「ふーむ」
 日曜日の午後。特に予定もなく手を持て余していた俺は、気ままにリビングのソファーに座りながら携帯ゲーム機で遊んでいた。こういう風にだらけるのも偶にはいいな。
 今日は春姫は話によれば杏璃と出かけているとか。で、俺は特に誰かと……ということもなく、こうして家の中にいる、というわけだ。
「……待てよ、今日春姫とデートしない、来週可菜美と琴理と出かけるのが実現してしまうと春姫とのデートの日が随分と間が開くことになるな」
 可菜美一人だったらわからないが、琴理も加わってしまった以上、恐らく本気で決行されてしまうだろう。――二週間春姫とのデート無しはマズイ。MAGICIAN'S MATCHも終わってそんなことをしていたら春姫がどんな行動に出るかわからない。
「あえてそのまま二ヶ月位デートしないというのもいいんじゃないか? 飴と鞭という奴だな」
「クライスさんその案試せないっす。多分一ヶ月位で俺が殺されます」
「いや三週間位が限界だな」
「そう思うんなら提案するなよ!?」
「まあ、安心しろ。いざとなればマインド・シェアを使ってだな」
「散々人にああだこうだ言っておいてそんな所で使わせるのかよ!!」
 とまあ、そんな感じで日常茶飯事なボケ・ツッコミを展開させていた時だった。――ピンポーン。
「あ、わたし出ます。――はーい!」
 玄関でチャイムが鳴り、キッチンにいたすももが応対に行く。
「――はい、そうですけど……え? ええ、居ますけど……あの……はあ」
 俺も特に深く考えることなくそのままゲームを続けていたのだが、
「兄さん」
 すももが戻って俺を呼びに来た。
「どうした、セールスの類か? それとも――」
 ゲーム画面から視線を動かし、すももの方を見て、俺の言葉は途中で止まった。――すももが笑っている。満面の笑みで。……後ろに、鬼のような気迫を漂わせて。
「ちょっ、おま、何が――」
「兄さんに、お客様ですよ? と・っ・て・も・素敵な女性の方です」
「……とっても、素敵な、女の人?」
「はい。わたしの知らない方です。ついにわたしにばれないように距離のある方を選ぶようになったんですね、兄さん♪」
 台詞に強調が入っていた。言い方がリズミカルだった。逆に怖過ぎる。……まあその、察するに、俺の新しい女だとか思っているんだろう。――って、俺に女の人のお客様だって? すももが知らない女の人で、我が家へ尋ねて来る可能性がありそうな人……
「小雪さんじゃない黒くて長い髪の毛の人? 腰くらいまで長くてさ、凄い美人の人」
 直ぐに浮かんだのが久琉未さんだった。あの人ならよくわからない理由でやって来るとか有り得る。
「兄さん……まだ他にそんな女の人がいたんですね……」
「ああっ!?」
 違ったらしい。というか余計な疑いを更に招いた。
「じ、じゃあちょっと無表情でクールな感じで、でも可愛くて丁寧語の子とか」
「兄さん……もう一回死んで下さい」
「おいいいいストレート過ぎるぞすもも!! どんだけだよ俺の評価!?」
 青芭ちゃんじゃなかったとかもうどうでもいい。すももが怖過ぎる。
「……本当に、俺へのお客様?」
 ……これ以上すももの知らない人で、我が家まで尋ねて来るような人が思い当たらない。
「兄さん……まさか酔った勢いだから忘れたとか……」
「お前は俺のマジックワンドですか」
「雄真、ほらあの女じゃないか? 二週間前にだな」
「お前は俺のマジックワンドですね相変わらず!! 事実無根過ぎるわ!!」
 兎に角、俺へのお客様なら会わないわけにもいかない。そのまま急いで玄関へ。
「……え?」
 そこに居たのは、かなり予想外の人物だった。
「こんにちは」
 穏やかな笑みで、礼儀正しく頭を下げてくるのは――許久藤学園の、呂穂崎史織さんだった。 



