「ゲームセット!!」
威勢のいい審判の声がグラウンドに響き渡る。
「4−3、リトルバスターズ!」
そのまま審判は、僕らリトルバスターズの勝利を告げた。
――あの不思議な世界から無事生還し、夏休みも終わり、二学期になり、メンバーが全員帰って来た秋。僕らは再び野球をするようになり、定期的に試合をしていた。成績は上々。この辺りの草野球チームには大体勝利したと思う。
「今日も勝ったね。最近負け無しだよ」
今日は隣町にあるチームと対戦、勝利を収めていた。
「今日もはるちん大活躍!」
当然みんなのテンションも高く、葉留佳さんを筆頭に帰り道は賑やかだ。
「うむ、四回のノーアウト満塁の時の葉留佳君のゲッツー崩れの1点が無ければ我々の負けだっただろうな」
「それからその裏での三枝さんのエラーからの失点は試合を盛り上げる、という意味合いにおいて大きかったと思いますよ」
「いやー、そんなに褒められると照れちゃいますネ」
「つまりテメエがもっとしっかりしてれば余裕で勝てたっつー嫌味じゃねえかよ……」
「わかってませんネ真人くん。姉御やみおちんはそんなことを責めるような心の狭い方ではないのですヨ」
「いや、要約すると真人少年の言う通りなんだが」
「同じく」
…………。
「うえーん、鈴ちゃーん、姉御とみおちんと真人くんがいじめる〜」
「うっとうしい、いちいち抱き着いてくるなぼけーっ!」
「理樹く〜ん」
「だからと言って理樹に抱き着いてくるなーっ!!」
鈴が力任せに僕に抱き着こうとした葉留佳さんを引き離す。――軽い嫉妬だろうか。ちょっと嬉しい。
「…………」
「?
恭介、どうしたのさ?」
気付けば恭介が何とも言えない表情で僕らのやり取りを見ていた。
「三枝」
「うん?」
何だろうと思っていると恭介は僕の問い掛けには答えず、葉留佳さんを呼んだ。こそこそと二、三言葉を交わしたと思えば、
「恭介くん、鈴ちゃんと理樹くんがいじめる〜」
「よしよし、仕方ない奴だな、三枝は」
さっきの鈴や僕に甘える様に恭介に抱き着く葉留佳さん。それを僕らとは違い優しく抱き返す恭介。
「何をしているんだ、あいつらは……?」
満面の笑みで抱き合ったままの二人。――これは、多分。
「鈴、多分恭介はさっき鈴が僕にしたみたいに嫉妬して欲しいんじゃないかな……」
「なにぃ、そーなのか?」
見れば恭介は先程の満面の笑みは消え、また複雑な笑みに変わっていた。
「鈴、兄ちゃん悲しいぞ……ここは大好きなお兄ちゃんが取られちゃう、と危機を感じるとこだろ」
「どーでもいいな」
「いやいやいや……」
見れば廃人の如く肩を落とす恭介に、真人と謙吾が「俺が居るだろう」「俺も筋肉も居るぜ」と励ましていた。
「三人同時……というのも、アリかもしれません」
西園さんの謎の呟きはともかく、いつものこととはいえちょっと恭介が哀れだ。
「鈴、1回でいいから、嫉妬してあげてよ。あの落ち込みようは可哀相だからさ……」
「仕方ないな……1回だけだぞ」
鈴は恭介と葉留佳さんの前に立って、そして、
「馬鹿兄貴の存在でなにはるかに抱き着いてるんじゃぼけーっ!!」
嫉妬する方を間違えていた!!
