「別にいいよ? ハチのこと、好きになってあげても」
 不意に告げられるたその言葉。――その時少女は、とても穏やかな笑みを浮かべていた。
「はは、そうだよな、やっぱり俺じゃ――え?」
 少年は、苦笑して少しして、自らの耳を疑った。――好きになってあげても、いい?
「うん、決めた。今日から私、恋する乙女になる」
 至極当たり前のように、少女は少年に向かって、そう宣言した。
「え? あの……あれ?」
「どうしてそんなに呆気に取られるの? 自分だって一生懸命だったくせに。好きですー、俺は天使に恋をしましたー、この出会いは神様の思し召しだー、って」
「そ、そうなんだけどさ、でも」
「それとも――やっぱり私、恋とかしたら、似合わないかな。駄目かな」
 途端に、切なげな目をして、少女は空を見上げた。――その目は切なさ以上に、何かを悟ってしまったような目だった。
「そ――そんなことないぜ! 恋をする権利がないとかそんなことあるわけがない!」
 だから、精一杯否定した。一秒でも、そんな彼女の表情なんて、見たくなかったから。
「ありがとう。――ハチは、わかり易くていいよね」
「お……おおお! もしかして、褒められてる!?」
「ふふっ、想像にお任せ、かな」
 実際に褒められているかどうかはわからなかったが、それでも目の前の少女に笑顔が戻った。――それだけで、十分だった。
「そんなハチの、一生懸命さを評価。――好きになって、あげる」
「……マジ、で?」
「うんマジで」
 一瞬生まれる、沈黙。徐々に浸透してくる、言葉の意味。
「……お、……お、……おおおおおおお!? うおおおおおおおおぉぉぉぉ!! やったああああああああ!!」
 そして全てが浸透した時、少年は喜びのままに叫び、飛び跳ねていた。
「何だか大げさ」
「大げさなもんかよっ! 俺は、俺は今世界一幸せだあああ!!」
 実際に少年はそう感じているのだろう。その表情が体の動きがそれを物語っていた。
「差し当ってはハチにお願い」
「何でも言ってくれ! 君の為なら死ねる!!」
 少女は、ゆっくりと指を指す。――その先には、少年が乗ってきていた自転車が。
「あれ、後ろ乗せて。今日はあれで帰りたい」
「キタァァァ!! 自転車二人乗り!! け、結婚も近いかな!?」
「流石にワープし過ぎ……」
 そんなやり取りを挟みつつ、少年が自転車に乗ると、少女は後ろに座る。表情はお互い見えなくなったが――掴まってくるその手の温もりが暖かく、愛しかった。
「ハチはさ、夢ってある?」
 走り出して少しして、そんな質問が不意に飛び出た。
「おう! 誰よりも格好良い男になる!!」
「ふふっ、アバウトな夢だね。でも、ハチらしいかも」
「え、じゃあそっちは?」
「私? 私の夢はね」
 少しだけ間が開いた後、少女は言った。
「私の夢は――普通の女の子に、なることかな」 



