後枢隆彦。――雫の元婚約者であったが、昨年冬、クリスマス前の騒動の末、婚約を破棄された男である。
 後枢はその後、姿を消していた。ハチも雫も、もう二度と会うことなどないと思っていた存在。それが――今、目の前にいる。雫の誘拐犯の首謀者として。
「どういうことだ! 今更、何の為だ!」
「決まっている。当然、復讐の為ですよ」
「復讐……!?」
「ええ。――去年のクリスマス、私が受けた屈辱は、実に耐え難い物でした」
 眼鏡をクイッ、と直しながら、冷静な面持ちのまま後枢は続ける。
「婚約も結婚も、双方で合意の下での話でした。お互いに愛がないことも重々承知の上だったはず。それが直前になって、君達のような何の変哲もない、社会を知らずに理想ばかり語る学生の些細な行動、言葉で、破棄されてしまった。――私が組み上げていた人生のレールが、プランが、君らのような餓鬼共によって台無しにされてしまったんですよ。君らはいい。私との婚約を破棄し、後は平々凡々と生きていけるのだから。でも私はどうなる? 婚約を破棄され、周囲に見下され、何もかも失った私はどうなるんですか? ふざけてる! 私の人生を壊した報いを、受けさせてやる! そう決めたんですよ、あの日からね!」
 力強い言葉で、後枢は言い放つ。ハチとの睨み合いが続く。
「私は月邑という肩書きを使い、もう一度のし上がる。あの日組み上げた人生のプランを、もう一度やり直す」
「そんなこと、雫ちゃんが従うとでも思ってるかよ!」
「彼女に何かして貰おうだなんて思ってませんよ。私が欲しいのは肩書きだけ。適当に追い詰めて、精神崩壊でもして貰って程よく言い成りにするだけです」
「何だと!?」
「方法なんていくらでもありますよ。薬漬けにしてもいいし、他にも耐え難い屈辱を与え続けて絶望の渕に落としてしまってもいい。――そうですね、手始めに雇った男達全員でこの場で君の前で犯してあげましょうか」
「っ!?」
「何の為に君を呼んだか、わかっていますか? 君にも耐え難い屈辱を与える為ですよ。君が必死の想いで助けた彼女が、君の目の前で犯され、壊れていく。君はそこで指を咥えて見ることしか出来ない。――さあ、やってしまいなさい」
「っ、このおおおお!!」
 ハチが雫に駆け寄ろうとした、その瞬間。
「っ!?」
 バリバリ、という音と共にハチは身動きが取れなくなる。
「忘れないで頂きたいですね。――私はこれでも、一流の魔法使いなんですよ。一般人の君など、どうにだって出来る」
「ぐ……お……おおお……っ……!!」
 地面にいつの間にか出来た魔法陣の中で、ハチは固まってしまう。
「後枢さん、それじゃこの娘、やっちまっていいんですか?」
「ええ。自由に性欲を満たして下さい」
「あいよ。――おい」
 リーダー格の男が指示を出す。雫を縛っていた紐がナイフで切られ、そのまま直ぐに仰向けにされ、両手両足をそれぞれ一人ずつが抑え、まったく身動きが取れない状態にさせられる。
「や……止めろ!!」
 徐々に確実に、ハチを襲う現実。恐怖の視界。
「こんな所でこんな上玉を自由に出来るなんて、これで金まで貰えるんだから、美味しい仕事だぜ」
 当然ハチの言葉には耳を貸さず、リーダー格の男が雫の腰の辺りに馬乗りになる。
「止めろ!! 止めてくれえええ!!」
 叫ぶハチ。でも体は動かない。男の手が、雫の着ていたシャツの裾を掴み、ゆっくりとたくし上げ始めた――
「っ!?」
 ――かと思われたその瞬間、辺りを光の花吹雪が包んだ。一瞬、その美しい花吹雪に誰もが目を奪われると、
「がっ!?」
「ごほぉ!?」
「ぎゃあ!!」
「ぐへえ!?」
