「――にしても、ハチさんの彼女さんになる方の顔、わたしも早く見てみたいです」
 ハチが告白を受けた(と思われる)日の翌日の登校時。すももは目を輝かせながらハチの彼女への想いを語りだした。
 ちなみに、昨日のあらましは夜のうちにすももに全て話した。というか尋問された。
「ハチさんの彼女さんになるような方ですから、きっと素敵な方なんでしょうね♪」
 何気に深い意味合いのコメントだなすもも。誉めてるのかけなしてるのか。
「俺もまじまじと見たわけじゃないけど、可愛くて、優しそうな子だったよ」
 まあ、人は見かけによらないけどな。顔がよくてもガサツな女なんて世の中いくらでもいる。――なんか知り合いにも似たようなのがいる気がするし。
「でもこれで、また私にも仲良しのお友達が増えますね」
「そうだな。でも嫌がられないように注意しろよ」
「む〜、私は別に嫌がられるようなことはしてませんよ!」
 いや、最初のうちはみんな嫌がってるよ、相手は……まあそれでも最終的に相手が落ちるのがすももの凄いところなんだけど。
「あ、どうでしょう兄さん、ハチさんの彼女さんと交流を深める為にみんなで遊びにいくっていうのは」
「おう、悪くないかもな」
 俺達は何だかんだで友達付き合いはいい奴らばかりだから、簡単に仲良くなれるとは思うが、そういうきっかけを作った方がよりスンナリと仲良くなれるだろうし。
「それじゃ、今度ボーリングにでも♪」
「……いや、ボーリングだけはお勧め出来ないです、すももさん」
 汲み取ってくれ、この妹想いの兄の心を。


ハチと月の魔法使い
SCENE 2  「季節忘れの春風」


「おっはよー、雄真、すももちゃん」
 いつもの合流地点近くで、準の声がした。
「お早うございます、準さん」
「お早う、準……」
 俺は言葉に詰まった。準の横に見知らぬ男が立っている。誰だろう? 服は学生服なのだが、サングラスで髪の毛も整髪料を相当塗ってあるのだろう、ギラギラでガチガチな髪型。一昔前のハードボイルドなドラマのキャラクターのようだ。壁にもたれ掛かり、格好いいポーズを演じているのだろうが、その様子がバレバレなので逆に格好悪い。
「準さんのお友達の方ですか?」
 すももも同感だったようで、準に聞いてみている。――ってこれ、昨日とまったく同じパターンじゃないか!
「ちょっと待て、すもも。――あれは多分、ハチだ」
「え……ええっ!?」
 昨日は確か、今の所で俺の驚きも入っていた気がする。
「――よく分かったわね、雄真」
「いや、今日はなんとなくな……」
 昨日の今日だし。――そんなやり取りをしていると、ハードボイルドなハチがこちらにスタスタと歩み寄ってきた。
「フッ……お早う、雄真、すももちゃん」
 ハチがサングラスを取りながら俺達に挨拶をしてきた。――キモい。気持ち悪い。昨日とはまた違う意味で一緒に歩いて登校したくない。
「――にしても、ここは空が青過ぎる。ロンドンにいた頃の灰色の空が懐かしいぜ」
「――ハチさんって、外国に住んでたんでしたっけ?」
 すももが小声で俺に尋ねてきた。
「いや……少なくとも俺と知り合いになってからはせいぜい遠くへ行って温泉旅行だった気がするが」
 走って逃げたくなったが、どうせ昨日と同じ結論に達するであろう。――諦めて俺達は歩き出した。
「――昨日のこと根掘り葉掘り聞こうかと思ったけど、何となく聞く気も起きないわよ、これじゃ」
 準が呆れ顔で語りだす。――俺と春姫をからかっていたのは多分、俺達が恥ずかしがるのが楽しかったからなんだろう。こうも幸せそうにアピールをされると確かに聞いてやる気にはなれない。
「でもでも、おめでとうございます、ハチさん。幸せになって下さいね」
「くぅ〜〜〜っ!! そう言ってくれるのはすももちゃんだけだぜ! ありがとうすももちゃん! そして……すまない、すももちゃん」
「え? わたしハチさんに何か謝れるようなことしましたっけ?」
「いいんだすももちゃん! 俺は分かってたよ、君が俺を見ていたのを……でもすまない! 俺は君の愛には答えられゲホッ!!」
「答えるも何も最初からお前への愛などすももにはないわい!!」
 とりあえず激しくツッコミは入れておいた。
「まあ、信哉くんの言うような果たし状だとか、そういうのじゃなかっただけマシって思ったほうがいいかしら?」
「――相当な妥協だな、それ」
 かくして俺達はそんな話をしている間に無事に学校にたどり着くことが出来た。――ちなみに校門の所で待っていた春姫が後ろのハチをヤクザと勘違いして真剣な面持ちでソプラノを構えだした、というのは余談だ。――って、ここまで昨日と同じなのかよ!


