「あー、何か予定作っておくんだったなー」
 日曜日、時刻は午前十時少し前。法條院深羽は、自分の部屋のベッドで寝転んでいた。――自身の独り言にもあるように、休日にも関わらず何の予定もなく暇であり、今日一日何をしようかと悩んでいた。
「……雫辺り、暇してないかな」
 携帯電話を取り出し、登録してある月邑雫の番号にコールする。
『もしもし?』
「雫ー、助けてー、暇だよー」
 受話器の向こうから、笑い声が聞こえた。
『MAGICIAN'S MATCHが終わって、落ち着いちゃったもんね。――私も今日は特に予定はないから、何処かで遊ぶ?』
「ぜひとも!」
 ガバッ、と起き上がりながら深羽は即答。反応の速さに雫が再び笑った。
「どーする、他に誰か誘ってみる? あっ、あれならまたセンパイ達でも」
『えっと――今日は、女の子達だけでいいよ。藍沙ちゃんとか誘ってさ。MAGICIAN'S MATCHお疲れ、みたいな感じで』
「そっか、それもいいかもね」
 雫の返事にはほんの少しだけ戸惑いがあったが、普通には気にするレベルではなく、深羽もそれに気付くことはなく、雫の提案を飲む。
「それじゃ私、藍沙っちも誘ってみる。今からだから、時間は――」
 そのまま待ち合わせ場所、時刻を決定し、雫との通話を終える。そのまま藍沙にも電話、約束を取り付け、外出準備。手早く着替え等の身支度を整え、部屋を出る。
「愛美(あみ)遅い! 床は素早く消えるかの様な速度で拭くべし拭くべし拭くべし!」
「あんたが早過ぎるんだっての動きが!? 普通のメイドはそんな速度で床掃除しないから!!」
「外部の人間に見られていない時は能率を優先すべき」
「そういう問題じゃなくて私はそこまでの速度で移動出来ないって意味!」
 屋敷の玄関前広間まで来ると、錫盛美月が同僚一人と床掃除をしていた。――同僚は名前を和嶋(わじま)愛美といい、美月と特に親しくしているメイドであった。
「だからこういう時の為にいかなる時も訓練を――と、お嬢様。お出かけですか?」
 美月が深羽に気付き、そう尋ねる。
「うん、お昼ご飯も外で食べてくると思う」
「畏まりました。――お友達と、ということで宜しいですか?」
「うん、藍沙っちと雫と」
「そうですか……でしたらその格好でも問題ありませんね」
「? ねえ美月、何でお友達とならお嬢様の格好問題ないの? 別に誰とでも問題ないと思うんだけど」
 それは深羽本人も疑問だったようで、「?」マークを浮かべていた。
「もう夏と言っても過言ではない時期。場合によってはもう少し露出が多くても違和感はないはず。つまり意中の男性を狙うのであれば今のような可愛らしいTシャツではなくキャミソールなどでボディラインを強調して男性の気を引くのが手。お嬢様のスタイルの良さなら男性なら必ず魅かれるはず。フフフ」
「ぶっ」
「美月……あんたそれ、主に対するコメントじゃないから……」
 思わず拭いた深羽、呆れ顔の愛美である。
「更に法條院家メイド課第二班(班長は私)の総力を挙げればお嬢様が外出している間にお嬢様のお部屋をムーディーなお部屋に改造が可能。ボタン一つでプラネタリウムが作動し、ムーディーなミュージックが流れ、ベッドが回転――」
「コラアアアア!! あんたその発想メイドの清楚の欠片もないから!! 自分の主の部屋を何……その、……風に改造しようとしてるのよ!?」
「無論お嬢様の為を思ってのこと。――お嬢様」
 美月はスッ、と深羽に近づき、
「いざという時は、メイド課第二班総力を挙げて小日向君を拉致して来ますが?」
「!?!?!?」
 そっと耳打ちした。一気に顔を赤くする深羽。
「ちっ、違うんだってば美月さん、私はたださ、えっと、そのっ」
「お嬢様、更にいざという時は我々が「正しいメイドプレイ講座」を開きますのでご安心を」
「さり気なく私を数に加えるなっていうかメイドがメイドプレイ講座ってどうよ!?――お嬢様、お約束の時間は大丈夫ですか?」
「え? あ、いけない! それじゃ行ってきます!」
「遅くなるようでしたらご連絡下さい。――行ってらっしゃいませ、お嬢様」
「行ってらっしゃいませ」
 その言葉と、礼儀正しいお辞儀は、まさにメイドの鏡と呼べそうな、美しい物だった。 



