「えー……おほんおほん。瑞穂坂に行きたいかー!!」
「おー!!」
 ごく一部がよくわからない盛り上がりを見せていた。――本日はついに開幕、春姫と姫瑠の五番勝負の第一回戦、クイズ対決。場所は占い研究会の部室だ。
「まったく……昨日から何やら準備しておると思ったら、こんなことを」
「……そう言いつつ見物には来るんですね伊吹さん」
「好きで来ておるのではない! 私は研究会の部員なんだから部室に来るのは当たり前であろう!」
 というか、この五番勝負になっちゃった原因の一部がお前にあるってわかってますか、伊吹さん。
「はい、司会はわたし、小日向すももが担当させていただきます」
 結局我が妹はノリノリでした。――裏切り者め。……で、
「解説を担当する、上条信哉だ」
「待てい信哉、お前そこで何してる!?」
「安心なされよ雄真殿、この場所に座るからには公平な目で解説いたそう」
「そういうことを言ってるんじゃねええぇぇ!!」
 何故クイズの解説を信哉に頼む!? 大丈夫ですか開催者!?
「それでは、占い研究会の部長であり、この部屋の責任者である、高峰小雪さん、開会の挨拶をお願いします」
「えー、本日はお日柄もよく――」
「何の挨拶ですか小雪さーん!! お願いだからさっさと進めて下さい!!」
 俺としては一刻も早く終わらせてしまいたい。何なんだこの企画は。
「では本題に入ります。――雄真さん……あなたのお母さん、見つかりました」
「何の話!? 人生バラ色!?」
 っていうか既にもう見つけてます。――いやそんなことはどうでもいい!
「小雪姉さん、これはクイズやで〜?」
「そうでした……ならこちらで。――スーパー雄真さん人形」
「俺は世界の不思議を発見するつもりはありません!!」
 っていうか俺は司会者でも解答者でもない!! ある意味被害者なんだ!!


彼と彼女の理想郷
SCENE 4  「多分、初めてのおつかい」


「簡単にですがルールを説明します。今からわたしの兄、小日向雄真に関する問題が出題されます。解答方法は早押し。先に十問正解した方の勝利です」
 まあつまり、どれだけ俺のことを知ってますか、というわけか。――客観的な目で見ても春姫が有利だな。姫瑠は今の俺を全然知らないわけだし。……ちなみに当の二人は解答席で火花を散らしております。
「それではいきますよ〜? クイズ、小日向雄真で〜?」
「ゴー!!」(←雄真、伊吹、姫瑠、春姫を除く全員)
「何この結束力!? いつ打ち合わせしたんだよお前ら!?」
 柊や準とかはともかく、上条さんまで一緒なのは新鮮だった。――いやどうでもいいぞ俺!
「では第一問。小日向雄真が学園に通う道の途中にある洋菓子屋「ベコリン」、ジャンボシュークリーム一個のお値段はいくらでしょう?」
「スタート問題からいきなり俺ほぼ関係ねえ!?」
 何その横通ってるだけって。俺食べたことないしそれ。
「続いて第二問。この問題は瑞穂坂に御住まいの高峰小雪さんから頂きました」
 滅茶苦茶近い人からの提供だなオイ。
「えーと……『私、高峰小雪と雄真さんが初めて夜の関係を持ったのはいつでしょう』」
「事実無根だよ!? 持ってないから!!」
 というかそんなに俺と怪しげな間柄になりたいんでしょうかあの人。
「第三問。この問題は瑞穂坂に御住まいの上条信哉さんから頂きました」
 解説者が提供ってどうなんだろう。
「問題です。――『我が妹、沙耶が最近挑戦した職業の衣装は次の三つのうちどれか? 一番・パンダのきぐるみ、二番・洋館の使用人(メイド)、三番・バニーガ』」
 ヒュン!
「――あ、あれ? い、今どなたかがわたしの手元の問題の書いた紙を何処かへ!?」
「…………」
 チラリ、と上条さんを見ると、後ろ手で何かの紙をクシャクシャと丸めていた。――早い。物凄い早い動きだった。本当に見えなかったぞ。……というよりも、
「今の中に……今の中に正解があるのか〜!!」
 ハチが異様に興奮していた。――確かに、その、興味はあるな。明らかに三番バニーガールだったし。
「では仕方が無いので俺が正解を発表するとしヨホオオゥゥ!?」
「兄様……兄様に解説は向いておりません」
 謎の声と共に視界から消える信哉。……いや、だから、その、動き見えないんですけど。――恐いぞ、上条さん。
「えーと、それじゃあらためまして、瑞穂坂に御住まいのクライスさんから頂きました問題です」
「――お前まで提供してたのか」
「まあな」
 ほぼ俺が持ち歩いているはずなのに何故俺の知らないところでの行動が取れるんだお前。――というよりも、問題の内容に嫌な予感がするぞ……
「えーと……『我が主、小日向雄真の性癖で正しいものは以下の物のどれでしょう』」
「やっぱりそういう問題かー!!」
「お前の為を思って春姫に有利にしておいたんじゃないか」
「いや確かに有利かもしれないけど恥ずかしくてこれじゃ春姫が押せるわけないだろ!!」
 ピンポン。
「はい神坂春姫さん!」
「押してるー!!」
 何だこれは。クイズなんて名ばかりで、結局俺の恥ずかしい所の暴露大会の間違いじゃないのか……?