その白球は誰の為に 〜"Workret" presents the after story of "Little
Basters!" 1st〜
-The first part-
「来週の土曜、山伏(やまぶし)高校の野球部と試合するからな」
数日後の朝食の時に、恭介がそんなことを言ってきた。
「山伏高校って……ちゃんとした野球部と試合するの?」
「ああ。春頃に比べたら随分とレベルアップしてるからな。そろそろどこか強いところと戦ってみるのもいいだろ」
まあ、恭介の性格からしても、「燃える」展開を求めるのは当然か。
「ちょっと待て……恭介、確か今、来週の土曜、と言ったか?」
と、唖然とした表情をするのは謙吾。
「謙吾、来週の土曜何かあるの?」
「来週の土曜は剣道部の練習試合があるんだ……」
「そっか……じゃあ来れないね」
「何てことだ……」
謙吾はあの事故以降、どうも部活よりもリトルバスターズの方を重視している節がある。嬉しいは嬉しいが部活を疎かにして大丈夫なのかな、と少し心配してしまう。事実練習試合ではなかったが部活の行事の時にこちらに来ていた為に少々問題になったのは記憶に新しい。
「試合の日程、ずらせないの?」
「無理だな……正式な高校の部だしな」
「じゃあ次の試合は謙吾抜きか……」
頼れるクリーンナップだけにその穴は大きい。
「部活には「インド人に竹刀と防具をビームで焼かれました」って言って休むってのはどうだ?」
「真人の宿題じゃあるまいし……」
「第一、代わりの竹刀と防具を用意されたら終わりじゃねえか」
「あ、そうか」
相変わらず真人はビームで何かを焼き払われるのが好き(?)だった。
「謙吾の振りして真人が部活に行けばいい。それなら謙吾が試合に出れる」
「ちょっと待て鈴、それはあれか? こんな筋肉馬鹿でもさすがに竹刀と防具くらいは持てますよね、というかどちらかと言えばその暑苦しい筋肉視界に入れたくないから防具で隠してもらえませんかとか言いたいわけか、ああ!?」
「相変わらず凄いね、こじつけ……」
「ありがとよ」
まあ、それはともかく。
「今回は諦めろ、謙吾。次からはちゃんとお前の日程も確認してスケジュール組んでやるから」
「くっ……」
相当悔しそうな表情をする謙吾。
「そんなに出たいなら両方出ればいい」
「いやいやいや……流石に謙吾でもそれは無理だよ、鈴……」
二つの試合会場を往復しながらなんて、出来るわけ――
「そうか……その手があったか!!」
「え……?」
キン!
「ゆいちゃん、な〜いすばってぃんぐ!」
「いや、だからゆいちゃんと呼ぶのはよせと……」
「これで来ヶ谷が出塁したとして、次は……」
「謙吾、だね……」
周囲を見ても、謙吾の姿は無い。――と、
「リキー、宮沢さんです!」
クドが促す先からは。
「ぅぉぉぉぉおおおおおおおお!!!」
凄い形相で、物凄い速度でグラウンドに走ってくる謙吾の姿が。
「理樹、バットを……!」
「はい!」
息も絶え絶えの謙吾にバットを渡す。
「いくぞ」
バッターボックスに入った直後、鈴の第一球。
「マーーーーーン!!」
カキーン!!
「うわ、マジかよ、あいつ!」
恭介の驚き。恭介だけじゃない、多分メンバー全員が驚いた。――ホームランだ。あれだけ息が切れた状態で打ったボールは一直線にスタンドへ。
「西園、時間を頼む!」
ダイアモンドを周りながら謙吾が西園さんに時間を確認。
「剣道部での次の宮沢さんの出番まで残り4分45秒、次のリトルバスターズの守備まで最短で8分です」
「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
ホームベースを踏むとそのままの勢いで止まることなくグラウンドを走り去っていく。
「…………」
その様子を何とも言えない表情で見送る僕ら。そして――
「こんなん、出来るかあーーーーーーっ!!!」
――そして、リハーサルで両方やれるかどうか試した結果がこの叫びだった。
「って言うかどう考えても無理だろ」
「あほだな」
「いやいやいや……」
僕としては三回裏まではこなしていたことが凄いと思う。流石謙吾だ。
「でも何にしろ、これで謙吾の欠場は決定だね……」
「最悪8人でやるしかないな。俺外野に回るから外野を俺と三枝の2人にして」
恭介の提案で行こうか、と思い始めた――その時だった。
「クド公っ!!」
「あわわくーちゃん、しっかりして〜!」
葉留佳さんと小毬さんの声。見ると――
「クド!?」
クドが外野で両手で左足を庇うようにして倒れていた。
「大丈夫!?」
「わふー……じゃんぴんぐきゃっちの着地に失敗してしまいました……」
「無理して動かないほうがいい。――西園」
「はい、用意してあります」
言われる前に救急箱を用意していた西園さんがクドの応急処置を始める。
「結構腫れてるな……一応病院に行った方がいい。理樹、タクシーを呼べ」
「うん、わかった」
「すみませんです……」
「大丈夫、何もクドが悪いことをしたわけじゃないんだから」
「クドリャフカ君の怪我は全治一週間だそうだ」
翌日の朝食時、クドの病院に付き添った来ヶ谷さんからの報告だった。
「骨に異常はなく、安静にしていれば良くなる」
「よかった……」
「俺の筋肉分けられれば1日で良くなるのにな」
「やめろ、クドにお前の馬鹿がうつる!」
まあ、酷い怪我じゃなくて一安心だ。
「ただ、大事を取って次の試合は控えた方がいいだろう」
「そっか……仕方ないね」
クドは次の試合欠場……欠場!?
