「あら、私も雄真さんとあんなことやこんなこと……」 「してません!! というか何の前触れ無しにその台詞での登場は凄いを通り越して恐いですよ小雪さん!! 何処で何を聞いてきたんですか!?」 「フフフ……」 「――って、笑うだけ!?」 多分、この人を本気で敵に回したら誰も勝てないんじゃないかと思う。 ――さて、落ち着いて状況を整理しておこう。現在、学園昼休み、場所は御馴染み学園内ファミレス・Oasis。普段だったら春姫の手作り弁当を堪能する為に何処かあまり人目につかない所へ行くのだが、今日はそんなことはまったくもって言っていられない。――何故ならば。 「…………」 「…………」 偶然か必然か、俺のクラスに転入してきてしまった俺の自称婚約者・姫瑠と、自他共に認める俺の彼女・春姫。二人は遭遇した時から俺を巡っていがみ合いを開始、初日から最悪のスタートになってしまった。授業に入れば席が離れるので一旦は落ち着くのだが、休み時間の度に結局いがみ合う二人。このままではマズイと思った俺は、少しでも関係を改善させる為にこうしてOasisに連れてきた所存。 「いや、連れてくるのはいいが、何か手があるのか?」 「――痛い所を突きますねクライスさん」 そう、まあ、その、何だ。――どっちにしろ非常に困っていたりするわけで。 「と、とりあえず何か頼もう。飲み物かな? えーと、二人は何にするんだ?」 「レモンティー」「レモンティー」 ハッ、としたように一瞬目を合わせ、すぐにプイッ、とそらして―― 「やっぱりアイスティー!」「やっぱりアイスティー!」 そしてまたハッ、としたように一瞬目を合わせる二人。――何気に気が合うのか。 「二人とも、レモンティーでいいな……すいませーん、レモンティー二つと、ウーロン茶一つ」 「すみません、それからこちらに激辛カレーの並盛を一つ」 無論小雪さんはバッチリ隣のテーブルを陣取っていました。 「……居座って見物する気満々ですね小雪さん」 慣れたからいいけどさ。――ああ、そうだ。 「いっその事、自己紹介しちゃって下さい。どんな方向に流れるにしろ、姫瑠は一ヶ月は俺の家にいるんで」 「初めまして、高峰小雪といいます。魔法科の三年で、占い研究会の部長です。後は、雄真さんの第三の女」 「えええー!? 雄真くん、まだ他にも女の人居たのっ!?」 「信じるなぁー!! というか小雪さん、俺は連れませんからね!!」 「クスン……まだ何も言ってないのに」 「大体わかりますから!! っていうか昼休み恒例の占いサービスはやらなくていいんですか!?」 「ご安心下さい。あそこに看板を置いておきましたから」 「看板……?」 と、いつも小雪さんが占いコーナーを開いているテーブルの近くには確かに看板が。 「何々……『本日は雄真さん見物の為お休みさせていただきます』……って何をでっかく書き込んでるんですか!?」 「小雪姉さんは正直者やで〜」 「そういうことを言ってるんじゃない!! 理由としておかしいだろあれは!!」 既に俺達のテーブルが異様な目で見られ始めているのは、多分気のせいじゃないと思う。 「まったく……何処にいても騒がしい奴らだ」 と、そこへやって来たのはすもも&伊吹の御馴染みコンビ。というよりも、昼休み前に俺がすももに経緯をメールで伝えてフォローをお願いしておいたのだ。 「真沢さん、こちら式守伊吹さんです。占い研究会の優秀な部員で、雄真さんの第四の女」 「えええー!?」 「だから違ぇー!!」 「というよりも小雪、勝手に人を紹介して小日向の女にするでない!!」 最もな話だ。 「兄さん……これって……あの」 「うん……想像以上だろ」 と、小声ですももが俺に確認してくる。その様子からして、二人の険悪な状態はすももの想像を完全に超えていたらしい。俺を真ん中に、右に春姫、左に姫瑠。無論俺の精神は一秒ごとに削り取られていくわけで。 「えーと……その、何て言うかな。二人ともさ、もうちょっと仲良く出来ないかな? いや気持ちはわかるけどさ、休み時間の度に喧嘩してたんじゃ」 「喧嘩じゃないもん。話し合いだもん」 「私も喧嘩なんてしてるつもりありません」 「いや、でもな二人とも」 「大体ね、一ヵ月後に雄真くんが公平な目で私か春姫かを選ぶってだけなのに、春姫が自分が彼女だーってしつこく強調するのが悪い」 「そっちだって、昨日再会したばかりなのに、婚約者婚約者って強調してるじゃない!」 