「ふぅ……」
「? どうしたんですか、兄さん。調子でも悪いんですか? ため息なんてついて」
「いや……ハチに会ったら、どんな顔で幸せトークを聞かされるのかと思うと、ちょっと気が重くなった」
 しかもその様子、大体俺らは見てたから、知ってるわけだし。
「ふふっ、いいじゃないの雄真くん、雄真くんだって、春姫ちゃんとのこと色々話してるんでしょ?」
「俺は逆だっての!」
 話したくなんて全然ないのに必要以上に聞いてくる奴らばっかだからな、俺の周り。
「あーあ、でも残念だったわ。昨日は途中でハチくんに逃げられちゃったから」
 昨日のサングラスのお昼のテレビでショッキング的なことを言っているらしい。というかあれは普通逃げるから。……しかも、
「元々逃げられる予定だったんだから、あれ」
 万が一あれでダブルかーさんに連れて行かれたら雫ちゃんとの仲もお終いだって。
「でも、鈴莉ちゃんと私、どっちにより惹かれたか、気になるんだもん。――あ、今日後で聞いてみようかしら」
「昨日の俺達の行動全部台無しにするつもりかよ!?」
 ジョークじゃなくて、気をつけないと本当にやりかねないからな、この人は……


ハチと月の魔法使い
SCENE 5  「最悪のハッピーエンド、最良のバッドエンド


「おっはよー、雄真、すももちゃん」
「うーす。……って、あれ?」
 いつもの場所にいたのは準一人で、ハチの姿が見当たらない。一体どんな顔でいるんだろうと今日は覚悟の上で来ていたのに、拍子抜けだ。
「なあ、ハチは? 興奮し過ぎてもう先に突っ走ったとか?」
「それがね……ショックで寝込んでて、今日は休みですって」
「……はあ? ショックで寝込む? 何かそんな出来事あったのか、あいつに?」
 その言葉に、準は表情を暗くして、ため息を一つついた。そして、準の口から出てきた言葉は、俺の予想外の言葉だった。
「ハチね……雫ちゃんに、振られちゃったんですって」
「へー、そうなのか」「へえ、そうなんですか」
 ありきたりな返事を俺とすももがほぼ同時に返した。ふーん。雫ちゃんにねえ。振られたのか、ハチ。
「って、はあっ!? 雫ちゃんに振られたのか!?」「って、ええっ!? 雫ちゃんに振られちゃったんですか!?」
 再びほぼ同時にほぼ同一の意味の台詞を俺とすももは叫んでいた。いやあ俺達相性バッチリ……って、そんなことを言ってる場合じゃない!!
「あの状況下からどうやったら振られるんだよ!? 襲ったのか!? 押し倒したのか!? 無理矢理覆い被さったのか!?」
「に、兄さん……何でそんな理由しか出てこないんですか……しかも全部同じ意味合いですよ……」
「あ、う、すまん。――いや、でも」
 振られる理由が思い当たらない。俺達が最後に見た感じでは信じられない位いい雰囲気だったのに。
「準さんは、理由とかって伺ってるんですか?」
「あたしも詳しいことはわからなかったんだけど、何でも……雫ちゃんには婚約者がいたんですって」
「え……? 婚約……者?」
 それが本当だとしたら……一体どういうことだ? 雫ちゃんに婚約者がいる。つまり一般的に考えれば雫ちゃんとハチは結ばれることが出来ない状況にあることになる。
 しかし、雫ちゃんはハチに告白した。自分からハチに告白してきた。それをハチが承諾して、ハチと付き合うことになった。だが婚約者がいる雫ちゃんはハチと付き合うことが出来ない事位自分で把握していて当然だろう。つまり……
「ハチは……雫ちゃんに、遊ばれてた、ってことか……?」
「そんな、兄さん!」
「でも……雄真の考えも最もなのよね」
「準さんまで……だってあんなに雫ちゃん、ハチさんと楽しそうにしてたじゃないですか!」
「…………」
 すももの気持ちもわかる。俺だってそう思う。あのハチと一緒に楽しんでいた雫ちゃんの笑顔が嘘だとは正直考えたくない。でも、現に雫ちゃんには婚約者が……
「クソッ……何だってんだよ……」
「雄真……」
 ――その後、俺達は特に会話もなく、歩き続けた。