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 78  「新しい友情と不安」




「ごめんなさい、本当だったら前もって連絡してから会うべきなのはわかってるんだけど、でもどうしても今日、会っておきたくて」
「いや、俺も特に今日は予定があったわけじゃないから」
 呂穂崎さんが我が家を尋ねて来た。俺に会いに来た。――我が家はすももが最早疑う所じゃなくなってきたので、とりあえず外を歩きながら……ということにして貰った。あれじゃ落ち着いて話せる物も話せないっての。
「――って、どうしても今日、俺に会いたい?」
 そもそも俺に会いたい理由もわからないが、更に何故に今日俺に会いたいのか。呂穂崎さんはMAGICIAN'S MATCHの決勝戦で始めて見かけた。接点などどれだけ頑張っても思い当たらないのだ。
「うん。――小日向くんには、ちゃんと挨拶したいってずっと思ってた。ハチの自慢の親友だし」
「ハチの……って、え? 呂穂崎さん、ハチの知り合い?」
 俺に向かってその名前を呼ぶということは、明らかに高溝八輔を知っているということになる。
「うん。今日、仲直りしてきた。だから、同じ今日に、小日向くんにどうしても会ってみたくて」
「……いや、その……はい?」
 どんどん話がわからなくなってきた。ハチと仲直り。ハチと喧嘩してた? いつ? え?
「ごめん、全然話が見えてこないんだけど……」
「私が言うのも変だけど、それは当然のこと。――今日は、私とハチのことを、全部知って欲しくて。どうして小日向くんが知らない私がハチのことを知っているのか。ハチの親友の小日向くんに、知って欲しくて、来ました」
「呂穂崎さんと……ハチのこと……?」
 俺が知らなかった、ハチのことが、ハチの話が……あるってことか?
「……私とハチが初めて会ったのは、中学三年生の時」
 そのまま俺達は住宅街をゆっくり歩きながら、話を進めることにした。――中学三年生。当然俺はその時既にハチの友人だ。今の間柄と大きな差はない。
「突然だったな。学校からの帰り道、突然目の前に走って現れて、「僕とお付き合いして下さい」って」
「ぶっ」
 そして間柄以上にハチはハチのままだった。成長という言葉を知らんのかあいつは。昔っからそんなこと道端でしてたのか。しかも俺が知らない所でも。
「とりあえず謝った方がいい?」
「ふふっ、大丈夫だって」
 実際その点に関して気にしている様子はないようだった。俺の責任じゃないのだが、それでも一安心だ。
「嫌味に聞こえたらごめんね。――私、昔から魔法使いとしての才能、人よりも断然持ってた」
「一応、試合前の情報で呂穂崎さんが凄い、っていう話は知ってたけど……」
 確か今はClass Aだったか。……俺の周囲が優秀過ぎて驚きが薄い。
「小さい頃からでね。学校の成績も他の人よりも断然良くて、天才だ、特別な子だ、ってよく言われてた。多分言い訳なんだろうけど、結果として友達が出来なかった。私にも向こうにも、ちょっと壁が出来ちゃったんだと思う。――私も別に気にしてなかった。自分はそういう存在だから、って割り切って生きてた。……そんな時、ハチに出会った」
「ハチは、呂穂崎さんのこと――」
「知らなかったと思う。一目惚れだって言ってたし。――最初の頃は警戒したし、正直何このうざったい人、って思った。でも、気付いたの。ハチは、私が天才って言われて、周囲から違う目で見られる特別な子だって知らないで、他の人が私を避けるのとは逆に、一生懸命近づいて来ようとしてる。そんな風に接してくれるの、あの頃の私にはハチだけだった」
「……そっか、何となくわかる」
「え?」
「あ、いや、友達にさ、いたから」
 数か月前の冬の姫瑠の寂しげな告白が、少しだけ今の呂穂崎さんの告白と被った。天才の孤独、か。
「そのことに気付いたら、ハチに会うのが楽しくなって。ハチが一生懸命私に会いに来てくれるのが嬉しくなって。少しずつ話をするようになって、自転車で校門前で待ってるハチと一緒に帰ったりするようになって。――最後には、ハチの告白に、応えた」
「告白に応えた……って、まさか」
