「くっ、どうなっているんだ……!?」
 MAGICIAN'S MATCH決勝戦会場、瑞穂坂学園側招待席。見晴らしのよいその席から見える光景は、最早完全に予想外の展開になりつつあった。――許久藤学園側の人間にとって。
 鈴莉と伊吹をここに置き動きを抑えることで、作戦の成功率を相当上げたつもりであった。ここで二人を監視しておく部隊はゆっくりと事の流れを待つだけのはずであった。
 だが実際は激しい攻防戦が下では繰り広げられていた。私設部隊を何個も雇い、完全なる布陣を布いていたはずの許久藤学園に対し、支援者・関係者・OB、OG・過去の対戦学園の選抜ら予想外の戦力が結束、数こそ少ないものの実力の高い人間が揃い、真正面から激突。一歩も譲らない所か場合によっては瑞穂坂が優勢かと思われる勢いを醸し出していたのだ。
 予定では、今頃既に許久藤学園の勝利が決まっている頃。――焦るな、という方が無理かもしれない状況だった。
「――さて、と」
 そして――そんな焦りを感じている許久藤学園側にとっては、更に痛手となる出来事。
「ふぅ……どうしても何だかんだで出しゃばらなきゃいけないのよね。そういう運命なのかしら」
「嫌ならそこで座っておればよい。私一人でどうにでもなる」
「それこそ嫌よ。ここまで勝手なことされて見ているだけなんて気分が悪いわ。少し位自分の手で「お説教」したいじゃない?」
 ガタン、という音と共に、当たり前のように伊吹と鈴莉が席から立ち上がる。
「っ、おい、大人しくしてろと――」
「大人しくしてろ? ふん、よくもまあこの状況下でそのようなことが言えたものだな」
「どう見てももう大人しくしている必要、なさそうだものね」
 ゆっくりと振り返る二人。この部屋から出すものかとドアの前を中心に身構える許久藤学園側部隊。
「まさかお主と曲がりなりにもツーマンセルとはな、御薙」
「あら、ツーマンセルをするつもりでいたの? そんなことをする暇もない位直ぐにこの場は片付けて外に出るつもりでいたんだけど?」
 見た目、とても歳相応には見えない小柄な少女、そして優しく穏やかな笑みを浮かべる大人な女性。――だがその見た目とは裏腹に、
「……っ!?」
 その二人からは、まるで心臓を縛り上げられるような苦しい鬼のような威圧感が醸し出されていた。
「私達二人をまとめて抑えておく案、適切だったと思うわよ?」
「だが所詮、貴様等で抑え切れれば、の話だがな!」
 ズガァァァン!!――この部屋から人の気配がなくなるのに、そう時間はかからなかった。 