「――鳥はいいなあ、自由で。俺も空を飛びたい」
 帰り道、俺が空を見上げると、そこには空を気持ちよく飛んでいる小鳥の姿。
「……相当病んだみたいだなお前」
「いやだっておかしいだろあれ……何が小日向雄真でゴー、だよ……」
 何だかんだでまともな問題なんて一つもなかった。俺を知ってるとか全然関係ない。
 ちなみに肝心の勝負は接戦の末、運良く春姫が勝利した。俺はすもも、小雪さんらと残って後片付けを終え、現在帰宅の途中。――っていうか何で俺片付けのメンバーに入ってるんだろ。今更だけどさ。
「でもま、一応一回戦とは言え春姫が勝ったし、少しは落ち着いてくれるかもな、姫瑠も」
 などと呟くように俺が言った時だった。
「雄真くーん!」
「……うん?」
 振り向くと、姫瑠がこちらに向かって走ってきていた。何かあったのかな、と思っていると――
「――って、うおおぅ!? 危ねえっ!」
 スカッ。
「あー! どうしてよけるの!?」
「そりゃよけるだろ!! 何でいきなりダッシュの勢いで俺に抱きつこうとしてくるんだよ!?」
 姫瑠はそのまま感動の再会の勢いで俺に抱きつく気満々だった。危ないところだ。……落ち着いてくれるなんて思った俺が馬鹿でしたよ、ええ。
「何で抱きつくかって……そこに雄真くんがいるから」
「お前は山に登る登山家かよ!?」
 ふと見ると、姫瑠は既に私服に着替えていた。
「何処か出かけるのか?」
「うん、晩御飯の材料のお買い物」
「晩御飯の……?」
 何で我が家に居候中の姫瑠が晩御飯の材料を買わないといけないんだ? と思っているとそんな俺の疑問顔を汲み取った姫瑠はエヘン、と言った感じで少し誇らしげな感じになった。
「私、小日向家のお買い物係に立候補したの」
「ウチの……?」
「うん。――確かに一ヶ月間お世話になるにあたって、食費とか、一定のお金は音羽さんに渡してあるけど、それでただ家にいさせてもらうって私の立場からしても何か違うでしょ? だから何か私も小日向家の一員として少しでも役に立ちたいなー、と思って相談して、お役目をもらったんだ」
「へえ……」
 案外こういう所はしっかりしてるんだな。ちょっと感心。
「そっか、それじゃ買い物頑張れよ。俺は先帰ってるから」
「というわけで、雄真くんも一緒に行こう?」
「――はい?」
 何だ今の? 全然会話として繋がってない気が。
「いや、だから、姫瑠は買い物に行くんだろ? 俺帰るから」
「ホントはね、上手い具合に雄真くんと遭遇するように時間調整してたんだ」
「話聞けよ! 勝手に話進めるなよ!」
 これは、何だ。非常にささやかに(どっちだよ俺)嫌な予感がしてきた。
「夢だったんだ、恋人と夕飯の材料の買い物に行くのって! 小さな幸せ、って感じがしてキュン、ってなるから」
「いや夢見るのは勝手だけど俺恋人じゃないから! さり気なく配置図を変えるな! とにかく俺は帰るの! 疲れてるから帰るんだ!」
 姫瑠を置いて無理矢理帰ろうとすると、姫瑠が俺のコートを掴んで無理矢理引き止めてきた。
「ええい離せ!」
「待って待って! ごめん、本当のこと話すから!」
「へ……?」
 本当のこと?
「あの……ね、実を言うと、久々の瑞穂坂だから、土地勘がないっていうか……そのね、スーパーまでたどり着く自信があんまりないっていうか……」
 そう申し訳なさそうに説明する姫瑠の表情からしても、嘘を言っているようには思えない。つまり本当に不安があるようだ。――そういえば、再会した日、助けた時もその他理由は色々あったとはいえ道に迷い気味だった気が。結構方向音痴な感じなのか。
「でね、ついでに言うと、日本での買い物も久々だから、凄い不安だったんだけど、音羽さんに大丈夫です、って断言してきちゃったの」
「……あー」
 気持ちはわかる。役に立ちたい一心で後先考えず発言しちゃったんだな。
「だからお願い! 今日だけ一緒に来て! 絶対に春姫に一緒に買い物に行ったとか自慢したりしないから! ね?」
 この通り、と手を合わせて姫瑠は俺に懇願してきた。
「……しょうがねえなあ」
「え? じゃあ……」
「今日だけだぞ? 今日でちゃんと覚えろよ? ちゃんとお前が言った通り、春姫に自慢とかするなよ?」
 俺が承諾してやると、姫瑠は一気に満面の笑みに。
「やった! ありがと、雄真くん!」
 そしてその零れるような笑顔で、ガバッと抱きついてきた――
「ってくるなよ!? いちいち抱きつくな!!」
「大丈夫、抱き返してきても今日は春姫には内緒にしておくから」
「心配してる意味が違え!!」
 意見の完璧なる食い違いだっての。――俺は無理矢理姫瑠を引き剥がし、スーパーへの道へと方向転換。
「ね、ね、手繋いでいこう?」
「いかないよ!」
「じゃあ腕を組むので我慢する」
「待ておい!! 何その妥協してあげましたみたいな台詞!? レベル上がってるじゃん!!」
 ――やっぱり、断ればよかったかも……