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 76  「これからの当たり前の風景」




「あー、なんつーか、気ぃ抜けちゃったなー」
 朝の登校時、校門の所で春姫と合流、魔法科校舎へ向かう途中、そんな言葉が俺の口から漏れる。
「ふふっ、確かに、気持ちはわかるかな」
 MAGICIAN'S MATCH、色々あって有り過ぎた決勝戦も見事勝利し、俺達は優勝した。勝利の瞬間俺達は喜びを爆発させ、トロフィーと共に記念写真の時に俺達は喜びを爆発させ、学園に帰ってきてのOasisでの祝賀会で喜びを爆発させ。もう爆発させまくった。――そう、MAGICIAN'S MATCHは終わりを迎えたのだ。もう放課後練習をすることもない。小日向雄真魔術師団として活動することもない。……そう思ってしまうと、気も抜けてしまうのだ。
「おはよー、雄真くん、春姫」
「お早うございます、雄真さん、神坂さん」
「姫瑠に琴理。――お早う」
「お早う、姫瑠さん、葉汐さん」
 下駄箱の辺りで姫瑠と琴理に遭遇。そのまま四人で教室へ向かう。
「なんかさー、気が抜けちゃったよね。MAGICIAN'S MATCH終わってさ」
「ああ、それは今春姫とも話をしてたところ。ちょっとしばらくの間濃かったからなあ」
「わたしは途中からでしたけど、それでも十分に練習がある生活が当たり前だと感じるようになってしまってましたし」
 そんな感じで有り触れた会話をしながら歩いていると、
「ぱんぱかぱーん、ぱんぱんぱ――」
「教室まで猛ダッシュ!!」
 気付けば俺の脚は三人を置いて走り出していた。――嫌なフレーズが俺の後ろから聞こえた。でもそれに反応して振り返ったりツッコミを入れたり残り三人に説明して聞こえなかったフリをしようとかしたら俺の負けだ。逃れる為には問答無用でここでダッシュしかない!
 廊下は走っちゃいけないと知りつつダッシュ。教室まで逃げ切れば俺の勝ちな気がする。後少し、後少しだ!!
「――よしっ!」
 俺は教室のドアに手をかけ、一気に引いた!――ガラガラガラ。
「お早うございます、雄真さん♪」
 ズルッ。――俺、勢いのまま廊下を軽くスライディングタックル。……というか、
「……先ほど俺の後ろでファンファーレを鳴らしてませんでしたっけか小雪さん」
 何故俺の後ろにいてそのまま俺が猛ダッシュして駆け抜けて前方に確認出来なかったのに既に俺の教室のドアの向こうで待ちかまえているんでしょうこの人は。
「世の中には超常現象という物があるんですね、きっと♪」
「あなたが言うとリアルに聞こえるのでとても怖いです」
 まあ、それは兎も角、その、何だ。
「……この俺に朝から何の御用でしょうか小雪さん」
「MAGICIAN'S MATCHも終わり、平凡な生活に戻られました雄真さんに心機一転となるように新たに開発しました占いを特別サービスで、と思いまして」
 まあそうでしょうよ。それ以外の理由思い当たらない。特別サービスとか言いつつごり押しの時点で全然サービスじゃねえ。
「……わかりました。今回はダッシュで速攻で逃げたにも関わらずそれすら読んで教室で最初から待機していた小雪さんの勝ちでいいです。占い受けます」
「ではこちらへどうぞ♪」
 春姫と姫瑠も教室に到着し(琴理はC組なのでそのままC組へ行きました)、俺の机に移動。
「そういえば、新たに開発した占いって言ってましたけど」
「はい。――まずはこちらを適量、手に取って頂いて」
「この位でいいですか?」
「はい。そのまま元気よくこねましょう」
「こんな感じですか?」
「はい。あっと言う間にタマちゃんスペアの完成〜♪」
「やで〜」
「はあ」
「それでは占いの準備に入らせて頂きますね?」
「あれ今の一連の流れは?」
「誰でも出来るタマちゃん作成講座です」
「おいいいいい占いじゃなかったんかいいいい!!」
 凄い無意味な時間だったと思う。
「偶にはシンプルにカードでの占いでもと思いまして」
 そう切り出すと小雪さんは何処からともなく占い用か、タロットカードを取り出し並べて行く。
「では雄真さん、ちょっと手を出して頂いて宜しいですか?」
「あ、はい」
 俺が右手を差し出すと、小雪さんはその俺の手に自らの手を軽く重ね、
「エル・アムカイル・ミザ・ノ・クェロ……」
 詠唱を始めた。少しすると、俺の手に不思議な魔力が付加された感じがする。
「それではこの机の上から一枚、お好きなカードを選んで指差して下さい」
「えっと……じゃあこれ」
「こちらですね?」
 俺がカードを選ぶと、俺の右手に付加されていた小雪さんの魔力がフッと消えた。そのまま小雪さんが俺が選んだカードをめくる。
「雄真さん……雄真さんに、あらたな女難の相が」
「ぶっ」
「高峰小雪、それつまり我が主にハーレムキングのあらたなフラグが立ったと考えてもいいな?」
「俺の後ろのクライスさんポジティブ過ぎませんか!?」
 つーかある意味女難の相って日常茶飯事なんだけどな俺。
「あの、一応聞きたいんですけど解決方法とか、ラッキーアイテムとかあります?」
「これは……恐らく女性の方から迫ってくるかと思われます。ただその時確実に雄真さんは気を抜いているはずです。そして気を抜いたが最後、その女性の方と関係を持ってしまうことになる」
「……マジですか」
 小雪さんの占いの的中率は恐ろしく高い。気を抜いたら最後……か。
「わかりました。肝に銘じておきます」
「ふふふ、それが宜しいかと。――それではまた」
 小雪さんは穏やかな笑みを残して教室を後にした。
「雄真。――これからは、日々気を抜いて過ごせ」
「そんなに俺を窮地に追い込みたいですかクライスさん!?」
 まあ確かにあの占いが確かなら気を抜いたら誰か抱いちゃってるっぽいけど!! クライス大好きだけどそういうの!!
 そんな感じの、朝に風景。――この小雪さんの占いの意味を知り、俺はとても辛い選択肢を迫られることになるのは、また後の話。


