「おーす、雄真、すももちゃん」
「…………」
「? 何だよ雄真、人の顔を見るなり黙ってよ」
「……あ、ああ、悪い。おす」
「変な奴だな」
 朝、合流地点に着くと、ハチは普通だった。昨日、一昨日のインパクトが強過ぎたせいだろうか? 普通のハチは普通のハチで正直微妙な気が……
「――って、何考えてるんだ俺。すまん、ハチ」
「すまん、って……何がだ?」
「いや、深くは気にしないでくれ」
 流石に、普段のハチの顔を忘れかけた、とは言えない朝の俺だった。


ハチと月の魔法使い
SCENE 3  「熱き想いを明日に向けて」


「――でな、昨日も一緒に帰ったわけよ。くぅ〜〜、青春ってのはいいもんだな!」
 顔は元に戻ったハチだったが、話す内容は雫ちゃんとのことだらけだった。変な顔にならなくなっただけマシなのかもしれないが、これはこれで辛いものがある。
「何にせよ、上手くいってるなら何よりだ」
「おうよ! 雄真と姫ちゃんを抜いて瑞穂坂一のカップルの名を欲しいままにする日もそう遠くないぜ」
 いや別に俺達はそんなのになったつもりはないんだけど。
「それで、幸せなハチ? 日曜日あたりに初デートなんでしょ? 何処へいくつもりでいるの?」
 準が探るような笑顔でハチの顔を覗きこむ。――が、ハチの表情が無くなっている。
「――ハチ?」
「まさかぁ、明日は折角の日曜日なのに、デートに誘ってない、なんてことないわよね?」
 しかしその言葉を他所に、ハチは口をと目をアングリと開け、呆然となっていた。
「お前、その表情……図星か」
「なななな、なんてこったぁ!! 俺はどうしたら?」
 実にアップダウンの激しいやつだな。客観的に見る分には楽しめるが、こう近くでやられると疲れる。
「あれでしたら、今お電話でお誘いしてみたらどうですか?」
「今……そうか、ありがとうすももちゃん! よーし早速かけてみるぜ!」
 すももの提案にハチは携帯電話を取り出してピコピコとボタンを押し始めた。
「――ふふ、何だか可愛いですね、ハチさん」
「あの顔でか?」
「顔じゃありませんよ。ああいう仕草が、ってことです」
「成る程な」
 というか、何気に顔は否定するんだな、すももよ。
「でも、この調子なら何だかんだで順調に進んでくれそうだな」
「そうね。万が一……」

 トゥルルルルル、トゥルルルルル……ピッ。
「もしもし、雫ちゃん? 俺、八輔。いや、実は、明日の日曜に――」
「お電話ありがとうございます! 出会い系サークル「らぶらぶ」へようこそ!」
「……え?」
「当サークルではお電話した時点で自動的に会員に登録される最新のシステムを使用しており、更に登録料は御使用の電話料金に加算されるというこちらも最新のシステムを使用しております。なお、初回登録料は一万円となっております」
「な……な……なんだってぇぇぇ!?」

「……ってことがなければー、だけど♪」
 準が悪戯っぽく笑いながらチラリとハチの方を見た。
「いや準、流石にそれはないだろ」
 俺は苦笑しながら意見を口にした。
「せめて……」

 トゥルルルルル、トゥルルルルル……ピッ。
「もしもし、雫ちゃん? 俺、八輔。いや、実は、明日の日曜に――」
「お客様がおかけになった電話番号は、現在使われておりません」
「な……なんだってぇ!? お、おかしいぞ、確かに俺は――」
「間違いを修正したい場合は、その場で三回回ってワン! と元気な声で鳴きましょう」
「三回回って……よーし、やるぜ、これも雫ちゃんの為だ!」
 グル、グル、グル……
「ワン!」
「よく出来ました。では続いてそれを交番のお巡りさんの前でやりましょう」
「お巡りさんの前で? やるぜ、やるぞ! 愛に障害はつきものなんだ!」

