「…………」
 突然だが、俺、小日向雄真は異様な程の気持ち悪さを感じていた。
「ゆ、雄真、俺大丈夫か? 髪とか跳ねてないかな?」
「お前それを心配する程まだ髪の毛伸びてないだろ」
 というかデート前の女の子かお前は。
 ……まあその、説明すると本日は深羽ちゃん提案の俺・ハチ・深羽ちゃん・雫ちゃん四人での合宿へ向けてのお買いものをする日。待ち合わせは毎度お馴染みオブジェ前。特に別々に行くこともなかったので俺はハチと一緒にそこまで行くことになったのだが、
「雄真〜、不安だ、手を繋いで行ってくれよ〜」
「キモイわ!!」
 目的地に俺とハチが手を繋いで登場とか最早深羽ちゃんの計画所じゃない。――まあその、ハチが物凄い緊張をしていたのである。どうも雫ちゃんと……というのが異様な緊張を呼んでいるようだ。
 ハチが雫ちゃんに対してどうしていいかわからなくなっているというのは前々から感じていたが、いざ行動に移すとまさかここまでとは。
「雄真、雄真、なあ雄真ってば〜」
「ええいさっきから何だお前は!! 何処の金髪ツインテールツンデレだ!!」
 髪の毛を心配したり手を繋ぐのを要求したり三回名前呼んでみたり。――ちなみに金髪ツインテールツンデレとは言っても杏璃のことではない。誰のことかは……まあいいか。
「いいかハチ、もう少し落ち着け。お前違和感あり過ぎで引くぞ。何も重大なことをしに行くわけじゃない。仲間内でちょっと買い物をするだけだ。普段のお前でいろ」
「ふ、普段の俺……」
「ああ、いつも通りの高溝八輔で、ハチでいいんだ」
「普段俺、こういう時どうしてた?」
「テンション物凄い高かった」
「そ、そうか……よし」
 ハチ、咳払いを一回。そして。
「ゲヘ……ゲヘ……ゲヘヘ……!!」
「まさかとは思うが、それがお前の中のハイテンションじゃないだろうな」
 間違いなく警察に通報されるぞ。何だゲヘヘって。
「よしハチ、状況を整理しよう。俺達は、これから何をしに行く?」
「か……買い物だ」
「そうだ。メンバーは俺とお前を含め四人。皆仲の良い仲間だ。仲間内で楽しく買い物、それだけだ。そうだろ?」
「そ、そうだけどよ……その、あの……俺、雫ちゃんとどうしたら……えっと」
「そこも気にしなくていいんだ。何もお前と雫ちゃん、二人っきりになれって言ってるわけじゃない」
 最終的にそこが目的だったりはするけどな。
「お前のこの先に、何か試練があるわけじゃない。今をただ、普通に楽しめばいいんだ」
「まあ高溝八輔のこの先は特に予定はないが、我が主は今日の最終目的として後輩美女とホテルでご休憩という計画はあるがな」
「クライスさんそれ俺の計画じゃなくてクライスさんの計画ですよ!」
「ゆ、雄真、俺、ドアの前で三人を待ってればいいのか!?」
「何真に受けてんの!?」
 しかもその台詞から察するに、俺と深羽ちゃんと雫ちゃんで……その、で、ハチだけドアの前で待機らしい。どんなシチュエーションだ。
「雄真……俺が言うのもあれだが……雫ちゃんを、宜しく頼む……」
「父親かお前は!!」 



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 65  「初恋」




「センパーイ! こっちでーす!」
 やがてオブジェ前。俺達の姿を見つけて、深羽ちゃんが元気よく手を振る。……余談だが、結局ハチはどうにもならなかった。待ち合わせの時間もあるのでそのまま来るしかなかった。非常に不安だ。
「お早うございます、雄真センパイ、高溝センパイ」
「お早うございます」
「お早う。――やっぱり私服は新鮮だなあ。凄い似合ってるし、可愛いよ二人共」
 二人の私服を見たことがないわけではなかったが、季節的に随分暑くなっており、ほぼ夏服と考えてもいい感じの私服は初めて見る。二人のそもそも可愛さもあり、とても輝いていた。
「えへへっ、ありがとーございます」
「その……ありがとうございます」
 満面の笑みで嬉しそうにお礼を言う深羽ちゃん、照れながらもやっぱり嬉しそうにお礼を言う雫ちゃん。
「ついに本格的に三人でご休憩を目指すつもりになったか雄真。もう私からは何も言うことはない」
「なら最早その台詞もいりませんよクライスさん!」
 私服褒めただけで何故にその方向になるか。……と。
「似……似……」
「……?」
 ハチだ。深羽ちゃん、雫ちゃんを前に、何かを言おうとしている。
「似……似……ニカラグア!!」
 …………。
「高溝センパイ? ニカラグアがどうかしたんですか?」
 疑問顔の深羽ちゃん、雫ちゃん。――まさかあいつ、似合ってるって褒めようとして失敗したんじゃないだろうか。
「と、とにかく行こうか、ここで立ってても仕方ないし!」
 怪しい空気になる前に、強引に俺は出発を促す。――同時に深羽ちゃんにメール。内容は以下。

