「――結局足取りは掴めないまま、か」 とあるビルの最上階のとある一室。――数名の男達が、真剣な面持ちで話し合いをしていた。 「日本に来ていた「ナンバーズ」の消息もわからないらしいじゃないか。最悪合流されている可能性も」 男達のうちの一人が、焦ったように言う。 「いや――可能性、と言うよりも、最早合流された。そう考えた方がいいだろう」 そう冷静な面持ちで言う男が、この話し合いの中心――つまり、リーダー格のようだった。 「我々が手を出すのは難しくなる……ということになるのか」 「いや、そうとも限らんさ」 そうリーダー格の男が言うと、部屋にノックの音が響く。 「入れ」 ガチャッ。――ドアが開くと、更に一人の男が、一人の女を連れて部屋に入る。 「連れてきました」 「ああ。――お前は部屋を出ていろ」 「失礼します」 女を連れてきた男が部屋を後にする。 「お前が、『氷炎(ひょうえん)のナナセ』だな?」 「そうだね、業界ではそう呼ばれてるよ」 「驚いた。――まだ若い女じゃないか」 男のうち一人がそう漏らしたように、『氷炎のナナセ』と呼ばれた女は、恐らく年齢は二十五、六位。美人、と呼ぶに相応しい顔立ちとスタイルの持ち主だった。この何とも言えない雰囲気の部屋の様子を見ても、動じる様子は見られない。 「悪いかい? 若い女が名前轟かしてたら。むしろ魔法の業界なんだ、女が名前轟かせてて当然じゃないのさ」 「…………」 言い包められ、男は反論出来なくなる。――『氷炎のナナセ』という異名の魔法使いの名は、業界では結構な知名度を誇っていた。 「それで? こんなところにあたしを呼び出して、何の用件だい?」 「君の実力を見込んで、仕事を一つ頼みたい」 リーダー格の男が、手元にあった一枚の写真を『氷炎のナナセ』に手渡す。 「「MASAWA
MAGIC」社長、真沢元志朗の一人娘、真沢姫瑠だ」 写真に写っているのは――姫瑠だった。 「有名所のお嬢さんじゃないか。で? この娘をどうしろと?」 「誘拐して、極秘で我々の元に連れてきてもらいたい」 その言葉を聞いた瞬間、『氷炎のナナセ』は呆れ顔で軽くため息をつく。 「成る程ね、そりゃこんな陰険な部屋で会議するわけだ。あたしに正々堂々と犯罪を要求してくるのはあんたらが始めてだよ」 「報酬は前金で五百万、成功で更に一千万」 そう言うと、スッとテーブルの上に五百万の数字が書かれた小切手をそのリーダー格の男は置く。 「もしも――断る、と言った場合は?」 「それは、君の想像に任せよう」 視線を交わす。「断るようなら、この場で消す」――そう、言っているように見えた。 「わかった、引き受けようじゃないのさ」 『氷炎のナナセ』はテーブルの上に置かれた小切手を拾う。臆した様子はなく、その表情には時折笑みさえ見えた。 「これが資料だ。期限等に関しても全てその中の資料に書かれている」 続いてテーブルの上に置かれたのは書類等がよく入れてある大きめの茶封筒。中には姫瑠に関する資料が入っていた。チラリ、とだけそれを確認すると『氷炎のナナセ』は直ぐに封筒内に資料を戻す。 「おい、本当にこの女に頼むつもりか?」 と、そこで一人の男が口を挟む。 「信頼してくれなくても一向にあたしは構わないけど――少なくとも、アンタみたいな小太りの中年よりかは立派に動けるつもりさ」 『氷炎のナナセ』がスタスタ、と発言をした男の前に立ち、ニヤリと笑い、指で軽く男のあごを持ち上げた。 「っ、貴様、馬鹿に――うん?」 不意にピキピキ、という音が鳴る。――そしてその直後。 「う……うわああああ!?」 