両チーム並んでの挨拶が終わり、一度それぞれのベンチに戻る。
「あの様子からして、絶対舐められてるぜ、オレ達」
「まあ、そういう輩を潰す方がおねーさんは気分がいいがな」
確かに端から見たら僕らは半分以上が女子。見た目スポーツをやってそうにも見えない。一方の相手は恭介の話によれば県大会ベスト16らしい。普通に考えたら、相手チームが勝って当然だ。真人や来ヶ谷さんの言う通り、相手の様子からしても舐められてるのは一目瞭然だった。
「まあ、その方がこちらにしてみれば都合がいいんじゃない?」
「そうですわね。舐めてもらっている間に畳み掛けておきましょう」
助っ人の2人も、相手チームの態度を見て、やる気が上がったようだ。
「よし。じゃキャプテン、いつもの頼むぜ」
恭介のその一言で、キャプテンの僕を中心に、円陣が出来る。そして、
「いくよ、みんな。――ミッション・スタート!」
その掛け声で、決戦の火蓋が、気って落とされたのだった。
その白球は誰の為に 〜"Workret" presents the after story of "Little
Basters!" 1st〜
-The latter part-
リトルバスターズのスターティングメンバーは以下の通り。
1(遊)来ヶ谷 唯湖
2(中)笹瀬川 佐々美
3(三)棗 恭介
4(補)直枝 理樹
5(一)井ノ原 真人
6(投)棗 鈴
7(左)二木 佳奈多
8(右)三枝 葉留佳
9(二)神北 小毬
「プレイボール!」
審判の声。――先攻は僕ら。バッターボックスには、独特の構えを見せる来ヶ谷さん。
「ストライク!」
初球、空振り。
「ストライクツー!」
2球目、またしても空振り。
「姉御、調子悪いんですかネ……?」
確かに、来ヶ谷さんはあまり三振をするような人じゃない。
「あれじゃまるでわざと空振りにしているみたいですわ。バットとボールの距離もかなりありますし」
「そんなに?」
そこまで言われると不安になってくる。来ヶ谷さんに一体何が、と思っていると、
「成る程な。相変わらずえげつない奴だぜ」
「まあ、初回の第1打席だからこそ通用する手口ですけどね」
何か納得したような恭介と西園さん。――直後、カコン、という鈍いバットの音。来ヶ谷さんが打った音だ。打球はサード真正面のボテボテのゴロ。相手のサード、余裕の表情で捕って、一塁へ。
「セーフ!」
「!?」
その審判の声に、相手チームが唖然とする。――内野安打だ。未だよくわからない、といった相手チームに対して、一塁の来ヶ谷さんはしてやったり、といった顔。
「……まさか」
いや、あの人のことだ、きっとそうだろう。――来ヶ谷さんの足は早い。最初から内野安打を狙っていたとして、2連続空振り、3球目でボテボテのゴロ。相手は油断し、守備に余裕を持つ。その余裕で出来る隙をついた。確実に出塁するために、その隙を作ったのだ。
「――敵には回したくないわね」
二木さんの一言。他のみんなにもあの来ヶ谷さんの表情で伝わったらしい。
「それでしたらわたくしも少々えげつない方法を取らせていただきますわ」
その言葉と不敵な笑みを残し、笹瀬川さんがバッターボックスへ向かう。
「――って、バント!?」
笹瀬川さんはバッターボックスに入るとすぐにバントの構え。――まあ、ノーアウト一塁で2番バッターだから、セオリーとしては間違いじゃないけど。
「ささみのやつ、気でも狂ったのか? 病院連れていったほうがよくないか?」
「いや鈴、それは言い過ぎだよ……」
でもまあ、確かにらしくない。どう考えても長打を狙うイメージだ。
「ファール!」
初球、バントするものの、ファール。それでも笹瀬川さんはバントの構えのまま。――2球目。
「!」
ピッチャーが投げるとほぼ同時に、ランナーの来ヶ谷さんが走り出す。まあ送りバントだから当然だ。――だが、ここからの展開が予想外だった。
「え?」
バントの構えをしていた笹瀬川さんがバットを引く。そのまま素早くバットを握り直した。
「まさか……バスター!?」
迷うことなく、笹瀬川さんはフルスイング。キン、という綺麗な音を出し、ボールはバントシフトの内野を嘲笑うかの如く突き進む。
「最初からこれが狙いだったんだ……!」