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 75  「揺らぐことのない想い」




 激しい衝突音、止まることのない人の叫び声。――MAGICIAN'S MATCH、決勝戦の会場、フィールドの外では激しい混戦状態になっていた。
「ぎゃあ!」
「っ……怯むな、数はこちらが圧倒的に多いんだ! 数で押さえつけろ!」
 少数精鋭派の瑞穂坂に対し、圧倒的人数で押さえ込もうとする許久藤学園派。――確かに、これだけの人数を揃えていれば、数での勝利が出来るであろう。……本来ならば。
 要は、不確定要素であった瑞穂坂学園支持派の予想以上の多さに苦戦をしていた、というわけである。……特に、『彼ら』の存在は正に予想外だったであろう。
「達幸くんと時祢ちゃん、大丈夫かなー?」
「恐らくは大丈夫でしょう。達幸さんの知恵とサポート、時祢さんの力があれば。……寧ろ二人っきりなのをいいことに、イチャラブ状態かもしれません」
「時祢ちゃんのセクシーボイス、可愛かったもんねー。あれで興奮していた達幸くんが時祢ちゃんを草むらに引き込んで……キャー♪」
「野外プレイ……という物ですよね。聞いたことはあります」
「チカ、流石にそれは考え過ぎよ。状況が状況、あのタツユキが大事な局面でそんなピンチになるようなことをするわけが――」
「わかんないよーシェリアちゃん。あの達幸くんだもん、それすらを罠に敵をはめてるかもしれないじゃーん?」
「いくら何でもそれは……それは……ええっと」
「やりかねませんね、達幸さんなら。奇抜な作戦で敵を翻弄するのが真骨頂な人ですから」
「……まあ確かに、チカとナンの言う通りではあるんだけど」
「私達もさー、何か作戦考えようよ。達幸くんっぽく。『プラークコントロールって格好言いけど要は歯磨きのことだろ?』作戦とかどう?」
「略してプラだろ? 作戦ですね」
「……もしかしてそれって基本的なことをしっかりしておけば負けることはない、っていう意味合い?」
「おお流石シェリアちゃん!」
「別に作戦でもなんでもないじゃないの……」
「では、私達もこのままプラだろ? 作戦で頑張りましょうか」
「まあ……基本はそうね。――チカ、ナン、このまま右前方方向へ一斉攻撃、いくわ!」
「おっけー!」「はい」
 …………。
「友香さん……君は今、フィールドで厳しい戦いを強いられている。本当のことを言えば、僕は今直ぐにでも君の救援に行きたい。でも……今の僕に、その資格はない」
「芽口くん、中が心配なのはわかるけど、今は戦闘に集中してもらえるかしら? 数が多いから、一人一人の分担やチームワークが一層重要なシチュエーション、あなたならわかるでしょう?」
「でも……でも僕は、ここで精一杯君を応援している! 君なら大丈夫だと信じている! それに……それにっ、君には最愛のパートナーがきっと側にいるはずだ、そうだろう!?」
「芽口くん、だからね――」
「だから、僕はここで精一杯戦うよ!! そして全てが終わった時、君達を笑顔で出迎えるのさ! 優勝おめでとう、君の瞳に乾杯――」
「サンライズキーック!!」
 ドカッ!!
「ぎゃあああ!?」
 ゴロゴロゴロ。
「実夏ー、一人一人が重要なんじゃないの? ノックアウトしてるよあそこで?」
「いらないわよあれなら!! 精々攻撃に巻き込まれて吹き飛ばされてればいいわよ!!」
