早朝、見慣れたマンションの周りの道を、ジョギング。――ここ最近は、朝とはいえ気温も高くなってきた。この様子なら夏も近いだろう。
 ラストスパートをかけ、ゴールのマンションのロビーへ。そこまで来たら後はゆっくり歩いて、三階の自分の部屋へ。ドアを開け、軽くシャワーを浴びて、朝食の準備。食パンをトースターに入れ、同時にフライパンに卵を落とす。冷蔵庫から昨日の内に作っておいたサラダを取り出して、ドレッシングをかける。
 いつもと同じ朝。いつもと同じ行動。――何となく、変えたくなかった。特別なこともしたくはなかったし、逆に何もしないままというのも嫌だった。ただいつも通り、動いていたかった。
 食事を終え、食器を片づけ、歯を磨き、顔を洗い、身だしなみを整える。靴を履いて、家を出る。――いつもと、同じだ。
 いつもと違う所と言えば、俺の服装が私服なのと――テーブルの上に、昨日の内に用意しておいた物を置いておくだけだ。
「いい天気だな……」
 雲一つない、晴天だった。俺は、ゆっくりと歩き出す。急ぐ必要はない。時間はある。
 俺は向かう。――俺の、始まりと、終わりの場所へと。 



ハチと小日向雄真魔術師団
SCENE 62  「いつまでも仲間のままで」




「うーす」
「おはようございます」
「おはよー」
「おーっす」
 朝、登校時、いつもの準とハチとの合流地点。いつも通りそのまま四人で学園へ。
「にしても、暑いわねー。折角夏服になって涼しくなんて思ってたのもつかの間ねー」
 準が制服をパタパタさせている。気持ちは物凄い分かる。今日は梅雨の中休み、カラッとした暑さだが暑いことに変わりはなかった。
「準もハチみたいに坊主にしたらどうだ? 少しは涼しくなるかもだぞ?」
「嫌ね。ハチと同じ髪型なんて絶対」
「ちょっと待て準、その言い方だと坊主が嫌なんじゃなくて俺と同じ髪型が嫌という風にしか聞こえんぞ! もしも俺がお前と同じ髪型になったらどうするつもりだ!」
「坊主にするわ」
「コラアアアァァァァ!!」
 朝から実に暑苦しいツッコミだった。
「実際でも涼しいんじゃないのか、その坊主」
「まあな。――でもな雄真、やっぱり男は涼しさ一つでも体の身だしなみが大切なんだぜ」
「?」
「雄真、お前はちゃんとこういうものを持ってるか? はぁ〜♪」
 ハチが取り出したのはコマーシャルでもよく見るボディースプレーだった。そのコマーシャルで流れている歌を歌いながら体にかけている姿は正直気持ち悪かった。あのコマーシャルはイケメンの人がやってるから余計にギャップがそう感じさせるんだろう。
「ハチがボディースプレー、か。一昔前はボディーソープの意味も知らず「ソープ」っていう言葉に馬鹿みたいに反応してたのにな、ハチ」
「いいじゃない雄真、成長の証よ。去年なんて匂い消しに「●ンスにゴン」を持ち歩いてたじゃない」
「待ていいいい準、それは防虫剤だろうがあああ!! 流石にそんなことはしないわい!」
「そうだぞ準、弄るなら一昨年匂い消しに「●キブリホイホイ」を持ち歩いてたことをだな」
「雄真あああああ!! それは最早匂いもクソもない!! 防虫剤の虫繋がりなだけだろうがああああ!!」
 ツッコミが暑苦し過ぎる。最早ボディースプレーも無意味な暑さだ。
「駄目ですよ、兄さん、準さん、暑いからってハチさんに当たったら!」
「別にハチに当たってるわけじゃないって。軽いボケとツッコミのノリ」
「にしても、「ゴ●ブリホイホイ」は酷過ぎです、兄さん! せめてハチさんの半径五メートル以内に近づくと匂いが移るとか、ハチさんってゴキ●リに似てますねとか明日からハチさんのあだ名をハッチローチにしましょうとかゴキブ●をホイホイする前にハチさんをホイホイした方が世間の為ですとかその位にしてあげて下さい!」
「☆▲×%$#@!?」
「すももさん、真顔でそのボケ入れるのが多分一番キツイっす」
 ハチ、石化。――半径五メートルで匂いが移るとか。どんな臭さですか。しかも後半の連続コックローチネタは何だ。残酷過ぎる。今までの流れ無視か我が妹よ。
「あ、そうです兄さん、昨日は姫ちゃんを寮まで送りましたか?」
「? ああ、いつも通り送ったけど」
「ふむふむ……その後は、真っ直ぐ帰って来ましたか? 誰かと会ったりはしていませんか?」
「いや、普通に真っ直ぐ帰ってきたけど……」
「ほうほう……そうですか、わかりました」
「いやあの……わかりましたって、何を調べてるんだすもも」
「兄さんの、姫ちゃんへの愛情度チェックです」
「……はい?」
 俺の、春姫への愛情度チェックだって?
「近年、兄さんは姫ちゃんに対する愛情が非常に疑わしい状態にあります。なので妹として姫ちゃんの友人として、兄さんが本当に姫ちゃんを大切にしているかどうかチェックしようと思うんです。本当はこんなことするのは非常に心苦しいのですが……」
「いやあのですな」
 何を始めちゃってるんでしょうか俺の妹は。心苦しいならぜひ止めて欲しい。
「すもも、お前の気持ちもわからないでもない。だがな、俺は春姫のことが大好きだし、とても大切に想っている。だからその調査は不要だ」
「台詞が嘘臭いです。よってマイナス一ポイント」
「ちょっと待てい」
 俺にどうしろと言うんでしょうか。っていうかポイント制なのか。
「まあでも、すももちゃんの気持ちもわからなくもないわね。最近雄真、琴理ちゃんと随分仲良いし」
「琴理はMAGICIAN'S MATCHでのパートナーなんだ、仲良くして当たり前だろ」
「でも琴理ちゃん、以前は苗字だったのにここ最近雄真のこと名前で呼ぶようになったわよね?」
「琴理さんへの愛情度プラス五、姫ちゃんへの愛情度マイナス一」
「判定厳しいなおい!」
 ゲームかい。……と、そんな会話をしながら歩いて行くと、学園校門前。春姫との合流地点だ。
「……ん?」
 と、いつも春姫がいる辺りに、いつもは見かけない人影が。あれは……
「相沢さん……?」
 そう、相沢さんだった。明らかに誰かを待っている様子。
「相沢さんへの愛情度プラス三、姫ちゃんへの愛情度マイナス一」
「すもも、頼むから冷静になってくれ。その判定おかし過ぎるだろ」
 何故に俺を待っていると決めつけしかもそれが春姫へのマイナスに繋がると決めつけられなければならんのだ。
「それによく見てみろすもも、相沢さんの隣にちゃんと春姫も……春姫?」
 そう。相沢さんの横には春姫。しかも見た感じ、相沢さんの表情は何処か曇っており、春姫は相沢さんを励ますように話しかけている。――何があったんだ?
「あれだな。やっちゃったな、雄真」
「クライス?」
「まあ、最近のお前の行動を振り返ってみればだな、大方会話の予測は出来る」