「あ、いらっしゃいま……」
 今日はバイトだった柊の声が、俺達がOasisに入った瞬間、いきなり途切れた。そして……
「変質者? えーと、警察に電話、電話」
「まま待ってくれよ杏璃ちゃん! 俺だよ、俺! 瑞穂坂一、ハードボイルドな男、高溝八輔だよ!」
「何言ってるのよ、あたしの知ってるハチはハードボイルドのかけらもないわ!」
「――ほら、だから言っただろ、ハチ。お前にハードボイルドは似合わないんだ」
 そう言いながら、俺達は近くのテーブル席に座った。――時刻は昼休み。今日は春姫の手作り弁当を春姫と二人で堪能する予定だったのに、呼び出されてしまった。断ってやろうと思ったのだが、春姫にたしなめられ渋々こうして来ている。
「でも、おめでとう高溝くん。幸せになってね」
「くぅ〜〜〜っ!! ありがとう姫ちゃん! そして……すまなゲフホゥッ!!」
「答えるも何も最初からお前への愛など春姫にはないわい!!」
「ま……まだ何も言ってないだろうが……」
「大体予想がつく!」
 まったく懲りない奴だ。横で春姫が苦笑し、準は呆れ顔だ。
「でも……こんなこと言うのもあれだけど、こんなハチを好きになるなんて、その雫ちゃんって子も、結構なもの好きよね」
「それに関しては俺も同感だ」
 俺と準はハチとはそこそこ年数の付き合いがある。なので、それなりにハチのことは知っている。そこから結論を導き出せば、ハチは決して悪い男ではない。いやむしろいい奴なんだ。
 ただ、そのことを普段のハチから見出すのは非常に難しい。しかもその子がハチを見たのは一ヵ月前だった。その程度でハチが好きになれるような魅力を見出せたとはとてもじゃないが思えないのだ。
「もしかしたら、その一ヶ月の間に、高溝くんが何かしたのを、見かけたのかも」
「成る程な。――なあハチ、ここ一ヶ月の間、何か特別いいこととかしなかったか?」
「ここ一ヶ月でか? そうだな……あっ!」
「何かあったの?」
「この前俺、駅前のコンビニに行ったんだ」
「そこで……何があったんだ?」
 知らない間に俺達の目は随分真剣になっていた。――が、
「自販機でジュース買ったらよ、おつりが二十円余計に出てきたんだ! ラッキーだったぜ!」
「それは「いいことがあった」で「いいことをした」じゃねえ!!」
 しかも……内容がせこい。
「――余計ハチが好かれる理由がわからなくなっちまった」
「もしかしたら、全部魔法で作られた虚像、とか! ねえ春姫ちゃん、そういう魔法、ないの?」
「うーん……あることはあるんだろうけど、そういう魔法が扱える魔法使いは、多分世界でも極僅かだと思うし……」
「――ってこらお前ら!! なぜ現実逃避をしようとしている!! 雫ちゃんが、俺を好きって言ってくれたのは、事実だ! じ・じ・つ!」
 と、俺達が騒ぎ出した、その時だった。
「あれ? あの子……」
 春姫が見つけた、視線の先には、店内をキョロキョロしている一人の女生徒。
「あっ、雫ちゃんじゃない!」
「え、雫ちゃん?――でへへへ」
 その瞬間、ハチの顔がハードボイルドエイリアンに変形した。
「うおっ!? 気持ち悪っ!!」
「だ、駄目だよ雄真くん、そんなあからさまに……」
 そう言う春姫も一生懸命ハチから目を逸らしている。――しかし、これは強力だ! 昨日のエイリアン・ハチもきつかったし、今朝のハードボイルド・ハチもきつかった。しかしこれはその二つの混合技だ! 混ざり合って中和とかじゃない! 単純に二倍だ! 流石は単純なハチだ!
「って、誉めてどうする俺!」
 と、その時であった。
「お待たせいたしました、レモンティーで……きゃああああ!!」
 ガッシャン!!――春姫の注文したレモンティーを運んできたウェイトレスがハチの顔を見るなり、悲鳴を上げ、そのままレモンティーを落とした。そして……
「ああ……(バタン)」
「きゃっ!? だ、大丈夫ですか!?」
 そのままウェイトレスはその場で倒れてしまった。――ちょっと待て、ハチに慣れてない人が見たら気絶までするのか!? まずい、まず過ぎる!
「準、ハチの顔を隠すもの何かないか! というかいっそのことこの場で抹殺してしまえ!」
「落ち着いて雄真、駄目よ殺しは! ハチの為に罪を犯すなんて勿体無いわ!」
「でも、世界平和の為だ! 許せ春姫、こんな俺を許してくれーっ!!」
「ゆ、雄真くーん!!」