男の両足が、氷で固められ、動けなくなっていた。――無論、彼女の魔法である。詠唱抜きでの魔法。彼女の実力を示すには十分だった。 「な、何をするんだ貴様っ! 早く、早く元に戻せ!」 「安心しなよ、そいつは魔法で作った代物だからね。五分か十分位したら勝手に溶ける。――それじゃ」 不敵な笑みを見せると、『氷炎のナナセ』はその部屋を後にした。 「くそっ、くそっ!!」 足元を凍らせられた男が必死になって氷を何とかしようとしている。 「――奴の実力はわかったが、それでも大丈夫なのか? 仮にもナンバーズがもうついているんだろう? 確認出来ただけでも二人、もしかしたらもっと増えているかもしれない。あの女一人では」 「勿論、手はあの女だけじゃないさ」 もう一人、冷静な面持ちで様子を伺っていた男の意見に、リーダー格の男はそう答えたのだった。
彼と彼女の理想郷 SCENE 9 「Sweet & bitter
princess」
「――にしても、昨日は濃い一日だったなあ」 朝食時、普通の風景に戻ったリビングを見て、俺はそう呟いてしまった。いきなり襲われるかと思えば姫瑠の父親は来るわお付の人は来るわ姫瑠の友達は来るわ全員で晩飯食うわ。 普段よりもかなり長い時間を要した昨日の晩御飯。終了後、全員で片付けた後、姫瑠の父親、ナンバーズの三人、姫瑠の友達の琴理ちゃんはとりあえず一度小日向家を後にした。 「――「ISONE
MAGIC」か」 不意に、帰り際の光山さんの言葉を思い出してしまう。
『――あまり君や姫瑠お嬢様を不安にさせるようなことは言いたくはないんだが、言っておかない方が危険だから言っておくよ。――「ISONE
MAGIC」の奴らが不穏な動きを見せている』 『「ISONE
MAGIC」……?』 『ウチのライバル会社さ。表向きはウチと同じで普通の魔法関連の会社なんだが……裏ではあまりよくない噂が流れてる。犯罪組織と繋がってるだとか、海外の軍隊と繋がってるだとか、ね』 『それが、俺や姫瑠にどう関連してるんです?』 『姫瑠お嬢様が家出して消息不明になったという話が向こうにも伝わっているようでね。姫瑠お嬢様のガードが甘い今、お嬢様を誘拐して、取引きに利用しようとしているという情報が出てる』 『……本当ですか』 『ああ。――でも安心して欲しい。それを防ぐ為の僕ら「ナンバーズ」だからね。姫瑠お嬢様の所在が確認出来た今、警護・警戒は完膚な体制ですることが出来るし、防ぐ自信が僕らにはある。君たちに話すのはあくまで念の為、だ。――出来れば、君の信頼出来る友人あたりにも話を通してもらえるとありがたい。不審人物を見かけた、とかの情報は欲しいからね』 『わかりました、俺の仲間には話通しておきます』 『宜しく頼む。――もっとも、君がいればお嬢様は安全の気もするけど』 『えっ?』 『報告は受けてるよ。――ウチのタカとクリスのツーマンセルを一人で相手にして、しかも優勢な状況に持ち込んだんだろう? あの二人のツーマンセルは相当な物なんだけど、それをまだ若い君があっさりと破るとはね。流石に驚いた』 『ああ、いやその、あれは』 『どんなトリックがあるのかは知らないが、いざという時はその力で姫瑠お嬢様のことも宜しく頼むよ』
