「……お、お、お、おおお」
 視界に入る、バスタオル一枚の女子メンバーの姿。濡れた髪、肌。身に纏っているのはバスタオル一枚ということでギリギリの露出、ハッキリとわかるボディライン。若々しい色気に溢れていた。色々な意味で危なかった。
 そして俺に集まる一斉に視線。
「……失礼致します」
 やけに丁寧な挨拶をして俺は中に入る。――いやこれ女子の訓練じゃなくて俺の訓練になってませんか。
(落ち着け俺……焦るからいけないんだ、普通に風呂に入ると思えばいいんだ)
 俺は小声で念仏を唱えつつ、まずは体を洗う為に空いている鏡の前へ座ることに。
「雄真くーん、いらっしゃーい」
 後ろの方で声が聞こえるが、多分空耳だろう。俺は雑念を消して、体を洗う準備に入る。
「雄真くーん?」
 何となく声が真横に移動している気もするが気にしない。
「雄真くーん」
「うおぃ!? 何故にお前は俺と鏡の間に無理矢理割り込んで来るかな姫瑠さんよ!!」
「あ、聞こえてた」
「流石に聞こえるわい!」
 というわけで、ファーストコンタクトは姫瑠。最初からこれはきつい。何でこいつこんなに可愛い顔してスタイル良いんだ。濡れた体でバスタオル一枚とかヤバ過ぎるだろ。
「いいか姫瑠、入浴中は俺の視界に入らないように」
「? どして?」
「どうしても」
「訳・姫瑠はかなり可愛いしスタイルも良いので濡れた体でバスタオル一枚とかで俺の視界に入られると色々な物が欲情してきてしまうではあーりませんか」
「訳すなああああ!!」
「お前が理性をキープ出来るようにツッコミを入れる個所を語尾に用意しておいたのに」
「内容に問題アリだよ!!」
 言われてみれば確かにその語尾は何処から来たんだ。
「そっかー……えへへ、ありがと。雄真くんにそうやって可愛い、とかスタイルが良い、とかストレートに言って貰ったことなかったから、そういう意味じゃこの企画賛成して良かったかな」
 姫瑠は本当に嬉しそうな顔をしながら、無理矢理割り込んできた状態から引く。――ああもう、その嬉しそうな顔がまた可愛かったりするからなあ。……とか考えていると。
「むぎゅー」
「っおおおおおおお!?」
 そのまま姫瑠に後ろから抱きつかれました。――姫瑠にはよく前からも後ろからも抱きつかれてるが、これはヤバイ。感触があまりにもダイレクト過ぎる。
「可愛いって言ってくれたことの、お礼だよ?」
 耳元で囁かれた。大衆の目がなかったら多分現時点で俺は姫瑠をここで抱いてると思う。その位の勢いで俺の理性削られた。――と、ここへ来て俺の理性ポイントが。
「姫瑠さん、今回の趣旨、わかってるの? 姫瑠さんが雄真くんを誘惑する為の設けられた時間じゃないんだから!」
 春姫である。まあここで割り込みは当然か。何となくいつもの感じがして俺の理性少し復活。姫瑠も俺から離れる。
「でも、雄真くんと仲良くしないと今回の趣旨も意味がなくなるじゃん」
「姫瑠さんはやり過ぎなの!」
「じゃあ、程々にしておけばいいんだよね? はい雄真くん、それじゃ背中、流してあげる」
「え」
「姫瑠さん、だから――」
「はい、いくよー」
 姫瑠、春姫を無視して俺の背中を洗う準備を開始。
「っ……!!」
 当然黙っている春姫ではない。何を言っても止められないと判断したか、強引に姫瑠の横に並び、姫瑠の邪魔及び自分も俺の背中を洗う準備を開始。――まあそれつまり、
「じゃ、背中洗うからねー」
「雄真くん、それじゃ肩は私が」
「腕は私がやるね?」
「手は私が」
「腰も私」
「髪の毛は私」
「顔は私!」
「耳と首は私!」
 モシャモシャモシャモシャモシャモシャ。――よくわからない間に泡人間になる俺。
「あのなあ、二人共」
「お湯、流すねー」「お湯、流すからね?」
 バシャンバシャンバシャンバシャン。――お前らドリフのコントか。
「ええい気持ちはわかるが二人共一旦落ち着いて――」
