空は、信じられない程の晴天だった。
 腕時計を見てみる。――時計の針は、十時十五分を指していた。
「ちょっと……早く、来過ぎちゃったかな?」
 雫は、オブジェに少しだけ寄りかかって、「恋人」を待つことにした。
 昨晩は、あまり眠れなかった。今日のデートのことを、心待ちにしている自分がいたのだ。その事実は、少なくとも雫にとっては驚きの体験だった。――まさか、私もこんな風になれるなんてね。
 そして今、表面上は平静を装っていても、心は非常に緊張していた。――心地よい緊張だった。
「高溝先輩、か……」
 正直なところを言えば、雄真やその仲間たちが呆れ顔でハチのことを見るのも、雫としてはわからないでもなかった。一言で言ってしまえば、変な人だ。
 それでも……自分の簡単な仕草な言葉に喜んでくれたり、何より自分に一生懸命になってくれる。それが雫にとっては何よりも嬉しかった。
「――あっ」
 そんなことを考えていたら、通りの向こうから走ってくる人影。その顔を見て、少しだけ心臓の鼓動が早くなったような気がした。
 これが、「恋」なのかな?――そんなことが不意に心を過ぎった。


ハチと月の魔法使い
SCENE 4  「恋のトラブルデートABC」


「――傍から見たら、怪しさ爆発だろうな、俺ら」
 朝から建物の影からこっそりオブジェの方向を見守る若者の集団。
「何言ってるのよ雄真、これもハチと雫ちゃんのためじゃない」
「しかしな……」
「ちょっと、気合入れなさいよね! 今から覚悟しておかないと、ハチのことだから、タキシードに花束抱えて登場、とかやりかねないんだから」
「う……」
 す、鋭いな柊。危うくそれ実現化寸前だったぞ。――横で春姫も苦笑している。
「そうですよ兄さん、わたし達は何もハチさんのデートを鑑賞しに来たんじゃないんです! ハチさんのデートを成功させる為にここにいるんです!」
「すももちゃん、わかってるぅ!」
 力強く言うすももを準が誉める。――が、気になる点が一つ。
「しかしですなすももさん、応援に何故その高性能っぽいカメラが必要なのでしょうか」
 すももの手には、あからさまに遠くの絵も綺麗に撮れます、みたいなレンズのついたカメラが。
「今日の写真を、お二人の結婚式のメモリアルで登場させる予定ですから♪」
「何処まで考えてるんだよ!」
 それに……すももといえば、気になる点がもう一つ。――いや、すももというよりも……
「…………」
「……伊吹は何で来たんだ?」
 すももの横にいる伊吹からは、俺よりも遥かに乗り気ではないのが全身からオーラが伝わってくる。
「こんなことをするとわかっていたら最初から来ぬわ! すももが待ち合わせ場所と時間しか指定してこなかったのだ!」
「騙したのか、すもも……」
「人聞きが悪いです、兄さん! わたしは、内容を伝えなかっただけです」
「それを騙したと言うのだ!」
 伊吹の言うとおりだぞ、すもも……でも、それでも帰らないのは、すももパワーといったところか。
「大体、高溝と月邑の後をただ追いかけて、何が楽しいと言うのだ?」
「……まあ、その点は心配いらないぜ伊吹。ハチのことだ、何かしらのハプニングが起きるに決まってる。そのあたりは俺が保証してやろう」
 まあ、いい保証ではないけどな。
「……やはり私は未だに信じられぬぞ、あの二人の間柄が」
「シッ! 二人とも、静かに! 来たわ!」
 見ると、ハチが駆け足で雫ちゃんの所へ向かっている所だった。服装が普通な点にはとりあえず安心だな。
「ふっふっふ、さ〜て、ここでこれの出番かしら」
 そう言うと柊は自分のポケットから何かを取り出した。
「杏璃ちゃん、それは……?」
「ジャジャジャ〜ン! インスタント魔力盗聴器〜!」
「盗聴……器?」
「これに魔力を込めて、特定の人間を指定すると、一定時間、指定した人間の会話がこっちのスピーカーから聞こえてくるの」
「へえ、凄いですね……じゃあこれでハチさんと雫ちゃんの会話も?」
「そう、バッチリ!」
「ふーん……」
 俺が知らないだけで、魔法グッツにも色々あるんだな……
「――って待て柊! それは何だ、犯罪になるんじゃないのか!?」
「大丈夫、御薙先生から借りてきたものだから」
「先生、から……?」
「御薙先生に今日のこと話したら、喜んで貸してくれたわ」
 失格だ! あの人教師失格だ! 何考えてるんだ!
「――っと、動き出したみたいね。追いましょ」


