「何と! 竜が出たというのか!?」 施設での騒動の翌日。休みだった信哉と話していて昨日何をしていた、という話になり、昨日の出来事を話してやった感想がこれだ。 「まあ、機械っていうか、魔法で作られた特殊なターゲットだけどな」 「不甲斐無い……!! 式守の用件があったとは言え、友の窮地すら知らぬまま過ごしていたとは」 「竜と戦ってみたかった」かと思いきや、仲間の安否の方が優先だった。流石だ。 「して、級友の皆は無事だったのか?」 「ああ、六人とも無事。姫瑠がちょっと怪我しちゃったけど、酷い怪我じゃないから」 「真沢殿が負傷!?」 ズドン、と一歩俺に近付いて確認してくる信哉。 「あ、ああ、そう。軽い火傷」 何でそんなに気迫が篭ってるんだよ、とか思っていると―― 「――おい、何処行くんだ?」 廊下で喋っていたのだが、信哉はそのまま階段の方へ歩き出した。 「精神を鍛え直してくる」 「はい!?」 「俺の精神がもっと日々研ぎ澄まされていれば、昨日の出来事も感知出来たに違いない。つまり真沢殿が怪我をする必要もなかったのだ。責任の一旦は俺にある」 「待て待て待て!! お前はエスパーになりたいのか!? どう考えても責任はお前にはないよ!!」 「止めるな雄真殿!! せめて真沢殿の前で腹を!!」 「死ぬ気かー!!」 必死に止める俺。――友情に熱過ぎるのも、困ったものだ、と思ってしまった。 「しかし……竜か。一度手合わせしてみたいものだ」 で、落ち着いてくれた信哉から出た次の言葉がこれだった。結局戦ってはみたいんだな。 「でも、最低でもClass
Aは五人は必要なんだぞ? 成梓先生、楓奈、柊、隣のクラスの相沢さんの四人でやっとだったって話だし。お前一人じゃ無理だろ」 「ならば沙耶を連れていこう」 「いやお前、俺の説明を聞いてたのかよ……上条さんやお前が弱いとは言わないけど、それでも二人じゃ」 「何を言うか雄真殿。雄真殿は沙耶の実力を甘く見過ぎだ。沙耶は相手が強者であればあるほど実力を発揮する」 「いやそれも限度があるだろ」 「沙耶の強さは無限大だ。――竜と対峙すれば、沙耶の秘刀「燦伐羽」がこの世のものとは思えないうねりを上げるだろう」 秘刀「燦伐羽」。さんばつは。っておい! 「……サンバッハってどう見てもバイオリンじゃん。刀じゃねえだろあれ」 「あれは世を忍ぶ仮の姿。卍解すれば見事な朱色に染まる太刀に変化する」 卍解て。いつから上条さんは死神になったんだよ。 「そして卍解後の燦伐羽を持つ沙耶は気迫一つで大地を揺るがし雷雨を巻き起こし火山を噴火させドフォゥ!?」 「兄様、サンバッハは兄様の風神雷神のように近接用に使うものではありません」 「…………」 とか言いつつ今思いっきりサンバッハで信哉殴ったじゃん、とかツッコミ入れたら俺も殴られるんだろうか。怖くて言えない。 「あの……小日向さん、兄様の言っていることは、嘘ですから、その」 「ああ、その、うん、大丈夫、多分」 正直な所を言えば、上条さんの実力が未知数な気がするのは事実(信哉にツッコミを入れる時限定なんだが)。言えないけど。 「でも……兄様ほどではありませんが、昨日皆様と一緒に居られなかったのは、話を聞くと少々心苦しいです」 「まあ、それは仕方ないよ。みんな無事だったんだし、深く考えない考えない」 「沙耶! 気が咎めるのであれば俺と共に修行だ! 雄真殿に証明するのだ、沙耶の卍解のこの世のものとは思えぬ恐ろしさをゴホゥハァアッ!!」 「兄様、そんなに修行がなさりたいなら、お一人でなさって下さい」 ズルズル、と気絶した信哉を引っ張っていく上条さん。――何だかなあ。 「? 今通って行ったのは信哉と沙耶か?」 と、入れ違いに通りかかったのは伊吹。 「ああ、いつもの兄妹の触れ合い」 ――と、不意に気になったので、俺は伊吹に聞いてみることにした。 「なあ、実際の所、上条さんってどの位強いんだ?」 「? どういう意味だ?」 「ほら、何て言うか、ピンポイントでの動きというか、信哉に対するツッコミ時とか見てると」 俺がそう言うと、伊吹が複雑な表情になる。そして―― 「小日向。――世の中には、知らなくてもよいことは結構あるものだぞ」 そう言い残して、その場を去ってしまった。 「――って何その去り方!? ますます気になるじゃん!? 何があるんだよ上条さんに!?」 恐るべし――上条沙耶。