「最後の一掛けは私がやる!」「最後の一掛けは私がするの!」
 ズッバシャアアアーン!!
「ぶはああ!!」
 勢いのまま吹き飛ばされる俺。お湯でノックアウトとか人生初。どんな勢いで俺にお湯かけてんだよあの二人は。――ドシン!
「げほ、ごほっ……」
 曖昧な視界のまま、でも何とか俺は現状を把握しようと意識を傾ける。――ムニュ。
「……ん?」
 ムニュムニュ。――そう、神経を状況把握に傾けたのはいいんだが、やたらと顔面に軟らかい感触が。浴場の床ってこんなに柔らかかったか? 何ていうか、豊満というか。
「え……えっと、あの、センパイ、その」
「この声……深羽ちゃん?」
 やがて水も切れ、徐々に視界がハッキリしてくる。俺は深羽ちゃんに完全に覆いかぶさる形になっていた。どうもあの二人に勢いで吹き飛ばされた時、吹き飛ばされた先に深羽ちゃんがいて巻き添えにしてしまったらしい。で、床だと思って俺が顔を埋めていたのは深羽ちゃんの胸の谷間――
「ってごごごごごめんっ!! 違くて、そのっ!!」
 やってしまいました。事故とはいえ、俺の顔、深羽ちゃんの胸の谷間に挟まれている状態。その軟らかく大きな感触は年下とは思えない位の信じられない物が――ってそうじゃなくて!!
「急いでどくから――うおっ!?」
 急いで起き上がり、兎に角間合いを置こうと思って移動する為に振り返った瞬間、また何かにぶつかった。また視界が塞がれる。つい勢いのまま両手で掴んでしまったが――
「……その、雄真さん、確かにいかなる覚悟も出来てますとお伝えはしたんですが……あの、あまり皆様の前でオープンに、というのは……わたしも、心の準備がありますし……」
「へ?」
 この声、穏やかモードの琴理だ。……って言うことはだ、今俺が掴んでるこれは。
「――って違っ、そういう合図じゃなくてその、ごめん!」
 やってしまいました再び。事故回避で事故発生。深羽ちゃんから離れる為に急いで動いて結果ぶつかってしまったのは琴理の……まあその、ヒップというか。バスタオル越しとは言え、俺は顔をうずめ、両手で完全に触っている状態。柔らかくでも適度に引き締まった感触が――なんて感じている場合じゃないぞ俺!!
「兎に角――うおっ!?」
 急いでその手を退かして起きた――のはいいんだが、焦っていたらしく、起きたら起きたで今度は足を滑らせてまた転んでしまう。勢いで倒れたまま少し滑って辿り着いた先には。
「きゃあああああ!?」
「ぐえっ」
 杏璃がいた。倒れて俺は滑っていたのでこのままだと下から杏璃のバスタオルの中が見えてしまう――と思われたギリギリの所で杏璃がしゃがみ、両内ももで俺の頭を掴み、バスタオルの裾で俺の視界を無理矢理塞ぐ。
「アアアアアンタ何考えてるわけ!? こっこの変態っ!!」
「違うんだ、事故だっ!!」
 しかし、この状態は状態でまたマズイ。軟らかい両ももに挟まれる俺の顔、現在こそ杏璃のタオルで視界が塞がれて何も見えないものの目が慣れたり少しでもそれがずれたりすると杏璃のバスタオルの中の世界を俺は目にしてしまうことになるのだ。危険過ぎる。
「さささっさとどきなさいよ変態っ!!」
「どきたいのにお前が足で頭を押さえつけてるんだよ!! 足どかしてくれ足!!」
「いっ、今あたしのもも触ったわね!? この痴漢!!」
「最早痴漢でいいから足を外せ!!」
 そんな格闘をしていると、相沢さんがやって来て仲介に入り、杏璃は何とか足を外せば俺は離れるということに気付き、俺は解放された。顔を真っ赤にして怒ってるんだか照れてるんだかどっちだかわからない杏璃は実にツンデレっぽくて可愛い――いやもうそんなこと考えてる場合じゃない。
「そうだな、逆にいかに触って抱いてドンガラガッシャンになるかを考えるべきだ」
「そういう意味合いでもねえ!?」
 やっぱり俺は心の中をあっさりと読まれる運命らしい。――今はもうどうでもいいけどな!! 