「7人になっちまったぞ、おい」
「わかってる。流石にこのままで試合は無理だ」
「あきらめるのか?」
「いや、まだ時間はある。――お前ら、ミッションだ」
この状況下でのミッション。考えられるのは、
「新しいメンバー……いや、助っ人探しかな」
「流石理樹だぜ。――土曜日の試合に問題なく参加してくれる助っ人を探せ」
「そっか……久々のメンバー探しだね」
思えば一学期、一生懸命探して今のメンバーが集まったのが懐かしく感じる。
「そういうことなら、オレも心当たりをいくつか当たってみるぜ」
真人の力強い言葉だが。
「真人の心当たりって、筋肉関係しかないよね……」
「馬鹿だからな」
その筋肉関係を当たっても成果が出た試しがないし。
「おいおまえら、オレを甘く見るなよ? 毎回毎回筋肉関係だと思ったら大間違いだぜ」
「えっ、じゃあ違う当てがあるの?」
「ああ、今回は上腕二頭筋関係を当たるぜ」
結局筋肉関係だった!
「とにかく、今日の昼休みは助っ人探しな。他のメンバーにもメールで通達しておく。――ミッションスタートだ!」
「上手く見つかるといいけどね……」
僕らの存在は学校内でも色々有名だから、上手く手を貸してくれる人が居ればいいけど。
「理樹はあたしたち以外に知り合いいないだろ。ちゃんと捜せるのか?」
「鈴には言われたくないよ……」
そんな会話をしながら僕らは学食を後にする。
「え〜次は〜女子寮〜女子寮〜」
「もうやるんだ、それ!?」
「やっぱり中々いないよね……」
助っ人捜し収穫ゼロのまま放課後を迎えてしまった。他のメンバーが見つけていることを期待しつつ、グラウンドへ。――既にぼちぼちメンバーは集まっていたが、知らない顔はない。つまりみんなも収穫ゼロだった、ということになる。そうは上手くはいかないか、と思っていると。
「みんな〜、助っ人さん見つけてきたよ〜」
小毬さんの声。みんなの視線が小毬さんの方に集まる。
「…………」
小毬さんの横で、何とも言えない表情で立っているのは、
「さっ……ざっ……すたこらささっ子!」
「さ・さ・せ・が・わ・さ・さ・みですわ! 何ですのすたこらささっ子って! わざとでしょう、わざと間違えていますわよね、棗鈴!」
まあ、その、笹瀬川さんだった。
「悪気はない」
「にしても限度ってものがありますでしょう!?」
「いっそのこと名前を変えたらいいんじゃないか? 「ざ」」
「何故あなた一人が言えないが為にわたくしが名前を変え無ければなりませんの!? しかも提案してくる名前が「ざ」一文字!?」
いやあ、まあ、その。
「小毬さん、確か笹瀬川さんとルームメイトだったっけね……」
「うん。さーちゃんなら、凄い助っ人さんになれると思って」
まあ、ソフトボール部の4番でエースだ、実力は申し分ないだろうけど……
「よく承諾してくれたね……」
あまり僕らがこのグラウンドを使っているのを快くは思ってはいないはず。
「うん、私一人で説明するよりも、理樹君や恭介さんに説明してもらった方がいいと思ったから」
…………。
「理由説明してないの!?」
「うーん、要約すると、そうなるかな?」
「いやいやいや……」
まあ確かに小毬さん一人よりも僕や恭介が居た方がいいのかもしれない。というわけで、鈴との言い合いを宥め、説明開始。
「理由は分かりましたし、神北さんの頼みというのもありますけれど……それでもあなたがたに手を貸すというのはどうも気が引けますわね……」
やっぱりあまり乗り気じゃなさそうだった。無理もないけど。
「仕方ない。――おい、ロマンチック大統領」
「その呼び名は止めてくれないか……」
ロマンチック大統領こと謙吾が恭介に呼ばれる。
「――それを俺に言えと?」
「そんなに躊躇するような内容じゃないだろ。大統領の名にかけてもっといい感じに仕立てあげてもいいんだぜ? 第一お前の穴埋めだろうが」