 ホームルームが終わると同時に俺は席を立ち、教室を出ようとした。が――
「雄真くん」
 春姫の呼び止める声に、足が止まった。
「そんなに急いで……何処へ行くのかな?」
「あ、うん……いや」
「……雫ちゃんのところ、だよね」
「…………」
 ハチと雫ちゃんのことは、本当はちゃんとしたことがわかるまで他の皆には黙っていようと思っていたけど春姫には隠しきれず、昼休みに話してしまった。
「ねえ……私も一緒に行っていいかな?」
「春姫……でも」
「私だって、高溝くんのお友達だよ? それに――それに、雄真くんがそうやって一人で悩んだり抱え込んでるのって……嫌だし」
「春姫……」
「私に心配かけたくないって思うのはわかるけど……私は悩みも痛みも共有したいし、遠慮なく頼ってくれた方が……嬉しいかな」
「……そう……だな」
 俺だって、春姫がもしも一人で悩んだり抱え込んでたりしたら、力になってあげたい。黙って見てるだけってのは多分耐えられないだろう。だから……
「春姫……ごめん。一緒に、来てくれるか?」
「うん。――私達が出来ること、きっとあるはずだよ」
 あらためて、春姫と共に歩き出し、教室のドアを開ける。
「ゆ〜うま〜☆」
「ぬおぅ!?」
 ……そして、開けた瞬間、準に抱きつかれた。
「だあっ! いきなり抱きついてくるんじゃない! 離れろ!」
「いいじゃない、偶には。三日に一度は雄真のエネルギーを分けてもらわないとあたし生きていけないの!」
「雄真くん、三日に一度のペースで、準さんを抱きしめてあげてるんだ……」
「春姫〜! そこでその冷たい視線はやめてくれ!! 嘘に決まってるだろ!?」
 時折通りかかる人から「三角関係勃発か」見たいな視線が来るのは……気のせいじゃないな……
「第一お前ホームルームはどうしたよ!?」
 普通科の教室から魔法科の教室までどんなに急いできたって、こちらのホームルーム終了直後に廊下で待ち伏せをしてる、というのは距離からしてもほぼ不可能な距離だ。
「ホームルームには出てないわ」
「へ?」
 そう言うと、準は俺から離れ、真剣な表情になる。
「雄真、雫ちゃんのところ……行くんでしょ?」
「ん……ああ」
「あたしも行くわ。――雄真のことだから、ホームルームが終わったらすぐに行っちゃうだろうな、と思ってそれに合わせる為に、あたしはホームルーム出ないでこっちにきたの」
「準……」
 そう、俺だけじゃない。俺がハチを心配するのと同じ位、準もハチのことが心配なのだろう。
「今言うのも変だけど、ハチは幸せ者だな」
「あたし達がお節介なだけよ。――それに、あたしが心配なのはどちらかと言えば雄真の方だし」
「へ? 俺?」
「雄真はそういうことに熱いから、必要以上の行動を取って逆に変にならないように、見張るのよ」
「な――」
「ふふ、確かにそうかも、雄真くん」
 そうなのか? 俺自覚ないけどそうなのか!?
「でも……雄真くんのそういう所、私は嫌いじゃないかも」
「う……あ、そう……」
 やばい、何でこんな些細な会話で照れてるんだ俺。
「はいはい、ご馳走様でした。――ほら、雫ちゃんに逃げられたらどうするつもり? 行きましょ」


「あ、伊吹。――雫ちゃんって居るかな?」
 まだホームルームが終わった直後の魔法科一年の教室前、廊下側の席に座っていた伊吹にちょっと小声で聞いてみた。
「うむ、月邑ならまだいるが――」
 伊吹はそう言うと、自分が座っている席とは真逆に位置していた窓際の席をチラリ、と見ると、多少困惑の表情を見せる。
「――やはり、月邑に何かあったのだな」
「え? やはり、って」
「今日一日、様子がおかしいにも程がある。昨日のあの笑顔が嘘のようだったぞ。すももも何かを隠している様子であったしな」
「うん……まあ、ちょっと、な」
「……まあ、私は自分にそのような類のことを解決する力が無いことは重々承知しておるから、ここはそなた達に任せる。――今呼んでくるから、そこで待っていろ」
 そう言うと伊吹は席を立ち、雫ちゃんの席の方へ向かっていく。二言三言会話をすると、雫ちゃんがチラリ、とこちらを見、決まりの悪そうな顔をした。――先に伊吹がこちらに戻ってくる。
「では、私はすももと約束があるから、これで帰らせてもらうからな。――そなた達がおるということは、信哉と沙耶ももう終わっているのか?」
「そうだけど……すももと約束があるのに、二人がどうして?」
「いや……今日はどうしても信哉と沙耶も連れてきてくれ、と言うのでな。私もよくわからないのだが」
「ふーん……」
 お友達増やすの大好きっ子だから、上条兄弟とももっと親交を深めたいのかもな、すももも。
 ……などと考えている間に、伊吹と入れ替わりで雫ちゃんがこちらへやって来ていた。
「……あの……」
「とりあえず、屋上にでも行こうか。ここじゃ話し辛いだろうし」


