「――それで? いつまでそうしてるつもりなのよ、ハチ」
 準は、ハチの部屋で、おそらくハチが中に潜んでいると思われる布団の塊に向かって話していた。雄真達と別れ、ハチの部屋に着き、わかったことを話している間もハチは身動き一つせず、ただ布団に包まっているだけだった。
「しょ気る気持ちはわかるわ。相手は昔からの立派な名家。――悔しいけど、あたしだって今雄真達が頑張ったって、ハチが頑張ったって、結果が変わるとも思えない」
 叶わない恋。許されない恋。――それは、ハチに語っている準も、痛い程わかっていた。――でも。
「――でも、あたしは結果が全てじゃないと思うな。自分が頑張ったこと、自分が振り絞った勇気、それって凄い大切なことだから、結果が全てじゃないと思う」
 そう言うと準は、数歩ハチに近づき、あらためて座りなおした。毛布に包まってはいるものの、ハチは起きて自分の話を聞いている。気配はしていた。
「ねえ、ハチ。――ハチは、雫ちゃんの彼氏でしょ?」
「!!」
「雫ちゃんがどうとか、雫ちゃんの婚約者がどうとか、そんなのどうでもいいじゃない。彼氏に、なったんでしょ? 雫ちゃんの。雫ちゃんを大切にしよう、って決めたんでしょ? だったら、頑張りなさいよ。頑張って、みなさいよ」
 準がそう言い切ると、部屋には再び沈黙が訪れた。そして……