「…………」
意を決したのか、謙吾が近付いてくる。
「笹瀬川」
「あ……宮沢さん、ごきげんよう」
パッ、と一瞬で綺麗な笑顔に変わる笹瀬川さん。流石だ。
「こうして笹瀬川がここに来ているのも何かの運命かもな」
「う、運命……」
「どうだろう。その運命を信じ、今度の試合に勝てたら二人で何処かお茶でも飲みにいかないか?」
「みっみみ、宮沢さんと、二人きりで――」
「何なら祝賀会の後謙吾と二人でしっぽりムフフと行けるようにセッティングしてやっても構わないぜ?」
「な――恭介、それは聞いてな――」
「宮沢さんと……しっ……」
ドサッ。
「ああっ、笹瀬川さん、しっかり!」
恭介の提案は刺激が強すぎたのか、笹瀬川さんは顔を赤くして倒れてしまった。
そして、5分後。
「さあ、いきますわよ! やるからには絶対勝ちますわ!」
そこにはやる気満々の笹瀬川さんの姿があった。何と言いますか、ねえ?
「宜しくお願いします、笹瀬川さん」
「うむ、佐々美君なら問題あるまい」
「わふー、私の分まで頑張ってください!」
歓迎する女子メンバー。――が。
「あたしは反対だ」
「鈴。――理由によっては考えてやる」
「名前が言いづらい」
「却下」
「というよりもあなただけでしょう!?」
「大体謙吾とすっぽりパッコンが目的じゃないか。信用できん」
「勝手に変えるな。しっぽりムフフだ」
「いやいやいや、もうどっちでもいいから」
「というよりもわたくしは宮沢さんとしっ……ム……が目的ではありませんわ!!」
そんな揉め事の路線がずれ始めた、その時。
「やはー、遅くなりました」
葉留佳さんの声。そっちの方を向いてみると……
「ばばーん! 待望の助っ人さんデース!!」
「…………」
そう紹介する葉留佳さんの横でやはり何とも言えない表情で立っているのは、
「わふー! 佳奈多さんです!」
葉留佳さんの双子の姉、二木さんだった。まあ葉留佳さんが呼びそうな助っ人ではあるが、ここに来てくれるのは笹瀬川さん並に意外だ。
「さあ我が姉よ、共に青春の汗を流すのですヨ!」
「……帰るわ」
「っていきなりリターン!? ストップ、ストップマイシスター!」
だが、案の定乗り気じゃなかった。そのまま戻ろうとする二木さんにしがみつくようにして食い止める葉留佳さん。
「まあまあ、偶にはいいじゃねーか。風紀委員はもう辞めたんだろ?」
と、恭介が間に入る。――二木さんが風紀委員を辞めたのはつい先日のこと。詳しいことは分からないが、葉留佳さんとの仲直りが大きく影響しているらしい。
「確かに辞めましたけど……でも野球なんてやったことないですし、助っ人が欲しいならもっと他に適任者がいると思いますけど」
「だ、そうだが、どうなんだ、三枝?」
恭介が曖昧な言葉で葉留佳さんに振る。すると葉留佳さんは軽く髪の毛をかきながら少しだけ恥ずかしそうに申し訳なさそうに口を開く。
「えっと……その、はるちんとしましては、折角仲直りもできたし、一回その、お姉ちゃんと一緒に遊んでみたかったなー、なんてのがありまして」
「……っ」
軽く葉留佳さんから視線を外し、前髪を弄りだす二木さん。どうも恥ずかしいときにやる癖らしい。心なしか頬も少しだけ赤い気がする。
「佳奈多さん、私からもお願いします。佳奈多さんがいると心強いですし、何よりわたしも佳奈多さんと一緒にこういうこと、してみたいです」
「クドリャフカまで……」
そしてクドの後押し。――数秒後。
「――その、土曜日の試合までよ」
二木さんが、折れた。
「ヤッタ!!」
「これで、土曜日の試合も、だいじょーぶ、だね」
こうして、臨時助っ人二人を迎えて、僕らは土曜日の試合を目指すこととなった。
「さて。9人揃ったところで練習に入るわけだが」
