「え、合宿?」
 休み時間、トイレに行った帰り偶々遭遇した楓奈から切り出された話題はそれだった。小日向雄真魔術師団の合宿。
「うん。次はとうとう決勝戦だし、今度の休みにかけて最後の追い込み……みたいな感じでやろうか、って。正式には、今日の放課後の練習で成梓先生から発表になると思う」
 確かに次は決勝戦。泣いても笑ってもそこでMAGICIAN'S MATCHは終わる。そこで全力を出せなければ意味もないし。その為の合宿なら大賛成だ。……にしても、合宿か。
「あれだよな? ハチが誘拐される為の口実とかじゃないんだよな?」
「ふふっ、その点の対策はあれ以来しっかりしてるから、大丈夫だよ」
 あれはあれで驚いたからな。それでも勝ち続けている俺達は実力以外の何かもきっと備わっているんだろうな、と思わないこともない。
「何だかでも楽しみかな。参加したこと今までないけどきっと私、合宿得意だと思うし」
「そうだな、きっと楓奈なら……得意?」
 得意ってどういうことだ? 合宿に得意不得意とかあるのか? 早起き出来ますとか枕変わっても寝れますとかか?
「なあ楓奈、俺思うに、あまり合宿に得意不得意はないと思うぞ?」
「そう……かな? だって、合宿って必ず全力投球での枕投げがあるんだよね? 一度当たると集中砲火されて窒息寸前になるって。私きっとそういうのよけるの得意だと思うから……」
「小雪さんか、小雪さんだろうその情報源」
「? 凄いね雄真くん、確かにさっき小雪さんに会って合宿のこと話したらそう説明してくれたんだけど」
 他に居ないだろそんな嘘吹き込むの。明らかに俺が直ぐに楓奈に会ってツッコミを入れるのを予測してのボケだし。恐ろしいボケ方だ。つーか修学旅行か。枕投げて。
「楓奈、良く聞いてくれ。合宿では枕投げはしない」
「あ、そうなんだ? それじゃ、リンボーダンスも寝起きドッキリもないんだ?」
「楓奈すまん、ツッコミ入れるのが面倒だからもう小雪さんから言われた説明は全て嘘だと断言しておく」
 あの人はどれだけの嘘を楓奈に吹き込んだんだ。しかも理由は直後に会う俺にツッコミをさせる為だけ。
「では瑞波楓奈、簡単だが正しい合宿のあり方を説明してやろう」
「クライス?」
「合宿恒例イベントその一。――YOBAI!」
「クライスさん英語で格好よくして誤魔化してますけど明らかに間違ってますよねそれも!?」
 夜這いて。
「恒例イベントその二。――ONI-GOKKO!(十八禁)」
「あ、鬼ごっこなら私も得意かも。――あれ? でも何で十八歳未満は駄目なの?」
「だああああ楓奈は知らなくていい知らなくていい! 鬼ごっこもしない!」
 十八禁て。間違いなく捕まったら罰ゲームでドーンってパターンだろう。っていうかまた英語だし。
「なあ雄真、お前過保護過ぎないか? そろそろ楓奈にもそういう知識をだな」
「お前の与えようとしている知識のジャンルがあまりにも片寄り過ぎなんだよ!!」
 その手の知識で最初に知るのが十八禁の鬼ごっこて。マニアック過ぎるから。 