姫瑠の誘拐計画。――なんとなく実感は沸かないが、やっぱり姫瑠は大会社の社長令嬢なんだな、と再確認させられてしまった話だった。 「雄真くん、朝食の準備、出来たみたい」 「――え? ああ、今行く」 つい思い耽っていたらしく、ちょっと返事が遅れる。 「もしかして――昨日、光山さんに言われたこと、考えてた?」 「あー、うん、ちょっと」 誤魔化せそうにないので正直にそう言う。 「その……ごめん、ね。私のせいで」 「謝るなよ。姫瑠が悪いわけじゃないし」 色々あるが、それは断言出来る。今回の不安は、単に姫瑠を誘拐しようとしてる奴らが悪い。姫瑠に非などあるはずもない。 「それに、何だかんだで俺の仲間達はハプニングに強いから。頼りにしてていいぜ。今度武勇伝を聞かせてやるよ」 気にするな、というのは無理な話。だったら、不安を少しでも消せるような話をすればいい。――事実俺達何だかんだで色々洒落にならないことやらかしてきたわけだし。 「ありがと。――いざとなったら雄真くんの必殺技もあるもんね。驚いちゃった! 魔法始めたばっかって言ってたのに、ナンバーズ二人相手に余裕なんだもん!」 「あー、いや、それはその、除外の方向で」 所構わずマインド・シェアを使うわけにもいかないし。忘れちゃいけない、あれは危険な技。 「――そうだ! 万が一のことを考えて、今日から何処へ行くにも雄真くんにピッタリ寄り添って移動することにする」 「待てそれはお前がそうしたいだけだろ!? 今までの俺の説明聞いてなかったのかよ!? 俺の仲間を信頼しろ!!」 「まずは、腕を組んで登校から始めよう?」 「だから一人で突っ走るなー!!」 直ぐにいつものやり取りに戻る俺達。――こんな感じのまま、無事に姫瑠との生活が平和に終わればいいんだけどな……
「琴理ー、こっちこっち!」 少々時間が過ぎて学園放課後、やっぱりいつものOasis。最初から約束していたようで、琴理ちゃんがOasisへやって来た。姫瑠曰く、日本での姫瑠の生活を紹介したいらしい。 「わあ……姫瑠ちゃん、学園の制服、とても似合っていて可愛いですね」 「えへへ、ありがと」 そういえば、アメリカには学校に制服とか無いんだっけ。――そのまま、ここにいる俺と姫瑠以外のメンバー(春姫・柊・準)に礼儀正しい挨拶と自己紹介を琴理ちゃんはした。 さてこのメンバーで何故にOasisに集まっているのかと言えば、理由は簡単。どうやら今日は例の春姫対姫瑠の五番勝負の第三回戦の内容を決めるらしい。何気に立ち会うのは初の俺。 「――あれ? ねえ準、ハチも呼んだの?」 姫瑠の視線を追うと、Oasis入り口にはハチの姿。 「あたしは呼んでないわ。――野生の本能で嗅ぎ付けたのかしら」 などと適当なことを言っていると、ハチが俺達を見つけてしまった。――その瞬間。 「おおおおおおおおおお!!! 美少女発見っ!!!」 「えっ? あ、あの?」 琴理ちゃんの姿を見るや否や、猛スピードで琴理ちゃんの前へ。 「初めまして! 俺、高溝八ぬぐおおぅ!?」 「馬鹿ハチ! 琴理が怖がってるじゃない!!」 危険人物と認定され(前からか)、自己紹介の途中で姫瑠に魔法でぶっ飛ばされるハチ。 「ちょっ、変な顔でこっち飛んでこないでよハチ!!」 「ぐふぉおっ!?」 飛ばされた先にいた柊に更に魔法を撃たれ別方向へ飛ばされるハチ。 「って、春姫危ない!」 「ぬごわぁあ!!」 飛ばされた先にいた春姫を守る為に俺に魔法を撃たれ、更に別方向に飛ばされるハチ。 「タマちゃん、ゴー♪」 「ぶひゃああぁぁぁぁぁ……(キラーン)」 更に理由はわからないが小雪さんに追い討ちをかけられお空の星となるハチ。――いや、何故小雪さんまで攻撃しないといけなかったんでしょう。相変わらずいつからいたかわからないし。……まあここはとりあえず、何だ。 「琴理ちゃん、何も見なかったことにしてくれ。っていうか今何かあったのか?」 