「じゃあ……粗大ゴミ……? 電話して日付指定しないと回収に来てくれない。ちっ」
「いや早季、あんたが舌打ちとかするとリアルで怖いから。――ま、でもおまけのおまけで芽口の気持ち、私はわかるかな。私だって本当は雄真を助けに行きたいし」
「結羽里ちゃん……ごめんなさい、あなたの気持ち、わからないわけじゃないの」
「大丈夫だよ、実夏。実夏の判断が正しい。余計な私情挟む人間が今は中に行くべきじゃない。陽菜も確かに友達作ってたみたいだけどしっかりしてるから感情には流され難い。単独は危ないけど陽菜が隣にいればまぎりんはウチのチームでは一、二を争う実力者。実夏がこっちで指揮を執ることを考えたら中に行くのは必然的にあの二人だよ」
「――ありがとう、結羽里ちゃん。頑張りましょう、中に行っている二人の為にも」
「当然!」
「……義永さん……僕は、やっとわかったよ……」
「芽口くん?」
「どうでもいいけど芽口復活早っ」
「敵は目の前じゃなく、己の心の中にいる……君はそう言いたかったんだろう?」
「……違うけど……冷静になってくれたのなら、それでいいわ」
「ああ……もう大丈夫だ。僕はこの己の弱さから目を背けていたから友香さんにこの手が届かなかったのさ……友香さん、やっとわかったよ、僕は、これまでずっと」
「わかったなら感傷に浸ってないでさっさと解決する努力をしなさいよトルネードキーック!!」
 ドカッ!!
「スプレーコンボ……ぷしゅー」
 プシュー。
「ぎゃああああああ!?」
 ゴロゴロゴロゴロゴロ。
「あ……敵が芽口の謎の動きに動揺してる……作戦通り……ナイススプレー私」
「……いや絶対偶然でしょ早季」
 …………。
「――チッ、何であの集まりはこの大事な時に仲間割れしてんだ」
「うん……余裕あり過ぎだよね……」
「その点、私達はチームワークも愛情もバッチリよね、元ちゃん!」
「テメエのはチームワークとかじゃなくてじゃれ合いなんだよボケ」
「――見てられません! 私、説得してきます! みんなで仲良く頑張りましょうって!」
「あー伊予ー、余計なことしなくていいぞー。お前はここで私達と一緒に戦ってればそれで大丈夫だからな」
「で、でもでも」
「テメエが行って収まるようなら苦労しねえんだよ、余計な真似すんなボケ」
「ひゃんっ! 元くんが、元くんが睨んで来ます〜!!」
「よしよし、大丈夫よ伊予ちゃん、あれは元ちゃんなりの愛情だから。ツ・ン・デ・レ」
「だからテメエは何でも都合よく受け取り過ぎなんだよ!」
「でも……私達より、中に一人で入った青芭ちゃん、大丈夫かな……」
「フハハハハ心配はいらぬぞ! 何故なら青芭はこの私の従者であり、既に愛の戦士となっているからだ!!」
「……その理由だと全然安心出来ないぞ、尊氏。――まあ、青芭なら大丈夫だと私も思うけど。愛子も心配するな、私達は私達で頑張ればいい」
「陽由香ちゃん……うん、そうだね」
「尊氏、青芭ちゃんの主ならもっと主らしい理由を言いなさい。愛の戦士とか馬鹿げてるわ」
「空さん?」「姉上?」
「青芭ちゃんは愛の戦士じゃない。――そう、愛の天使なのよ!!」
 ズルッ(元、愛子、陽由香の三名)。
「お……おおおお!! 確かに!! 流石は姉上!!」
「今度私、青芭ちゃんの為に大きな羽を縫って来ます!」
「あっ、いいかも! 青芭ちゃん絶対コスプレとか似合うわ〜!!」
「……頭痛え……こいつらを戦力として数えないと危なくなる自分が情けねえ……」
「は、ははは……」