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 64  「みんながいるから大丈夫」




 そんな合宿発覚の休み時間の、更に次の休み時間のこと。
「小日向、ちょっといいか?」
「? 山口(やまぐち)、どうかしたか?」
 クラスメイトの山口が俺に話しかけて来た。仲が悪いとかではないが、特別そこまで親しいわけでもないのでちょっとだけ驚きだ。何だろう?
「あ、いや、ここじゃちょっと。――廊下とか、歩きながらでいいか?」
「まあ、構わないけど」
 誘われるままに俺も立ちあがり、山口と廊下を歩く。目的地があるわけではないので、ぶらぶらと。
「で、何の用だ? 大分教室から離れたし、もういいだろ」
「ああ。――頼みがある」
「とりあえず内容は聞くよ。何だ?」
 俺が促すと一層山口は真剣な面持ちで俺を見る。そして。
「小日向。――お前に、弟子入りさせてくれ!!」
「……は?」
 弟子入り? つまりあれだ。俺が山口の師匠?
「いやいきなり意味がわからないんだけど。何だ弟子入りさせてくれって?」
「近年のお前を見て、気付いたんだ。――俺は、お前のようになりたい」
「俺みたいに……なりたい?」
「ああ。そう、俺はいつでも可愛い女の子、誰かしらに囲まれているお前になりたいんだ」
「……あのなあ」
 俺、ため息。――言いたいことはわかるが。
「俺は気付いたんだ。周りの奴らは嫉妬してお前を敵対視する奴ばかり。でもお前を敵対視した所で自分の所に可愛い女の子が来てくれるわけではない」
「まあそうだけど」
「だから、逆の発想だ。俺は、お前の極意を盗む!!」
「だからさあ……」
 俺は何かテクニックを駆使して故意に可愛い女の子を集めてるわけじゃないんだが。
「言っておくけど、俺も偶々だからな。今MAGICIAN'S MATCHやってるからその関連もある」
「極意その一はそのクール加減か!」
「……馬鹿馬鹿しい、俺戻る」
 というか可愛い女の子に囲まれてるっていうか、嫉妬まみれというか、命がいくつあっても持たないというか。真髄のMじゃないとあれは厳しいぜ。
「待て小日向、俺は知ってるぞ! きっとお前のことだ、こうしてちょっと教室を離れてる間にお前を尋ねて来てる可愛い女の子がいて、お前の席で座って待ってたりするんだろ!」
「だから何度も言うけど、そんなに都合の良い展開がそうあるわけないだろ!」
 ガラガラガラ。
「あっ、雄真センパーイ!」
 ズルッ。――俺、教室のドア開けた瞬間すべりこけたの初。
「小日向ぁ〜〜!! いるじゃないかいるじゃないかいるじゃないか可愛い女の子がお前の席に座って待ってるじゃないか!! しかもあの子、二年生の法條院さんじゃないか!! 二年生でもトップクラスの可愛さだって話じゃないか!! お前しかも雄真センパイなんて呼ばれてるのかこの野郎〜〜〜!!」
「…………」
 俺の席には、満面の笑顔で俺に手を振る深羽ちゃんの姿が。弁解の余地がなかった。まさかとは思ったが実際こうなるとは。
「……深羽ちゃん、何で俺の席に座ってるの?」
「雄真センパイに用事があって来たんですけど、センパイ居ないっていうからちょっとだけ待ってみようかなー、って感じで待つことにしたんです。で、何処で待とうって思ったら、気付いたらセンパイの席に座ってました。……ちょっと座ってみたかったからー、なんてのも」
 最後の方がよく聞き取れなかったが、まあ俺が戻ってくる前からここに座っている深羽ちゃんは当然だが注目を集めていたようで、今俺物凄い嫉妬の視線を感じてます。……俺の席に座る前に気付いて欲しかったぜ深羽ちゃん。
「って、深羽ちゃん俺に用事?」
「あっ、はい! ちょっとだけいいですか? 話聞いてもらって」
「うん、それは別に構わないけど。――ここじゃあれだから、廊下に行こうか」
 俺は深羽ちゃんを促し、廊下へ移動。――余談だが山口はもう放っておく。
「で、相談って?」
「はい、実は雫のことで。……って言うより、雫と高溝センパイのことって言った方が正しいかも」
 雫ちゃんと、ハチ。――直ぐに、相談内容の予測がつく。
「この前の準決勝の時、少し話したんですけど、雫、自分の気持ちとか行動を決めかねてるみたいなんですよ」
「まあなあ。色々あったし。正直、ハチも悩んでると思う」
 結羽里に指摘された時のリアクションを見る限りでは、あいつもそんな感じだろう。
「一応見守るって決めたんですけど、ちょっとだけ見ていて心苦しいなって。だからなんて言うか、「気持ちを決める」為の後押しがしたいな、って思ったんですよ」