「ううん、何もなかったよ雄真くん」 「そうね、何もなかったわね」 「あたしも決して魔法なんて使ってないわ」 「……流石に高溝くん、可哀相なんじゃ……」 ああ、やっぱり春姫だけは良い子さんでした。……でもまあ確かにここで春姫もどうでもいいとか言い出したらそれはそれで怖いかも。 「さてと、それじゃ仕切り直しで、第三回戦の対決の内容をくじ引きで決めたいと思いま〜す。――折角だから雄真、あんた引いてみる?」 「俺が?」 柊にスッと目の前に箱を差し出され、勢いでそのまま手を入れる。 「雄真くん、私が得意なの! 得意なの引いて!」 「無茶言うな……大体ダンス以外でお前が得意なのなんて知らないし」 「私、あれも得意。●ル●ルランド」 「古っ!! お前一体今いくつなんだよ!? っていうかそんなの書いた紙が入ってるわけ――」 「あ、一応入れてあるわ」 「あるのかよ!?」 やけに紙が沢山入ってると思ったら、どんなに幅広いジャンルの対決用意してあるんだよこれ……物凄い怖いんですけど。出来ればまともな対決を!! 「じゃ、じゃあこれ」 奥の方から一枚取って、柊に手渡す。 「それでは発表します! 第三回戦の対決内容は……『ケーキ作り対決』に決定しました!」 「おお」 まともだ。至極まともだ。実に女の子っぽい対決だ。一安心。チラッと春姫を見ると、「うん」といった感じで笑顔で頷かれた。これは自信アリと言ったところか。確かに料理が出来る春姫はデザートも上手に作る。苺スイーツ大好きっ子だから自らも苺のスイーツを作るし。 「うおおおおお……姫ちゃんの、姫ちゃんの手作りケーキが拝めるのか〜!!」 横ではハチが感動の声を挙げて―― 「いや待てお前、復活早すぎだろうどう考えても」 姫瑠と柊と俺と小雪さんの攻撃を連続で受けてもう復活してるし。どんな回復力だ。 「ぜひ一度、高溝さんの体で人間はタマちゃんの連続アタックに何発まで耐えられるか試させて下さいね。――それでは皆さん、ごきげんよう」 「いや小雪さん、その実験結果何に使うつもりですか……って行っちゃったよ」 小雪さんは結局ハチにタマちゃんアタックを当てただけで去っていった。――というか実験って明らかに一発が限界な気がするんですが。 「……むぅ」 ――と、複雑な表情をしている人が一人。姫瑠だ。 「姫瑠、どうし――」 どうした、と聞こうとして俺は躊躇する。――そうかこいつ、料理出来ないから今回のケーキ作り対決が不利なのを悟ってのリアクションだったんだな。そりゃあんな表情にもなるか。石炭だし。よし、ここは…… 「姫瑠、落ち着いて俺の話を聞いてくれ」 「え……? 雄真、くん?」 俺は両手でそれぞれ姫瑠の肩を持ち、真正面から姫瑠を見つめる。そして―― 「今回は、諦めて棄権しよう。姫瑠にケーキは無理だ。石炭作り対決なら勝機が――痛っ」 「なーにーがーいいたいのかなー、ゆーうーまーくーん?」 姫瑠が満面の笑みで俺の右の頬を手でつねってきた。――怖い。凄い怖いです。 「わ、わかった姫瑠、出たいのなら俺は止めない。ただ条件として、救急車と医者を用意――イタタタタタタ!!」 「やけに今日は突っかかってくるよねー、ゆーうーまーくーん!?」 気付けば俺の左頬にも姫瑠のつねりが加わっている。 「ちょっ、待て、実際昨日お前の親父さんが危ない目に――痛い、マジで痛いってばお前っ!!」 「余計なこと言うからでしょっ!? いいもん、頑張って美味しいケーキ作ってみせるから!」 しばらくしてやっと姫瑠は俺の頬を離してくれた。ああ痛かった。――で、 「……ふーん」 気付けば準が何ともいえない表情で俺を見ていた。 