日曜日。――その日は偶々欲しい本があって、昼食前に本屋に行くことにした。
「あれ理樹、出掛けちまうのか?」
「真人。――うん、ちょっと本屋にね」
「なんだ、折角新しく「筋肉&筋肉feat.筋肉ララバイ」ってのを編み出したからそれで一緒に遊ぼうと思ったのによ……」
色々な意味で気になる筋肉だ。というか遊べるんだそれ……
「ごめん真人、それはまた今度」
「ああ、約束だぜ。――さてと、それじゃオレは筋トレでもするかな」
そう言う真人は既に先程からスクワットをしていた気がする。――もしかしたら真人にとってスクワットは既に筋トレじゃないのかもしれない。
そんなことを思いつつ寮の玄関まで来ると、
「お、なんだ、理樹も出掛けるのか」
同じく出掛けようとしている恭介の姿が。
「うん、ちょっと欲しい本があって、本屋に」
「奇遇だな、俺もだ。スクレボの最新刊が今日発売なんでな」
スクレボ――詳しいことは知らないけど、正式名称は「学園革命スクレボ」。とある学校を舞台に秘宝を求めてスパイ達が入り乱れるという漫画だ。漫画好きの恭介が特に今一番嵌まっている漫画らしい。
「それじゃ、一緒に行くか」
「うん、そうだね」
断る理由もない。僕らは一緒に本屋を目指すことにした。寮を出て、河原を抜けて、駅前商店街へ。本屋は幾つかあるけどとりあえず一番大きい本屋に入る。
「はぁー!? 入荷が明日ってどういうこと!? 発売日今日でしょ!? 意味わかんないんだけど!? 何故!? ホワーイ!?」
と、入るとそんな声が耳に入る。その言葉からするに、今日発売の本を買いにきたのに、肝心のその本が店側の事情により入荷出来ず、そのことに対する抗議だろう。
「やれやれ、みっともないな、本一冊で」
恭介も当然耳にしており、少々呆れ顔だ。まあそれに関しては僕も同意見だ。
「声からするに女の子だと思うけど……」
辺りを見ても、それらしい女の子はいない。諦めて帰ったんだろうか。
「ま、俺達は紳士で行こうぜ」
そう言って、新刊コーナーに。すると……
「……え?」
新刊コーナーの一角に、小さなポップが立てられていた。そのポップには……
『学園革命スクレボ最新刊は当店は明日の入荷になります』
「…………」
「……恭介?」
固まる恭介。そして数秒固まった後――
「理樹……茶番だああああああ!!」
「ええ!? よくわからないけど恭介がそれを言うの!?」
とりあえず全然紳士じゃなかった!!
あの歌声の向こう側で 〜"Workret" presents the after story of "Little
Basters!" 2nd〜
-The first part-
「ふぅ、危ないところだったぜ」
そう言う恭介の顔はご機嫌だ。――あれから他の本屋に行って、何とかスクレボの最新刊を買えた結果だった。
「そう考えると、最初の本屋で文句を言ってた女の子もスクレボを買いにきてたのかもしれないね」
「成る程な。あれほど怒るのも無理はないな。スクレボ好きに悪い奴はいない」
「いやいやいや……」
実に自分本意な考えだった。
「だってよ、凄え面白いんだぜ! 理樹も読んでみたら怒る気持ちもわかる。貸してやるから読んでみろって!」
そう僕に説明する恭介の顔は正に純粋無垢。本当に好きなんだなあ、とあらためて思う。
「そうだ、いい機会だから他のメンバーにも薦めるか。仲間内で共通の趣味を持つってのもいいだろ」
「野球は?」
「あれは体を動かすもんだろ。頭使う趣味ってのも格好いいじゃねえか」
うんうん、と一人で納得する恭介に、でも所詮漫画だよ、とは言わないであげる僕なのだった。
「よう、待たせたな」