 さてそんな小雪さんがいた朝も過ぎ、二時間目と三時間目の間の休み時間。トイレからの帰り、廊下にて。
「――それじゃ、そういうことで」
「ええ」
 俺の進行方向先で話をしている見覚えのある女子二人。――相沢さんと可菜美だ。程良く話が終わったのか、相沢さんが教室の方へ戻っていく。……挨拶がてら、話をしてみるか。
「お早う、可菜美」
「雄真。――お早う」
「珍しいね、休み時間に廊下でお喋りなんて。相沢さんと何かあったの?」
「打ち合わせしてたのよ」
「打ち合わせ?」
「ええ。今度の日曜日、二人で出掛けるのよ」
「へえ……」
 ちょっと、いやかなり予想外の答えが返って来た。可菜美と相沢さんが二人で日曜日お出かけ。言っちゃあれだが可菜美はあまりそういうのに進んで行くイメージがない。――と、俺がそんなことを考えていると、可菜美が軽くため息。
「本当、物好きが多いわよね」
「? どういう意味?」
「私と一度踏み込んで色々話とかしてみたいんですって。もっと仲良くなれる気がする、って」
「あ、成る程、それで誘われたんだ」
「普通、彼氏が出来たのにわざわざ日曜日を私の為に使う?」
「言いたいことはわかるけど、でも相沢さんらしいじゃん。俺は気持ちわかる」
 やっぱりね、とでも言いたげな顔で可菜美は俺を見る。
「……ぶっちゃけ、行くの嫌、とか?」
「どうかしら、自分でもよくわからない。――喜んで行く、ってわけじゃないけど特に拒む理由が見当たらなかったし。……もう、「友達」なんだろうし」
 可菜美は軽く寄りかかりながら、窓から景色を眺める。何となく、俺も並んだ。
「――あなたには、お礼を言わなきゃいけないのかもしれない」
「え?」
「土倉程じゃなかったけど、私はMAGICIAN'S MATCH、正直乗り気じゃなかったわ、最初」
「……そうなんだ」
 何となくそんな気は最初はした。――本当に、最初だけだったけど。
 知れば知るほど、仲良くなればなる程、可菜美は仲間想いの素敵な女の子だった。MAGICIAN'S MATCHだって、全力で、前向きに取り組んでいたはずだ。
「でも、あなたに、あなたを中心としたその輪に引きずり込まれたせいで、私はあなた達の仲間になった。――友達とか仲間とかなんて、もう一生出来ないって思ってたのに。いらないって思ってたのに、ね」
「……可菜美」
 もしかしたら――可菜美は昔、何かあったんだろうか。友達とか仲間なんていらないと思ってしまうような出来事が。
「私の世界が少しだけ広がったのは、あなたのおかげなんだと思う。――だから、ありがと」
 照れ一つ見せず、当たり前のように穏やかな笑みを横眼に見せて、可菜美は俺にそう告げる。――ドキッとした。相変わらず何かズルい人だ。
「お礼なんていいよ。俺はさ、普通に中の良い友達が増えて嬉しい、それだけだから。特別可菜美の為に頑張ったわけじゃない。普通に可菜美と仲間になれて仲良くなれて良かった、それだけ」
「そう。――つまりは女たらしなのね」
「何でそういう結論に達しますかね!?」
 俺のツッコミに、可菜美が笑う。――釣られて、俺もそのまま笑った。
 大丈夫だよ、可菜美。可菜美は、これからもっともっと、沢山友達も仲間も出来るさ。遅いなんてことはない。――今の可菜美なら、大丈夫だよ。……笑い合いながら、そんな風に思った。
「そういえば、可菜美は気が抜けたりはしてない?」
「どういう意味?」
「ほら、MAGICIAN'S MATCH終わって、俺何だかさ。放課後の練習ももうないって思うと」
「そういうことね。――気持ちはわからないでもないけど、でもこれで毎日無闇矢鱈と高溝の顔を見なくて済むかと思えば逆に清々するわ」
「……そう来ますか」
 随分俺とは仲良くなれたのに、結局MAGICIAN'S MATCHが終わってもハチとはまったく仲良くなれない可菜美。……まあいいんだけどさ。
「雄真、わかってる? あなたの大きな欠点なのよ? 高溝と親友とか」
「まあ可菜美が嫌いなのはわかるけどさ、何だかんだで付き合いも長いし、今更さ。悪い奴じゃないんだよ、あれでも」
 俺の言葉に、可菜美が軽くため息。――折角だから、可菜美とハチの関係改善とか試してみるか? 俺とだってここまで仲良くなれたんだ、不可能じゃないんじゃ?
「逆にさ、ちょっと考えてみよう」
「何を?」
「ハチのどの辺りを改善したら、可菜美はハチをそこまで毛嫌いしなくなるのか。別に友達になれとか言わないけど、もうちょっと嫌い度が薄くなるにはどうしたらいいか。――そうだ、ハチの嫌いな所、あえて一番は何処?」
「高溝の一番嫌いな所……」
「うん。そこが改善されたハチを想像してみよう」