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 68  「KING OF HAREM -3rd Stage-」




(洗い場は危険だ……湯船に浸かろう)
 軽くフラフラになりながら、俺は湯船に入る。
「あれを事故で連続で体験出来るんだから、本当に大したものね」
 と、入るや否やそんな台詞がお出迎え。――声のした方を見れば。
「可菜美か」
 先に湯船に入っていた可菜美が俺を軽く白い目で見ていた。――まあ、仕方ないだろうな、見られるのは。うん、俺も客観的立場だったら間違いなく白い目で見るよ。
「まあその代わり我が主は今は梨巳可菜美を興奮した目で見ているわけだが」
「クライスさん確かに連れて来たの俺ですが無駄に火種作るの止めて貰えませんかね」
 まあ可菜美も一定以上見たら戻ってこれなさそうな位ドキリとさせてくれたけどさ、その格好とか。
「まったく、これの何処か視線を感じる訓練になるっていうのかしら。だから私は反対だったのよ」
「あ、やっぱり反対だったんだ」
「当たり前じゃない。こうなるの大体わかってたし。代表者一名っていうのが不幸中の幸いよ。高溝なんて入られた日には間違いなく私今日一日お風呂我慢したわ」
 まあ、この状況下、ハチだったらもう俺とは違う方向性でとんでもないことになっていただろう。警察に何もしていないのに通報されるかもしれない。表情とかだけで。
「あれ、じゃあ可菜美は誰に投票したの?」
「あなたよ」
「俺?」
「ええ。高溝以外だったら誰でも良かったんだけど、逆に言えば高溝にしない為には高溝以外で一番投票数が多い人に入れるのが確実。そう考えるとあなたが一番多そうだったから」
「成る程な……」
 表情一つそう告げてくる辺り、実に可菜美らしい。
「……でも、あれを見る限り、あなたを選んだのも失敗だったわね」
「え?」
 軽く促され、視線を動かしたその先では、春姫と姫瑠がまあ揉めたまま。二人とも並んで座って体を洗いながら激しい討論中。
「全然落ち着いて入る気分じゃないわよ、あれじゃ。責任取ってどうにかしなさい」
「……はい」
 確かに、根っ子にあるのは俺の責任だろう。――意を決して、俺は湯船から呼びかけることに。
「春姫、姫瑠、あのだな」
「雄真くんは黙ってて!」「雄真くんは黙ってて!」
 ズバドバズバババズッバシャアアアーン!!
「ぬおおおお!?」
「きゃあっ!?」
 名前呼んだだけで何処からともなく大量のお湯が飛んできた。最早人間業じゃねえ。あの二人ツーマンセルとかで組ませたら色々な意味でとんでもない強さになりそうだ。
 そのお湯の勢い、当然近くにいた可菜美も巻き込まれた模様。悲鳴聞こえたし。
「ぶはっ……ふぅ、可菜美大丈夫か――」
 と、視界も晴れてきたので可菜美が無事かどうか確認する為にその姿を探そうとすると、
「…………」
「……あ」
 どうも勢いで流されてきたらしく、可菜美は俺の目の前にいた。というよりも完全に俺に抱きしめられてる状態でした。
「真の男とは、こういう機会を逃さない奴のことを言うのだ。――小日向雄真」
「何故俺の名言っぽくそこで表現してるんでしょうかねクライスさん!!」
 先ほど後ろから姫瑠に抱きつかれた時とは違い真正面から感じる感触というか直ぐ目の前にいるこの感覚というか……じゃなくてだな!!
「とりあえずごめん可菜美!!」
 俺が急いで離そうとすると――
「ストップ。ちょっとそのまま」
「……え?」
 可菜美の制止命令。言われるままに俺はストップ。つまり抱きしめたまま。
「ストップって、いやでもこれは」
「今の衝撃で、バスタオルが落ちる寸前」
「……え」
「多分今あなたが離したらそのまま落ちる」
 言われてお湯の中を確認してみると、確かにバスタオルがかなりずれ、その分かなり露出してしまった可菜美の胸が――
「これ以上下を向いたらどうなると思う?」
「はいすいません」
 俺、命が惜しいので急いで視線を戻す。
「これ以上下を向いていると、小日向雄真の理性が限界になります」
「確かに間違っちゃいないが今その指摘もいらん!!」
 見たのは一瞬だったが確かにあれは危なかった(主に俺の理性が)。ギリギリまで露出された体、そして流石に恥かしいか少し顔を赤くして上目使い俺を厳しく監視している可菜美。ヤバイ、この組み合わせは強力だ……ってそうじゃなくて!!
「今から直すから、今のこの状態をキープ。これ以上強くても弱くても駄目。視線は上」
「はい」
 言われるままに俺は可菜美から視線を外し、天井を見上げる形に。それを確認したか、可菜美は俺の腕の中で少し窮屈そうにもぞもぞと動き出す。――これは何の拷問でしょう。適度な力で抱きしめてる中で動くのでどうしても時折不可抗力的に軟らかい感触が俺の腕とか胸とかに当る。しかも最初に見たギリギリ露出と恥かし気味な可菜美の表情が俺の頭から離れない。
「息子よ。――俺の知らぬ間に、大きくなったものだな」
「クライスさん詳細説明が出来ないボケはマジで勘弁して下さい!!」
 何が息子よ、だ。――言いたいことはわかるし実際今かなり危険なのだが。
「直した。もういいわ」
 しばらく危険な状態が続いたが、その可菜美の一声で俺は視線を戻し、可菜美を離す。
「一概にあなたのせいとは言えないから責任追及はしないけど、今起きた出来事を人に話したりするのはタブー。わかるわよね?」
「あー、うん」
 俺だって恥ずかしくて説明出来ないっての。――と、俺の意思を確認すると、可菜美は湯船から上がる。
「あれ、戻るの?」
「今日はもういいわ。全然入ってる気がしないし。――それじゃ」
 可菜美はそう俺に告げると、途中春姫と姫瑠に二、三分程説教をして(流石に二人とも素直に反省していた)脱衣室へと消えていく。
「……俺も戻るか」
 色々ハプニングはあって美味しい思いもしたが(事故とか不可抗力とかだからな!)風呂にまったり、という気分はまったくもって味わえない。このままいてもまた何かハプニングに巻き込まれてしまいそうな気がしたので、俺は上がることにする。
「何だ、もう上がるのか?」
「クライス。――お前としちゃそりゃもっといた方が楽しいだろうけど、俺の精神が限界だよ……」
「いや、上がることに関してはいいんだ。私も十分閲覧したしな。……ただな」
「? ただ、何だよ?」
 ガチャッ。――脱衣所へのドアを開けながらクライスにその意味を尋ねると。
「今脱衣所に行けば明らかに梨巳可菜美の着替えの場面に遭遇するんじゃないのか、とな」
「……あ」
 言われた通り、そこには上下白い下着姿の可菜美さんがいらっしゃいました。俺、ドアを開けた状態で硬直。可菜美、どうも上の下着を付け終わった直後らしく、背中に手を回した状態で硬直。そして――
 