「ぐぬぬぬぬ……」
「ゆ、雄真くん、落ち着いて……」
 ハチと雫ちゃんの尾行を開始して十分。ハチと雫ちゃんの会話は弾んでいる。雫ちゃんが俺達のことを知りたい、とのことでハチが一人一人説明しているのだが……

『で、雄真は妹のすももちゃんにベッタリなんだよ。朝はすももちゃんに起こしてもらわないと起きれないし、好物はすももちゃんが作ったコロッケだし』
『あははっ、小日向先輩、あまりそういう感じには見えなかったから、驚きです』
『妹が可愛いのはわかるけど、妹に依存し過ぎるのもな。雄真はもうすももちゃん抜きじゃ生きていけない男になってるからさ。あれじゃすももちゃんが可哀相だよ』

「ふむ……高溝は小日向雄真のことをよくわかっているのだな」
「もちろんですよ伊吹ちゃん。ハチさんはよくわかってます。兄さんは私がいないと何も出来ないんですから♪」
「待てコラ!! 誰がすもも抜きで生きていけないだ!! 全然一人で大丈夫だ!!」
 確かに好物はすももコロッケだけど!!
「でも雄真くん、シスコンだし♪」
「俺はシスコン違う!!」
 春姫め、もしかしてまだ昨日のこと根に持ってるのか!?
「もー、少しは落ち着きなさいよ、雄真。ばれちゃったらどうするのよ」
「これが落ち着いていられるか!! ハチめ、人をダシにしやがって……!!」

『それじゃ、あの方……えっと、Oasisでウェイトレスをなされていた……柊先輩、でしたっけ』
『ああ、杏璃ちゃん?』

「ほーら、もうあたしの話になったから、ね?」
「く……」

『杏璃ちゃんは姫ちゃんやすももちゃんに比べるとちょっと女の子らしさが足りないかな』
『そうなんですか?』
『ガサツで大雑把だし、暴力的だし。俺なんて何度魔法で攻撃されたことか……』

「むぎぎぎぎぎ……ハチの分際で……!!」
「あ、杏璃ちゃん、落ち着いて!!」
「というか、人のこと言えないぞ、お前……」
 ハチ、お前は人を誉めるということを知らんのか。柊は柊で良い所あるぞ。――ガサツで大雑把で暴力的、というのは確かに間違いじゃないけど。
「落ち着いてなんていられるわけないでしょ!? 見てなさいよハチ!」
 そう言うと柊は、パエリアを構えて――
「って、わーわーわー!! 何する気だお前!?」
「うっさいわね!! アンタだってハチに色々言われて怒ってたじゃない!!」
「だからと言って魔法をぶっ放そうだなんて思ってない!!」
 呆れ顔の伊吹を除いた全員で柊を食い止めていると、
「あ、杏璃ちゃん、ここ、ここ! Aポイントよ!」
 という準の一声で全員の動きがピタリと止まった。
「Aポイント……?」
「今回のデートではね、ハチと雫ちゃんのラブラブ度をアップさせる為のイベントがいくつか用意されてるの。ここが第一のイベントポイントなのよ」
 何だか自作のゲームみたいだな、と思った時だった。

『ん?』
『あ』

 スピーカーから声がしたのでハチの方角を見ると、サングラスをしたお兄さんと肩がぶつかってしまった様子。
「……って、まさかイベントって」
「そう! 絡んでくる怖いお兄さんを撃退することでハチの男前度アップ作戦よ! 格好いいハチを見て雫ちゃんもウットリ」
「成る程。趣旨はわかった」
 そう、趣旨はわかる。いやしかし……
「高溝八輔が相手の男に負けてしまった場合はどうするつもりなのだ?」
 伊吹の疑問はもっともだ。というかむしろそちらの方が可能性が高い。
「大丈夫、相手も当然サクラよ」
 つまり仕込み、ってわけか。

『ん? 今俺の肩に「何か」ぶつかったような気がしたが……気のせいか?』
『あ、すいません』
『すいません、だと……すいませんで済むのなら警察も沙耶のお仕置きもいらぬだろう! 沙耶のアレは……物凄〜く、痛いのだ』

「……なんかあの不良さん、変なこと言ってませんか?」
 すももがスピーカーの声に疑問顔になる。……っていうか、
「あの不良、信哉だろ」
 俺の指摘に準と柊がたじろぐ。
「だ、だってさ……」
「雰囲気とかそういうのピッタリなの、信哉くんしかいなかったんだもの」
 いや確かに雰囲気はバッチリだ。しかし……