『ハチが予想以上に危ない。気を配らないと悪化の可能性あり』

 何食わぬ顔で送信、数秒後、深羽ちゃんも何食わぬ顔で俺のメールを確認。ふーむ、といった感じの表情になった。
「深羽ちゃん、どうかしたの? 何かあったの?」
「え? あ、ううん、大丈夫。――さ、行こっ!」
 深羽ちゃんは携帯を仕舞うと、雫ちゃんを促す。そしてさり気なく俺にウインク。
(……成る程)
 その表情とウインクで何を言いたいかわかった。自分はとりあえず雫ちゃんを促して二人っぽい感じで動くから、俺はハチと一緒に動いて慣れさせろ、と。そういうことだろう。まあそれが無難だな。……ピリリリ。
「メール……俺か。――って」
 差出人はハチだった。何故メールが。……中身を見てみれば。

『似合ってるって、フランス語で何て言うんだ?』

「…………」
 それを知ってどうするつもりだ、ハチよ。……俺の不安は、増す一方だった。


 出発からある程度の時間が経過した。最初こそ深羽ちゃんと雫ちゃん、俺とハチの形だったものの、徐々にそれも薄れて行き、今は四人で、という形が強くなってきた。ハチも徐々に慣れてきていた。
 客観的に見たらわからないかもしれないが、深羽ちゃんの気配りは素晴らしかった。程よく雫ちゃんとハチを絡ませようとし、際どくなると上手い具合に自分が間に入る。そのタイミングが実に絶妙で、場の空気が変になることはまったくない。
(……いい子だよなあ、深羽ちゃん)
 知り合った当初こそ普通の元気一杯の可愛い女の子、っていう印象だけだったが、元気なだけじゃなく、友達想いのとても優しい素敵な女の子であることを凄い感じさせてくれる。
「? どうかしましたか、センパイ。私の顔じーっと見てましたよ?」
「え?」
 本人に指摘されて気付いた。どうもずっと深羽ちゃんのことを見ていたらしい。
「あ、ごめんごめん。えっと、深羽ちゃん友だ――」
 言いかけてハッとする。気遣いが上手いとか余計な一言は深羽ちゃんの計画を台無しにしかねない。深羽ちゃんが雫ちゃんとハチの関係を気遣ってるとかばれたらまたハチの緊張度がMAXになってしまう。それでは意味がない。……何とかして誤魔化さねば。
「えーっと、そのそうじゃなくて、深羽ちゃんこうして見てると可愛いなあって」
「え……」
 ふう、ギリギリセーフ。上手いこと誤魔化して――
「ねえよ!? いや誤魔化したけど何かその方法に間違いがあるようなないような!?」
 俺、自分自身にツッコミ。もう体質です。
「え、えっと、その、あの……あ、ありがとうございます!」
 深羽ちゃん、顔を真っ赤にして思いっきり頭を下げてお礼。いや言った俺も恥かしい。そりゃ深羽ちゃんは可愛いのだが、今はどう考えても言うタイミングではないだろう。――その俺達二人の様子を見ていた雫ちゃんが、くすくす、と笑う。
「小日向先輩、あまり深羽ちゃんを苛めないで下さいね。深羽ちゃんにとって小日向先輩は憧れの先輩なんですから、そんな風に褒められたら舞い上がっちゃうに決まってますから」
「え?」
「雫っ!! それはだから」
「違うの?」
「ちっ……違わないけど、でもその、ほら、だから」
 動揺をまったく隠し切れない深羽ちゃんは、見ていて微笑ましかった。まあその……可愛いよな、うん。
「深羽ちゃん、良かったら小日向先輩と二人で色々見てくる?」
「え、雫……?」
「私達のことは気にしないで、折角だから楽しんで来て。――行きましょう、高溝先輩」
「あ、ちょっ!」
 止める暇もない。雫ちゃんは無理矢理ハチを促し、行ってしまった。取り残される俺と深羽ちゃん。
「まさか、逆に気を使われるとは。……俺達の計画って、台無し?」
「あー、でも結局雫と高溝センパイが一緒に行動し始めたから、結果オーライ?」
 不意に、俺と深羽ちゃんの目が合う。――どちらからともなく、俺達は笑った。
「何だかなあ、俺達。――折角だから、行こっか」
「はい、喜んで!」
 そのまま俺達は、ハチと雫ちゃんが向かった方向とは逆の方向に並んで歩き出した。その距離は、二人の腕が触れ合う位に近い。何て言うか、くすぐったいけど、心地良い距離だった。