最初のバントミスも来ヶ谷さんと同じで相手を油断させる為だったんだろう。勿論、バスターは簡単に出来る技じゃない。笹瀬川さんの経験あっての技だ。――結果、ライト前ヒット。ノーアウト一、三塁となる。
「さてと。あそこまでやってくれたんだ、クリーンナップが打たないわけにはいかないな」
そう言う恭介の顔は、実に楽しそうだった。
――その後、恭介のタイムリーヒット、僕、真人の犠牲フライで三点を先制。鈴はいい当たりだったけどファーストライナーでアウト。スリーアウトチェンジとなった。
「鈴、最初から飛ばし過ぎないようにね」
「うん、わかってる」
僕はそれだけ告げると、定位置に戻る。――変化球も豊富、ライジングニャットボールという速球も持ち、最近ではコントロールも大分良くなっている鈴の唯一の欠点は、少々スタミナが少ないこと。最初からガンガン必殺ボールを使っていては明らかに最後まで持たない。それをコントロールするのもキャッチャーの僕の役目だ。
「プレイ!」
相手の攻撃が始まる。上手くボールを散らし、ピンポイントで必殺ボールを織り交ぜ、抑えていく。
「アウト!」
相手の一番をショートゴロに仕留め、ワンアウト。続いて2番。――キン!
「おいおい、そんなにエロティックな数学が勉強したいのかい? 球筋に出てるぜ」
パン!――ヒット性の当たりをサードの恭介がファインプレー。ツーアウトになった。
「というかよ、エロティックな数学ってどんなだよ……」
「しかもそれを勉強したい球筋なんだよね……」
まあこのあたりは前からなので深くは考えないでおく。ツーアウト、ランナー無しで相手の3番。――キン!
「なにぃ!?」
カウントワンツーからのストレートを打たれた。打球は左中間を抜ける長打コース。打ったランナーが一塁を回り、更に二塁を回る。三塁打かと思われた――その時。
「な」
外野から信じられないくらいの勢いでボールが返ってくる。返球したのは笹瀬川さんだ。
「うわぁ、レーザービームだ」
その小毬さんの表現が一番しっくりくるかもしれない。ボールは勢いを殺さずレーザービームのままワンバウンドだけして、サードの恭介のグローブへ。
「アウト!」
そのまま恭介がタッチしてアウト。ランナーを含め、相手チームは全員唖然としている。無理もない、あの当たりは三塁打でおかしくないし、更に言えば女子の肩じゃとてもじゃないが指せる距離じゃない。――肝心の投げたの笹瀬川さんは「この程度当たり前ですわ」といったいつもの勝ち誇った笑みで外野から戻って来る。
スリーアウトチェンジ。相手チーム、あっさりと三者凡退。
「おねーちゃーん、頑張れー!」
二回の攻撃、葉留佳さんの声援を背にバッターボックスにいるのは振り子打法が定着した二木さんだ。
「ファール!」
カウントツーツーからファール。
「ファール!」
再びファール。
「ファール!」
再びファール。
「ファール!」
再び。
「佳奈多さん、きついのでしょうか……」
クドが心配そうに言う。
「いや……佳奈多君はあえてファールに逃げているように見えるな」
「ふえ? ゆいちゃんどうゆうこと?」
「相手が痺れを切らして佳奈多君が得意なボールを投げるのを待っているのだろう。ボールになってフォアボールになって出塁もそれはそれで儲けモノだ。後ゆいちゃんと呼ぶのはやめるといい」
言ってしまえば、かなりのテクニックだった。
「凄いよね……」
「努力の結果だな。遊びに努力する奴、俺は大歓迎だ」
キン!――恭介とそんな会話をしていると、今までとは違うバットの音が。
「お!」
ファールじゃない。セカンドの頭上を越え、センター前ヒット。ノーアウト一塁になる。
「ゲッツーだけは避けろよ、三枝……」
「馬鹿にしてもらったら困りますネ真人くん。はるちんはお姉ちゃんという味方を手に入れ、更なるパワーアップを遂げたのですヨ」
そう言いつつ不敵な笑みを浮かべ、葉留佳さんはバッターボックスに向かう。そして、
「アウト!」
――サードフライに終わった。
「どうだ! ゲッツーは避けたぞ!」
「いやいやいや……そこでそんな風に自慢げに言われても」
ランナーそのままでワンアウトに変わる。
「次は小毬さんか……」
こう言ってはあれだが、打率は高くない。それこそゲッツーの可能性がある。――まだ1巡目だし、ここは。