「本当に婚約者だもん! 雄真くんのお父様にも認めてもらってるもん!」 「私だって音羽さんやすももちゃんに認めてもらってます!」 「いや、だから、喧嘩は――」 「話し合い!」「話し合い!」 「…………」 つまり、今が話し合いだとすると、これが喧嘩に進展する……つまりエスカレートする可能性があるのか。ああ考えただけで恐ろしい。 「ご安心下さい、私はいつでも日陰の女、雄真さんが必要な時はいつでも」 「お言葉だけ受け取っておきます……」 ここで俺が小雪さんに流れたら事態が悪化する気がするし、小雪さんがどう助けてくれるのかも恐い。――っていうか俺の日陰の女ってのもどうなんでしょうか。 「兄さん、兄さんがどちらを選んだとしても、わたしは伊吹ちゃんに嫁ぎますから、ご心配なく」 「とっ、嫁げるわけないだろう! 何を言ってくるのだ!」 すももさんは本当に僕のことを心配してくれているんでしょうか。不安になってきました。
彼と彼女の理想郷 SCENE 3 「Fight in
princesses!」
「まったく……昼食を取りにきたというのに、これでは全然まともに食べられぬではないか。いっその事決闘でも何でもして決着をつけてしまえばよいではないか」 引き続きOasisで話し合い中。伊吹が不機嫌そうにそうぼやく。 「お前、人事だと思いやがって……適当なこと言うなよ……」 しかも決闘って。番長決めるわけじゃあるまいし。 「そうね。埒が明かないから、そうしよう。――勝負よ、春姫」 「ほら、姫瑠が鵜呑みに――って鵜呑みにしちゃってる!?」 堅実に話し合いで解決を求めている俺の意向は何処へ!? 「――うん、一回の勝負じゃ不公平かもしれないから、全五回戦。各回違うジャンルでの勝負。内容はアトランダムにくじ引きか何かで決めればいい。先に三回勝った方の勝ち」 「いや、ちょっと待て姫瑠、そういうのはどうかと俺思うぞ? 俺としてはだな、一ヵ月後に俺が選ぶわけだから、それまで穏便に暮らしてくれた方が落ち着いて考えられるっていうか」 「いいわ、受けて立つわ」 受けちゃったー!! 「春姫ぃー!! どうしてそこで受けて立っちゃうんだよー!? 落ち着いて考えるんだ状況を! 今ここでちゃんと話し合っておけばだな――」 「私、負けられないから!! 雄真くんの彼女としてのプライドがあるの!!」 春姫さんは完全に冷静さをいうものを失ってしまいました。――大切だぞ、冷静さって。 「いや俺の彼女としてのプライドを守る為の話し合いという道は無かったんでしょうか……」 「私も、雄真さんの第三の女としてのプライドが」 「いりません!! 即刻捨てて下さい!!」 この状況下で余計な発言をするのは本当に止めて欲しい。――と、その瞬間。 「――雄真くん」 「姫瑠?」 少しだけ声のトーンが落ちたような気がして、姫瑠の方を向くと―― 「ごめんね、雄真くん」 そう言いながら、両手で俺の手を掴み、自分の胸元へと引き寄せた。 「――って、おい、ちょっ」 「雄真くんに迷惑だってのは、わかってるから」 上目遣いで、真剣な眼差しで、姫瑠はそう切り出してきた。 「でもね、私精一杯やってみたいの。後悔なんてしたくないの。ただ雄真くんの答え、待ってるだけなんて出来そうにない。だから――許して、もらえないかな?」 「姫瑠……俺は、たださ……」 「オホン!」 ハッ!? 「お取り込み中失礼しますけど、話し合いの途中ですから、二人の世界で話し合うのはどうかと思いますけど!」 「いや、違う、違うぞ春姫! これはだな!」 「言い訳をしたいなら、手を離してこちらを向いて下さい!」 「はい、今すぐ!!――って、あれ?」 ぐいぐい。――俺の手が姫瑠から離れない。 「あの、姫瑠さ、とりあえず、手を離してくれるかな?」 「私は全然力を入れてないよ? 雄真くんが私の手を握りたいだけじゃないの?」 「いや、そんなわけ――」 ぐいぐい。――引っ張っても俺の手が姫瑠から離れない。――って、何これ!? 「雄真くん……そんなに姫瑠さんの手がいいの?」 「いや違う! 俺は全力を持ってこの手を離したいのに全然離れないんだよ!!