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 77  「相応しき世界で」




「お待たせ」
 その言葉と、柔らかな笑顔と共に、彼女――呂穂崎史織は、ハチの前に現れた。
「お……おう」
 その言葉と、あからさまな緊張顔と共に、ハチは応対した。いつものメンバーが近くにいたら「気持ちが悪い」等のツッコミが容赦なく入っただろう。
 ハチの正面に座り、史織はアイスコーヒーを注文。
「――会ってくれて、ありがとう」
 一区切りした所で、史織がそう切り出した。
「正直、会ってくれるとは思わなかったから、感謝と同じ位、驚いてる」
「会ってくれると思ってなかった……?」
「だって――怒ってるでしょう? 何も言わずに、あなたの前からいなくなったこと」
 史織のその言葉に、ハチは凄い勢いで首を横に振った。
「お、怒ってなんか! そ、そりゃ確かにあの時は驚いたけど、でも何か理由があったんだろ!?」
 一生懸命そう告げるハチ。その言葉に嘘偽りなど感じられない。――史織の表情が、本当に申し訳ない、という物から、安堵感、嬉しさに満ちた表情に変わる。
「ありがとう、そういう風に言って貰えて、良かった。――変わってないね、そういう所」
「おう! 俺は昔からこのままだぜ!」
「昔からこのまま、か。――なら、昔みたいに、ハチって呼んでもいいかな?」
「勿論だよ! 俺も史織ちゃんって呼ぶよ!」
「史織ちゃん、か。ハチのそうやって呼ばれるの、懐かしいな」
 少しずつ、その場の緊張感が薄れていく。沢山あると思っていた蟠りが、少しずつ薄くなっていくのを二人は感じていた。
「――三年前は、本当にごめんなさい。何も言わないで説明しないで、ハチの前からいなくなって」
「だから、それは……その、理由とか今なら聞いてもいいのかな?」
 運ばれてきたコーヒーを、ゆっくりと史織は口に運んだ。そして再び口を開く。
「――私、ハチと仲良くなれた頃には、もう許久藤学園に特待生として進学することが決まってた。直ぐにお別れしなきゃいけないこと、知ってた」
 その当時を思い出したか、また少し史織の表情は申し訳無さそうなものに変わる。
「小さな頃から特別な子っていう目で見られて、友達も出来なかったから、ハチと仲良くなれたの、嬉しかった。だから、特待生だって説明して別れるの、嫌だった。……別れを言うのが、辛くなっちゃった」
「だから……何も言わずに?」
 コクリ、と史織は頷いた。
「言わなきゃいけないの、わかってたけど、どうしても言えなかった。変な意識とかして欲しくなかった。最後まで、いつもの私が知っているままのハチでいて欲しかったから」
 嘘を言っている様には見えなかった。そもそも責めるつもりもなかったが、改めてハチは史織に向けて告げる言葉を、選んでしまう。下手な言葉は、彼女を追い詰める。そう咄嗟に感じたからだった。
「じ……じゃあ、どうして今、俺に会おうって思ってくれたんだ?」
 再び史織はコーヒーを口に運ぶ。その仕草一つ一つが、気持ちを整理している様にハチには見えた。
「MAGICIAN'S MATCH、決勝戦最後の私の行動――知ってるよね?」
「あ……おう、俺もあそこにいたしな」
 決勝戦の最後、許久藤学園監督・黒山の命令に反し、史織は他の友人達と自分達の意思――人としての正しい意思を選んだのは、ハチの記憶にも新しい出来事だった。
「自分で言うのもあれだけど、許久藤学園選抜で、一番強かったのは私なの。――私は許久藤学園にはスカウトされて、特待生で行った。圧倒的才能があったから。……才能とかどうでもよかったんだけど、奨学金が出るっていうから、両親に楽させたくて行くことにした。他に行きたい所があったわけじゃなかったしね」