 いつもと違うことをすると大抵の場合ロクなことにならない。――それは松永庵司が持つ教訓の一つである。
「……面倒臭い……やっぱり来なけりゃ良かったんだ……」
 実際にとても面倒臭がり屋の彼の口癖が、再び漏れた。――目の前に広がるのは、パニックにも程近い、かなりの混戦状態。……要は、MAGICIAN'S MATCH決勝戦会場、応援に来ていたら事件勃発して間もなくの彼の率直な感想だった、というわけである。
 事実、(彼にとって)余計なことをするとロクなことにならないし、わざわざ足を運ぶのも面倒だったので行くつもりはなかった。数日前野々村夕菜が誘いに来た時は「うん、行けそうだったら行くよ」みたいな感じで誤魔化せた。ところがその夕菜が誘いに来た直後、屑葉が誘いに来た。いや誘いに来るというよりもお願いに来た。とても期待する眼差しで来れないか聞かれた。物凄い断り辛い目で聞かれて、つい行くと言ってしまった。――結果、今に至る。
「……どうすっかな」
 パッと周囲を見渡し、あらためて状況を確認。――こっそり一人で帰ろうかと思ったが流石に難しそうだった。
 逆にこっそり一般人のまま何もしないで解決するまで座って待つ、というのは可能そうであった。――だが、混戦状態の様子を見る限り、瑞穂坂側で「根本的な解決の方法」に気付いている人間がいそうにない。
「……気付いてないんじゃなくて、実行出来るタイプの人間がいないだけ、か」
 これは時間がかかりそうだった。――さっさと帰りたかった庵司は、致し方なく動くことを決意。観客席から立ち上がり、スタスタと混戦状態の近くへ向かって歩いて行く。
「!! お前も瑞穂坂側の人間か、喰らえ!!」
 ズバァン!
「ぎゃあ!」
 ――途中、何人かが攻撃をしかけてきたが、歩きながらカウンターで一撃ノックアウトにしつつ。辿り着いたのは試合フィールドの近く。ドーム状になっているそのフィールドを見上げて数秒考える。見た感じ自分が考えた作戦は「可能」そうだった。
「後は……っと」
 きょろきょろと周囲を見渡すと、見知った顔を発見。
「野々村さん」
「え? あ――松永さん! よかった、無事だったんですね!」
 混戦の一角で、縦横無尽に攻撃魔法を放ちまくっていた野々村夕菜である。
「あーうん、まあ。――でさ、今日あの子……聖ちゃん、だっけ。来てない?」
「聖ちゃん、ですか? 来てますよ、呼びましょうか?」
「いやある程度の方向さえ教えてくれれば俺が自分で……ってこの状態で呼べるわけ?」
「はい。ちょっと待ってて下さいね?」
 夕菜、そう告げると自分の目線よりも上に魔法陣を構築。そして、
「ひーじーりーちゃーん!!」
 その魔法陣に向かってそう叫んだ。――するとその声が魔法陣を通ると、一気にボリュームが増加。まるでその声が文字になって飛んだが如く会場を突き抜けた。……要は、魔法で音量を単純に増やしたのである。
「……面白い魔法使うんだな、野々村さん」
「あっ、これわたしが編み出したんじゃないんです。わたしの学園時代のお友達が考えてくれたんです。蒼也くんっていって、聖ちゃんの彼氏でもあって、事の馴れ初めは」
「って野々村さん説明いらないいらない! よそ見してるから危ないって!」
「え?――あ!」
 急いで黒刀を振り抜き、違う方向に集中が傾きかけた夕菜に向かってきていた三人を一気に吹き飛ばす。
「ありがとうございます、助かりました……わたし、ついいっつも」
「……まあいいよ。野々村さんらしいと思うし」
 ふぅ、と庵司は軽くため息。――相変わらず侮れない娘さんだよ、この子。色々な意味で。
 そのままお互いの背中を任せる形で少しの間戦っていると、こちらも攻撃しながらの移動で聖がやって来る。
「夕菜、どうしたの……って」
「よう。――悪いな、俺が頼んで呼んで貰ったんだ」
 二人が顔を合わすのは、屑葉の騒動の時以来である。――庵司はそのまま左手の黒刀で、試合会場となっているフィールド、つまりドームを示す。