「……で、そのまま補導、と」
「あははははっ、ハチなら素直に言うこと聞いちゃうかもね」
 俺と準が馬鹿笑いしてると、すももが不満気な声を出した。
「むー、駄目ですよお二人とも! なんでもっと素直にハチさんを応援してあげないんですか?」
「だってなあ、弄ると楽しいし」
「弄るの楽しいって、兄さん……」

 トゥルルルルル、トゥルルルルル……ピッ。
「もしもし、雫ちゃん? 俺、八輔。いや、実は、明日の日曜に――」
「爆発五秒前、四、三、二、一」
「え? え?」
「零」
 どっかーん!!
「な……何事だ!?」
「あそこで電話していた高校生の携帯電話がいきなり爆発したぞ!!」
「君、大丈夫か!? いやむしろもう大丈夫じゃないな、色々と!」

「……この程度にしてあげて下さい♪」
「お前も十分に酷いわ!!」
 何だか俺の周り、腹黒い奴が増えてきてるような気がするのは気のせいだろうか? いや、すももはもしかしたら占い研究会に入部したが為に小雪さんに影響されてるのかもしれない……
「って、あれ? ハチは?」
 俺達三人が喋りながら動いてたのに対し、ハチは途中一箇所で留まっている。しかも……
「石化、してますね、ハチさん」
「あらら、駄目だったのかしら、デートのお誘い」
 やれやれ、といった感じでハチの元へ俺達は向かう。
「どうしたの、ハチ? 雫ちゃんに振られちゃった?」
「おれ……おれ……」
「大丈夫だ、落ち着いて話してみろ」
「よく考えたら……雫ちゃんの番号、まだ聞いてなかった……」
 …………。
「――気付くの遅っ!!」
 一体何だったんだ、俺達の前フリ!


 午前の授業の終了を告げるチャイムが教室に鳴り響く。――今日は土曜日なのでこれで帰宅だ。
「♪〜♪〜♪〜 春姫、春姫〜!」
 柊が鼻歌混じりで俺の横の席にいる春姫の所へやってきた。
「ねえ春姫、明日って暇?」
「明日……? うん、特別用事はないけど」
「オッケー。春姫が暇ってことは、雄真も暇よね?」
「何故決め付ける」
「じゃあ何か用事があるわけ?」
「……特別ないけどさ」
「ほら見なさい! 日曜日にある雄真の用事なんて、春姫とのデート以外考えられないもの」
「く……」
 図星なだけに言い返せない。いや、俺にだって用事はあるんだぞ? 家での掃除当番とか、草むしりとか、かーさんの買い出しの付き合いとか!……という反論は非常に虚しいので止めておいた。
「じゃあ二人とも、明日の朝十時半、ここに集合ね」
 そう言うと柊はメモ帳に書いた手書きの地図を俺たちに見せてきた。
「――って、何だよここ。随分変な箇所で集合なんだな」
 柊が指定してきた場所は、御馴染みのオブジェから少し離れた込み入った所。
「杏璃ちゃん、ここで待ち合わせるんだったら、オブジェの前でも……」
「駄目よ。明日の朝十時半、オブジェの前はハチと雫ちゃんの待ち合わせ場所なんだから」
「おっ、何だハチの奴、ちゃんとデートに誘えたのか?」
「まったく……準ちゃんに聞いたけど、世話が焼けるわよね〜」
 まあ、これでスンナリ行き過ぎたら逆に不安になるけどな。冷静になって考えてみれば、確かにこちらからしたら世話が焼けるのだが、世話が焼けた方がハチっぽいって言ったらハチっぽい。――あれ、ちょっと待てよ?
「杏璃ちゃん……もしかして、明日の集合って」
「もっちろん! ハチの初デートを、あたし達でサポートするんじゃない!」
 やっぱりか、こいつら!
「ねえ杏璃ちゃん、折角の初デートなんだし、お邪魔するのは悪いんじゃないかな……?」
「誰が邪魔するって言ったのよ? サポートよ、サ・ポ・ー・ト!」
 いやでも、こいつら曰く、俺と春姫へのからかいに見えたものも、俺達への後押しだとか言ってたしな。
「わかった柊、百歩譲ってサポートだとしよう」
「百歩も譲る必要ないわよ!」
「俺達に何が出来るんだ? まさかハチの横に行ってここはああした方がいい、なんてアドバイスは出来ないだろ?」
「大丈夫、あたし達はハチにわからないようにハチと雫ちゃんの仲が急接近するような展開を仕上げるんだから!」
 いやその説明の雰囲気だけだと非常に大丈夫な感じはしないわけですが。
「あ、ちなみに雄真は、電話係だから」
「は? 何だそれ?」
「いざっていう時に、直接ハチに電話をして、さり気なくアドバイスを与える係。雄真が一番自然で適任なのよ」
 それだけの為に駆り出されるわけですか俺。
「それじゃ、あたしはこれから準ちゃんと打ち合わせがあるから! じゃねー!」
「あっ、おい!」
 ピュー、という効果音が出そうな勢いで柊は教室を後にした。
「……やれやれ。ハチと雫ちゃんも余計な奴らに目をつけられたもんだ」
「でも杏璃ちゃんも準さんも、二人のことを心配してるんだよ、きっと」
「純粋にそうだといいんだけどな」
 少なくとも、俺達の時は純粋なる応援や心配ではなかったと思う。――いやあれがあいつらの純粋なのか?