『さあもう後には引けぬぞ! ここからは男と男の勝負だ高溝殿! 刀を抜くがいい!』
『かかか、刀ぁ!?』
『フッ、臆したか! だがここで臆せば男の名が廃るだろう! さあ来るのだ! 台本によれば高溝殿がこの俺の屍を越えていくことになってい――ガッハァッ!!』
『兄様……少々、予定をずらし過ぎです。それに私のお仕置きが怖いだなんて……まるで私がいつも兄様にお仕置きをしてるみたいではありませんか』
『何を言うか沙耶! 俺も日々修行を重ねているが、未だにあの日の沙耶の一撃を超えることがグホゥ!!』
『……兄様、ひとまずここはこちらへ(ズルズル)』

 …………。
「ギ、ギリギリセーフね……」
「何処がだ!? 誰がどう見ても普段の信哉と上条さんだ!! 間違いなくキャストミスだ!!」

『今の二人……信哉と沙耶ちゃんに似てたけど……』
『お知り合いの方なんですか?』

「ま、まずいですよ! ハチさん疑い始めてます!」
「どどど、どうしよう〜!」
 終わった。ハチデート作戦無事に終了だ。俺と多分伊吹も冷静にそう考えたであろう、その時だった。
「雄真くん、高溝くんにすぐに電話して!」
「春姫? あ、ああ、いいけど、でもどうするんだ?」
「電話してね――」
「――ああ、成る程な」
 多少苦しいが、やってやれないことはないな。

『……ん? 雄真からか』
『お電話ですか?』
『ああ。――もしもし?』

「お、おう、ハチ、デートはどうだ?」

『なんだなんだ雄真、俺が羨ましいのか〜? さては姫ちゃんに相手にされなくて一人寂しい日曜日を過ごしてるんだろ〜』

「んなわけあるか! 今だって春姫と一緒だ! し、信哉と上条さんも一緒だけどな」

『お? 何だ、珍しいな』

「まあな、偶にはな。――じゃあな、デート頑張れよ!」

『え? あ、おい!』
『……何のお電話だったんですか?』
『デート頑張ってるか、って。姫ちゃんと信哉と沙耶ちゃんも一緒らしい』
『それなら、さっきの人は……』
『他人の空似か。よく似た奴もいるもんだな〜』

「(ピッ)ふぅ……」
「助かった〜……ナイスアイデア、春姫!」
 この場合はハチが単純だった、という条件にも相当助けられてる気もするけどな……いやしかし。
「……この後の展開も、非常に不安なんだが」
「大丈夫よ!……多分」
 多分ですか。世の中で多分、ほど怖いものはないぞ?


「しかし……ハフハフ……案外普通に進んでってるな」
 俺達は途中のコンビニで買った(買いにいかされたのは当然俺)中華まんを頬張りながらハチと雫ちゃんの尾行を続けていた。
「はい、伊吹ちゃん、わたしがふーふーしてあげます♪」
「よ、よい、その程度自分で出来る!」
 相変わらずだなあの二人は。――っていうか、ハチの尾行ってこと忘れてませんかすももさん。
「……あれ?」
「? どうした、春姫?」
「ねえ……あんなところに、占いの館なんてあったかな?」
「そういえば……俺も記憶ないな」
 この辺りは先週、春姫とのデートでぶらぶらしたばかりなのだが、その時はあんなものは見当たらなかった。
「ふふふ、よく気付いたわ、春姫!」
「あそこがBポイントなのよ。相性を占っていい結果が出れば二人の仲も急接近!」
 成る程な。確かに女の子は占いとか凄い気にするからな。ただ個人的なことを言えば俺は占いっていうと小雪さんのあの占いのイメージがあるからあまりいい印象がないんだよな……

『……もし、そこのお二方』
『ん?』
『私達のこと……でしょうか?』
『とても寄寓な相が出ています。宜しければ占っていきませんか?』

「…………」
 そういえば、考えないようにしていたけどあの占いの館、一体誰がやってるんだ? 思うに俺達の知り合いで、ここにいないメンバーで更に信哉と上条さん以外の人物……
「いや、そんな消去法を使わないでも」
 薄々だが、誰がやっているかは予測がついていた。いやしかし認めたくない! 確かに占いには適任だが、二人の幸せのことを考えたらここで登場すべき人物じゃない気が俺はするんだ!

『どうする雫ちゃん? 占ってもらう?』
『そうですね……面白そうです。やってもらいません?』
『毎度〜 お嬢さん、綺麗やからまけとくで〜』

「ぶはっ!」
 こ、この聞き覚えのある大阪弁は……!
「いやでも、もしかしたらタマちゃんに似た声で喋る別のものかもしれない! 大阪に行けば大阪弁で喋る人だらけだし、きっとマジックワンドも大阪弁のものばかりに決まってる!」
 そうさ、きっとそうさ!