 ほとんどが、初めて耳にする話であった。ハチはそのまま史織の言葉を待つ。
「さっきも言ったけど、小さい頃から特別な子っていう目で見られて、自分はそういう存在なんだって勝手に受け止めて、流されるまま生きてきた。でも、ハチに出会って、初めてそれって何か違う、って思うようになった。――特別じゃない、普通の女の子に、なりたいって思った」
「そっか……史織ちゃんが言ってた、普通の女の子になりたいって」
「うん、そういうこと」
 ハチは覚えていた。史織に夢を尋ねた時、「普通の女の子になりたい」と史織は言っていたこと。あの頃はわからなかった意味が、やっとわかった瞬間だった。
「少しだけだったけど、ハチと仲良くなれた経験を生かして、許久藤学園では友達が出来た。その友達と一緒に、自分達の意思貫き通そうって決めた。どんな結果になろうとも、流されないで頑張ってみようって。――結果が、決勝戦。私達は負けて、学園の意思に反した私達はいつまで学園にいられるかもわからないけど、でもあれで良かったって思ってる。私は、流されなかった。自分の意思で、自分の道を選んだ。勝手なことをした私は特待生じゃなくなっちゃうけど、でもそれって普通の女の子になれるってことでもある。……私、特別じゃなくなる。普通の女の子に、なれるの」
「……史織ちゃん」
「ハチには会う資格はないって思ってたけど、決勝戦で元気そうな姿を見て、やっぱりちゃんと会いたくなっちゃった。謝りたかったし、お礼も言いたかった。――どうもありがとう」
 礼儀正しく史織は頭を下げる。
「お……お礼なんていらないぜ! 俺は、史織ちゃんが普通の女の子になって、目的が果たせたなら、それだけで十分だ! 会えて嬉しいんだ!」
 とっさに出た言葉だった。でも――嘘は、そこにはなかった。史織のことが心に引っかかってなかったと言えばそれは嘘になる。その蟠りがこうして今、完全に消えようとしている。追い求めたほぼ完璧な形で。それだけで、十分だった。
「……本当、変わってないよね。そうやっておっきな笑顔でおっきな声で言う所」
 ふわり、と見せる史織の笑顔は――懐かしさと共に、あらたな胸の鼓動をハチに与える。
 三年という月日は短くて長い。不意に、そんなことを感じた。
「それじゃ――ハチ、また私と会って遊んでくれる?」
「え?」
「昔みたいに、また会いたいな、って。――もう私、何処かに何も言わずに消えること、ないから。普通の女の子に、なれたから。ドラマや漫画みたいにドラマチックな展開とか、私がお金持ちのお嬢様でー、とかそういうのなくて、普通のことしかないけど、出来ないけど」
「史織ちゃん……」
「三年前の言葉、もう一回、言えるようになりたい。あなたに伝えた、精一杯の言葉」
 史織の言葉が、ハチの耳に響く。
 普通のこと。普通の女の子。ドラマチックな展開も、漫画のような特別な設定も今はもうない。――それはいつからか、自分に相応しいと思っていた場所。
 雄真のように、格好良いことは出来ない。奇跡を起こすことも出来ない。重い物を背負って、歩いて行く勇気は……なかった。
 普通。有り触れた、物語。決して素敵とは言えなくても、でも暖かい世界。――自分が、目指すべき世界じゃないか。
 自分に相応しいのは、きっと――
「――おう! 俺でよかったら、いつでも誘うし、一緒に遊びに行くよ!」
 気付けば、そう躊躇わず返事をしていた。――「何か」を諦め、捨ててしまった瞬間だった。
「ありがとう、ハチ」
 史織は、やはり嬉しそうな笑顔で、そうハチに答えたのだった。


