「はーい、それじゃ今回の実習の内容について説明するわね」 お互いのクラスに別れての説明。俺たちのクラスの今日の担当は前述したように成梓先生だ。――プリントが一人一枚ずつ配られた。 「今回は、この実習用施設の二つの入り口をそれぞれスタート、ゴールに決めてあります。みんなにはスタートからゴールを目指してもらうわけだけど、勿論ただ普通に進んでもらうだけじゃありません。ここで配ったプリントの「ターゲット一覧」に注目」 プリントに目をやると、確かに「ターゲット一覧」と書かれた項目があった。 「スタートからゴールまでの間に、プリントに書いてある魔法で自動に生成されたターゲットが何度も出現しますから、攻撃魔法をヒットさせること。ヒットの仕方によりポイントが加算されるから、ゴールまでに何ポイント稼げるか、というのが今回の実習です。レジストを強く張っているターゲット、素早いターゲット、反撃してくるターゲット、色々いるから、その場その場で冷静な対応をすること。応用力を問われる実技になるかな」 おお、何だかゲームっぽい。流石最新の施設だ。ちょっと面白そう。 「更に、今回は二人一組、ツーマンセルで行います。一人じゃ応対出来ないシチュエーションも用意してるから、その辺りのコンビネーション力も見させてもらうからね。ちなみにパートナーは公平にくじ引きで決めます。魔法で細工出来ないように私がちゃんと魔法でガードしてるから、一緒になりたい人がいる場合は神様にでも祈ること。――最も、私のガードを潜り抜けて細工が出来るようならそれはそれで高得点挙げるけど」 「……ふーむ」 パートナーは運任せか……あまり合わない人とかだったら申し訳ないな。 「クジには番号が書いてあるから、同じ番号が書いてある人がパートナーになるわ。更にその番号順にスタートするから、その辺りも忘れないで。――それじゃ、順番にクジを引いていって」 わっ、と成梓先生が持つクジの箱に生徒が群がる。――俺はもうちょっと落ち着いてから行こうっと。 「雄真くーん!」 と、早めにクジを引いたらしく、姫瑠が俺の所へ。 「私、十九番だったから、雄真くんも十九番引いてきてね!」 「無茶言うなおい」 客観的なことを言えば姫瑠と組む、というのは悪いことではない。むしろ魔法がまだまだな俺にしてみればClass
Aの姫瑠と組めるのはとてもありがたい話だ。――だがしかし。 「雄真くん、私、二十番」 続いて俺の所へやって来たのは春姫。――そう、これで姫瑠と組んでしまった日にはまた色々あるに違いない。 「十九番! 絶対十九番!」 「私は、二十番だからね?」 ドドドドドドドドドドドドド。――お互い目を見ないで並んでクジの番号を俺に見せてくる二人。笑顔が怖いです、ホントに。 「お、落ち着こう二人とも。いいか、これは先生も言ってたけど運だからな? 俺の意思とは別にクジを引いてしまう可能性があるんだ。だから俺が誰と組む結果になっても恨みっこなしだぞ?」 「そんなことわかってるって!」 「大丈夫、その位で怒ったり、しないよ?」 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。――いや、その、確かに笑ってるけどさ、二人とも。 「…………」 俺は笑顔の二人を背に、クジを引く。――ここは仕方がない、二人とは違う番号を引くのが安全だな。頼むぜ神様。 「じ、じゃあ、これ」 俺が引いた番号は―― 「はい、小日向くんは十四番」 成梓先生が読み上げた俺の番号は、十四番。 「ちぇっ」 「……はぁ」 あからさまに残念そうな表情になる二人。――ふぅ。 「と、言うわけだから悪いな、二人とも」 助かった、助かりましたよ俺。火種は少ないに限ります。 「あっ、あたし十四番」 と、そこに俺と同じ番号を引いたっぽい声が。振り向いて見ると―― 「……柊?」 