「? どうした、変に跡が残ってるとか?」 「ううん、そうじゃなくて……雄真と姫瑠ちゃん、凄い仲良いじゃない、と思って」 「――へ?」 つい俺はマヌケな返事をしてしまう。俺と姫瑠の仲が良い? 「何て言うのかしら。最初の頃よりも「お互い」一歩踏み込んだ感じ? 傍から見たら恋人同士みたい」 「ぶっ」 こいついきなり何を!? 「え……ホント!? 私と雄真くん、恋人同士に見える? やったー!! 雄真くん、私達今日から正式に恋人同士っ!!」 「待て待て待て待ていお前また話飛ばしてるよ!! 何をどう引っくり返したら正式に……っていうか抱きついてくるなー!!」 姫瑠は先ほどの不機嫌が嘘のように俺に満面の笑みで抱きついてくる。――そして。 「ふふっ、準さん、今のコメント、何処までが本気なのかな?」 「え――」 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。――同じく満面の笑みの春姫から、鬼神の如くの気迫が。普通っぽい口調とコメント内容なのが逆に怖過ぎる。 「ちっ、違うの春姫ちゃん! あ、あたしはね、その――」 準にしても失言だったようで相当動揺している。そりゃそうか、俺なんかは春姫の気迫は多少は慣れたけど準はダイレクトに喰らうのは初かもしれないしな。 「ふふっ、それに雄真くん、いつまでそうしているつもりなのかな?」 「あ」 ドドドドドドドドドドドドドドドド。――そういえば姫瑠に抱きつかれっぱなしでした。……前言撤回。慣れません。全然慣れません。超怖いです。 それから俺と準はそこに居残りで、春姫に、その、何だ。――チーン。
「雄真くん」 さて帰ろうか、と思ったところで姫瑠に呼び止められた。 「何だ? 流石に一緒に帰ろうとかは俺今日が命日になるから嫌だぞ」 準との一緒の居残りは本当にきつかった。あれは準もトラウマになるに違いない。 「そうじゃなくて、相談があるの」 「相談?」 「うん。――ケーキ作りが上手い人、紹介してもらえないかなって思って」 「ああ――成る程な」 対決当日までに方法を覚えて特訓がしたい、という意味合いだろう。真正面から何とかしようとするあたりは流石だと思う。少々真面目な顔で頼まれるとこちらとしてもそれなりの態度で対応せざるを得ない。 「出来れば、春姫よりも上手い人――個性的なケーキが作れる人がいい」 「難しい注文だなおい」 「だって、今の私じゃ普通に特訓したって春姫には勝てないもん」 「まあ、そりゃそうだけど」 確かに俺の周りにはケーキが作れる人なら沢山いる。手始めに思いつくのはすもも、かーさん、準。だがこの三人、春姫に負けてるとは言わないが勝っているとも思えない。それぞれ大差のない実力者だ。三人のうちの誰かに教わったところで姫瑠が春姫を越えられる確率はゼロ。そうなると、今挙げた三人以外の誰か、ということになる。 「ふーむ、それじゃ実力未知数の人たちをちょっと当たってみるか」
「ケーキ? うーん、作れるけど、そんなに特別なものが作れるわけじゃないかも。きっと春姫ちゃんの方が上手だと思う」 「そっかあ、楓奈も駄目か」 「ごめんね姫瑠ちゃん。和菓子なら色々凝ったの作れるんだけど」 「へー、楓奈の和菓子か。美味そうだな」 「あっ、雄真くんは和菓子好き?」 「おう、甘すぎなければ俺は結構いける口だ」 「本当? それなら今度、何か作ってきてあげようか?」 「マジで? 楓奈の手作り和菓子ならぜひ――ぐえっ!? ちょっ、何だ姫瑠!? いきなり引っ張るなよ!?」 「雄真くん、話題がそれてる!! 今はそんな話しにきてるんじゃないの!!」 「いや、ちょっ……首っ!! 首絞まってるから!!」