「来ヶ谷さん、少しプレッシャーかけていいかな?」
「言うじゃないか少年。――面白い、君の案に乗ろう」
来ヶ谷さんに確認を取ると、今度は小毬さんに話をしにいく。
「えええええ!? そそそれをわたしが!?」
「大丈夫、失敗しても大きくは影響しないから」
小毬さんは少し考えたが、
「ようしっ、頑張るよ〜」
といつもの前向きマジックを使い、バッターボックスへ。ブン、ブンと軽く素振りをした後、
「な――」
「え――」
「なにぃ!?」
高らかに、バットの先端を外野スタンドへ掲げる。――ホームラン予告だ。
「こまりちゃん大丈夫なのか? 病院連れてったほうがよくないか?」
「違うよ鈴、あれをやらせたの僕だから」
「なにぃ!? 理樹はこまりちゃんを病院送りにしたいのか!?」
「何でそういう結論になるかな!?」
まあでも、鈴以上に動揺しているのは相手チームだった。見た目一番ホームランとは無縁の小毬さん。その小毬さんのホームラン予告。普通だったら笑って終わるけど、今までの攻撃と守備で僕らのメンバーが見た目からでは実力が読めないのは感じているはず。そこで小毬さんのホームラン予告だ。相手は「もしかしたら本当に打ってくるかもしれない」と恐らく本気で警戒するはず。そこで警戒させておいて、
「――って、そこから送りバントかよ!?」
コン。――送りバント。バントとしてはあまりいいコースじゃないけど、ホームラン予告を警戒した敵の守備シフトならば充分成功のコースだった。
「はー、緊張したよ」
「お疲れ、小毬さん」
これでツーアウトだが二塁。バッターは二順目になる来ヶ谷さん。――ツーアウトにしてでもランナーを二塁に回す。先ほどの僕のプレッシャーの意味は、これだった。簡単にここで来ヶ谷さんがアウトになると、小毬さんの偽ホームラン予告が無駄に終わってしまうからだ。
「さて。――ここからが本番だな」
恭介の言う通り、本番はここからだ。1巡目で僕らの実力は大体ばれた。向こうも油断はもうしないだろうし、トリックプレーもそうは通用しないだろう。
「まあ、毛頭負けるつもりはないがな、私は」
そう言い残しバッターボックスに向かう来ヶ谷さんの背中は、実に頼もしかった。
「バッターアウト! スリーアウトチェンジ!」
「クソッ!」
相手チームの三番が、バットを地面に叩き付ける。――悔しさからだろうか。
「随分と切羽詰まってきてるわね、相手チーム」
「よもやここまで苦戦するとは思ってなかったのでしょうね」
試合は終盤。僕らはあれから2点追加したが、相手にも2点入れられ、3点差のままスコアは5対2。
「このままでいけば勝てるぜ、おい」
「まだ油断は出来ないけどね」
前述したように、ウチは鈴が前半温存しているのでどちらかといえば後半の方が守備力が高い。――確かに、このままでいけば勝てる。県大会ベスト16に勝てるんだ。逆に言えば相手は県大会ベスト16。僕らのような名もなき草野球チームに負けるなど、プライドが許さないんだろう。恐らくそこから来る苛立ちだ。
そして、その相手の苛立ちが、ついに事件を起こす。――リトルバスターズ、最終回の攻撃。
「――デッドボール!」
審判の声。バッターボックスでうずくまっているのは、
「笹瀬川さん!!」
2番、センターで攻撃と守備両方で要となっていた笹瀬川さんだった。――相手の投球が、左足に当たったらしい。
「しっかり、笹瀬川さん!」
「大丈夫、ですわ……これくらい……」
一度試合を中断し、笹瀬川さんをベンチで応急処置することに。――強がりを言っているが、左足が、かなり腫れていた。
「どうしよう、恭――」
恭介、と呼ぼうとした所で、口が止まってしまう。恭介の目が真剣だ。ただその視線が、笹瀬川さんにではなく――マウンドの、相手ピッチャーに注がれている。
「恭介……? 一体どうしたのさ……?」
「――投球フォームのフィニッシュまでの動きが、何も変わらなかった」
「え……? それって、どういうこと?」
「本来、デッドボールは悪送球。つまり、フォームが途中から崩れるのが当然だ。だが今の投球時、相手のピッチャーの投球フォームは何の乱れもブレもなかった」
それって……つまり……!?