 俺達四人は、そのまま屋上へと出た。もう十二月なので肌寒かったが、天気が良く、風も吹いていないのが幸いして、それほど話すのに苦を感じることはなかった。
「俺達がどうして呼び出したかは、大体予測付いてる、よね?」
「……はい」
「雫ちゃんは、婚約者がいるって……本当?」
 数秒間の沈黙。そして……
「……本当……です」
 雫ちゃんは、力無く答えた。
「それなら、単刀直入に聞くよ。――雫ちゃんは、ハチを弄んだの?」
「っ……!!」
「雄真くん! もっと別の言い方で――」
「春姫、ごめん。――でも、ハッキリさせたいんだ」
 春姫の言いたいことはわかる。――正直、今の雫ちゃんを見る限りでは、現状が望んで生まれたわけではないのは一目瞭然だ。彼女自身も苦しんでいる。それは痛い程に伝わってくる。
 だが――どれだけ雫ちゃんが落ち込んでも、ハチが傷ついたのは事実。そしてその原因が、少なくとも雫ちゃんが関わっていることも事実なんだ。――雫ちゃんがどれだけ落ち込んでも傷ついても、そのことを、理由を、ハッキリさせなければ解決にはならない。解決させなければ、お互いの傷が癒えることだって出来ないはず。
「雫ちゃん。――ハチね、今日学校休んだの」
「え……?」
 見かねたらしく、準が口を挟んできた。
「あたしもそう多く話したわけじゃないからわからないけど、やっぱり雫ちゃんに婚約者がいたのがショックだったみたい。――ハチね、本気だったのよ、雫ちゃんのこと」
「…………」
「話してもらえないかしら。事情、あるんでしょ?」
「私達でよければ、いくらでも力になれるから、ね?」
「俺達、ハチが心配なだけじゃない。――雫ちゃんのことだって、心配なんだ。だから」
 俺達の言葉に、雫ちゃんはただ俯くだけだったが――
「――輩に」
「……うん?」
 やがて、呟くように、力なく、口を開き始めた。
「高溝先輩に、伝えて下さい……私は、あなたのことを、弄びました、って」
「雫ちゃん、でも、それは――」
「いいんです……全部、全部私がいけないんです……私が、悪い女なんです!!」
「え? あっ!」
 涙声で雫ちゃんは言い切ると、いきなり走り出した。俺達も反応が遅れ、気付いた時には――
「雫ちゃん、待って!!」
 春姫が呼びかけながらドアのところまで走ったが、階段を見下ろすと、落胆した表情でこちらへ戻ってきた。
「――失敗、しちゃったわね」
 準も落胆の色を隠さない。――確かに、もうこれで雫ちゃんからは何も聞き出せないだろう。でも……
「ますます放っておけなくなったけどな」
「うん……そうだね」
 確実にわかったこと。――それは、俺達が思っていた以上に雫ちゃんも傷ついていたことだ。そして雫ちゃんは誰に話すことなくこのことを終わらせようとしている。
 そんな雫ちゃんの表情を見てしまった以上、こんなところで引き下がるわけにはいかない。
「あたしが思うに、雫ちゃんが親の命令で無理矢理結婚させられそうになってる、って感じじゃない?」
「準さんの言うことはわかるけど……でもそれだけだと、高溝くんとの関係を終わらせてしまう理由が見当たらなくなるから……」
 そう。もし親の強制的な話だったとしたら、ハチを偽の恋人に仕立て上げて逃げる、という計画を立てていたという可能性も出てくる。
 だが実際のところ雫ちゃんは婚約者の存在が発覚すると、何の抵抗もせずにハチとの関係を終わらせようとしている。ただ婚約者から逃げる、だけではきっとないんだ。
 でも……俺達にはそれを知る術がなかった。
「クソッ……何か他に手がかりがあれば……」
 些細なことでもいい。何かヒントになることはないのかよ?