――姫瑠!?」 「なーに、雄真くん?――ウィム・イアランサ」 「ちょっ、今詠唱したよな!? 魔法かこれ!!」 道理で離れないはずだ!! 「魔法って、心の力だから、きっとこれは雄真くんの願いだね」 「屁理屈言うな!! いいから早く解除を――」 「カルティエ・ディ・エル・エリエル!」 「え? 春姫――」 パッ。 「あ」 「――っおおうう!?」 春姫のキャンセル魔法は見事炸裂した――のはいいんだが、俺は無理矢理離そうとしていたので、魔法が解除された瞬間―― 「きゃあっ!」 ――そのまま勢いを止められず、春姫にぶつかって、二人して倒れてしまった。 「っ……と、大丈夫か、春姫?」 「うん、何処か強く打ったとか、そういうことは――あ」 「え?――あ」 気付けば倒れた俺達は、床で抱き合う寸前の格好になっていた。目と鼻の先に、春姫の顔。 「雄真、くん……」 「春姫……」 間近に感じる、春姫の吐息、香り。少しだけ赤く染まった春姫の頬。絡み合い、離れない視線。そして―― 「はーいはい、ここは公共の場ですから、離れなきゃ駄目でーす」 「にににに兄さんっ、こんなところでっ、ハレンチですう〜〜〜っ!」 ――そして、両手を姫瑠とすももに思いっきり引っ張られて無理矢理起こされる俺。 「痛い痛い痛い!! 無理矢理引っ張るな!!」 「はい、雄真くんはここに座る!」 姫瑠に引っ張られ、再び元の椅子に座らされる俺。そしてさり気なく椅子を動かして俺にくっつくように座る姫瑠。 「っ!」 無論春姫も見逃すわけがなく、素早く起きると、反対側の同じ位置に自らの椅子を動かしてくっつくように座ってきた。何だこれ。俺に最早どうしろと言いますか二人とも。 「とにかく、勝負だからね! 選ぶのは雄真くんだけど、その前にどっちが雄真くんに相応しい女の子か、決着つけるんだから!」 「望むところよ! 絶対に負けないんだからね!」 「はは……ははは……」 乾いた俺の笑いを挟んで、それぞれ俺の腕を取り、威嚇し合う二人の姫。本当に最悪の結果になってしまった。 「雄真さんが政治家になって、一夫多妻制を法律で通すというのはいかがでしょう?」 「いっその事、可能ならしてみたいとか思っちゃいましたよ……」 一ヶ月、こんなんで大丈夫……なわけ、ないよなぁ……
「はぁ……」 放課後。俺はため息をつきながら魔法科校舎の廊下を一人、歩いていた。 「――昨日からため息ばかりじゃないか、雄真」 「そりゃため息も出るってもんだろ……」 何をどうひっくり返したらこんな羽目になるのやら。一昨日までは平和だったのに。 「ピンチをチャンスに変えればいいじゃないか。後は野となれ山となれ」 「全然チャンスに変わってないだろ、最後の一言の時点で……あーもう、こうしてる間にも何をやり始めるかわかったもんじゃないってのに」 現在、あの二人は第三者を交えて例の五番勝負の詳細を決定中。一方の俺は毎度御馴染み、母さんの雑用係。両手に一杯の資料やら何やらを母さんの研究室まで運んでいる途中だ。 「簡単なことを言えば、お前が姫瑠を冷たく突き放してしまえば終わりなんだがな」 「かもしれないけど……それはやりたくないな。方法も俺を好きっていう感情も何処まで本気かわからないし滅茶苦茶だけど一生懸命なのは間違いないと思うし、悪い子じゃないと思うんだよ、なんとなく」 「わかっている。――それが出来ないのがお前のいい所なんだ。変える必要はないさ。神経は削られるかもしれんが、一ヶ月限定の話だ。お前が自分さえ見失わなければ、悪い結果にはならんさ、きっとな」 「――何だかお前にそう言われると本当にそうなりそうな気がするから不思議だよ」 「ハハハ、そうか」 いつも俺をからかってばかりのクライスだが、ピンポイントでこうしてちゃんと励ましてくれる。お前もやっぱりいい奴だよ、うん。 と、クライスと喋ってる間に、母さんの研究室の前にたどり着いた。――ノックをすると、 「開いてます。どうぞ」 という声がしたので、俺はドアを開けて部屋に入る。 「あ、雄真くん。お疲れ様」 「うん――ってあれ? 楓奈(ふうな)一人か? 母さんは?」 母さんに頼まれて持ってきたはずなのに、肝心の母さんはおらず、部屋には楓奈一人。 