見上げれば、月の綺麗な夜だった。
「…………」
 迷っていた。こんな時間に連絡を取っていいものか、と。だが、迷えば迷うほど心のモヤは増えていき、気付けば携帯電話を取り出して、コールしていた。
『もしもし?』
「私。――ごめんなさい、もう寝てなかった?」
『いや、起きてた。――でもどうした? こんな時間に。お前こそ寝てる時間じゃねえか?』
 時刻は、間もなく日付が変わろうか、という頃。
「そうなんだけど……何となく、寝付けなくて。それで、その……声が、聞きたくなっちゃって」
『そっか』
「ごめんなさい。迷惑だった?」
『んなわけないだろ。というか寧ろ感動してる』
「……何で感動まで?」
『聖(ひじり)がそうやって俺に甘えてくれるのって滅多にないから。――ああ、今の台詞録音して着信ボイスにしておけばよかった!』
「――ばか」
 電話をかけた張本人――沙玖那(さくな)聖は、電話ではあったが、自らの顔が少し熱くなっているのを感じていた。
『でも――ただ声が聞きたくなった、だけじゃないだろ、単純に』
「あ――わかる、かしら」
『まあな、なんとなく。――で?』
 促され、聖はふーっ、と一度軽く息を吹くと、再び口を開く。
「何か……何か起こるっていうか、ありそうな気がして仕方ないの、瑞穂坂に。今日一日、気になって仕方なくて」
 聖の心のモヤの原因はそれだった。今日一日、朝から何故か瑞穂坂のことが気になって仕方なかった。現在彼女は一時的に瑞穂坂からは離れて暮らしている為だろうか。――何かが、何かよくないことが自分のいない瑞穂坂に起きてしまう。そんな気がして、仕方がなかったのである。
『ふーむ』
 電話口では、相手も少し考えるような声。そして、
『成る程な。――俺だけだったらスルーして終わろうかとも思ったけど、お前もか』
 意外な返答が返ってくる。
「え――もしかして、蒼也(そうや)も?」
『ああ。何か気になるっていうか、変な気分でさ一日。瑞穂坂のことばっか思い出すんだよな』
「…………」
 相手の同意は、最も信頼すべき相手の同意は、聖の不安を濃くする。
『――でもさ、そんなに気にすることじゃねえよ』
「え?」
『お前言ってたろ。今の瑞穂坂には、新しい世代がいるってさ』
 それは、昨年冬、月邑家での騒動、それから年明け後、盛原教授の騒動。その二つの出来事に遭遇、関わった聖は、雄真達を見て、自分達が学生だった頃と同じオーラを持っている――つまり、自分達が卒業した瑞穂坂学園には、新しい世代がいるとそう感じた。そのことを、話していたのだ。
『俺達と同じオーラ持ってるなら、大丈夫だろ。ピンチには遭遇するだろうけど、何だかんだで解決出来るさ。それにそいつらだけじゃねえ。学園には御薙先生もいるし、姉貴もいる。それでも足りなければ、学園は卒業したとはいえ、冬子(とうこ)と夕菜(ゆうな)、四天王の半分が瑞穂坂に残ってる。……夕菜は単独で動かすにはちょい心配だけどな。……それに』
「それに?」
『それでも本当に駄目だ、っていうなら、今挙げた奴ら全員でも駄目だったなら、俺達が戻ればいい。――俺達二人掛りで、勝てない相手なんていないからな』
「相変わらずの自信家ね」
『いや、事実だし。――お前は思わないのか?』
 その問いかけに、ふっと聖は笑みが零れる。
「そうね、思ってる。――あなたと二人なら、負けることはない」
『そういうことだ。そんなに心配すんなって』
 気付けば、聖の抱いていた不安は、スッと消えてしまっていた。
「最近はどう? 順調なの?」
『ああ、予想外にいい感じ。この分なら、瑞穂坂に帰れるのももう少し早くなるかもしれない。――お前はどうだ? 瑞穂坂、まだ帰れそうにないのか?』
「うん……まだ、ちょっと、ね」
『そっか。――ま、いざとなったらそれこそ俺とお前でどうにかしようぜ。ああ、姉貴に言って全員集合して、ってのも面白いかもな』
「遊びじゃないのよ?」
『わかってる。――でもお前の話聞いてたら、あの頃のメンバーでドカン! と何かしたくなってさ』
「気持ちは、わからなくもないけど……ね」
 思えば、色々無茶なことをあの頃はしてたものだ、と聖は思い出し苦笑する。
『あ、そだ。――差し当たって、次の日曜日、ポッカリ予定が空いてるんだけど、会えるか?』
「日曜……ええ、大丈夫。私がそっちに行く?」
『いや、偶には俺が行くよ。久々に雫(しずく)ちゃんにも会いたいしなあ』
「…………」
『……待て聖。何だその無言は』
「別に? 深い意味はないわ」
『……浅い意味は?』
「あるわ」
『あるのかよ!? いやちょっと待て!! 先ほどの台詞にそういう意味はだな!!』
「大丈夫、冗談だから」
『……心臓に悪ぃ……』
「それじゃ、そろそろ。細かい話はまた後日にでもしましょう。――おやすみなさい」
『ああ、おやすみ』
 ピッ。――携帯電話と閉じる。空を見上げれば、やはり月の綺麗な、穏やかな夜。
 何事も起こらないでいてほしい、と聖は願うのだった。