「ぐわっ!!」
 響く五人の悲鳴。それぞれ雫の両手、両足を押さえていた四人、そして馬乗りになっていたリーダー格の男である。
「な……誰だ!!」
 その悲鳴にハッとして見ると既にそこに雫の姿は無い。
「――やっと尻尾を見せてくれたわね、後枢隆彦」
 代わりに聞こえてきたのは、そんな言葉だった。雫の目隠し、猿ぐつわを外し、優しく立たせると、ゆっくりと振り返り、後枢達と対峙する。
「沙玖那聖……!!」
 雫を助けたのは、他でもない。――沙玖那聖、その人だった。
「あの騒動の後、何も直接仕掛けてこないあなたは不気味だった。例えば慰謝料でも請求されたら場合によってはこちらが不利なはず。でもあなたは何もして来なかった。普通に諦めた可能性もゼロではなかったけど、もっと大きな何かを企んでいる。――私はそう考えて、警戒を怠ることはなかった」
 冷静に、後枢を見据えながら聖が説明を始める。
「事実、あなた「らしき」人物が裏で暗躍しているという噂は耳にしていた。でも確実にあなたであるという証拠はなかったし、何よりもほとんど動きを捉えられず、こちらから手を出すのは難しい状態だった。――そんな頃、私達は瑞穂坂に戻れることになった。これはそちら側にしてみれば大きなチャンスのはず。だから、私はあえて警戒を緩くした」
「私を誘き出す為にわざと隙を作り、誘拐させた……そう言いたいわけですか」
「ええ。会いたかったわ、あなたに。これでやっと、一連の月邑家に関する事件に、終止符を打つことが出来る。――決着を付けさせてもらうわ」
 冷静に、かつ堂々と聖は言い放つ。その毅然とした姿は、強く逞しく、美しいもの。
「聖、さん……?」
「ごめんなさい、雫。怖かったでしょう? でも本当に確実にこちらに隙が出来た、と思わせるには、あなたにも計画を話すことは出来なかった」
 この雫に手を出させて逆に後枢を見つける、というのは聖の単独での作戦案。雫も知らされてはいなかった。
「あの男の性格からして、あなたを誘拐して無闇に手を出すとは考え難かった。必ずこちらが屈辱を味わうような方法を選んでくる。例えば――そう、高溝くんをあえて呼んで、彼の前で……とか、ね。そういう方法を選んでくる時間があるなら、私はあなたを救い出す自信があった。――あまり許される方法じゃないのはわかっているわ。でも……出来れば、わかって欲しい」
 申し訳無さそうな顔をする聖に、雫は直ぐに笑顔を作り、首を横に振る。
「大丈夫。聖さんの言うことだから、信じる」
「ありがとう。ここは私が抑えるから、二人はこのまま学園まで逃げて。――高溝くん」
 聖がハチの名前を呼ぶと、パリン、と音を立ててハチを拘束していた魔法陣が消える。――聖が後枢の魔法陣に対し、キャンセルをかけたのだ。
「雫のこと、お願いね? 私はここで彼らを抑えなければいけないから、学園まで、雫のことは、あなたが守って」
「は……はいっ!」
「ありがとう。――二人共、行きなさい」
 ハチと雫、一瞬目を合わせ、そのまま二人で走り出す。
「勝手に言いたいことを言っているようですが、逃がすとでも――」
「追わせるとでも――思ってるのかしら」
 ズバァァン!!――その行動は、余りにも早かった。後枢が指示を出し、今正に追おうとしていた二人が、ピクリと動いた瞬間に、聖の先制攻撃により吹き飛ばされる。
「……!?」
 今この場に、聖の攻撃モーションを確認出来た人間はいなかった。――それ程までに聖の攻撃は早かったのだ。
「ここから先は、誰一人通さない。――瑞穂坂の聖騎士の、名に掛けて」
 静かに鋭く、鬼のような気迫が辺りを包んだのだった。 