「成る程、ね」
 友達想いの深羽ちゃんらしい発想だ。
「センパイ、どう思います?」
「うーんとさ、正直に言うと、俺はあまりもう口を挟まないでおこうって思ってた。確かにハチには色々やってたけど、それはどう考えても一人じゃどうにもならない話だったりしてたから、手を貸してた。でも今そういう大きな障害はない。だから後はハチの意思に任せようって。ハチが決めることだって思ってた」
「あー、やっぱりそんな感じだったんだ……」
「ああでも、あくまで俺がメインでハチの為に何かしたり案を出したりするつもりがなかっただけで、深羽ちゃんが雫ちゃんの為に何かしたい、っていうならそれは協力するよ。ハチ以外のことで俺に出来ることがあるのかどうかはわからないけどさ」
 俺がやらないと決めていたのはハチへの直接の手助けだけ。間接的に、しかも深羽ちゃん経由の雫ちゃん行きなら問題ないだろう。
「ホントですか!? じゃその、一つ案があるんですけど、聞いて貰っていいですか?」
「うん、いいよ。どんな案?」
「今朝聞いたんですけど、小日向雄真魔術師団、今度合宿するみたいなんですよ」
「ああ、俺もそれは聞いた。でもそれが?」
「で、その合宿の為に色々買い物! っていう名分で、お出かけするのどうかなー、って思いまして。で、当然ハナっから高溝センパイと雫の二人っきりっていうのはマズイと思うので、雫の友達ってことで私、高溝センパイの友達で雄真センパイがついて、合計四人。で、上手く行きそうだったら、自然な感じで雫と高溝センパイの二人っきりにさせてあげられたらなー、と」
「成る程な……」
 メンバー的な違和感はない。雰囲気的に無理だったら無理に二人っきりにさせなくてもいい、か。
「うん、いいんじゃないかな、その案。変に無理な所もないし」
 出来れば土倉と相沢さんの時俺もそんな優しい案で色々やりたかった。いや柚賀さんを責めてるわけじゃないぞ? ただちょっとね?
「俺で良ければ、協力するよ」
「ありがとうございます!……で、この案を承諾して貰うということで、一つ確認事項がありまして」
「確認事項?」
「はい。――この作戦が上手くいって、雫と高溝センパイが二人っきりになるということは、残る二名、つまり私と雄真センパイも二人で行動って感じになっちゃうと思うんですけど、それってセンパイ的にオッケーですか?」
「深羽ちゃんと二人で?」
「はい。その……駄目、ですかね?」
 深羽ちゃんと二人、か。
「うん、それは全然構わないよ。寧ろ光栄かなあ」
「ホントですか!? 具体的に言っちゃうとセンパイと私でデー……いやその、二人で色々見て回ったりお喋りしたり何かおやつ食べちゃったり、雫達が関係ない時間が出来ちゃうんですけど」
「うん、大丈夫だって。深羽ちゃんとなら楽しいだろうし」
「ヨシッ!」
 深羽ちゃん、満面の笑みでガッツポーズ。……何でここまで喜ぶんだろ?
「あっ、それじゃセンパイ、細かい話はまた放課後にでも!」
 そう言って深羽ちゃんは笑顔で俺に軽く手を振って、軽やかなステップで廊下を小走りで去っていった。――やたらとハイテンションだな。スカート短いから危うく見えそうだぞ。
「――ちゃんと注意してやれよ、雄真。あまり走ると下着が見える、とな」
「クライス。……やっぱり、お前も思ったか」
 ワンドのくせにやたらとエロいクライスだが同じ位紳士でもあるのでこの辺りは流石と言えばいいのか。
「見せる下着なら構わんがな。そうでもないものを誰にでもそうチラチラ見せていいものではない」
「まあなあ」
「それにあの娘の下着は、近いうちに抱けば見れるだろう?」
「まあなあ……まあなあ!?」
 同じ言葉で言い方のテンションだけでツッコミに変えてしまった。
「高溝八輔と月邑雫が二人っきりになった時にだな、ご休憩位の時間はだな」
「時間があるないの問題じゃねえ!?」
「時間はあるのに雄真が甲斐性なしだった、と」
「上手くないから!?」
 そんな可愛い女の子だったら誰でも抱きますみたいな甲斐性いらん。
「あの娘は雰囲気を上手く持っていけばお前なら抱かせてくれると思うぞ? この歳になると年下云々関係なしで良い体をしてる者はしているしな」
「そんな分析もいらんわ!!」
「えー、折角の可愛いピンクがー」
「何その口調!? っていうか結局お前しっかり確認してんの!?」
「当然だろう。寧ろ今のタイミングで確認出来ないお前が信じられん」
「あのなあ!!」
 そんな日常茶飯事な会話をしつつ、俺は教室に戻るのだった。


