ピピピピピピピ。
「……んー……もう朝かよ……」
 ピッ。――何とか目覚ましは止めたものの、ちょっと起きる気力が沸いてこない。昨日の騒動の疲れが尾を引いているみたいだ。
「後五分……そしたら起きるから……」
 別に誰かが起こしに来ているわけではないが(多分すももはもう直ぐ来る)、それでも俺はそう口にしてまた布団を被ってしまう。この朝のまどろみがいいんだよな。半寝の状態で、抱き枕に抱きついて……
「……うん?」
 抱き……枕? 俺そんなの持ってたか? 半寝の状態で何とか頭を回転させてみたが、今だかつてそんなのを用いて寝た記憶が無いぞ?
「じゃあ……今俺が抱きついているこのクッションみたいな軟らかい物は……」
 段々目が覚めてくると同時に、嫌な予感がしてくる。――布団の中を覗いてみると……
「……ん……雄真……くん……」
「ぬぅわにいぃぃぃ!?」
 俺が抱きついていたのは、気持ち良さそうな寝息を立てている姫瑠さんでした。――ベタな! 何てベタな展開だ!
「あれ……? 雄真、くん……? どして私の布団に……?」
「俺の台詞だよ!! ここ俺のベッド!! 俺の布団!! 俺の部屋!! 要説明!! オーケー!?」
 俺が捲くし立てると、姫瑠はムクリと起き上がり、ベッドで俺の真正面に座り――
「……(チラッ)」
「いや無言でパジャマの中とか確認するのやめて!! 何もしてないから!!」
 ……多分だけど。
「えーと……あ、そうそう、思い出した! 夜、雄真くんに就寝の挨拶するの忘れてたの。それで」
「何がどうしたら「それで」俺のベッドで一緒に寝ることになるんだよ!?」
「挨拶をしに雄真くんの部屋に行く→部屋が暗くなっていたけど、一応確認でそーっと部屋に入ってみる→マスクマンの気配がしたので布団に隠れる→そのまま」
「マスクマンの意味がわからねえ!?」
 我が家のセキュリティそこまで甘くないだろ!?
「とにかく! 夜部屋がもう暗くなってたら俺の部屋に入ってくるのは禁止!」
「うん、わかった。ごめんね」
 ああもう、一気に目が覚めちまった。
「――あ、そうだ! もう一つ、忘れてたの」
「忘れてたって……何を?」
「これからお世話になるに当たって、正式なご挨拶」
 姫瑠はそう言うと、オホンと咳払いを一つして、ベッドの上で正座をして――
「不束者ですが、どうぞ宜しくお願い申しあげます」
 と、頭を下げてきた。
「――って何故今このシチュエーションでその挨拶!? わざと!? わざとだよねここまで来ると!?」
 最早外野からしたら俺がもうやっちゃいましたみたいにしか見えまい。――とそこに。
「兄さん、朝ですよ? 起きて下さ――」
「来るなあぁぁぁ!! 起きてるから入ってこないでくれえぇぇぇ!!」