ハチと月の魔法使い
SCENE 6  「勇気という名の非力


「うわ……」
 この中で一番の庶民派だった俺は、満月の間、とやらに案内された瞬間、感嘆の声を出してしまった。
「満月の「間」って言うよりも、「塔」みたい……」
 春姫のその言葉は実にもっともだと思う。――俺自身、もっと広いリビングみたいなところに通されるのかと思っていたら、実際通されたのは高さにして三階くらいまでが吹き抜けの広い円形建物の一階。階段が螺旋状に渦巻いており、各階からも入れるようにはなっている様子、まさに「塔」。俺達はそのちょうど真ん中に立ち尽くしていた。
「でもさあ、何でわざわざこんなとこなのよ? この屋敷、普通の部屋とかってないわけ?」
 柊が不満気に漏らした。こいつのことだ、あまり深くは考えてないんだろうが……結構鋭いところを付いている気がしないでもない。――あまり、いい予感はしない。
 と、その時だった。
「あなた方ですか、雫さんのお友達、というのは」
 その声に、全員がハッとして視線を動かす。見れば、眼鏡で長身の男が俺達を二階に繋がっている(と思う)ドアの付近から見下ろしていた。
「初めまして。私は後枢 隆彦といいます。雫さんの婚約者です」
 後枢と名乗ったその男、いかにもインテリっぽくて俺の好きな感じではなかった。――というよりか、気になるフレーズが一つ。
「アンタが、雫ちゃんの婚約者……?」
 その表情からしても、柊も第一印象であまり好きになれなかったらしい。――変なところでこいつとは気が合うな……
「ええ、お嬢さんの仰る通りですよ。――それで、何の用件でしょう? 雫さんに代わり、私がお話は伺いましょう」
 だがそのあからさまな柊の表情を気にもせず、後枢さんは俺達に用件を尋ねてきた。でも……
「俺達、どうしても雫ちゃん本人に聞きたいことがあるんです。だから、申し訳ないですけど、雫ちゃんに会わせてもらえませんか?」
「どうしても本人に、ですか……」
 そう呟くように言うと、後枢さんは――薄笑いを、浮かべた。
「――くだらない」
「な……」
「大方予測はつきますよ。どうせ私との結婚話に関してでしょう? 悔いはないのかとか、本当に相手のことが好きで結婚するのか、とか。――実にくだらない」
「何が……くだらないんですか」
「――正直なことを言えば、私も雫さんに愛されているとは思ってませんよ。そんなこと、雫さんの私への態度を見れば一目瞭然ですからね。――雫さんは、私を利用した。月邑家を守る為に。だから私も利用させていただいた。月邑家、という肩書きを手に入れる為にね。私達はお互い愛し合ってはいない。だが結婚に関しては何の意義もないんですよ」
 後枢――もう「さん」をつける気はしない――は、冷ややかな目で俺達を見下しながらそう語った。言いたいことはわかる。きっと表面上はそうだろう。でも……
「俺達、あんたの意見を聞きにきたんじゃないんです。――雫ちゃん、本人の口からの意見が聞きたいんです」
「同じことですよ。――第一、何故そこまで雫さんのことにあなた方が過剰なまでに反応するのですか? そんなに――お友達が「騙された」のが、悔しいですか?」
「!!」
 その口調からしても、既にハチの存在は知っている、ということらしい。
「雫さん本人の口から聞いたでしょう? 雫さんは、彼を弄んだ、と」
「え……? どうして、今日雫ちゃんが話したことを、あなたが……?」
 春姫の問いかけに、後枢はニヤリ、と笑った。
「私が「アドバイス」して差し上げたんですよ。お友達の心を引き離すには、そう言うしかないと。今ここで引き離しておかないと私との結婚話も破談になってしまうかもしれない。破談になってしまったら――お父上が、悲しみますよ、とね」