「……ん?」
 春姫と二人で魔法科校舎の下駄箱まできて、すぐに視界に入った違和感丸出しの気になるもの。
「何やってんだ、あいつ……」
 ハチが入り口の所に立っている。――その行為そのものは特に可笑しなわけではない。普通科の生徒が魔法科の生徒を待っている、ということもそこまで珍しいわけではないからだ。
 ただ、その待ち方に問題があった。ハチは、何故か道の真ん中で仁王立ちしていた。獲物を狩るような目、「お前らかかってこい」みたいな勢い丸出しだ。
「何で普通に待てないんだ……あれじゃ雫ちゃんが可哀相だ」
「うん……流石にあれはちょっと恥ずかしい、かも……」
 知り合いの俺達ですらそう思うハチの待ち方。知らない人間は当然怪しく感じるわけで、横を通り過ぎる時に「何だあれは」みたいな視線をチラリとハチに向け全員横を通り過ぎていくのだ。
「俺は正直、あれと知り合いだとは思われたくないぞ!」
「ええっ? い、言い過ぎだよ雄真くん、高溝くんは……」
「でも、ここで普通に横を通ってみたとする。今のあいつに「雄真、姫ちゃ〜ん」とか呼ばれてみろ! 俺達まで「何だあれは」の仲間入りになる!」
「えっと……それは……」
「というわけで春姫、ここは他の人達に紛れてさり気なくやり過ごそう」
「ゆ、雄真くん!?」
「春姫の言いたいことはわかる。でも……俺はいいとしても、俺は春姫をそんなさらし者にしたくないんだ」
「え……あっ」
 俺は春姫の肩を掴み、その目をじっと見つめた。
「春姫、俺と一緒に行こう」
「雄真くん……うん、私、雄真くんとなら……雄真くんの言うことなら、信じられる」
 そして、その手を硬く握り締め、振り返ると――
「お前ら〜、何堂々と人を無視する相談してやがるんだよ〜」
「ぬおっ!?」「きゃあっ!?」
 いつの間にか仁王立ちしていたハチが俺達の背後に回りこんできている!?
「ひ、酷いじゃないか姫ちゃん! この俺を知らない人のフリをしてやり過ごそうだなんて〜!!」
「ごめんなさい、高溝くん……でもね」
「正直、あの待たれ方は気持ち悪かったの! シッシッ」
「お前が代弁するなあ雄真ぁ!!」
 しかし……
「実際問題、あの待ち方はどうかと思うぜ。何でもっと普通に待てないんだよ。そりゃ、雫ちゃんを待ちわびているってのはわかるけどな」
「いや……今日は、雫ちゃんには先に帰ってもらった」
「……え?」
 雫ちゃんを待ってたわけじゃない? っていうことは……
「魔法科校舎の下駄箱に見とれてたのか?」
「んなわけあるかぁ!! 俺は二人を待ってたんだよ!」
「え? 私達、を?」
「雄真、姫ちゃん……頼む、俺の力になってくれ!!」
 そう言うとハチは俺達に向かって、頭を下げてきた。
「おい、ハチ!?」
「俺の知ってる中で、恋人同士は雄真と姫ちゃんしかいないんだ! だから二人に、明日のデートの為のアドバイスが欲しいんだ、頼む! 相談に乗ってくれ!」
 ハチは、必死だった。明日のデートを成功させようと……雫ちゃんを楽しませてあげようと、必死だったのだ。
 最初、俺達は唖然とその姿を見ていたが……チラッと横の春姫を見ると、「うん」と優しく頷いている。俺もつい、おかしくなって少しだけ笑ってしまった。
「お前は何でも大げさなんだよ、ハチ。もっと普通に頼みにこいよ」
「水臭いことはなしだよ、高溝くん。だから、頭上げて。ね?」
「雄真……姫ちゃん……」
 ハチが、ゆっくりと頭を上げてくる。
「ほら、今からOasis行くぞ。あれなら、ジュースの一本でも奢れよ」
「雄真……ふっ、遠慮するな! ジュース、二本までなら大丈夫だ!」
 もう一本追加されるだけなのかよ……まあジュース欲しさに相談にのるわけじゃないからいいんだが。