そこには十四番のクジを持った柊が。俺のパートナーは柊か。 「雄真、もしかして十四番?」 「おう。どうやら一緒みたいだ」 「そっか……ま、雄真の魔法は結構見てきたし、下手な人よりよっぽどやり易いわ。最近は頑張ってるみたいだしね」 「そうだな。遠慮なく声も掛け合えるし、俺も柊ならやり易いな。ま、宜しくな」 「うん、こちらこそ。――やるからにはトップ目指すからね!」 「おう」 俺と柊はこつん、と軽く目線辺りで拳をぶつけた。――確かに俺としても柊ならば全然やり易い。色々手の内を知ってる仲だし、何より柊が頼りになるのは事実。何だ俺、結構クジ運良いのか? 何て思っていると…… 「あーあー、杏璃、楽しそー」 「杏璃ちゃん……」 「――え?」 ヒュウウウウゥゥゥゥ。――冷たい視線が柊を襲っていた。 「何だかんだで杏璃って雄真くんと仲良いよねー。今も凄い嬉しそうな笑顔だったしー」 「無意識で手をコツン、って……凄い通じ合ってるんだね、杏璃ちゃん……」 「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ二人とも、あたしだって好きで十四番引いたんじゃないわよ!」 「ふーん」「ふーん」 あ、ハモった。――相変わらずピンポイントで合うな二人は。 「新しい展開だな雄真。ここで柊杏璃に走るのか」 「走ってねえ!?」 何故にここで余計なことを口走るかな俺のワンドは! 「でも、二人っきりになるチャンスだぞ? よく言うだろう、「友達発恋人行き」とな。そのまま二人で逃避行というのもドラマチックで悪くないぞ?――終点のない〜 列車なら〜 良かったのに〜」 「だああああ!! 頼むからこれ以上こじらせるな!!」 しかもまた随分マニアックな曲までついてるし!
――結論。 結局俺は、何を引いても駄目だったっぽいです。……チーン。
彼と彼女の理想郷 SCENE
12 「見抜いていた人、見抜かれていたもの」
柊杏璃は、カテゴリーで分類したとなると、「アタッカー」――属に言う攻撃タイプの魔法使いである。純粋なる攻撃力に一番秀でているタイプだ。 現在の彼女のClassはB。既にAを取得している真沢姫瑠、Aの取得確実と思われる神坂春姫に比べてしまえば総合力では劣るものの、一撃の攻撃力は二人に劣らない。寧ろ場合によっては断然凌ぐこともあるだろう。 彼女が単身で戦った場合、弱いとは言わない。Class
Bを取得している以上、その分の戦闘結果は醸し出せる。だが一つの能力が突飛している魔法使いが本当に効果的に能力を発揮出来るのは、二人以上での多人数でチームを編成した時の戦闘。つまりこの場合、柊杏璃を可能な限り攻撃に回すことで、本来Class
Bである彼女の実力はそれ以上のものとして計算出来る。 無論チーム編成の内容にもよるが、基本、柊杏璃が最も光るのは二人以上のチーム編成をした場合なのだ。 「……という話を先日の特訓の時にお前にしたばかりだったな。偶然とは言え早速そのシチュエーションだ」 「いやまあ、そうなんだけどさ、その……まあいいや」 黙っててくれれば俺が考察したみたいに聞こえたのに、とは流石に情けないか。 さて現在は引き続き五時限目、魔法の実習授業中。十四番目のクジを引いた俺と柊のペアは無事順番が回ってきて、施設のスタートをくぐってゴールへの道を歩き出した所だ。 「ちょっと、何ブツブツ言ってるのよ? 気合入れなさいよね」 「あ、悪い」 「まったく……いつ何処でターゲットが飛び出してくるかわからないんだからね。ゲームと違って出現の音楽が流れるわけじゃないんだから」 チャララララララララ〜♪ 「――え?」 何処からともなく音楽が流れたと思ったら―― 『タマちゃんAが現れた! タマちゃんBが現れた!』 