「いやいや、不謹慎だし真沢さんには悪いんだけど、こういうのって、私個人的に昔――学生時代を思い出すのよね」
 学園職員室。――成梓茜は、お茶をすすり、来客用のクッキーを食べながらそう切り出した。
「そうなんですか?」
 一方の姫瑠は、お茶は飲むものの、流石に食欲は沸かないのか、クッキーには手を出していなかった。
「うん。結構あったのよ、子供の揉め事ー、だけじゃ済まされない事件がね。私一個下に弟がいてさ、同じ学園に通ってたんだけど、その弟が自分の仲間とか友達とかのピンチを放っておけないのよ。友情に熱い奴でね。で、私は一個上のお姉さん、で当時生徒会長までやってたから、「それは大人の問題なんだから口を挟んだりしちゃ駄目」とか言って止めるんだけど、そんなので諦めてくれる子じゃなかったから、結局心配になって手を貸しちゃうのよね。何だかんだで毎回手伝ってたわ」
 フフフ、と当時を思い出したのか、笑顔で茜は語る。
「先生の弟さん、雄真くんみたいですね」
 話を聞いた姫瑠の第一印象がこれだった。仲間とか友達とかのピンチを放っておけない子。
「あ、やっぱ小日向くんはそういう子か。流石は御薙先生の息子さんね。そりゃ取り合いになるの覚悟で好きにもなるか」
 最早学園内で教師を含め雄真、春姫、姫瑠の三角関係を知らぬ者などいなかったりもする。
「はい。でも「女の子」の気持ちに鈍感なのが、たまにキズなんですけどね」
「あーあー、ウチの弟とそこもよく似てるわ。今の鞘に落ち着くのに色々あったあった」
 フフフ、と今度は二人で笑い合う。――その時だった。チリン、と不意に小さく鈴の音が鳴る。直後スッ、と茜は立ち上がり、窓際へ。その窓の近くに鈴は置いてあり、茜はその鈴を取り、意識を集中させる。
(……数にして、十人前後……周辺を調査、とかじゃなく……迷いなく、この学園を目指してる……?)
 トラップ形式の探知魔法の一つである。茜は一定以上この学園に不審な人間が近付いた時に反応するようにしておいたのだ。そのトラップが、今反応していた。
「――面白いじゃない。学園に喧嘩売ろうってのね」
 茜は臆することなく、軽く笑みを浮かべる。――姫瑠としては何が起こっているのか、サッパリの状態である。
「真沢さん、ちょっとこっちへ」
 そんな状態のまま茜に呼ばれる。呼ばれるがまま、茜の前に立つと、
「ほいっと」
 茜は姫瑠の頭上で持っていた何かをギュッ、と握り締める。すると、姫瑠の全身が淡い光で包まれた。
「先生、これは」
「一定時間、かなりの威力で他人に気配を感じさせなくさせる魔法道具。これが効いている間に、裏口から脱出しなさい」
「!? それって」
「学園に明らかに不審な団体が近付いてる。迷いなくこの学園を目指している所を見ると、この学園に真沢さんがいることも知っているかもしれない。その疑いがある以上、あなたをここへは置けないわ。私がその団体さんの相手をするから、その間に」
「でも、それじゃ先生が」
「私は大丈夫。勿論犠牲になってここでバタン、なんてこともしない。自己犠牲はもう「あの日」で止めたの。皆が笑って終わらせるには、自分自身だって無事でいなくちゃいけない。それが私のモットーだから。――それに」
 そう言うと、茜はポケットから携帯電話と取り出し、不敵な笑みを姫瑠に見せる。
「私には、「奥の手」があるから」
「奥の、手……?」
「そう。だから、安心して。――さ、早く。そんなに時間がかからない内に片付けるから、そしたら連絡なり合流なり出来るから、それまでは」
 姫瑠としては、悩み所ではあるが……茜を信じるしかない、と気持ちを切り替える。
「わかりました。――先生も、気をつけて」
「うん。――ふふっ、悪人相手なら、手加減しなくて良さそうね。いいストレス発散になるわ」
 その言葉を聞き遂げると、姫瑠は裏口から脱出する為に、職員室を後にする。
「さて、と」
 一方の茜は、取り出した携帯電話を操作し、一つの登録ナンバーに電話をかけた。
「――もしもし、冬子(とうこ)ちゃん?――ええ、そう。――ね、今日、今から一緒にお酒でも飲まない? 私の奢りでいいから。待ち合わせ場所は……そうね。懐かしき母校の、グラウンドなんて、どうかしら?」