 ――そして、速攻で着替え終わった可菜美に、俺はバスタオル一枚のまま正座で十分程説教を喰らうのでありましたとさ。
「逆に考えろ雄真。あの純白の下着姿、十分の価値があるぞ」
「俺は何も覚悟の上で行ったんじゃない!!」
 まあその……ねえ。忘れられない光景でしたけど。うん。ねえ?


「――あれ? 小日向、どうした?」
「ん、いやちょっとな」
 混浴タイムからしばらくして、消灯時間まで残り四十分といった所。俺は一人、男子部屋を後にする。
 ちなみに混浴タイムに関してだが、そりゃもうハチに根掘り葉掘り聞かれた。説明すると面倒なことになりそうなので説明しなかったがそこは野生の感が働くらしく、俺が何かあったことを察して物凄い羨ましがられた。
「高溝殿、何がそんなに羨ましいのだ?」
「信哉……お前にはわからないだろうな、女子メンバーとの混浴がどれだけ美味しいことかということが……」
「混浴……成る程、裸一貫の時こそ人間の真の強さが見えてくるというもの!! 高溝殿、明日は任せろ! 俺が高溝殿の肉体をしっかりと見てやろう!」
「気持ち悪いこと言うんじゃねええええ!!」
 ――なんて予想通りのやり取りがあったのは余談だ。
 さて、俺は今浴場に向かっている。――要はあの混浴タイムでは全然風呂に入った気がしなかったので、あらためて一人で落ち着いて入りたいと思ったので、こうして一人こっそり足を運んでいたのだ。湯船のお湯はもうないかもしれないが、シャワーは出せるだろう。
 寝る前に軽くひと風呂。そんな軽い気持ちで浴場を目指していた。――すると。
「あれ? 雄真くん?」
 後ろから声が。振り返ってみれば。
「楓奈か」
 一人廊下を歩いている楓奈がいた。
「どうした、こんな時間に」
「うん、これからお風呂なの」
「……風呂?」
「急の御薙先生のお使いがあって、皆と一緒の時間にお風呂入れなかったの。で、この時間になっちゃって。シャワーだけでも、って思ってたら、気を使ってくれてたみたいで、私が入るまではちゃんとお湯も温めたままでいてくれるっていうから、今から」
「そっか……」
「雄真くんは?」
「いや、実はな」
 俺、ちょっと苦笑気味に事情を説明。
「っていうわけで軽く入ろうかと思ったんだけど……楓奈が入るなら、俺は遠慮するよ。俺は一応一回は入ったんだし」
 と、俺が男子部屋に戻ろうとすると。
「あっ、それなら一緒に入っていく?」
「……えっ?」
「折角ここまで来たのに私のせいで、って悪いし。私のことは気にしないで大丈夫だから」
 そんな提案をされた。純粋な笑顔で。一緒に入る。確認するまでもなく、楓奈と混浴というわけだ。
「……えっと、それじゃお言葉に甘えようかな」
 そして気付けばそんな返事をしてしまう俺がいた。馬鹿馬鹿馬鹿、俺の馬鹿。――というわけで、二度目の風呂も混浴が決定。流石に着替えは一緒ではなく(当たり前か)俺が先に着替えて入ることに。
「……ふぅ」
 体を軽く流した後、湯船に入る。少しすると、
「失礼します」
 そんな挨拶と共に、バスタオル姿の楓奈が入って来た。こちらも軽く体を流し、浴槽――俺の隣へ。
「ふぅ……大きいお風呂って入る機会ないから、新鮮」
「そ……そうか」
 チラリと楓奈を見れば、本当にリラックスしている表情。浴槽のお湯の中に沈められた体は俺をドキリとさせてお釣りが十分に来る程。――またか、結局こういうことになるのか! これは危険だ、凝視したら俺の理性は間違いなくアウトだ。クライス持ってくればよかった。
「この合宿が終わったら決勝戦、か。――あっと言う間だったね」
「あー……そう言えば、そうだな」
 色々あったが、思い起こしてみればあっと言う間だった。もう直ぐ、終わりだ。
「私……ちゃんと、頑張ってこれたかな」
「……楓奈?」
「私、みんなとは少しだけ違う立ち位置でしょ? 御薙先生とか成梓先生は凄い褒めてくれるし、先生達を疑うわけじゃないんだけど……時々、不安になるの。私、みんなの為にちゃんとやってこれたかなって。みんなの仲間として相応しい立場でMAGICIAN'S MATCH、参加してこれたかなって」
 それは、初めて垣間見えた楓奈の本音だった。そんな素振り、全然見せることなんてなかっただけに、少しだけ驚き。……でも。
「大丈夫。楓奈は頑張ってるさ。十分過ぎる位に」
「……そうかな」
「ああ。それに、完璧じゃなくたっていい。失敗したっていい。みんな仲間なんだから、ミスはフォローし合って当たり前。楓奈は楓奈らしく、精一杯頑張ってれば、それでいいんだって」
「……ありがとう。そう言って貰えると、心が軽くなる」
「気にすんなって。――決勝戦も、頑張ろうぜ」
「うん」
 こつん、と軽く拳をぶつけ合った。――楓奈は純粋で頑張り屋だ。あれだけ頑張ってるのにこんなことを心配してしまう位に。そんな楓奈の頑張りを認めない人なんて、メンバーにいるわけがない。――こんなことで本当に嬉しそうに笑う楓奈を認めない人なんて、いるわけないのだ。
「さて。あまり長い時間入るわけにもいかないし、体洗うかな」
 楓奈と話していると時間の流れを忘れ易いので、俺はちゃんと行動に移すことにする。浴槽を出て、椅子に座ろうとすると――
「あっ、よかったら私、背中流してあげようか?」
「え」
「さっき、雄真くんに元気と勇気を貰ったお礼に」
 そんな提案をされた。純粋な笑顔で。――楓奈に背中を流して貰う、か。
「……えっと、それじゃお言葉に甘えようかな」
 そして気付けばそんな返事をしてしまう俺がいた。馬鹿馬鹿馬鹿、俺の馬鹿。っていうかさっきも似たようなパターンあっただろ。どんだけ楓奈の純粋な笑顔に弱いのよ俺。
(まあでも……楓奈なら、いいか)
 姫瑠や春姫と違い欲望まみれの洗い合いみたいにはなるまい。ならお言葉に甘えたっていいかもしれない。
「痛かったり変だったら、言ってね?」
「あ、うん」
「それじゃ、始めるね。――よいしょっ……と」
