ピリリリリ。――テーブルの上に置いてあった携帯電話が鳴りだした。
「あ――ごめんなさい、ちょっと出てくるわ」
「いってらっしゃい」
 携帯電話を手に取り、通話の為にベランダへ出る沙玖那聖を、月邑雫はその言葉で見送る。
 ――さてこの騒動の末瑞穂坂を離れ騒動の末瑞穂坂に戻って来た二人。現在は同じマンションの別部屋に隣同士で暮らしている。聖は「家賃が勿体ないから同居すべき」と主張したが、「聖さんは彼氏いるんだから」と雫が譲らず、部屋は別。でも晩御飯等は結構な割合でこうしてどちらかの部屋で一緒に食べていたりする。
 で、今はその晩御飯後、寛いでいた所に、聖の携帯が鳴った、というわけである。チラリ、とベランダの外の聖の表情を確認すると、とても嬉しそうな、まるで純粋無垢な少女のような表情で電話をしている聖の姿が。――察するに、今は瑞穂坂にはいない、恋人からの電話だったのだろう。
 雫がしばらくテレビを見ていると、やがて聖が戻ってくる。
「電話、蒼也さんから?」
「ええ」
「そっか……相変わらずラブラブなんだよね、聖さん」
「ふふっ、どうかしら。自分達のことって案外わからないものよ」
 でも照れくさそうにはにかむその聖の表情からしても、二人の仲は恋人同士として何の問題もないであろうことは簡単に察せられた。
「遠距離恋愛って、不安にならない?」
「ならない、って言ったら嘘になるけど。――でも、信じるしかないわ」
「信じるしかない、か……」
 信じるということ。――好きになった人を、信じるということ。
「聖さんと蒼也さんって、付き合い始めてから喧嘩したことってある?」
「うーん……付き合い始めてから、大きな喧嘩はないかしら。付き合う前、まだ友達とも言えない状態の頃、学園の教室で怒鳴り合いの喧嘩ならしたことあるけど」
「えっ、そうなの?」
「私が悪かったんだけどね。昔は私、人間的にちょっと捻くれてたから。――そんな私を変えてくれたのが蒼也だったから」
「へえ……」
 初めて聞く話だった。今の聖からは学園の教室で怒鳴り合いの喧嘩する姿など微塵も想像が出来ない雫である。――そこからしばらくは聖の学園時代の話で盛り上がった。
「あら、もうこんな時間。それじゃ私は戻るから。――合宿の準備は大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「そう。――それから雫」
「?」
「相談したくなったら、いつでもしていいわ。一人で悩むことも大切だけど、誰かに聞いてもらうことも、同じ位大切」
「あ……」
「私に何が出来るかはわからないけど、これでもあなたの力になれるつもりでいるのよ? いつだって、ね。――それじゃ、おやすみなさい」
 バタン。――優しい笑顔を残して、聖は雫の部屋を後にした。
「……敵わないな、聖さんには」
 自分が悩んでいる素振りなんて、見せたつもりはなかったのに。――ドアに鍵をかけると、部屋に戻り、ベッドに腰掛ける。
「どうなっちゃうんだろうな、私は……」
 思い起こされる、先日の出来事。――自分が好きになったはずの人の、悲しい態度。――相思相愛になったと思っていた人の、悲しい態度。
「――大丈夫、私には皆がいるから」
 落ち込みかけた気持ちを、無理矢理奮い立たせる。いつか雄真に貰った言葉。そう、自分には沢山の友達が、仲間がいるのだ。
 だから――どんな結果になっても、大丈夫。どんな結果を迎えても、前を向いて、真っ直ぐに歩いて行こう。
「お風呂、入ろうっと」
 癒えない小さな傷を抱えたまま、雫は浴室へと向かうのだった。 