『おーっす、梨巳さん!』
『…………』
『いやー、今日も暑いぜ! このままじゃ十二月は暑すぎて人類滅亡だな!』
『…………』
『それでさ、昨日偶々夜中に見たテレビでさ――』
『…………』

「こんな感じ?」
「いやあの、こんな感じって、具体的にハチの何処が改善された案なわけ? 可菜美のハチの一番嫌いな所は結局何処?」
「存在意義」
「おいいいいそこにいることを認識してなかったっていう想像かい!!」
 確かに改善されていたが何か根本的目的がずれるだろそれ。
「……もういいじゃない。さっきも言ったように、頻繁には会わなくなるわけだし」
「まあ、そうだけどさ、でも――」
「お、おーい、雄真ー! 雄真ー!」
 ふと俺を呼ぶそんな声。俺と可菜美は窓から軽く外を見ていた状態、その窓の下、つまり外からその声は聞こえてきた。……まあその、何だ。
「案外、縁まだあるんじゃないの?」
「一番嫌いな所改善した方がいいかしら」
「どんだけストレートな返しですか可菜美さん」
 ハチでした。丁度普通科と魔法科の間の渡り廊下で俺を呼んでいた。
「どうした、わざわざ俺に用事かー?」
「い、いやその、話……ええっと、あのさ」
 ハチは俺達の方を見て、なんだかモジモジしていた。――気持ちが悪い。何だあのモジモジ。
「相談かー? 話し辛いこととか時間かかることだったらちゃんと時間作るぞー? 土曜日の放課後とか日曜日とかでも――」
「!! だ、駄目だっ、日曜日は駄目だ、その、用事があるんだっ!! すまん!! じゃ!!」
 ピュー、と凄い勢いでハチは普通科の校舎へ走って帰っていった。……何だあいつ。
「変態で挙動不審とか逮捕される典型的パターン」
「……まあ、言いたいことはわかる」
 気持ち悪いとか思っちゃったしな俺も。
「そういえば、もう神坂さんとは別れる決意を固めたの?」
「何でしょうかいきなり」
 いきなり過ぎる。
「だって、日曜日神坂さんと何もなくて高溝を選べるんでしょう? 余程のこと」
「また極端な……あれだよ。相沢さんが土倉がいるのに可菜美を誘うのと近いことだって」
 デートが日曜日固定というわけじゃない。春姫に日曜日予定があったりもするし。
「そう。……ああ、それなら再来週私と何処か出かける? 二人っきりで。友達だもの、構わないわよね?」
「ぶっ」
 とても悪戯っぽい笑みを浮かべてそんな提案。相変わらず素敵なSっ気パワーですね可菜美さん。明らかに悪意がありますよねその提案。
「いや相沢さんと可菜美が行く、とわけが違うだろどう考えてもそれ」
「そうね、それじゃ他にも誰か誘いましょうか。――あ、葉汐さん」
「ぶっ」
 まあそこには見事なタイミングで通りかかる琴理さんの姿が。
「雄真さんに可菜美さん。どうかなされましたか?」
「再来週の日曜日、友情を深める為に雄真と出かける予定があるんだけど、葉汐さんもどうかしら? 三人で」
「いいんですか? わたしでよければ、喜んで」
「なら決定ね。細かい計画は後々ゆっくり立てましょう。――雄真、友達からの誘い、蔑ろにはしないわよね?」
「いやしませんがしかしですな」
「我が主としてはそちらにも色々覚悟はあるのかという確認がしたいというわけで」
「違いますよクライスさん!!」
 何を仰ってるんでしょうか俺の背中。そちら側の覚悟て。
「あ、そろそろチャイム鳴るわ。教室戻りましょう。――それじゃ、雄真」
「雄真さん、また」
「えー、あー、その、二人共、あの」
 行ってしまわれました。直後、実際にチャイムが鳴る。俺も教室へ戻らねばならない。
「……仲良くなれるのはいいんだけどなあ……」
 MAGICIAN'S MATCH終わっても、まだまだ俺の波乱は続くのか。そんな風に思いつつ歩いて、すっかり忘れてしまっていた。――ハチの、少し変だった様子など。