「――それで? それなりにプラン、とかは考えてあるのか?」
 昼食時で賑わったOasisのテーブル席の一つに、俺達は腰を下ろしていた。丁度いいので昼食も兼ねている。
「おう! 授業中に必死に考えたんだぜ!」
 授業聞けよ。――あ、いや、俺も偉そうなこと言えないか。
「それで、今から順を追って説明していくから、二人は何かおかしな点があったらどんどん指摘してくれよな!」
「うん。高溝くんと雫ちゃんの為にも、遠慮なく言うからね」
 成る程。男性視点、女性視点両方からの意見が必要なわけか。俺達を選んだのはそういう意味ではハチにしては賢い判断かもしれない。
「よし、じゃあ聞いてくれ!」

 時刻は午前十時二十分。――約束の時刻まであと十分。
 雫は、オブジェの前でハチを待っていた。ちょっと早く来過ぎちゃったな? なんて思っていると、通りの向こうから見覚えのある顔が近づいて来ていた。
「高溝先輩!」
「やあ、雫ちゃん。待った?」
「いいえ、大丈夫です」
 そう言うと、雫はハチのことをまじまじと見つめだした。
「どうしたの、雫ちゃん」
「高溝先輩……今日のそのタキシード、素敵ですね!」
「ああ、これ? 今日は折角のデートだからね、新調しちゃったよ。ハッハッハッハ……」

「ストーーーーップ!!」
「お、おいなんだよ雄真、まだスタートしたばっかだぞ?」
「スタートしたばっかもクソもない! 何お前タキシードで登場してんだ!」
 高溝八輔に似合わない服ランキングを作ったら間違いなく上位に食い込むぞ!
「いやだって、デートだろ?」
「デートは普通タキシードじゃねえ! タキシードってのは何処かの高級貴族のパーティとそのパーティに潜入するスパイが着るものだ!」
「雄真くん……それもちょっと違うんじゃ……」
「何だよ、この後バラの花束を渡すのにタキシードが一番だと思ってたのによ」
「そんなデートを商店街でするんじゃない!」
 デートを何だと思ってるんだ、こいつは。
「高溝くん、服装はもっとナチュラルなものにした方がいいんじゃないかな?」
「そうか……ありがとう姫ちゃん! よーし、それなら……」