『えっ、今……これが喋ったんですか?』
『はい♪ タマちゃん、っていいます』
『宜しゅう頼みまっせ、お嬢さん』

「タマちゃんって紹介しちゃってる!?」
 い……いや、でもまだわからないぞ! もしかしたらタマちゃん使いが他にも――
「……いるわけなかろう、小日向雄真。あれはどう考えても小雪だ」
「やめてくれ伊吹! 俺の希望を奪わないでくれ!!」
 というか、タマちゃんって紹介したら、流石にハチが気付くんじゃないのか!?

『へえ……タマちゃんって小雪さんの特権なのかと思ってたら、他の人でも扱えるんだな』

「あいつは馬鹿だ〜〜〜〜!!」
「いちいち五月蝿いわよ、雄真! 馬鹿で助かったじゃない!」
 いや、そりゃそうなんだけどさ。でもやっぱり俺のイメージ的に小雪さんをここで登場させてしまうのは……
「大丈夫ですよ兄さん、小雪さんだってその位のことは考えてくれてるに決まってるじゃないですか」
「…………」
 まあ……それはそうかもしれない。理由が理由だ。小雪さんも不幸な結果が出てもそのあたりは上手く誤魔化してくれるだろう。……何だ、深く考えすぎたか、俺?

『それでは……お二人の相性占いで、宜しいですね?』
『はい、宜しくお願いします』
『では、そちらの椅子にお座りになって、意識をこちらに集中させて下さい。――エル・アムカイル・ミザ・ノ・クェロ……』

「やっぱり高峰先輩に適任の役じゃないかな。占いの呪文も本物だし」
「だから怖いんだよ、俺は……結果不幸しか出てこないしさ」
「それはアンタが不幸持ちだからでしょ?」
「俺を不幸の塊みたいに言うな!」

『アム……クロス……』

「あ、小雪さんの占い、終わりますよ」

『……ふぅ。終わりました』
『で、あの……どうなんでしょうか?』
『お二人の間柄は……夜空に浮かぶ、月のようです』
『月……?』
『はい。時が来れば姿を現し、日を追う毎に満ちて行き、いずれは全てを満たしますが、それを封切りに、少しずつ満ちが減っていき、いずれは――』

「おい! 全然誤魔化してくれそうにないぞあの人!」
 いずれは消えていくって、将来駄目になるってことじゃないかよ!!
「小雪の奴、占いに集中し過ぎてるのかもしれぬぞ。占い始めたら周りが見えなくなることがあるからな」
「雄真、小雪先輩に電話! すぐに!」
 何故に俺ですか!? く、でも悩んでる場合じゃない!

 ジリリリリリ!
『姉さん、電話やで』
『あら……何でしょう。ちょっと失礼しますね(ガチャリ)』
『え……ポケットからコード付きの電話が出てきた……?』
『はい、こちら来々軒』

「何ラーメン屋コント始めようとしてるんですか!?」

『クスン。せめて「えーと、ラーメン二つ……って!!」ぐらいのノリツッコミがあってもいいじゃないですか』

「ありません!! というかそんなこと話してる場合じゃないでしょう!」

『そうなんですか?』

「そうなんです! 何ですかあの占いの結果は! 嘘でもいいからいい結果に持っていくって話だったんでしょう!?」

『そうでした……でも、結果で出てしまったので……』

「ならせめてそこからフォロー入れて下さい! 「若い二人の信じあえる力があれば乗り越えられます」とか何とか!」

『わかりました。「二人の愛は若気の至りである」ですね。お任せ下さい♪』

「こらーっ!! わざと間違えてるでしょう!? と・に・か・く!」

『わかりました……一応、チャレンジしてみますね(ガチャッ)』
『あ、あの……』
『お待たせしました。占いの結果ですね』
『はい……その、いずれ月が消えていくってことは、私達って……』
『さあ……どうでしょう』
『さ、さあ、って……』
『その言葉……どう受け取るかは、あなた方次第です』
『……え?』
『私の占いで出たのはお二人の相性が夜空に浮かぶ月のよう、ということだけです。その様子、悲しい意味で受け取ることももちろん出来ますけど……見方次第で色々な意味で受け取ることが出来ませんか?』
『あ……』
『ですので、最終的な運命を変えるのは、あなた方自身のお力です。――頑張って下さいね』
『――はい! ありがとうございます!』