「アンタ……最低の男ね……!!」
「何を仰いますか。――私は、事実を雫さんにお伝えした、だけですよ?」
 怒りをあらわにする柊を冷静に、冷ややかな目で後枢は見下していた。――と、そこで既に一つ間違えたら魔法をぶっ放しかねない柊を抑えるかのように、伊吹が一歩前へ出る。
「もうよいわ。――貴様の戯言は聞き飽きた。月邑本人を呼んで来い、と言っておるのだ」
 伊吹がスッ、と再び気迫を全面に押し出して後枢を睨みつける。だが、門番と違い、後枢がそれに怯む様子は見られない。
「――成る程。流石は式守のお嬢さんですね。その歳で大した威圧感だ。まるで「分家」の出身とは思えませんよ」
「――っ!!」
 こいつ、あえてNGワードを出して、伊吹を挑発してきやがった……!?
「貴様……伊吹様を愚弄することは、この俺が許さんぞ……!!」
 と、同時に信哉と上条さんが伊吹の前に立ちはだかる。信哉は無論のことだが、言葉なくとも上条さんも怒りをあらわにして後枢を睨んでいた。
「信哉、沙耶、よい、下がれ!――後枢、とか申したな。そこまで人を愚弄するのであれば……力付くで月邑を呼び出してもらっても構わんのだぞ?」
「待って式守さん、そんなことをしても解決には――」
「五月蝿い、黙っていろ神坂春姫! どちらにしろこのまま大人しくしていても月邑は出てこぬではないか!」
 春姫の制止を聞こうとしない伊吹。完全に頭に血が登ってやがる。―ー確かに伊吹の言うことは正論だと思う。このままあいつの話を聞いていてもきっと雫ちゃんは出てこないだろう。だが、あの後枢の余裕が、あの表情が、不安を過ぎらせた。
「力付くで呼び出してもらっても構わない、ですか。それなら私は……力付くでお帰りになっていただいても構わないんですけどね?」
 後枢がニヤリ、と笑い、何か合図のようなものを出す。すると――
「なっ……」
「な、何よこの数……!?」
 塔に四方ある扉から、ゾロゾロと入ってくる、柄の悪そうな男達。数にして十二、三人程。しかも、
「全員、マジックワンドを持ってる……!?」
 そう。全員マジックワンドを持っている。それは奴らが全員、「魔法使い」である証拠だった。
「――彼らは私が雇った、言わばボディーガードですよ」
 俺達の驚く様子を楽しむように、後枢が口を開いた。
「さて、あまり細かく話す必要はありませんね。お帰り、いただけませんか? お嬢さん方は可愛らしい方々ばかりだ。あまりこのようなところで心に傷は負いたくはないでしょう」
 含みのある言い方。――意味は十分に伝わる。卑猥な言い回し、はっきり言って許せない。だが数を見ても俺達が不利なのは一目瞭然。どうす――
「ふざけないでよね! このまま大人しく引き下がれるわけないじゃない!」
「式守の名を汚したことの重大さ、とくと味わうがいいわ!」
「伊吹様を愚弄した罪、今こそ償うがいい!」
「伊吹様は、私がお守り致します……!」
 …………。
「って、考える余地俺にないわけ!?」
 既に三分の二がやる気満々だった。チラリと横の春姫を見ると、既に諦め顔。
「――雄真くん。雄真くんは、自分の身を守ることに専念して」
 だが直ぐに真剣な顔つきになり、俺にそう告げてきた。
「うん……わかってる」
 悔しいが、このメンバーで俺だけが唯一足手まといだ。せめて、他の皆の手を焼かせないようにしないとな……
 皆が各々のマジックワンドを構える。――俺もポケットから先生にもらった指輪を取り出して、指にはめた。そのまま俺達は全員が背中を合わせた円形になる。訪れる数秒の沈黙。そして――
「――やれ」
 後枢のその一声を区切りに……一斉に、敵が襲い掛かってきた。