彼と彼女の理想郷 SCENE 14 「Can't say
"Good-bye"」
「じゃーじゃじゃーん! 出来ましたー!」 学園、三時限目と四時限目の間の休み時間。休み時間に入るや否や俺の席の元に姫瑠がやって来て、わざわざ俺を自分の席まで無理矢理引っ張ってくるような形で連れてきての姫瑠の第一声がこれだった。 声と同時に姫瑠が取り出したのは、青く淡く輝く小石。 「はい雄真くん、受け取って。昨日、保健室に連れてってくれて、当番制の家事、私の分を代わりにやってくれたお礼」 確かに怪我した右手のことを考えて大事を取って、俺は昨日姫瑠の家事分配分を代わりにやってあげた。だが、 「おいおい、いちいち物貰うほどの仕事量でもなかったぞ」 そう、そんなに大した仕事量でもなかった。「ありがとう」一言で済む感じだ。――ちなみに肝心の姫瑠の右腕には未だに包帯が全体的に巻かれている。 「――でもまあ、個人的にこれが何だかは気になるな」 青く淡く輝く小石。普通の珍しい石、宝石、とかではない気がする。 「これはね、MASAWA
MAGIC製品の一つ、マジックエジェクションストーン」 「マジックエジェクションストーン……?」 「この石にはね、何でも好きな魔法を一つ注入出来るの。注入する魔法のレベルによって石に馴染むのには時間がかかるし、ある一定以上のレベルの魔法は注入出来ないけど、逆に言えばそのルールさえ守ればどんな魔法でも一つ、一回分だけ注入出来て、魔法使いならば誰でも簡単な詠唱で好きな時にその一回分を射出出来る。つまり、自分の苦手な魔法や使えない魔法を他の人に注入してもらっていざ、という時に使う為の道具。――ちなみに使い捨てだけどね」 「へえ、そんなのがあるのか」 使い方によってはかなり有効に使えそうなアイテムだ。 「それで、昨日のお礼に雄真くんには私の「プラズマ・プラス」を注入したやつをプレゼント。昨日の夜にやってやっと今注入が完了したんだ」 「プラズマ・プラス……?」 「うん。私の特殊魔法。純粋な属性の魔法に、私の魔法のプラズマの力を付加して、その威力を底上げする魔法」 「へえ、いい意味で変わった魔法使えるんだな、お前」 流石はClass
A、と言えばいいんだろうか。 「……まあいいや。俺個人はお礼される程のことをした覚えはないけど、くれるって言うなら貰っておくよ。サンキューな」 「うん。――あ、そうそう、言い忘れてたけど」 「うん?」 「このマジックエジェクションストーン、基本的には愛する人、愛すべき人への特別なプレゼントに使うものだから。高いやつなんかは宝石が散りばめられてて結婚指輪なんかにも使われてるから」 …………。 「――そういう話はあげる前に普通しませんか姫瑠さんよお」 貰っちゃったじゃないですか、思いっきり。 「フィーリングで感じてくれてるものだとてっきり」 「無茶言うなよお前!! 俺が知らないのわかっててやっただろ!」 「どうしても返品した場合は、今から校庭のど真ん中でキスしてくれたらいいよ?」 「返す意味がねえ!?」 愛とかそういう話になるのが嫌だから返すのにそれじゃ愛しちゃってるじゃん。 「――駄目かな? どうしても、返したい?」 上目遣いで、ちょっと懇願するような表情をする姫瑠。――ズルイ、その表情はズルイ! 可愛い女の子のその表情は卑怯だ! 「お前に、その手の意味がなくて俺にくれる、っていうなら貰う」 「そんな感情、全然ないよ?――って私が言ったら信じてくれる?」 「…………」 無理ですね。今更無理ですよ。感情ありありじゃないですか。――俺は軽くため息をつく。 「俺がお前の想いに応えるかどうかは、別だよな?」 「うん、まあそれは一応」 「なら、貰っておくよ」 俺はそのまま、姫瑠から貰ったマジックエジェクションストーンをポケットに仕舞う。 「受け止めてはくれるんだね、私の気持ち」 と、仕舞った瞬間に姫瑠が嬉しそうにそう言う。 