「あの……私のせいで、お騒がせして、申し訳ありませんでした」
「気にしなくていいわよ。雫ちゃんのせいじゃないわ」
 とにかくあの場を収集するのは大変だった。レモンティーを運んできたウェイトレスの他に、倒れたウェイトレスが他に一人、更に通りかかった客で倒れた人が一人。春姫は必死でその人達の看病にあたり、準はこれ以上被害を増やさない為に通りかかる人にハチの顔を見せないように必死のガード。そして俺は全力を持ってハチの顔を元に戻す為に色々したのだが……
「なあ、雄真……俺の顔、原型留めてるか?」
「安心しろハチ。男前になったぞ」
 殴る蹴る、つねる引っ張る、etc... とにかく色々な処置を施したので、ハードボイルド・エイリアン・ハチは一応は普段のハチに戻った。いや今も、ある意味普通のハチではないのだが、それに関してはあまり触れないでおく。
「でも、雫ちゃんはどうしてここに?」
「最初は高溝先輩のクラスへ行ったんです。そしたら、Oasisへ行ったみたいだ、って言われたので、それで」
「んもう、ハチ、気が利かないわね! なんでちゃんと連絡してあげないのよ!」
「そ、そうか……ごめん雫ちゃん!! 俺――」
「大丈夫ですよ高溝先輩、こうして会えたんですから」
 そう言うと、雫ちゃんは笑顔をハチに向けた。すると――
「――でへへヘブッ!!」
「また被害を出す気?」
 ハチがにやけた瞬間、準が先ほどのウェイトレスが落としていったお盆でハチの顔面を殴った。
「ナイス判断だ、準」
 今ここで変身されると俺が色々やった影響でグロテスクエイリアン・ハチになりまた強力になってしまう。――難しい話だが、雫ちゃんには笑顔は時と場所を選んでしてもらいたい。
「あの……あらためまして、皆さん。私、魔法科一年、月邑 雫です」
 そう言うと、雫ちゃんはペコリと頭を下げた。
「あ、そっか、自己紹介してないもんな。――俺、小日向雄真、魔法科二年。Oasisチーフ、小日向音羽の息子だ」
「あたしは渡良瀬準、普通科二年。雄真と、春姫ちゃんのお友達」
「神坂春姫、魔法科二年です。準さんのお友達で……雄真くんの彼女よ」
 ちょっと恥ずかしそうな春姫を見てこちらも恥ずかしくなってしまう。まだ慣れないな……と、そこにダッシュで駆け寄ってくる奴が。
「柊杏璃、魔法科二年。そこにいる春姫の最大のライバルよ!」
「うわ、柊お前、仕事はいいのかよ?」
「何よ、あたしだけ除け者にするつもり?――あ、いらっしゃいませー♪」
 またダッシュで行ってしまった。忙しい奴だ。
「高峰小雪、魔法科三年です」
「小雪さんいつからそこに!?」
 気付けば小雪さんが横のテーブル席に座っていた。
「占い研究会の部長をしています。それから雄真さんとは只ならぬ間柄」
「止めて下さいその誤解を招く発言!」
「クスン……つれないですね雄真さん」
「つれません!!」
 まったく……この人は。
「はいはいはいは〜い! 小日向音羽、Oasisのチーフで、雄真くんの母親でーす!」
「かーさんはこなくていいの!!」
「え〜、つまんない〜 私も混ぜてよ〜」
 柊がダッシュしてきた時点で嫌な予感はしていたが、やっぱりきたか、かーさん。
「――というか、何でハチは泣いてるんだ?」
 気付けばハチがいつものあの大げさな泣き方でオイオイ泣いていた。
「お前らぁ〜……何で俺との間柄を説明する奴が一人もいねえんだよ〜!」
「……あ」
 そういえば……俺はかーさんの息子、準は俺と春姫の友達、春姫は準の友達で俺の彼女、柊は春姫のライバル、小雪さんは俺とただならぬ間柄(違うけど)、かーさんは俺の親……
「高溝さん……お友達、いらっしゃらないんですね。可哀相」
「何故に人事なんですか小雪さん!? というか煽らないで下さい!」
 この人、一体何でここにいるんだ!
「いやほら、ハチ、良く聞いてくれ。俺は準の友達だから、その結果つまりだな、うん」
「それならあたしだって雄真の友達だし、その結果、ってやつ」
「私も雄真くんの彼女だし……その」
 しまった、結局全員責任逃れに走ってるぞ!?
「つまり、まとめればみんなハチの――」
「直接的なお友達にはなりたくない、ということになりますね。――可哀相、高溝さん」
「小雪さーん!! だから何故人事なんですかー!? 小雪さんはどうなんですか、小雪さんは!」
「私……ですか?」
 そう言うと、小雪さんはハチをじっと見つめだした。そして……
「ふふふ……内緒です♪」
「その薄笑いの意味は!?」
 更に言うならば隠す必要性が見つかりません、小雪さん。
「ね、ねえねえ、ところで雫ちゃんは、ハチの何処が気に入ったの?」
 話題を切り替える為だろう、準が切り出した。ふぅ、正直助かる。
「高溝先輩の……ですか?」
「あ、それは俺も凄い気になるな。今までハチのこと気に入ってくれた人っていなかったから」
「えっと……」
 雫ちゃんは、少し恥ずかしそうにしたが、やがて口を開いた。
「――野性的な所、とか」
「野性的な……所……?」
 野性的……っていうと、獣みたい、ってことか……?