「やで〜」 「やで〜」 チャ〜ラ〜チャ〜♪ チャラララ〜♪ 「……おい、出現の音楽鳴ったぞ、ナレーション入りで。しかも今戦闘用の音楽が流れ出したし」 「そんなこと言ったって、普通流れるなんて思わないわよ……」 呆れ顔の柊。ツッコミを入れた俺も多分同じ位呆れ顔に違いない。――これじゃただのゲームだぞ。 「っていうか、タマちゃんってプリントのターゲットの中にあったの?」 「いや、俺も記憶にない……」 ずどどーん! 「ひゃあっ!?」「ぬおぅ!?」 いきなり巻き起こる爆発。驚きの余り俺と柊は飛び退くことしか出来ない。すると―― 『タマちゃんAは自爆した! タマちゃんBは自爆した! ポイント獲得ならず! 残念!』 「出てきて五秒で自爆してポイントが取れるわけないじゃないのよっ!!」 謎のナレーションに対し怒りをぶつける柊。――まあ、最もな意見ではあるけど。 「ったく……何なのよ、これ……」 「今日が初めてだって言ってたからな。バグとかあるんじゃないのか? とにかく進もうぜ」 再び歩き出す俺達。――チャララララララララ〜♪ 「おい、ターゲットが来るぞ」 「……全然演習にならないじゃないのよ、これ」 で、愚痴ってると、 『タマちゃんAが現れた! タマちゃんBが現れた! タマちゃんCが現れた! タマちゃんDが現れた! タマちゃんEが現れた! タマちゃんFが現れた! タマちゃんGが現れた! タマちゃんHが現れた!』 「やで〜」「やで〜」「やで〜」「やで〜」「やで〜」「やで〜」「やで〜」「やで〜」 「数が増えただけでまたタマちゃんかー!!」 タマちゃんが合計八体。――緊張感の欠片もない。 「行くわよ雄真! 自爆される前に攻撃よ!」 「おう」 お互いワンドを構え、詠唱に入ろうとしたその時。 「やで〜」「やで〜」 『何と、八体のタマちゃんが一箇所に集まりだしている』 「……?」 謎のナレーションの言う通り、八体のタマちゃんが一箇所にギュウギュウになって集まっている。 『まさか……これは……!!』 「っ! 柊お前、この手のゲームはやったことあるか?」 「? 人並みにはあるわよ?」 「八体出現、一箇所に集まる、この手のナレーション! 奴ら、合体する気だ! キングタマちゃんになるつもりだ!」 「あっ……!! そうか、これって!」 「急ぐぞ! 合体されたらこっちが不利だ!」 だが時既に遅し。――バシュッ!! 「っ!!」 迸るフラッシュに、俺も柊も一瞬視界を奪われる。――目を開けると、そこには!! 『タマちゃんは、集まってみたかっただけだった』 「なんじゃあそりゃあああああ!!」 ――そこには、八体のタマちゃんがそのままいました。おーい。 「人を小馬鹿にしてるわね……!!――エスタリアス・アウク・エルートラス・レオラ!!」 ズドドドーン。――柊の魔法で、タマちゃんの集団を倒した。 「まったくもう……!! 何だってのよ、これは!!」 「気持ちはわかるが、落ち着こう柊。まだ始まったばっかだぞ」 何とか柊を宥め、再び俺達が歩き出すと。――チャララララララララ〜♪ 『はぐれタマちゃんがあらわれた!』 「やで〜」 またタマちゃんが。今度ははぐれタマちゃん。――って、 「どのあたりが「はぐれ」なんだ……?」 目の前のタマちゃんは普通のタマちゃん。この手のゲームの「はぐれ」って言うと、何ていうか、溶けかかってるみたいなイメージだ。……違いがわからん、と思っているとクライスのアドバイスが。 「雄真、戦闘時の音楽をよく聞いてみるんだ」 「音楽……?」 チャララララ〜♪ チャ〜ラ〜ラ〜チャ〜ララ〜♪ チャラ〜ララ〜♪ チャ〜ラ〜ラ〜ラ〜ララ〜♪ 「このテーマソングを聞く限り、目の前のスフィアタムは、純情派だな」 「そっちの「はぐれ」かー!!」 わかるわけないだろー!! 俺達の年代でテーマソングまで記憶してる割合どれだけだと思ってるんだよ!?