「小雪さん……」
 小雪さんのフォローは的確なものだった。いやむしろ嘘を付くよりもこの方がよかったかもしれない。ただ幸せで何の苦労もないよりも、自らの力で手に入れた幸せの方がより大きいものだ。
「高峰先輩、ちゃんと二人のこと、考えてくれたんだね」
「うん、まあ一時はどうなるかと思ったけどな。いきなりタマちゃん紹介しちゃうし」
 でもこれで、Bポイントのイベントやらも――

『いや〜、流石やな小雪姉さん。言うことが違いますわ〜』
『え?』

「あ」

『……今、タマちゃんが、「小雪姉さん」って』
『…………』
『あのー、小雪さん、なんスか?』
『…………』

 ドッカーン!!
「え……ええ!?」
「占い小屋が爆発したわ!?」
 見れば占いの館は木っ端微塵に破壊され、煙が上がっている。
「兄さん、まさか小雪さん、自らを犠牲にしてタマちゃんのミスを……」
「そんな……」
 まさか、小雪さんに限って……でも……でも、万が一ということがあったら……!?
「クソッ……小雪さーん!!」
「はい、何でしょう?」
 ズルッ。
「移動早っ!! いつの間に俺の後ろにいたんですか!? というかバッチリ逃げてるし!?」
「タマちゃんの爆発は、結構な威力がありますから」
 いやそれは俺も痛い位よく知ってるけどさ。
「――ってちょっと待てよ、小雪さんがこうして無事に逃げてるってことは、ハチと雫ちゃんも……!?」
 そう思って周囲を見回してみたが、ハチと雫ちゃんの姿は見当たらない。
「雄真くん、スピーカーから声が……」

『ゲホッ、ゲホッ……』
『だ、大丈夫かい、雫ちゃん……ゲホッ』
『は、はい、何とか……急に爆発するとは思いませんでしたけど……』
『と、とにかくここは離れた方がよさそうだ。行こうか』
『そ、そうですね……』

 …………。
「ギ、ギリギリセー……」
「アウトだ! 折角いい雰囲気になりかけたのに完全アウトだ!」
「アウト、セーフ、ヨヨイのヨイ♪」
「誰のせいだと思ってるんですか小雪さん!! 誤魔化そうとしたって駄目です!!」
「あれでしたら、実際に野球拳でも……」
「やりません!!」


「さあ、もうすぐCポイントに到着よ!」
 占い小屋爆発からしばらくした後、元気一杯にそう告げる柊に、俺は思いっきり冷たい視線を送った。
「何よー、その何か言いたげな目は」
「いっその事中止にした方がいいんじゃないのか、それ。いい結果生まないんじゃないのか?」
「ぜ、前回と前々回は不幸が重なっただけよ! 今度はそれに失敗し辛い作戦なんだから!」
「失敗し辛い……って、どういった作戦なんでしょう」
「よくぞ聞いてくれました小雪先輩! 名付けて「俺は君が一番さ」作戦!」
 なんか、凄い却下したい作戦名なんですが。
「つまりね、道を歩いていると綺麗な女の人に誘惑されるんだけど、そんな女の人よりも雫ちゃんが一番なんだ! っていう雰囲気を醸し出そう、っていうわけよ。どう、これなら心配いらないでしょ?」
 いや、今までのも筋書きだけだったら心配いらなかったぞ。配役に全部問題アリだったんだ。
「……って、そういえば」
 これ以上配役に回す人がいないぞ? 上条さんは登場しちゃったし、小雪さんはあれ以降俺達と一緒に行動してるし……本当に無関係な人を雇ったのか……?

『ね〜え、そこの素敵なお兄さん』
『へ? 素敵なお兄さん……って、俺!?』
『そう。今私、とっても暇してるの。一緒に何処か遊びにいかないかしら?』
『いいいい、一緒に……』

「…………」
 いや、いたなまだ。しかも大人の魅力タップリで外見は適役な人が一人。ただ……
「――春姫さん、御薙先生はお忙しい方じゃなかったんでしたっけか」
 俺の日本語も変になっていた。
「うん……忙しい人、なんだけど……こういうことに目がない人だから……」

『高溝先輩……?』
『ハッ! お、俺達今デート中なんです! 他を当たって下さい!』
『あら、可愛らしいお嬢さん。――でもね素敵なお兄さん、そこのお嬢さんと遊ぶよりも、もっと「いいこと」して遊べるわよ』
『イ、イイコト……』

「……おい、ハチが誘惑に負けかけてるぞ」
「お、おかしいわね……程々にしておいて下さいって、お願いしたんだけど……」
 配役が嵌りすぎて逆に失敗しかけてるじゃないか。俺はもう電話嫌だぞ。
「……あれ? もう一人?」
 と、そこでそう言った春姫の視線を追ってみると……