「くそっ……!!」
 戦闘が開始して五分位が経っただろうか。俺は覚えたてのレジストで自分の身を守るのが精一杯だ。
 個々の能力で比べたら、敵の力はそうでもないように感じる。――いや、伊吹を筆頭とする俺の仲間達の力がずば抜けているというのがあるんだろう。それぞれ一対一だったら負けるとは思えない。
 だが、相手は数で勝負してきている。それぞれに二人がかり、伊吹に対しては三人がかり。
「雑魚どもが……邪魔をするな!!」
 流石の伊吹でも、三人相手では思うように動けないらしく、苦戦していた。――俺達は、完全に防戦一方だった。
「く……ムカつくわね、あいつ!」
 柊がチラリと後枢の方を見ながら吐き捨てる。――後枢は、背広のズボンのポケットに手を入れたまま、冷ややかな目で戦いを傍観していたのだ。
「気が合うな柊殿……俺も今そう思っていたところだ!」
「行くわよ信哉!――エスタリアス・アウク・エルートラス・レオラ!!」
 一瞬の隙を突き、後枢に向かい魔法を放つ柊。
「うおおおおおっ!!」
 そしてその魔法を盾にするかのように、走り出す信哉。――二人の連携プレーか! 確かにこれなら柊の魔法を防いだ直後、信哉と対面することになる。しかも柊の魔法の光で信哉の姿は後枢からはハッキリとは確認出来ないはず!
「……レイ・ウォルム・ナーザ・アフェクト」
 後枢の詠唱完了と共に、後枢の魔法と柊の魔法がぶつかり合い、相殺される。――だが、ここからだ!
「もらったあぁぁ!!」
「……レイ・ローフェス・ガサ・アフェクト」
 瞬時に、信哉に向けても魔法を放つ後枢。だが信哉のマジックワンドは相当のレジストが篭められた特殊なワンドだ。あの程度の詠唱の魔法なら、弾いてそのまま突撃出来る!
 ――そう、誰もが疑わなかった、その時だった。
「オブル・ライド」
 後枢の詠唱が追加された。
「――っ!? しまっ――」
 その瞬間、信哉の目の前まで来ていた魔法の玉が、瞬時に軌道を変えた。既にワンドを振りぬき始めていた信哉は対応しきれない。結果――
「ぐはっ――」
 信哉はわき腹にモロに後枢の魔法を喰らい、吹き飛ばされた。
「兄様っ!!」
「おおっとお嬢ちゃん、余所見はいけねえなあ」
「――っ!?」
 まずい、さっきまで信哉を相手にしていた奴らがいつの間にか上条さんを取り囲んで――
「まずは一人、もらったぁ!!」
「上条さん!? クソッ!」
 今動けるのは、敵のマークが甘い俺しかいない! いちかばちかだ!
「……カルティエ・エル・アダファルス!!」
「!!」
 俺の放った魔法が、上条さんを取り囲んでいた奴らが同時に放った魔法のうち、いくつかと相殺する。
「上条さん、今のうちに体制を整えて!」
「小日向さん……助かりました、ありがとうございます」
 上条さんが敵から間合いを取り、あらためて自分のワンドを構えなおした。
「このクソ餓鬼が、邪魔しやがって……!!」
 上条さんを取り囲んでいた三人のうち、一人が矛先を俺に変えたようだ。――って、三人……?
「雄真くん、離れて!」
 春姫の声が聞こえた。でも、今は俺よりも――
「春姫、俺は大丈夫だから、信哉が!」
「え……あっ!」
 そう。信哉を最初相手にしていた二人は、信哉が後枢に突撃すると上条さんをターゲットに変えたが、一人が俺を矛先に変えると同時に、もう一人がダメージを負っている信哉に再びターゲットを戻していた。
「ディ・ラティル・アムレスト!!」
 春姫のレジストがギリギリで間に合い、信哉への攻撃が紙一重で防がれた。
「上条くん、大丈夫!?」
「く……神坂殿、すまない……」
 だが――二人分のレジストを出し続けていては、今度は春姫が危なくなる。
「あーもう、しぶといわね!!」
「信哉、沙耶!?――ええい、邪魔だ! 失せろ!」
 柊も伊吹も自分の相手で精一杯の状態だ。――次第に、俺達の陣営が崩れ始めてきた。
「どうしますか? 今からでも、諦めると仰るのならこの場で攻撃を止めても構わないのですけど?」
 後枢の声が冷ややかに響く。
「だーれが諦めるのよ! 馬鹿にしないでよね!」
「貴様程度に媚っていては式守の名が廃るわ!」
「兄様をこのような目に合わせて、このまま終わりにするわけには参りません……!」
「友の為、主の為、俺は退くわけには参らぬ!」
「あなたのしていること、許すわけにはいかない!」