「さっき急の電話があったみたいで、急いで出て行ったの。――あ、大丈夫。雄真くんが持ってきてくれた物に関してはちゃんと伺ってるから」 「そっか……何だかんだで相変わらず忙しい人だな」 俺がその辺にある椅子に腰掛けると、楓奈は俺が持ってきた書類等をテキパキと収納していく。 「うん、これでよし、っと」 そして、あっと言う間に片付け終わってしまった。 「それじゃ雄真くん、Oasis行こうか」 「へ? 急にどうした?」 「先生からの、今日の労い分」 先生からの労い分、とはこうして雑用をこなした俺に与えられる報酬で、戸棚に(何故か)仕舞ってあるお茶とお煎餅とか、饅頭とかいったものが出されるのである。で、今日の労い分として楓奈が俺に見せたのは―― 「新作ドリンク無料お試し券……?」 「今度の春に新しくメニューに加わるらしいんだけど、この券でお試しで飲めるんだって。この一枚で二名様まで大丈夫だから、私も一緒に行ってきていいって先生がくれたの」 「成る程な。――んじゃ行くか」 「うん」 こうして、俺と楓奈は母さんの研究室を後にして、Oasisに向かうことになった。
――彼女の名前は瑞波(みずなみ)楓奈。前回の事件で知り合った、俺達の新しい仲間であり、友達だ。 楓奈は、母さん――御薙先生の助手、という形でこの瑞穂坂学園に在籍することになった。当初は学園生として編入しようか、という話もあったのだが、よくよく話を聞いてみると、楓奈は既に父親である盛原教授によって、一流国立大学の魔法科を主席で卒業出来る位の授業過程を終了していることが発覚。恐るべし天才の子。 更に「生活に関して、金銭面では迷惑はかけたくない」、つまり自立しますという楓奈の希望。俺達の傍で暮らしつつその条件をクリアする方法として上手い具合に出てきたのが、いつも忙しい御薙先生の助手として、学園側に雇ってもらう、という話だった。実を言えば、以前から先生は多忙だった為、助手は探してはいたものの、中々先生の希望云々をクリアする人材が見つからず、それで春姫や俺を代わりにこき使――いや、忙しい時に雑用をお願いしていたようだった。それで今回楓奈は助手としての条件を見事にクリア。俺達の友達として、一人の普通の女の子として、父親との約束通り幸せな生活を送っていた。――楓奈が助手としているのに何故か俺は未だに母さんに雑用を頼まれるのを疑問に思うのは既に諦めている。そういう人だ。 「施錠、よし。――お待たせ」 「おう」 魔法で研究室を施錠し、楓奈と二人で魔法科校舎の廊下を歩く。――すると。 「……(チラッ)」 「……(チラッ)」 すれ違いざまに、生徒(主に男子)がチラリ、チラリと楓奈を見ているのがわかる。――楓奈は可愛い。何ていうか癒し系のオーラを纏っている。そんな楓奈の存在は、 「最近、御薙先生の近くにいるあの癒し系美少女は誰だ!?」 という内容で今学園で一つの噂になっているらしかった。転校生でも教員でもないので特に生徒に紹介されるわけでもないので、一般生徒からしたらやってきたばかりの楓奈の素性はほぼ謎なのだ。――で。 「……(チラッ)」 「……(チラッ)」 注意深く感覚を研ぎ澄ませていると、すれ違いざまの視線は楓奈だけじゃなくて、俺にも向けられていた。男子だけじゃなくて女子もだ。……嫌な予感がしてきた。 (あの子、噂の癒し系美少女よね?) (一緒に歩いてるのって、小日向くんだよね) (小日向の奴、なんて早さだ! どうやって仲良くなったんだ!?) (神坂さんがいるのに、違う女の子に手を出してるのかあいつ!) (そういえば、今日小日向くんの婚約者って子が転校してきたらしいわ) (え……じゃあ三股?) (お、女たらしにも程があるぞあいつ!) (女の敵ね) (男の敵でもあるぞ! あいつ、許さん!!) 違う、違うんだみんな! 楓奈はこの学園に来る前から友達だったし姫瑠は俺が望んでないのに勝手に来ちゃったんだ! 手は出してないんだ! 「(キョロキョロ)ふーん……」 と、流石に視線の多さが気になったのか、楓奈があたりをキョロキョロ。そして、 「みんな雄真くんを見てく……そっか、学園での雄真くん、人気者なんだね」 「ぶっ」 違う、全然違うぞ楓奈! 俺が人気者だから見てくんじゃない! 俺間違いなく妬まれてるんだ!
