりと向けていく。 「姫瑠ちゃんには、そういう感じでわたしの前に現れて欲しかったんです。ただ、主にそういうお話は、ピンチを乗り越えて感動のエンディングを迎えますけど」 琴理の腕が、上がっていく。「何か」が、次第に姫瑠の視線と同じ高さまで上がってくる。 「姫瑠ちゃんには――ハッピーエンドは、残念ながら来ませんから。諦めて、下さいね?」 琴理の手に、握られているもの。姫瑠に向かって、掲げられているもの。 「綺麗な夜空ですね、姫瑠ちゃん。――今この時に、相応しい夜空だと思いませんか?」 笑顔の琴理の手に握られているのは――青い、美しい装飾がされた、一丁の拳銃だった。 「だから始めましょう、姫瑠ちゃん。本当の、魔法使い狩りの夜を。――愛と、憎しみの、始まりです」 そしてより一層優しく、琴理は姫瑠にそう告げたのだった。
<次回予告>
「琴理……どうして……どうして……? 私は……私は、琴理のこと……」
訪れた、一つの大きな真実。悲しい事実。 拳銃を姫瑠に向けた、琴理の真意とは――
「はい。――きっと姫瑠も喜びます」 「だといいけどねえ。――で? 肝心の姫瑠はどうしたんだい?」
長かった夜も、終わりを迎えようとしていた。 この夜に、手に入れた物は大きく――失ったものも、大きく。
「姫瑠、俺が絶対に助けてやるから。姫瑠のことも、琴理のことも」 「雄真くん……!!」
そして、雄真が選んだ、答えとは――
次回、「彼と彼女の理想郷」 SCENE
24 「愛と憎しみの始まり」
「なあ雄真。――あれが、あんたの家、かい?」 「ええ、そうです……けど?」
物語の終わりは、新たな物語の始まりでもある。 それが――どんなに辛い始まりだったとしても。
お楽しみに。 |