『へいそこのお兄さん、ちょっと遊んでいかないかい? 安くしとくよ〜』

「!?」
 何だあのサングラスのお昼のテレビでショッキング的な人!?
「おい……あれもお前たちが仕込んだサクラか?」
「あ……あははは……」
 乾いた二人の笑いは十分に肯定を意味していた。真昼間から黒いサングラスをしてキャバクラの呼び込みみたいなことをしている変な人。――嫌な予感がしてきた。

『ちょっと、今は私が彼を誘ってるの。邪魔しないでくれる?』
『だって〜、鈴莉ちゃんに任せてたら私の出番がなくなりそうなんだも〜ん』

「やっぱりダブルかーさん、両方用意してたのか……!!」
 おかしなユニット名になってしまった……なんてことはどうでもいい!!
「――すもも、見ちゃいかん! あれは教育に宜しくない!」
 実の親があんな格好であんなことをしてるなんて知った日には!! って、あれ? すももは……?
「(パシャパシャ)うーん、アングルはこちらの方がいいですかね?」
「写真を撮っていらっしゃる!?」
「あ、兄さん。お母さんが、自分の登場シーンはぜひ押さえておいてくれって」
 ズルッ。
「返せ! 俺の可愛い妹への気遣いを返せ〜!!」
 どういう親だコンチクショウ! いや俺の親でもあるけどさ!
「雄真くん、それより、凄いことになってる……!!」

『とにかく、音羽は下がってなさい。今は私が彼を誘ってるの(グイッ)』
『(ミシミシ)ぐえ!?』
『や〜よ、鈴莉ちゃんにだけいいところ持って行かれたくないもん!(グイッ)』
『(ミシミシ)ほげっ……』
『た、高溝先輩、早く行きましょう、こんなところ!(グイッ)』
『(ミシミシ)ぐごぅ……!!』
『私よ(グイグイ)』『私だもん!(グイグイ)』『先輩!(グイグイ)』
『(バキバキバキ)☆▲×%$#@!?』

「高溝さん、モテモテですね」
「モテモテやな〜、高溝の兄さん」
「どう見たって違うでしょうあれは!?」
「ふむ……高溝八輔の関節はよく曲がるのだな。未だかつてあれ程関節がよく曲がる人間を私は見たことがないぞ」
「何故そこで冷静な分析!?」
 関節が曲がるとかのレベルじゃなくて、物凄い鈍い音が聞こえた気が俺はした!!
 ああ、ハチ……すまん。俺は本当にお前の葬式に行くことになりそうだ……


 美女三人からの熱烈な関節技……じゃない、アプローチを何とか切り抜けたハチだったが……
「ハチさん、何だかピエロみたいな歩き方してます……」
 関節が元に戻らない(?)ハチは実に不安定な歩きをしていた。

『あの……ごめんなさい高溝先輩、その……大丈夫、ですか?』
『だいじょうぶだいじょうぶ〜、こんなのよくあることだよ、あははは』

「今までの中でも最悪の結果になってるぜ」
「だ、だって……あたし達だってあんな風になるとまでは思わなかったんだもん……」
 流石に柊も準も申し訳無さそうにしていた。何だかもうフォローの仕様がない。雫ちゃんの好感度も上がらず、あれではハチが哀れなピエロにしか見えない。――ん?

『ん?』
『あ』

 スピーカーから声がしたのでハチの方角を見ると、サングラスをしたお兄さんと肩がぶつかってしまった様子。
「……ってワンパターンだなおい! また怖いお兄さんで好感度アップ狙いかよ!」
「え? 何言ってるの雄真、あたし達が用意したのはA、B、C、三つのポイントだけだから、これ以上仕込んだイベントはないわよ?」
 へ? もうイベントは無い……? ってことは……

『おいこらクソ餓鬼、何処に目ぇつけてんだ、ああ?』
『あ……す、すいません』
『スイマセン、で済むと思ってるのかあ? オラ、ちょっとこい!!』

「おい、あれ本物だぞ!」
「え……ええ!?」
 ハチと雫ちゃんは、そのまま無理矢理路地裏に連れていかれてしまう。
「どどっどどどどうしましょう、兄さ〜ん!? このままだとハチさんと雫ちゃんが外国に売り飛ばされてしまいます〜!!」
 いや、何でそんな片寄ったイメージしかないんだ、すもも。――って、そんなこと考えてる場合じゃない!
「とにかく、急いで近くまで行きましょう!」
 春姫の先導で、俺達はとにかくハチ達に見つかるか見つからないかギリギリの箇所まで近づくことにした。