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 69  「九十六パーセントの絶望」




「はっ、はっ、はっ……」
 真夜中の山を、ハチと雫は駆け抜けていく。――二人に出来ることは、一分でも一秒でも早く学園に戻り、雫の無事を完璧な物にすること。
 二人を守る為に戦っている聖の為にも、ミスなど許されない。――その想いを胸に、二人は走る。
「っ、いたぞーっ!!」
「!?」
「待ち伏せ……!? 先輩っ!!」
 後枢が用意した傭兵は、あの場にいる人間だけではなかった。何かの為に用意してあったのか、結構な人数がザザッ、と姿を現す。
(っ、どうしたらいいの……? 戦えるのは私だけ、でもこの数じゃ……それに今回だけは、私が犠牲になるわけにはいかない……!!)
 雫も急いで身構えるが、かなりの危険を感じていた。結論を見出せないまま戦闘に突入するかと思われた――その時だった。……パァァン!!
「え……!?」
 相手の先制攻撃を、「黒い」レジストがそれぞれハチ、雫の前に現れ、見事に防いだ。――黒いレジスト。当然、扱える人間は二人しかいない。
「月邑さん、高溝くん、大丈夫? 怪我はない?」
「あー、よくわかんないんだけどさ、ここは俺達の担当らしいから。行っていいぜ」
 柚賀屑葉、松永庵司の二人が、二人を守るように姿を見せた。――何故二人がここに、と思っていると、
「沙玖那さんから事情は聞いてるから。だから、早く」
 その屑葉の一言で合点がいく。――聖は、既に待ち伏せ等に対しての対策も用意していたのだ。
「――ありがとうございます!」
 ならその言葉に従い、先に進むべきだろう。その判断をした雫は、ハチを促し、再び走り出した。
「……あのさあ、屑葉ちゃん」
「あ、あの……出来れば、呼び捨てでお願いしたいんですけど……」
「――へ?」
「松永さん、騒動の時は呼び捨てでしたよね? 松永さんには、名前、呼び捨てで呼んで欲しいな、って……その、駄目ですか?」
「まあ、それは構わないんだけど」
 一方の、二人と言えば。
「でさ、屑葉」
「はい、何ですか?」
「今更だけどさ、何で俺わざわざ呼び出されてるわけ?」
「お友達のピンチだったんです」
「いや別に俺は彼らのお友達じゃなくない?」
「そうなんですけど……私、松永さんに手伝って欲しかったんです。……その、駄目でしたか?」
「あー、その、なんつーかさ……そういうわけじゃないんだけどさ」
 俺、絶対あの時感情に流されて余計なこと言った。――庵司の脳裏がその結論で一杯になる。
「まあいいや。――ここ片付けたら、帰っていいんだよな?」
「あっ……その」
「……まだ何かあるわけ?」
「出来れば、学園まで送って欲しいな、って……あの、駄目ですか?」
 何処か期待の眼差しで庵司を見る屑葉。
「……それ終わったら、帰っていい?」
「あ、はい! ありがとうございます」
「いや、いいんだ。よく考えたらこんな時間に女の子一人で歩かせるわけにもいかねえしな」
 でも俺は強引に呼び出された身分なんだけど、とは言えない庵司である。
「すみません。我が侭に付き合って貰ってるってわかってはいるんです。今度お礼に、お菓子作って、松永さんのお店、行きますね」
「いや別にそこまでしてくれなくてもいいって」
「あ、その……駄目、ですか? 行ったら」
 少し不安そうな上目遣いで庵司を見る屑葉。
「あー、いや、そういう意味じゃねえんだけどさ」
「よかった。一生懸命作りますから」
 パッ、と嬉しそうな笑顔に変わる。……一方で、
「……あー、その、あのですね」
 何だこの控え目なごり押しは、と何処となく矛盾した疑問しか浮かばない庵司である。俺をどうしたいんでしょうかこの娘さんは。てか何してんだ俺。
「とりあえず、現状何とかしちまうか」
「はい、頑張りましょう」
 庵司と屑葉の二人対後枢が用意した待ち伏せ部隊その一、戦闘開始。


