春姫と仲直りした翌日、学園登校時。教室に入ると、 「――あ」 「……あ」 珍しく先に来ていたようで、杏璃――柊と目が合う。 「…………」 「…………」 何ていうか、その、昨日のせいで、物凄い気まずい。 「どしたの? 二人して微妙な表情で見詰め合っちゃって」 姫瑠の感想。――俺ら二人の表情はどうやら微妙らしい。 「べ、別に、何でもないわよ」 「ふうん……とりあえず、お早うぐらい言ったら?」 「そ、そうね。――お、おっ、おは、おは、おっ、おはよっ、雄真」 いや、どもり過ぎだからお前。怪しさ爆発じゃん。――だが。 「おおおおう、お、おは、お早う、あ、あん、あん、あん……」 「とっても大好き〜♪」 「別に俺はネコ型ロボットのオープニングテーマを歌ってたわけじゃねえよクライス!!」 それはともかく、俺もばっちりどもってました。――昨日は勢いで呼んでいたものの、いざあらためて「杏璃」と名前で呼ぶのは非常に恥かしい。というか呼んでいいんだろうか。 「そ、その、お早う、柊杏璃さん」 「……雄真くんは何でフルネームで杏璃のこと呼んでるの?」 だってどっちで呼んでいいかわからなかったんだもん。――と、 「べ、別に……」 柊杏璃さんが、ちょっとモジモジしながら口を開きだす。 「……別に、呼びたかったら、呼べばいいじゃない、その……名前で」 「……いいのか? だって昨日のお前は、薬の勢いもあって」 「確かにそうだけど……でも実際対等じゃないでしょ? あたしだけアンタのこと名前で、アンタはあたしのこと苗字なんて。今までスルーしてたけど、どうも引っかかってたのよね」 成る程、確かに薬の勢いとか抜きにしても公平ではないな。柊杏璃さんが正論だ。 「――それじゃ、その、そっちで呼んでいいのか?」 「だ、だから、そうしたければそうすればいいじゃないって言ってるのよ」 「そうだな。わかった。――よし」 俺は、その場で大きく深呼吸。そして、 「――お早う、杏璃!」 思い切って、大きな声でそう挨拶。すると、目の前の杏璃も大きく深呼吸。そして―― 「うん。――お早う、雄真!」 俺に負けない位、大きな声で挨拶。――お互い、無駄に大きな声で、あらためて朝の挨拶。ちょっと違うのは、俺の相手への呼び方が変わったこと位。 「――ぷっ」 「あはっ、あははははっ」 そして俺達は、声を出して笑い合った。 「ははははっ、馬鹿みたいだな、俺達」 「あははっ、ホントよね、この程度のことで――って、あれ?」 「うん? どうした、杏璃――」 そこで俺達二人は気付く。――俺達のやりとりは、クラス全員の注目を集めていたようで、何とも言えない目でみんなが俺達を見てる。そして…… (ついに柊さんにまで手を出したわね) (神坂さん、真沢さん、噂の癒し系美少女、相沢さんに続いて、そこにも手を出すのか!!) (許せん、俺達の杏璃ちゃんを!!) (柊さんって、そんな五番目の女なんかで我慢出来るような子だったんだ。意外〜) …………。 「ち、違うーーーーーっ!!」 俺と杏璃の叫びは、教室中に虚しく響き渡るのであった。
彼と彼女の理想郷 SCENE
16 「ハッピーエンドじゃ終われない」
「それじゃ雄真くん、先に行っててね」 「おう」 時刻は昼休み。今日は元気になってくれた春姫の手作り弁当を屋上で堪能することになっている。ちょっとまだ肌寒いが、風も吹いてないし、天気は快晴。問題ないだろう。 「♪〜♪〜♪〜」 昨日ちゃんと話せたおかげか、俺達の間柄はすっかり元に戻っていた。俺の心も何だか物凄い満たされている感じだ。こういうのを幸せって言うんだろうか。何をしていても楽しい――いや違うな。春姫が傍にいるだけで世界が輝いて見えるというかなんというか。もうバカップルでも構わない。そんな気分だ。 「雄真くーん!」 と、そんな俺の後ろから聞こえてくる声。 「何だ、姫瑠か」 「ちょっ、何だって何よー」 「言葉のままの意味だ」 ふて腐れつつも、姫瑠は俺の横に並ぶ。 「雄真くん、聞いた? 