「今更そこを否定したって仕方ないだろ……」 「それ見る度に、私が雄真くんのこと好き、っていうの思い出してね」 「……極力見ないようにします」 このまま会話を続けていると本当に疲れそうなので、俺は自分の席に戻る。 「……姫瑠は俺のことが好き、か」 つい呟いてしまった。――客観的に見て、可愛い女の子に好かれて、嬉しくないわけがない。一時期までの俺からしてみれば信じられない話だ。こんなにも、俺のことを好きでいてくれる女の子が、少なくとも二人もいるのだ。そして俺は――「どちらか」を選ばなくてはならない。その日が来た時、俺は一体どんな決断を―― 「……って、あれ?」 どんな決断をもクソもない。俺が選ぶのは春姫だ。何を言ってるんだ俺? 今俺は何を考えた? 姫瑠を選ぶことを、選択肢に入れてたのか? 何故? 「……いや、あれだな。少しは認めておくか」 そう、認めなきゃいけない。――俺の中で、姫瑠の存在は大きくなりつつある。俺の心の中で、再会した頃に比べて、断然大きい存在になっているのだ。 もしも――もしも、俺がまだ春姫と付き合ってなかったとしたら、俺達はもっと違う道を進んでいたかもしれない。俺は遠慮なく――姫瑠を選んでいたのかもしれない。 「それでも」 それでも、それは仮の話。今の俺には春姫がいる。姫瑠の存在が大きくなっても、春姫の存在が縮んだわけじゃない。春姫のことは好きだ。大切だ。今更遠慮なく、姫瑠は選べない。 だが、それと同時に、何処かで、遠慮なく春姫が選べない。――そんな風になってしまいそうな気がしてしまっていた。 「……って、あれ?」 そこで気付く。休み時間に入り、速攻で姫瑠に呼ばれ、色恋沙汰の話をして、席に戻ってきて、一人考察する俺。――そんなシチュエーションに、春姫のリアクションがない。以前の春姫なら戻ってきて早々何をしていたのか確実に確認されたし、というかその前会話している時点で「貴様そこで何を話しておるのだ」的な視線を感じたりしたものだし(台詞は誇張入れた)。細かいことを言えば姫瑠に限ったことじゃなく、姫瑠が戻ってくる前からもその傾向はあったりしたものだ。 だが――今、あからさまな行動だったのに、それらの嫉妬から来る行動が、何も見られない。 「…………」 フッと、春姫を見ると――普通に次の授業の準備をしていた。まるで俺が何もしてなかったかの如く。昨日の不安定な様子もまったく見られず、あれは嘘か幻か、といった感じだ。 「? 何か私についてたりするのかな?」 と、俺の視線に気付いたのか、そこでやっと俺に対して春姫が反応してくれた。 「あ、いや――もう体調もバッチリなんだな、って思ってさ」 「体調?」 「悪かったんだって? 加々美さんとか成梓先生とかがそんなようなこと言ってた」 本当の理由など言えず、その場で思いついた理由を告げる。案外スラスラ言えたのはそのことに関して気になっていた、というのは本当だからか。 「あ……その、心配かけてごめんなさい」 「気にするなよ。元気ならそれでいいんだ」 「うん。ありがとう、もう大丈夫だから」 笑顔でそう告げてくると、春姫はまた授業の準備に戻った。 「…………」 一方で、俺はまた考察に戻ってしまった。――何が変ってわけじゃない。普通の春姫だ。いつもの春姫じゃないか。元気になって、元に戻ってくれたんだ。……そう自分に言い聞かせても、俺の中での違和感が拭えない。何だろう、この感覚は? 春姫が――何だって、言うんだよ……? 「……くん、……なたくん、小日向くん」 「……え?」 「え? じゃないでしょう? 一体何回呼んでると思ってるの?」 と、気付けば俺の目の前には母さんが立っていた。考察していたせいか、気付けなかったらしい。 「あ、すいません」 「次からは、呼んだら五秒で跪くこと」 「いや俺は一体何処の執事なんですか」 というかそんな親子関係嫌だ。 「次の授業で色々使いたい物があるんだけど、ちょっと沢山あり過ぎて一人じゃ運べないのよ。瑞波さんは別件で用事を頼んじゃってるし……お願い出来ないかしら?」 「あー、はいはい。今行きます」 こうして俺は、一旦教室を後にした。