「わざと……笹瀬川さんにぶつけたっていうことですか……!?」
話を聞いていた二木さんが、怒りをあらわにする。二木さんだけじゃない。この場にいる全員が、驚きと怒りを隠せない。
「まあ、投球フォーム云々の前に、あの表情を見れば一目瞭然の気がするがな」
来ヶ谷さんの指摘。――相手ピッチャーは、少しだが……笑っていた。
「あの野郎……!! 一度ぶん殴らないと気が済まねえ」
「止せ真人。証拠は何もないんだ」
「恭介! でもよ!」
「勝つぞ。――絶対に、試合に、勝つ」
恭介の、冷静で、それでいて力が篭った言葉。――きっと他の誰よりもリトルバスターズを愛している恭介だからこそ、その怒りは大きいはず。その言葉は重い。
「そうだね。――僕らに出来ることは、試合に勝つことだけだ」
卑怯な手段に屈するわけにはいかない。僕らの強さを、本当の強さを、見せてやらくちゃ……!!
「笹瀬川さん、守備大丈夫?」
「心配いりませんわ、この程度」
最終回の守備。泣いても笑ってもここを抑えれば僕らの勝利。――当然気がかりなのは笹瀬川さんの足だ。代わりがいるわけでもないし、本人が大丈夫だというのでそのままセンターに入って貰うが……正直、とても不安だ。
「プレイ!」
最終回は、相手の四番から始まる。――鈴にも、この回で力を出し切ってもらうことになる。
「ストライク!」
初球、チェンジアップで見逃しのストライク。続いて2球目。――キン!
「しまった!」
内角のボールからストライクになるニャーブを狙われた。打球はセンターへ。
「っ!」
僕の位置からはよく見えないが、打球に反応しようとした笹瀬川さんの表情が――歪む。そして、
「笹瀬川さん!!」
笹瀬川さんはボールに追いつけない。通常だったらセンター前ヒット、ランナーは一塁でストップする当たりのはずが、そのままボールはフェンスの方まで転がっていく。急いでレフトの二木さんが走り、ボールを取り、投げるが――
「セーフ!」
ホームイン。――ランニングホームランになってしまった。相手チームに1点追加、スコアは5対3。2点差に。
「タイム!」
急いでタイムを取り、センターに全員で集まる。――当の笹瀬川さんは、完全にしゃがんでしまっている。
「これ……これ位のこと、なんでもありませんわ……!」
「笹瀬川さん、無理は駄目だ」
「ならあなたはスゴスゴとわたくしにベンチに戻れと仰いますの!? それこそ相手の思う壺ですわ!! 絶対に負けませんわ、あんな輩共に……!!」
「笹瀬川さん……」
笹瀬川さんの気持ちはわかる。わかるけど、このままじゃ――
「わかった。――ただ笹瀬川、守備位置だけは変える。いいな?」
「恭介!」
「居させてやれ、理樹。――お前にだってあるだろ、引けない時ってのが」
「…………」
確かに、ある。――笹瀬川さんは僕なんかよりも全然プライドが高いはずだ。尚更なんだろう。
「笹瀬川はファーストに回れ。出来る限り動くな。内野ゴロのスローイングを捕るだけにしろ。――これが妥協案だ。これ以上はお前のことを考えたら譲れない」
確かに、笹瀬川さんには部活もある。これ以上僕らの遊びで悪化させるわけにはいかない。
「……いいですわ、それで」
「よし、真人はサードに回れ。センターは俺が入る」
「ああ、任せとけ」
「それから……二木、小毬、ポジションチェンジだ」
「わかりましたっ、おっけーです」
「わかりました」
結果、笹瀬川さんがファーストへ、真人がサードへ、恭介がセンターへ、小毬さんがレフトへ、二木さんがセカンドへ。
「……恭介、小毬さんと二木さんを入れ替えたのは……?」
「二木を笹瀬川のフォローに回す為だ。――小毬には悪いが、二木の方がいい」
全員が戻り出すとちょっとだけ残って気になったことを恭介に確認。成る程、笹瀬川さんのフォローを完璧にしたのか。逆に外野は恭介が回っている。小毬さんのフォローにも回れるはずだ。
「プレイ!」
試合再開。ノーアウト、ランナー無し。相手は5番。――キン!