「あっ、来ました! 高溝さんと雫さんです!」
 庵司と屑葉に見送られ、少し行った所で、そんな声が挙がる。
「あれは!」
「深羽ちゃんに藍沙ちゃんに……それに式守さん……!!」
「雫っ、こっちこっち!」
 手招きしている深羽を始め、藍沙、そして伊吹の姿。
「まったく、こんな夜に法條院からの電話など嫌な予感しかしなかったんだが、案の定か」
「でも電話したらしたでソッコーで来てくれたじゃん」
「ふん、勘違いするな。私はお主らよりも多く月邑の一連の出来事に関わって来た。ここで何もせずにおかしなことになったら目覚めが悪くなるから来ただけだ」
「伊吹ー、そういう言い方するならちょっと言い方変えようよ。「べ、別に好きで来たんじゃないんだから、ただ偶々眠くなかったから来ただけなんだからねっ!」とか」
「誰がするか!!」
「べ、別に好きで来たんじゃないんですからね、ただ偶々眠くなかったから来ただけなんですからねっ!」
「何故に藍沙っちが言うかな!?」
 違うんですか!? と言わんばかりの藍沙の表情に、状況を忘れ苦笑する面々。
「兎に角、ここは私達に任せて下さい!」
「でも――」
「大丈夫だって雫、伊吹も私もいるし、それにこの時間に私がここにいるってことはさ」
 スタッ。――上空から不意に着地する人影が一つ。
「暗闇に紛れて人知れず悪を切り裂く、人呼んでメイド仮面、参上!」
 …………。
「……何でも、メイドは清楚なる職業だから、一定以上遅い時間、つまり夜、外でメイドとして活動しちゃいけないらしいんだ。だから変装して来たんだと」
 仮面を被っている以外はメイド服で全然変装になってないのはご愛敬と言えばいいのか。
「ってなわけで、戦力的にも問題ないからさ」
「みんな……」
「行け、月邑。私を無駄足にさせるでない。式守の次期当主を足止めに使う位だ。――失敗など、断じて許さんぞ?」
 言葉こそ厳しいが、その口調には、伊吹なりの優しさが込められているのが雫にはわかった。
「ありがとう、深羽ちゃん、藍沙ちゃん、伊吹ちゃん、錫盛さん!」
 だからこそ、仲間の想いを汲み、ハチと共に再び走り出した。
「……今あやつ、私のことを伊吹ちゃん、と呼んだか?」
「あー、そう言えば呼んでたね。無意識じゃない? 友情ゲージアップ的な感じなんだよ」
「ふん、私の許可も得ずに勝手に友情など感じおって」
「あ、伊吹、私も今伊吹に物凄い友情を感じた。呼び方変えたい」
「お主の変えるはロクなものではないだろうが!」
「私も今あなたに友情を感じた。一緒にメイド仮面をしないかしら」
「絶対に嫌だ!!」
 伊吹、深羽、藍沙+メイド仮面対後枢が用意した待ち伏せ部隊その二、戦闘開始。