「個性的なケーキ、ですか……」 「はい、小雪さんは何か作れませんか?」 「……個人的にここへ尋ねてくるのは物凄い不安な感じがするんですが、俺。っていうか小雪さんカレーしか作れないでしょ。カレーは確かに絶品ですが」 「雄真さん、案外失礼ですね……私だってカレー以外の品物作れますよ?」 「小雪姉さんを舐めたらアカンで〜?」 「そうだよ雄真くん、小雪さんに失礼だよ!」 「……あー、そうかもですね。すいません。――で? どんなケーキが作れるんですか?」 「それでは材料からご説明しますね。――まずは、タマちゃん二十体」 「アウトー!! 最早材料の時点でアウトですからそれ!! タマちゃんケーキなんて怖くて食べられません!!」 「そうですか、残念です……折角精力増強の効果もありましたのに」 「何故その台詞を俺に向かって言いますかあなたは!?」 「よし姫瑠、そのケーキで行くんだ。春姫との勝負に負けてもそのケーキを食べた雄真が貴行を求めてくるやもしれんぞ。要は雄真が貴行に傾けばよいのだろう?」 「お前は黙ってろこの変態ワンドがあああ!!」
「あっ、杏璃、丁度いい所に!」 「よくねー!! 全然丁度よくねー!! 一番聞いちゃいけない人間だあいつは!!」 「何の話してるんだか知らないけど……何かムカつくわね」
「雄真殿、熊狩りの件だが、今度の日曜でどうだろう」 「いやいやいやいや何の話しに誰のところへ来てるんだ俺達!?」
……そんなこんなで色々歩き回って、最後にたどり着いたのがここ、閉店直後のOasisの厨房だった。 「で、二人で駆け落ちの相談をしに私のところへ来た、と。うんうん、この私に任せておきなさーい」 「違います!! 断じて違います!!」 さて、今俺らは誰に会っているかを説明しておくことにする。――この人の名前は沖永 舞依(おきなが まい)さん。去年の秋位からパティシエールとしてOasisに在籍。まだ確か二十一歳とかいう話だがその腕はかなりのもので、かーさん曰くこの人が来てからというものOasisのケーキの売り上げは伸びる一方らしい。 「それじゃ、ちょっと奥さん、一旦コマーシャル入れるからね」 「入れなくていいです! 生電話してません! おもいっきりしてません!」 更に言うならば、かーさんととても気が合うらしい。……物凄いわかる気がする。 「えー、だってそういう相談じゃないの? あんたらの話は色々噂で聞いてるからさ、それ以外思い浮かばないんだけど」 「とりあえずこっちの話聞いて下さい……」 俺は掻い摘んで事情を説明する。 「つまり、最終的なことを言えば、生クリームプレイがしたいと。やるねえ若旦那」 「おお、鋭いな貴行。中々マニアな路線を知っている」 「全然違えー!! わかってて言ってるでしょ舞依さん!! てかクライス黙れ!!」 舞依さんはあははは、と笑うと俺の肩をポンポン、と叩く。 「ごめんごめん。ついからかいがいがあったから」 「お願いしますよホントに……」 「えーと、ケーキ作りの特訓がしたい、と?」 「はい! なんとかお願い出来ませんか……?」 結局俺が考えた最終的な結論として、春姫よりも腕がいい人で思いつくのはこの舞依さんしかいなかったのだ。姫瑠も真剣な表情で頼んでいる。 「――うん、私でよかったらいいよ。お店終わった後でよければ」 「ホントですか? ありがとうございます!」 「いいっていいって。色々面白そうだしねえ」 「その後半の理由が余計です……」 で、まあ、個人的なことを言えばこうして弄られるのもわかってたんで、あまり頼みたくなかったというか。 