「おおー」
 到着したスーパーを目の前にした姫瑠の第一声がこれだった。――ちなみに今日連れてきたのは駅前にある大手スーパー。とりあえず位置も中身もわかり易い箇所がいいだろうと思ったのだ。
「……そんなに感心するようなことか? 俺自身アメリカには行ったことないからわかんないけど、そこまで激しく差があるわけじゃないだろ?」
「あ……うん、そのね、実のことを言えば、私スーパーそのものに行ったこと、ほとんどないんだ。だから新鮮で、つい」
「? どういう意味?」
「何て言うのかな……私自身はそんなに実感ないんだけど、私の家、多分雄真くんから見ると結構なお金持ちだと思うの」
「具体的に、どの位とかって聞いてもいいのか?」
「パパが会社の社長。ちなみにパパの会社は世界規模の魔法関連の道具を扱う会社」
「…………」
 世界規模の会社の社長令嬢か。――そりゃスーパーには行かないか。
「ごめんね。ちゃんと言っておくべきだったんだけど、何となく言いそびれてた」
「別にそれはいいけど。っていうか最後まで隠しててもその辺は気にしなかったと思うし」
「……どうして、気にしなかったって思うの?」
 ふっと気付くと、姫瑠が少しだけ真面目な表情になっている気がした。
「いやだってさ、今回の件が大金積んで無理矢理ー、とかだったらまた話は別だっただろうけど、そういうの抜きで姫瑠は俺の家に来たわけだろ? だったら判断基準って姫瑠そのものを見るしかないと思うから」
 そういう意味じゃお金絡んでたらもっと簡単に断れたのになー、とかも思ってしまう。姫瑠はそういうの抜きで俺にぶつかってきてる。結果はともかく、それならばちゃんと正面からこちらの意見をぶつけてやるのが礼儀だとつい思ってしまう。――結果として、色々俺が疲れてるわけだけど。
 と、そんな風に説明する俺を、姫瑠はまじまじと見ている。
「……何か言いたげだな」
「ううん、ただ雄真くんはやっぱり雄真くんなんだなー、ってそう思って安心しただけ」
「は……?」
 よくわからない。どういう意味だ、と尋ねようとしたら――
「ほら、早く行こ! あんまり遅いと私と雄真くんがラブホテルに行ったことになっちゃう」
「ならねえ!! 何をどうひっくり返ったらそうなるんだよ!?」
 そう言いながら、俺の手を引いてスーパーへ走り出す姫瑠の笑顔が、いつもより明るく見えるのは……俺の気のせいだろうか?