「あのドーム、不自然な魔法の層で包まれてるの、わかるか?」
「ええ。――恐らくあれのせいで、試合会場のフィールドも相手側に有利な何かが起きているはず」
「そこまでわかってるなら早い。――俺と君で、あの魔法の層、壊そう。あの中が落ち着けば全体的に収束に向かう速度が上がるはずだ」
「確かにそうですけど……でも、そう簡単に破壊は」
「あの手の魔法の層は確かに普通に魔法球に対する防御力は高いが、恐らく「斬る」系統の攻撃には比較的弱いはずだ」
「!! そうか、二人なら」
「気付いたみたいだな。――二人でクロスで切り続ければそこまで時間はかからない。君と俺の実力があれば尚更だ」
「わかりました。――夕菜、冬子を呼んでくれる?」
「おっけー。――とーうーこーちゃーん!!」
 先ほどと同じ要領で、今度は夕菜が静渕冬子を呼ぶ。――こちらも来るまでにそう時間はかからず到着。
「……はあ」
 直後、庵司は冬子を見て、感心と呆れのため息を思わず漏らしてしまった。
「松永さん? 冬子ちゃんがどうかしました?」
「いやさ、野々村さんの友達、どれだけレベル高い人間揃ってるんだよ、って思って。基礎能力もそうだけど、彼女、そこの聖ちゃん程じゃないけど接近戦も可能だろ」
「っ」
 要は、一目見ただけで庵司は冬子のレベルの高さを見抜いたのである。
「聖、夕菜……この人」
「あっ、心配しなくていいよ冬子ちゃん、この人はね、わたしのお店の隣で魔法具修繕のお店をやってる松永さん! わたしはお店のことでいつもお世話になってるんだよ! 事の馴れ初めはね――」
「ってだから野々村さん説明よりも回り見て回り!!」「って夕菜説明よりも回り見て回り!!」
「え?――あ!」
 今度は庵司に加え聖も一緒に攻撃、夕菜を守る形になる。
「ありがとうございます、松永さん、ありがとう聖ちゃん……わたしついいっつも」
「頼むぜ野々村さん……」
 庵司、聖と共に今度は純粋に呆れのため息。
「……まあいいわ。夕菜と聖が普通にしてるってことは、あたしが色々とやかく言う必要はなさそうだし」
 冬子としても先ほどの攻撃で庵司に対して思うことはあったが、今はそれを追求している状況ではないので余計なことを考えるのは止めておいた。
「聖、手短にあたしを呼んだ理由を」
「ええ」
 そのまま庵司の案を聖は冬子に提案する。
「冬子にはそのまま私が抜ける分のフォローをお願いしたいの。茜さんも抜けちゃったし、厳しくなるだろうけど……」
「わかった、こっちはあたしがどうにかしておく。さつき達の位置を少しずらして夕菜を監視下に置けばどうにかなると思うから。――夕菜、ほんじゃかばんばん使いなさい」
「う……だ、大丈夫だよ冬子ちゃん、今度はちゃんと――」
「使う」
「うう……はーい……あれ、好きじゃないんだけどなあ……」
 あの技、この子に仕込まれたのか。――庵司は傍らで軽く感心した。
「それじゃ冬子、後はお願い。――行きましょう、松永さん」
「ああ」
 その場の戦闘を二人に託し、庵司と聖は移動。軽い打ち合わせをし、お互い離れる。
「よっと」
 庵司がドームの外周のワンポイントに到着。直後そこから外周四分の一を行った所に聖も到着する。
「それじゃ、始めますかね」
 黒刀に魔力を込め、両手で刃を下に向けて持ち、庵司はドームを駆け上りながらそのドームを包む魔法の層を切る。聖もほぼ同時にスタート。お互い円の中心を通って真っ直ぐ進めば、丁度その中心でお互いがクロスするような形になる。反対側に辿り着いたらクイックターンをし、再び駆け上り、お互いクロス。その繰り返し。
 地味な様だが、事実一番効果がある方法であり、聖と庵司という二人の超一流の剣の使い手がいるからこそ出来る技である。ズババババ、と激しい衝突音を響かせ、二人は駆け続ける。
 二人が魔法の層を破壊するのに、時間はかからないであろう。――また一つ、確実に光明が見え始めていた。