「絶対お前ごとぶっ倒して、雫ちゃんを引っ張り出してやる!!」
 って、知らない間に俺も春姫も好戦的になってるな……まあいいか。とにかくあいつの思うままなんて御免だ!
「粋がるのは結構なことです。だが、状況をよく見て……?」
 どっかーん!!
「っ……だ、誰だっ!?」
 不意の攻撃に、後枢が怯み、数歩下がる。――いきなり喋っている後枢の辺りが爆発した。爆発。――って、まさか……
「いえ、先ほどからお一人でお話しているだけではお暇だろうと思いまして、宜しければお相手をと」
「小雪さん!」
 見れば、小雪さんが後枢とはちょうど向かい側にある二階ドアの付近で、笑顔で立っていた。
「――って、何処から入ってきたんですか小雪さん!? 何で二階から登場出来るんですか!?」
 明らかにあなたの後ろのドア、関係者しか入れないであろう建物に繋がってますが。
「まあまあ雄真さん、細かいことは気になさらず」
「細かくないですから!!」
 あの人、実際は何者なんだろうか。俺が考えてる以上に何か凄い人かもしれない。――でも、とにかくここで小雪さんの登場は実にありがたかった。
「ではいきますよ。……必殺、「タマちゃんズイレブン」♪」
 何ですかその何処かの映画のタイトルみたいな技は……と思った時だった。
「はいな〜」
 何故か天井の方から、タマちゃんの声が聞こえると思った矢先、十一体のタマちゃんが、天井から俺達のいる一階へと降り注いで――
「って、えええええ!? 無差別攻撃!?」
「皆さん、その場から動かないで下さいね、危険ですから♪」
「何故笑顔ですかあなたは!?」
 どっかーん!!
「ぐっ!?」「ぐあっ!!」「ぐわ!?」
 爆発音に紛れて聞こえる声。
「って、あれ……?」
 それが落ち着いた頃には、気付けば俺達と敵との間には、確実なる間合いが。
「さあ皆さん、今のうちに体制を整えなおして下さいね」
 その小雪さんの言葉でやっと気付いた。今の「タマちゃんズイレブン」は混戦で崩れかけてた俺達の陣営を一旦整える為に小雪さんは放ったのか!
「すまぬ小雪、恩に着る!」
 伊吹のその言葉を封切りに、俺達は一旦最初の背中合わせの円形に戻った。
「いくわよ、ここからが本番なんだから!!」
 威勢のいい声を柊が出す。――いや、柊だけじゃない。小雪さんの登場で、全員の士気も上がっている。勢いはこちら側にあった。
「それでは、私達も始めましょうか?」
「……いいでしょう。後悔させてあげますよ……!!」
 下の広間で再び開始される俺達の戦闘。更にその広間を間に、二階で始まった小雪さんと後枢の一騎打ち。激しく魔法がぶつかり合い始めた――その時だった。
「止めて下さい!!」
 その声は、一階広間に繋がっているドア――ちょうど俺達が入ってきたドアとは反対側のドア付近で、発せられた。全員が手を止め、その「声の主」の方を見る。
「雫ちゃん……」
 雫ちゃんが、ドアのところで、呆然とした様子で立ち尽くしていた。
「後枢さん……私の、私のお友達に、どうして……!?」
「私も好きでこのようなことをしたわけではありませんよ。――ただ、彼らが――」
「俺達、雫ちゃんに確認したいことがあったんだ!!」
 後枢の声を遮るように、俺は叫んだ。
「ごめん、御薙先生にも聞いて――今の雫ちゃんの状況、それなりに把握させてもらったんだ」
「!!」
「俺達に何が出来るわけじゃないのはわかってる。今こんなことをしても雫ちゃんが傷つくだけじゃないかっていうのも正直ある。でも、それでも、確認したいんだ。雫ちゃんの、本当の気持ちが知りたかったんだ」
「私、の……?」
「雫ちゃん……ハチのこと、短い間だったけど、どう思ってくれてた?」
「――っ!!」
「俺達、信じたいんだ! 雫ちゃんがハチに見せてくれた笑顔が、本物だったって! 今、この場で雫ちゃんの本音が聞けないと、ハチも、それに雫ちゃんも、これ以上先に進めなくなるだけだ!」
「小日向……先輩……」
「わかってる、それを言うことがどんなに雫ちゃんにとって今辛いことかは十分にわかってる! でも、俺達は、雫ちゃんも――」
「そこまでにしてもらいましょうか」
 その声にハッとすると、いつの間にか後枢が一階広間に下りてきていた。
「余興は終わりにしましょう。――さあ雫さん、あなたは部屋へ戻っていて下さい」
 数秒間の沈黙。――雫ちゃんが、ゆっくりと口を開く。
「……嫌です」
「嫌……?」