私と春姫の対決、第五回戦、決まったんだ」 「へえ……って、そうか、もう最後の対決になるのか」 前回、第四回戦は春姫の不戦敗。結果、二勝二敗のイーブンになっていた。 「で? 何やるんだ、五回戦は」 「うん。純粋に、魔法対決。一対一の勝負で、勝った方がそのまま勝ち」 「おお、何だか今までの中で一番勝負っぽい勝負だなあ」 最後に相応しいというかなんというか。二人とも実力は確かなものだ。これは見物だ。――春姫にはぜひに頑張ってもらわねば。 「報告サンキューな。――話、それだけか?」 「……報告?」 「第五回戦が決まったってこと、俺に伝えにきてくれたんだろ?」 「そんなわけないじゃん。私は一秒でも多く、雄真くんと一緒にいたいだけだもん」 「あのなあ」 「ね、お昼ご飯一緒に食べない? 一度でいいから、二人っきりでご飯、ってしてみたいの!」 「残念、俺は今から春姫とお昼ご飯なの」 「いいじゃん、一回だけでいいから」 「五月蝿い五月蝿い、お前の遊びに付き合ってる暇はないんだっての」 と、そう言いながらまとわり付く姫瑠を振り払うと、姫瑠の足が止まる。――珍しい、諦めてくれたか。 「――雄真くん」 とか思うと、数秒後、再び俺を呼ぶ。――やけに、真剣な雰囲気の声。 「姫瑠……?」 その真面目な雰囲気に、つい俺も振り返り、足を止めてしまう。 「魔法の国のシンデレラはね、一月経つと、元の生活に戻っちゃうの。王子様はね、探しには来てくれない」 「……?」 何の話だ……? 「シンデレラはね、知ってたんだよ。王子様と一緒にいられる期間は限られてる。王子様は、最終的には自分は選ばない。最初から決められていたお姫様の所へ最後には行ってしまう。――最初から、物語がハッピーエンドじゃないこと、シンデレラは知ってた」 ――まさか、これって。 「だからこそ、輝いたままでいられる一ヶ月は、王子様と一緒に居たいって思ったの。大好きな、王子様の傍に居たいって思ったの。王子様はいつか忘れてしまっても、シンデレラにとっては、一生の、忘れられない素敵な思い出になるから。この先、どんな生活になってしまったとしても、その思い出が、心の中で輝き続けるから」 「姫瑠、それは」 「――遊びなんかじゃ、ないもん」 「っ!!」 不意に、姫瑠の瞳が、揺らぐ。 「私には――もう、ほんの少しの時間しか、残ってないんだよ? その残りわずかな時間、少しでも、一緒に居たいって思っちゃ駄目なの? 好きな人との思い出、一つでも多く作りたいって思ったら、駄目なの?」 「――あ」 その瞬間、姫瑠の目から、一筋の涙が、零れた。 「ごめんね」 そう、呟くように言い残し、姫瑠はその場を走り去る。 「姫瑠っ!!」 気がついた時には、もう追いかけられない位置にまで、その姿は小さくなっていた。
『五月蝿い五月蝿い、お前の遊びに付き合ってる暇はないんだっての』
何気ない言葉だった。いつも通りに接したつもりだった。でも――今この瞬間、俺は確実に姫瑠を傷付けた。 「――馬鹿者が。目先のことに浮かれすぎなんだ、お前は」 「…………」 厳しく突き刺さる、クライスの一言。――俺は、春姫とのことに、浮かれすぎて回りが見えなくなっていたのだ。 今ならわかる。姫瑠が日本に居られる期間は、一ヶ月。最後、俺が姫瑠を選ばない限り、基本的にその期間が延長されることはない。でも俺は春姫を選ぶ。姫瑠は、それがわかっていた。――あいつは、それを「シンデレラ」に例えた。 姫瑠が日本に来て、結構な期間がもう過ぎている。姫瑠に残された時間は、残りわずかなのだ。その間、少しでも俺と一緒に居たいって思っただけ。ただその純粋な想いを、俺は「遊び」と称してしまったのだ。 完全に、俺が悪い。――姫瑠の為に、色々してやろうと、日本に残れるようにしてやろうと想っていたはずなのに、春姫とのことで、そのことがすっかり見えなくなっていた。 「……クソッ!」 バァン!――無意識の内に、俺は握り拳で、壁を叩いていた。無機質な音が響く。――まるで俺の、愚かな俺の象徴のように。