「クソッ……黒山の奴、しくじるとはな……!!」
 MAGICIAN'S MATCH決勝戦会場、非常口へと続く通路を、一人の男が小走りで走っていた。――許久藤学園理事長、高柳である。
 試合を含め、会場の戦況は確実に瑞穂坂側に傾いてきていた。この場で負け、自分がこの場に残っていては自分の責任問題になるのは当然のこと。
 自分の地位を危うくするわけにはいかない。――優勝こそ逃しても、せめてこの場からいなければ最悪今の自分の地位は守れる。選抜チームの監督である黒山に全ての責任を押しつけて、自分は何も知らなかったことにしよう。その手筈を頭で必死に練りながら、脱出を試みていたのだ。
 現に乱戦の会場のせいか、この非常口まで来てしまえば人影はいなかった。脱出は容易かと思われた――その時だった。
「っ!!」
 高柳の足が止まる。通路の途中で、腕を組んで軽く壁に寄りかかる人影。高柳に気付くと壁から離れ、通路の真ん中にゆっくりと立ちふさがる。
「許久藤学園理事長、高柳様でいらっしゃいますね?」
「……君は」
「申し遅れました。――法條院家次期当主、法條院深羽様が従者、錫盛美月」
「法條院……」
 嫌な汗が、高柳の背中を流れる。
「観念して頂けるのであれば、メイドとして会場中央まで安全にご案内致しますが、如何致しますか?」
 穏やかな笑み、凛とした姿勢を崩さず美月はそう告げる。――裏を返せば、少しでも余計な動きをするのなら、強硬手段に出る、という意味合いの脅迫ではあるが。
「……馬鹿にするなよ」
「と……仰いますと?」
「私は伊達や酔狂で許久藤学園の理事長になったわけではない。一人の魔法使いとして、ここまで上り詰めたのだ。君の実力が高くても、君一人位は――」
「そうですか」
「――!?」
 言葉の途中で既に美月は高柳の後ろに移動しており、
「滅殺」
「がはっ!!」
 高柳がそれに気付いた時には、既に美月は「エンジェル・サイズ」を展開しており、一閃され――意識を、無くしていた。
「ならせめて、この程度は回避して欲しかったですね。……フフフ」
 倒れた高柳を見て、美月がそう軽くいつものように笑う。さて、どうやって引っ張っていくか、と思っていると――パチパチパチパチ。
「!?」
 不意に聞こえてくる拍手の音。――そこには、先ほどの美月と同じように壁に寄りかかり、美月に拍手を送っている人影が。
「相変わらず見事な腕だな、美月君。見ていて惚れ惚れするよ」
「……久琉未さん」
 伊多谷久琉未、その人であった。――美月は瞬時に周囲を警戒するが、
「安心するといい。君と私の接触に気付いている人間はいない。よって君と私が「同じ組織に属している」とこんな所でばれたりもしない。その程度の警戒、流石にしてから接触するさ」
「――それもそうですね、あなたがそんなミスをするはずもない」
 そう言われ、警戒を解いた。ふぅ、と軽く息を吹く。
「何をしていたんですか、今まで。今回は手紙を書いて私に託さなくても、出撃命令が正式に出ていたはずですよね?」
「まあな。実際いざとなったら出るつもりでいたが、瑞穂坂側に戦力が集まっていたし、君もいたし、ギリギリまで控えようと思ってね。現に私が出なくても収拾したじゃないか」
「相変わらず自由ですね。あなたを見ていると私が普通に思えてくるから不思議です」
「そう言うな。表向き法條院家のメイドであり、お陰で第一戦闘許可が絶えず下りている君と違って私は迂闊に戦うことも許されないんだ。可能ならば介入しない方がいいに決まっている」
「それが小日向君と親しくなったあなたの台詞ですか?」
 美月は軽く呆れ顔。久琉未は何食わぬ顔。――実際、美月は自分は少し変わっているという自覚はあるが、久琉未には勝てないな、とこういうことがある度に思っていた。
「しかし、大体予想した通りの小物だったな、高柳とやら。――「繋がり」があるとは思えん。私が出撃する必要があったのか?」
「私は表向きの立場上、動けなくなる可能性がありましたからね。万が一、ということでしょう。楓(かえで)辺りの案で」
「ふむ。まあ、楓君のやりそうなことではある、か。――しかし美月君に潔く戦いを挑む辺りまでは面白かったんだが、な。偶には君の「羽」が見れるかと少しは期待したんだが」
「久琉未さん、私を馬鹿にしてますか? この程度の事ある度に使う程度の実力ならば、私はここにいませんよ? それに――」
「あんな物――使わないに越したことはない、と?」
「…………」
 思った通りの言葉を言われ、美月は一瞬言葉を無くした。
「そうだね。確かに、君の言う通りだ。君の「羽」だけじゃない。私の「翼」、楓君の「左腕」だってそうだ。私達の力は、私達の意思に反している。使わないに越したことはないさ。――でも」
「わかっています。――いつか、使わなければいけない時が来る」
「うん。いつか……ね」
 少しだけ優しい目で遠い目で、久琉未は通路の先を見る。いつか――自分達は。
「――未来は遠いな、美月君」
「でも……きっと、近いですよ。悲しい位に」
「そうか。――君は強いな。愛すべき人達を悲しませる勇気が、出来ているのだから」
 久琉未はそう言い残すと、ゆっくりとその場を後にする。
「違いますよ、久琉未さん。――私は勇気がないから、今でもあなた達と一緒にいるんです」
 その美月の呟きが久琉未に届くことは――なかったのだった。