「……こうして考えてみると、私達って三者三様なんだよねー」
 深羽の提案で始まり、合流し瑞穂坂商店街を移動する深羽、雫、そして粂藍沙の三人。深羽がチラリ、と雫と藍沙を見てそう切り出した。
「? どういう意味でしょう?」
「私服で会うと特徴が出るっていうかさ。ほら、藍沙っちはマスコット的な可愛さだし、雫はお嬢様、って感じだし、私は私で本当はお嬢様なのにどっちかっていうと動き易い格好だし」
 深羽の発言は確かに頷けるものだった。藍沙はお洒落な生地が施されたシャツにスカート、雫は白い夏向けのワンピース、深羽はプリントが若い子向けのシャツにジーンズ生地のスカート。
「ふふっ、確かにそうかも。あまり服の路線が被ることってないね」
「でも、お二人、特に深羽さんはスタイルが良いですから、どんな格好でも似合いますよね……私はどうしてもこの体型だと似合う服が限定されてしまいますので……」
 本人が自覚しているように、深羽、雫に比べると藍沙はどうしても背も胸のサイズも小さかった。少し凹みながら言う。
「そんなに気にすることないよ藍沙ちゃん。藍沙ちゃん可愛いんだから」
 これはこれで事実であり、藍沙は十分美少女、と表現するに値する素質の持ち主である。
「それにさ、無い無いって藍沙っち凹むけど、伊吹なんかより全然あるじゃん?――ほら、普通にこうして手で掴めるんだし」
「ひゃうん!? 深羽さん、街中で何するんですか!」
 スッ、と深羽は藍沙の後ろに回り、そのまま両手で藍沙の胸を二、三度揉み回す。
「あははっ、ごめんごめん。――兎に角、藍沙っちは気にしなくても十分可愛いんだって」
「でも、やはり深羽さんのスタイルの良さには憧れます……深羽さんも雫さんも、良い所のお家の方ですから、儀式的な物を受けてきたんですものね……」
「……儀式?」

『深羽、この春から学園生だな』
『あ、父君。――うん、そうだけど……それが?』
『学園生になるということは、大人の階段を一歩また上がるということだ。法條院家の娘として相応しくなければいかん』
『まー、言いたいことはわかるけど』
『名家の娘たるもの、魔法の実力があればよいというわけではない。見た目の素晴らしさ、魅力が必要だ。男性が魅かれる存在でなければならない』
『うーん、それで?』
『単刀直入に教えてやろう、深羽。――男は、女性の胸が大好きだ。大きければ大きい程な』
『はあ』
『つまり、深羽の成長期の今、どれだけ胸を大きく成長させるかが大事なんだ! というわけで深羽、これからはこの私が深羽の胸を毎日揉……いや、マッサージしてやろう。寝る前……違うな、風呂だ、入浴中だ。そうかこれから毎日風呂に一緒に入って、そこで……ぐふ、ぐふふふふ』