「あの……小日向先輩って、御薙先生の息子さんだって伺ったんですけど、本当ですか?」
「ああ……うん。Oasisにいた音羽かーさんは育ての親で、血は繋がってないんだ。実際の親は、御薙先生の方になる。でも、それが?」
「あの……差し出がましいお願いなんですが、特別に御薙先生に会わせていただけないでしょうか?」

「あっ!」「あっ!」
 俺と春姫は同時に声をあげた。
「雄真くん……!」
「ああ、もしかしたら何か関係ありかもしれないな」
 春姫も、やはり俺と同じ考えに至ったらしい。
「何? 何かあるの?」
「ハチが雫ちゃんに告白された次の日――ほら、Oasisで自己紹介し合った日があったろ? あの日の放課後、母さん――御薙先生に特別に会わせてもらえないか、って雫ちゃんに頼まれて、会わせてあげたんだ。もしかしたらその時に何か先生に話してるかもしれない」
「行ってみましょう、準さん、雄真くん。――先生の所へ」


「それで? 随分切羽詰った顔してるのね、三人とも」
 研究室に俺達を通してくれた先生の第一声がこれだった。よほど表情に出ていたらしい。
「あの……金曜日、私と雄真くんで、月邑さんを先生に紹介しましたよね? あの時、月邑さんが先生に何を相談したのか、教えてもらえませんか?」
「月邑さんの……?」
 先生は黙り、何かを考えていたようだったが、少しすると再び優しい表情に戻った。
「いいわ。金曜日のことでしょう?」
 その表情からしても――多分、それなりに何が今起こっているかを汲み取ってくれたんだろう。
「月邑さんには、「弐条蹄形ノ法則」について詳しく聞かれたわ」
「ニジョウテイケイノホウソク……?」
 な、何だその方程式と三平方の定理を足して二で割って五倍にしたような名前の式は。――準はもちろん、春姫も初耳の言葉だったようで、皆疑問の表情に変わっていた。
「知らないのも無理はないわ。現代では廃れてしまっているものだもの。史書によれば、百年ほど昔を最後にほとんどその名前は見なくなったらしいわ」
「それで……それは、どういったものなんですか?」
「代々続いている魔法に関わる名家が使用していたものよ。自分の年齢、性別、名前に合った人生の伴侶を相手の誕生日から、更にその相手の誕生日から、正式に伴侶となる歳、月日を導き出す魔術式の一種なの。――ただし、その対象となるのは魔法使いだけだけど」
「…………」
 ここで不意に、金曜日、雫ちゃんを先生に紹介した後、伊吹に会ったことを思い出した。

「成績優秀、性格はいたって真面目。誰にでも分け隔てなく優しく接し、男女問わず人気が高く、教師からの信頼も厚い。更にあの整った顔立ち。非の打ち所がない、容姿端麗品行方正だな。彼女の生まれた月邑家も、昔は名家だったと聞くしな」