「好きになってあげてもいいよ、って。――恥ずかしかったから強がりな言い方だったけど、あの頃の私、本当にハチのことが好きだったから」
 衝撃の事実。ハチ、中学三年の頃に彼女が出来ていた。――というか、
「俺、何だかんだでずっとあいつとはつるんでたけど、全然気付かなかったよ、当時……」
 あれ程わかり易い奴だ、こんなに可愛い子と付き合うことになりました、なんてことになったら浮かれて浮かれて浮かれまくって俺や準が気付かないわけがない。
「うん。約束してたから」
「約束?」
「私がいいって言うまで、友達に一瞬たりともそんな素振りを見せたら駄目、って。もしも見せたら、全部無かったことにする、って」
「……成る程」
 わかり易いハチだが、コントロールもとてもし易い。徹底してそう言い聞かせれば、俺達に隠蔽することは可能かもしれない。――だが、それに対して単純な疑問が。
「どうしてそこまで頑なに内緒にしようとしてたのか、聞いてもいい?」
「……私が卑怯で臆病だから、かな」
 そう答える呂穂崎さんの顔は、何て言うか……「後悔」で一杯の顔だった。
「私がハチの告白に応えたのは、許久藤学園進学の為に引っ越すまで後二週間に迫った頃。残り二週間、最後の想い出に、って。……身勝手だよね」
「…………」
 返答に詰まった。――彼女の言う通りだから、というのもあるからだろう。
「全部説明して、ハチに他の人と同じような目で見られるのが怖かったし、嫌だった。そんなことハチはしないって言い聞かせても、怖くで出来なかった。ハチにはいつまでもただの呂穂崎史織っていう存在を見て欲しかったし、そんなハチのまま、想い出は終わりにしておきたかった。――二週間後、私は何も言わないまま、ハチの前から姿を消した」
「…………」
 やっぱり、俺は何も言えなかった。言いたいことはあったが、今の呂穂崎さんの表情を見ると何も言えなかったし、当時ハチが結局俺達に微塵も感じさせなかったことを思うと、やっぱり何も言えなくなってしまった。――当時、物凄くハチは辛かっただろう。でも内緒という約束をハチは守り切った。ここで今になって俺がああだこうだ言うのは、そのハチの努力を何となく無碍にしてしまう。そんな気がしたからだった。
「……それじゃ、どうして今になって?」
 気持ちを切り替えて、あらたな質問をする。――彼女はどうして今になってハチの前に、そして俺に全てを打ち明ける決意を固めたのか。……仲直りしてきた、とは言っていたが。
「決勝戦で、ハチの姿を見れたのは、本当に偶然だったと思う。――まさか、瑞穂坂の総大将でハチが出て来るなんて、思ってもみなかった」
 そしてハチは総大将としてはそこまで機能していませんでした、とは言えない雰囲気だった。……優勝しておいてあれだし、どうでもいいんだけど。
「決勝戦での私の行動、覚えてるよね?」
「最後の、先生に対する行動?」
「うん」
 呂穂崎さんの、決勝戦最後の行動。――監督である先生の指示に抗い、卑怯な手段に抗った。俺達に、道を譲った。
「許久藤学園に進学してから、私ほんの少しだけど、友達が出来た。ハチのおかげだと思ってる。ハチとのことがあったから、私は友達を作る勇気が持てた。その大切な友達と、流されない生き方を――自分達の正義を貫こう、って決めたの」
「それが――最後の、行動?」
「あんなやり方、許されないよね。私達が動かなくても、瑞穂坂はきっと勝利した。でも、自分達の意思を、示しておきたかった」
 そう言い切る呂穂崎さんの表情は、晴れやかな物だった。
「私達、特に特待生として学園に行った私の学園での立場は多分相当不安定な物になっちゃうと思う。学園も辞めることになるかもしれない。それでも、後悔はしてない。あれで良かったんだって思ってる」
「……そっか」
「全てが終わって、あらためてハチに謝りたくなった。許されるかどうかはわからないし、今更何だ、って思われて当然なんだけど、それでもそうやって自分の意思で、友達を作って仲間と一緒に、って行動が取れたのはハチとのことがあったおかげだったから、どうしても」
「だから……ハチに会った?」
 コクリ、と呂穂崎さんは頷いた。
「ハチがどういう反応を取ったか、聞いてもいいんだよね?」
「ハチはね、私のこと、許してくれたの! また私と会ってくれるって、また私と遊んでくれるって、約束してくれた! 私も、約束してきた。今度は逃げないって」