「何故だ……何故に俺は再び校門の前に立っているのだ!」 上条信哉のその叫びは、夕暮れが近付いた、瑞穂坂の空に、虚しく響いていた。 「おかしい……確かに我が教室を目指していたはずだ」 ご存知の通り、彼は極度の方向音痴である。本日も無事学業終業後、主である伊吹、妹の沙耶と共に帰ろうとしたところ、教室に忘れ物をしたことに気付いた。 「教室まで一緒に参りましょう。兄様お一人では、明日になっても終わりません」 沙耶のその一言が、彼のプライドに火を点けた。 「何を言うか沙耶。ここ最近は、俺の方向音痴も改善の方向に向かっている。心配いらん」 「……そうなのか?」 そして、思いっきり疑いの目で見る伊吹の表情が、更に更に彼のプライドを後押しした。 「伊吹様、先にお帰りになっていて下さい。――男上条信哉、日付が変わるまでには必ず帰ります」 その目標の時点で間違っているのだが。――かくして沙耶、伊吹を先に帰し、自らは教室に忘れ物を取りに戻っていたのだが…… 「今一度、精神を統一すべきだな」 つまりは、一向に教室に辿り着けず、何故かまた校門に戻ってしまっていた、というわけである。焦りを落ち着かせる為に、目を閉じて、精神統一を図ろうとした――その時だった。 「ねえ君、ちょっといいかな?」 目を開けると、目の前に一人の女性。信哉は判断出来ないが、相当の美人である。 「……俺か?」 「そう。――君さ、この学園の魔法科の生徒だったりする?」 「ああ、そうだが」 「何年生だか、聞いてもいい?」 「二年だ」 「二年生? 丁度良かった。――この学園の魔法科の二年生に、真沢姫瑠さん、っていう子がいると思うんだけど、知ってないかな?」 「真沢殿は、俺の友人だが?」 「ホントに? あのさ、連絡取りたいんだけど、連絡先とか知らない?」 「――そちらが何者だか、尋ねても構わないか?」 「あ、そうか、そうだね。――私、彼女の従姉妹」 「従姉妹……?」 「うん。偶々日本に来たら、彼女も偶々日本に居るっていうじゃない? 会ってみたくなって」 「…………」 生まれる数秒間の沈黙。――そして、 「付いて来るといい」 信哉は身を翻し、再びその女性と共に学園の中に。 「…………」 「…………」 しばらく無言で歩くと、人気の無い、校舎からも離れた場所に付く。 「あの……さ、こんな所に、彼女が?」 疑問に感じた女の方が、そう尋ねてくる。――更に生まれる沈黙数秒。そして、 「単刀直入に伺う。――貴様、何者だ?」 信哉は、足を止め、その女に背中を向けたまま、そう言い放った。 「何者だ、って……さっきも言ったけど、私は彼女の従姉妹――」 「その可能性は著しく低い」 ゆっくりと振り向いた信哉は、厳しい面持ちで、視線で、女を射抜く。 「今の真沢殿が日本に、この瑞穂坂に居る、ということを知っている親類の者ということは、少なくとも真沢殿の父君、もしくは関連者にその情報を聞いてやってきた、ということになる。その手の経路でやってくる、ということは護衛の人間、更には雄真殿に話が通っているのが筋というもの。つまり、単独でこの時間帯にやってくるということはまずありえんのだ」 「…………」 「もう一度尋ねる。――貴様、何者だ」 同じ質問を重ねると、女がふぅ、と軽く息を吹く。 「私ももう一度聞くよ? 彼女の居場所、教えてくれないかな。勿論、君が喋った、なんてことは言わないし、君は勿論、君の関係者に被害が及ぶこともないようにする」 口調、表情、共に先ほどと同じく穏やかで優しささえ感じるものだったが――中身は明らかに脅迫。 「馬鹿にするな。――俺は自らの身を案じて、友を売るような男ではない!」 信哉の怒り。響き渡って、数秒後。 「――ぷっ、あははははっ!」 女は、高らかに笑い出した。 「何がおかしい」 「悪い悪い。――おかしくないさ。ただ今時、坊やみたいな子がいるなんてねえ。驚いたもんでね」 瞬間、口調、雰囲気が明らかに先ほどのものとは違っていた。――不意に、不敵な笑みを見せる。 「さて、と。――仕方ない。あたしもはいそうですか、で帰るわけにもいかなくてねえ。悪いけど、力付くで色々聞かせてもらうことになるよ?」 