「来たわ! 高溝くんと月邑さん!」
 伊吹達から離れてしばらく行くと、再び見知った顔が四人。
「相沢先輩、土倉先輩、梨巳先輩、武ノ塚先輩!」
「ここは俺達が何とかする、そのまま突っ走れ! ここももう直ぐ敵が来るぞ!」
「学園までもう少し。他の追手は他のメンバーが抑えてるし、追加の追手は成梓先生が抑えてくれるらしいから。――いざとなったら、そこの覗き魔を捨ててでも学園内まで逃げなさい」
「ちっ、違うんだ梨巳さん、俺は覗き魔じゃなくて」
「改名しなさいよ。高溝まさし」
「嫌だあああああ!!」
 俺、一歩間違えたらまさしにされたかも、と思うと敏は冷や汗が出た。
「聞いてくれ梨巳さん、俺は決して覗きがしたかったわけじゃなくて」
「女子メンバーを襲いたかったんでしょう? やっと総合性犯罪者だって認めるのね。今度風紀委員会で取り上げて全校生徒に注意を呼びかけるわ」
「ぎゃああああああ!!」
 頭を抱えて項垂れるハチ。心底ハチが嫌いな可菜美ならやりかねないと思う他三名。
「……とりあえず、行け、高溝。お前がロリコンでも覗き魔でも超変態でも救いようがない助平でもマーシーでも総合性犯罪者でもいい、俺達はお前達を逃がす為に来てる」
「真顔で俺の称号を増やすな土倉ァァァァ!! 畜生、いつか、いつか見てろよぉぉぉぉ!!」
 叫びながらハチは雫と共に走り去った。
「まったく、世話の焼ける。――月邑さんって、怖くないのかしら。いつ襲われるかもわからないのに。本当の敵は隣で一緒に走っている変態じゃない」
「違うだろ……」
「でも……何となく、私は応援したくなるわ、あの二人。一生懸命って言うか、目的に向かって走る姿って素敵じゃない。どんな障害が今までにあって、これからどんな障害があるかわからないけど、こうして手伝うことで上手くいってくれるなら」
 二人を見送りつつそう口にする友香は、その言葉を疑いようもない穏やかな笑顔。
「……救いとか奇跡とかハッピーエンドとか、そんなに簡単に手に入る物じゃない」
「恰来?」
「俺は知ってる。世の中、そう上手くはいかない。都合よく誰かがいつでも助けてくれるわけじゃない。奇跡を願っても裏切られる。幸せを願っても、所詮夢で終わってしまう。俺は、身を持ってそれを知っているから、奇跡なんて願わない。……でも」
「……でも?」
「それでも、奇跡が起こる確率は、ゼロパーセントじゃないことも、俺は知ってる」
「あ……」
 チラリ、と友香を見て恰来は軽く微笑む。――何のことを言っているかは、一目瞭然だった。
「だから、俺が手を貸すことであいつらの奇跡が起こる確率がほんの少し、一パーセントでも上がるなら――俺は、手を貸そうと思う」
「そうね。それなら――ここに四人いるから、最低でも四パーセント、確率が上がるわ」
「じゃ、残りの九十六パーセントは高溝が堕ちて行く、でいいのね?」
「いやだからお前それ極端過ぎる」
 可菜美の一言に対する敏のツッコミ。――だが、ここには違う方向性から可菜美のコメントを見る人間が。
「自分が一パーセントになることは否定しないのね、梨巳さん?」
 その友香の問い掛けに、可菜美は軽くため息。
「ええ。手を抜くつもりはないし。仲間だって認められている間は、ちゃんと全力でやるわ」
 相変わらず照れ一つ見せず、クールにそう可菜美は言い切る。
「……どうして梨巳さんって結構な割合の生徒達からあまり良い評価の話を聞かないのかしら。私、梨巳さんは人として凄い素敵な物を持っていると思う」
「あなたとは違うのよ。私は人の心を変えるだけの力なんて持ち合わせていない。自分の考えをぶつけて、気が合わなかったらそれまで。気が合わない人と無理して仲良くなりたいとも思わないし」
「……うーん」
「……相沢さん?」
「うん。――何となくだけど、私、梨巳さんとはもっと交流を持てば、物凄い仲良くなれる気がするわ」
「……は?」
「今度、プライベートで時間作って遊びに行かないかしら、友達として。あなたとは恰来の件で喧嘩した位で、直接の交流ってあまりなかったもの。一度、ちゃんと話がしてみたいわ」
「……物好きね。どうして小日向雄真魔術師団って、こう片寄った物好きが多いのかしら」
 ため息混じりでそう口にする可菜美を見て――敏は、実際友香と可菜美は近い将来、深い友情で結ばれるだろう。そんな気がしていた。
「……三人共、来るぞ。敵だ」
「ええ」
「おう!」
「頑張りましょう!」
 恰来、友香、可菜美、敏対後枢が用意した待ち伏せ部隊その三、戦闘開始。