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 66  「小さな傷、小さな違和感」




「よっと」
 俺は合宿所のとりあえず用意された荷物置き場に、持って来ていたドラムバッグを置く。既にそこには様々なバッグが置かれている。
 小日向雄真魔術師団は今日からついに決勝戦に向けて合宿に入る。甲子園を目指す野球部なんかとは違ってわずか数日だが、それでもこうしていざ初日を迎えると気持ちの良い緊張感と高揚感がある。
「まあ確かに興奮はするな、この荷物の中に小日向雄真魔術師団自慢の美女美少女達の下着が入っていると思うと」
「クライスさんはどうしても僕を変態にしたいわけですね」
 と、定番のボケに定番のツッコミをすると、何故かクライスはため息。
「お前、相変わらずわかってないな」
「わかりたくないわい。――でもどういう意味だ?」
「いいか? この状況下で変態がすることとなると、バッグをこっそり開け、女子の下着を取り出して匂いを嗅いだり頭に被ったりと、そういう人間のことを指す。それは駄目だ。そんな低俗な代償行為で欲求を満たすなど。第一そんなことをした時点でその下着が自らの手で汚れてしまうだろう。それで嬉しいか?」
「……つまり?」
「お前はバッグを開け、各々の色と形を確認するだけにしておけ。知るだけにしておくんだ。後は本人と話をしたり本人を見たりする度にそれを思い出して重ね合わせてハァハァする」
「五十歩百歩だよ!! どっちも十分変態だ馬鹿野郎!!」
 気にならないって言ったら嘘になるが、やったらもう駄目な意味で帰ってこれないと思う。
 そんな間にも、メンバーが入れ替わり立ち替わりで荷物を置いていく。俺もそれぞれに挨拶を交わしたりしていく。
「オハヨーございます、雄真センパイ」
「お早うございます、小日向先輩」
「お早うございます、雄真さん」
「お早う、深羽ちゃん、雫ちゃん、藍沙ちゃん」
 と、二年生三人組に遭遇。当然三人も荷物を置きに来たわけで。
「ついに始まってしまいましたね……私、昨日からとても緊張してしまって」
 事実藍沙ちゃんは結構緊張しているようで、それが表情に出ていた。
「まあ、俺も気持ちはわかるよ。でも今から緊張してたら持たないよ。リラックスリラックス」
「ありがとうございます。ですけど……私、体力もあまりないですし、途中で脱落してしまうのではないかと……」
「いや脱落って。いきなり練習がハードになるわけじゃなくてさ、今までの練習を」
「とてもそうには見えませんが……」
「そうには見えない……って、へ?」
 よく見ると、藍沙ちゃんは俺の後ろをチラチラと見ている。――嫌な予感がした。でも仕方ないので俺もゆっくりと振り返ってみる。……そこには。
「ふうっ!」
 ドシン!――自分の体の何倍もあるリュックを下ろしている大馬鹿野郎が。リュック置く瞬間地面揺れたぞ。どんな重さだあのリュック。
「む? おお、雄真殿に法條院殿に月邑殿に粂殿ではないか。お早う」
「お早う、じゃねえよ……信哉お前、何だその荷物……」
「何って、合宿用の荷物だが。今日から皆で修行だろう?」
 やたらと生き生きとした表情でそう言われた。薄々そんな気はしていたが、信哉の中では合宿=修行、らしい。
「お前、わかってるか? 言っておくけど、お前が思ってるような内容のことは何もないぞ? 熊狩りとかしないぞ?」
「安心してくれ雄真殿。この学園の敷地内に熊はいない」
 そういう理由ではないんだが、俺が熊狩りが駄目だと言うのは。
「じゃお前、そのやたらと多い荷物は何だ?」
「衣類、寝袋、調理器具、工具、救急用品、それから――」
「待てい。明らかに衣類以外はいらん。学園で用意してあるだろう」
「何を言うか雄真殿、山の中で各々食料を自ら見つけ、自炊するのだぞ? 必要不可欠な物ばかりだ」
「それは合宿じゃねえ!?」
 サバイバルじゃないですか普通に。
「山に入り川を泳ぎ滝を登り食べられそうな植物を採取し、巨大イノシシと格闘し捕まえて食料とし深夜は食料を奪いに来る他の者から身を守る為に罠を用意し」
「お前は今まで築き上げてきたチームワークを台無しにするつもりか!?」
 最後から察するに周囲は全部敵になってるぞ。つーかこの学園の敷地内に巨大イノシシもいねえ。
「予想以上に厳しいです……せめて食料となる魚を釣る為に釣竿を持ってくればよかったです……電動リールがあれば何とか」
「信じてる!?」
 というかピンポイントでそんな案が出てきますか。
「粂殿、心配はいらぬぞ。俺も誰しもが俺と同じ動きを出来るとは思ってはいない。俺は強くなる為に修行をする、だが決してその修行は弱き者を見捨てる為のものではない。粂殿が修行に不慣れで単身ではこなせぬというのなら、俺は迷わず救いの手を差し出すぞ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「礼には及ばぬ、仲間ではないか!」
 信哉と藍沙ちゃんの友情ゲージが一気に上がっていく。
「こんな私でも、マッチョムキムキになれますか!?」
 何を目指してるんですか藍沙ちゃん。
「無論だ!! 人は誰しもがその意思さえあれば強くなれる!!」
 その一言だけだったら格好よかったんですけどね信哉くん。