 スーパーの店内は、姫瑠にとって更に新鮮な光景の連続だったようで、(姫瑠の)驚きの連続だった。野菜売り場に行けば、
「へえ……こんなに色々売ってるんだ」
 と感心し、雑貨用品売り場へ行けば、
「スーパーって、食べ物以外にも色々売ってるんだ」
 と感心し、店員を見れば、
「あ、店員さんって生身の普通の人間なんだ」
「――どんなイメージなんだよ、姫瑠の中のスーパー。ロボットか何かだと思ってたのか?」
「ううん、白塗りの赤パーマの人が店員だと思ってた」
「それハンバーガーだろ!? っていうかハンバーガー屋行っても多分いないし彼!」
「チキンの人は実在してたじゃん」
「そういう話をしてるんじゃないよ!」
 ……等と感心していた。
 ただちょっと驚きだったのが、ここまでスーパーに関して知識なしで来た癖に余計な品物に手を出すという初心者ならではの暴走がまったくない。普通、最初は目移りして余計なものが欲しくなったりするものだが、姫瑠はかーさんから渡されたと思われるメモを元に忠実に買い物を遂行しようとしていた。なので、
「ねえ雄真くん、こういう場合ってどっちを買えばいいの?」
「うーん……値引き商品ってのは、基本賞味期限が迫ってる、主に当日の品物に貼ってあるからな。逆に言えば今日使うんだったら何の問題もない。かーさんは多分今日の晩御飯の材料を姫瑠に頼んでるはずだから、この値引き商品を買ったほうがお得だし、かーさんも喜ぶ」
「そっか……わかった、ありがと」
 などと俺もつい真剣にレクチャーしてしまう。――っていうか慣れてる自分が虚しい気もするが。
 そんな感じで進んでいき、鮮魚コーナーに入った時だった。
「雄真くん、あそこにいるの、楓奈じゃない?」
「――お」
 そこにはカゴを持って商品を選ぶ見覚えのある顔が。
「よう楓奈、楓奈も晩御飯の買い物か?」
「雄真くんと姫瑠ちゃん。――うん、そう。二人も?」
「俺は特別付き添いだけどな」
 軽く俺は状況を楓奈に説明した。――余談だけどお互い大した接触もなかったのにしっかりと名前を記憶してるのは流石だな。
「楓奈は今日、晩御飯何にするんだ?」
「うん。ブリの塩焼きにしようと思って」
 ブリの……塩焼き?
「俺、別に料理に詳しいわけじゃないけど、あんまりブリの塩焼きって聞かなくないか?」
 ブリっていうと照り焼きとかブリ大根とか、そんなイメージだ。
「普通はそうなんだけど、脂がのってるブリは塩焼きでも大丈夫なんだよ? 結構サッパリしてて美味しいの。旬はちょっとだけ過ぎちゃってるけど、今見たら良さそうなのがあったから、塩焼きにしようかな、って」
「へえ……美味そうだな」
 今度かーさんあたりに我が家でも出来るかどうか確認してみよう。――などと思った頃、ふと気付いたことが。
「――姫瑠、どうした?」
「へっ? あ、うん、うん?」
 急に名前を呼ばれてハッとしたようになる。まるで今までの俺達の会話が全然届いていない、理解出来ていないような仕草――って、これはもしや。
「そういえば、姫瑠って料理出来るのか?」
「で……出来ないこともないと思うけど」
 あ、今一瞬目が泳いだ。――それなら。
「じゃあさ、「料理のさしすせそ」ってわかるか?」
「えーと……埼玉、静岡、鈴鹿、仙台、草加」
「よりによってなんで全部地名!?」
 料理って言ってるだろ。――ちなみに正解は砂糖、塩、お酢、醤油、味噌だ。
「冷静に考えれば、スーパーの経験がない時点で高確率で料理はしないか」
「う……ち、ちなみに雄真くんは、女の子には料理作ってもらいたい方?」
「別に料理が全てってわけじゃないから出来なくても構わないって言ったら構わないけど、出来てくれた方がやっぱり嬉しい」
「うう……」
 あ、凹んだ。――初めて見るな、凹んだ姫瑠。
「その様子だと楓奈は……出来るんだよね」
「うん、作るのは好きかな」
 ちなみに楓奈の料理の腕は中々のものだったりする。一度だけちょっと食べさせてもらったことがあるのだが、かなり美味しかった。本人曰く和食が得意だとか。
「も、もしかして、春姫も――」
「得意も何も、我が主は春姫に餌付けされている」
「ええー!?」
「されてねえ!? 昼の弁当作ってもらってるだけだろ!?」
「似たようなものだ」
 言いたいことはわからないでもないけど、その言い方が嫌なんだ! 餌付けって!
 だが――何にしろ、春姫もバッチリ料理が出来ることは証明されてしまったようで、
「ううう……」
 姫瑠は更に凹んだ。――と思ったら、
「――決めた! 私も料理しよう! 折角お世話になってるんだもん、音羽さんに教えてもらおうっと!」
 春姫には負けられないという気持ちがあるんだろうか、決意を固めていた。
「ちなみに、雄真くんは何が好きなの?」
「俺? 俺はコロ――」
「姫瑠、我が主は裸にエプロンが好きだ」
「待て待て待てお前、それ食い物じゃなくて格好だし第一いつ俺それが好きだなんて語ったよ!? っていうか姫瑠は何処に行こうとしてる!?」
「さっきの売り場にエプロン売ってたから、選びに」
「行くなー!! 俺を変態に仕立て上げたいのかお前は!!」
 確かに興味はあ――いや無い! 断じてないからな!!