『オラ、どう落とし前つけてくれるんだ? 慰謝料払ってくれるんだろうな?』
『い、慰謝料って、肩がぶつかっただけで』
『何だとテメエ!!(ドカッ)』
『ぐ……はっ……』
『高溝先輩!!』
『……ん? お前顔のわりに可愛い女連れてるじゃねえか。よーし、慰謝料払えねえなら、この女貰ってくぜ』
『キャッ!! 離して下さい!!』
『うるせえ、お前は慰謝料なんだ、大人しくしてろ! 来い!』

「クソッ!」
 俺が立ち上がってハチ達の所に向かおうとした。が――
「ダメ、雄真!」
「準!? 何で止めるんだよ!? あのままじゃハチも雫ちゃんも!!」
「でも今雄真が出て行ったら、ハチはどうなるの? 自分の彼女を友達に守ってもらう、なんて情けない男にハチをするつもりなの?」
「っ!! でも、だからって……!!」
「待って雄真くん、高溝くんが……!!」

『……その手を……離せ……』
『あん? 何だお前、まだ立てるのか?』
『その汚い手を雫ちゃんから離せって言ってるんだよ、このブタ野郎!』
『テメエ……死なないとわからねえらしいな!』
『雫ちゃんを放せ! うおおおおおーっ!!』

「ビサイム」
「御意」

『!? な、何だ、急に目が……!?』
『おおおおおおおーっ!!』
『(バキッ)がはあっ!!』
『はぁ、はぁ……雫ちゃん、今のうちに!』
『あ、は、はい!』

「まったく、世話の焼ける奴だ」
「伊吹……」
 今の魔法、見たことがある。そう、春の事件の時、屋上で春姫にかけた、一時的に目を見えなくさせる魔法だ。
「直接手が出せないなら、わからないように手を貸してやればよいだけのことであろう」
「うわあ……伊吹ちゃん、凄いです! 格好いいです!」
「い、いちいちこの程度の魔法に感動するでないわ!」
 そう、伊吹にしてみれば、何の前置きもいらない、些細な魔法。深く考えて放ったわけでもないんだろう。でも……
「ありがとうな、伊吹。助かった」
「礼もいちいち言わなくてもよい!」
「ふふ……照れてる伊吹さんも、可愛いですね♪」
「こ、小雪……!」


『だ、大丈夫ですか、先輩……』
『大丈夫大丈夫、色々ダメージがあるのはなれてるから』

 路地裏から走って逃げたハチと雫ちゃんは、近くの公園のベンチで治療も兼ねて休んでいた。

『その……ごめんなさい。私があの時、一緒になって引っ張ったりしなければ、先輩フラフラにならなくて、それであの人にぶつかることも……』
『ああ、そのことはもういいよ。それに……俺の方こそ、ごめん』
『? どうして先輩が謝るんですか……?』
『今日のデート、楽しくなかったんじゃないかな』
『えっ……?』
『ほら、色々あったけど……俺、デートらしいこと、結局全然してあげられなかったな、って。だから――』
『そんなことないですっ!』
『え? 雫ちゃん……?』
『確かに、順風満帆なデートじゃなかったです。でも……私、本当に楽しかったです。高溝先輩と、お話出来て、一緒に歩けて……今日一緒にいれて、本当に楽しかったですから!』
『…………』
『だから……だから、また誘って下さい、デート。お願いします』
『雫ちゃん……よーし、じゃあ、また俺誘うよ! 絶対誘う! 今度はもっと楽しいデートにするから、楽しみに待っててくれよな!』
『はい!』

「こ、腰が痛い……」
「我慢しなさいよね、あたしだってずっとこの体制なの痛いんだから!」
 公園は流石に隠れる場所が少なかったので俺達は全員揃って近くの草むらにしゃがんで隠れるという見つかったら非常に怪しい行動を取っていた。
「これが草葉の陰から見守る、っちゅうやつなんやな〜」
 そりゃタマちゃんはいいよ、何処にでも隠れられるから。
「でも……二人とも、何だか幸せそう」
「うん……まあ、な」
 それは俺も思った。ああしてベンチに座って二人で仲良く話している姿を見ていると、「幸せ」という言葉が一番しっくりくる気がする。――本当に、恋人同士になったんだな、ハチと雫ちゃんは。
(おめでとう、ハチ)
 俺はまだ直接言ってなかった祝福の言葉を、心の中で呟いた。
「ふふ〜ん、これもあたしと準ちゃんの考えた作戦のお陰ね♪」
「何処がだ!! こういうのを結果オーライって言うんだよ!!」
 まったく。――まあ、「結果オーライ」は良いことだから、いいけどな。