各自キャッチボール等ウォーミングアップに入っていく中、集まっているのは僕、恭介、笹瀬川さん、二木さんの4人。一応実力の確認というか、適性検査というか、そんな感じだ。
「まず、うちのピッチャーはあくまで鈴。悪いがそこは諦めてくれ、笹瀬川」
「それは構いませんわ。そんな気はしていましたし、悔しいですけど棗さんの投球は時折目を見張るものがありますから、実力の心配もいりませんでしょうし」
「今空いてるポジションは謙吾の居たファーストとクドの予定だったセンターか……笹瀬川さん、外野って大丈夫?」
「問題無いですわ。肩休めの時や先発しない時は基本外野に回りますし」
「決まりだな」
笹瀬川さんはセンター、と。
「二木さんは……野球未経験だったよね」
「ええ」
「どんなもんかちょっと試してみるか。――二木、俺が打つボールを捕って理樹に投げてみてくれ」
恭介の簡単なノックが始まる。
キン。――パシッ。
キン。――パシッ。
キン。――パシッ。
「上手いね、二木さん……」
こう言ってはあれだが、葉留佳さんやクドより全然上手い気がする。
「そうかしら?」
「ああ、それだけ捕れれば充分だ」
「空いてるポジションはファーストだけど……」
「勿体ないな。――真人をファーストに回してレフトに入ってもらうか。ファーストはでかい奴の方がいいしな」
というわけで、二木さんはレフトに決定。
「次は打撃面か……」
キン!――鋭いヒット性の長打が外野に飛ぶ。
「わふー、凄いのです」
「さーちゃん、かっくい〜!」
「オーッホッホッホ! ソフトボール部4番として、当然の結果ですわ!」
バッターボックスにいるのは笹瀬川さん。打撃力の確認ということで現在フリーバッティング中。――キン!
「女子が打つ打球じゃないな、あれは……」
これなら謙吾が抜けた穴も問題なさそうだ。――スパン。
「……あれ?」
キン、がスパン、になったのであらためて見てみると、笹瀬川さんが空振りをしていた。――ズバァン!
「…………」
二連続の空振り。先程よりもミットの音が重い。――まさ、か。
「棗さん、あなたフリーバッティングの意味をご存知かしら? バッターが打ち辛い投球じゃ意味がありませんのよ?」
「あー……」
今まで打ち易いストレートを投げていた鈴が、チェンジアップ→ライジングニャットボールで緩急をつけだしたのだ。笹瀬川さんに打たれっぱなしというのが嫌だったのか。
「すまん、手が滑った。ぼーとーだな」
「あの速球でこんなインコースのベストピッチの何処が暴投ですの!? いいですわ、そちらがその気なら受けて立ちますわ! 勝負よ、棗鈴!」
「あーあ、始まっちゃった……あの様子じゃ当分終わらないよ」
「仕方ない、二木には俺が投げてやるか」
少し場所を移動して、恭介が速度を抑えたストレートを投げ、二木さんの打撃特性チェックが開始。
ブン。
ブン。
カン。
ブン。
キン。
ブン。
ブン。
ブン。
「……っ」
少し悔しそうな顔をする二木さん。――守備は上手かったが、タイミングが取りづらいのか、打撃は苦戦していた。
「無理することも気にすることも無いよ二木さん。初めてなんだから」
「そうだな。気にするとプレッシャーになって逆に悪化するかもしれないしな。まだ試合まで時間はある、落ち着いて練習しよう」
「……はい」
返事はしたものの、やはり納得がいかない様子。――と、そこに。
「それじゃここで一度姉思いのはるちんがお手本でも見せましょうかネ」
そう言うと、二木さんと入れ代わるようにバッターボックスへ。
「行くぞー! はるちんの一本足打法の凄さをとくとご覧あれ!」
「え……葉留佳さん、いつから一本足打法に……?」
「トリャー!」
ブン。
「アチョー!」
ブン。
「テリャー!」
ブン。
「何て言うか……無駄な一本足だね……」
葉留佳は「無駄な一本足」の称号を手に入れた!