「うーん、楽しかった」
 楓奈を交えての姫瑠のスーパー講習会は無事終了し、買い物も終わり、楓奈とは別れて、小日向家への帰り道。姫瑠はとても満足気だった。
「楽しかった、か。そんなに楽しかったのか?」
 俺は最早買い物って言うと手伝いのイメージしかないから、そこまで楽しいとかそんな感情はちょっと生まれてこない。なのでつい確認してしまった。
「うん。勿論ほぼ初めてだから、ってのもあったかもしれないけど、ああいうの見て回るのって楽しい。雄真くんと楓奈にも色々教えてもらったし」
「そっか。まあそこまで言ってくれるなら教えた甲斐があったかな」
「ね、雄真くん、また――」
 と、そこまで言いかけて、姫瑠の言葉が止まる。
「――? 今何か言いかけてなかったか?」
「ううん、何でもないよ。――ほら、早く帰ろう? 音羽さん待たせたら駄目だから」
 そう俺に笑顔を見せると、スタスタと歩き出す。――何だ? 絶対何か言いかけてたぞ? 確か、「また」って言いかけてた気がする。「また」。つまり再度、もう一度って意味だ。
「――あ」
 そこで俺は、姫瑠に買い物の同行を頼まれた時のことを思い出した。

『……しょうがねえなあ』
『え? じゃあ……』
『今日だけだぞ? 今日でちゃんと覚えろよ? ちゃんとお前が言った通り、春姫に自慢とかするなよ?』

 まさかあいつ、俺の「今日だけ」ってのをちゃんと守る気で、気にしてるのか? だから「また一緒に行こう」って言いかけてやめちゃったのか?
「…………」
 前を歩く姫瑠がどんな表情をしてるのか、後姿だけじゃわからない。わからない、けど。
「――しょうがねえなあ、もう」
 だから俺は――
「別に、二人っきりじゃないならまた付き合ってやるぞ」
 そう、姫瑠に告げる。――振り向いた姫瑠の表情は、唖然と驚きが混じっている。
「日曜日なんかはかーさんの買出しに無理矢理連れ出されるから、そういう時は一緒になるだろうし、すももあたりと一緒に行って沢山買っちゃったら荷物持ちが必要だろうからきっと俺も行くことになるだろうし――っていうか姫瑠一人の時でもかーさんの命令で迎えに行ったりとかしなきゃいけないかもしれないし。だから、俺の意思とは別に、また買い物一緒に行くことになるよ、多分」
 俺がそう告げてやると、姫瑠の顔が再び笑顔に――いつも見てた満面の笑みじゃなくて、穏やかな、優しい笑顔に――変わっていた。
「ありがと、雄真くん」
 そう一言だけ言うと、すぐにいつもの満面の笑みに変わり、俺の横に並んできた。
「今度、赤字特売に連れてってやるよ」
「? 何、それ?」
「買い物の戦場。俺ちなみに少佐、楓奈がこの前少尉に昇格した」
「あははっ、何だかわかんないけど面白そう!」
 そうして、二人で他愛のない話をしながら、家路についた。――何やってんだろうな、俺。


<次回予告>

「ふふっ、今日はね、小日向家総出で家事を行いたいと思いま〜す」
「何でまた総出……?」

姫瑠がやってきて、初めての日曜日。
何故か小日向家では、総出の家事が始まろうとしていた。

「ふふっ、姫瑠ちゃん、すももちゃん、決してベッドの下とか、机の引き出しの奥とか、
本棚の上とかは漁っちゃだめよ〜?」

無事に終われば世話しない。
雄真は休日ですら身を休めることが出来ないのか?

「――雄真くん、明日から制服の下に雑誌、仕込んでおこう」

――あれ? 死の危険とか? あったりするの?

次回、「彼と彼女の理想郷」
SCENE 5  「IT'S HOLIDAY」

「それとも、まさかとは思うけど、今ので私達を「始末」したつもりだったのかしら?」

お楽しみに。


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