『で……しず……(ザザーッ)』

「あ……あれ? スピーカーの調子が悪くなってきた?」
 柊がスピーカーをブンブンと縦横に振ってみるが、雑音ばかりでどんどんハチと雫ちゃんの会話は聞こえなくなってきた。
「それ、「インスタント」って位だから、もう燃料切れなんじゃないか?」
「うー、そうかも」
 ブンブン振り続けていた柊も、諦めの表情で振るのを止めた。
「それじゃあそろそろ、私達は帰ろうか」
「そうだな。もう日も傾き始めてきたし、後はハチが雫ちゃんを送って終わりだろうし」
「やれやれ、やっと終わりか……」
 呆れ顔の伊吹が、軽くため息をつく。でも……
「今日は結局美味しいところは伊吹が持ってたんだよな。よ、大統領!」
「う、五月蝿い! こんな休日、二度と御免だぞ」
「それなら、今度はわたしと伊吹ちゃんのデートを、柊さんと準さんに計画してもらいましょう♪」
「そういう意味で言ってるのではないわ!」
 本気のすももへの伊吹の本気のツッコミに、俺達は笑った。――今度はこのメンバーにハチと雫ちゃんも入れて、一緒に笑えるといいな。
「大丈夫、高溝くんと雫ちゃんなら、何の心配もいらないよ、きっと」
「え? 何だ春姫、俺の考えてることわかったのか?」
「うん。だって……雄真くんの、ことだもん」
「……ははっ。そうだな、何の心配もいらないよな。だって、春姫がそう言うんだし」
「雄真くん……ふふ」
 理由にならない理由だけど、でも信じて疑わない。きっと、大丈夫、俺達なら……


 それは、雄真達が公園を離れて、わずか数分後のことだった。
「……? 何だ、あれ……」
 ハチが疑問に思うのも無理はなかった。――公園に、黒い大きなリムジンが横付けされていた。どちらかと言えば児童向けのこの公園にはあまり似つかない光景だ。
 リムジンから、数名の人が降りてきた。一人、眼鏡で長身の二十台後半くらいの若者を中心に、周囲に黒い背広の、ありがちなボディーガード風味の男達。
「――っ!!」
 その数名の姿を見た雫が、ビクリ、と反応する。
「え? し、雫ちゃん、どうしたんだよ?」
 だが、ハチが雫の様子を気にして伺っている間に、彼らはハチ達に近づいてきていた。
「こちらにいらしたんですね、雫さん。探しましたよ」
「後枢(ごすう)さん……」
 笑顔で話しかけてくる眼鏡の男に対し、雫は気まずそうに目を逸らしていた。
「え? え? 雫ちゃん、その……知ってる人?」
「あの……その……」
「雫さんの、お友達の方ですか?」
 眼鏡の男が、今度はハチに向き直り、笑顔で話しかけてきた。
「初めまして。私は雫さんの婚約者で、後枢 隆彦(ごすう たかひこ)と言います」
 その瞬間、ハチは自分の耳を疑った。――婚約者? 雫ちゃんの、婚約者……?
「探したんですよ雫さん。さあ、帰りましょう」
「あ……その、後枢さん、ちょっ……」
「お父上が心配なされていますよ。あの方のお体に触るといけない。さあ」
 そう後枢が言うと、ボディーガード達が雫を取り囲み、半ば強引に雫をリムジンの方へと連れて行ってしまった。
「――申し訳ない、このような形をとってしまって。ただ雫さんも私も忙しい身。ご理解していただけますか」
 そう後枢は言うと、ハチに一礼をして、ボディーガード達の後を追っていった。取り残されたハチは……
「……こ、こんやく……しゃ……?」
 その場から、動くことが出来なくなっていた……


<次回予告>

「ハチね……雫ちゃんに、振られちゃったんですって」

発覚してしまった衝撃の事実。――雫の、婚約者の存在。

「――やはり、月邑に何かあったのだな」

膨らむ不安、拭えない疑問。
何故雫は、ハチに告白をしてきたのか?

「それなら、単刀直入に聞くよ。――雫ちゃんは、ハチを弄んだの?」

自分達に、何が出来るのか。
その問題に直面した時、雄真達のとった行動とは……!?

次回、「ハチと月の魔法使い」
SCENE 5  「最悪のハッピーエンド、最良のバッドエンド」

「最悪の、本当に最悪のエンディングだけは、避けたいんだ」

お楽しみに。


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