 楓奈、優しくでもしっかりと、俺の背中を洗い出す。――何て言うか、背中以上に俺の心が洗われている気分。
「あー、何だか幸せだなー。楓奈に洗って貰えたら一週間位風呂入らなくても大丈夫そうだ」
「ふふっ、そう言って貰えるのは嬉しいけど、駄目だよ、ちゃんとお風呂は入らないと」
 でも実際、幸せってこういう時のことを言うんだろうな、って思うような時間。――ありがとう神様。俺、この時間に風呂もう一回入ることにしてよかったよ。混浴ってこんなに素晴らしい物だったのか。
 そんなことを感じていると、直ぐに短い雌伏の時間は終わる。楓奈が俺の背中にお湯をかけ始めた。
「うん、これでよし、っと。――はい、お終い」
「サンキューな。凄い気持ち良かった」
「そう言って貰えると、洗った甲斐があったかな」
 実際、とても気持ちが良かった。この先もう一度機会があるかどうかはわからないが、何処かでまた堪能したいものだ。
「ははっ、そっか。ああ、あれなら俺も楓奈の背中、流してやろうか?」
 なんてジョークも簡単に口から出る位、俺の気分も良くなっていた。……良くなっていたのだが。
「本当? それじゃ、折角だし……私も、お言葉に甘えようかな」
「はっはっは、そうだろ、ナイスジョークだろ……って、え?」
 楓奈、俺の後ろから、俺の右隣の風呂椅子に移動。――あれ、何だこれは? 楓奈今、お言葉に甘えるって言ったのか?
「流石に前とかは恥かしいけど、背中位だったら」
「…………」
 ええええええええ。マジっすか。いや俺ジョークのつもりだったんですけど。
(いや待て、これは楓奈なりのジョークという可能性もあるな)
 そう思った俺は、ゆっくりと楓奈の後ろに移動。――そうだ、きっとここで「もう、冗談に決まってるよ」とか言い出すに違いない。そして俺がやっぱりかー、あははーとか言いながらツッコミを入れるんだ。そうだそうに違いない。
「それじゃ、バスタオル取るね」
「…………」
 うわああああやっぱりジョークじゃなかった!! この子俺に洗って貰う気満々ですよ! いいんですかこんなこと!?
「私、こういうこと、初めてなの。だから、雄真くんがリードしてね。――宜しくお願いします」
 何ですか楓奈さんその紛らわしい台詞。……などとツッコミを入れる余裕はもう今の俺には無く。
「こ、こちらこそ宜しくお願いします」
 などと馬鹿正直に俺も挨拶。――俺の挨拶を聞き遂げると、楓奈は体に巻いていたバスタオルをゆっくりと外す。
(っ……お、おおおおお)
 一瞬にして、俺は言葉を無くした。――あらわになった楓奈の背中。シミや傷、汚れ一つない芸術品のような肌。男の俺から見ても理想的なボディライン、プロポーション。風呂椅子に普通に座っているだけなので腰から下――ヒップラインに関しても結構な割合で見えてしまっている。
 鏡越しに前を確認してみると、両手で胸の辺りでバスタオルを持って抑えている状態。確かにそこで抑えているので胸を初めとした大切な箇所は隠れているが、太もも等は一切隠れておらず、健康的な姿を晒し出していた。
 総評――俺の理性、間違いなく長時間は持たない。
(頑張れ、頑張れ俺……楓奈は普通に俺に背中を洗って貰うだけなんだ……それ以上のことを求めてるわけじゃないんだ……楓奈を裏切ったらいけない……!!)
 そう。純粋っ子楓奈は、俺の背中を流してあげようか、の申し出を純粋なる好意と受け止め、ただ信頼すべき人に背中を流して貰うだけ。それ以上のことなんて何も考えてない。そんな楓奈を俺は裏切ってはいけない。楓奈に対して誠実な俺でありたいのだ。
 というわけで、俺、深呼吸して精神統一。タオルにボディソープを混ぜ、準備完了。念仏を心の中で唱えながら、タオルをゆっくりと楓奈の背中に当てる。――そう、俺は今僧侶になった。欲一つない僧侶なのだ。
「ん……っ」
「っ!!」
 そして開始三秒で一般人に戻る俺。俺は今の楓奈の色っぽく漏れた声を聞いて僧侶のままでいられる程修行を積んではいなかった。
 ふっと鏡越しに楓奈の表情を見ると、目を閉じて本当に気持ち良さそうにしていた。――いかん。俺はあの純粋な笑顔を裏切るわけにはいかんのだ!
 だが洗えば洗う程、俺の心に悪魔の囁きが聞こえてくるようになる。
『おいおい、本当に背中洗うだけかよ? 折角のチャンスなんだぜ?』
 確かにチャンスだが、同時に楓奈の信頼を失うフラグでもあるぞ!
『そこは逆に相手の心理を利用するんだ。楓奈は俺を信用してる。上手いこと言い包めればいいじゃないか』
 いや、しかしだな!
『例えばほら、半分近く見えてるそのお尻。洗うっていう名目でバスタオル越しに触ることなんて簡単じゃないか』
 う……そ、それは……!!
『それに楓奈は言ってたよな? 初めてだからリードしてくれって。わきの辺りも洗わせて貰えれば、そのまま流れで上手く胸も触れるよな?』
 や……止めろ、止めてくれ!! これ以上は言わないでくれ!!
『まあ胸が触れるようになれば、後は俺のテクニックで最後まで行けるな。ついに、ついに楓奈が抱けるぞ、お前の物になるんだ!! ゴー、ゴーだ小日向雄真!! 男を見せろ!!』
 う……お……おおおおおお!!
「楓奈っ!! 頼みがあるっ!!」
「? どうしたの?」
「今度俺に、エクソシストを紹介してくれっ!! 悪魔払いがしたい!!」
「……? エクソシスト……? 悪魔払い……? え?」
 ――まあその、結論を言えば、俺は耐え切ったさ。ある意味僧侶に俺はなれたよ。確かに僧侶のままでも相当美味しい思いはしたけど、結局風呂には入った気がしなかった。
 それから着替え、楓奈に挨拶して見送った後、俺はため息をつきながら部屋に戻る。次混浴する時はもっと修行をしてから来よう、などとどうでもいい決意を固めながら。
 この時既に、とある場所でとんでもないことが起きていることなど――当然知る由もなかったのだった。