彼と彼女の理想郷
SCENE 2  「両手に姫、心に涙」


「いってらっしゃーい! 気をつけてねー!」
 まるで新婚の新妻が如く俺とすももに満面の笑みで手を振る姫瑠を背に、俺達は学校へと向かう。
「……はぁ」
 そして俺の口から漏れるのはため息ばかりだった。わずか一日で俺の精神をここまで削るとは。恐るべしアメリカ帰りのプリンセス。――と、ため息ばかりもついていられない。
「……すもも」
「わかってます。――姫ちゃんには、内緒なんですよね?」
「うん……宜しくな」
 悩んだ挙句俺が出した答えがこれ、「春姫、及び俺の友人・仲間関係には内緒」。洗いざらい話して春姫との関係がおかしくなるよりかは、約一ヶ月間、隠蔽する道を選んだ。かなり厳しいことではあるが、一ヶ月ならなんとか出来ると思う。いや何とかしなくちゃいけない。
 その為には色々な予防策も考えなくては。出来る限り俺の家に寄せ付けない、出来る限り他人から見えるような箇所での姫瑠との接触は避ける。――でも一番気を配らないといけないのはやっぱり俺の普段の言動だろうか。少しでも変な素振りを見せないように――
「――って、聞いてるのかよ雄真?」
「へっ? ハチに準?」
 いつの間にかハチと準と合流していたらしい。つい対策を練ることに耽ってた。
「ああ、悪い悪い。えーっと、何の話だっけ?」
「だから、俺の親戚のお姉さんがこの前婚約したって話だろうがよ」
 婚約。――婚約!?
「しないぞ!? 俺は断じて婚約しないからな!!」
 あんなスキンシップだけに心揺らいでたまるか!!
「おい、誰がお前の婚約の話したんだよ」
「……あ」
 しまった、つい婚約というキーワードに騙されている俺が!
「いや、悪い。今朝変な夢見ちまってさ、それでちょっと」
「ふーん……まあいいや」
 ふぅ……危ない所だった。気を抜くとマズイかもな。……にしても俺も随分敏感になってるんだな。まさかハチの「婚約」の一言だけであんなに反応するとは……
「――で、はい。これが雄真の分」
 と、いきなり準が俺にお洒落な紙で包装された何かを手渡してくる。
「? 何だよこれ?」
「だから、今言ってたじゃない。この前あたしの叔父さんがアメリカに旅行に行った時のお土産。沢山あるから雄真とすももちゃんにも、って」
「アメリカー!? どいつもこいつもアメリカから舞い戻って来やがってー!!」
 アメリカにいる日本人ってのはそんなに日本に来たいのかコンチクショウ!! それなら最初からアメリカなんて行かなきゃいいのに!!
「ちょっ、いきなり何よ怒り出して!!」
「……あ」
 しまった、ついアメリカ帰りというキーワードに騙されている俺が!
「いや、悪い。今朝コーヒーはアメリカンだったんだ」
「……理由になってないけど」
 しかし……本気でマズイなこれ。意識し過ぎだろ俺。このペースで行くと必ず近いうちにばれるぞ。
「兄さん……気持ちはわかりますけど、もう少し落ち着いた方が」
「おう……悪い、もう大丈夫」
 すももが小声で俺に指摘してくる。そう、落ち着け俺。普段の俺でいればいいんだ。普段の俺、普段の俺……
「それにしても今日もいい天気だな。俺もあの空に翼を広げて、何の束縛もない世界に飛んでいきたいぜ」
「…………」
「…………」
 普段の俺になった瞬間、異物を見るような目で準とハチが俺を見ていた。
「すももちゃん……雄真って、何かあったの?」
「……はぁ」
 すもものため息。――普段の俺って、どんなんだったっけ?