「うわ……なんて言うか、凄いな……」
 俺はその光景に今の状況をつい忘れ、感嘆してしまった。
「うん……流石にこれは考えてなかった……」
 俺の横の琴理も同じような状態。
 まあ何があれって、少人数で動くのは危険、中央近くに行って出来るだけ他のメンバーと合流しようと動いていたら他のメンバーも同じことを考えていたらしく、このブロックは味方で一杯になっていた。
 しかもただ味方が一杯になっただけじゃなかった。俺と琴理の所に青芭ちゃんが来てくれたように他のメンバーにも外部からの援軍が到着していた。
 アイウォッシュ・フロム・セカンドフロアーズより、杏璃の旧友二名。
 ブレイブナイツより、(結羽里曰く)一番の巨乳の子と、名家の子。
 タカさんにクリスさん。
 そして我らが監督、成梓先生。――以上、青芭ちゃんを含めると八名の援軍が来ていた。
「あっ、雄真くんと琴理!」
 俺達二人の姿を見つけた姫瑠が手を振ってくる。俺達も小走りで駆け寄った。
「二人共、無事だったんだね、よかった」
「うん。――俺達の所にも、助けが来てくれてさ」
 ペコリ、と青芭ちゃんが頭を下げた。
「メンバーも……全員無事?」
「うん、上手い具合にみんな集まってこれたみたい。雄真くん達が最後」
「そっか。――良かった」
 単純にアウトにされなかったということは、敵の思い通りにはならなかったということだ。この混戦の中それは嬉しい。
「これ以上、敵の増援はないみたいね……油断は出来ないけど、このまま進みましょう」
 先頭にいた成梓先生の一声で、俺達は動き出した。メンバーに増援も加え、二、三十人の大軍。
「……何か、心強いなあ」
 こういう時、仲間って本当に強いし、ありがたい存在なんだなって思う。この大軍は、通じあえた信じ合えた結果なんだと。
 そのまま暫く進軍していると――
「……!!」
 前方に、見えてくる十人前後の人影。――最後の敵か。
「どうもこんにちは。逃げ足の速い許久藤学園の黒山先生?」
「くっ……!!」
 成梓先生の一言に、苦虫を噛み潰したような顔になる人が。――そう確か、試合前に挨拶に来ていた相手側の監督の先生だ。……会話から察するに、成梓先生と戦闘になって不利になって一旦退いたっぽいな。
「今更、降服勧告とかそんなことをするつもりはありません。ひと思いに、一気に決めさせて頂きます。――全員、準備はいい? 疲労が大きい人は無理はしないで後方に下がって」
「はい!」
 成梓先生が身構えると同時に、全員が身構える。後方に下がる人はいなかった。大小みんな疲労はあるだろうけど、きっとそれ以上に気力がみなぎっているんだろう。かく言う俺も疲れを忘れ、当たり前のように身構えていた。――これが、最後の戦い。勝利は、優勝は目の前だ。
「ぐ……呂穂崎、前へ出ろ! まだだ、まだチャンスはある! 時間を稼ぐんだ!」
 黒山に促され、私設部隊じゃない、呂穂崎さんを初めとした許久藤学園の生徒が四人、前に出てきた。――まだアウトになっていなかったのか。いやそんなことよりも。
「生徒を盾に使うなんて……それでよくも今まで教師としてやってこれたわね……!!」
 更に怒りをあらわにする成梓先生。――成梓先生じゃなくても、誰もが怒りを覚える光景だ。教師は生徒を導き、守る存在。現に俺達の成梓先生はそういう人だ。でも相手はまるで逆。……怒るな、っていう方が無理だろう。
「――ますますあのタコぶっ潰したくなったな、直接。……クリス、やるか?」
「そうね。前衛の生徒達をスルーして、ダイレクトに狙う。――動きを間違えなければ、私達のツーマンセルなら出来るはず」
「楓奈ちゃん、ウチらもやらへん? ウチと真霧ちゃんで囮になれば楓奈ちゃんのスピードならやれるんとちゃう?」
「ミッコ、私達もやろう。こういう時の為に移動術の練習をしてきたんだ」
 一部が盾として前に出された生徒達を倒さず黒山を直接叩くという黒山にとって屈辱的な勝ち方を計画し始めた――その時だった。
「!?」
「え……!?」
 盾として前に出ていた許久藤学園の生徒四人が、百八十度ターン。俺達に背中を見せ、替わりに黒山に対して身構えた。
「呂穂崎……小見山……桂馬……織部……お前達、何の真似だ……!?」
「……もう、先生のやり方にはついていけません」
「何……だと……!?」
「四人で、話し合って決めてました。先生が強硬手段に出るようなら、私達は力付くでも先生に歯向かって食い止めようって。優勝なんて、いらないって」
 呂穂崎さんが代表して話してはいるが、実際他の三人も意思は固いようで、しっかりと身構えたまま隙を見せない。――自然と、俺達は事の流れを少し見守る形になる。