 時刻は午前十時二十分。――約束の時刻まであと十分。
 雫は、オブジェの前で――以下略。
「高溝先輩!」
「やあ、雫ちゃん。待った?」
「いいえ、大丈夫です」
 そう言うと、雫はハチのことをまじまじと見つめだした。
「どうしたの、雫ちゃん」
「高溝先輩……今日のその赤いフンドシ、素――」

「ナチュラルにし過ぎなんだよ馬鹿野郎!!」
 ハチはナチュラルに生まれたままの姿でデートに来る気だった。ハチの頭があまりよくないことは知っていたが、まさかここまでとは!!
「いいか、そんな格好でこの季節うろついてみろ! オブジェにたどり着く前に警察に電話されて逮捕に決まってるだろ!! ガルルルルルル!!」
「ゆ、雄真くん、落ち着いて!?」
 気付けば野獣化しかけた俺を春姫が必死になだめていた。イカンイカン。
「ねえ高溝くん。あまり服装には拘らないほうがいいんじゃないかな?」
「そう……なの、姫ちゃん?」
「うん。流石に普段着じゃ女の子としてはちょっとショックだけど、最初のデートだし、あまり飾らない程度で、お出かけ着……ぐらいのがいいんじゃないかな?」
 そういえば俺も春姫との最初のデートの頃、かーさんとすももに指摘されたことがあったっけ。
「しかし……待ち合わせ場所に到着する話を聞くだけでこれだけ時間がかかるとはな……」
 恐るべしハチ。いや先が思いやられるぞ。
「大丈夫だよ雄真くん。高溝くんは雫ちゃんのこと大切に思ってるから、自分のことで間違えても、他のことではきっと」
 だが――春姫の慰めも虚しく、その後も……

「ほら見てごらん、あれが自由の女神だよ」
「うわー、大きいですね……」

「初めてのデートで何海外旅行してんだお前ら!!」

「ああ……なんだか私、酔っちゃったみたい……」
「大丈夫さ。今日はこのホテルの最上階の予約を入れてあるから」
「先輩……」

「酔わすな! 初めてのデートで連れ込むことを計画に入れるな!!」

「プシュウウウウウ……」
「助けて、高溝先輩!」
「くっ! 大丈夫だよ雫ちゃん、君を宇宙人の手になんか渡すものか!」

「そんなに都合よく宇宙人と遭遇するわけないだろうが!!」

「ついにこの地球上の人類も俺達二人になってしまったね……」
「高溝先輩……でも私、高溝先輩となら……」
「雫ちゃん……」

「俺達を殺すんじゃねえ〜〜〜〜っ!!」

「高溝先輩……私、出来ちゃったみたい。どうしたらいいですか!?」
「雫ちゃん……大丈夫、産んでくれ」
「え……でも……」
「俺と雫ちゃんとの子供なら、大歓迎さ……」

「初デートで!? 奇跡か!? 人類の奇跡か!? いいか、そもそも子供というものはだな――」
「雄真くん、そんなこと大声で説明しないで……!」

「いや〜、いつ食べてもすももちゃんのコロッケは美味しいなあ」
「そうですね、私もこんなに美味しいコロッケ、初めていただきました」
「お上手ですねお二人とも。それじゃ今日は特別に、兄さんの分もお二人に差し上げます♪」