その日の夜。いつものその台詞で恭介が現れる。――僕と真人の部屋に集合、という恭介の指示により、男三人、恭介を待っていたのだ。
「恭介、何か新しい遊びを考えたというのは本当だろうな?」
集合がかかった理由が「新しい遊びを開発した」だったので、謙吾のテンションはやけに高かった。
「ああ、期待していいぜ。――って女子誰もいないのかよ?」
「今日はみんなでお泊り会らしいよ。鈴にメールしたらそう書いてあった」
「好きだな、あいつらも」
「僕らも人のこと言えないけどね……」
というわけで、男三人、恭介が持ってきたものに注目する。
「さてと、それじゃコイツをご開帳といくか」
この部屋備え付けのちゃぶ台(段ボール)をどかし、恭介が床に広げたのは……
「……人生ゲーム?」
人生ゲームだった。――つまらないとは言わないが、
「これの何処が新しい遊びなんだ……?」
謙吾の言う通り、新しい遊びじゃない気がする。
「お前ら、こいつをただの人生ゲームだと思うなよ? こいつは名付けて「人生ゲーム〜スクレボ編」だ」
「人生ゲームのスクレボ編……?」
「ちなみに俺が作った」
自作だった。――本屋に行った時に恭介はスクレボの布教を決意していた。恐らくはそれの第一歩だろう。
「とりあえず一回やってみろって。文句はそれからだ」
そう言われてしまうととりあえず反論出来ない。まあ人生ゲームはマンネリだがやればやったで盛り上がりはするから、そういう意味ではさほど心配はいらないか。
「ルールは同じなのか?」
「ああ。ルーレットを回して進んで最終的に一番金を持っていた奴が勝ちだ」
ルーレットを回し、順番を決める。――結果、僕、恭介、謙吾、真人の順になった。車にピンを挿し、スタートに置く。
「それじゃ、ゲームスタートだ」
トップバッターの僕がルーレットを回す。スタートして数マスで最初の就職ゾーンだ。僕が止まったマスは……
「……「工作員になれる」?」
「おっ、いいマスに止まったな理樹。工作員は普通の人生ゲームなら医者と同レベルだ」
よく見ると他のマスに書かれている職業も普通じゃない。
「成る程、人生ゲームのスクレボ編だからか」
「そういうことだ。ちなみに職業が決まってからが本番だからな」
続いて謙吾、恭介とルーレットを回していく。
「俺は……スナイパーか」
「俺は暗殺者だな」
二人の職業もそれっぽいものだ。
「オレの番だな。――見てろよ、筋肉ならではの職業を選んでみせるぜ!」
「いやいやいや、人生ゲーム筋肉使わないから……」
というわけで最後は真人。気合いを入れてルーレットを回すと……
「……「サラリーマンになれる」?」
目茶苦茶普通の職業だった。
「恭介、ここだけ作るの忘れたの?」
「いや、それで合ってる。――中には普通の職業の奴がいた方が燃えるだろ」
「え……?」
「よしっ、Aランクのターゲットの狙撃に成功したぞ!」
「おっ、やるじゃないか謙吾。――俺も制作者として負けらんないな」
人生ゲームも中盤に差し掛かると、段々と盛り上がりを見せはじめた。用意されたマスは流石恭介といったところ、同じマスでも職業によって結果が変わったり、一番近くにいる他のプレーヤーによって変わったりと凝っていて、四人とも気付けば夢中になっていた。
現在のトップは謙吾。僅差で恭介、僕と続く。――で、真人といえば、
「うおおおおお!! 折角ローンで買ったマイホームが火事かよ!? 火災保険入っとけばよかったああーーーーっ!!」
断トツ最下位で、悲惨なサラリーマンの人生を一人送っていた。
「というか、あいつ一人全くスクレボとは無縁の進み方をしているのは何故だ……?」
「どれも等しく人生さ」