「ギャー! そんな称号いらないー!」
確かに足を上げて一本足だけど、全然当たらない。
「葉留佳さん、普通のフォームでいいって……」
「仕方ないじゃない、直枝。葉留佳は普通じゃないんだもの」
「お姉ちゃん何気に酷っ!」
「まあ、確かに葉留佳さんは普通じゃないけど……」
「同意された!?」
「まあ、でも……何となくわかった気がする。――棗先輩、もう一度いいですか?」
「ああ、勿論」
オーバーリアクションでショックを受けている葉留佳さんを追い出し、再び構える二木さん。
「うう……どーせはるちんはいらない子ですヨ」
「そんなことないって……多分」
「もっとハッキリと否定してよ理樹くん〜」
わざとらしく泣く葉留佳さんを尻目に、再び始まる二木さんのフリーバッティング。さっきの様子だと葉留佳さんを見て何か掴んだみたいだけど……振りかぶり、先程と同じ位の球威のストレートを投げる恭介。――スッ。
「な」
「ええ!?」
二木さんが足を上げた。つまり、一本足打法だ。――キン!
「お」
バットがボールを真芯で捉え、ヒット性の当たりになる。――キン!
「足を上げることでタイミングがちゃんと取れるようになった……?」
キン!――最初とは打って変わってヒット性の当たりを二木さんは連発。
「やるな二木。よし、軽く変化球も混ぜるか」
キン!――一気に慣れたのかそもそも素質があるのか、二木さんは恭介指導の下、どんどんレベルアップしていく。笹瀬川さんといい、今回参加してくれる助っ人は二人とも凄かった。試合に出れない謙吾やクドには申し分ないけど、これは土曜日の試合が楽しみだ。
そんな感じで、土曜日までの放課後は練習が続いた。
「棗さん、あなた投球の時の腕を振る角度、少し落とした方がいいですわ」
「うーみゅ……こうか?」
「ええ、あなたのフォームからしてもそちらの方がコントロールが出ると思いますし」
途中、笹瀬川さんが鈴にアドバイスをしたり、
「あれ?」
「どうしたよ、理樹」
「二木さんの一本足、前と変わってない?」
「ふむ。佳奈多君のあれは一本足というよりも振り子打法だな」
無論ただフォームが変わっただけでなく、前よりも更に上手くなっていた。
「研究の成果なのですよ、リキ」
「研究?」
「はい。佳奈多さんは練習を始めてから毎日寝る前に恭介さんやリキに教わったことをノートにまとめて復習したり、図書室から野球の本を借りて読んで勉強したり鏡の前でフォームのチェックをしたりしているのです」
「俺達より熱心だな……」
「っ! クドリャフカ、それは言わないでって――!」
「わふー! そうでした!」
「お姉ちゃんも、何だかんだで楽しいんだ」
「違うわよ! ただやるからには足を引っ張りたくなくて――」
「まあまあ、いいじゃない。それだけ熱心な方が僕達も嬉しいよ、二木さん」
「っ……」
二木さんの今まで見れなかった一面が見れたり。
そんな感じで日にちはあっという間に過ぎ――ついに、試合当日を迎えた。
(後半に続く)
さて皆さんこんにちは。
1話の後にあとがきを書くのは初ですね。筆者のワークレットです。
この作品は以前Blogにも書いたように、はぴねす! 以外のssを書いてみたいという思いから
必死に職場の昼休みに携帯電話で書き続けていた作品です。リトルバスターズ(EX)ですね。
テーマは友情と野球。野球そこまで詳しいわけじゃないですけど、野球させたかった。
特に佳奈多に(笑)。そう思う佳奈多ファンは少なくないはず……!
バスターズに入る佳奈多ssは沢山ありますが、本格的にやるssはあまり見ないので……
というわけではぴねす! ssとはまったくの別進行でお送りしております。
あっち書けよとか思う人いたらごめんなさい。上記の通りまったく別進行なんです。
逆に言えば家にいてもPCではこれ書けなかったわけで。
いままではぴねす! を書き続けたせいか、難しい難しい(汗)。
でもまあ、今後の為に色々書いてみたいというのもありまして。
予想外に長くなったので、後半に続きます。
ではでは、感想等を頂けるとありがたいですね。ワークレットでした。 |