「ぐおおお!! 俺のすももコロッケ返せ! 吐け!」
「雄真くん、話がそれてる!」


「……よーし、ありがとうな二人とも! これで明日のデートもバッチリだぜ!」
 そう言うと、ハチは意気揚々とOasisを後にした。取り残された俺達は……
「……疲れた」
「あはは……」
 春姫の笑いもすっかり乾いている。お昼に開始したのに気付けば日も傾き始めていた。
「これで明日のデート失敗したら、俺らが報われないよな」
「大丈夫だよ、きっと。高溝くん、あんなに真剣なんだから」
 そう。見ている方向性こそ大幅に違うのだが、ハチ本人は成功させようと必死。それは十分に伝わってきた。だから……
「ま、明日も頑張ってサポートするか」
「頑張ろうね、雄真くん」
 一日くらい、あいつの為にたまには、本当にたまには潰してやっても、いいかな。
「っと、もうこんな時間か。帰るか」
「うん、そうだね」
 そう言って、席を立った時だった。
「あの――失礼ですが」
 ふと、後方から声がした。その声に振り返ると、そこに立っていたのは女性にしては長身な方であろう、小雪さんと同じ位の身長の、スレンダーな美人の女性。
「俺達に、何か?」
「いえ、先ほど近くでこれを拾いまして」
 そう言うとその人は俺達にハンカチを見せてきた。
「もしかして、お二人のどちらかのではないか、と」
「俺のじゃないな。――春姫の?」
「ううん、私のでもないけど」
「そうですか。――失礼しました」
 そう告げると、その人はスタスタとOasisを後にしていった。
「……なんか、不思議な感じな人だな。表情一つ変えずに」
「うん……最初何か文句を言われるのかと思った」
「凄い冷たい表情だしな。せっかく物凄い美人なんだから、笑えばもっといい感じになると思うし、それに……」
「それに?」
 そこまで言って、とんでもないことを口走ってしまったことに気付いた。春姫の表情がマズイ。この表情は非常にマズイ! だが時は既に遅し。
「ふーん……雄真くんは、ああいう人が好みなの?」
 しまった、俺としたことが!!
「な、何言ってるんだよ春姫、俺は――」
「あーあ、私ももっとツンツンして雄真くんに冷たくすればいいのかな? とりあえず来週から雄真くんのお弁当はなしにしようかな」
 な……とんでもないことを口走ってますよこの人!?
「勘弁して下さい春姫さん! 僕は春姫さんのお弁当が一番ですって!」
「……お弁当目当てなの?」
 ぐは、更に深みに嵌ってしまってる!?
「いやだから、結局はそのお弁当を作ってくれる春姫が一番好きなわけで、いやでも別にお弁当がなくても春姫は春姫だから、つまり俺は春姫が……って、ちょっと待ってくれ!! 俺の話を聞いてくれー!!」


「俺のじゃないな。――春姫の?」
「ううん、私のでもないけど」
「そうですか。――失礼しました」
 その答えを聞くと、私はOasisを後にした。このハンカチが二人のものではないことはわかっている。何故なら――このハンカチは、初めから私のものなのだから。
「ふぅ……」
 Oasisを後にして、軽くため息が出た。残っていた二人からは魔力を感じることが出来たが、いなくなった一人の後からは――魔力を感じることが出来なかった。彼は魔力には目覚めていない。魔法使いではない、一般の人間だった。
「高溝八輔……」
 確か彼の名前はそんな名前だった。いや今はそんなことはどうでもいい。――結論は、出た。
「後は私がどう動くか、か」
 あの方は言った。私に、二つの願いを託した。――同時には、決して叶わない願いを。
「人間、歳を取ると我侭になるものかしらね……」
 未来のことはわからない。それは私が一番良く知っている。明日のことも――いいえ、一秒先のことすらも。
 だから私は、いかなる覚悟もしておかなくてはならない。自分の力で、あの方を守ることも――悲しませてしまうことも。


<次回予告>

「――傍から見たら、怪しさ爆発だろうな、俺ら」

ついにスタートするハチと雫の初デート!
そしてそれを傍らからこっそりと見守る仲間達。

「今回のデートではね、ハチと雫ちゃんのラブラブ度をアップさせる為の
イベントがいくつか用意されてるの」

果たして、杏璃と準が計画したハチと雫のサポートプランとは!?
ハチと雫のデートは無事に終わってくれるのか!?

次回、「ハチと月の魔法使い」
SCENE 4  「恋のトラブルデートABC」

「兄さん、まさか小雪さん、自らを犠牲にしてタマちゃんのミスを……」
「クソッ……小雪さーん!!」

お楽しみに。


NEXT (Scene 4)

BACK (SS index)