(注意)
 本作は、私ワークレットが書いた「ハチと月の魔法使い」、
 及び「この翼、大空へ広げた日」と世界観が同一の事実上の続編となっております。
 本作品を単作品として楽しむことも出来るようになっておりますが、
 より深く楽しみたい方は、上記二作を読んでからこちらを読むことをお勧めしておきます。
 ご了承下さいませ。



 私が追い求めた世界。
 私が夢見ている世界。

 夢は、やっぱり夢で――理想と現実は違う。そう思ってた。
 いや、違う。今だって、心の何処かでは思ってる。儚い夢、だって。

「そこに行けば、きっときっかけは手に入る」
 その人は、私に向かってそう優しく言った。
「君が追い求めている世界が作れるかどうかは私にもわからない。――でも、あそこには、君が追い求めている世界に必要なものが存在している」
 無理を言っているのはわかっている。でも私は、その人の言葉を信じたくなった。
「大丈夫、私が保証するさ。――後は、君の頑張り次第だよ」

 私が追い求めた世界。
 私が夢見ている世界。

 私の理想郷。それは――


「――でも、実際ピンと来ないんだよな」
 俺こと、小日向雄真は学園からの帰り道、とある書類を見ながらそう呟いていた。
「何て言うかな……おいおい俺受けてもいいのかよ、みたいな」
「不安になっちゃうのはわかるけど、雄真くんなら大丈夫だよ。最近の上達は凄いもん。私が保証する」
 俺の呟きに、横の春姫は優しい声援。
「そうそう、最近の雄真の夜のテクニックの上達は目を見張るものがあるな」
 更に俺の背中からも声援――
「――っていきなり午後の路上で何の躊躇いもなくその手のネタに走るんじゃねえクライス!」
「夜のテクニックでその手のネタと決め付ける雄真にも私はいささか問題があるとは思うが?」
「それは屁理屈だ!」
 ――俺の背中で相変わらずの俺弄り(?)を楽しむ、俺のマジックワンドであるクライス。良くも悪くもよくある風景だった。
 さて、俺が一体何の書類を見ていたかと言うと――俺はこの春、進級して直ぐに予定されているClass Cの試験を受けることになっていた。つまり、俺が見ていたのはその試験の申し込み用紙だったりする。
 今回受けることになったのは御薙鈴莉先生――母さんの「そろそろ受けてみてもいい頃じゃないかしら?」という提案からだった。確かに前回の事件以来、結構魔力をコントロール出来るようになってきていたし、春姫とクライスの特別授業のお陰で日々少しずつ成長しているのも事実だと思う。――それでもやっぱり俺個人としてはClass Cとか言われるとピンと来ない。
「まあ、駄目元で頑張ってみるけどな」
 母さん曰く今のところ俺の合格率は四割から五割位だとか。つまり、試験までのあと約一月ちょいが勝負。
「でも、雄真くんの成長の早さは本当に凄いんだから。本格的に魔法を始めて一年も経たない内にClass Cなんて、普通じゃ考えられないもん」
 そう俺の成長を嬉しそうに語る春姫は俺がClass Cの試験を受ける日と同日にClass Aの試験を受けることになっている。こちらの合格率は九割だとか九割五分だとかなんだとか。――凄いのは春姫の方だっての。
「ま、兎にも角にも後一ヶ月ちょっとの追い込みだから、特訓の方宜しくな、春姫もクライスも」
「うん、お願いされました」
「任せておけ。私としても自らの主の向上の為ならば全力を尽くすのみ、だからな」
 俺の成長の早さは、きっと周りの頼りになる環境のお陰なんだろうな……などと思った、その時だった。
「……うん?」
 俺達の数メートル先を、一人の人が歩いている。いや別にそれ自体は変なことでも何でもないんだけど、その足取りが覚束ないというか、何と言うか……とにかくやたらと左右に揺れていて普通じゃない。――チラリと横を見ると、春姫も同じことを思った様子。
「……声、かけてみるか?」
「うん、そうだね」
 と、大丈夫ですかと尋ねてみようと思ったその時だった。――ドサッ。
「――って、倒れた!?」
 ふらついていたその人は、崩れるようにその場に倒れこんでしまったのだ。――急いで駆け寄る俺と春姫。
「大丈夫ですか! しっかりして下さい!――雄真くん!」
「わかってる、今救急車を――」
「……いた……」
 ぐ〜。
「……え? 大丈夫ですか!?」
 っていうか今、微かな声と一緒に、ぐ〜、っていう音がしたよな……?
「今の音って……もしかして……」
 ぐ〜。
「この人の……お腹の音……?」
「……なか……いた……う……駄目……」
 ぐ〜。
「……もしかして」
「空腹で、倒れた……?」
 ぐ〜。
「――某検索サイトの宣伝という可能性も捨て切れんぞ」
「捨てていいよ! どんな宣伝だよ!?」