「卑猥です! 卑猥ですよ深羽さん! お風呂で一体何を!?」
「それは私の台詞だから藍沙っち!! 自分の想像に自分で速攻でツッコミ入れてるし!? 事実無根だし!? 私の父君そんな人じゃないし!!」
 真面目にツッコミを入れる「二人」。雫は苦笑するしかなかった。
「第一その仮説おかしいっしょ。伊吹はどうなのよ伊吹は。それが本当なら伊吹あのスタイルはないっての」
「いざという時の為に隠しているのでは!?」
「それこそ何の為に!?」
「あの……二人とも、伊吹ちゃんに失礼だって……この場にいたらとんでもないことになるよ……?」
 その雫の結論には同意だったので、この話題は閉幕ということになる三人。
「……そういえば、そろそろお腹、空いてこない?」
 雫の発言。言われて時刻を確認してみれば、丁度お昼ご飯時であった。
「あー、そうかも。何食べようか……って今の時間、何処行っても混んでそうだなー」
「そっか……日曜日だもんね」
「私は特に希望はありません。……お二人とも希望がなければ、三人に別れて入れそうで良さそうなお店を探すというのはどうでしょう? 見つかったら連絡をとれば」
「あ、それいいかも。雫は?」
「うん、私もそれでいいよ」
 ……というわけで、三人は一旦別れ、食事を取る店を探すことに。頭の中に地図を思い浮かべつつ、雫も移動をしながら探して行く。
(そういえば……この辺だったっけ、最近オープンしたレストランって)
 値段もお手頃で自分達のような学生でも気軽に入れて、味も良いとの話を同級生から耳にしていた。――人気があるから多分混んでいるだろうと思いつつも、一応確認しに行くことにする。
 少しだけ歩いた所に、その店はあった。中の混雑具合を確認しようとした――その時だった。
「……え……?」
 そのレストランから、ハチと史織が仲睦まじい雰囲気で出てくるのを――見て、しまった。