「くそっ!」
打たれた。ファーストの近くを鋭い打球がライナー性で飛んでいく。――笹瀬川さんは動けない。……結果、二塁打となる。
(もしかしなくても……笹瀬川さんを、狙ってる……?)
ノーアウト二塁、相手は6番。――キン!
「ファール!」
打球はライト方向へのファール。ライト方向。……やっぱり、狙われてる。ここはなんとか抑えないと……!!
「っ!」
キン!――相手が打った球は、勢いもあまりなく、フラフラとファースト方向へ。本来ならばフライで十分討ち取った打球だ。――だが、笹瀬川さんが動けない!
「うおおおおおーっ!!」
まずい――と思った瞬間、その叫び声。……葉留佳さんだった。全力ダッシュでその打球に追いつこうとしている。
「葉留佳さん……!!」
確かに、葉留佳さんはメンバーの中ではあまり上手い方じゃない。エラーも多い、打率も低い。でも守備範囲は案外広いし、何より……いざという時のガッツは、計り知れない!
「死んでも、捕ってやるーっ!!」
葉留佳さんが前方へ飛ぶ。ダイビングキャッチだ。――際どい所で、葉留佳さんのグローブに、ボールが収まる!
「佳奈多っ!」
キャッチしてそのままゴロゴロと勢いのまま転がっている為しっかりとは起き上がれないまま、葉留佳さんは二木さんにボールを投げる。投げたボールは方向性も高さもずれていたが、
「っ!」
ジャンプ一番、二木さんは空中でキャッチ。
「佳奈多君、こちらだ!」
二木さんはそのまま空中で体を捻らせ、セカンドにいた来ヶ谷さんにボールを投げる。あれはあれでかなりのテクニックだ。
「アウト!」
結果、二木さんが投げたボールの方が一瞬早かった。ランナーは戻ってこれず、アウト。ダブルプレーだ。
「葉留佳さん、大丈夫!?」
「へーきへーき、問題ナシ!」
土で真っ黒になりながらも、葉留佳さんは誇らしげに笑顔でVサイン。実際、かなり格好良かった。
「まったく、無茶ばかりして……」
「いーじゃーん、私だってムカついてたしさ。それに、捕りさえすれば後はおねえちゃんが何とかしてくれるって信じてたし」
「…………」
無言で二木さんは守備位置に戻る。――恥ずかしかったんだろうか。兎にも角にも、あの姉妹の活躍で生まれたダブルプレーだ。これでツーアウト、ランナー無し。
「…………」
バッターボックスには相手の6番。――ピッチャーだった。つまり、笹瀬川さんにわざとボールをぶつけてきた奴。嫌でも怒りや緊張が高まる。
「理樹」
鈴が呼んでいる。――僕はタイムを取るとピッチャーマウンドへ。
「どうしたの?」
「理樹、お前はずっとミットを真ん中に構えてろ。いいか、真ん中だけだぞ」
「え? どういうこと、それって」
「あたしを信じてくれ、理樹」
ふっと見ると、鈴の目には力が篭っている。――恭介の真剣な時の目とよく似ていた。ああ、兄妹なんだな、と思うと同時に、この目をしているなら大丈夫だろうと思い、理由を聞かずに承諾し、僕は元の位置に戻った。
「プレイ!」
試合再開。鈴、大きく振りかぶって1球目。――ズバァン!!
「ストライク!!」
「っ!!」
剛速球が、僕のミットに納まる。――真・ライジングニャットボールだ。今までにない位の速さ。
(鈴……鈴も、笹瀬川さんの為に……)
続いて2球目。――ズバァン!!
「ストライクツー!!」
再び、真・ライジングニャットボール。相手もバットを振るものの、まったくタイミングが合っていない。
これなら、いける。――そう思った、3球目だった。
「!?」
大きく振りかぶり鈴が投げたボールは、やはり真・ライジングニャットボール。だが、コースが真ん中じゃない。というか、明らかに相手のバッター目掛けてボールは一直線。
「ひいっ!」
相手バッターは恐怖からか、体を強張らせて反応出来ない。
(まさか鈴、仕返しのつもりで……!!)
僕は急いで動き、何とかしようと思った……が、
『あたしを信じてくれ、理樹』
「!!」
鈴のその言葉が同時に頭を過ぎり、動きを止める。――そうだ。鈴を信じなくては。僕は、鈴を信じてあげなくちゃ……!