「ふぃ……」
 教室にたどり着き、見慣れた自分の席に腰を下ろす。――朝一から大分危なかった俺だが、
「いっその事、何も考えるな」
 というクライスのアドバイスにより、何とかいつもの俺っぽい俺(?)をキープすることに成功、春姫にも怪しまれることなく現在に至る。
「まあ真面目な話、私としては「対策」よりも一月後、進級後に迫っているClass Cの試験に向かって精進して欲しいというのもあるからな」
「あー……そうだよな。悪いな」
「気にするな。主を支えるのがワンドの役目だ。それに見ていて楽しいのは事実だしな」
「一言余計ですよクライスさん……」
 はぁ、とため息をつきながら俺は机に突っ伏す。――眠い。何となく寝不足が響いてる。
「雄真くん、何処か調子、悪いの?」
 と、柊とのお喋りから戻ってきた春姫が心配そうに尋ねてきた。
「あ、違うから心配しないでくれ。単に寝不足なんだ」
「寝不足……うん、そっか、早速頑張ってるんだね、試験に向けて」
「……え」
「でも、気持ちはわかるけど、無理し過ぎるのもよくないよ? 学校の授業が受けられない位じゃ本末転倒だもん。私も手伝うから、無理しない程度に頑張ろう?」
「そ……そうだな、ありがとな、春姫」
「うん」
 春姫はバッチリ素敵な方向に勘違いしてくれてました。――痛い。その純粋な心配と笑顔が痛いぜ……! こ、これは何としても姫瑠のことは隠蔽しなくては……!!
「はーい、今日は私がホームルームするから、全員席に座れーっ」
 と、時間になって教室へやってきたのは副担任の成梓(なるし)先生。この学園の魔法科の教師で、ざっくばらんで親しみ易く、人気もある(特に美人なので男子からの人気が高い)。
「えーと、今日は私も凄いびっくりしたんですが、何故かこの時期にも関わらず、転校生がウチのクラスにやってくることになりました」
 この時期に?――確かにおかしな話だ。後一ヶ月で三学期も終わり、つまり進級。転校してくるならそのタイミングじゃないか、普通? この時期にわざわざ越してきて? こんな時期に引っ越す奴なんて、まるで我が家に居候してる自称俺の婚約者じゃないか。
「…………」
 そういえば、あいつ学校とかどうするつもりなんだろ? 俺と同い年みたいだから、普通だったら学校行くよな? 一ヶ月、アメリカの学校休学でもしてきたのかな? 一応帰ったら聞いてみるか。俺の為に留年、とかは気分悪いし。
「それじゃ、入ってきて」
 ガラガラガラ、とドアが開く音がする。
「ここで姫瑠が登場してきてくれると私としては非常に面白いんだが」
「いや、面白いかもしれないけど、お前俺のワンドじゃなくなっちゃうぜ」
 俺多分死ぬから。春姫に殺されるから。
「はい、今日からみんなのクラスメートになる、真沢姫瑠さんです」
「ほら、クライスがそんなこと言うから本当に来ちゃったじゃん、あいつ」
 まったく、いくら婚約者だからって、俺と同じ学校に……転校してくることは……ない、だろうに……?
「真沢さんは、先日までアメリカで暮らしてたそうです。帰国子女ってやつになるのかな? それじゃ、自己紹介どうぞ」
「真沢姫瑠です。日本には十数年ぶりで、色々戸惑うところもあるけど、一日でも早く皆さんと仲良くなれたらいいな、って思っています。中途半端な時期ですけど、皆さん宜しくお願いします」
 ペコリ、と姫瑠が頭を下げると、教室から歓迎の拍手が起こる。――拍手をしていないのは二名。
「…………」
「…………」
 唖然とする俺と春姫。――無論、俺と春姫では唖然としている理由が違ってはいた。
「雄真……あの女――」
「クライス……?」
「……魔法科に来るってことは魔法使いだったんだな。気付かなかった」
 ツッコミ所はそこかよ!?――と、そこで完全に唖然の状態からパニックの状態に切り替わり始めていた俺と姫瑠の視線が合う。途端に姫瑠は満面の笑みになり、
「あっ、雄真くん! 雄真くんもこのクラスなんだ!」
 と、嬉しそうに手を振ってきた。
「? 真沢さん、小日向くんのこと、知ってるんだ?」
「はい、今雄真くんのお家にお世話になってるんです」
 成梓先生に笑顔でそう答える姫瑠。
「小日向くんの家に? 小日向くんのいとこか何かになるわけ?」
「いえ、私雄真くんの婚約者です」
 成梓先生に笑顔でそう答える姫瑠。そして同時に――凍りつく教室。
(小日向くんの……婚約者!?)
 ザワザワ。
(あの歳で? 凄ーい!)
 ザワザワ。
(でも小日向くんって、春姫ちゃんと付き合ってるんでしょう?)
 ザワザワザワ。
(じゃあ……二股?)
 ザワザワザワ。
(あ、あいつ、神坂さんは遊びだったのかよ!!)
 ザワザワザワザワ。
(酷〜い、ただの女たらしじゃん)
 ザワザワザワザワザワ。
(許せねえ……俺達の神坂さんと遊びで付き合ってたなんて!!)
 ザワザワザワザワザワザワザワザワザワ。――不穏な空気が一気に教室を包む。そして……
「…………」
 俺のすぐ近くには、殺意の波動を持つ春姫が。――死ぬのか、ここで俺は死ぬのか!?
「やめるのだ皆の者!! 雄真殿はそのような不埒な男ではない!!」
 が――フォローは意外なところから突然入った。――信哉だ。立ち上がり、クラス全体に真剣な表情でそう叫んだ。クラスに静寂が走り、みんなが信哉に注目する。
「俺は雄真殿の友として証言、いや断言する! 雄真殿は神坂殿のことを本当に大切に思っている! 安易な気持ちで他の女子に手を出すなど間違ってもありえぬ!」
「信哉……お前……」
 信哉は確かに何処かネジの外れた性格の持ち主だが、情に熱い奴だ。困っている仲間の為に悠然と立ち上がるその姿を見て俺はあらためて信哉の友情を再確認すると同時に、目頭が熱くなった。俺の言いたいことを代弁してくれたんだ。俺は春姫のことを本当に大切に想っている。
「だから、あの者は雄真殿の側室なのだ!」
 そう、だから姫瑠は俺の――何だって?
「かの有名な徳川家康には側室が十八名いたとされている。雄真殿も天下を取る為の第一歩として正室を神坂殿、そしてあの者を側室に選んだのだ!」
 な、何だ? 正室? 側室?……えーと、つまり、どういうことだ?
「まあ、一言で言うならば我が主は愛人を作った、と」
「結局そういう路線なのかー!?」
 気付けば――再び教室はざわめきだしていた。
(何あれ、二番目の女ってこと?)
 ザワザワ。
(小日向くんって、そういう人だったんだ……結構意外)
 ザワザワ。
(神坂さんという人がいながら、更に女を物にするとは……!! 小日向の奴め……!!)
 ザワザワザワ。
(結局ただの女たらしってこと〜?)
 ザワザワザワザワ。
「ハッ、そうだ雄真殿! 天下取りの更なるもう一歩として、沙耶も雄真殿の側室に向かえてグボホゥ!?」
「兄様……わけのわからないことをおっしゃらないで下さい」
 そんないつものやり取りも、もう俺の耳には届かない。……終わった、全てが今日、終わったんだ……