「ハチ〜 お手!」
「わおん!」

 ――凄い合ってるけど、これは野性的、とかではないな。飼われてるし。
 と、よくよく周りを見てみると、それぞれが目を逸らし、苦笑していた。個々「野性的なハチ」に関して想像を巡らせた結果なんだろうな……
「ま、まあ、野性的……かもな?」
 俺のその言葉に、それぞれが曖昧に頷く。――うわ、こいつら絶対いい想像してなかったな! って、俺もだけど。
「あと……意外と家庭的な所、とか」
 更に雫ちゃんのコメントが追加された。――家庭的なハチ……? いや、ハードル高いぞこれ!!

「ハチ〜 ミルクの時間よ〜」
「バブ〜」

 こ、これは……これはキツイ……!! 赤ちゃんハチ、強力だ!!
「まあまあ雄真さん、最近は少子化も問題になってきていますから」
「いや全然関係ないですから!!」
 というか、小雪さん俺と同じこと考えたのか!?
 ハッとして周りを見ると、それぞれ何か見てはいけないものを見たような表情で落胆していた。個々「家庭的なハチ」に想像を巡らせた結果のはずだが、先ほどの「野性的なハチ」よりも酷い。
「あとは――」
「いやもういいよ雫ちゃん! ありがとう、十分参考になった!」
 これ以上何か言われたら何だかもう立ち直れそうにない。ハチはハチで雫ちゃんに誉められたのが嬉しかったようでニヤニヤしてるし。疲れた。
「――雫ちゃん、物好きだな」
 つい俺はそうポツリと呟いてしまったのだった。