ミットを真ん中にしたまま、ボールを待つ。――ズバァン!!
「ストライク、バッターアウト!! ゲームセット!!」
「……え」
鈴が投げたボールは、相手に向かって一直線だったはずのボールは、見事なまでに真ん中に構えていた僕のミットに納まった。――どういうことだろう? あの位置からストライクになるには、スライニャーを投げないと無理だ。でも鈴が投げたのは真・ライジングニャットボール。周りを見れば全員が驚きの顔。あの速度のスライニャーなどありえない。
「まさか……高速スライダー……?」
その言葉を耳にしてハッとする。――高速スライダー。よく大リーグの外人投手が使う、スライダーなのにがストレート並の速度の球種だ。レベルの高い変化球の一つのはず。
「もしかして……」
鈴が初めて変化球を覚えたのは、ソフトボール部とのやり取りで、猫を蹴られ怒ったから。そして今の試合、笹瀬川さんがわざとのデットボールを喰らい、鈴が怒ったとして……新しい球種を、会得した……!?
きっとそのまま3球目も真・ライジングニャットボールで十分だった。でもあえて鈴は高速スライニャーを選んだ。それはわざと当てられてしまうという恐怖感を相手に教える為。でも実際に当ててしまっては相手と同じになるので、当たらないようにする変化球を投げた。鈴なりの、仕返しだったんだ。
「凄ぇ……漫画の世界だぜ!!」
こうして、山伏高校との試合は、鈴が新たに会得した高速スライダー……いや、「高速スライニャー」によって、終止符をうったのだった。
5対3。リトルバスターズ、勝利。
「理樹、大丈夫か? オレが代わってやろうか?」
「大丈夫だよ真人。これでも結構鍛えられたからね、春から」
「というよりもあなたにおぶってもらうなんて一生涯お断りですわ!」
試合からの帰り道。――色々話し合った結果、念の為ということで僕が怪我をした笹瀬川さんをおぶって帰ることになっていた。
「でも……結局助っ人としてきたのに、皆様にご迷惑をかける結果になってしまいましたわ……」
僕の背中から、そんな少し暗い声が聞こえる。
「何言ってるのさ。笹瀬川さんと二木さんの2人がいなかったら、僕ら勝てなかったよ」
「そうなのです! とてもとても格好良かったのです!」
「正に「助っ人」だったぜ」
「うん。さーちゃんもかなちゃんも、私達の救世主さんなのです」
「っ……」
「皆さん……ありがとうございます」
二木さんの顔には、「今は別に私をおだてるところじゃないじゃない」と書かれていたし、おぶっている僕はわからないが、きっと笹瀬川さんは顔を赤くしてるだろう。そんな人だし、そんな気がする。
「特に――三枝さんのあのダイビングキャッチには、驚かされましたわ」
「やはは、あんなの軽い軽い」
葉留佳さんもあの活躍のおかげで、今日の帰り道は一段とテンションが高かった。
「それに――棗さん。まさかあの時と同じで、わたくしの為に新球種を編み出すとは思いもしませんでしたわ」
「お、お前の為じゃない。お前の為に頑張るみんなの為だ」
「それでも――ありがとうございました。あなたには、また負けてしまいましたわね」
「う……」
素直にお礼を言われ、照れている鈴。
「お前ももうちょっと素直に感謝を受け取れるようになれるといいな、鈴」
「うっさい、黙れ馬鹿兄貴! 大体ささ子、何でお前理樹におんぶしてもらってるんだ!」
「え、今更そこのツッコミなの……?」
帰り出してから随分経つけど。照れ隠しなんだろうなあ……
「あら、直枝さんの背中があなたの独占権利があるというのなら考え直しますけど、そうではないのでしょう?」
「って、笹瀬川さん!?」
笹瀬川さんが、僕に甘えるように思いっきり体を寄せてくる。――って、こ、こここここれは……!!