「センパイって、学園卒業したら、そのまま大学に行くんですか?」
「? 急にどうしたの?」
「あ、ちょっと前から気になってたんで、いい機会なので聞いてみたかったんです」
 学園を卒業したら、か。
「うん、大学の魔法科に進むつもり。このまま魔法使いとしての道を行くよ」
 一昔前は進路なんて何も考えてなかったけど、魔法使いとして再び頑張ると決めたあの頃から、俺の進む道はもう決めてある。当然、大学も魔法科に行くつもりだ。
「それって、御薙鈴莉の息子だから……ですか?」
「うーん、そうでもあるし、自分自身の意思でもあるけど。……その質問をしてくるってことは」
「私はほら、将来家継ぐって決まっちゃってるんですよ。一人っ子だしこれでも一応魔法の才能は母君のを受け継いでるし。――でも、魔法使いとしての法條院深花っていう人を見てると、自分はあそこまで頑張れるのかな、って不安になるんですよねー……母君、凄い人なんですよ、ホント」
「そっか……俺も、気持ちわかるな。時折俺、本当に母さんの息子なのか疑問に思う時あるし」
 少しだけ見た御薙鈴莉という一人の魔法使いとしての姿は大きく、遠かった。俺なんか、本当にまだまだだと思う。
「でも、何処まで行けるかはまだわからないけど、ああなれるようにっていう努力はしたいと思ってる。精一杯、後悔しないように」
「……センパイ」
「それに俺、深羽ちゃんはきっと大丈夫だと思う。深羽ちゃんのお母さんと同じにならなくたっていいんだと思う。深羽ちゃんは深羽ちゃんの力で魅力で、きっと素敵な当主になれるよ」
 今日を初めとした、日頃の彼女を見ていると本当にそう思う。――きっと彼女は、将来立派な魔法使いになるだろう。法條院という肩書きに負けることはない。
「……ズルイですね、センパイは」
「え?」
「センパイにそう言われると、本当にそんな気がしてきちゃうんですから」
 深羽ちゃんが、不意に俺の腕に抱きついてきて、結果として腕を組むような形になる。
「ありがとうございます、センパイ。法條院深羽は今日、大きな勇気をセンパイに貰いました」
「ははっ、大げさな。――でもま、お互い頑張って行こうってことかな?」
「はい! ひとまず私も学園を卒業したら大学へ行くことに決めました、センパイの後を追います!」
 そんな風にトーンも再び明るくなって歩き出すと。
「なあ、雄真」
「クライス?」
「お前は将来魔法使いを目指しているし、喜ばしいことだが――本当だったら、どんな道を目指したって、いいんだぞ」
「どういう……意味だ?」
「御薙の名前に縛られる必要はないということさ。お前はお前の生きたい道を行けばいい。その道が人として真っ当であり、本当にお前が望んで歩く道なら、例えそれが魔法使いとしてじゃなくても――私は、お前を応援出来る」
「……クライス」
「胸を張って、誇れる道を行け。後悔のない道をな」
「……ありがとう、な」
「気にするな。主を持つワンドとして、当然の意見だ」
 俺の背中の相棒は、本当に大きかった。母さんとよく似た、その大きさ。――こいつと契約して、本当に良かった。こういう時、心からそう思う。
「そうですね。確かに深花も私も、深羽には法條院の家を継いで、立派な魔法使いになって欲しいですけれど、でも深羽の人生は深羽の物ですから、本当に深羽が進みたい道を進んで欲しいですね。例えその結果が法條院の家から離れることになったとしても、深羽が望んだ道なら、私は構いません」
「美風……」
「主を持つワンドとして、当然の意見。――ゼンレイン殿のお言葉を借りれば、そうなりますかね」
 相変わらず、俺達のワンドは俺達よりも長く生きてきただけあって、大人だった。ふと再び深羽ちゃんと目が合い、お互い軽く笑い合う。
「それじゃ、あらためて行こうか。一応目的は合宿の為の準備の買い物だし」
「ははっ、そーでしたね。じゃ、レッツゴーってことで」
 そのまま俺達は歩き出した。合宿の為の買い物をしつつ、時折寄り道をしつつ、楽しい時間を過ごした。
 一方の、ハチと雫ちゃんと言えば――