彼と彼女の理想郷
SCENE 22  「純粋なる戦士達へ」


 ――物静かな瑞穂坂学園のグラウンドに、忍び寄る複数の足音。誰かに発見された様子は見られない。このままこの勢いで校舎内に突入……と、思われた時だった。
「学園内は、関係者以外は立ち入り禁止なんだけど?」
「!?」
 静かなグラウンドに、響き渡る声。――茜である。軽く腕を組み、悠然とした様子で茜はグラウンドに立っていた。
「どうするのかしら? 謝って大人しくします、っていうのなら考え直してあげるけど?」
「っ……!?」
 直後、突き刺さるような威圧感。――数にして八対一。圧倒的差を前にしても茜の精神は揺らぐことなく、強気のまま。
「クソッ、舐め――」
「ディア・ガムス・テナール!!」
 バァン!!――茜の攻撃により、今まさに一番最初に動こうとしていた兵士が吹き飛ばされる。
「卑怯と言いたいならどうぞご自由に。悪人に手加減は無用よね」
 チラリと見せる、不敵な笑み。そして、そのあまりの反応の速さは、残る七人に恐怖感を与えるのには十分だった。
 だがそれでも七人は逃げたりはしない。人数任せの陣形を素早く取り、身構える。
(一応訓練らしきものをしてるのね……こりゃ、電話しておいて正解だったわ)
 多少の緊張と安堵。流石に一人ではこの数は勝てない。茜は悟られないように、「合流」までの時間を稼がなければならない。
「リズ・ファイン・ディア・ミーユ!!」
 バシュゥン!!――先手を取ったのは再び茜。広範囲に地を這う衝撃波を放つ。それが完全なる開戦の合図のように、激しい魔法の撃ち合いが始まる。
 前述したように、不利なのは茜。これだけの数が相手、決定打を放つ時間、つまり一定以上の威力を持つ魔法を詠唱する時間など稼げるはずもなく、徐々に追い詰められていく状態。むしろ、これだけの数を相手にしている時点で「異常」と取られてもおかしくはないシチュエーションなのである。
 ただ、追い詰められているにも関わらず、茜に焦りはない。彼女には、勝機が見えているのだ。
「……!?」
 キィィィン、という音と共に、兵士達の足元に、いきなり青い巨大な魔法陣が描かれる。更にその魔法陣が描かれている範囲内が、青い光に少しずつ包まれていく。
「く、くそっ!」
 危険を感じた兵士達は魔法陣の外に逃げ出す。比較的魔法陣の外側にいた者は逃げれたが、内部中心近くにいた三名は逃げ切れず――
「がぼっ!?」
 ドポン、という音と共に巨大な水の泡が生まれ、三人はその泡に取り込まれてしまう。実際の水のようで、三人は息が出来ない、そもそも何が起きているのかわからないパニックから無駄に暴れ、自らを一気に窮地に追い込んでいく。
「残念だけど、そうなった以上、あたしの魔法陣からは簡単には逃げられませんから」
 気が付けば、グラウンド入り口に、新しい人影。クールで知的な雰囲気を醸し出しているその美女は、その風景がまるで日常茶飯事のように告げる。
「がぼっ!! がぼがぼがぼ……」
「エルジェンス・ル・フェイス」
 バシャン!!――三人を取り込んでいた巨大な泡がその詠唱で一気に弾けとび、大よそ信じられない勢いで三人は空中に投げ出され、
「がはっ!」
 ドサドサドサ、と三人とも直後に地上に落下。戦闘続行は明らかに不可であった。