『神坂さん、どうしよう……来ないの……』
『来ない……って、ええええ〜〜っ!? ま、まさか』
『ええ……この前、練習終わりに、神坂さんと一緒にその……小日向くんと、「した」でしょう? その時小日向くん、外じゃなくて中に――』

「ああああああええええっとああ相沢さんの愛情度がプラス三十で姫ちゃんの愛情度がマイナスいえでも姫ちゃんも一緒だったってことはプラスでも中とか外とかええええ」
「クライスさんクライスさん、中身が刺激的過ぎてすももが壊れてしまいましたが」
「ま、この位大丈夫だろう。ショックを与えた方が気分的に落ち着くものさ」
「さいですか……」
 顔を真っ赤にして目をぐるぐるさせているすもも。……はともかく、ひとまず俺は春姫と相沢さんの所へ。
「お早う、春姫、相沢さん」
「あ、雄真くん、お早う」
「お早う、小日向くん。――小日向くん、恰来から何か連絡ってなかったかしら? 昨日の放課後辺りから」
 そういきなり切り出す辺り、最初から俺に用事だったようだ。……って、
「土倉から? 別に何もないけど――何かあった?」
「昨日の夕方から、連絡が取れないの。小日向くん、男子では多分恰来と一番仲良くしていたでしょう? 何か知らないかしら」
「いや……特に何も。風邪でもひいてぶっ倒れたとか……?」
「私も、普段だったらそこまで心配しないわ。ただ……昨日、一緒に帰ったの」
「土倉と?」
「ええ。その時の様子が、何か変っていうか、頭から消えなくて、不安で仕方なくて」
「ふーむ……」
 土倉の様子、か。……そう言えば、昨日練習の休憩時話したけど、少し不思議な感じだったな。
「ちょっと、俺も電話してみるよ」
 携帯を取り出し、土倉にコールする。……が、
「出ないな……」
 留守番電話に繋がってしまい、一切出てくる様子はなかった。――言われてみると確かに気になる。昨日、何処か様子がおかしかった。
 更に思い出されるのは、一昨日、トラウマに押され、嘔吐していた姿。――実際体調不良でぶっ倒れているとかあるかもしれない。大丈夫、とは一概には言い切れない。
「放課後、一緒に土倉の家、行ってみる? 俺あいつの家知ってるから。成梓先生に事情を説明して、練習は今日は抜けさせて貰おう。朝の内に俺先生に言っておくよ」
「小日向くん、ありがとう。ごめんなさい、私の我が侭に近いことに付き合わせて」
「いや、大丈夫だよ。俺も気になるしさ」
 何事もなければいいけど。……なんて、この時はまだ何処か軽く考えていた俺がいた。