彼と彼女の理想郷
SCENE 19  「寄せてはかえす波のように」


 世の中は、シビアである。――まだ学生の俺だが、それを感じる時というのはある。
 現在、授業は五時限目、授業科目は科学。五、六、二時間を使って実験の授業をして、レポートを書いて提出する、という授業内容だった。実験の為に科学室に休み時間の間に移動、科学担当の先生が到着。科学の先生は、とりあえず実験の為の班分けから入った。が、
「班ごとの実力に差が出ないように、前回やった小テストの成績を参考にこちらで班は決めました」
 とのこと。――いや間違っちゃいないが、テストの良し悪しがモロバレの班構成だ。成績が悪い人は痛いものがある。
「まったく、もうちょっと考えて欲しいわよね」
 そう真っ先にぼやいていたのは杏璃。――ああ、成績が悪いのがモロバレだ。こいつは魔法とか体育とかの成績はピカ一だが、理数系はからきしだったからな。……まあちなみに、俺の成績も科学は杏璃ほどではないがあまりいいとは言えない。
「ふむ。――お前の成績からすると……そうだな、上手い具合にトップの人の班に入ると私は見た」
「お前計算速いな」
 マジで困ったらカンペの変わりにならないだろうか。――でもトップの人か。それが本当なら上手い具合に春姫と一緒の班に……
「では名前を呼んでいきます。まずA班から」
 事実上、A班で最初に呼ばれる人が前回の小テストでトップだった、ってことだろうな、などと思っていると。
「真沢さん」
「はい」
 姫瑠だった。流石だ。――春姫よりよかったのか。いや微々たる差だとは思うけど。
「加々美さん」
「はい」
 続いてA班に呼ばれたのは、前回の施設の時、春姫とペアだった加々美さん。成る程、中々成績はいい方だったっけな。各班の班長になれる点数じゃなかったけど……ってところか。
「小日向君」
「あ、はい」
 続いてA班に呼ばれたのは……
「日々女性関係を蛸足のように増やしていく小日向くんだ」
「背中で何いらんナレーションしてますかお前!? 事実無根だ!!」
 ……というか、
「俺!?」
「何を今更。返事したじゃないか、お前」
 ……成る程、人数を見る限り、丁度半分よりちょい下位の成績の人が呼ばれる感じだな。確かに俺が位置してそうな場所だ。
「雄真くん、キターーーー!!」
 A班のテーブルでは姫瑠が一人ガッツポーズをしていた。――ってそうか、姫瑠と一緒なのか!!
「柊さん」
「はい」
 続いて呼ばれたのは杏璃。
「以上の四人がA班です。――続いてB班。……神坂さん」
「……はい」
 明らかに残念そうな返事をする春姫。――すまん春姫、でも俺は悪くない!!
「やったやった、雄真くん、一緒の班だね! 頑張ろう! 初めての共同作業!」
「それ意味違うから!! ケーキ入刀になるから!!」
「違うよ、仲人するの」
「誰の!? っていうか結婚済み!?」
 というか科学の実験だから、いやホントに。