「ではまずゲギャゴファウ!?」
「兄様……私や同学年の方に限らず、後輩の方にまで修行を勧めるなんて……」
 まあその、何だ。――もうベタですね、と言えばいいのか。いやそれよりも。
「沙耶ちゃんさ、別に責めるつもりはないんだけどさ、信哉がここまで来る前に何処かで止められなかった?」
「実は……その、余程皆様と一緒に修行という想いが嬉しかったのでしょう、兄様は昨日の夕食後から既に屋敷を発っておりまして」
 早っ。遠足前で興奮して寝れない子供の延長線か。
「気付いた時にはもう手遅れで、ここで合流するしか……」
「成る程……それなら仕方ないか……」
 本当に大変だな、暴走する兄弟を持つというのは。――ここ最近俺もわからないでもな……いやいやいや。
「沙耶……俺が悪かった。すまない」
「……兄様?」
 と、むくりと信哉は起きると、沙耶ちゃんへの謝罪から入った。――珍しい。普段ならめげずに修行の素晴らしさを語り完全ノックアウトにされるパターンなのだが。
「つい、偉そうに修行について語ってしまった。ここには沙耶という修行の全てを極めた人間がいるのに俺が偉そうに語るなどホゲッフィァア!?」
「兄様……少々こちらへ(ズルズルズル)」
「…………」
 前言撤回。いつもと同じパターンでした。
「合宿、修行……恐ろしいです! ああして極めた方でも不意に脱落してしまうんですね、やっぱり私には」
 再度発言撤回。いつもと同じじゃない。ここに微妙に面倒な子が。
「深羽ちゃん、雫ちゃん。……後、任せた。俺は無理」
「ははは……大丈夫です、これでも慣れてますから。――藍沙っち、行くよ」
「行きながら、ゆっくり説明するからね?」
「? ? はい、わかりました」
 そんな後輩三人の後姿を見送――
「あ……雫ちゃん」
 ――ろうとして、不意に思い出し、雫ちゃんを呼び止めた。
「? はい、何ですか?」
「あ、その――ごめん、俺の勘違いだった。何でもないや」
 俺が笑顔で謝ると、雫ちゃんも笑顔で軽く会釈をし、二人に追いつく。
「……普通、だな」
 俺が探りたかったこと。――実は、あの深羽ちゃん、雫ちゃん、ハチ、俺の買い物の日以降、俺は微妙にハチに違和感を感じていた。
 一見普通に見えるハチ。いつも通り馬鹿でふざけてるハチ。――でも何か、何かが違うというか、引っかかるというか。それが何かはわからないが。だからもしかして雫ちゃんとあの日何かあったんじゃないかと思ったのだ。
 でも、雫ちゃんは普通だった。こちらも、いつも通りだった。落ち込んでる様子も一見見られない。
(俺が考え過ぎなのか……?)
 何だかんだで俺はハチに対して過保護なのかもしれない。そんなことを思いつつ、俺もその場所を後にしようとすると。
「お早う、小日向くん」
「あ、お早うございます、聖さん」
 聖さんだった。俺に爽やかで素敵な笑顔で挨拶をすると、そのまま荷物を置いて――
「――ってあれ、聖さん? どうして聖さんがここに? 荷物置いてる?」
 最もな俺の疑問に、聖さんは軽く笑う。
「実はね、茜さんに合宿の間だけ、コーチを頼まれたの」
「コーチ? 俺達の……ですか?」
「ええ。私としてもここまで来たなら当然優勝はして欲しいし、断る理由もなかったから、私でよければ……って、受けたのよ、コーチの話」
「成る程……」
 確かに、成梓先生の考えそうなことだな、と思う。
「というわけだから、合宿の間、宜しくね、小日向くん」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
 そうあらためて挨拶をすると、聖さんは一旦この場所を後にする。成梓先生辺りに挨拶に行くのかもしれない。――聖さんのコーチ、か。確かにそれは心強い。メンバーにもあの人の実力はプラスになるだろう。
「お早う、小日向君」
「あ、お早うございます、錫盛さん」
 続いて姿を見せたのは錫盛さんだ。俺に爽やかで素敵な笑顔で挨拶をすると、そのまま荷物を置いて――
「――って、あれ? もしかして錫盛さんも呼ばれたんですか?」
「呼ばれた?」
「聖さんみたいに、成梓先生にコーチを頼まれたから来たんじゃ?」
「いえ、全然そんな依頼は来てないわ」
 ……あれ?
「あの、ならどうしてここに? 荷物置いて合宿参加する気満々なのは何故?」
「ポジション的に参加した方がいい気がしたの。フフフ」
「気がしただけ!? 独断!? 勘!?」
 何を仰ってるんでしょうかこの人は。気がしただけって。
「安心して。いざとなったら小日向君の愛人という枠で通すから。フフフ」
「普通に深羽ちゃんの従者っていう理由は使わないんですか!?」
 つーか愛人になったつもりは微塵もない。いや万が一俺の愛人だったとしてもそれを理由に参加は無理だろうよ。
「小日向君。――私、こう見えてもメイドなの」
「いやもう見た目からしても完全にメイドですが」
 というかこの人のメイド服以外の格好を俺はまだ見たことがない。スタイルの良い美人さんなので普通の格好でもとても際立つ人だとは思うが。
「中略、というわけで参加するわ。フフフ」
「自分で中略とか言ってるし!? 略され過ぎで何も触れられてないし!?」
 何て言いますか……結局、合宿も前途多難なんだな、うん。