 ――放課後になった。俺は朝の約束通り、相沢さんと土倉の家へ向かう。監督の成梓先生には朝話を通しておいた。成梓先生は快く承諾してくれた。
「そういえば、土倉の家に行くのは、スパイ疑惑の頃以来になるのか」
 何か事件がないと行かないというのは何処か虚しい。いつかただ遊びに行く、という理由であいつの家に行くようになるんだろうか。なれるんだろうか。……まあ、とりあえずは現状の問題の解決からだ。
「…………」
 俺の横の相沢さんは、不安そうな心配そうな顔で、俺に付いてきている。……もう、直接確認してみても、いいか。
「ねえ、相沢さん」
「? 何かしら」
「相沢さんってさ、土倉のこと、その……好き、だよね? 友達としてじゃなくて」
 俺の問いかけに、相沢さんは少しだけ驚いたような顔をしたが、直ぐに落ち着いたようで、大きく息を吹いた。
「……隠しても、意味がなさそうね」
「うん、見てる側としては、結構分かり易かったと思う」
 態度、豹変した時期あったしな。
「初めは、MAGICIAN'S MATCHでパートナーになって、普通に仲良くなれたら、って思うだけだった。彼が人と交流を持ちたがらないのは知っていたから、これがいい切欠になって、人と触れ合ってくれたら、って思ってた。でも、恰来と交流を持つ内に、彼自身の魅力に気付くようになったわ。――彼、本当は凄く純粋で、真っ直ぐだと思う」
「純粋……か」
 確かに、そう表現してもいい所は多々あった。人との交流を避ける土倉。でも、交流を持ってしまえば、そのやり方は真っ直ぐだった。ストレートだった。
「彼は、私の外と中、両方をしっかりと見てくれていた。真っ直ぐな瞳で、私の全てを、見てくれていたのよ。――男子と交流がなかったわけじゃないし、告白も何度もされてきたわ。でも、恰来のような見方をする人は、今までに、いなかった」
「……相沢さん」
「後はもう説明が出来ない。傍にいればいるほど、気持ちは膨らんでいって、気付けば頭の中がそれで一杯になってたわ。――私は、恰来が好き。揺るがない、事実」
 そう語る相沢さんの表情は、何処までも晴れやかだった。
「……だったら、意地でも土倉を捕まえておかないとな。協力するよ」
「ええ。――ありがとう、小日向くん」
 二人で軽く笑い合う。重かった空気が、少し軽くなる。――相沢さんの気持ちは、固まった。後は、土倉次第。
 土倉がトラウマを乗り越えられたら――二人に障害はなくなる。だからこそ、今はとても大切な時期。多少過敏になったとしても、土倉の様子を気遣うべきだ。
「ああ、ここだここ。ここの三階」
 やがて土倉が住むマンションに到着。階段で三階に上がり、部屋の前に。
「土倉、いるかー?」
 ピンポーン。――チャイムを鳴らすが、反応はない。
「土倉、俺だ、小日向だ」
 ピンポーン。――もう一度鳴らしてみるが、やはり反応はない。
「いないのかしら……」
「学園サボって、何処かに行ったのか……?」
 一応確認で、ドアノブを握ってみた。――カチャッ。
「……え?」
「小日向くん?」
「鍵……掛かって、ない」
 ドアノブが、そのまま回った。鍵が、掛かってないのだ。――嫌な緊張が、俺達を襲う。
「土倉、いるのか?」
 ドアを少しだけ開けて、中に呼びかけてみる。――やっぱり、返事はない。俺は相沢さんを見る。視線がぶつかる。――言葉なくとも、意見は一致したのを確認。
「土倉、入るぞ」
 ドアを開け、お邪魔させて貰う。俺に続き、そのまま相沢さんも。
「いない……のか……?」
 広いマンションではない。人の気配がないのは直ぐにわかった。
「学園を休んで、何処かへ出かけてるってことなのかしら?」
「そういうことか……? でも、それならどうして――」
 携帯が繋がらないんだ、と言おうとして、俺の言葉が途中で止まる。……テーブルの上が、視界に入ったからだ。
「――小日向くん?」
 いや、正確には、テーブルの上に置いてある、「ある物」が視界に入ったから。俺はそれを手にとって、相沢さんに見せた。
「!! それって」
「ああ。――俺宛へ、手紙だ」
 俺が視界に入れた物。俺が手に取った物。――「小日向へ」と書かれた、一枚の封筒だった。封を開けると、便箋が出てくる。
 物凄い嫌な予感がするが、読まないわけにもいかない。――俺は、その便箋に目を通す。