「出来るのなら、そうしてみるがいい」 「随分な自信じゃない。――面白い」 そう言うと、女は背中から自らのマジックワンドと取り出した。普通のワンドよりかは明らかに短めの、青く光るワンドだった。 「エスパルーダ・シャロ・ダ・ラージェ!」 そのまま躊躇いなく詠唱を開始、バン、と生まれた魔法陣から、氷結化した青白い魔法波動が発射される。 「はあああああっ!」 ズバァン!――対する信哉はレジストが込められた風神雷神でその氷の波動を一刀両断。パァン! という音と共に氷の波動が粉々に砕け散る。――だが。 「氷ってのは便利でねえ。――粉々になっても、吹雪と化せば猛威になるものさ」 直ぐに消えてなくなると思われたその粉々になった氷達は、何故かそのまま空中で浮遊して停止していた。――そして、気付いた時には信哉の周りを取り囲んでいた。 (俺が防御することを読んだ上での、二段階の攻撃だと……!?) パァァン!――浮遊していた氷達は、瞬く間に猛威を振るう吹雪となり、信哉を襲う。 「うおおおおおおっ!!」 パァンパァン、スパァン!!――それでも信哉は冷静さを欠かない。全神経を統一し、風神雷神を振りぬく。 「――な」 そして――完全なる防御に成功していたのである。それは少なくとも、女には驚きの事実であった。 「では、こちらからもいかせてもらおう。――雷神の太刀ィィィィィ!!」 バババババ、と雷鳴を響かせて、信哉が突撃を開始する。 「はあああああっ!!」 「クラネダ・デリース・ダ・リンガ!」 バァン、バァン、ズバァン!――女の相殺の魔法と、何度もぶつかり合い、最後の一撃で二人の間合いが大きく開いた。 「使用用途、攻撃範囲が限られている分、詠唱抜きでの発動、特殊な威力を持つワンド、か……厄介だねえ」 女は最初の衝突で信哉の風神雷神のメリット、デメリットを見抜いた。 「特徴を見抜いた所で、止められなければ何の意味もない。――雷神の太刀ィィィィィ!!」 だがまさにその通りで、隙を与えないように信哉は再びの突撃。再び何度も激しい衝突を繰り返す。 「もらったあぁぁぁ!!」 「――くっ!!」 バァン!!――手数、速度で攻める信哉の攻撃が、ついに女に入る。ガードが間に合わず、体勢を女は崩す。 「おおおおおおおおおおおぉぉぉ!!」 ババババババァン!!――そこに更に追い討ちをかけるような、信哉の怒涛の攻撃。衝突音と共に女は吹き飛び、巻き起こった煙と共に一瞬にして見えなくなる。 「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」 視界が広がる。――女は立っていた。だが、呼吸は荒い。 「どうするのだ。まだ続けるつもりか」 信哉が問いかける。――信哉の問いかけは最もだった。現状、明らかに信哉が圧倒的有利であった。――だが。 「……ふふっ……あはははははっ」 女は――不意に、高らかに笑い出したのである。 「何がおかしい? それとも、打撃の喰らい過ぎで精神がおかしくなったか」 「いや、違うさ。気付いたんだよ」 「気付いた?」 「ああ。――坊やに本気を出してあげないのは、失礼に当たる、ということがねえ」 その台詞と共に、女の高らかな笑いが、妖艶な、何とも言えない笑みに変わっていた。――同時に女は、背中から何かを取り出す。 「……?」 信哉は、一瞬自分の目を疑った。――女が取り出したのは、赤く光るマジックワンドだったのだ。女は既にその手に青く光るワンドを持っている。つまり女が取り出したワンドは二本目。 「な」 そして、あろうことか女はその赤く光るワンドを、既に手にしていた青く光るワンドと柄の部分で繋げてしまった。カチャリ、と音が鳴った以上、最初から繋がる構造になっているらしい。 「さて、一応自己紹介しておこうか」 女は、そもそも短かったそれぞれのワンド二本を繋げて、長くなった一本のワンドの中心を持ち、風車のようにグルングルンと回しながら口を開く。 「あたしの名前は、『氷炎のナナセ』。――この名前を出す以上、あたしに負けはない。