「はぁ……結局、雄真の奴だけが美味しい目にあって終わりなのか……」
 ハチのため息が、窓から夜の空へ溶けていく。――雄真がちょっと、と部屋を後にしてそこそこの時間が経過した男子部屋にて。
「……つまりだな、高溝の奴は単純に女子と混浴したいだけだったってわけだ」
 傍らでは、「何故ハチはあんなに黄昏ているのか」を順序良く説明している敏、説明を受けている信哉の姿が。
「成る程、そういうことだったか……俺はどうもその手の話には疎いからな……高溝殿」
「……信哉?」
「高溝殿の目的はわかった。俺に任せるといい」
「……修行じゃないんだぞ?」
「無論だ。武ノ塚殿に理由を聞いた。――俺は電子器具にも詳しくは無いので細かいことはわからないが、確か式守の屋敷に戻れば防水のビデオカメラがあったはずだ。明日、それで高溝殿の入浴姿を撮影しよう。そのテープを女子の部屋にこっそり置いておけばだな、女子に高溝殿の入浴姿を見て貰えるぞ」
「嬉しくねえええええ!!」
 しかも別の方向性で死亡フラグ発生である。――案の定、信哉は何か間違えていた。
「……そう言えば、小日向の奴遅くないか?」
 恰来である。――確かに、消灯前少し出た、の割には帰りが遅い。
「案外、女子と密会とかな」
「女子と……密会……?」