 合宿、とは言っても俺達は学生。今日は平日ということもあり、授業はあった。授業が終わって放課後になって、いよいよ合宿スタートというわけだ。
 合宿と言っても、信哉や藍沙ちゃんが考えているように、やたらと練習がハードになるわけじゃない。練習時間こそ少々伸びるが、共同生活等で結束力をあらためて強めようという点も恐らく実施の半分位の理由は占めているのではないかと思う。
 練習で変わったことと言えば、聖さんというコーチが増え、能率が上がったことと――
「ここで軽やかなメイドステップ!!」
「…………」
 ……あの人は、コーチとして大丈夫なんだろうか。いや確かに実力は高いが。あのメイドステップも明らかに本格的な移動術だし。滅茶苦茶早いし。
「まあ、ムードメーカーとして考えればいい……のかな?」
「そうね、でもあの人、ムードメーカーの更に一歩上を行ってるわね」
「あ……成梓先生」
 俺の呟きを拾ってくれたのは成梓先生だ。
「まあ一応私も監督として存在が問題アリなら注意する所なんだけど、あの人、よく見てると主に見て回ってるのが、あまり試合に出場してない子達の所なの」
「出場してない人の……?」
 確かに、出場メンバー十九人の内、大体はいつも固定だ。その他で出れる人は少ない。特に二年生なんかはほとんど試合に出てない子もいる。
「応援団として試合を見ていて、大方把握してたのね。あのノリでそういう子達のテンションを上げて、チームワークの輪の乱れをさり気なく防いでくれてるわ。勿論あれだけの実力があれば、本当にピンポイントの所ではちゃんとした指導が出来るでしょうし。――流石は法條院家のメイド、と言えばいいのかしら。侮れないわ」
「へえ……」
 確かに、そう言われてしまうと侮れない。今も見てみれば、錫盛さんの周りには出場機会の少ない二年生が数人、輪になって囲んでいる。あの様子だと、成梓先生が言うピンポイントの所のちゃんとした指導が――
「いいかしら? このメイドステップで重要なのはスカートの跳ね具合。スカートの中身は見せたら駄目、でも見えるんじゃないか、っていう期待は持たせないともっと駄目」
「全然ピンポイントじゃない!?」
「ほら、いい感じで食い付いた。フフフ」
「あのですね!」
 何を仰ってるんでしょうかこの人は。
「ちなみに極めると夏服バージョンでも可能。メイドチェーンジ!」
 バシュッ!――ほんの一瞬、錫盛さんが光り、目を奪われ、再び視界が戻ると、
「ぶはっ!」
「法條院家メイド服夏バージョン、ただしメイド班第二班のみに限る」
 先ほどのロングスカートの定番メイド服は何処へやら、ひらひらのミニスカートに上半身は水着のビキニ、でも装備してるアクセサリーはメイドという信じられない格好の錫盛さんがいた。――よくわからないが多分エロい。
「この格好でも軽やかなメイドステップ!」
 ヒュン、と軽く風を切って再びメイドステップを見せる錫盛さん。あの格好による恥ずかしさというのはゼロの模様。
「……やるな、あの女」
「クライス?」
「あれだけの速度を出しながら確かにスカートの中身は見えないようにしている。あれは相当の鍛錬を積まないと無理だ。更にあの上半身の格好は目を引く。戦う相手の隙を誘える」
「真面目な解説どうもですよ……」
 でもまあクライスがこう言うなら本物だろう。プロポーションも……まあ、見事だしさ。……恐るべし、錫盛美月。
「雄真」
「? ハチか、どうした?」
「合宿って……いいな!」
「…………」
 ぐっ、と親指を立てて爽やかな笑顔を見せるハチ。……まあ、あの錫盛さんの格好は、ハチにしてみればかなりの目の保養だろう。
「華麗なるメイドステップからのメイドスラッシュ!」
 ヴァン!
「ぎゃああ!?」
 ――ハチ、親指を立てたまま、吹き飛ばされた。
「今のが移動しながらの攻撃の基本」
 いやコーチはいいんだがハチをターゲットにする必要性はあったんでしょうか。――仕方ないので、俺はハチの様子を一応確認することにする。
「おーいハチ、大丈夫か?」
「……雄真……」
「何だ?」