「いやいやいや……」
ある意味そういうマスにしか止まらない真人は逆に凄いと思う。
「次、理樹だぞ」
「あ、うん」
ルーレットを回し、止まったマスは……
「結婚が出来る……?」
一般人生ゲームにもある、結婚のマスだった。
「気をつけろよ理樹、そこのマスは絶対結婚詐欺に合うぜ」
「残念、理樹の工作員は職業の能力で詐欺には合わないのがルールになっている」
「というよりも詐欺など低俗なものに騙されているのはサラリーマンのお前だけだ」
事実、真人は既に結婚のマスに二回止まり、二回とも詐欺だったりもする。
「でもさ、スパイ関連の職業なのに普通に結婚とかってどうなのかな」
「そこがいいんじゃないか。任務先で芽生える愛がドラマだぜ」
「オレは出張先で知り合った女に金取られたぜ……」
真人の人生ゲームは悲惨にも程がある気もする……
「ほら理樹、カード引けよ」
「あ、うん」
引いたカードによって結婚相手や結果が決まるらしい。一番上の一枚を取る。
「おっ、やったな理樹! お前の結婚相手は女スパイだ」
「工作員として活動中、出会った女スパイと行動を共にしている内に恋に落ちるか……ロマンチックだな、理樹」
何故か僕よりも興奮する恭介と謙吾。だが僕は、不思議な感覚に囚われていた。何かが引っ掛かる。何だろう?
スクレボ。
女スパイ。
行動を共にしている内に。
「こいつはまさにスクレボ……っと、どうした理樹、ボーっとして」
「え? あ、ううん、何でもない」
恭介の言葉で我に返る。――今のは何だったんだろう?
女スパイなんて言葉に、どうして僕は引っ掛かっていたんだろう。これじゃまるで、一度僕が何処かで女スパイに会って、行動を共にして、恋に落ちたことがあるみたいじゃないか。
僕はそんな経験、一度だって、無いのに。そんな漫画みたいな話、実際にあるわけが無い、のに……
「お、俺も結婚のマスに止まったぞ」
余計なことを考えるのは止めて、遊びを楽しもうと思い、人生ゲームに意識を戻すと、謙吾も結婚のマスに止まっていた。カードを一枚取ると……
「謙吾、お前の結婚相手は……巫女だ!」
「え」
「な」
「は?」
…………。
「茶番だああああああ!!」
「ええ!? 本家もこんなところで言うの!?」
そんなこんなで、その夜は更けていったのだった。
「うわやっべえ、完全に遅刻だ」
翌朝。――スクレボ編人生ゲームに嵌まった僕らはあれから何周もプレイしてしまい、随分と夜更かしをしてしまった。結果として四人全員が寝坊。学校への渡り廊下を急いでいた。
「真人だったな、最後の泣きの一周を頼んだのは」
結局真人は全十二周中、サラリーマン八回、教師三回、建築家一回で、ついにその手の職業に就くことはなかった。唯一建築家の時だけスクレボ関連のマスに止まったが、設計したものをスパイに爆破されるという悲惨なものだった。
「ああ!? テメーだって何度ももう一周コールしてたじゃねえか!!」
結局謙吾は全十二周中、十二周全てで巫女と結婚していた。そんなに巫女が好きなんだろうか。本人は否定しているが。
「お前ら、揉めてる暇があったら遅刻を回避する方法を考えろよ。俺は一人だから無理だけどお前ら三人いるんだからどうにかなるだろ」
恭介の言葉。――春頃似たようなシチュエーションをそういえば体験した気がする。あの時は鈴を真人と謙吾で三階の教室まで飛ばしたっけ。
「とりあえず、先攻して潜入しているコードネーム「キャット・ベル」に通信し、カモフラージュボイスを発してもらうというのはどうだろう」
「いやいやいや、普通に鈴に携帯で代返を頼む、でいいから」
すっかり謙吾は一晩でスパイの世界に囚われていた!