『小日向くん、どうしたの? こんな時間に、体育倉庫なんて』
『俺、この合宿の為に特殊なマッサージテクニックを会得してきたんだ。加々美さん、陸上選手だろ? 一番に加々美さんに施して、効果の感想が聞きたいんだ』
『そう……うん、そういうことなら協力するね』
『ありがとう。マットはもう敷いておいたから、そこに仰向けに寝てくれるかな?』
『うん。――これでいい?』
『ああ。それじゃ悪いけど、シャツはめくらせてもらうよ』
『あ……う、うん……』
『まずはこのマッサージ用のオイルを全身に塗るから』
『え……あ、その……あっ……そんな、下着の中まで……んっ』

「ぬおおおううおおおおおええおえおおおお!! 雄真ああああ、そのマッサージオイル何処で買ったんだあああああ!!」
「待てお前一体何を想像したんだ」
 異様な興奮を見せるハチ、興奮した理由が見えない敏。――慣れている雄真や準辺りだったら何故ハチが興奮したか、大よその理由は想像がついたかもしれない。……そんな時だった。
「……高溝、携帯鳴ってるぞ」
 恰来の指摘。ハチの携帯がピリリリ、と鳴っていた。
「この音はメール……ハッ、雄真の奴、俺にも一緒にどうですかとな!? 持つべき物は親友か!」
 ガバッ、と携帯を開け、メールを確認するハチ。
「っ!! これは……!?」
 そこに書かれていた内容。それは、ハチが期待していた物とは、正反対の物であった。