「深羽ちゃんがあそこまで感情移入する異性って、多分始めてだと思うんです」
 さてこちら、ハチと雫。ハチを無理矢理促して連れてきた雫がそう切り出す。
「私、深羽ちゃんとは一年生の頃から仲良くしてますけど、男子に恋心とかときめきとか持ってる様子ありませんでしたから。興味はあったみたいだし、見た目も中身もあって深羽ちゃんはもててましたけど、ピンと来る人はいなかったみたいで」
「それが、雄真に……じゃあ、もしかしてあれが初恋?」
「かもしれません。藍沙ちゃんも言ってましたけど、ここ最近は深羽ちゃん凄い可愛くなりましたから、持っている空気が」
 楽しそうに雫は話す。――初恋の相手が雄真、か。
「あいつ……ホント凄えな……」
 決して昔、女子に好意を持たれなかったわけではなかったが、流石にここまでの勢いはなかった。それが今や春姫と付き合いだしてから雄真の人気はフィーバー状態。ハチとしては脱帽するしかない。
「そういえば、先輩の初恋っていつ頃でした?」
「え、俺の?」
 言われて、記憶の糸を手繰り寄せる。最近から徐々に記憶を巻き戻す。色々女の子の顔は浮かぶが、告白して振られて最終的に準と雄真に慰められてる自分の姿しか思い出せない。現在は学園三年、徐々に振り返っていき――