「とりあえずメール送ってみるよ……」
鈴にメールを送ると、すぐに返事が返ってきた。中身は……
『やじゃ(∵)』
「…………」
「…………」
「…………」
…………。
「……成る程。潜入中故に暗号で返事か。中々抜かりないなキャット・ベル」
「ええ!? これ暗号じゃないよね!? 普通に断られただけだよね!?」
どれだけ毒されてるんだろう謙吾は。
「ふっ、オレは読めたぜ」
「何? 本当か?」
「ああ、オレの筋肉を舐めるなよ」
「いやいやいや、暗号読むのに筋肉いらないから」
「これは……「ヤ」ンバルクイナさん、「ジャ」グジーお願いします、の略だ」
「そっちの方がよっぽど暗号だよ!」
「またお前達か……」
担任の教師が呆れ顔で僕らを見る。――結局どうすることも出来ないまま、見事に僕らは遅刻した。
「元気がいいのはいいが、学生の本業である学業を怠るなよ?……全く、わざわざ転入生が来た日に遅刻することも無いだろうに」
「え?」
「もう挨拶も済んだから、お前達は自分で挨拶して名前を聞いておけよ」
担任の教師はそう僕らに告げると、教室を後にした。
「転入生が来たんだ……」
教室を見渡してみると、一角に明らかに人だかりが。成る程、転入初日、色々質問されているのだろう。――あの様子じゃ、すぐに挨拶は出来そうにないな。
「素敵な方でしたよ、リキ」
「うん、すっごく可愛い女の子だったよ〜」
と、未だ顔すら確認出来ない僕に、クドと小毬さんが情報を流してくれる。――可愛い女の子、か。
「ふむ、また一人理樹君のマグナムキャノンの餌食になってしまうのだな」
「何だよそれっ!! 僕はそんなことしないよ!!」
「まぐなむきゃのん……? 理樹君、美魚ちゃんみたいに何か凄い武器持ってるの?」
「神北さん、この場合のマグナムキャノンはですね……」
「ああっ、西園さん、何を――!」
…………。
「ふえええええ!? りりりり理樹君のまままままぐなむ」
小毬さんは一気にパニックに陥った。まあ無理もないが。
「理樹、スパイならばサイレンサーが付けられるものがよくないか?」
「そこはそこでよくわからない勘違いしてるし!」
というか、こんなやり取りを続けてもし聞かれたら間違いなく転入生の子に変な人だって勘違いされるな……挨拶は、もっと落ち着いてからにしよう。
「第一回、リトルバスターズ、スニーキングミッション大会〜! はい拍手〜」
「いやっほうううぅぅぅ!!」
謙吾がいつもより三割増しのテンションで拍手する。ここまでくると謙吾の中でのスパイブームは本物だ。
さて放課後になった。メンバーは全員昼休みの間に放課後は僕らの教室に集合というメールが届いていたので、こうして集まってきていた。
「はいはーい、スニーキングミッション大会って、具体的には何をするんですかー?」
「よくぞ聞いてくれた三枝。――ルールは難しくない。まずこの箱に、行き先が書いてある紙が入っている。それを引いて、まずその紙が指定している場所に移動。到着した場所にも紙を用意しておくかららその紙を開き、そこに書かれていることを実践したら戻ってくる。――ただしこれはスニーキングミッションだからな。誰かに話し掛けられた時点で失敗とする。以上のルールの中で、一番スマートに任務をこなせた奴が優勝だ」
本格化してきたな、恭介のスクレボ浸透計画……
「実際に移動中に何があったとかの判定はどうするのでしょうか?」