それは、楓奈と一緒にOasisに入り、席に座った瞬間にやって来た。 「雄真〜、俺は聞いたぞ〜」 一歩間違えたら「うらめしや〜」と言い出しそうな口調で何処からともなく現れたのはハチだった。 「お前、昨日から可愛い帰国子女の婚約者と同棲してるらしいじゃねえか〜」 「もうお前の耳にも届いちまったのか……」 最早浸透を防ぐ、とかは無理っぽいな。 「更に! 今さっき手に入った情報によると、噂の謎の癒し系美少女とも仲睦まじく歩いていたみたいだな! 許せん、許せんぞ雄真〜!! 俺の許可無しでそんな行為が許されるとでも思っているのか!!」 「いやお前の許可を得ないといけない理由が俺にはないぞ」 と、その時。 「……あれ? 八輔くん?」 楓奈がハチを見て、軽く驚きの声。 「え――楓奈ちゃん!? いや、久しぶりだな〜! 元気だった?」 そういえば、ハチには楓奈をほとんど会わせる機会がなかったな。――というのも。 「八輔くん、シベリアから帰ってきてたんだね」 「……え? シベリア?」 「犬ぞりをマスターする為にシベリアに行ったって」 「だだだ誰がそんなことを!?」 「杏璃ちゃん。『ハチは男になって帰ってくるから、それまであたし達はハチのことは忘れて生きましょう』って」 「いつの間に俺はそんな存在に!?」 ハチがシベリアに行ったから――じゃなくて、偶々軽く楓奈の学園就職のお祝いの際に、ハチを呼べなかったのでそんな話になってしまったからで。 「楓奈、ハチはチワワでの犬ぞりをマスターしてきたんだ。これからはハチのことをチワワなハチと呼んでやれ」 「待てい雄真!! 俺は――」 「うん、わかった。――それじゃ、チワワなハチくん」 「待ってくれ楓奈ちゃん! 鵜呑みにしないでくれ!! 俺は以前の呼び方の方が――」 「以前のって、確か……『どうでもいい人』?」 「☆▲×%$#@!?」 ――それ以前っていうよりも最初ですよ楓奈さん。 「あれ? え、えっと、その」 あからさまにショックを受けたハチが気になったらしく、楓奈は一生懸命言葉を選ぼうとしていた。そして―― 「瑞波楓奈、今時風に略せばいいんだ。略して「チ」」 「待て略し過ぎだ! お前俺を弄るのはいいがお前が楓奈で遊ぶのは駄目だ!」
「そっか……色々大変なんだね」 落ち着いた所で、楓奈とチワワなハチに今の俺が陥ってしまっている状況を一通り説明した。 「一昨日までは平和だったんだけどな……」 「何故だ……何故に雄真だけがそんなに美味しい目に合わないといけないんだ……」 チワワなハチが熱く燃えながらも遠い目をしていた。とりあえずこいつはもう放っておこう。 「まあでも確かにチワワにしてみれば贅沢な悩みなのかもしれないけど、今の俺には必要のない贅沢だよ……」 はあ、と俺はため息をつく。 「私も、今話を聞いただけだから断言は出来ないけど、誰かが悪い、とかじゃないみたいだから……難しいね」 「しいて挙げるならば我が主がチワワとは違って女性に好意を持たれ易いのが悪いな」 「別に俺は何かをしてるつもりはないんだけどな。確かにチワワはやり過ぎだけど」 「でも、チワワくんだって別に女性から逃げられる性格ってわけじゃないと私は思うけどな」 「というか、いつまで俺をチワワ呼ばわりしてるんだよお前ら〜」 「え? え? あれ?」 