「雄真、左っ!」 「――カルティエ・エル・アダファルス!」 ――はぐれタマちゃん以降はタマちゃんの出現はなく、変な音楽も鳴らないようになり、普通の演習になっている。 柊とのコンビネーションは、案外と言えば失礼になるかもしれないが、順調だった。完全に俺は柊のサポートに回る形になっているが、逆にそれがいいんだろう。大きなミスもなく、ここまで来ている。 「オッケー。……にしても、雄真、思ってた以上に出来るようになってるわね」 「そうか? まあ、そう言ってもらえるのは嬉しいけどな」 「ったく……親の才能受け継いだ人が努力を怠らないほど手強いものはないのよね」 柊が呆れ顔で俺を見る。その言葉からするに、俺は警戒の類に入るようになってきたらしい。 「でも、そんな簡単に負ける柊じゃないんだろ?」 「当然よ。あんたなんかに追いつかれるつもりなんてさらさらないわ」 柊は努力家だ。無論それなりに才能があるからレベルは高いんだろうが、それでもクライス曰く俺の魔法関連の仲間の中では、才能に関して一番恵まれてないのは柊らしい。なのに春姫や上条兄妹と肩を並べているのは、尊敬に値する存在である、とのこと。去年の春の頃に比べて「春姫を越す」という拘りも多少薄まっているのも、柊の実力アップには繋がっているらしい。――多少薄まっただけ、だけどな。 そんなこんなで順調に進んでいると。 「ねえ、雄真」 不意に柊に話しかけられた。気のせいじゃなく、少々トーンは重め。 「アンタさ、春姫に何かしたの?」 「…………」 ストレートな言葉。思い当たる節は当然ある。……柊は気付いていたのか、春姫の異変。――隠す、というのは無理っぽいな。 「俺は何もしてないんだけど……正直、俺としても原因が思い当たらないだけに悩んでる。今朝からおかしいんだよな」 「昨日の夕方からよ」 「……え?」 昨日の……夕方? 「昨日の夕方、寮に戻ってきてからもうちょっと様子がおかしかったわ。何処か塞ぎ込んでるっていうか。聞いてみたけど何でもないって言うし。アンタ昨日、春姫を寮まで送らなかったわけ?」 「送ろうと思ってたんだけどさ、俺が腹ごなしとかしてる間に居なくなってたんだよ」 そうなのだ。昨日腹ごなしで散歩途中、琴理ちゃんと話して、その後姫瑠と話してたらもう春姫は学園から居なくなっていた。そんなに長い時間待たせたつもりはなかったんだが。 「寮での春姫ってどんな感じだったんだ?」 「精神不安定なのを隠そうとしているのがモロバレって感じ。他の人には隠せたかもしれないけどあたしには直ぐにわかったわよ。伊達に二年も親友やってないわ。――逆に言えば二年も付き合いがあってあんな春姫初めて見たわよ」 「……そっか」 事態はもしかしたら俺が考えている以上に深刻なのかもしれない。 「何かわかったら、また教えてくれるか?」 「それは別に構わないけど……ただアンタ、他にもあたし達に隠し事してるでしょ?」 「へ?」 「姫瑠のこと。――姫瑠が大会社の社長令嬢で誘拐犯に狙われてるかもしれないって話は聞いたけど、それとは別にアンタ姫瑠のことで何か悩んでない? あたしの感だけど」 「…………」 俺は言葉を失ってしまう。――そこまで見抜かれてたのか。 「別に無理して話せとは言わないけど……あたしで良かったら、いつでも話は聞いてあげるから。力になれるかどうかはわからないけど、聞いてもらえるだけでも違うでしょ」 「柊、お前……」 柊が友情に熱い奴だってのは知っていたが、こんな時に再確認させられるとは思わなかった。しかも俺が姫瑠に関して悩んでいることまで見抜かれていたのは本当に驚きだ。 「大体、考えとかはまとまってるんだ。――近いうちに、話すよ」 「そう、ならいいわ」 柊はいつもの調子でそう答えてくれる。