「ああ、任務中はコイツをつけてもらう」
西園さんの質問に恭介はお馴染み恭介特性のイヤホン式の通信機を取り出した。あれもなんだかんだでかなり高性能だ、問題ないだろう。
「そうだ、言い忘れてたが、こちらからの通信にはしっかり応答しろよ? 状況説明もスニーキングミッションでは重要なんだからな」
まあ、雰囲気を大事にする恭介なら当然のことだろう。
「優勝者には、ささやかながら商品を用意したから、気合い入れろよ。――じゃ、クジで順番決めたらスタートだ!」
割り箸で出来たクジを順番で引いていく。トップバッターになったのは――
「おっ、二木か」
佳奈多さんだった。物凄い面倒そうな顔をしているけど、最近では放課後は寮会の仕事が無い限り参加してくれている辺り、楽しんでくれていると思いたい。
「……引きました」
「どれどれ……音楽室か。よし、それじゃこいつをつけてスタートだ」
恭介に渡された通信機を装着する。佳奈多さんが付けるとスパイと言うよりもSPみたいだ。
「ねえねえ、コードネームってつけないの? そういうのがあった方がそれっぽくない?」
と、今まさにスタート、という時に葉留佳さんの横槍。
「それもそうか。――よし理樹、二木のコードネームを頼む」
「ええ!? 何で僕なの!?」
「時期リーダーはお前だぜ? 必要以上にもう俺は出しゃばらない」
なら今回の催しは一体……とはやっぱり言えない僕なのだった。――気持ちを切り替えて、佳奈多さんのコードネームを考えることにする。佳奈多さん。佳奈多さんといえば。
「……ケチャップ?」
寮会の手伝いの時のハンバーガーの注文が印象的……
「な・お・え・?」
満面の笑みで、アクセントをつけながら僕に詰め寄ってくる佳奈多さん。――地雷だったかもしれない。アクセントが妙に怖かった。
「あなた、私のことを馬鹿にしてるのかしら?」
「いやほらでも他に佳奈多さんで思い付くのって「醤油」か「かなちゃん」のどっちかしか……って、ちょっ、えええええ!?」
「二番目は小毬か。準備はいいか?」
「はい、おっけーですよ」
「よし、ミッションスタートだ!」
「ようしっ、がんばるよ〜」
二番手の小毬さんがスタートした。――ちなみにコードネームはつけない方向で決定した。ついでにば言えば僕の寮会での仕事が増えた。迂闊だったかもしれない。
『さささっ』
スピーカーからは、移動中と思われる小毬さんの声が。
「心配だ……こまりちゃんはこういうの苦手な気がする」
「鈴。――確かに小毬さんはこういうの苦手だろうけど、多分大丈夫だよ」
『さささっ。――うん、異常なしです』
「なんでだ? 実はこまりちゃんは凄いスパイだったりするのか?」
「いやあ、まあ……」
『さささっ』
いちいち移動を音で表現しているあたり、端から見たら結構微妙だろう。とりあえず話し掛ける人はあまりいない気がする。
『えっと、女子寮の二階の階段を上がって五つ目の部屋だから……』
どうやら小毬さんの目的地は女子寮の一室らしい。
『……三、四、五、って、ふえ? ここ私たちの部屋だよ』
「わたくしと神北さんの部屋ですの?」
「みたいだね」
ガチャッ、とドアを開け、部屋に入っていったようだ。
「小毬、指令書はあるか?」
『えっと、ありました』
カサカサカサ。
『って、ふええええええ!?』
「小毬さん!?」
指令書の中身を見たと思われる小毬さんが驚愕の声をあげている!