 伊吹の、その「昔は名家だった」という言葉が、ここにきて嫌に引っかかった。
「御薙先生。――雫ちゃんは、その魔術式に関して、先生に尋ねたんですか?」
「ええ。――正確には、過去、弐条蹄形ノ法則に例外がなかったかどうか」
「例外……?」
「たとえば……相手が魔法使いではなかった場合でも適例されたケースはないか、とかね」
「!!」
 なんとなく……なんとなくわかってきた気がする。――と、そこで更に先生は確信へと繋がることを口に出した。
「そういえば……風の噂で聞いた話だけど、月邑家当主、月邑藤次(つきむら とうじ)は今、危篤状態だそうよ」
「それって……」
「私が知っているのはここまでよ。参考になったかしら?」
 そう先生は笑顔で俺達を見た。――多分、先生は最初から全てを察知していたに違いない。「あえて」俺達にその結論を導き出させる為に。「あえて」俺達が直接、問題へと直面する為に。
 雫ちゃんがハチを選んだ以上、解決させるのは俺達じゃないと駄目なんだ。
「ありがとう――母さん」
「ふふ、どうしたしまして」
 俺達は、研究室を出ると、ドアを丁寧に閉めた。
「……一旦、整理するか」
「うん、そうだね」
 ゆっくりと下駄箱へと歩きながら、今までのことを整理することにした。
 月邑家は昔、名家だった。――今は多少廃れてはしまっているが、昔の風格というか、そういうのに拘りがあり、未だに弐条蹄形ノ法則を使用しているような家だった。
 そして今、月邑家の当主が危篤状態にある。おそらく次の当主を決めなくてはならないのだろう。しかし現在の月邑家に、子供は雫ちゃん一人。やはり昔の家だ、当主は男、というのがあったのだろう。そうなると自然と時期当主は雫ちゃんの結婚相手、ということになる。その法則に見合い、更には結婚出来る日が間近に迫った相手というのは限定されるだろう。おそらくそれが現在の雫ちゃんの婚約者。
 無論、年頃の雫ちゃんがそれを喜ぶわけがない。だが父親を悲しませるわけにはいかない雫ちゃんは、誕生日は適任であったが、多少結婚時期が離れた相手――ハチを見つけた。
 父親の心境としては、適任者が二人いるならば、娘が選んだ相手にしてあげたいだろう。それに相手さえ見つかっているのなら、結婚時期が来る前に当主が亡くなってしまっても、多少の猶予は許されるかもしれない。そういう意味で、ハチは適任だった。
 だが、問題があった。――ハチは、魔法使いではなかった。それがばれてしまえば、ハチを選ぶ、という選択肢がなくなってしまう。だから雫ちゃんは探した。例外を探した。方法を探した。先生も頼った。
 しかし残念ながらその結果が出る前に、婚約者にハチの存在がばれてしまった。婚約者としてはその計画を許すわけにはいかない。早急にことを進めるだろうし、何より雫ちゃんにこれ以上ハチと関わらせるとも思えない。
 だから、雫ちゃんはハチを突き放した。もう手の打ち様がないことを知って。諦めたんだ……
「でも、雄真」
 そこまでまとまったところで、準が口を挟んできた。
「事情はあたし達も飲み込めたけど……でも、あたし達に何が出来るかしら?」
「…………」
 そうなのだ。俺達に雫ちゃんの結婚を止める手立てがなかった。代わりの婚約者など見つけられるわけがないし、まして雫ちゃんをさらって逃げられるわけでもない。
「……うん、俺達には何も出来ない。でも……」
「でも……?」
「最悪の、本当に最悪のエンディングだけは、避けたいんだ」
「雄真……くん?」
 春姫も疑問顔で俺を見てくる。
「雫ちゃんに……本当の気持ちを聞いてくる。本当に、ハチのことをどう思っていたのか」
「雄真……」
「それで何かが変わるわけじゃない。でもせめて……せめて、それだけは確認したいんだ」
 あの雫ちゃんの笑顔が……嘘じゃないって、信じたいんだ。
「……うん。そうだね。聞きに行こう、雫ちゃんに」
「ありがとう。――準、このこと……ハチに、伝えてきてくれるか?」
「いいけど……雄真と春姫ちゃんは?」
「今から出来るだけ急いで雫ちゃんの家を調べて行こうと思う。――何かあってからじゃ遅い」
 最悪、もう学校に来ない、とかだったら困る。
「わかったわ。――お願いね、二人とも」
「ああ」
「準さんも、高溝くんのこと」
「大丈夫。ハチの扱いは慣れてるわ。中々お手以上を覚えないんだけどね〜」
「今度、首輪新しいのにしておけよ。フラフラ何処か行きすぎだぞ、あいつ」
「あははっ、そうかもね〜」
 準と俺のその場を和ませる為の冗談で、俺達は少し笑い、気を楽にしたのだった。