――逆にそのいつもの感じが、俺に安心感をもたらしてくれた。 「――なあ、柊」 「? 何よ」 「ありがとな。お前、やっぱいい奴だわ。――俺、お前と友達でいて、出会えて本当によかったって思うよ」 「な」 その瞬間、はっきりとわかり易く柊の顔が赤くなる。 「なっ何言ってるのよこんなとこで! ば、馬鹿じゃないの!?」 「いやでも実際今そう感じちゃったからさ」 「だからといって口に出す必要はないでしょ!」 「えー、口に出さないとわからないことってあるじゃん」 「屁理屈言うな!! いいから行くわよ!!」 ズンズンズン、と柊は怒ったように行ってしまった。――なんだか、可愛い奴だな、あいつ。
「はい柊さん、小日向くん、お疲れ様」 ゴールのドアを越えると、成梓先生が笑顔で出迎えてくれた。 「何だかんだで結構疲れるな、これ……」 ふぅ、と俺は近くにそのまま座って息をつく。 「先生、あたし達の成績、どうですか?」 「そうね……うん、今までの中では一番いいかな。トップよ」 「よしっ!」 小さくガッツポーズを取る柊。っていうか俺らトップかよ。ちょっと驚きだ。 「まあ、この後に大物込みが二組ほど残ってるから、トップが守れるかどうかは彼女たち次第ね」 「む……」 先ほどの喜びは何処へやら、直ぐに険しい表情になる柊。――そうか、まだ春姫も姫瑠も残ってたな。 「でも……真沢さんは順調なんだけど、神坂さんは調子悪いみたいね。あまり途中経過でのポイントが良くないわ。体調でも良くないの? 彼女」 「……え?」 その先生の言葉に、座って休んでいた俺も立ち上がって近寄ってしまう。春姫の体調が悪い? 「体調が悪い、ってことはないと思うんですが……」 「そう。――パートナーと息が合わないのかしら。神坂さんはそういうの得意だと思ってたけど、意外ね」 「…………」 成梓先生の言葉に、俺は逆に言葉を失ってしまう。――調子が悪い? パートナーと合わない? 違う、そんなんじゃない。……間違いなく、今朝、いや柊曰く昨日の夕方から来てる、精神不安定からだ。 「――雄真」 「わかってる。――たとえ原因がわからなかったとしても、出来る限り気を配るから」 柊の表情が、先ほどとは違う理由でまた険しいものになっていた。察するに俺と同じ結論、不安に達したんだろう。 「あたしも、様子を見てもう少し話をしてみるわ。――あんたには話せないことっていう可能性もあるでしょうし」 「ああ、頼む」 そんな風に軽く今後に関して確認をしたその時だった。――ビーッ、ビーッ、ビーッ! 「……えっ?」 いきなり響き渡るサイレン音。何だ何だ、と思っていると、 『特殊モード解禁のスイッチが入りました。S級ターゲット射出します。作業員の方は十分に警戒をお願いします。繰り返します、特殊モード解禁のスイッチが入りました』 施設から聞こえてくるアナウンス。――特殊モード? S級ターゲット? 何のことだ? 「ちょっと……どうなってるの? どうしてS級ターゲットなんか射出されるわけ?」 成梓先生の表情も一気に険しくなる。――次の瞬間。 『各ドア、ロック作業完了しました』 ピーッ。――サイレンとは違う、作業完了音と思われる音が響く。 「な――ちょっとっ!!」 成梓先生が急いでドアに近付いて開けようとしたが、アナウンス通りドアがロックしたようで、開く様子は見られない。――って、よくわからないけどマズイんじゃないのかこれ!? 「メンテナンスは……小清水先生ね……!!」 ばっ、とその身を翻して走り出す成梓先生。 「先生、待って下さいっ!」 急いで後を追う柊と俺。 「あのっ、どういうことなんですか!? S級ターゲットとか、何とか!!」 走りながら尋ねてみた。 「この施設はかなり上位の魔法使いでも色々な演習が出来るようになっているの。S級ターゲットは、上位魔法使いの集団演習用のターゲット。まともに相手するには、Class