「次の授業で色々使いたい物があるんだけど、ちょっと沢山あり過ぎて一人じゃ運べないのよ。瑞波さんは別件で用事を頼んじゃってるし……お願い出来ないかしら?」 「あー、はいはい。今行きます」 鈴莉に呼ばれ、雄真は席を立ち、鈴莉の後について教室を後にした。 「……ふぅ」 そして、春姫はその背中を見送ると、無意識の間にため息をついていた。――大丈夫。気付かれていない。これでいい、このままでいければ。……と頭の中で再確認していると、 「――私が、雄真に対して「立派な魔法使いになってくれるのならば、伴侶には拘らん」と言っているのを、貴行は耳にしたことがあったか?」 「え……?」 その声は、雄真の席からした。――彼の席には、ワンドであるクライスが残されていた。いつもならば絶えず持ち歩いているはずのワンド。春姫は知らないことだが、先ほど雄真は考察していたせいだろうか、忘れていってしまったらしい。 そして、そのクライスが不意に声を発したのである。 「耳にしたことがあったか、と聞いているのだが?」 「え? あ、その、直接はないけど、雄真くんからクライスがそういう話をした、っていうのは聞いたことが」 「そうか」 自分に対して言っているということにやっと気付いた春姫は、急いで返事をする。――急に何の話だろう? 「結論を言えば、あれは私は冗談で言っているわけではない」 「冗談じゃ……ない?」 「私個人としては、雄真が立派な魔法使いになってくれることが大前提だ。逆に言えば雄真を心から愛してくれて、支えてくれる人物ならば貴行じゃなくても私は構わない。まあ、ありえん話だが、ハーレムエンドでも穏便に終わるなら私としては大賛成なんだ」 淡々と語るクライス。この時点では、春姫は彼が何を言いたいのかは、さっぱりだった。――だが。 「貴行を苦しめるのが目的で言うわけではないが――客観的に言えば、雄真は姫瑠に惹かれ始めている」 「っ」 ドクン。――心臓に、強い揺さぶりが走る。 「前述したように、結果雄真が姫瑠を選びたい、というのならば私はそれでも構わん。たとえ誰もがそれに反対したとしても、雄真が心底それを望み、姫瑠が雄真を心底愛し、支えてくれるならば私は雄真を支えてやりたいと思っている。ワンドとしてな」 「クライスは、何が……言いたいの……?」 はぁ、とクライスがため息をつく(実際息は出ないが)。まるで「言わないとわからないのか?」とでも言っているようだった。 「だがな。たとえ雄真が姫瑠を選んだとしても――雄真は恐らく貴行が「壊れてしまう」ことは望んではいないだろうし、望まないだろう。そして私は、雄真が、我が主が望まないことはワンドとして望むつもりはない」 「!!」 見抜かれていた。――その思いが、春姫の頭を過ぎる。 「我慢して、感情を押し隠して、雄真に迷惑をかけない、という考えは間違っていない。姫瑠に奪われてしまうならばそれでもいい、と思うことは大したことだ。――だが、その精神、今の貴行では長くは持つまい。原因が何かとか今更そんなことを追求するつもりは毛頭ないが……個人的には、昨日のあからさまに不安定な方がまだ見ていられたぞ?」 クライスの言う通りだった。春姫は、自分の嫉妬心、恐怖感、そういったものを無理に押し隠すことに決めた。雄真を困らせない為に。その結果、どういう結論を雄真が選んだとしても、それに従おう。そう決めた。決めた――はずだった。 だが、今クライスの追及に反論出来ない。こんなわずかな時間でさえ、春姫の精神はまるで音を立てるようにガリガリと削られていたのだ。――口が、上手くもう動いてくれそうになかった。 「ハッキリ言うぞ。その曖昧な状態を続けるつもりならば、いっそのこと、もう雄真とのことは終わりにしてくれ」 「っ……!?」 あまりにも、ストレートで、冷たい言葉。――春姫の、視界が歪む。 「今のままの状態を続けて、最終的にどうなると思う? 余計なしがらみが出来て、必要以上に関係が狂って、必要以上の悲しみを呼ぶだけだ。ならばいっそ、今切り捨ててくれないか。――雄真が、我が主が、悩まぬように……苦しまぬように、してもらえないか。あいつは馬鹿だ。何事もハッピーエンドで終わらせようとする。終わるものだと何処かで信じている。――人の人生など、ハッピーエンドだけでは進めやしないのにな。だからあいつはきっと無茶をする。狂えば狂うほど、それを元に戻す為に無茶をする。