 キーン、コーン、カーン、コーン……鐘の鳴る音が聞こえる。きっと天使が舞い降りてくる合図に違いない。死んでしまった俺を迎えにくるんだ。
「雄真、大丈夫か? ホームルームが終わったぞ?」
「いいんだよ、もう……パトラッシュ、俺はもう疲れたんだ……」
「まあ、我が主が望むのならば、パトラッシュに改名しても構わんが」
 クールなパトラッシュだな。まあいいけど。
「ちょっと、起きてちゃんと説明しなさいよ、雄真。どうなってんのよ、これ?」
 お、来た来た。天国からのお迎えだ。――っていうか、
「世の中にはそっくりな人が三人はいるっていうけど、この天使は柊にそっくりだな……」
 まあ別に誰にそっくりでもそうじゃなくてもいいか。さよならこの世。こんにちはあの世。
「はあ? 何わけのわかんないこと言ってんのよ? しっかりしなさいよ、もう!」
 ペンペン、と柊にそっくりな天使が俺の頭を叩いてくる。――乱暴な天使だな。
「死んだのにしっかりしてどうするんですか、天使さん……」
「死んだ? 誰がよ?」
「俺ですよ俺……教室で春姫に殺されたんでしょ……?」
「…………」
「…………」
 生まれる沈黙。――もしかして春姫を悲しませた罪で俺は地獄行きなんだろうか。
「春姫……とりあえず、許してあげたら?」
「許すも何も……ここまで落ち込まれちゃうとこっちもどうしていいかわからないっていうか……」
「ああ、死ぬ前にもう一度だけ、コロッケが食べたかった……ぐぅ」
「っ……いい加減にしろーっ!!」
 ドガバキッ!!
「ぐおっ!? 痛ぇ!? ちょっ、待っ、痛い!!」
「アンタがいつまでもわけのわからないことをわめいてるからでしょ!?」
 柊が問答無用と言った感じでパエリアで俺を殴って――って、あれ?
「柊がいる……ここ、教室? 俺生きてる?」
「やっと気付いたわね……」
 そうか、まだ俺生きてたのか。春姫に殺されずに――!?
「って、違うんだ春姫!! これには、これには天より高く地よりも深い理由があるんだ!!」
「だからそれを話しなさいってさっきから言ってんのよ!」