「どうしたの!? 何が書いてあったのさ!!」
『その……「部屋の主の下着の色の割合を調べよ」って……』
…………。
「この変態馬鹿兄貴ぃぃぃぃ!! こまりちゃんになんてことするんだ!!」
「恭介……正直、見損なったよ……」
「最低ね。――最低」
「ちょっと待てお前ら! 俺はあんなの書いてねえっ!」
「でも実際、小毬さんの部屋に置いてあったのです……」
「流石にこれはちょっと引きますネ……」
「だから俺じゃねえ! 誰かの陰謀だ!」
「誰かって、誰の――」
と、そこでふと気付く。先程から全員で恭介に詰め寄っている……と思っていたら、一人だけそれには参加せず、通信機の前に陣取っている人が。
「それでどうなんだ小毬君。下着の色の割合は。速やかに報告するんだ」
…………。
「あんたかー!!」
来ヶ谷さんだった。――まあ冷静になって考えたらこの人以外はいないか。
「なんだ、少年は小毬君のパンツとブラジャーの色が気にはならないのか?」
「そういう問題じゃないでしょ!?」
「そうか、既に調査済みか。やるじゃないか」
「もっと違うよ!!」
「違うとなると、直枝さんは、神北さんより、恭介さんの……」
「結論が極端だよ西園さん!」
ああもう、収集がつかない。
「わかった小毬君。タンスの引き出しの一番上にあるやつの色を教えてくれるだけでいい」
「だからっ、そういうのは――」
「ちなみに、小毬君が優勝した場合、理樹君の……を、商品として用意しよう」
「ええ!? 今何て言ったのさ!? 僕の何!?」
『ふえええええ!? り、理樹君の……?』
「ああ。苦労して入手したものだが、小毬君になら譲ってもいいぞ」
…………。
『……うん、やるよ、私!』
「やるの!?」
そんなに僕の……が欲しいのか。というよりも本当に僕の何を持っているんだ来ヶ谷さん。
『よ……ようしっ』
タンスの引き出しを引く音がする。
「小毬君! どうなんだっ!」
「興奮し過ぎだよ来ヶ谷さん……」
でも悲しいかな、気付けばメンバー全員が通信機の周囲に密集し、小毬さんの応答を待っていた。そして。
『……く、黒でした』
「何いいいいい!?」
返ってきた答えは、予想外のモノ。
「こ、これは意外でしたネ……あのこまりんが、黒とは」
「なんてことだ……知らない所で大人の階段を登っていたとは……おねーさん、不覚だよ……」
「来ヶ谷さん、小毬さんの何なのさ……」
まあでも女性の下着に詳しいわけじゃないが、小毬さんの黒は予想外だ。リアクションの大きさは大小あれど、全員が驚いている。ちょっと見る目が変わるかもしれない、とか思っていると、
『……あ、これさーちゃんのだった』
「え」
「な」
「は」
さーちゃんの。――つまりその黒い下着は笹瀬川さんのであって。
「……えーっと」
みんなの視線が笹瀬川さんに向かった――気がしただけで、実際は全員が複雑な表情で固まってしまった。何て言うか、申し訳なくて笹瀬川さんの顔が見れない。
『……ってどどどどどうしよう、間違えてさーちゃんの黒い下着を報告しちゃったあ!?』
小毬さん、事の重大さに気付くのはいいけど、中身の連呼は悪化に拍車をかけるだけだから……!
『え、えっと……うん、見なかったことにしよう。見られなかったことにしよう。おっけー?』
強引な小毬マジック、発動!
「おっけーなわけないに決まっているでしょう!!!」
『ごごごごごめんなさい〜〜!!』
――するはずがなかった。
『こちら鈴、現在校舎西階段を上昇中、おーばー』
「了解、オーバー」
三番目は鈴。現在目的地に向かって順調に移動中。流石にこの通信にも慣れたものだ。
「宮沢様に……宮沢様に……下着の色が……」
「あう……」
ちなみに、笹瀬川さんは教室の隅で、小毬さんがその反対側で廃人化していた。特に笹瀬川さんは酷く、あの鈴さえ、
「その……なんだ、色々あるけど、まあ頑張れ」
と励ます程だった。まあ無理もないけど。
『目的地と思われる部屋の前に到着した。これから進入する』
間もなく、鈴が移動完了のようだ。さて何処が目的地だったのかな、と思っていると――ガラガラガラ。
「なんだ? 何であたしの目的地にみんながいるんだ?」