「ボドドドゥドオー」
一言で言い表すとそんな感じでした。
「なにぃ!? 大体お前、謙吾とずっこんばっこんが目的じゃないか!」
「いやいや鈴、もう表現がおかしくなってきてるから」
ストレート過ぎる。……と、
「仕方ねえな。――鈴、今日は兄ちゃんの背中で我慢しろ」
恭介が鈴の前で屈み、背中に乗っていいぞ、とアピール。
「さ、早く帰ろう。ドルジたちがお腹空かせてる」
そして鈴は、何事もなかったようにそれをスルーした。
「……うわああああああーっ!!」
そしてそして恭介は、堪えきれなくなったのか、泣き出して。
そんないつもの、愉快な僕らの帰り道だった。
「あれ……?」
山伏高校との試合から数日後。久々の野球の練習の日だった。で、グラウンドに到着すると、
「二木さん……?」
いつものメンバーに混じって、既にキャッチボールでウォーミングアップ中の二木さんの姿が。――二木さんはこの前の試合までの約束だから、もう練習には来なくてもいいはずだけど。
「やはは、おねーちゃんもなんだかんだで楽しかったから、抜けられなくなったんですヨ」
「葉留佳!――違うわよ直枝。私はクドリャフカのコーチに来てるだけ。あなた達の仲間になったつもりはないわ」
「ふむ、その割にはグラウンドに一番乗りしていたようだがな」
「来ヶ谷さん! 偶々、偶然です!」
「あはは……」
何だかんだで、二木さんは助っ人として練習に参加するようになって以来、僕らの仲間になった気がしていた。だから、こうして来てくれるのは嬉しいし――こうして、また来てくれるような気もしていた。大歓迎だ。
そして、そんな風に感じていた人が、もう一人。
「皆さん、お集まりですわね」
「さっ……さいたまスーパーアリーナっ子!」
「せめてサ行の間違いをしたらどうなのかしら、棗鈴っ!!」
笹瀬川さんだった。
「笹瀬川さん、足はもういいの?」
「ええ、ご心配なく。もう何の問題もありませんわ」
「なら、ここへ何の用だ」
「決まってますわ。――今度こそ、自分の力で、宮沢さんとお茶の機会を勝ち取る為ですわ!」
結局、笹瀬川さんはあの試合の後、謙吾とのしっぽり――じゃなかった、お茶をする機会を自ら辞退。足の怪我の責任を取ってとのことらしい。
「さあ、次の試合はいつですの? 空いた時間は精一杯練習に参加させていただきますわ。――直枝さん、キャッチボールのお相手、お願い出来ますかしら?」
「こらーっ!! 理樹はあたしとキャッチボールするんだ!」
「あはは……」
そんなこんなで、グラウンドはどんどん賑やかになっていく。
「何だ何だ、楽しそうじゃねーか」
「恭介。――クドや謙吾には悪いけど、怪我の功名かな? 二人メンバーが増えたのは」
「何でもいいさ。楽しい奴が増える分には、理由なんていらねーよ」
「うん。そうだね」
「よし、俺たちも行こうぜ、理樹」
「うん!」
こうして、新たに二人新メンバーを加えた僕らリトルバスターズは、今日も賑やかに楽しく騒ぎながら、野球をするのだった。
さて皆さんこんにちは。筆者のワークレットです。
作品の方、いかがでしたでしょうか。
前編の時にも書いていますが、本作のテーマは「友情と野球」。
後編では、実際に試合をメインに書いてみました。
多分、多分ですがここまで試合をメインに書いたssはそう見ないのでは、思います。
話もけっこうベタですかね(笑)。鈴が高速スライダーを覚えるってのは。
流石に高速スライダーは投げられないだろう! とか思いつつ
その他変化球をあれだけ覚えている時点でどうかしているのでまあいいか、と(笑)。
結局書きたかったのは、鈴と佐々美の友情、
それから試合で活躍する佳奈多。更には最終的にバスターズに入る2人、みたいな。
他の皆も野球でバスターズに入ったわけですから、この2人も野球で入れたかったんです(笑)。
ちなみになんとなく佐々美と鈴がメインっぽくなってしまいましたが、
筆者が一番好きなのはやっぱり佳奈多なわけです(笑)。余談ですが。
さて作品を書いてみて、思った以上に楽しかったな、というのが個人的な感想ですね。
これなら第二弾、第三弾とか書けそうな気がしました。
ここまで来たら……ねえ? あの子も入れてあげたいじゃないですか、バスターズに(笑)。
まあ流石にもう野球で入れるというのはネタ切れなので違うネタになると思いますが……
というわけで、次回作もお楽しみに、ということで。また携帯で頑張って書きます(笑)。
ワークレットでした。感想お待ちしております。 |