「――で、この試験管にこのAの液体を入れる、と」
「それで、そのままこのBの液体を入れればいいんだよね?」
 姫瑠と加々美さんを中心に、俺達A班の実験は進んでいた。……俺と言えば、
「それで、このAとCを混ぜればいいのね?」
「ストーップ!! お前は姫瑠と加々美さんの説明を録音して二十回は聞き直せ!!」
 俺と言えば、杏璃の監視役だったりする。確かにこの班、四人の成績を足して割ったら丁度平均点位かもしれない。
「だから、この実験一の結果は――」
 表向きは順調に実験は進んでいく。だが、裏で問題が一つ。
「…………」
 姫瑠の位置が、異様に俺に近い。完璧に肩と肩は触れ合っている。おかしいでしょうこんなに近いのは。絶対意識してやってますよこの人。
「…………」
 俺は、さり気なく姫瑠と距離を取ろうとすると――
「? どしたの雄真くん」
 ものの一秒で姫瑠に気付かれる。――そりゃそうか、肩と肩触れ合ってたんだから、離れたら気付くわな。
「いやほら、ノートを」
「はいノート」
 ササッ、と姫瑠は俺のノートを俺の目の前にずらす。
「で、筆箱がここで、座る椅子はこれね」
 ササササッ、と更に必要なものを一気に用意される。
「はいどうぞ」
「……はいどうも」
 逃がさないつもり満々でした。……更に、細かいことを言えば、
「……それで、この結果が……で、……こうなって」
 隣の班から聞こえてくる春姫の声。――まるで気にしていないようだが、俺は知っている。先ほどからピンポイントで突き刺さるような視線を感じている。チラリチラリと俺は見られている。
 違う、違うんだ春姫、と俺も目で合図しようと春姫にチラリ、と視線を――
「はーい雄真くん、実験中に余所見は駄目でーす」
 ぐきっ。
「ごがぁ!?」
 ――視線を送ろうとした瞬間、姫瑠に無理矢理正面を向かされる。どれだけ反応いいんだよお前。というか今俺の首ぐきっって言ったぞ。
「安心しろ雄真。――私の経験上、「めりめり」までは大丈夫だ」
「その音の違いどう判断しろと!?」
 というかお前は一体母さんのワンドの頃何を経験したんだ。
「ふふっ、小日向くんと姫瑠ちゃん見てると、何だか羨ましいな。姫瑠ちゃん、将来いい奥さんになれそう」
 と、クスクス笑いながら加々美さんが言う。――何故に今そんな発言をしてくれますか。
「ホントに!? 三津子もそう思う!?」
「うん。姫瑠ちゃん、尽くすタイプだよ」
「そっかー。おめでと、雄真くん。あなたの将来の奥さん、尽くすタイプ」
「……最早ツッコミを入れる気力も沸いてこないコメントどうも」
 ツッコミ入れても入れなくても変わらないだろうし。
「でもさ、雄真くん。真面目な話」
「うん?」
「成績優秀で、可愛くて、明るくて優しくて自分のこと本当に大切に想ってくれる女の子と、成績優秀で、可愛くて、明るくて優しくて自分のこと本当に大切に想ってくれておまけでお金持ちの女の子、どっちがいい?」
「お前その客観的選択肢は卑怯だろ!?」
「私、雄真くんと一緒なら当然お金がなくてもいいけど、今は一応コネあるから。雄真くんが路頭に迷っても、養ってあげられるから、その辺りは安心して」
「余計なお世話だ! 路頭になんて迷うか!」
「よかったね姫瑠ちゃん。将来、小日向くんが養ってくれるって」
「加々美さん何気にそういうキャラだったの!? わざとだよねわざと!?」
「……で、この液体Cを魔法で逆流させる……だっけ?」
「真面目に実験を続けようとしている姿勢は評価するけどそんな項目は何処にもないよ杏璃!!」
「――前々から思っていたんだが、指輪は給料三か月分というのは本当だろうか」
「マジックワンドはそんな疑問持たなくていいよ!! 何の話だよ!? というか姫瑠、私は別に草花で作ったやつでもいいよとかいうコメントはいらないからな!!」
「うわ、先読みされた」
「わかるから!!」
「通じ合ってるんだね、二人」
「加々美さーん!!」
 ああもう、わけがわからない、と思っていると……
「雄真くんも姫瑠さんも、仲が良いみたいだけど、授業中なんだからもうちょっと真面目に取り組んだらどうかしら!」
 その落雷は、不意に落ちてきた。――B班の班長こと春姫だった。怒りっぷりからして、私怨も入っている気もするが……