Aの実力者が最低でも五人は必要。――そのS級ターゲットが、施設内に射出されてる」 「な」 現在、施設の中に残ってるのは、姫瑠のペア、春姫のペアと他一組位だろう。――Class
A五人分の戦力指数には無論満たない。 「おまけに入口出口のドアまでロックされる始末。――流石に急がないとマズイのよ」 そう言い切るとスピードを上げる成梓先生。……足早いなこの人。俺も柊も付いていくだけで精一杯だぞ。 そんなこんなで、施設のコントロール室前に着くと、 「成梓先生っ! 何があったんですか!?」 そこに居たのはおそらく俺達と同じくほぼ全力で走ってきたであろう、息を切らしている相沢さん。異変に気付いて一人駆けてきたらしい。 「私もわからないわ。――とにかく、小清水先生の所へ」 バン、と思いっきりドアを開け、俺達はコントロール室に入る。中の小清水先生は青い顔でうろたえていた。 「小清水先生! 一体どういうことなんですか!?」 最初に詰め寄ったのは成梓先生。俺達は先生同士のやり取りを傍聴する形と自然となった。 「そ、それがわからないんだよ……急にS級ターゲットが射出されてしまって、私としてもどうしたらいいか……とりあえず、ドアはロックしておいたんだが」 「――は!? ドアのロックはエラーじゃなくて、小清水先生がやったんですか!?」 「あ、ああ。表の生徒に被害が出ないようにと思って」 「何考えてるんですか!? 中に居る生徒はどうなるんですか!? 表の生徒は我々で守ればいいことでしょう!? 生徒を守るのが教師の役目なんですから!!」 「し、しかしだね、被害を最小限に」 「最小限だったら一人位被害にあっても構わないとか言うつもりなんですか!? その傷ついた一人はどうなるんですか!? 先生が後生面倒見る覚悟でもあるんですか!?」 「そ、それはだね、しかし」 「ああっもうこの役立たずの薄らハゲがっ!! いいからどいて下さい!!」 ドン、と跳ね飛ばすように小清水先生を退かし、コンピューターを弄る成梓先生。――跳ね飛ばされて更にうろたえる役立たず薄らハゲこと小清水先生。 「……成梓先生って、凄えな」 「……うん」 などという緊張感のない感想がつい漏れてしまう俺達。先輩の先生に向かって役立たずの薄らハゲですか。 「――よしっ、非常口が一つだけ開いてる!」 パッ、と勢いよく成梓先生は立ち上がる。 「あなた達三人は皆にこの状況を説明して、施設から離れさせて。それから、出来れば御薙先生を呼んできて欲しい。御薙先生が居なかったら、助手の子でもいいわ。瑞波さん、って言ったかしら」 「待って下さい先生、あたしも先生と一緒に行きます!」 そのまま一人で走って行ってしまいそうな成梓先生を、柊がそう言いながら食い止める。 「さっきの先生の話だと戦える人間は一人でも多い方がいいはずです」 「私も柊さんと同じ意見です。足手まといにはなりません」 「俺もです。中に怪我人でもいたら運ぶ係も必要でしょうし」 俺達の言葉に、成梓先生の表情が少しだけ和らぐ。 「ありがとう。――その言葉だけ、受け取っておくわ」 「先生!」 「私はね、教師なの。――自ら生徒を危険にさらすような真似は出来ないわ。……だから大丈夫。皆は戻って――」 「成梓茜(あかね)」 え、という思いが一瞬過ぎる。――成梓先生の言葉を途中で遮ったのは、他の誰でもない、俺の背中のクライスだった。 「気持ちはわからんでもないが、もう少し冷静になれ。それでは「あの日」の貴行と何も変わらんではないか。