(ガツガツガツガツガツガツ)
「…………」
「…………」
 俺達は、目の前の人の余りにも物凄い勢いでの食べっぷりに、言葉を無くしていた。
 あれから、一番身近で手ごろに物が食べられる場所を、ということで学園に戻り、Oasisに直行。とりあえずカレーライスを注文し、目の前に置いた瞬間勢いよく起き上がり、今に至る。
「あー、すいません、カレー追加でお願いします」
 多分余裕でもう一皿食べれるだろうと思った俺は、通りかかったウェイトレスの人に追加注文。――その間にも目の前の女の子は物凄い勢いでカレーを平らげていく。
 そう、俺達が助けたのは女の子、俺達と同じ位の歳の子だった。身なりが変だったわけでもないし、今のところ何故そこまで空腹に追い込まれていたのかはまったく不明。
「お、お待たせ致しました……」
 流石に異様な光景なのか、おかわりのカレーを運んでくれたウェイトレスの人もかなり警戒気味だ。
(ガツガツガツガツガツガツ)
 一皿目を食べ終わると同時に、当然のごとく彼女は二皿目に突入。勢いが衰える様子は見られない。
「あ、あの……あれでしたら、まだ頼みますから、焦らない方が」
 春姫のその台詞に、彼女は始めて自我を取り戻したようにハッとする。
「ず、ずびばべん、ぶぶがわんばびぼばべてばはったもぼべ」
「いや、とりあえず飲み込んでからで……」
 口にカレーライスを一杯に含んだ状態で頭下げられてもな。――取り合えず完食して落ち着いてからにしよう、という意見で三人とも一致したので、二皿目のカレーを食べ終えるのを俺達は待つことにした(もっともあっと言う間に食べ終えてしまったのだが)。
 食べ終わり、水を飲み干し、紙のナプキンで口を拭いて、息を吹いて、
「あらためまして、助けて頂いて本当にありがとうございました!」
 と、彼女は俺達に向かって頭を下げてきた。
「いや、気にしなくていいよ、カレー二皿位。――でも何であんな所で行き倒れ?」
「それは……お恥ずかしい話なんですが」
 本当に恥ずかしそうに彼女はそう切り出す。
「私、生まれは日本ですけど、四歳の時に両親の事情でアメリカの方に越したんです。で、ずっとアメリカで暮らしてたんですが、今度またこちらに単身戻ってくることになりまして」
 帰国子女、ってやつか。
「それで、その、日本での引っ越し先への荷物の中に、お財布とか、引っ越し先の住所とか地図とか、一緒に入れちゃってたみたいで、それに気付いたの空港を降りてからでして」
 ……相当のドジっ子さんなんだな。
「更にですね、行く前から緊張して食べ物が喉を通らなくてですね、ここ二日間何も食べてなかったもので」
「こっち到着して、引っ越し先を探している内に現実的にお腹が空いてきてしまった、と」
「そういうことなんだと思います……はぁ」
 自分の失敗に呆れてるのか、大きなため息をついた。
「でも、こうして素敵な方々に出会えたお陰で助かったんです! 神様はまだ私を見捨ててなかったんですね! 本当にどうもありがとうございました! これでまた元気に目的地を探せそうです! それじゃ!」
 そう言い残し、彼女は元気に席を立って――
「――って、ちょっと待ったちょっと待った!」
「え?――あ、いけない! 折角助けて頂いた命の恩人の方々のお名前も聞かずに! すいません、この紙にお名前とご連絡先を! カレーの代金は必ずお返しします!」
「いや、カレーの代金は別にいいんだけどさ」
 うん、カレーの代金はともかく、その。
「宜しければ、わかる範囲内でいいので、目的地のこと、教えてもらえませんか? 私達地元の人間ですから、場所を教えてあげられるかもしれないですし」
 春姫も俺と同意見だったようで、そう彼女に告げる。
「あ――そうですね。すいません、何から何まで」
 そう言って恥ずかしそうにまた席に座りなおしてくれた。
「で? 目的地、どの位までわかってる?」
「はい。――この辺りで暮らしていらっしゃる、小日向さん、っていうお宅を探してるんです」
 この辺りで暮らしてる小日向さん。――あれ?
「……もしかして」
 俺と春姫はつい顔を見合わせてしまう。――すると、
「ま……まさか、あれですか!? 「いや、二年前まではあったんだけど――可哀想なことをしたよ」とかいうやつですか!? 家が燃えちゃったとか、借金苦で失踪したとか、●ジラに踏み潰されたとか、家政婦に見られたとか!! そんなぁ……折角ここまで来たのに……」
 勝手な想像で勝手にショックを受けて勝手に項垂れてしまった。――っていうか家政婦に見られると一体どうなるんだ日本の家庭は。
「いや、あの、そうじゃなくて」
「いいんです……犯人はお姑さんなんですよね……」
 何の話だよ。
「だからその、君が想像してるようなことには多分なってないから。小日向さんのお宅、家も家族も無事だから」
「え……そうなんですか?」
「っていうかさ、君が探してる小日向さんのお宅って、多分俺の家のことだと思う。この辺りに小日向って苗字の家、俺の家しかないし」
 そう告げてあげて数秒後、
「あ……あのっ! つまりその、あなたの苗字、小日向、ってことになるんですか!?」
「ああ、うん」
「それじゃ、その……お名前! フルネームでお願いします!」
 やけに真剣な面持ちで、少し身を乗り出すように、いきなり俺のフルネームを聞いてきた。――何だ? 俺に何かあるのか?
「俺、小日向雄真」
 でもまあ、取り合えず思い当たる節がないので、素直に名前を教えてあげることにする。――すると、
「小日向……雄真さん……小日向、雄真さん……あなたが……」
 目に少し涙を浮かべ、頬をピンク色に染めて、ゆっくりと立ち上がって、
「小日向雄真さん……会いたかった……!!」
「いや、会いたかったって、その――」
 気付けば、唖然としてる俺に、抱きついていた。
「――って、ええええええええ!?」

 この時の俺は、知る由もなかった。
 突然現れた目の前の美少女の、謎の抱擁が、また新たに始まる、笑いと涙の物語の幕開けだったなんて。



彼と彼女の理想郷
〜"Workret" presents the after story of "Happiness!" 3rd〜



 「……雄真、くん……?」
 いや、その、また新たに始まる物語の幕開けの前に、その、春姫の信じられない程の冷たい視線というか、修羅場が、何だ、あれだ。――誰か助けてえぇぇぇ!!


NEXT (Scene 1)

BACK (SS index)