「……ごめんなさい」「……ごめんなさい」
 ――正論は明らかに向こうなので、俺は無論のこと、姫瑠もおとなしく謝っていた。……でも違うんだぞ春姫! 俺は別に姫瑠と仲良くしたいわけじゃなくてだな、と視線で言い訳しようとすると、
「ほら、雄真くん、実験実験!!」
 めりめり。
「バビボッ!?」
 恐らくそれを察したのであろう、姫瑠が無理矢理正面を向かせる。いやだからどれだけ反応いいんだよお前。というか今俺の首めりめりって言ったぞ。確かめりめりは駄目なんだった気が。
「――男になったな、雄真」
「一体それはどういう意味合いなんでしょうかクライスさん……」
 聞いておいてあれだが、聞くのはあまりにも恐ろしい。……まあ、細かいことはともかく、確かに授業中、実験をしなければ。
「雄真くん」
「うん?」
 真剣な面持ちの姫瑠。何事だ、と思っていると――
「やっぱり、授業中の私語は駄目だね。――続きは、その、夜……いつもの場所で、ね」
 姫瑠は、ちょっとモジモジしながらそう俺に告げてきた。
「って、ちょっと待てい!! 何処だそこ!? 勝手に今作るんじゃないよ!!」
 どんだけ演技力高いんだお前。――と、そこで五時限目終了のチャイムが鳴る。一旦休み時間だ。
「ふぅ……」
 俺は行きたくない気もするが行かなければならない。――言い訳をしに、春姫の元へ。
「雄真、男ならばここでビンタの一発や二発だな」
「何故ここへ来て硬派路線に俺を持っていこうとするんだお前……」
 読めないにも程がある。
「春姫。――さっきはわざわざごめん」
「別にいいんだけど――本当に仲が良いのね、雄真くんと姫瑠さん」
 うわあ、そこでいきなり凹まれても。
「仲が良いも何も、同じ班なんだもん。チームワークを高める為には仲良くしなきゃ」
「……いつの間に」
 俺の横には笑顔でそう春姫に告げる姫瑠が。
「と、いうわけでB班に負けないようにチームワークを高めよう? 行こう、雄真くん」
 そう言いながら姫瑠は俺の手を当たり前のように握って、連れ戻そうとする。
「っ!」
 で、瞬時にもう一方の空いた手を春姫が。――瞬時に姫瑠が「むっ」といった表情になる。
「雄真くんはA班なの! 今は私の独占権利!」
 ぐいぐい。
「今は休み時間じゃない! 授業の疲れを休める時間!」
 ぐいぐい。
「次の授業の準備をする時間でもあるもん!」
「次も同じ授業なんだから、準備出来てるじゃない!」
 ギリギリギリギリ。――揉めつつ、俺の両腕はそれぞれの方向に引っ張られているわけで。
「ふっ、二人とも、と、とりあえず、俺の手を離すという行為に至りませんか」
「至りません!」「至りません!」
「何でだからそんな時だけ息ピッタリなんだよ!?」
 というか至りませんってどういうことだ。痛いです。物凄い痛いです。
「……って、そういえば」
 ふと思う。――こうして、真正面から春姫と姫瑠が喧嘩するのは久々だ。最初の頃に戻ったみたいだ。――当たり前の日常に、戻れたみたいだ。
 何だかんだで、この関係が何処か居心地がいい、と思う俺がいる。姫瑠の存在は当たり前で、春姫も嫉妬から必ず近くにいて、喧嘩して、一緒に笑い合って。
 何処までこのままでいけるかはわからない。当然、これが最終形態なわけじゃないのだ。
(……それでも)
 でも、俺は心に誓う。――これ以上、今の関係を壊すまい、と。
 色々あった俺達だけど、最終的に、皆で笑い合える、いつもの俺達のままでいよう、と。
 それが俺に課せられた、多分使命なんだろう。――ここまでもつれ込んでしまったのには、俺に原因がある。だったら、責任持って俺が頑張れば良い。腕の痛みが何だ!!
「とにかく! 科学の授業が終わるまでは、私の傍にいなきゃ駄目!」
「休み時間は授業から解放される時間なの!」
 ギリギリギリギリギリギリギリギリ。
「ぬおおおおお!?」
 い、痛みが……何だ、その……痛いぜ……!!
「春姫、姫瑠。――俺さ、二人の為に、頑張」
「雄真くんは黙ってて!!」「雄真くんは黙ってて!!」
「…………」
 い、今、物凄い真面目にコメントをしようと思ってたんですけど。――所詮その程度ですか俺。