「♪〜♪〜♪〜」
 さてこちら、魔法科校舎二年生の階、廊下。――法條院深羽が軽やかなハイテンションステップで雄真への報告後、教室に戻る所である。
「深羽」
「♪〜♪〜♪〜」
「……深羽」
「♪〜……ってぬお、美風、どーしたよ?」
「わかっていますか? これはあくまで月邑様の為の話。深羽の為の話ではないのですよ」
「わかってるってーの、その位」
「ならいいのですけど。自分のことに目が眩んで、本来の目的を見失わないように」
「はいはい」
 そう軽くあしらいつつも、確かにちょっとテンション上げ過ぎだったか、と素直に少し反省をしておいた。――でも同時にテンションが上がるのも仕方ない、と考える自分もいた。だって雄真とデートのような物が出来るチャンスなのだ。
 深羽にとって、雄真は純粋に「憧れの先輩」という存在である。当然異性としての好意が含まれていないわけではないのだが、雄真に春姫という彼女がいることも知っているし、「憧れ」というカテゴリーに置くことで割り切っているつもりである。
 でも、雄真が卒業するまでのあともう少しの間、追いかけて、偶にこういうチャンスがあってもいいよね、と深羽は思う。そのチャンスが舞い込んで来ているのだ。テンションが上がるのはやっぱり止められなかったりする。
「まあ、気分が高揚するのは仕方ありませんが……あまり飛び跳ねながら移動しないように。淑女たるもの、気持ちを許すと決めた方以外の男性の前で、下着を見せる機会を振りまいていてはいけません」
「え……ヤバ、見えちゃってたかな?」
「それは私からは。ただ少なくともここまでの道のりで見ようとしていた方は数名いらっしゃいましたけど。それにおそらくゼンレイン殿には見られましたね」
「センパイの……ワンド? 何で?」
「そういう方ですから、あの方」
 古い付き合いである美風ならではの分析である。クライスとしてもこの行動を読まれても特に恥じたり困ったりするような性格ではないが。――深羽だけが「?」マークを浮かべるだけであった。
「っとそうだ、雫に報告に行くか」
 ステップを意識して抑え、雫のいるクラスへ。――ちなみに深羽と雫は違うクラスである。
「雫ー……ってあれ、いない」
 教室を見渡しても、雫の姿はなかった。――と、程良く見知った顔を発見。
「あ、イブリアーナ、雫知らない?」
「……貴様、私に喧嘩を売りに来たのか? どうしてもというなら買うぞ?」
 ……伊吹である。
「駄目? イブリアーナ」
「駄目に決まっておるだろう!」
「じゃあ何ならいい?」
「あだ名で呼ぶことを前提に話を進めるでない! 会う度に新しい呼び名を考えようとするでないわ、まったく!」
「ちぇっ、可愛いと思うんだけどなー。――で、雫知らない?」
「月邑なら、先ほど教室を出て行ったぞ。男子二人に話しかけられて、その二人と一緒にだ」
「男子二人と……? 何でだろ。――まあいいや、ありがとね」
 そのまま深羽は教室を後に――
「ちょっと待て法條院」
 ……しようとした所で、伊吹に呼び止められた。
「? どしたよ?」
「前から気になっていたんだが、お主私は意地でもあだ名をつけようとする癖に、月邑には付けようとしないのは何故だ?」
「ああ、何となく」
「そんな理由か!? おかしいだろう、あやつにもつければよいではないか!! シズクリミナルとかしずくんマークUとか雫ックルドゥールドゥーとか!!」
「……伊吹、センスない」
「お主に言われたくないわ!!」