『別にいいよ? ハチのこと、好きになってあげても』

「!!」
 とある一つのシーンで、一人の少女の所で、時間が止まる。忘れられない瞬間。忘れていたつもりだった瞬間。……忘れることが出来ずにいた、瞬間。
「……高溝先輩?」
「は、あはは、忘れちゃったよ、初恋なんて」
「……そう、ですか」
 あからさまな違和感。「このことは話せない」――ハチの顔に、そうわかり易く書かれていた。でもそう言われてしまった以上、雫はこれ以上は聞けない。
「…………」
「…………」
 そこから、不自然な無言の時。わずか数秒が、重く長く感じる。
「……私は、家柄云々があったから、恋をする暇、きっとなかったんだと思います」
「雫ちゃん……?」
 沈黙を破ったのは、雫だった。
「先輩もご存知の通り、月邑は古い仕来りを良く言えば守って、悪く言えば縛られていた家ですから、小さい頃から自分の結婚相手なんて親が決めるものだって薄々感じてましたから、恋をするっていう気持ちもわかなかったんだと思います」
「…………」
「だから……私の初恋は、きっと」
 雫はそこで言葉を止め、ハチを見る。「きっと」――その後の言葉を、雫は口にしない。でもその目は、何かを……答えを、告げている。
 その無言の答えが何かということがわからない程、ハチは鈍感ではなかった。
「……っ」
 だからこそ――ハチは、答えに詰まった。……ハチは、ここしばらくの出来事で、自分の不甲斐無さというものを痛感していた。
 屑葉のこと。屑葉は無事助かったが、その事件の引き金を引いた原因の一部は自分が作ってしまった。浅はか過ぎた自分の行動。
 雫のこと。――結果オーライだったとはいえ、自分は敵の簡単な計略に嵌り、チームをピンチに追い込んだ。やはり浅はか過ぎた自分の行動。
 昨年の十二月、確かに二人は相思相愛になった。ハッキリとお互いが恋人同士になったわけではなかったが、お互いの感情に異性としての「好き」があることは明白だった。
 だが――それも元はと言えば、雫が追い込まれていたから。あんな状況だったから、雫は自分のことを好きになってくれたのではないか。だってそうだろう? 迷惑ばかりをかけている自分に魅力などあるのか。……そんな判断をする冷静な自分が、ハチの中には生まれてきていた。
 今、雫には何の障害もない。――ならば、もっと他に相応しい人がいるのではないか。
 自分は、雫を大切にしてあげられるのか。雫に何をしてあげられるというのか。
 そもそも――雫を好きになる、権利などあるのか。
「…………」
 一瞬にして生まれた様々なマイナスの思考が、ハチの体を重くし、プレッシャーとして圧し掛かる。――雫の気持ちに応えてはいけないと、告げていた。
「先輩……?」
 一方の雫には、不安が走る。――どうしてハチは、何も言ってくれないのか。
 勇気を出したつもりだった。深羽と雄真を二人っきりにさせてあげる、という名目で、自分はハチと二人きりになった。初恋の話をした。その相手がハチであると、伝えたつもりだった。
 昨年の十二月、お互い好きという感情を持った者同士。ならもっと、プラスのリアクションがあってもいいはず。
 だが今のハチは――どう見ても、プラスのリアクションではない。むしろ、マイナスのリアクションと捉えてもいい程。
「……この前」
「……え?」
 その不安を拭い去る為のように、雫は更に勇気を振り絞る。
「この前……同級生の男子に、告白、されました」
「!!」
「私がどうも一度瑞穂坂を離れる前から好きでいてくれたみたいで。友達の子が一緒で、色々揉めて、深羽ちゃんと真沢先輩と葉汐先輩が上手く助けてくれて、その時はそこで終わりましたけど」
 雫は、そこで答えを切り、ハチの反応を待った。自分は告白されてしまった。その男子と……というわけではないが、そうやって告白されて、自分が他の男子をお付き合いしてもいいのか、ということを聞いているも同然の状態。雫の、精一杯の勇気からの行動だった。
 だが――皮肉にも今のハチには、その雫の想いは、プラスにはなれず。更なるマイナスの想いを、彼に与えてしまう。
「は……ははっ、そっか、雫ちゃん、もてるんだなあ……」
「……先輩……?」
 雫が、他の男子に告白された。――でも、それで幸せになれるなら。
 その男子がいい奴で、雫のことを大切にしてくれるなら、それでいいじゃないか。自分はそれを応援しよう。そんな想いが、ハチの心を支配する。
「はは……ははは……俺とは違うな、雫ちゃん……はは」
「…………」
「…………」
「……それだけ……ですか……?」
「えっと……その……何、が?」
「っ!!」
 あまりにも辛い反応だった。――ハチは、自分の気持ちを、避けた。理由はわからないが、自分の気持ちを、避けたのだ。
 強引に気持ちをぶつけ過ぎたのか。
 自分じゃもう駄目なのか。
 やっぱり、戻ってくるのが遅過ぎたのか。
 様々なマイナスの感情が、雫を襲う。
「……っ……行きましょう、先輩」
「……雫ちゃん……あの、その」
「遅れると、深羽ちゃんと小日向先輩に、心配かけちゃいますから。買い物、しないと」
「……あ」
 スッ、とすり抜けるように、雫はハチの横を通り抜ける。ハチも急いで追いかけるが、その距離は縮まらない。――縮めることが、出来ない。
 わずか数歩開いたその距離は――離れ始めた、二人の気持ちを表しているようで、二人の心を苦しめたのだった。


<次回予告>

「む? おお、雄真殿に法條院殿に月邑殿に粂殿ではないか。お早う」
「お早う、じゃねえよ……信哉お前、何だその荷物……」
「何って、合宿用の荷物だが。今日から皆で修行だろう?」

ついにスタート、小日向雄真魔術師団、決勝戦へ向けて合宿!
始まる前から波乱あり!? 果たして合宿の行方は?

「あ……雫ちゃん」
「? はい、何ですか?」
「あ、その――ごめん、俺の勘違いだった。何でもないや」

そんな中、ほんの少しだけ違和感を感じる雄真。
果たして雄真が感じる違和感の正体とは?

「何だかんだで随分を気にかけるんじゃないか」
「クライス?」
「奴と月邑雫のことはもう二人の意思に任せる――確かそれがお前の意思だったような気がするが?」

そして――ハチと雫の、想いの行方は。

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 66 「小さな傷、小さな違和感」

「――大丈夫、私には皆がいるから」


お楽しみに。



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