「――というわけで、父さんが勝手に暴走しちゃってて俺としても非常に困っているわけでして」
 手短に正確に、俺は春姫と柊に昨日の出来事、つまり姫瑠が我が家に居つくことになった経緯を説明した。ちなみに肝心の姫瑠はその他クラスメイトに囲まれて色々質問攻めに合っている。余計なこと喋らなければいいが、とりあえずはこっちをなんとかしないと。
「うん……理由はわかったし、雄真くんが隠したくなるのもちょっとならわかるけど、でもそれなら先に説明しておいて欲しかったかな……」
「――ごめん」
 春姫の残念そうなちょっとだけ悲しそうな顔に、俺の心が痛む。そうだな、信頼してるんだ。正直に話せばよかった。
「にしても、相変わらず面倒事を抱えるの好きよね〜、雄真は」
「別に好きでやってんじゃねえ! 勝手に向こうから来ちまうんだよ!!」
 決して俺はMとかそんな分類じゃない!! 平和主義者だ!!
「とにかく、相手側の話も聞かないと始まらないわね。ちょっと行ってくるわ」
「え……杏璃ちゃん!? ちょっと――」
 春姫が制止する暇もなく、柊は質問攻めに合っている姫瑠の所へ行き、無理矢理引っ張ってきてしまう。――なんてことしてくれるんだこいつは……まだ心の準備ってものが……!!
「はい、お待たせ〜」
「ふふっ、みんなに色々なこと聞かれちゃった」
 柊に連れてこられた姫瑠はそう言いながら満足気だ。――どんな質問にどんな返答をしたのかは確認しない方が身のためなんだろうか。……とりあえず、
「ウチの学校来るなら来るって昨日のうちに言っておいてくれよな……」
「雄真くんを驚かせたかったの。驚いた?」
「そりゃ驚きましたよ……」
 少なくとも、死の危険を感じる位にはな!――と、そこで姫瑠と春姫の視線が合った。すると――
「あっ! 昨日、雄真くんと一緒に私を助けてくれた人だよね! そっか、あなたもこのクラスだったんだ!」
 気付いたらしく、満面の笑みでお礼を述べ始め――
「おかげでね、ちゃんと雄真くんの家に行けたから! どうもありがとう!」
 手をとってブンブンと上下に降り始めた。相変わらずオーバーだ。春姫もちょっと圧倒されてる。
「とりあえず、あたし達も自己紹介しちゃいましょ。――あたし、柊杏璃」
「神坂春姫です」
「杏璃に春姫、っと……うん、覚えた。私のことは、遠慮なく姫瑠、でいいから。それで、昨日言ってた、雄真くんの彼女は……杏璃になるの?」
「ぶっ」「ぶっ」
 俺と柊が同時に吹く。二分の一なのにどうして間違えるかな君は!
「残念、私の方。雄真くんとは去年の春から、正式に、真剣に、お付き合いしているの」
 一方春姫は正式に、真剣にを何処と無く強調しての返答。顔は笑っているのに目が笑ってないぞ、春姫……恐いってば。
「そっか、それじゃ雄真くんは一ヵ月後に私か春姫かを選ぶんだね」
 と、当たり前のように言う姫瑠。――春姫のこともあるし、ここはハッキリ言っておいたほうがいいな。
「姫瑠、昨日も言ったけど、俺は春姫が大事だし、これからも大事にしていきたいと思ってる。わざわざアメリカからこっちに来た姫瑠には悪いとは思うけど、一ヵ月後に選ぶ、というよりも俺の中の選択肢は春姫しかないから」
「雄真くん……」
 春姫が頬を少し染めて嬉しそうな顔で俺を見ていた。――いや、俺もこれは恥ずかしい……
「――そんなに簡単に片付けちゃうんだ、私のこと」
 が、対象に一気に姫瑠が不審な表情に変わる。
「いや、片付けるとか、そういうことじゃなくてさ、これは――」
「言ってくれたのにな、プロポーズの時に。「俺は姫瑠を絶対に悲しませない!」って。大声で叫んでくれたのに、あれは嘘だったのかなー」