「それで? 具体的にどの位経験があるの?」 「あの、その……ケーキ、作ったことなくて」 「おやまあ。それじゃお菓子作りは?」 「その……ありません」 「……えーっと、それじゃ料理は?」 「……えっと、その」 「牛肉コロッケという名の石炭を先日――ぐえっ!?」 「雄真くんしつこい!!」 だが、そんな俺達のやり取りは、姫瑠の実力を十分に舞依さんに知らしめることが出来たようで…… 「…………」 舞依さんの表情から、笑顔が消えていた。 「――彼女、もしかして杏璃ちゃん系統?」 「現時点ではもしかしなくても」 その俺の答えを聞いて、舞依さんがはぁ、とため息をつく。 「この先二、三ヵ月後の勝負っていうならどうにでも出来るけどね……決戦が目の前に迫ってその状態は流石に私が何しても厳しいかな……春姫ちゃん、ケーキ作れるんだよね?」 「食わしてもらったこと多々ありますが、かなり美味いです」 「あらら。――まいったね、これは」 つまり、プロの目からしても、勝機はない、と。 「姫瑠、今回ばかりは本当に無理じゃないか? 運が悪かったと思って諦めるってのは」 「それは嫌。絶対に諦めない。戦う前から逃げるなんて有り得ない」 「気持ちはわかるけどさ……今の姫瑠じゃ」 「じゃあ、もし次のケーキ対決で私が勝ったら、私にキスしてくれる?」 「……へ?」 次の勝負、姫瑠が勝ったら俺が姫瑠にキス…… 「――はい!? 何でそんな話に!?」 「その代わり、私が負けたら雄真くんの言うことなんでも一つ聞くから」 「いや、ちょっと待てよ、お前」 「いいでしょ、絶対私が負けるんだったら約束してくれたって」 「…………」 姫瑠の目は本気だった。意地になってるのもあると思うが……これは説得しても聞いてくれそうにないな。――仕方ない。 「わかった、その条件でいい。お前が勝ったら俺がお前にキス、お前が負けたら俺の命令一つだけ何でも聞くんだな」 「うん。約束だからね!」 「ああ……」 約束してしまった。――まあでもどんなに頑張っても姫瑠は勝てないだろう。プロもそう言ってるわけだしな。――穏便に終わる俺の命令でも今のうちから考えておくか。 「それじゃ、舞依さん……いえ師匠!! 宜しくお願いします!!」 「おお、任せなさい我が弟子よ!! 目指すはハーレムエンドよ!」 「最初から目的が違え!?」 今になって俺は思う。――俺が舞依さんを紹介した時点で俺のミスだった、と。 至極まともな勝負だと思われたケーキ対決は……一瞬にしてまともじゃなくなってしまった。頼むから穏便に終わって欲しい……
<次回予告>
「アチョオオオオオオォォォォ!!」
ケーキ作り対決に向けて、特訓を開始した姫瑠。 果たして特訓の成果は!? 彼女の実力は!?
「なんていうか……スポンジが凄い滑らかというか、あまり食べたことのない感じ……?」 「おっ、案外やるねえ。気付いたか」
圧倒的に不利かと思われていた姫瑠だったが、愛の力は巨大!? 対決本番、彼女のケーキに奇跡は起こるのか!?
「いや、いちいちそんなことで頭下げないで。――俺に何か用?」 「はい。――少し、お時間頂けないでしょうか? 小日向さんに……その、お話がありまして」
更に、雄真を尋ねてくる、意外な人物とは――
次回、「彼と彼女の理想郷」 SCENE
10 「キレイな愛じゃなくても」
「――そこまで真面目なリアクション取られても、なんだかなあ、って感じなんだけど」
些細な風景から、感情は走り出す。 喜びも愛しさも、切なさも悲しみも。
お楽しみに。 |