――負けるわけにはいかない」 「ふん。ハッタリでは俺は倒せんぞ」 「ハッタリかどうかは、自分の目で、体で確かめてみるんだね、坊や。――エスパルーダ・シャロ・ダ・ラージェ!」 再びの詠唱。魔法陣から、やはり氷結化した青白い魔法波動が発射される。 「同じ手を何度も喰らうと思うなァァァ!!」 そう叫び、風神雷神を振り抜き出した、その時。 「フリーアス・ライラ・ダ・ラージェ!」 「!?」 『氷炎のナナセ』は、既に二度目の詠唱に入っていた。――本来はありえない現象である。何故なら、今現在彼女が詠唱し、ワンド、詠唱、魔法陣を介して具現化した攻撃魔法はまだ存在している。詠唱はともかく、同じワンド、魔法陣から今のこの状態であらたに一から具現化するというのは、大よそ無理な話である。 だが、ガードをしつつも信哉は見抜く。 (あのワンド、繋げて一本になったわけではなく、あくまで繋がっただけで、個別のワンドとして存在しているというのか……!?) そう。一撃目の氷の魔法は、最初から持っていた青いワンドで。そして二発目の魔法は、後から取り出して繋げた赤いワンドで行っていたのである。 一般的に、同じ人間が攻撃魔法を連続で放つよりも、かなり早いタイミングでの二発目。意外性、という意味でも信哉は動けず、ガードに徹するしかなかった。――更には。 (一撃一撃の威力が、先ほどに比べて重い……!!) 先ほど、青いワンドでのみで戦っていた時よりも、同じ詠唱のはずなのに、明らかに威力が上がっていた。――数々の結果、信哉は直ぐに防戦一方と化してしまう。 「うおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」 バァンバァンバァァァン!!――それでも信哉は揺るがない。研ぎ澄まされた精神力で、全ての相手の攻撃を見事に防ぎきる。 「おやおや、こいつも全部防げるのかい?――大したものだね、坊や」 だが――その様子を見ても、『氷炎のナナセ』は動じる所か、軽く笑みを浮かべ、パチパチ、と拍手を信哉に送り出した。 「…………」 その行為、挑発である。――そう感じた信哉は、言葉を発することなく、冷静な面持ちで視線をぶつける。 だが同時にわかること。――相手には、まだ余裕がある。更なる上の段階を残している可能性は十分にある。正直に言えば、今の攻撃を防ぐのでかなり精一杯だった。 (精神を揺るがしたら……負ける) そう自分に言い聞かせ、信哉は精神統一を図る。 「いい目だ。――そういう目、嫌いじゃないよ」 だが、『氷炎のナナセ』はその信哉の様子でさえも、ニヤリと笑い返す。 「雷神の太刀ィィィィィ!!」 「エスパルーダ・シャロ・ダ・ラージェ!」 先に動いたのは信哉。一、二秒遅れて『氷炎のナナセ』の詠唱、生み出される氷の魔法波動。――ぶつかり合う、二つの攻撃。 だが――ここからの展開は、信哉の予測を遥かに超えていた。 「がはあっ!!」 気が付けば、信哉は相手の攻撃をモロに喰らい、そのまま数メートル、吹き飛ばされていた。――ガードし切れなかった、とかいった次元ではない。気が付けば、モロに喰らっていたのである。 (何故だ……確かに、防いだはずだ) 信哉の考えは間違いではない。確かに、信哉は『氷炎のナナセ』の氷の魔法波動を完全に防いでいた。 「おや、初めて表情が歪んだね。――解せないかい? 攻撃が防げなかったことが」 「くっ……!」 信哉は再び立ち上がり、体勢を立て直し、 「雷神の太刀ィィィィィ!!」 再び風神雷神を振りかざし、突撃。 「それじゃ、リクエストに応えてもう一度。――エスパルーダ・シャロ・ダ・ラージェ!」 パアアン!!――『氷炎のナナセ』も同じく、先ほどと同じ氷の魔法波動を放つ。 (同じだ……何も違いは見られない……!?) ズバァン!――信哉は再び、完璧に氷の魔法波動の攻撃を防ぐ。――だが。 「ぐおおっ!?」 気付いた時には、脇腹を炎の魔法波動が直撃していた。――やはりそのまま数メートル吹き飛ばされてしまう。 「馬鹿な……一度の詠唱で、二本のマジックワンド、両方が反応しているだと……!?」 