「小日向先輩達と、お話させて下さい。後は私が自分で何とかします。だから、後枢さんが戻っていてもらえますか」
「雫ちゃん……」
 雫ちゃんが後枢をしっかりとした目つきで見ていた。雫ちゃんの目には、力が篭っている。だが……
「その必要性はありません。お部屋にお戻り下さい」
 後枢はあくまでも冷ややかだった。
「何が……何が気に入らないんですか!? 私があなたのことを好きじゃないことくらい、あなただってわかっているでしょう!? それでも私はあなたを選んだ! ここで私が先輩達と何を話したって、月邑家はあなたのものになる! だから――」
「そういうあなたの態度が気に入らないんですよ」
 後枢の冷ややかな態度は、いつしか――冷たく重い、気迫のようなものに変わっていた。
「確かに、雫さんの仰る通りだ。あなたが私を愛してくれなくても、この月邑家は私のものになる。そのような手段で手に入れた月邑家当主の座。今後、この先、雫さんが私を愛してくれるとは思えないですし、愛してくれ、とも言いませんよ」
「なら――」
「でも、それでも私は月邑家の当主になる男です。――私には、屈服していただかないと、絶対の忠誠を誓っていただかないと、困る。そのように裏でコソコソやられては月邑家の当主としての面目が立ちません。――上っ面の当主など、御免被りたいのですよ、私はね!」
「だから……私の大切な人達も、傷つけるんですか……!?」
「ええ。――私にとっては、大切ではありませんからね。彼らに消えてもらった方が、雫さんも気が楽になりませんか? 余計なことを考えないで済むでしょう?」
 その後枢の言葉を聞いた雫ちゃんの手が……ワナワナと、震え始めた。
「……あなたって人は……あなたっていう人は……!!」
 その瞬間――雫ちゃんが、自身のマジックワンドを、後枢に向かって構えた。
「――何の真似ですか?」
「先輩達と話すことを認めてくれないというのなら、力付くでも認めてもらうまで!」
「フ……フハハハハッ! 何を言い出すかと思いきや! 面白い、いいでしょう!――お前達、そこの餓鬼どもを押さえていて下さい。私は雫さんに少々教えておかなければならないことが出来ました」
「雫ちゃ――」
 だが、俺達が動くその前に、後枢の手下達が再び俺達に襲い掛かってきた。
「クソッ! このままじゃ……」
「あら……私の存在、お忘れなのでしょうか?」
 そっか、こっちにはまだフリーの小雪さんがいた!――と思ったのも束の間。
「姉さん、アカン! 新しいのが来とるで!」
「……!!」
 見れば、二階の別のドアから、更に四人ほど小雪さんに向かってきていた。
「ここで戦うのは不利ですね……ひょいっと」
 と、小雪さんはマジックワンドに乗って瞬時に俺達の近くへ合流した。――でもこれで後枢と雫ちゃんが一対一に……!!
「月邑、止めろ! お主が一人で戦って勝てる相手ではない!」
 伊吹が雫ちゃんに向かって叫ぶ。――そう、今までの戦いを見ればなんとなく分かる。後枢のレベルは高い。この中で一対一で対抗出来るのは伊吹と小雪さんくらいだろう。
 だが、そんな伊吹の抑制も、雫ちゃんは聞こうとしていなかった。
「ラクナ・カル・ソル・ヴァンダル……」
 雫ちゃんの呪文詠唱が始まる。三日月のマジックワンドの先に、更に中心に三日月が描かれた魔法陣が生まれていた。
「……ライム・ライト・ムーンサイズ!!」
 詠唱が終わると同時に、三日月の描かれた魔法陣から、無数の光のレーザーが放たれ、後枢に向かっていく。
「……レイ・ウォルム・ナーザ・アフェクト」
 だがそれと同時に放たれる後枢の魔法。雫ちゃんの魔法は完全に相殺される。
「成る程、お上手になりましたね、攻撃魔法。――だが、その程度では私に傷一つ負わせることは出来ませんよ?」
「そんなこと……まだわからないっ!!」
 再び放たれる雫ちゃんの魔法。そしてそれを相殺する後枢の魔法。――そのやり取りが、どれだけ続いただろう。
「そろそろ諦めになったらどうですか? これ以上やっても――」
「アルド・レイク!!」
 不意に、雫ちゃんの詠唱が追加された。その瞬間、後枢の後ろに、まるで鏡のような円形のものが浮かび上がった。同時に、雫ちゃんが放っていた光のレーザーのうち、数本が軌道を逸らし、その鏡へと向かっていく。
「っ!? くっ……!!」
 光のレーザーが鏡にぶつかった瞬間、反射して角度を正反対に変え、一気に後枢の背中から襲い掛かった。広がる爆発音。