 そんな会話を挟みつつ、深羽は再び廊下へ。さて電話なりメールなりしようか、と思って偶々窓の方へ寄ると。
「……あ」
 窓から下を見たら、そこに雫はいた。――伊吹の言っていた様に、男子二人と共に。
「あれは、告白の類かなー……」
 だとしたら、何故に男子は二人なんだろう? という疑問が直ぐに深羽の頭を過る。ちょっとだけ気になったので、偶然を装って近寄ってみることに。急ぎ足で外履きに履き替え、移動。当人達にばれないギリギリの位置まで行くと、会話が耳に届いてくる。
「――だから、こいつマジなんだって。ちょっと位前向きに考えてやってくんねーかなー」
「言いたいことはわかるし、気持ちも嬉しいけど、さっきも言ったように私は今は」
「でもさー、今付き合ってる奴がいるわけじゃねーんだろー? だったらさ」
 そのわずか数回のやり取りで、深羽は大よその事情を察した。
 男子の内一人が雫が好きで、もう一人は友人。
 前々から――恐らく雫が一旦瑞穂坂を離れる前から――雫が好きで、最近になって戻って来たことで、想いは復活、更に強くなった。
 友人は彼が以前から雫が好きなことを知っていた。だからこれはチャンスだと進言。
 友人の方は深羽自身彼と親しいわけじゃないが、噂位は聞いている。ちょっと軽い性格で、素行態度もあまり良いとは言えない。深羽としては好感が持てるタイプではなかった。
 一方の雫に惚れてしまっている方は、少し弱気な性格。察するに「大丈夫俺が何とかしてやっからさあ」みたいなノリで半ば強引にこの展開にされてしまったのだろう。
 で、二人で雫を呼び、告白。――雫は断る。
 だが友人の方ははいそうですか、で引き下がらない。雫に今は彼氏がいないということを聞きだし、無理矢理にでもどうにかしようとしている。で、雫が困っている、というわけだ。
「一応五月蝿そうだから聞いとくけどさ、美風、ここで私が口を挟むのって「淑女」としてどーよ?」
「本来でしたら人の告白の現場に口を挟むなど野暮なもの。――ですがあれは最早告白と言える状況ではありません。ならばご友人を助けるのが筋でしょう。……と言うよりも、私が止めたら深羽は止まるのですか?」
「多分止まらない」
「……なら聞かないように」
 というわけで、深羽は乱入を決断。
「あっ、雫いたいた、こんな所にいたんだ!」
「あ?」
「あ――深羽ちゃん」
「探したよ、教室行ってもいないからさ。で、可及的速やかな要件が……あれ?」
 深羽、ここへ来てやっと相手の男子二人を確認(無論演技である)。
「あー、もしかして告白云々のシーンだった? ごめんごめん。……でさ、さっきも言ったんだけど可及的速やかな要件があるんだけど、もうここの話って終わってる? 終わってるならちょっといい?」
「終わってる……って言うより、私はお断りしてるんだけど、納得して貰えなくて」
「正直困ってました、と。――ふーん」
 そこで深羽は雫をまるで庇うかの様に雫の前に立ち、男子二人と対面する。
「らしいんだけど、もう雫はいいかな? そっちだって雫を困らせるのが目的じゃないでしょ?」
「そりゃそうだけど……つーか法條院、お前関係ないのになに出しゃばってくんだよ」
「告白したのそっち?」
「俺じゃねえよ」
「じゃあんただって関係ないんじゃん」
「関係なくねーよ、俺は最初からここにいたんだから」
「尚也(なおや)、もういいよ……僕はもう納得してるから……」