 準と別れて一時間後、俺達は調べてたどり着いた月邑家の家の前にいた。――が……
「…………」
「何よ雄真、いざこれからって時にそんな顔しちゃって」
 柊が俺の顔を覗きこんでくる。
「いや、何で柊がここにいるのかな、と思って」
 何ていうか、話し合いとか、そういうのに非常に似つかない気がする。
「ごめん雄真くん……一度寮に戻った時に、偶々見つかっちゃって……」
「何よ、いいじゃない! あたしだってハチと雫ちゃんのこと心配だし!」
 行く道中で、柊には全部ばれてしまったというか、無理矢理聞き出されたというか。いや、友達想いというのは本当で、そういう点ではいい奴なんだが……
「さーて、乗り込むわよ! 二人とも、覚悟はいい!?」
「杏璃ちゃん、何も戦いにいくわけじゃないんだから……」
 大っぴらにやはり勘違いしていた。どうも雫ちゃんをここから奪い去るつもりらしい。――というか、この屋敷の大きさからしても、俺達三人で適う数の人で終わるとは到底思えなかった。
「とりあえず、あの門番の人に会わせてもらうように頼んでみるか」
 三人で門のところに近づいていくと、立っていた二人の門番が「む」といった感じでこちらを見た。先頭を切って春姫が口を開く。
「あの……私達、雫さんのお友達なんです。今から会わせていただけないでしょうか?」
「駄目だ。お嬢様はお忙しい身なのだ。お前たちに会っている暇などない」
 やっぱり、急いで正解だった。明日、とかだったらもっと厳しい状態だっただろう。
「お願いします! ちょっと、ちょっとだけでいいんです!」
「駄目だ駄目だ! お前たちのような何処の馬の骨かもわからんような奴らと、お嬢様は――」
「なら、式守伊吹が――式守の次期当主が、直々に会いにきた、そう伝えるがよい」
 門番の声を遮るように、後ろから声がした。振り返ると、そこには――
「伊吹! それに信哉に上条さん!」
「さあどうする? ここで上の者に話を通さずに我々を追い返してみろ。――貴様等は、式守の名に逆らうことになるぞ?」
 スッ、と匂わせる伊吹の気迫。――門番は動揺を隠し切れない。この辺りで暮らす魔法使いにとって、式守の名は絶大だ。そして小柄ながら放つ強烈な気迫、何よりもその銀髪が伊吹が本当に式守家の人間であることを証明しているのだ。
「来てくれたんだな」
「す、好きできたわけではないわ! ただ……ただ、すももが「兄さんの力になってあげて下さい」としつこくせがむから、それで……」
 すもも、あいつ最初から……そうか、だから信哉と上条さんも一緒に、って言ってあったのか。
「三人とも、ありがとうな」
「ふん……」
 強がりな伊吹。
「いえ……」
 ちょっと恥ずかしそうな上条さん。
「何を言うのだ雄真殿。以前も言ったであろう? 友の窮地を助けるのは、当然のことよ」
 そして、まったく恥ずかしがらずに臭い台詞を言う信哉。――この三人の援軍は、とても心強い。
「それで、どーすんのよ? 伊吹も言ってたけど、アンタらこれ以上そこでどもってると、式守家に逆らうことになるわよ?」
 いやお前は式守家の人間じゃないけどな、柊。――と、その時だった。
「え?」
 不意に、門が開いた。その門の先に、一人の女性。
「その方々を、通してあげて下さい」
「な……しかし沙玖那(さくな)様!」
「私が許可します。――お客様を、「満月の間」へ」
「は……はっ!」
 そう告げると、その女の人はまた奥へと消えていった。そして……
「――こっちだ。ついてこい」
 どうやらその満月の間、とやらへ案内してくれるらしい。俺達六人はゾロゾロと門番の後をついて歩いていく。
「――む? 浮かない顔をしているな、雄真殿?」
「さっきからなのよ。これから勝負って時なのに」
 いやだから決闘じゃねえっての。――と、それよりも……
「さっきの女の人……何処かで見たことある気がするんだよな……」
「え、雄真くんも?」
「春姫もなのか?」
「うん、私も何処かで見た気がするんだけど……」
 俺達は歩きながらしばらく考えていたが……
「あっ!」
 春姫が不意に声を上げる。
「思い出したのか?」
「ほら、あの人、Oasisでハンカチ拾ったって言ってきた、女の人!」
「――あ」
 そうか。あの人、土曜日にハチのデートの計画の手伝いを終えた後、ハンカチ拾ったけど、俺と春姫のじゃないか、って聞いてきた人だ!
「偶然……か?」
 でも――何だか、偶然じゃない気が、俺は薄々としていた……


<次回予告>

「満月の「間」って言うよりも、「塔」みたい……」

門番の案内によって、満月の間、と呼ばれる部屋に通された雄真達。

「わかってる、それを言うことがどんなに雫ちゃんにとって今辛いことかは十分にわかってる!
でも、俺達は、雫ちゃんも――」

必死の言葉を雫に届けようとする雄真。
果たして、雄真の想いは雫に届くのか? 雫の真意は?

「……あなたって人は……あなたっていう人は……!!」

そして、その想いを踏みにじるかのように、立ち塞がるのは――

次回、「ハチと月の魔法使い」
SCENE 6  「勇気と言う名の非力」

「ねえ、ハチ。――ハチは、雫ちゃんの彼氏でしょ?」

お楽しみに。


NEXT (Scene 6)

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