「何だろう……痛いんだが、でもそれ以上に今の錫盛さんからの攻撃は快感が」
「な」
「……合宿って……いいな!!」
「……ついに完全に目覚めたのか、ドMに」
 あの格好の美人さんになら攻撃されても快感らしい。流石に俺にはわからない。
 まあ、そんな感じで時折笑いを挟みつつ、練習は続く。教え方も丁寧で的確で優しい正統派美人コーチの聖さんとよくわからないノリで場をかき乱しているように見えて実は周囲がよく見えていてピンポイントで見事なコーチっぷりを見せる変化球派美人コーチ錫盛さん。この二人が人気になるのに当然時間はかからなかった。
 やがて休憩時間になると色々聞いてみたいこともあるらしく、二人とその二人にそれぞれ一番近い所で生活している深羽ちゃんと雫ちゃんの所に人だかりが出来た。
(……やっぱり、いない)
 そしてその人だかりの中にハチの姿はなかった。いつもなら率先してこういう中に突っ込んでいく奴なのに、その輪の中にあいつはいない。――どうしても、違和感を感じてしまう。
「何だかんだで随分を気にかけるんじゃないか」
「クライス?」
「奴と月邑雫のことはもう二人の意思に任せる――確かそれがお前の意思だったような気がするが?」
「……あー」
 言われてみれば。いつもの癖で随分気にかけている俺がいた。朝に過保護かもしれない、って思ったばかりなのにな。
「なんつーか……気になっちゃうんだよ、どうしてもさ」
「ハハハ、まあそれでこそ小日向雄真というもの。――だがな、雄真。あえて客観的なことを言わせて貰えれば、あの二人が正式な恋人同士になることがハッピーエンドになるとは、何も決まったわけではないじゃないか?」
「え?」
「お前も奴らも、この年齢で運命の人に出会えると決まっているわけではないさ。ここで終わってしまうことで、それがよい経験になり、いい意味で大人になれるということも十分にある。無論、上手くいって欲しいというお前の気持ちもわかるがな。だが、手を貸して手を貸し過ぎて半ば無理矢理繋がった物など、本当に奴らの為になるかどうかは疑問だな」
「……成る程、な」
 大人なクライスの意見で、俺も気持ちを落ち着かせる。――そうだな。必要以上に俺が気にかけるのは、二人の為にはならない。もしかしたら、ここで離れてしまうことが運命なのかもしれないし。
 気持ちを落ち着かせ、ハチを探すのを止めた――その時だった。
「ゆ、ゆ、雄真」
「……ハチ?」
 探すのを止めたハチが、向こうから近づいて来た。――だが、様子が何処かおかしい。
「どうしたよお前? 鳩が新種鳩サブレに驚愕を受けたような顔してるぜ」
 よくわからないが本当にそんな顔をしていた。――と、俺のそんなわけのわからないコメントも届いていないようで、
「ちょ、ちょ、ちょっと来てくれ」
「? ああ、別にいいけど」
 半ば引っ張られるような形で、俺はハチについていく。――シミュレーションホールを出て、少し行った所に今回使用する合宿所があり、ハチはそこに向かって行く。
「おい、どうしたんだよ? あまり遠くに行くと、休憩終わっちまう――」
「こ、ここ、これを見てくれ」
「え?」
「俺は……世紀の大発見を……してしまったぁぁぁぁ!!」
 ハチに促され、俺が視界に捉えた物。それは――


<次回予告>

「パッション!」

ハチが見つけた、世紀の大発見!
それはメンバーを揺るがす衝撃のパッション!

「パッション!?」

告げられる衝撃の事実、夢にまで見た伝説のパッション!
彼らがそれを目の前にしてとる行動とは!?

「パッショショション!?」

恐れる物など何もない!!
夢を掴み取れ、みんなのパッションを解き放つんだ!!

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 67 「俺とお前と男のパッション」

「パパパパパッショォォォンン!!」


お楽しみに。



NEXT (Scene 67)  

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