同じ過ちを繰り返すつもりか?」 「…………」 どうしていいかわからなかった俺は、とりあえずクライスを持ち、成梓先生の前に出す。呆気に取られたような表情を見せる成梓先生。 「生徒を守るのが教師の仕事だと言うのなら、生徒を信じるのも教師の仕事だろう?――貴行は一人ではない。人は、守るべき存在に守られて生きているものだ。――そうだろう? 成梓茜」 どうしよう。何だこれ。――いくらワンドが勝手に喋りましたとはいえ、教師に向かって上から目線で語るワンド。俺の減点対象になるんじゃないか、と冷や冷やしていると。 「――相変わらず、人を冷静にさせるのが上手いわね、クライスは」 ふぅ、と成梓先生は力を抜いて軽く笑った。――って、 「え!? 知り合い!?」 「まあな」 まあなって。お前どんだけ友好関係広いんだよ。 「小日向くんは知らないのね。――私は瑞穂坂学園のOG。学生時代、色々あってね。最初小日向くんがクライスを持っているのを見た時は驚いたわ」 「そういうことだ。――そのうちお前にも昔の学園の話でもしてやろう」 「さいですか……」 相変わらず恐ろしい奴だ。俺がどれだけ実力をつけても、コイツとは肩を並べられない気がする。色々な意味で。 「さて昔話は後でいくらでも出来るわね。――急ぎましょう、非常口へ」 「はい!」 返事をして、さて突撃、と思っていると―― 「雄真。――お前は行くな」 そのクライスの一言で、俺の足が止まる。 「クライス? 何でだよ、俺だって中が心配で――」 「だったら行くな。――今のお前では足手まといにしかならん」 「足手まとい」――その言葉に、ズキン、という心臓に、痛みが走ったような感覚、衝撃。 「で――でも、Class
Aが五人は必要なんだぞ!? いざとなればマインド・シェアを使えば」 「察するに、今回は恐らく持久戦になる。――あれは短期決戦用、もしくは単独行動時、緊急の際に使う技だ。今回使用した所で最終的には足を引っ張る形になる。それに――」 クライスが、一呼吸おく。そして。 「――マインド・シェアに、溺れるな。自惚れるな」 「――っ」 決定的な一言。――俺は何も言えなくなってしまった。心の何処かであの技に頼っている箇所があったんだろう。クライスに、それを見抜かれていた。だから、 「――悪い。俺は、皆と一緒には行けそうにない」 そう告げるのが、精一杯だった。――情けなくて、悔しかった。 「雄真……大丈夫。アンタの気持ちは、痛いほどわかるから」 「小日向くん。あなたの気持ち、無駄にはしないわ。必ず、中のみんなを助けてくるから」 俺の気持ちを汲み取ってくれた柊と相沢さんが笑顔でそう言ってくれる。――そうだ。俺は、成梓先生と、この二人を信じるしかない。 「成梓先生。俺、御薙先生と楓奈、探してきます」 「ええ。――さ、二人とも、いくわよ!」 「はい!」「はい!」 その返事を封切りに、俺は単独魔法科校舎へ、成梓先生と柊と相沢さんは再び施設の中へと走って行ったのだった。
<次回予告>
「逃げなきゃ……!! 真沢さん、早く、逃げようっ!!」 「待って。――戻らなきゃ」
シミュレーションホール異常発生、閉じ込められた姫瑠、春姫達。 過酷なサバイバルが始まろうとしていた。
「そうじゃないの! 春姫ちゃん、今日調子が悪いみたいなの」 「――えっ?」
そんな中でも蝕まれていく春姫の精神。 果たして無事に帰還することが出来るのか!?
「でも、このままじゃ姫瑠ちゃん怪我だけじゃ済まなくなっちゃうよ! あんなの一人じゃどうにも出来ない!」
そして、歪みは更に事件を佳境に追い込んでいく――
次回、「彼と彼女の理想郷」 SCENE
13 「姫達の背水の陣」
「春姫……どうして」
お楽しみに。 |