「よ、流石の技ね、乙姫」
「それで呼ぶの止めて下さい、茜さん」
 彼女の名前は決して「乙姫」ではない。本名は静渕 冬子(しずぶち とうこ)。「乙姫」は学生時代、魔法使いとしての彼女に付けられた異名である。前述の彼女の台詞からして察することが出来ると思うが、本人はあまり気に入ってはいない異名だった。
「さて、と。――あー、これでやっと大技でガンガンいけるわね」
 茜の言葉。――戦局は急変した。七対一だったのが、冬子の奇襲により三名が戦闘不能、更にその冬子の加勢により、人数は四対二。更に更に言えば、あまり表には全面に出してはいないものの、冬子の実力はその存在感により、相当のものであると察するに十分なもの。七人相手に時間を稼げる茜と大差ないのだ。
 それは、つまり――
「ぐへっ!!」
「ぐあああ!!」
「ぎゃあ!!」
「ごふぁ!!」
 ――茜達が勝利するのに、そう時間は掛からない、ということだった。
「……以上ですか?」
「みたい、ね。――ありがとー、冬子ちゃん。助かった」
「まったく……あの電話で、あたしが本当に飲みに行く目的だけで私服でグラウンドに来ちゃったらどうするつもりだったんですか?」
「そんなこと言いながら魔法服にワンド所持で来てくれる冬子ちゃんが大好き!」
「お上手ですこと。――まあ、いいですけどね」
 ふぅ、と息をついて二人で軽く笑い合う。
「でも真面目な話、本当に助かったわ。こういう時に瞬時に頼りになるの、冬子ちゃんしかいないし」
「成る程、あたしは今瑞穂坂にいない聖の代わりですか」
「またそうやってすぐ自分を卑下する。――冷静な判断力、という点なら聖ちゃんよりも冬子ちゃんの方が上よ。確かに微々たる差だけど、でもどっちが、って聞かれたら冬子ちゃんの方が上」
「お褒めあずかり光栄です、成梓先生」
 そうやって冬子がおどけてみせ、再び二人で軽く笑い合うと、二人の視線は倒れているISONEの下級兵に移った。
「……それで、何者なんですか、彼ら?」
「私も詳しいことは。担当してるクラスの子を狙ってるらしいんだけど。――冬子ちゃん、どう思った?」
 その問いかけに、一瞬だけ冬子は目を反らす。――が、それも一瞬のことで、再び茜を正面から見て口を開いた。
「――あの頃、相手にしていたのと同じ……ううん、正確には、よく「似ている」気がしました」
「やっぱり、か。私の勘違いじゃないのね。御薙先生も気になることがあるって言ってたけど、そのことかもね」
 ふぅ、と呆れ顔で茜は軽くため息をついた。
「それじゃとりあえず、あたしはこれで」
「あ、ありがとね。――また何かあったら連絡していい?」
「学業に支障が出ない程度でしたら。今はいいですけど、春から大学院生ですので」
 そう軽く笑顔で告げると、冬子はスタスタとグラウンドを後に――
「それから、茜さん」
 ――しかけた所で、ふっと振り返る。
「茜さんの奢り、楽しみにしてますから」
「あー……やっぱ、ホントに奢らなきゃ駄目?」
「そういう約束で来たんですから」
「その……お手柔らかにお願いします。教師のお給料ってあまり宜しくないのですよ冬子様」
「考えておきます」
 そう楽しそうに告げると、冬子は今度こそ、グラウンドを後にするのだった。