「――ご注文は、以上で宜しいですか?」
「はい」
「畏まりました。少々お待ち下さいませ」
 注文を終えると、ウェイトレスがお辞儀をして下がって行く。
「ここ、一度来てみたかったの。最近出来て話題になってたし」
 事実楽しみな表情を浮かべていたのは相沢友香。
「そうね、実際に美味しかったら素敵な彼氏さんと行けるし、美味しくなかったら私が犠牲になるだけで済むし」
「ぶっ」
 悪戯っぽく笑みを浮かべてそうコメントをしたのは梨巳可菜美。――水を含みかけていた友香が軽く吹く。
「べ、別に恰来とのデートの下調べで来てるわけじゃ――」
「でも美味しかったら行くでしょう?」
「そ、それは……ああもうっ!」
 日付は日曜日。友香と可菜美の親交を深める会、実施の日。朝待ち合わせをして、しばらくは軽いお喋りをしつつショッピング。その後カラオケへ行き、今に至る。
 現在地は瑞穂坂駅前に最近オープンしたレストラン。レストラン、と言っても高級な店ではなく、二人のような学生でも気兼ね無しに入れる値段や雰囲気の店。それでいて味が良い、と評判になっており、折角の機会だからと足を運んだのである。
「――でも、本当に今一歩わからない」
「? 何が」
「普通、付き合い始めて間もないカップルって出来る限り一緒にいたいものじゃないの? 日曜日なんて絶好の機会じゃない。仲良くしたくないとかそういうことじゃないけど、でもわざわざ今日を私の為に使うとか」
 それは、誘われた時からどうしても拭えない可菜美の疑問であった。――でも、友香は迷わずに答える。
「わざわざ、とかそんな感じじゃないわ。可菜美と正式に仲良くしたいって思ってたのは事実だし、確かに恰来とは出来るだけ多く一緒にいたいと思うけど、でもそれが理由で友達との付き合いが悪くなるとか納得出来ないし。恋人だって友達だって、同じ位大切だから」
「同じ位大切……ね」
「それに今日のことを言うなら、可菜美とは随分仲良くなれて打ち解けたと思うし。有意義にお釣りが来るわ」
 事実、二人は随分と打ち解けていた。「余所余所しいのは嫌」とまずお互い名前で呼び合うことを友香が提案する所から始まったが、気付けばそれに慣れ普通なり、気付けば踏み込んで話が出来る二人がいたり。
「打ち解けた……か」
「あら、可菜美は私と打ち解けたことに疑問でもあるのかしら?」
「そうじゃないわ。――ただ、人と打ち解けることが出来ない時間とか感覚とかに、私は慣れすぎてただけだから、少しだけわからなくなっただけ」
 可菜美としては、何気ない言葉だった。でも、何処か寂しさを思わせるその言葉は、友香の耳には少し引っかかって残る。――人と打ち解けることが出来ないことに、慣れすぎた。
「――どうしてあなたがそんな表情する必要があるのよ」
「えっ? あ」
 その引っかかってしまったことが表情に少し出ていたらしい。可菜美に指摘され、友香は初めて気付いた。――可菜美が少し笑う。
「何にどう思っているか知らないけど、今私は打ち解けた友人と休日、外で楽しく過ごしている。ただ、それだけよ」
「――可菜美」
「ありがと。――色々と、ね」