「小日向へ。
 誰よりも早く、きっとお前がこの部屋に来ると思ったから、この手紙をこの部屋に置いていく。
 お前がこの手紙を見て、俺に対して何を思うかはその場にいない俺にはわからないが、何を思ったとしても、出来れば最後まで落ち着いて読んで欲しい。

 結論から書く。――結局俺は、自分自身のトラウマに、勝てなかった。
 お前達が俺から離れていくことへの恐怖に、勝てそうにないんだ。
 お前を始めとしたお前の仲間達は、俺を最後まで仲間として見てくれていた。――今まで生きてきた中で、そこまでの存在として俺を見てくれる人間なんて、いなかったよ。
 その中で、お前と友香は、何があっても俺を信じてくれると。そう言ってくれた。
 そう言ってくれるお前達を、俺も信じてみようと思った。思っていた。
 俺はお前や友香が居てくれたら、もう大丈夫だと思ってた。
 でも実際は逆だった。――お前や友香が離れていく恐怖が、本当の恐怖だったんだ。
 ここまで俺を信じてくれるお前達が、俺が最後にもう一度信じてみようと決めたお前達が俺の傍から消えてしまうことが、絶大なる恐怖なんだ。
 今までの奴らと同じように、お前達に俺は裏切られたらどうなるか。――俺はもう、壊れてしまうだろう。まともには歩いてはいけないだろう。
 だから、何もかも終わりにさせて欲しい。まだ、お前達の仲間である間に、終わりにさせて欲しい。
 きっとお前は怒るだろう。俺も、許せとは言わない。わかってくれとも言わない。
 でも、伝えておく。――俺は、いつまでもお前達の仲間でいたい。仲間でいたいと思う俺に、なってしまった。
 だから、お前達の仲間だって思える間に、終わりにさせて欲しいんだ。
 俺も、出来れば頑張りたかった。トラウマを乗り越えて、最後まで小日向雄真魔術師団の一員として、頑張りたかった。
 でも、親しくなれば成る程、近くなれば成る程――お前達が離れていく姿が、頭をチラついた。そんなことはないと言い聞かせても、怖くて仕方なかった。そのことを考えると、怖くて仕方なかった。
 そんなことを考えてしまう自分が嫌で。
 そんなことしか考えられない自分が情けなくて。
 結局何も出来ない自分が憎くて。
 でもどれだけ嫌でも情けなくても憎くても、その恐怖からは逃げられなくて。
 ――俺が、最後まで小日向雄真魔術師団の一員のまま終わらせるには、もう一つしか方法が思い浮かばなくて。
 俺は……それを、選ぶことに、した。俺は、逝く。
 謝って許されることじゃないが、謝らせて欲しい。――すまない。

 それから――最後に、俺からの我が侭だ。友香に、伝えて欲しいことがある。もしかしたら、今お前の隣にいるか? 何となく、そんな気もするんだ。

 伝えておいて欲しい。――君を、好きになれてよかったと。
 一人の男として、相沢友香という女の子にを、好きになれてよかったと。
 君に、恋をすることが出来て、本当によかったと。
 最初で最後の恋をした相手が――友香で、よかった、と。