鈴が教室に戻ってきた。どうもグルグル回ってここに辿り着いたらしい。
「指令書が間違ってるのかな……?」
「いや理樹、それで合ってる。――鈴、これが行動の指令書だ」
が、恭介は最初から鈴がここに来るように仕向けていたようで、鈴に紙を手渡す。
「って……こ、こんなん出来るかぼけーっ!!」
そして、その指令書を見た鈴のリアクションがこれだった。何が書いてあるのかと思い、覗き見てみると。
『棗恭介に向かって、上目使いで可愛いらしく「お兄ちゃん、大好き」と言う』
…………。
「恭介……」
これは鈴は嫌がるだろう。
「そこまでして言って欲しいのか……?」
「うるさいやい、かれこれ十三年と四十五日言って貰ってない兄の気持ちがお前らにわかってたまるか!」
凄い記憶力だった。相当気にしてるんだろうな……
「りんちゃん、言ってあげたらどうかな? 大切な人に大好きっていうのは、いいことだよね?」
「い……いくらこまりちゃんの頼みでも、これだけは無理だ」
小毬さんの説得にも鈴は応じない。
「鈴。――お前が優勝したら、商品はモンペチでいいぞ」
「うぅ……」
だが、続いて恭介からモンペチの誘惑。
「しかも用意したのは普通のモンペチじゃない。こいつを見てもまだ無理だなんて言えるかな?――ちゃんちゃちゃんちゃちゃちゃちゃちゃちゃん」
のりたまのテーマと共に恭介が取り出したのは……
「モンペチエメラルド!?」
よくわからないが、名前とパッケージからして、グレードが高いモンペチなんだろう。
「さあどうする? これでもやらないのか?」
勝ち誇ったような恭介の表情。そして、
「……い、一回だけだからな」
鈴が折れた。余程あのモンペチエメラルドが欲しかったのか。
「い、いくぞ」
「ああ、いつでも来い」
鈴が恭介の前に立つ。既に真っ赤だった。そして――
「……お兄ちゃん……大好き」
言った。言い切った。正直あの恥じらいっぷりはかなり可愛いかった(しかも演技じゃない)。――そして、言われた恭介と言えば、
「がはぁぁぁ!!」
「ああっ、恭介、しっかり!」
鼻血を出しながらその場に倒れた。余程嬉しかったのか。
「がはぁぁぁ!!」
「って、何で来ヶ谷さんまで鼻血出して倒れてるのさ!?」
「四番目は理樹か。準備はいいか?」
「うん……」
「どうした? 何か心配事か?」
「そういうわけじゃないんだけどね……」
両方の鼻の穴にティッシュを詰めた恭介は威厳の欠片もなかった。もしかしたらスクレボを浸透させたいんじゃなくて、ただ鈴にあれを言って欲しかっただけなんじゃないか、と思ってしまう。
「りんちゃん、とっても可愛かったよ〜」
「うう……」
一方の鈴は未だ廃人化している笹瀬川さんの横で傷心中。――この先もう二十年はあの台詞を言わないだろうな、あの様子からするに。
「よし理樹、スタートだ」
恭介のその言葉を背に、通信機をつけ、教室を後にする。
(この指示からすると、目的地は屋上かな……)
ある程度指示通り移動すると、階段が見えてくる。やはり僕の目的地は屋上らしい。相変わらず出入り禁止だが、小毬さんとのこともある。慣れたものだ。
屋上に出る。周囲を見渡しても指令書らしきものきはない。通信で確認してみるか、と思っていると、
「あれ……?」
ザザザ、ザザザッ。――イヤホンから聞こえてくるのはノイズだけで、通信どころではなかった。故障かな?
「あ」
スッ、といきなりノイズが消える。直ったかな、と思った瞬間。
『直枝理樹くんね?』
「え……?」
恭介のものではない、女の人の声。メンバーの誰かでもない。
一体誰だ、と思っていると、その声は――
(後半に続く)
さて皆さんこんにちは。筆者のワークレットです。
調子に乗って、リトルバスターズのss、第二弾です(笑)。
いやあもうまた書きますけどあっち書けよとか思う人いたらごめんなさい。
別進行なんですってば(汗)。
今回の話のテーマは……あれ、ここで書くとネタバレになるな、後編の(苦笑)。
まあとにかく後編にまた続きますということで。
一体屋上で理樹に通信してきた人間は誰なのか!? 気になりますね!!(おい)
ではでは、感想等を頂けるとありがたいですね。ワークレットでした。 |