「っせえ、お前もちょっと黙ってろ!――おい法條院、お前成績良くて人気あるからってあまり調子乗ってんじゃねえぞ。いくら家がいい所の家だからってなあ、俺の仲間集めればお前なんてどうにだってしてやれるんだからな、一生逆らえないようにだってしてやれるんだぜ? それを――」
「あれっ? 深羽ちゃんに雫ちゃんじゃん、どうしたの?」
 と、ここへ深羽と雫にプラスとなる登場が。――声のした方を見れば。
「真沢センパイに葉汐センパイ!」
 姫瑠、琴理の二人である。
「どうかなされたんですか? あまり良い雰囲気には見えませんでしたが」
「実は」
 深羽はことの経緯を姫瑠と琴理に説明。
「……っていうわけでして」
「成る程ねー……」
 ふむ、といった感じで姫瑠が男子の方に向く。
「この辺りで引いた方がいいと思うよ。これ以上頑張っても、友達の為にならないこと位、わからないかな?」
「うっせーな、先輩方には関係ないでしょうが」
「ここまで来ちゃったら関係あるないじゃないよ?」
「引っこんでろって言ってんだよ! うぜえな!」
 ドン。
「あ」
 男子が姫瑠を押した。結構な威力で押したようで、転ぶことはなかったものの、姫瑠が体勢を崩す。
「姫瑠ちゃん、大丈夫ですか?」
 姫瑠の一歩後ろに控えるような形でいた琴理が、直ぐに姫瑠を支える。
「うん、大丈夫。……大丈夫、だけどさ」
 姫瑠がギン、とその男子を睨む。男子も怯むことなく姫瑠を睨み返した。その場の空気が悪くなる一方。
「姫瑠ちゃん、ここはわたしが」
「いいの?」
「はい。……というよりも、この状況下で「私」を「抑えている」方が辛いですから」
 姫瑠と入れ替わるように、琴理が立ちはだかる。
「暴力に訴える、というのはあまり良いことではありません。力だけに訴えて想いが通るなら、何の苦労もいりませんよ。……わかりませんか?」
「暴力に出ないとわかってもらえねー馬鹿な先輩方とかいるだろうがよ、オラっ!」
 男子生徒、先ほどよりも少々勢いを増して、手を出す。……が。
「え」
 ヒュン!――その手が琴理の体に触れることはなく、逆にその腕を琴理に掴まれ、
「がは!?」
 ドサッ!――気付けば宙を舞い、気付けば思いっきり地面に叩きつけられていた。
「なら覚えておくといい。――そういう馬鹿な人間には、正当防衛という物が通用するということをな」
 要は、戦闘モードを発動させた琴理に、あっさりと投げ飛ばされた、というわけである。
「テメエ、やりやがったな……! 覚えてろよ、ここにいる全員の顔、俺は覚えたからな! 絶対ただじゃ済まさねえぞ! 一人一人、必ず痛い目に合わせてやる……!!」
「あー、止めた方がいいんじゃないかな、それは」
 姫瑠である。
「例えば琴理を敵に回したとしてそれつまり私も敵に回すってことだし、私と琴理を敵に回すってことは雄真くんを敵に回すってことだし、雄真くんを敵に回すってことは小日向雄真魔術師団全員を敵に回すってことだし、更にその関係者、協力者を全員敵に回すってことだし。始まりが誰でも、最終的にはそれだけの人が君の敵になっちゃうよ? 御薙先生とか成梓先生とか、同時に相手に出来る? 少なくとも私はそんな状況にはしたくないかなー」
「……!!」
 その結論を出されて、男子生徒は言葉を失う。――悔しいし、腹が立っていたが、でもそれ以上にどうにもならない事実であった。
「クソッ!」
 そのまま男子生徒は走り去る。告白してきた方の男子生徒も二、三度頭を下げると、後を追うようにその場を去って行った。