それが解決出来ぬ悩みなど信じずにな。――努力をする奴は嫌いじゃないが、自らの主に必要のない努力はさせたいとは思わん」 「う……あ……ああっ……」 その涙が、いつから自分の目から零れていたのか、春姫はわからなかった。ただ、我慢していたはずのその涙は、一度溢れてしまえば、止まることを知らず。 「好き……なんだから……私だって、好きなのに……私の方が、好きだったのに……好きなのに……好きって言ってくれたのに……!」 そして、感情も一度溢れてしまえば、止まることを知らない。 「どうしたらいいの……? もう、わからないよ……ねえ私、どうしたらいいの……!?」 「私は知らん。――冷たいと思うならそう思え。それでも、貴行がどうすべきかを私が示すわけにはいかん。貴行が進む道は、貴行にしか決められんのだからな。私は、貴行に曖昧なまま止まって欲しくなかった。ただ、それだけだ」 クライスの口調は、変わらない。あくまで、自分の意見を述べるだけだった。 「どうして……どうしてこんな風になっちゃったのかな……? 私は、ただ雄真くんが好きなだけ……それだけだったのに……」 「貴行が悪いのではない。そして、雄真が悪いわけでも、姫瑠が悪いわけでもない。――それでも、人の感情は、美しくてもぶつかり合えば崩れてしまう。ぶつかり合って崩れた感情は醜い。でも人は、それを修復する術を知っているはずだ。それが人間なんだ」 「…………」 「神坂春姫。――最後に一つだけ、言っておく」 そう言うと、クライスは一呼吸置く。 「私は、貴行がこの世に生を受ける前から、既にマジックワンドとして存在していた。鈴莉と共に生きてきた。鈴莉がまだ貴行と同じ位の歳の時、この学園を設立する時、それから『奴ら』がいた頃の、瑞穂坂学園。――色々な物を見てきたつもりだ」 応対こそ出来なかったものの、春姫はクライスが何を言っているのか、何を言いたいのかがわからない。――先生が私と同じ歳の頃? 学園の設立時? それに、「奴ら」って……? 「その私の、客観的な意見だ。――この程度のことで、バッドエンドになってしまうならば、所詮その程度の愛情だったということだ。子供の恋愛ごっこだったってことさ。――貴行も、雄真もな」 その言葉を最後に、クライスは語りを止めた。――やがてチャイムが鳴ると、雄真が鈴莉と共に教室へ戻ってきた。 「ゆ〜うま〜」 「? クライス……ああ、つい置いていっちまったのか。悪かったな」 「まったくだ、ちゃんと所用の時も私を持ち運べ。こういう機会でないと、クラス外――特に他学年の女子のチェックが出来ないではないか」 「お前ハチかよ!?」 「失礼な、あそこまで見境無く突っ走りはせん。色々チェック項目があってだな」 「真面目に語るなー!!」 雄真が戻ると直ぐに馬鹿なやり取りを始めるクライス。――それは、雄真の神経が今の春姫に向かないように、というクライスのささやかな心配りだったのかもしれない。
「――演劇対決ねえ」 放課後、占い研究会の部室に呼ばれ、準と柊に告げられた内容。――春姫vs姫瑠、第四回戦の対決内容は、演劇対決だった。 「で? 今日は対決日じゃないのに、何で人揃えてあるんだ?」 「勿論、役柄を決める為よ」 「役柄……ってまさか」 「一人演技させるわけにいかないでしょう? 配役は、あたし達で何とかするのよ。――はい台本」 「用意いいな、もう台本があるのかよ」 そう言って、俺は台本を受け取って、パラパラとめくり―― 「……って、ちょっと待て。台本渡されるってことは、もしかして俺も」 「当然出てもらうわよ」 何故だ。何で俺こんなに対決内容に関わらなきゃならんのだ。俺の立場的に何か違うだろ。 「で、これがハチの分ね」 見れば準はハチにも台本を渡している。あいつも出るのか。 「ハチには、クライマックスでかなり重要な役柄を用意したのよ?」 「おおおおお!! ついに、ついに俺の時代が来たのかあああ!!」 一体どんな役なんだ?――ペラペラとクライマックスの辺りを開いてみると。 「枯れ気味の木――ハチ」 風景、木の役でした。――しかも枯れ気味。 「クライマックスの哀愁感を出すのに、どうしても必要なのよね〜」 「任せておけ!! 