「揉め事ってのは予想外のことが起こるから面白いんだよねえ。そこのアンタが仲間騙してたのと同じで、あたしの参加も予想外。また戦局はわからなくなった」
 香澄の口調、表情はまるで本当にこの状況を楽しんでいるかのようだった。
「氷炎のナナセ……テメエ、何で、ここに……!?」
「あーあー、そんなに怖い顔するんじゃないよ。少なくとも、今夜はあんたらの味方さ」
「氷炎の……ナナセ……」
 その名前を聞いた光山の表情が、一瞬ピクリ、と動く。――そしてその一瞬の変化を見逃さなかった香澄がニヤリ、と笑う。
「あんたさあ、完璧な計画を練るタイプで、その計画がずれると案外脆いタイプだろ?」
「…………」
 その問いかけに光山は応えない。――光山本人にその意識はないが、事実彼にはそういう所があった。
「さてと。――ほら」
 ヒュッ、と香澄はポケットから一つ、布の小袋を取り出し、タカに投げ渡す。――あの日、沙耶に渡したものと同じものだった。
「ここはあたしが何とかしておくから、あんたはそれ使ってからそこの倒れてる女病院に連れていきな」
「お前……?」
「細かい話は抜きだよ。言ったろ? 今夜はあんたらの味方だって」
「馬鹿言うな、簡単にお前を信じられるかよ!! 大体そいつは、その男は俺の――!!」
「ガタガタ抜かしてるんじゃないよ。その女どうするつもりだい? 見殺しにでもするつもりかい?――人間ね、死んじまったら何も出来ないんだよ! 助けられるんだったら、何を差し置いてでも助けな!」
「……っ」
 最後の二言に、理由こそわからないが、逆らえない重みをタカは感じた。――目の前の女は、何かを背負って生きている。そう感じるには十分だった。……だから、
「済まない。――恩に着るぜ」
「ああ。――ほら、急ぎな!」
 氷炎のナナセを――香澄を信じ、クリスを抱え、公園を後にする。――そして公園に残ったのは、光山と香澄の二人。
「――始末した、とISONE側から報告を受けていたんだが?」
 先に口を開いたのは光山。タカとクリスの姿が見えなくなってからのことだった。
「だろうね。表向きはそうなっているはずさ。っていうかあたしも死ぬ気満々だったし」
「なら、何故だい?」
「ちょっとしたおせっかいが出てきてね、具体的に誰、とは言わない約束なんだけど、とにかく助けてくれた奴がいるのさ」