「それって」
「三年前の言葉、もう一度伝えたいからって、宣言してきた。――好きになってあげてもいいよって、言いたい」
「……っ」
 それってつまり、呂穂崎さんがハチに告白したも同然。
 それってつまり、ハチがその告白を受けたも同然。
 それって……つまり……
「小日向くんにこうして会っているのは、ハチの大親友の小日向くんに、ちゃんと挨拶したかったし、報告したかったから。……あの頃から、小日向くんのことは聞いてたんだ」
「俺の……ことを?」
「自分の自慢の友達だって。憧れの存在だって。そんなハチの親友の小日向くんとちゃんと話がしたかったし、友達になっておきたかった」
「だから、わざわざ俺の家まで」
「うん。――こんな私だけど、友達になってくれますか?」
 俺の真正面に立ち、笑顔で、でも少し緊張の面持ちで、呂穂崎さんは俺に手を差し出した。――実際、友達を作ったりという経験が薄いんだろう。そんなことが感じ取れた。
「――うん、俺でよければ、喜んで」
 そんな彼女の勇気を、拒む理由はなかった。俺は呂穂崎さんの手を取り、握手を交わす。――そう、この勇気を拒む理由は、無かったのだが。
「どうもありがとう。――今日は、急に尋ねて、色々一気に話をしちゃって、ごめんなさい」
「いや、気にしてないから大丈夫」
 今思えば――あの決勝戦の直前、彼女が俺に笑いかけてくれたのは、俺を一方的に前から知っていたからだろう。そうなると合点がいく。
「それじゃ、今日はこの辺りで。――また今度、時間を作って正式に会ってくれる? もっと落ち着いてちゃんと話はしたいし、ハチのことも小日向くんの口から聞いてみたい」
「ああ、いいよ」
「どうもありがとう。――それじゃ、さよなら」
 俺は呂穂崎さんと携帯の番号とメールアドレスを交換すると、そのまま彼女の背中を見送る形になった。途中彼女は何度も振り返り、俺に手を振っていた。本当に、純粋に、嬉しそうだった。俺と友達になれたこと、ハチと仲直り出来たこと、両方が嬉しかったんだろう。
「…………」
 一方の俺は――複雑な心境だった。彼女の姿が見えなくなっても、何となくその場から動けないでいた。
 呂穂崎さんは、ハチが好きだった。
 ハチも、呂穂崎さんが好きだった。
 二人は再会した。
 呂穂崎さんは、もう一度ハチを好きになると、宣言した。
 ハチが、それを受け入れた。
「……それって、つまり」
 もう一人の女の子の顔が、俺の頭に浮かぶ。きっと今でも、ハチのことを想っている、一人の女の子の顔を。
「……なあ、クライス」
「何だ?」
「客観的な意見、くれないか」
「なあ、雄真」
「……?」
「お前――本当に、私の客観的意見が、欲しいか?」
 …………。
「……悪い、俺の言葉はなかったことにしてくれ。ちょっと動転してた」
「そうか」
 クライスの、冷静な言葉で気持ちを取り戻す。――確かに、ここでクライスに意見を求めるというのは間違ってる。これは、俺が決めなきゃいけないことだ。
「……はあ」
 俺のため息が、空へ溶ける。――俺は呂穂崎さんと番号を交換して、握ったままだった携帯を操作して、登録してある番号へコールする。
『もしもし?』
「準か。今大丈夫か?」
『勿論。雄真の為なら二十四時間オープンよ?』
「ちょっと今、外出てこれるか?」
『やだ、デートのお誘い? もう、それならそうと前もって言っておいてくれれば、服装とかの準備だって――』
「相談があるんだ。大事な話」
 その俺の言葉の後、一瞬沈黙が生まれる。――そして、
『……はぁ』
 電話先の準から、ため息が漏れた。
「準?」
『当ててあげようか、何の話だか。――ハチのことでしょ』
「……わかるか?」
『わかるわよ。雄真がそのトーンであたしに相談って、それ以外考えられない』
「ハチと俺の親友のお前に話さなきゃいけないことを、俺今日聞いちゃったんだ。……お前に、聞いて欲しい話だ」
『――いいわ、これから出るから』
「悪い。助かる」
『気にしないでいいわよ。――親友、だもの』
 ピッ。――通話を終えて、準の家の方向へ歩き出す。
 空はもう直ぐ、夕焼けに染まろうとしていた、とある日の瑞穂坂の街だった。