男高溝八輔、枯れ木の役をやらせたら右に出る者は――ってちょっと待ていいいい!!」 「落ち葉の役の方がよかった?」 「もっと酷くなってるじゃねえかああああ!!」 ある意味出ない方がましだろうな、これなら。 「はい! はい! 意義あり!」 そう手を挙げて抗議をしているのは姫瑠。 「私と雄真くんのキスシーンがないのは不自然だと思います! 五秒に一回は必要ではないかと!」 「多いにも程があるよお前!? サブリミナル効果かよ!?」 ……正確に言えばサブリミナル効果とは違うけど。 「でしたら、私の役にも雄真さんとのラブシーンがないのは不自然ではないかと」 「「でしたら」で出てくる意味がわからないですよ小雪さん!」 「ならば、間を取って沙耶で行くというのはどうだろう雄真殿」 「一体何と何の間が上条さんなんだよ!?」 「――なんだ、十八禁の話ではないのか」 「お前は自らのマスターにどんな演技をさせたいんだよ!?」 「雄真くん、私ラストのシーンでウェディングドレス着て工事現場走るから! 僕は死にませんって言ってね!」 「お前は俺に百一回プロポーズをしろと!?」 「それで、百二回目のプロポーズで私と結ばれる、というのはどうでしょう?」 「だから「どうでしょう」で発案してくる理由がわかりませんよ小雪さん!」 「ならば、間を取って沙耶で行くというのはどうだろう雄真殿」 「だからさっきから言ってるけど何と何の間なんだよ!?」 「まあ、全年齢対応でもギリギリの路線を狙えば――」 「そこまでしてそういう路線で行きたいのかこの変態ワンド!!」 というか、 「お前ら一旦黙れえええ!! 一向に話が進まない!!」 大声を出して無理矢理黙らせる。――好き勝手自分の希望ばかり言いやがるので、まったく収集がつかないのだ。 「はい柊、進行してくれ」 「待ちなさいよ、春姫がまだ来てないでしょ?」 「――え?」 そういえば、春姫の姿がない。「先に行ってて」って言うから先に来てるんだけど、言い方からして直ぐに来るもんだと思ってたのだが。 「そういえば、何の用事で遅れるんだろ? それも確認してなかった」 と、その時。――チャラララララララ〜♪ チャ〜ララ〜♪ チャラララララララ〜♪ チャ〜ラ〜ラ〜ラ〜♪ 「あ、あたし」 柊の携帯電話が鳴り出した。……というか、 「またベタな着信メロディだなお前……」 気持ちはわからなくないけどな。 「私個人としては柊杏璃が使用している方も悪くはないが、どちらかと言えば砂漠の真ん中で会いたがっているやつの方が好きだな」 「お前はよほどあの人達好きなんだな。マニアックな歌も知ってるし」 ワンドなのに。……などとクライスとやり取りをしていると、 「――え? あ、ちょっ、待っ」 何やら柊は慌てている様子。――と、直ぐに複雑な表情で携帯電話を仕舞ってしまった。 「どうした? 何かあったのか?」 「春姫からだった」 「春姫から? 用事が長引いて遅れるとか?」 「遅れる……以前に、もう今日はこっちには来ないって」 「……え? 何でだ?」 「わかんないけど……それに」 柊の表情が、一掃複雑なものに変わる。そして―― 「……それに、第四回戦そのものに出れないって。自分の不戦敗でいいって」
<次回予告>
「いや……多分、俺を待ってるんだと思う、あれ」 「兄さんを……ですか?」
再び崩れかける平穏。 春姫の真意は? 雄真の意思は?
「そう。――やっぱり原因はアンタに大きくあるわね」 「多分……な。正直、未だに思い当たる節がない自分が情けない」
それでも止まるわけにはいかない。 雄真は、困惑のまま、手を差し伸べてくれた杏璃と行動を共にする。
「杏璃」 「雄真? ドキドキしてくれたの?」 「お前、先にシャワー浴びてこいよ」 「あ……そっか。あたしったら……そうよね。うん、先に浴びてくるから、待っててね!」
そして訪れる、二人きりの時間。 ――果たして、その選択が、吉と出るのか凶と出るのか。
次回、「彼と彼女の理想郷」 SCENE
15 「Kiss -Joy or
Uneasiness-」
「もう、無理だって言うならそれはそれでいい。俺が悪いから、潔くその答えを受け止める」
お楽しみに。 |