「小日向先輩、神坂先輩」
 そう呼び止められたのは、放課後の廊下。教室を春姫と出た直後であった。声に振り返ってみると――
「あれ、雫ちゃん?」
「こんにちは」
 律義に頭を下げてきた。礼儀正しい子だ。
「どうしたのかな? 高溝くんのこと?」
「あ、いえ、そのこととは別に、小日向先輩にお願いが」
「俺に? 何かな?」
 ハチのこととは別に? ハチ以外のことで俺と雫ちゃんとの関連性が見当たらないが。
「あの……小日向先輩って、御薙先生の息子さんだって伺ったんですけど、本当ですか?」
「ああ……うん。Oasisにいた音羽かーさんは育ての親で、血は繋がってないんだ。実際の親は、御薙先生の方になる」
 俺はどちらも、母親だと思ってるけど。
「でも、それが?」
「あの……差し出がましいお願いなんですが、特別に御薙先生に会わせていただけないでしょうか?」
「へ? 特別に、って……学校の先生なんだから、普通に会いにいけば会えるんじゃないの?」
「御薙先生はお忙しい方なので、授業以外で個別に面会って中々出来ないそうなんです。それに一年の授業は中々担当してもらえませんし」
 そういうものなの?――という視線を春姫に送ってみる。
「うん、そうかもしれない。私と雄真くんは色々あったし、それにほら私達、先生と生徒、とはまた少しだけ違った間柄でしょう? だから結構会えてるけど、雫ちゃんの言うとおり、先生忙しい人だから」
 そういえば、春の事件の頃も、「先生は忙しい人だから」っていう春姫の台詞を何度か耳にしたような気がする。
「――それじゃ、駄目もとで今ちょっと行ってみようか」
「本当ですか? ありがとうございます!」
 御薙先生の研究室は、同じ魔法科の校舎内にあるので、別にそう遠いわけではない。部屋の前に着き、ドアをノックしてみると、
「はい、どなた?」
 声がした。いるみたいだな。
「俺です。雄真です」
「開いてるわよ、どうぞ〜」
 ドアを開けて研究室に入ると、満面の笑みで先生は出迎えてくれた。
「雄真くんが直接尋ねてきてくれるなんて久々じゃない。最近構ってくれなかったから寂しかったのよ?」
 いやアナタ忙しい人なんでしょうが。――と、先生の視線が春姫の方へ動いた。
「あら、春姫ちゃんも一緒なのね。じゃあ、この前の話の続きが聞けるのかしら?」
「せ、先生、そのことは……!」
 急に春姫がうろたえだした。
「どうしたんだよ、春姫?」
「う、ううん、何でもないの、だから気にしないで、雄真くん」
 何だか……凄い気になるんですが。
「あらいいじゃないの春姫ちゃん。二人の仲を象徴してるようで、とっても素敵なプリクラじゃない」
「先生!」
「プリクラ?」
 プリクラ。春姫と最近撮ったプリクラと言えば――
「ブッ!! なななな、何であのプリクラを先生が!?」
 そう、そのプリクラは先日のデートの時。一枚目は普通に寄り添って撮ったのだが、二枚目はシャッターの瞬間、ピンポイントで春姫が俺の頬にキスをしているというラブラブなプリクラで、人から見たらバカップル以外の何者でもないプリクラなのだ!
「って、胸張って説明してる場合か俺!――春姫!?」
「ご、ごめんなさい雄真くん、その……この前偶々先生の前で落しちゃって……」
 春姫は申し訳ない気持ちと恥ずかしい気持ちで一杯なのだろう。頬を赤く染めながら俯き加減で説明し出した。
「そんなに恥ずかしがることないわ。いつ見ても可愛くていい写真だと思うし」
「いつ見ても、って……やっぱり先生、一枚あの時取ってたんですね!? どうりであの後足りないと思った……」
 つまり、春姫が偶々先生の前でプリクラを落としたのを見られた→その後、春姫は一枚無くなっているのを確認→実は先生が取ってしまったからだった、ということになる。――って、何だか凄い嫌な予感がしてきた。
「つかぬ事を聞きますけど、先生そのプリクラ、何処に貼りました?」
「あら、気になる?――ほら、ここ」
 と言いながら、先生は自分の携帯電話を取り出して――
「――って、何が楽しくて携帯に自分の息子とその彼女のイチャイチャしてるプリクラなんて貼るんですか!?」
「自慢の息子とその彼女だもの。自慢したいじゃない?」
「人に見せてる!?」
「大丈夫よ、親しい人だけだから」
 そういう問題じゃないんですが。――何か俺、しばらく外出歩けないかも。
「――それで? 雄真くんと春姫ちゃん、揃って何の用事かしら?」
 あ、そうだ。本題があったんだ。忘れるところだった……