「やったか……!?」
 だが……期待も虚しく、後枢は立っていた。
「……成る程……わざと単調な攻撃に見せかけて私が呆れだした瞬間を狙っていたわけですか……驚きましたよ。流石の私も、全ては防ぎきれなかった……」
 言うように、確かに後枢もダメージを喰らっているようだった。ただ、それよりも――
「はぁ……はぁ……はぁ……」
 今の一発にかけていたのだろう。雫ちゃんの息が荒い。
「そこまでしてくるのならば仕方ありません。――お遊びは、終わりにしましょうか!」
「っ――!!」
 体制を立て直しきれない雫ちゃんに向かって後枢が一気に攻撃魔法を放つ。雫ちゃんもレジストで必死に防いでいるけど……!!
「くっ……ううっ……きゃああっ!!」
「雫ちゃん!!」
 レジスト貫通させられた雫ちゃんが後枢の魔法を喰らい、吹き飛ばされる。
「はっ……はあっ……」
「どうですか雫さん。――もう、いいんじゃないですか?」
 だが、雫ちゃんはその後枢の言葉を聞くなり、後枢を睨み付けた。その瞬間――後枢の表情が、豹変した。
「何ですかその目は……何処までこの私に楯突けば気が済むんだ小娘ェェ!! いいでしょう、まだわからないというのなら、わかるまで思い知らせるのみ!!」
 マズイ、こいつもう動けない雫ちゃんに向かって詠唱を――!!
「やめろ!! もう雫ちゃんはレジストする力だって残ってないんだぞ!!」
「知りませんねそんなこと!! 私に楯突くこの小娘が悪いのですよ!!」
 再び放たれる後枢の魔法。――その瞬間、俺の横を黒い影が通り過ぎていった。
「え……!?」
 後枢の魔法による大きな爆発が巻き起こる。――だが、その爆発の先に、雫ちゃんはいない。
「なっ……誰だ……!!」
 無論、雫ちゃん本人は既に自分の力では動けないはず。しかし……
「――雫ちゃん、大丈夫?」
「……!!」
 動けなかった雫ちゃんを抱きかかえるようにして後枢の魔法から逃がしたのは……黒い学生服を着た、ハチだった。
「たか……みぞ……せんぱ……い……?」
 唖然としてハチを見上げる雫ちゃん。いや雫ちゃんだけじゃない。俺も、他の皆も。ハチがここにくる、というありえない事実に、ただ唖然とするばかりだった。
「雫ちゃん、俺、雫ちゃんに本当は好かれてなくても、弄ばれてても、別にもういいんだ」
「先輩……!?」
「俺が、雫ちゃんを守りたい。――それだけなんだ」
「ハチ、お前……」
 ハチはゆっくりと雫ちゃんを下ろすと、雫ちゃんの前に立ち、後枢を睨み付けた。
「お前かぁぁぁ雫ちゃんを苦しめている奴はぁぁ!! 雫ちゃんを苦しめる奴は、この高溝八輔様が許さん!!」
 どっぱ〜ん、という波の絵が物凄く似合いそうな台詞を後枢を指差しながらハチは叫んだ。
「成る程……君の勇気は認めましょうか。――だが、あまりにも無能過ぎる」
「何ィ!?」
「魔法使いでもない君が、私に勝てるとでも思っているのですか?」
「勝てる! この愛の力があれば勝てる!」
 何かお前一人世界観違うぞ、ハチ……って、そんなこと言ってる場合じゃない! 後枢がハチに向かって詠唱を開始してる……!!
「逃げて下さい、先輩! このままじゃ先輩も!」
「うおおおっ!! 雫ちゃんは、俺が守るぜぇぇ!!」
「……レイ・ウォルム・ナーザ・アフェクト」
 後枢の魔法が、ハチに向かって放たれる……!!
「ハチぃーーーっ!!」
 そして……ハチの体が、後枢の魔法に吸い込まれていった……


<次回予告>

「馬鹿野郎、何であんな無茶を……!! あんなことしたら、お前は――」

奇跡は起こらない。
魔法使いではないハチが後枢の魔法に耐えられるわけなどなく――

「お前がさ……雄真が、ずっと……羨ましかった……」

薄れていく意識の中で、ハチは語り出す。
初めて耳にするハチの本音に、雄真の心は揺れ動く。

「駄目、雄真くん、逃げて!」

力無き者は、ただ破れていくだけなのか。
――本当の力とは、強さとは、一体何なのか。

次回、「ハチと月の魔法使い」
SCENE 7  「光に包まれし想い」

「邪魔をするのなら貴様からだ!! レイ・ウォルム・ナーザ――」

お楽しみに。


NEXT (Scene 7)

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