「プロポーズ……」
「ちょ、俺そんなことまで言ったわけ!?」
 っていうか春姫が過敏にプロポーズに反応してるのも痛ぇ!?
「そんなに簡単に決めちゃっていいのかなー。単純に決めるんじゃ私はきっと悲しむなー。あーあ、小日向家の近所に言いふらしてやーろうっと。あそこのお宅の息子さんは女たらしですよーって」
「ちょっ、待て待て待て待て! わかった、俺が悪かった! 確かに一ヶ月居ていいって言ったし、一応一ヵ月後に俺が選ぶわけだから、可能性はある、うん!」
 俺がそう言い切ると、姫瑠の表情は戻り、逆に春姫の表情が――ってちょっと待て!
「落ち着け春姫、冷静になって考えてくれ! 俺だけならともかく、このままじゃ春姫まで変な噂に巻き込まれることになる、それだけは俺は避けたい! それに、あくまで可能性の話! 0パーセントが一……いや、小数点単位の可能性が出来ただけだから! 奇跡が五回は起きない限り俺が選ぶのは春姫!」
「う、うん……ごめん、わかってるんだけど……その、つい」
 いつもは頭の回転が速い春姫だが、どうも冷静さを失っているらしい。いや、俺の為だから嬉しくもあるが、今はそんなことも言ってられない。
「そうかなー? そんなに簡単に言い切れるのかなー?」
 と、今度は姫瑠が挑発的な笑顔に変わる。
「確かに、去年から付き合ってる春姫は雄真くんとラブラブかもしれない。でも一緒には暮らしてないでしょ? 私はこれから一ヶ月、雄真くんと一つ屋根の下で暮らすの。同棲するんだもん。外でしか会えない春姫と、外でも家でもベッタリ出来る私。客観的に見て、雄真くんがコロッと行く可能性は十分にあると思うなー」
「む……」
 俺を間に挟んで、姫瑠と春姫の視線がぶつかり始める。――待て、ちょっと待て二人とも!
「それに、私は子供の頃雄真くんにプロポーズされて以来、ずっと好きだったんだもん。十数年来の想いなんだから、簡単になんて諦められないもん!」
 そう言って、姫瑠はグイッと引き寄せるように俺に抱きついてくる。――って、来るなよ!?
 そして――その言葉と行為を封切りに、ついに春姫の堪忍袋が限界を向かえてしまった。
「私だって……私だって、子供の頃、雄真くんに助けてもらって以来、ずっと好きだったんだから! 確かにプロポーズまではされてないけど、でもあなたと違って、今この歳になって好きって言ってくれるのは私だもん! あなたなんかより、私の方が全然雄真くんのこと好きなんだからね!」
 そう言い切ると今度は春姫が俺を強引に引き寄せて腕を絡めてくる。そしてその言葉に、姫瑠も「むっ」と言った表情になる。で、
「私、今朝雄真くんにベッドで抱いてもらった」
 とんでもないことを言い出しやがりましたよこの人!?
「え……ええ〜っ!?」
「ぬうぉい!? 何を言い出しますかお前!?」
「本当だもん。――クライス?」
「――まあ、経緯はともかく、朝ベッドで我が主が姫瑠を抱いていたのは事実だな」
「何証言してますかお前!? マスターのピンチだぞ!?」
「『経緯はともかく』とつけただろう、ちゃんと。それに私としては自分の主には正直に生きてもらいたいものでな」
「それも時と場合を選んでくれ!!」
 ワンドだから表情はわかんないけど、もし表情があったら今クライスは絶対にニヤニヤしてるに違いない。そういう奴だ。
「でも、本当なんだ……」
「いや春姫、落ち着いてくれ! これには深い事情と巧妙な罠がだな!」
「き・せ・い・じ・じ・つ♪ 私と雄真くん、結ばれたの」