 最後の感謝の言葉は、短かったが、優しく大きな想いが込められていることが伝わってきた。
 間もなく料理が運ばれてきた。舌鼓を打ちつつ、二人はそのまま料理談義。お互い料理をするということもあり、情報交換をしたり、一緒に作ってみる約束をしてみたり。
 そんな流れで無事食事も平らげ、食後のコーヒーを飲んでいる時だった。
「……あら?」
「どうかしたの?」
「あれ、高溝くんよね?」
 友香に指摘された方を見ると、奥の方の席に、一人で座る見覚えのある姿。見間違え難い、インパクトのある顔。
「――ストーキングされてたのかしら。通報する?」
「考え過ぎでしょう」
 真剣にそう提案する可菜美に、友香は苦笑。
「でも、話題の店に一人で来るようなタイプ?」
「そう言われると……ああでもほら、待ち合わせとか。高溝くん、月邑さんと色々ありそうだし」
「月邑さんと……ねえ」
 そのまま少し観察していると、どうもハチは友香と可菜美の存在には気付いていない様子。更には何処かそわそわして落ち着かない素振りを見せていた。
「――ま、私達が気にすることもないことでしょうし。出る?」
「そうね、出ましょうか」
 可菜美の促しに、友香が頷き、立ち上がろうとした時だった。
「お待たせ」
 離れた位置で、そんな言葉が聞こえてきた。――見れば、ハチがいた席。つまり、ハチに向かってそう言っている人間がいる。
「やっぱり、誰かと待ち合わせだったみたい――」
 が――その光景を目にした瞬間、友香は途中で言葉が途切れた。驚きの余りに、である。可菜美も同様で、驚きのまま一瞬動けなくなる。
「友香……彼女って、確か」
「ええ……間違いないわ、許久藤学園の……」
 ハチの待ち合わせ相手は――許久藤学園選抜の一人、呂穂崎詩織だった。


<次回予告>

「……どういう関係なのかしら?」
「あの決勝戦で仲良くなった……とは考え難いわね。そうなると、以前からの知り合い……
でもあの高溝が……?」

偶然にも衝撃の瞬間を目撃!?
ハチが緊張の面持ちで会っていたのは、呂穂崎史織。

「正直、会ってくれるとは思わなかったから、感謝と同じ位、驚いてる」
「会ってくれると思ってなかった……?」
「だって――怒ってるでしょう? 何も言わずに、あなたの前からいなくなったこと」

何故二人は会っているのか、二人の関係は一体?
ハチは何を想うのか?

「三年前の言葉、もう一回、言えるようになりたい。あなたに伝えた、精一杯の言葉」

そして、彼女の口から伝えられていく、言葉が――

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 77 「相応しき世界で」

「私は特に希望はありません。……お二人とも希望がなければ、三人に別れて入れそうで
良さそうなお店を探すというのはどうでしょう? 見つかったら連絡をとれば」
「あ、それいいかも。雫は?」
「うん、私もそれでいいよ」


お楽しみに。



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