「っ!!」
「琴理、どうした?」
「足音が二つ、走っている感じで近付いてくる。高溝と月邑だろう」
 そういえば琴理は集中すると五感が良くなるって言ってたな。――恐るべし、エージェント琴理。
「? 美女を抱く時に精力が何倍にもなるお前と同じ仕組みだろう、何を恐れるんだ?」
「こんな時までそんな弄りですかクライスさん!?」
 だから頼むから読むな人の心。
 ――俺が楓奈と混浴であれこれなっている間に、とんでもないことになっていた。
 雫ちゃんの誘拐。
 単身奪回に向かうハチ。
 それを全て予測していた聖さん。
 俺は部屋に戻るや否や他のメンバーと共に収集され、今回のことを説明された。
 詳細を考える暇はなかったが、でも聖さんとその仲間達の人が立てた作戦を信じ、俺達は数人のグループに分かれ、ハチの防衛に向かっていた。俺と一緒に動くのは既に俺とのツーマンセルが当たり前になった琴理、
「琴理、敵の気配はする?」
「いや――高溝と月邑に比べると、明確なものは」
「集中、お願いね。琴理のガードは私に任せて」
「うん、頼む」
 その琴理、俺と相性が良い姫瑠、
「あのインテリ、どれだけしつこいのよ! ぶっ飛ばしてやるわ!」
 杏璃、
「うん、頑張ろう、杏璃ちゃん。――こんなこと、許すわけにはいかない」
 春姫の計五人。ハチと雫ちゃんが通ると予測された道で、警戒を怠ることなく待機中。
「来たっ、ハチ!」
 姫瑠の指摘した先から、走ってくるハチと雫ちゃんの姿が見えた。
「雄真、それにみんな……!!」
「よう、ハチ。大丈夫みたいだな。――ここは俺達の担当だ、そのまま行け!」
「貴様の為にというのは癪に障るが、それでも貴様に何かあってMAGICIAN'S MATCH影響するというのはもっと癪に障る。――行け、高溝」
「雫ちゃん、私や琴理は去年のことはわからないけど……でも、今は仲間だから、精一杯戦うから。ここは任せて!」
「ハチ、いざとなったら死んでも雫ちゃんは守りなさいよね!」
「高溝くん、月邑さん。立ち位置こそ違えど、戦う気持ちは同じだから。頑張りましょう!」
「皆さん……」
「大丈夫。俺達は、大切な物を守る為なら、負けない」
 そう、いつだってそうだった。――今回だって、負けるわけにはいかない。こんなことをしてくるような腐った奴に。俺達は真正面から戦って、勝利してみせる。
「――ありがとうございます! 後で必ず、学園で!」
 雫ちゃんは素早くでも大きく俺達に向かって頭を下げると、ハチと共に走り出した。
「大切な物を守る為なら負けない、か。――そうだね、決めたもんね。今度は私達が友達の為に戦う番だって」
「ああ。恩返し……とか、そんな小さなことに拘るつもりじゃないが、でも仲間の為に戦える。――魔法を会得して、良かったと思う」
「姫瑠、琴理……」
 助けられた身、助ける身、そして恩返しとかそんな風に考えるわけじゃない、か。
「あたし達だって黙ってないわよ! 目に物見せてあげるわ!」
「誰一人やられたって、月邑さんが悲しむ。――絶対に、負けられない」
「ああ。――やるぞ、みんな!」
 俺、杏璃、春姫、姫瑠、琴理対後枢が用意した待ち伏せ部隊その四、戦闘開始。


<次回予告>

「寧ろ、あなたが私を過小評価しているようだ」
「どういう意味かしら?」
「私が、あなたのことを計算に入れていなかったとでもお思いですか?」

加速していく、雫誘拐事件の戦い。
事件も終幕へと無事向かって進んでくれるのか?

「当然、彼らも私が雇った者達です。そして隠し球は彼らだけではない。
状況に応じて、徐々に、徐々に投入していきますよ。あなたが何処まで持つか、見物ですね、沙玖那聖。
――さあ、どんどん踊って見せて下さい」

雫を守る為、ただ一人囮となり剣を振るい続ける聖。
卑劣な後枢の策が休みなく彼女に襲いかかる。

「決着をつけましょう。あなたと私、一対一で」

果たして聖の運命は?
そしてハチと雫の運命やいかに?

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 70 「願いの魔法」

「もしも、願いが叶うなら――先輩なら、何をお願いしますか?」
「え……」


お楽しみに。



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