「何を言ってるのかわかってるのか……自分達の立場がわかってるのか……!? お前達、学園にいられなくなるぞ……お前達どうして許久藤にいられるのかわかっていないのか……!?」
「わかっています」
「なら――!!」
「それでも――守りたいんです、私達に芽生えた、この気持ち。四人で決めた、この想いを」
 四人は体勢を崩さず、ゆっくり後に下がる。――つまり、そのまま俺達の方へ近づいて来た。
「瑞穂坂の皆さん。――後は、宜しくお願いします」
「……あなた達は、それでいいの?」
「はい。何があっても、私達四人は仲間。――そう、決めてきましたから」
「そう、わかったわ。あなた達が、それでいいのなら」
 成梓先生はまるで自分の教え子を見るように優しい笑顔で、四人を見た。そして――
「みんな。――行くわよ!」
 戦闘開始の号令を、出した。俺達は同志撃ちにならないように気を配りつつ、一斉攻撃を開始。――三十数人対八人という圧倒的な戦力差に、
「くそ……くそ……くそおおおおおお!!」
 俺達が負ける要素など、何処にも含まれていなかった。あっと言う間に全員をアウトに持ち込む。
「…………」
 一瞬、俺達に訪れる静寂。何を発すればいいのか、これからどうしたらいいのか。――多分、全員そんな感じだったんだと思う。
『みんな、無事にこのアナウンス、聞こえているかしら?』
 そんな戸惑いを打破してくれたのが、そんなアナウンスだった。異変があってから流れていた機械的な物とは違い、人間味ある――というよりも、聞き覚えのある声。
「母さん……?」
 その声の主は、母さん――御薙先生だ。
『試合会場の混戦状態も、無事収拾したわ。フィールドのドームに仕掛けられていた特殊な魔法層も、聖ちゃん――沙玖那さんと松永さんが破壊した』
 聖さんと松永さん、か。――わかっていたことだが、外は外で凄い人達が集まっていたんだろうな。間違いなく香澄さんとか錫盛さんとか暴れてたと思うし。
『許久藤学園は、今回のことは高柳理事長と黒山先生、二人による独断であるとして、直接の責任は二人にあるとしてきてるわ。でも今回の横暴を止められなかったことに対する謝罪と、決勝戦の敗戦を認めたわ。今のこの戦闘の結果が、決勝戦の結果として残ることになる』
 今のこの戦闘の結果が結果。――それって、つまり。
『MAGICIAN'S MATCH、優勝は瑞穂坂学園選抜チーム、小日向雄真魔術師団に決定。――みんな、おめでとう!』
 言っていることの意味はわかる。――でも、突然のことで、現実味が沸いてこない。それは俺だけじゃないようで、メンバーもそれぞれキョロキョロ、顔を見合わせていた。
「……俺達、優勝……した、のか?」
 でも――徐々に浸透してくる、現実味。湧き上がってくる、喜び。各々から零れ始める、笑顔。
「やった……やった……やったーーー!!」
 そして気付けば全員が喜びを爆発させていた。ハイタッチ、抱擁、手を取ってグルグル回ってみたり、とにかくジャンプしてみたり。
 優勝。――色々あったけど、本当に、優勝したんだ、俺達。
「さあ、みんな落ち着いて。会場に転送で戻って、応援してきてくれた人達に報告よ!」
「はい!」
 その時の俺達の笑顔は――何よりも、誇らしげで、輝いていただろう。


 瑞穂坂学園選抜、小日向雄真魔術師団。MAGICIAN'S MATCH――優勝。


<次回予告>

「あー、なんつーか、気ぃ抜けちゃったなー」
「ふふっ、確かに、気持ちはわかるかな」

MAGICIAN'S MATCHも優勝という最高の形で終え、迎える新たな日常。
普段に戻ることに違和感を覚えつつ、またいつも通りの日を迎える雄真達。

「――あなたには、お礼を言わなきゃいけないのかもしれない」
「え?」
「土倉程じゃなかったけど、私はMAGICIAN'S MATCH、正直乗り気じゃなかったわ、最初」
「……そうなんだ」

得た物、残った物、それぞれにあり、それは大きく。
それらを胸に、新たなる一歩を彼らは踏み出して行く。

「相談かー? 話し辛いこととか時間かかることだったらちゃんと時間作るぞー?
土曜日の放課後とか日曜日とかでも――」
「!! だ、駄目だっ、日曜日は駄目だ、その、用事があるんだっ!! すまん!! じゃ!!」

そして、MAGICIAN'S MATCHが終わり、一人また様子が変わった人間が――!?

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 76 「これからの当たり前の風景」

「友香……彼女って、確か」

お楽しみに。



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