唯一、楓奈だけが素で呼んでいた。そういう子です。 「――色々大変だと思うけど、何か私に出来ることがあったら、何でも相談してね? 私に出来ることなら、何でも手伝うから」 色々話も一段落ついたところで、楓奈がそう言いながら優しく俺に笑いかけてくれる。 「楓奈……ありがとな」 「うん。だって雄真くんは、大切な友達だから」 楓奈は本当に純粋に心の底から俺を心配してくれていた。ジーン。 「楓奈ぁ……うっうっ」 「ほらほら、こんなことでいちいち泣かないの」 そんなこと言っても、最近色々あった俺にはこの優しさは感動なんだ! そりゃ目頭も熱くなるってもんさ! 「楓奈は俺の心のオアシスだよ……うっうっ」 「もう、大げさだなあ、雄真くんは……ほら、よしよし」 楓奈が俺の頭を優しく撫でてくれる。くすぐったいが非常に心が穏やかになるというか何と言うか、たまらない感覚に陥る。 「大げさなもんかよ……楓奈も実際に見てみればわかると思うけど、酷いなんてもんじゃないんだぜ? 何であそこまで醜い争いが出来るんだって話で」 「少なくとも、雄真くんがそうやってまた違う所で違う女の子にデレデレしちゃう所にも問題はあるんじゃないの?」 「雄真くん……私の知らないところで、そうやって楓奈ちゃんに甘えてたんだ、いつも」 ハッ!? 「ふふふふふ二人ともいつからそこにぃ!?」 振り向けばそこには最早説明の仕様がない表情で立っている春姫と姫瑠が!? 「『楓奈は俺の心のオアシスだよ』あたりから」 滅茶苦茶見られてる!? っていうか思いっきり今も俺楓奈に頭ナデナデしてもらってるじゃん!? 最悪ですよ俺!? 「少なくとも、この場合楓奈に罪はないわね〜」 「そうね、楓奈ちゃんがそういう子だって雄真は知ってるはずだもの」 更に二人の傍には柊と準が。ま、まあ確かに楓奈には罪はない。楓奈が責められるのは避けられたので一安心――してる場合じゃない! 「とっ、とりあえず落ち着こう。落ち着いて深呼吸だ。ヒッヒッフー」 「……いや、お前が落ち着け、雄真」 くっ、でもクライスのクールな声に反応している場合ではないのだ! 「えっと……あの、皆さん、特に柊と準は何故にここへ?」 「あたし達、春姫と姫瑠の五番勝負の詳細を第三者として決めてたのよ」 「お前らが……?」 個人的にあまり……いや、物凄くいい予感はしないんですけど。 「そうよ? それで厳選なる抽選の結果、第一回戦の内容が決まったから、雄真にも報告に来てあげたの」 「……で、その、第一回戦は何を?」 ふっふーん、といった感じでチラリ、と柊と準は目を合わせ、声を揃えてこう言った。 「クイズ、小日向雄真でGO!」
<次回予告>
「えー……おほんおほん。瑞穂坂に行きたいかー!!」 「おー!!」
直接対決本格化。 第一回戦のクイズ対決。一体勝敗はどちらに?
「大丈夫、抱き返してきても今日は春姫には内緒にしておくから」
勝っても負けても、姫瑠のアタックは止まらない。 果たして雄真の精神はいつまで持つのか?
「あ、店員さんって生身の普通の人間なんだ」
そして、二人が向かう先。そこには――
次回、「彼と彼女の理想郷」 SCENE
4 「多分、初めてのおつかい」
「姫瑠、我が主は裸にエプロンが好きだ」
お楽しみに。 |