「……一人暮らしってのは、自然と何でも身に着くものだよな」
 そんな独り言を呟きながら、スーパーの自動ドアを通るのは松永庵司。――日曜日、時刻は夕方。店を早めに切り上げ、夕飯の材料を買いに来ていた。出来合いの物は簡単だがやはり作った方が安い。そんなことを繰り返している内に、自然とある程度の料理が出来るようになってしまった、というわけである。
 カゴを手に取り、野菜売り場でいくつか野菜を取り、そのまま鮮魚コーナーに差し掛かった時。
「あら」
「お」
 見知った顔と遭遇する。――沙玖那聖である。
「夕飯のお買いもの、ですか?」
「あー、そんなとこ。君も……にしてはちょっと量多いな。買い溜めするタイプ?」
 聖のカゴの中には、今日一人で食べる量にしては少々多い量が入っていた。
「いえ、私ほとんど二人で食べてるから……そうだ、今日は確認してみないと。――ちょっとごめんなさい」
 聖は携帯電話を取り出し、そのままコールする。
『……聖さん?』
「雫? 今日は晩御飯一緒に食べる?」
『あ、うん。……聖さん、今買い物?』
「ええ、そうよ」
『いつものスーパー? 今から合流していい? 一緒に作りたい』
「わかったわ。それじゃ待ってるから」
『うん、直ぐ行くから』
 ピッ。
「雫……この前の子だったっけ」
「ええ。――その節は、お手伝いして頂いてありがとうございました」
「あー、いや、いいって別に」
 でも実は好きで行ったんじゃないんだけど、とは今更言えないし言わなくてもいいか、と思う庵司である。
「そうだ、松永さんには手伝って頂いた件とは別に、お礼を言いたかったんです」
「手伝った件とは……別に?」
「ええ。松永さんとの戦いがあって私、魔法使いとしての自分自身を見つめ直すことが出来て、結果としてあの戦いも勝利に近付けたと思うんです。ですから――ありがとうございました」
「それこそお礼なんていらねえっての。俺は君に何かを教えたわけじゃない。君が自分自身で強くなった、それだけだ」
 実際そう思っているようで、庵司は苦笑する。
「ま、それに君みたいな人間なら、どれだけ力があっても大丈夫だろうし」
「? どういう……意味ですか?」
「人間、持てる力の許容量って体力云々の他に、気持ちの許容量ってあるもんだ。必要以上に手にすればその力に溺れて、使い方を間違えるってな。――でも、君なら大丈夫だ、ってこと」
「随分と信頼して下さっているんですね」
「信頼するしないじゃねえ。君のことなんて事実実力以外何も知らないしな。単純に、そういうオーラが君からは見えるだけだ」
「オーラ……ですか」
「俺も色々な所を歩いて来た身だからな。そういうの、どうしても嫌でも見えてくるんだよ」
 淡々と語る庵司だが――聖は内心驚いていた。相手のことを詳しく知るわけでもないのに、相手の心の許容量がオーラで見える。何の迷いもなく、庵司はそう断言した。はいそうですか、で見える物ではない。
「本当は俺みたいな人間が力なんざ持ってちゃいけねえんだ。悪用しないだけマシだけど、有効活用しようとしないからな」
 やはり苦笑しながらそう語る庵司だが、聖は、そこまで見抜ける彼だからこそ、力が持てるのだろうということを感じざるを得なかった。
「聖さーん」
 そんな会話をしていると、聖を呼ぶ声が近づいて来た。――雫である。
「お待たせ……あ」
 雫は当然直ぐに庵司にも気付いた。スッ、と真面目な表情にかわり、
「先日は、本当にありがとうございました」
 礼儀正しく、頭を下げた。――庵司、再三の苦笑。
「わかったわかった、君達が俺に感謝してんのはわかったからもういいって」
 庵司としては逆に申し訳ない気持ちになってしまった。事実彼はそこまでやる気満々で行ったわけではないので、何とも言えない気持ちになってしまうのである。
「さて、それじゃ俺はそこまで買う物もないから、先に行くよ」
「わかりました。――それじゃ、また」
「さようなら」
「じゃあな。――ああ、そうそう」
 そのまま先に進もうとして雫の横まで来た所で庵司は不意に止まり、ポン、と雫の方に手を乗せる。
「人間、中々格好良くは生きられないもんだぜ?」
「……え?」
「見っとも無くて当たり前、ってことさ。我慢するのが格好良いとでも思ってるか? 吐き出すのは格好悪いけど、でも何も言わないのは強さじゃない。君のは多分、やせ我慢だよ」
「あ……」
「張りぼての格好良さなんていらねえだろ。格好悪くていい。自分らしく、生きろ」
「…………」
「随分と、気を使って下さるんですね?」
 何も言えなくなってしまった雫に代わり、聖がそう答える。
「言うだけならタダだしな。動くのは面倒だけど」
 そう言い残し、庵司はそのままその場を去った。
「……本当に、凄い人ね。何も知らないはずなのに、一目見ただけで色々な物を見れている」
「……あの、聖さん……その」
 ポン。――聖は雫の頭にそっと手を置き、優しくなでた。
「大丈夫。ゆっくり、何でも聞いてあげるから。一緒に料理しながら……ね」
「……うん」
 二人もそのまま、まるで本当の姉妹のように寄り添いながら、買い物を再開したのであった。


<次回予告>

「? どうかしたんですか、兄さんも準さんも。お二人で目配せなんて」

全てを知った翌日。
思うことはあっても答えが出ない崩れかけの時間。

「見ちゃってる……のか……雫ちゃん……」

少しずつ、少しずつわかってくること。
そして――手の施しようがない、歯痒さ。

「……変なのは、雫の方じゃん」
「え?――あっ」

それは、ボタンの掛け違い一つで、大きく動き始める――

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 79 「二人の答え」

「ここから、始めたかった。一歩先へ。二人が始まったこの場所から今までより、もう一歩先へ行きたかった」
「!!」


お楽しみに。



NEXT (Scene 79)  

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