「いや、用があるのは俺と春姫じゃないんです」
 そう言うと、廊下近くで待っていた雫ちゃんを促してこちらに呼び寄せた。――多分、さっきの会話も全部聞こえてるんだろうな……
「あらあなた、一年生の月邑さんよね?」
「あ、はい!――先生に、折り入ってお話したいことがあるんです。お時間いただけないでしょうか」
「そうね……あまり時間は取れないけど、構わないわよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!!」
 雫ちゃんはピョコン、と跳ねるように頭を下げた。
「――それじゃ、俺達は行こうか」
「うん、そうだね」
 折り入っての相談みたいだし、あまり俺達があからさまにいたら話し辛いかもしれない。
「それじゃ先生、失礼します」
「あら、行っちゃうの? またプリクラちょうだいね〜」
「あげません!」
 そう言いながら俺は先生の研究室のドアを閉め、深くため息をついた。疲れた。今日は何だか疲れることばかりだ。というか――
「……春姫」
「うん、だから……ごめんなさい」
 申し訳なさそうな顔をする春姫。――こういう表情をされると、あまり責める気にもなれない。
「今度は……人に配れる用のプリクラも撮っておこうな」
「雄真くん……ふふ、そうだね」
 俺達は、下駄箱に向かって歩き出した。
「でも、雫ちゃんの先生への相談事って、何だろうな?」
「うん……御薙先生への、ってことだから、魔法関連なのは間違いないと思うけど」
 というか、まだ俺達雫ちゃんがどんな子かって知らないな。雰囲気は凄いいい感じの子だったけど……ん?
「む……小日向雄真と神坂春姫か」
 階段を一階下りたところで、伊吹に会った。
「お、伊吹か」
 丁度いい機会だ、雫ちゃんのこと聞いてみるか。
「なあ伊吹、月邑 雫ちゃんって知ってるか?」
「月邑 雫? うむ、クラスメートだが……月邑がどうかしたのか?」
「いや、昨日からハチの彼女になってな、それでどんな子なのか、知りたくて」
 ところがそう告げた瞬間、伊吹の顔が怪訝な表情に変わった。
「――伊吹?」
「小日向雄真、そなた私を馬鹿にしておるのか?」
「へ、馬鹿に、って?」
「その程度の嘘、小学生でも見抜けるわ。あの月邑が、あのような男と付き合うわけがなかろう。確かに高溝八輔に彼女が出来た、というのはすももから聞いてはいるが」
「……雫ちゃんって、そんなに凄いのか?」
「成績優秀、性格はいたって真面目。誰にでも分け隔てなく優しく接し、男女問わず人気が高く、教師からの信頼も厚い。更にあの整った顔立ち。非の打ち所がない、容姿端麗品行方正だな。彼女の生まれた月邑家も、昔は名家だったと聞くしな」
 ほぼ完璧なのか。確かにハチとじゃまったく釣り合わないな。
「――俺もハチと雫ちゃんの関係、疑いたくなってきた」
「でも、恋愛って成績優秀だから、とかじゃないんじゃないかな、雄真くん。心で通じ合えれば、釣り合いとか、関係なくなるんだよ。それに高溝くんだって、誰にでも分け隔てなく接する、優しい心の持ち主だもん」
「まあ、そう言われれば、そうなんだけどな」
 と、そこで横で話を聞いていた伊吹が、再び怪訝な表情になっていた。
「な……なあ、一応確認の為に聞くが……まさか実際に、月邑と、高溝八輔が」
「ん、まあな。しかも告白してきたのは雫ちゃんの方だ」
「何だって!?」
 ガガーン、というエフェクトが物凄い似合いそうなリアクションだな。
「い……今一瞬、この世の全てが、信じられなくなったぞ……」
「いや伊吹、それは大げ――」
 大げさじゃないかもしれない、とかつい考えてしまう、午後の昼下がりなのであった。


<次回予告>

「おうよ! 雄真と姫ちゃんを抜いて瑞穂坂一のカップルの名を欲しいままにする日もそう遠くないぜ」

何処か疑いの視線の雄真達の疑問を振り払うように、
順調に仲を育んで行くハチと雫。

「まったく……準ちゃんに聞いたけど、世話が焼けるわよね〜」

ただ、暖かく見守るだけが仲間じゃない!?
それぞれの思惑を乗せて、ビックな計画がスタートする!!

次回、「ハチと月の魔法使い」
SCENE 3  「熱き想いを明日に向けて」

「ついにこの地球上の人類も俺達二人になってしまったね……」
「高溝先輩……でも私、高溝先輩となら……」

お楽しみに。


NEXT (Scene 3)

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