「はっ……はっ……はっ……」
 Oasisで臨時で働いて、そのOasisに、雄真と姫瑠に別れを告げた後のこと。香澄を「始末」しに来た刺客七名と戦闘になってから十数分後。説明をすれば、その刺客七名はどうやら確実に香澄を仕留める為に送り込まれているらしく、下級兵、と呼ばれるような者達よりかはランクが少々上の人間であり、何とか三人を倒したところで、香澄はほぼ限界に達していた。
「チッ、しぶとい女だ! だがこれで終わりだ!」
 刺客の一人が言うように、その一発でもう香澄は終わりであることを自ら察していた。覚悟を決め、ゆっくりと目を閉じる。直後、襲ってくる敵の攻撃魔法。……怖くはない。これで、生きることから解放される。
 そう思った――その時だった。
「気鳳防壁(きほうぼうへき)」
 ヴァン!――と短い詠唱の後に香澄の前に巨大なレジストとは違う、ちゃんとした魔法による魔法防壁が生まれる。ズバババン、と刺客が放ってきた攻撃魔法がそれにより全て呆気なく防がれる。
「な――誰だ!」
 刺客達の声が響く。そう、香澄からしてみれば今この場面で自分を助ける人間などいるわけがない。一体誰が、と思いゆっくりと振り返ると――
「うーん、私ってば実にナイスタイミングでの登場」
「……な」
 予想だにしないシルエットだった。これがまだ、姫瑠だのナンバーズだの、魔法使いが察してついてきていた、ならまだわかる。
 だが、そこに立っていた人物は、香澄のそんな思惑には、まったく含まれることがなかった人物。
「舞依……?」
「や、また会いましたね、香澄さん」
 Oasis専属パティシエール――沖永舞依だったのである。
「あんた、どうして……!? いやそもそも、あんた何で魔法が使える? Oasisではあんたから魔法の素質なんて何も感じ取れなかった!」
「普段は隠してるからね。それこそ、誰にも気付かれないように。――ま、話は落ち着いてからってことで、ちょっと待っててくれます?」
 ザッ、と舞依は香澄を庇うように前に出ると、右腕を前方に掲げる。
「煉撫炎装(れんぶえんそう)」
 その短い詠唱の直後、高威力、広範囲の鋭い魔法の矢が連続して射出される。
「ぎゃあ!」
「ぐわあ!」
「ごはっ!」
「ぐおお!」
 そしてその連続の射出は、残っていた刺客が戦闘不能になるまで続けられる。
「…………」
 香澄は思わず生唾を飲み込んだ。舞依の実力に、少なからず驚愕したのである。最初の防壁、そして今の攻撃だけでわかった。舞依は、自分よりも上のランクの実力を持つ人間である、と。
 つまりその実力は――計り知れないのである。
「記録幻想(きろくげんそう)」
 戦闘不能になった七人が、その詠唱により一瞬パァッ、と光に包まれる。
「よし、これで大丈夫。――こいつらの記憶、操作しておいたから。帰ったらちゃんと香澄さんのことは始末した、って報告するはず」
 淡々と、当たり前のようにこなしていく舞依。――色々気になる点はあったが、
「――その詠唱」
「うん?」
「舞依、あんた……希煉(きれん)の人間なのかい?」
 その独特の漢字四文字の詠唱が、香澄は一番気になった。――その香澄の問いかけに、舞依は「ちぇっ」といたずらを前もって暴かれた子供のような表情をする。
「なんだ、ばれたか」
「あたしも魔法使いの端くれだからね。一時期あれだけ世間を騒がせていれば記憶に残るさ、その独特の詠唱は」
「ま、それじゃ隠しても仕方ないか。――香澄さんの言う通り、私は希煉の家の人間」
「全員、あの最後の事件で死んだ……そう報道されてたけど?」
「表向きはね。私は色々あって生き延びた。最後の生き残りかな。――ああでも、本名は実際に沖永舞依だから。正式に母方の性を名乗ることにしてるんだ。今はOasis専属パティシエール、沖永舞依。それ以外の何者でもない」
 この件に関して、これ以上追求しても彼女は何も喋らない。――香澄は、何となくだかそう察した。
「――どうしてあたしを助けた? 正体隠してパティシエールとして生きているのに、何故正体を明かしてまであたしを助けたんだい?」
「流石にね、これから死ぬってわかってる人を見捨てられるほど、私も残酷じゃないのよね〜。他誰も気付いてなかったみたいだし。――それに、香澄さんなら大丈夫、って思ったんだ」
「何がだい?」
「私のこと、特別誰かに喋ったりしないでしょ?」
 脅迫、とかではない。事実、そう思っているんだろう、ということがわかる表情。――香澄は苦笑する。
「まあね。あたしはあんたの生い立ちとか、希煉がどう、とかには興味ない。あんたが喋って欲しくない、っていうなら特別誰かには喋らないよ」
「うん、そうしてもらえると助かります。――それにさ」
 フッと、一瞬だけ舞依は遠い目をする。
「私はこんな立場だから無理だけど――香澄さんは、助けてあげられるでしょ、あの子達」
「あの子達……雄真達のことかい?」
「うん。――あの子達見てるとさ、希望とか勇気とか……そういうの、感じるんだ。あの頃に私に無かったもの、あの頃の私に出来なかったこと、何でも持ってそうで出来そうでさ。だから応援してやりたいわけ」
「舞依……あんた」
「香澄さんはさ、見てみたいと思わない?――あの子達の、未来」