二発目を喰らい、信哉は大よそのことに気付いた。 「気付いたみたいだね。――ご名答さ、坊や。あたしのワンドは、繋げて一本になると同時に、それぞれが個別のワンドとして存在している。つまり、やろうと思えば一度の詠唱で両方のワンドがそれぞれ魔法を放つことが可能なのさ。無論、それ相応の魔力は使うけどね」 常識では考えられない技である。一人で、一回の詠唱で、二回分の魔法の射出。相手にしてみれば二人相手にしているのと変わらず、更に知らない人間にしてみれば先ほどの信哉のように無警戒の位置から呆気なく攻撃を喰らってしまうことになる。 「同時詠唱」――これこそが彼女の真骨頂であり、強みであり、その名を轟かせることになる原因となっているのであった。 「さてと。――遊びは終わりにしようか」 「――!!」 不意に、空気の流れが変わる。――信哉は愕然とする。認めたくない事実。……ここへ来て、やっと彼女は本気を出そうとしている、ということ。今まで、完全に手を抜かれていたのだ。 屈辱であるが……事実、それでも押されていた。そして、今の信哉に、本気を出されて勝てる力など残っているはずもなく―― 「ぐわあああっ!!」 数度のぶつかり合いで、あっさりと勝負は決まってしまった。 「はい、終わり。――あたしの勝ちだね、坊や」 「まだ、だ……まだ終わってはいない……!!」 ボロボロの体を奮い立たせ、無理矢理立ち上がる。――『氷炎のナナセ』はそんな信哉を見て、軽くため息をつく。 「やめておきな。――負けを認めるのも、必要なことさ」 「黙れ! このままスゴスゴと貴様の好き勝手にはさせん!」 最後の力を振り絞り、信哉は突撃をする。 「坊やはわかっていない」 そして、そんな信哉を『氷炎のナナセ』はあくまで冷静な面持ちで見つめていた。そして、 「!?」 ガシッ!――軽いステップを踏むと、瞬時に数歩移動、風神雷神を振り抜き始めていた信哉の手首を握り、それ以上振り抜かないようにする。 「坊やの能力は凄いさ。その独特なワンドを使いこなすだけの力は十分に持っている。――ただね、坊や。坊やのその戦闘スタイルは、身体能力で勝てなくなった時点でもう終わり。――今の向かってくる坊やは、言い換えればただの無能ってことさ!」 ザッ、と手首を握り、行動を封じたまま『氷炎のナナセ』は数歩動き、 「がはあっ!」 ドゴッ!――信哉の腹に、ボディーブローを一発。 「ふっ!」 そして、そのまま一本背負いで、信哉を投げ飛ばした。――完全に、勝負がついた瞬間だった。 「坊やは強くなる。これで終わらない」 スタスタ、と倒れている信哉の近くにしゃがみ込み、『氷炎のナナセ』は語りだす。 「悔しかったら、強くなりな。坊やが強くなって、リベンジしたいっていうなら、あたしはその勝負、必ず受けてあげるよ」 そう言いながら、『氷炎のナナセ』は笑う。――あざ笑う、といった感じではない、普通の笑顔であった。 「それに、坊やの心意気を称えて、坊やから情報を聞くのは諦めてあげるよ。――最初に言ったけど、結構嫌いじゃないのさ、坊やみたいな男はね」 そこまで言い切ると、『氷炎のナナセ』はスッ、と立ち上がる。 「それじゃね、坊や。――ま、それなりに楽しめたよ」 そう言い残し、彼女はこの場を去っていったのだった。
<次回予告>
「雄真殿に……伝え……真沢殿の身が……危……険……」 「兄様、兄様っ!?」
友の為、自らの身を挺して戦った信哉。 だが実力の差という現実は非情だった。
『それよりも、真沢姫瑠は今そこにおるのか?』 「っ!! そうだ、姫瑠がまだ帰ってきてねえ!!」
瞬く間に訪れる、緊迫の時間。 迫り来る危険に、雄真は果たして……
「お、お前、一体……!?」 「説明したじゃないか。通りすがりの誘拐犯だって」
そして、姫瑠の身に、悪魔の手が忍び寄る――!?
次回、「彼と彼女の理想郷」 SCENE
17 「その女、誘拐犯につき」
「――あたしは、こういう学校とか、そういうのに通ったこと、ほとんどなくてねえ」
お楽しみに。 |