「ふぅ、これで大丈夫かな?」
「ありがとうございます、センパイ方」
「ありがとうございました」
「気にするな。ここを通ったのは偶然だしな。――あいつがまだ何かやってくるようなら直ぐに連絡しろ。強引な手段で終わりにしたのは私だからな、これ以上何かあるならこちらから潰しにいくしかない」
 琴理は少し厳しい目で、男子生徒達が行った方角を見ていた。
「でも、大変だね雫ちゃんも。可愛いし無理ないけどねー……ってそうだ、ちょっと気になったから雄真くんに聞いてみたことあるんだけど、雫ちゃんってハチが好きってやっぱホント?」
「ああ、そういえばそんな話だったな。――どんな方法で脅迫されたんだ? あれなら極秘裏にその脅迫の元を処分してきてやるぞ?」
 ここに雄真がいたら「流石、そして恐るべしエージェント琴理」というツッコミが入っただろう。真剣にそう告げてくる琴理に、姫瑠は苦笑。
「琴理はハチのこと嫌いだもんねー。……で、どうなの? 聞いたらまずかった?」
「えっと……その」
 雫、照れ半分、困り半分。――最近、ハチのことを聞くと、必ず出てしまうリアクションである。そのリアクションを見て姫瑠も「ふーむ」といった感じに。
「雫ちゃん、いっそのこと爆発させちゃいなよ」
「えっ?」
「よくさあ、告白すると壊れちゃう、関係がおかしくなる、とかあるじゃん? でも、きっと私達なら大丈夫だよ。だって雄真くんとその仲間達じゃん、私達」
「……真沢先輩」
「何があったって、みんながいるから大丈夫。雫ちゃんが一人になることも、困ることもきっとないよ。だから、突っ走ってみなって」
「そうだな。あいつを中心に嘘みたいに強い絆で出来てるからな、その仲間達は。心配しなくていいだろう。――何かその件でも困ったことがあったら遠慮なく言ってくれていいぞ。まあ、その事で私達に何が出来るかはわからないけど」
「……葉汐先輩」
「それじゃ、私達行くね。頑張ってね、雫ちゃん」
 軽く手を振り、歩き出す姫瑠。後に続く琴理。
(みんながいるから……大丈夫)
 その言葉は、雫にあらたなる勇気をもたらしていたのだった。


<次回予告>

「そうだ。メンバーは俺とお前を含め四人。皆仲の良い仲間だ。仲間内で楽しく買い物、
それだけだ。そうだろ?」
「そ、そうだけどよ……その、あの……俺、雫ちゃんとどうしたら……えっと」
「そこも気にしなくていいんだ。何もお前と雫ちゃん、二人っきりになれって言ってるわけじゃない」

そして決行、雄真&ハチ&深羽&雫のお買い物デート!
果たしてハチはいつものハチに戻ることが出来るのか?

「えーっと、そのそうじゃなくて、深羽ちゃんこうして見てると可愛いなあって」
「え……」

ハチと雫より距離が縮んでしまうのは雄真と深羽!?
果たしてこの計画の行きつく先は何処なのか?

「だから……私の初恋は、きっと」

”みんながいるから大丈夫”
この言葉を胸に、雫が選ぶ行動とは――

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 65 「初恋」

「……この前」
「……え?」
「この前……同級生の男子に、告白、されました」
「!!」


お楽しみに。



NEXT (Scene 65)  

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