「何アクセントつけてよくわからんことをそこで言ってるんだよ!? 結ばれてないよ!!」
 勝ち誇ったような表情になる姫瑠。その表情を汲み取り、決意をあらたにする春姫。そして。
「わ……私だって、もう雄真くんと、あんなことやそんなこと、しちゃってるもん!」
「うおおおいいぃぃぃ!! 何をこんなところで言い出しちゃってるんですか春姫さん!?」
 春姫が顔を赤くしての爆弾発言。――駄目だ、完全に春姫が冷静さを失ってる!!
「ほっほ〜う、あんなことやそんなこと、ね」
 そして、その発言を聞き逃さない柊が、危ない表情になる。
「ねえ春姫、「あんなことやそんなこと」って、具体的にどういうことなのかしら〜? 親友としてあたし、ぜひ聞いておきたいわ〜?」
「あ、杏璃ちゃん……それは……その……だから……ごにょごにょ……」
 春姫の顔がいまにも沸騰しそうな勢いで赤味を増していく。声もどんどん小さくなっていく。というか俺も逃げ出したい!
 だが――そんな春姫の様子は、春姫の発言が事実であることを姫瑠に示すには十分だったようで、「むううぅ〜」と言った感じで険しい表情で春姫と視線をぶつけ合う。
 左に春姫、右に姫瑠。
「雄真ってば、モテモテなのね〜♪ 見ていて羨ましいわ〜♪」
「ま、この位になってくれた方が私としては嬉しいが?」
 正面と背中に面白がってる傍観者達。誰か助けて――と思った瞬間。
「はいはい、授業始めるわよ〜 みんな席について」
 一時間目の魔法の講義の時間になったようで、今日の担当の母さん――御薙先生が教室に入ってくる。
「ほら、後ろ、いつまでも遊んでないで席に――」
 助かった。いや根本的な解決には無論なっちゃいないが、こういう時は一呼吸置かないとどうにもならない。とりあえず授業が始まってくれれば、二人とも多少は冷静になって――
「ねえねえ、もしかして何か凄いことになってる?」
 冷静に、なって……?
「何があったの? 浮気? 修羅場? ねえねえ、具体的に説明してくれないかしら?」
「って、嬉しそうに接近してこないで授業開始して下さい!! あなた教師でしょ!?」
「いいじゃない、気になって授業所じゃないわよ〜」
 おかしいだろう!? 公私混同もいいところですよ母さん!?
「ことの経緯はだな、昨日雄真と春姫が帰り道に――」
「お前はそこで何真面目に説明始めてますかクライス!?」
 誰か……ホント、助けて……


<次回予告>

「いや、連れてくるのはいいが、何か手があるのか?」
「――痛い所を突きますねクライスさん」

ついに対面、二人の雄真のお姫様。
穏便とは程遠い出会いは、当然の如くエスカレートしていく。

「私、負けられないから!! 雄真くんの彼女としてのプライドがあるの!!」

雄真の願いも虚しく、対峙する春姫と姫瑠。
二人の戦いは、いつしか瑞穂坂全域を巻き込む戦いに――

「魔法って、心の力だから、きっとこれは雄真くんの願いだね」

――雄真には見えたとか、そうでないだとか。

次回、「彼と彼女の理想郷」
SCENE 3  「Fight in princesses!」

「しいて挙げるならば我が主がチワワとは違って女性に好意を持たれ易いのが悪いな」
「別に俺は何かをしてるつもりはないんだけどな。確かにチワワはやり過ぎだけど」
「でも、チワワくんだって別に女性から逃げられる性格ってわけじゃないと私は思うけどな」

お楽しみに。


NEXT (Scene 3)

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