「…………」
「…………」
 何となく会話も生まれず、ハチと史織の様子を伺う格好になってしまった可菜美と友香。――幸い、二人には気付かれてはいないようだった。
「……どういう関係なのかしら?」
「あの決勝戦で仲良くなった……とは考え難いわね。そうなると、以前からの知り合い……でもあの高溝が……?」
 だが二人の会話までは少々距離があり届いてはこないので、具体的な関係までは掴み切れないでいた。
「でも、お互い笑顔で会話してる……」
「MAGICIAN'S MATCHも終わったし、その手の関係のことじゃないとなると……単純に二人の関係が良好、っていうことになるわね……」
 そうこうしている間に、ハチと史織が立ちあがる。会計を済ませ、店を出る様子。――最後まで、二人の存在には気付かないまま。
「……私達も、出る?」
「……そうね。いつまでもここにいても仕方ないものね」
 二人も少しだけ間を置いてから会計を済ませ、店を出た。
「何だか、不思議というかコメントに困るというか」
「まあでも、高溝のプライベートだし、私達が口を挟むことでもない……あ」
「え?――あ……」
 可菜美としても、その一言で空気の流れを変えてハチと史織に関しては今日の所は終わりにするつもりだった。――だが、新たに視界に入ってしまった物が。可菜美の反応で友香も気付く。
「…………」
 茫然とした様子で、ハチと史織の後ろ姿を見ていた、雫の姿であった。――瞬時に思い出される、合宿中に起きた雫誘拐事件のこと。瞬時に走る――嫌な予感。
「月邑さん」
「え?――相沢先輩に梨巳先輩……?」
 名前を呼ばれ、初めて二人の存在に雫は気付いた。――逆に言えば、それ程までに呆然としていた、ということでもある。
「――客観的意見、述べていい?」
「可菜美?」「梨巳先輩?」
「今のあなたの様子からして、高溝が許久藤学園の呂穂崎さんと一緒にいるのを見かけたのは偶然。当然高溝と呂穂崎さんが親しくしている間柄なんてことも知らず、二人が会っているだなんて考えたこともなかった」
 ハッキリとした口調で、可菜美は続ける。
「更に、今のあなたの様子からして、あなたは高溝がああして内密に可愛らしい女の人と仲良くしているのを見かけてショックを受ける立場。過去に何があったのかは知らないけど、合宿の時起きた事件の二人の様子からするに、二人の間柄は恋人、もしくはそれに程近いものだった。当然高溝もあなたの気持ちは知っている」
「……っ」
 雫が、辛そうな表情で下を向いた。――可菜美の言葉を、肯定しているも同然であった。
「つまり、あの高溝の行動は、場合によっては許されないことだ、ということね。……そう」
 ふぅ、と可菜美は目を閉じて軽くため息をつく。――そして直後開いた目は、
「……可菜美、もしかして」
 怒りをあらわにした、攻撃的な目になっていた。くるり、と振り返り、早足でハチと史織を追い掛け――
「待って下さい!」
 ――ようとした所で、雫に制止させられる。友香もひとまず引き留めようとしたが、わずかに雫の方が早かった。
「お願いです、待って下さい……!」
「どうして? あなたには、確認する権利があるんでしょう? 場合によってはあれは裏切りなんでしょう? どうしてあなたが我慢する必要があるの?」
「梨巳先輩の言うことは最もですし、そうやって私の為に、っていうのは凄く嬉しいんです。でも……でも、待って下さい。……お願いします」
 頭を下げる雫。――可菜美、再びため息。
「……いいわ。あなたがそれでいいのなら、私が口を挟むことじゃないから」
「はい……すいません」
「月邑さん、もしも何か相談したいことが出来たら、遠慮なく相談してね? 同級生の友達とか、高溝くんに近い小日向くんとかには話し辛いこととか、私達なら聞いてあげられるかもしれないから」
 友香が優しい笑みを見せる。
「……ありがとう、ございます……!」
 雫は、お礼を言うのが精一杯だった。自分の知らないハチの姿、自分の為に怒りをあらわにした可菜美、そして優しく笑ってくれる友香。色々な物が入り混じって、気を抜いたら直ぐにでも泣いてしまいそうだったから。
 そのまま雫は二人に再度頭を下げると、その場を後にした。――再び取り残される二人。
「何だか……複雑なことになりそうね……」
「そうね。――高溝はどうなろうがいいけど、月邑さんが思い詰めて変なことにならなければいいけど……ね」
 二人はそのまま雫の後ろ姿が見えなくなるまで、何となく見送っていた。
「でも――私の目に狂いはなかったわ」
「?」
「可菜美と仲良くするって決めて良かった、ってこと。あの瞬時の判断、仲間の為に、でしょう? 誰かの為にあそこまで感情を表に出すことって、中々出来ることじゃないわ」
 その友香の言葉に、可菜美はやはりため息。
「私は高溝が嫌いだから、その補正もあるわ」
「あら、謙遜?」
「あのねえ。――ああ、それじゃ安心しなさい。土倉の浮気現場見かけたら、怒ってあげるから」
「ちょ――恰来はそんなことしないわよ!」
 悪戯っぽく笑いながらそう返す可菜美、ついむきになってしまう友香。――そのまま二人も、雫、ハチ達とは別方向へ歩き出したのだった。


<次回予告>

「――って、どうしても今日、俺に会いたい?」
「うん。――小日向くんには、ちゃんと挨拶したいってずっと思ってた。ハチの自慢の親友だし」
「ハチの……って、え? 呂穂崎さん、ハチの知り合い?」

日曜日の物語は終わらない。
ついに再対面、雄真と史織。

「ハチがどういう反応を取ったか、聞いてもいいんだよね?」
「ハチはね、私のこと、許してくれたの! また私と会ってくれるって、また私と遊んでくれるって、
約束してくれた! 私も、約束してきた。今度は逃げないって」

全て語られる、今まで雄真が知ることのなかった二人の物語。
果たしてその真実を前に、未来を前に、雄真が選ぶ答えとは。

「相談があるんだ。大事な話」
「……はぁ」
「準?」

止められない物語が、また一つ、進んでいく――

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 78 「新しい友情と不安」

「人間、中々格好良くは生きられないもんだぜ?」
「……え?」


お楽しみに。



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