「――確かに、あたしはあの時、死んでも構わないと思ってた。でもそのあたしを助けてくれた奴に言われて思ったのさ。どうせ捨てる命なら、あいつらの為に精一杯、ギリギリまで使ってみるのも面白いかもね、ってさ」
 フッ、と香澄は軽く笑う。――その目に、迷いは見られない。
「成る程。確かにそれじゃ生きていても仕方が無いかもしれないな。――でも少々厄介だ」
「ここで、消えてもらう?」
「そういうことになるかな」
 ズドン、とほぼ同時に二人は魔力を集中し出す。高レベルの二人の対峙は、公園を気迫で揺るがすかの如く。
「死にぞこないと裏切り者の戦いか。――面白いじゃないのさ! 精々楽しませておくれよ!」
 ズバァン!!――真正面からの魔法の衝突で、二人の戦闘は正式に幕を開けた。


「ふぅ……」
 沖永舞依は、住んでいるマンションに帰宅、部屋着に着替えると、冷蔵庫を開け、缶ビールを一本取り出し、そのままリビングのソファーにドカッ、と座り込む。――プシュッ、という音と共に缶は開き、ゴクゴク、と音を立てて舞依は自らの喉にビールを通す。
「いや〜、この一杯がたまらないんですよ、うんうん」
 オジサン臭いかも、とは思っているのだが、特に疲れた日はやらないと気が済まなくなっている。
「……っと、そうだ」
 缶を片手に舞依は立ち上がり、そのままカーテン、窓を開け、ベランダへ出る。
「おお、やってるやってる」
 この位置からでも十分に感じ取れる――各地での魔法のぶつかり合い、つまりは戦闘。
「ごめんね杏璃ちゃん、逃げちゃったりして。――ま、でも君の実力なら大丈夫でしょ。春姫ちゃんも近くにいたみたいだしね」
 グビ、と更にビールを煽る。
「それに雄真くん。この戦いは、正念場だぞ? 嫌なオーラがプンプンする。気をつけないと、本気でマズイかもね」
 更にグビ、とビールを煽る。――残りはもう少しになっていた。
「頑張ってよ、純粋なる戦士達よ。間接的にとは言え、応援を送ってあげたんだから、この程度で負けるんじゃないわよ?」
 そう言って、舞依は再びリビングに戻っていった。


「ほお。――まだ粘るのか」
 磯根泰明は挑発的な笑みも混ぜ、そう驚きの言葉を口にした。
「……っ……」
 一方の対峙している伊吹は、圧倒的な苦戦を強いられていた。――伊吹自身は泰明とは一度もぶつかってはいない。先ほどから相手にしているのは下級兵、三〜四人のみ。
 だがそれが問題だった。一人やられれば一人、二人やられれば二人、泰明の合図で何処からともなく投入されてくるのである。相手の数は未知数、それでいて一度に相手にするのは決まって三、四人。
 つまり――伊吹は、完全に泰明に遊ばれていたのだ。塵も積もれば山となり――伊吹の疲労は、大分重なり始めていた。
「貴様、一体何が目的だ? どれだけ遊べば気が済む? ここで遊ぶことが、貴様の為になるとは思わんが」
「確かに。――勘違いするな、決して俺は君を馬鹿にしているわけじゃない。君の実力は認めているんだ。――君は素晴らしい『素材』になれる」
「素材、だと……!? どういう意味だ」
「それを君に説明する必要は無――」
 ズババババァン!!――台詞の途中で響き渡る激しい爆発音。
「…………」
 泰明の横に待機していた下級兵、四名程が一度に倒された。
「説明する必要はない?――そうね、なら無理矢理にでも喋ってもらおうかしら」
「――誰だ、き」
 バァン!!――再び台詞の途中で響く爆発音。
「ぐはぁ!!」
「ぎゃあ!!」
 直後、伊吹を取り囲んでいた下級兵、二名が吹き飛ばされる。――爆発で倒されたのではなく、爆発で「加速した人間」により、接近戦に持ち込まれ、倒されたのである。
「よう伊吹。――らしくない、苦戦してんじゃんか」
 やがて伊吹の右隣、左隣に立つ人影。
「小日向……御薙……お主ら」
 小日向雄真、御薙鈴莉の二名である。
「さてと、大ボスさん?――始めましょうか、真相解明を」
 鈴莉は、射抜くような視線で泰明を見、そう厳しく言い放ったのだった。


<次回予告>

「――わかったような口を聞くな……!!」
「あんたこそ、何故あたしがわかってない、って決め付ける?」

激しくなる一方の戦闘、やまない音。
――だが、それらとは裏腹に、少しずつ終幕は近付いてきていた。

「――六年前、全て終わったものだと思っていたがな」
「そうね、私もそう思っていたわ。――だからこそ、確かめたいのよ」

入り混じっていく、過去と今。
過去を知り、今を生きる者の選択肢、それは……

「それは綺麗事だ!」
「綺麗事を目指して何が悪いのかしら!? 理想は綺麗事を現実にすること!!」

ぶつかり合う、お互いの理想。
譲れない想いと現実が、ただ薄らと、広がっていく……

次回、「彼と彼女の理想郷」
SCENE 23  「消えない過去を抱く者達」

「それは、ちょっと「残念」です」

――過去は、過去だからこそ、消えることがない。
それがどれだけ望まぬ物語だったとしても――人は、過去を変えられない。

お楽しみに。


NEXT (Scene 23)

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