「ご馳走様でした。――今日も、大変美味しかったです」
「相変わらず流石の腕やで〜、マスター」
 時刻はもう日も暮れる、という頃。駅前、こじんまりと解り辛い箇所に、そのカレー専門店はあった。つまり、マニアックな店であったが――そこは、カレー大好きの小雪のお気に入りの店の一つであった。
「ははっ、小雪ちゃんはいつも美味しそうに食べてくれるから、作ってるこっちも嬉しいね」
 そして今日も、一人小雪はこのカレー専門店を訪れていた。常連の小雪は既に店のマスターとも顔馴染み。
「でも、珍しいな、今日は」
「? 何がでしょうか」
「ほら、いつもこの時間帯なら、大盛りを頼むだろ? 珍しいじゃないか、並盛でやめておくなんて」
 店のマスターの言う通りだった。普段、この時間に訪れる時は、小雪は必ず大盛りを頼む。だが、今日に限って彼女が頼んだのは並盛だったのだ。
「ええ、私も大盛りを頼みたいところなんですが……今日は、この後少し運動の予定がありまして」
「運動? スポーツクラブか何かかい?」
「ええ、そんなところです」
 そう笑顔で応え、コップに半分程度残っていた水を飲み干し、小雪は席を立つ。
「それでは、失礼致します」
「ありがとうございました。――ああ、今度新作を考えてるんだ。ぜひ試食してもらいたいね」
「私なんかで宜しければ、ぜひお願いします」
「小雪姉さんのカレーの評価は厳しいで〜?」
 そんな会話をしつつ、代金を支払い、小雪は店を後にする。
「ふぅ……」
 軽く息をついて、歩き出す。――そのまま、五、六分は歩いただろうか。駅からも離れ、ふと周囲から人の気配がなくなる。
「宜しければ、場所を移しませんか?」
 そして、その瞬間を狙って、何食わぬ顔で、小雪はそう告げる。
「近くに、偶然なんですけど、工事前の空き地があるんです。そちらの方が、お互い「やり易い」でしょうし」
 そこまで小雪が口を開いて、「告げられていた」方の数名の人間達は、初めて自分達に言われているのだと気付く。――気付いていない。気付かれていない。気付かれるわけがない。そういった仕組みの魔法道具を使っている。……なのに、目の前の少女は、自分達に気付き、そう告げてきているのだ。
 そして、その告げている内容からして――最初から、戦う気満々であった、ということも、「告げられていた」方の数名の人間達にとっては驚愕の事実だった。
 逆に言えば――小雪は、その為に、カレーの大盛りを頼まなかった。戦闘があることを見抜いていた。なので、適度な量で止めておいたのである。
「それでは皆さん、私についてきて下さいね」
 そう告げる小雪の顔は、笑顔。
(……!?)
 その笑顔の裏から一瞬垣間見えるズドン、と精神に圧し掛かる威圧感。――目の前の少女が、只者ではない証拠であった。
 小雪と、姿を未だ見せない数名の人間達は、スタスタと近くの空き地に移動するのだった。――長い長い夜の、戦いの幕開けの為に。


<次回予告>

『姉さん、アカン! まだ来るで!!』
「まさか……小雪さん、誰かに襲われて――!?」

訪れる異変。襲われる仲間達。
ついに始まる、ISONE MAGICとの直接対決。

「雄真くんは、私についてきてくれるかしら」
「……母さんに?」

異常事態発生に、雄真は母であり頼れる魔法使いである鈴莉の下を訪れる。
そこで下す、鈴莉の判断とは?

「……何者だ」
「磯根 泰明(いそね やすあき)。ISONE MAGICの社長だ」

そしてついに姿を見せる黒幕。
果たして、彼らの目的とは――

次回、「彼と彼女の理想郷」
SCENE 20  「魔法使い狩りの夜」

「答えは、案外簡単なものさ。――内部から、切り崩していけばいい」

お楽しみに。


NEXT (Scene 20)

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