『月邑雫を預かった。返して欲しければ、指定の場所に一人で来い。誰かに知らせたりしたら、女の命は無い物と思え』

「おい高溝どうしたよ? 顔真っ青だぞ?」
 様子がおかしい。――真っ先にそう気付いた敏がそう話しかける。
「お……お、おおお、俺もちょっと出てくるっ!!」
「え? あ、おい!」
 ズダダダダダ!!――バタン!!
「何だ、あいつ?」
 疑問顔で急いで部屋を出て行ったハチを見送る敏。
「ふむ、何か焦っていたようにも見えたな。我々に対して内密にして置きたい理由……ハッ、極秘に鍛錬か!?」
「いや違うだろ……」


「はっ、はっ、はっ……」
 ハチは一人、夜の瑞穂坂の街を走っていた。合宿所を抜け出し、学園を抜け出し、ただひたすらに走っていた。
 突然送られてきた雫の誘拐宣言メール。それは彼の頭をパニックにするには十分過ぎる内容であった。送信元は雫の携帯。つまり、何者かが雫を誘拐し、雫の携帯を使ってハチにメールを送った、ということになる。――その事実だけで、ハチは頭が一杯になっていた。
 本来ならば、色々やり様があっただろう。相談した方が安全である可能性もあっただろう。だが今のハチにそれを冷静に考えるだけの余裕はなかった。
 ハチは走る。一分でも一秒でも早く、指定の場所へ向かう為に。――雫の為に。
「はっ、はっ……くっ……」
 やがてどれだけ走っただろうか。学園からは結構な距離がある、山の中。指定場所はその山に入って少しのところにある、小高い公園。――その公園が、視界に入る。走り続けて疲れた体に鞭を打ち、公園内へ急ぐ。
 そのまま勢いを殺すことなく、ハチは公園内へ。
「っ!! 雫ちゃんっ!!」
 雫は、直ぐに見つかった。――目隠し、猿ぐつわをされ、公園内の電燈の柱に縛られ、まったく身動きの取れない状態で。……見覚えのない、十人近くの柄の悪そうな男達に囲まれた状態で。
「あ? お前が高溝って奴か」
「お、お前ら何なんだ! 何が目的だ! 雫ちゃんをどうするつもりだ!」
「さあな」
「!? さあな、って」
「俺達は金を貰って言われた通りにしただけだ。誘拐の目的なんざ興味ないさ」
 それはどういう意味だ、とハチが再度聞こうとすると、
「私ですよ、誘拐の首謀者は」
 そんな声が、傍らから聞こえてきた。ハッとそちらの方を見る。
「お前……は……!!」
 そこには、忘れられないシルエット、忘れるはずもない人がいた。――男は、眼鏡をクイッ、と片手で直すと、ハチにゆっくりと近付いて来る。
「お久しぶりですね、高溝八輔君」
 首謀者を名乗るその男の名は――後枢隆彦(ごすう たかひこ)。


<次回予告>

「どういうことだ! 今更、何の為だ!」
「決まっている。当然、復讐の為ですよ」
「復讐……!?」

再び現れた後枢隆彦。誘拐された雫。
目的は――二人への、復讐。

「彼女に何かして貰おうだなんて思ってませんよ。私が欲しいのは肩書きだけ。
適当に追い詰めて、精神崩壊でもして貰って程よく言い成りにするだけです」
「何だと!?」

突如二人を襲う、最低最悪の窮地。
容赦のない後枢の魔の手が、雫を包んでいく。

「後枢さん、それじゃこの娘、やっちまっていいんですか?」
「ええ。自由に性欲を満たして下さい」
「あいよ。――おい」

果たして二人の運命は?
絶望以外の道は、彼らにはないのか?

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 69 「九十六パーセントの絶望」

「何の為に君を呼んだか、わかっていますか? 君にも耐え難い屈辱を与える為ですよ。
君が必死の想いで助けた彼女が、君の目の前で犯され、壊れていく。
君はそこで指を咥えて見ることしか出来ない。――さあ、やってしまいなさい」


お楽しみに。



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