 ありがとう。今まで、本当にありがとう。――土倉恰来」

「あの……馬鹿野郎……っ……!!」
 気付けば俺はその手紙を震える手で握り締め、そう口に出していた。隣の相沢さんもショックを隠せない。手を口に当て、呆然とした表情。
 痛いほどわかる、土倉の手紙の意味。――土倉は、自分のトラウマと、戦う決意をしていた。他人を心底信じるということに、挑戦しようとしていた。
 でもトラウマは、無理矢理乗り越えられる程、甘くはなかった。単純に相沢さんと近付いただけでは、トラウマによる苦しみが増えるだけ。
 そして皮肉な話だが、今回土倉の意思以上に、相沢さんは近づいてしまった。土倉の心に。
 結果として、土倉はトラウマに、負ける。耐え切れない程の苦しみは、あいつに一つの決意をもたらす。
 トラウマから逃げる、現状での唯一の方法。
 もうこれ以上、誰からも裏切られないで済む方法。
 それは――自らの命を、消してしまうこと。
 そうすれば、もう誰も裏切らない。……誰が裏切ったかも、もうわからない。
 トラウマに苦しむことなく、永遠にあいつの中で仲間のままで、終わりになれるからだ。――それが、許されるかどうかは、別として。
 こんな終わり方――許されるわけ、ない!!
「――クソッ!!」
 気付けば俺は走って急いで玄関へ――
「止まれ雄真!! 時間が経過し過ぎている、闇雲に探して見つかる問題ではない!!」
 ――行こうとした所で、クライスの声。鋭い言葉に、俺の足は止まる。相沢さんも俺に続こうとしていたが、やはりその威圧感に足を止められていた。
「相沢友香、貴行もだぞ。いいか、冷静になれ。わずかな可能性を探る為には、ここで理性を失ったら終わりだ」
「……わかった。お前の意見を聞かせてくれ。こういう時のお前の意見は頼りになる」
 今までだって何度も冷静に指示を出してくれた。ここはクライスの指示に従うべきだろう。――俺はクライスを取り出し、相沢さんにも聞こえやすいようにする。
「文面からするに、奴の最終目的は自殺。だがこれは衝動的な自殺ではない、計画的な自殺だ。衝動的な自殺ならこの部屋で既に死んでいてもおかしくはないし、外に出たとしても近くで何かしらアクションを起こしているはず。即ち既に何かしら騒動になっているはず。だがその手の類の騒動は何もない所を見ると、奴はこの手紙を残して直ぐに死ぬつもりはなかった。最後に行っておきたい場所や見ておきたい場所、そういった個所に回った後、最後に何処か決めた場所で自殺するつもりだと見ていい」
「つまり、恰来の思い出の個所を探せば、見つかる可能性がある……そういうことかしら」
「闇雲に探すよりかは可能性が高いということだ。そして不幸中の幸い、奴は幼少からここ最近まで、良い思い出というものは持っていないだろう」
「つまり、本当に小さい頃の思い出の場所か、最近のあいつの思い出の場所だけに絞れる」
「恰来の最近の思い出の場所……プールデートの時、それからアスレチックのテーマパークの時ね!」
「雄真、成梓茜に連絡を取り、茜と他に特に奴と親しかった一部のメンバーの手を借りろ。そのプールとアスレチックのテーマパークに数人捜索に出し、残りは念の為に瑞穂坂の街の捜索。そして我々はここで奴の幼少の思い出の個所を探し当てる」
「土倉が昔何処に住んでいたかとか、何かそういう手掛かりを探せばいいんだな?」
「急ぎましょう、小日向くん!」
 俺は急いで成梓先生に電話し、事情を説明。クライスの作戦を依頼した後、相沢さんと一緒に土倉の部屋の捜索に入る。
「何か……何か、ないのかよ……!!」
 押し入れ、タンス、戸棚、クローゼット等、手分けをして何かないかと探してみるが……何も見つからない。
「――土倉、机も開けさせて貰うぞ」
 パッと視界に入った机の引き出しを順番に俺は開けていく。だが流石に机だけあって、そう珍しい品は入っていない。
「小日向くん、机はどう?」
「駄目だ、大した物は入ってない。精々一番下にサイズの小さい魔法服とか魔法道具が入ってた位だ」
「サイズの小さい魔法服……?」
「結構古い感じからして、あいつが小さい頃使ってたんじゃないかな。でも流石に魔法服じゃあいつの昔の思い出の場所まではわからないよな……くそっ」
 そのままその一番下の引き出しを閉めようとした時だった。――ドクン。
「……え?」
 心臓の鼓動が、少しだけ大きく耳に響く。……何だろう。
「…………」
 もう一度、その古い小さな魔法服を、よく見てみることにする。……何だか、凄い気になるというか。
「……小日向くん?」
 相沢さんも俺の様子がおかしいことに気付いたか、怪訝な表情でこちらを見ていた。……引っかかる。何か引っかかる。
 俺はこの魔法服を見たことがあるわけではない。なのに、何かが俺の心に引っかかって仕方がない。
「思い出せ……思い出せ俺……何か、何かあったはずだ……!!」
 一生懸命記憶の糸を手繰り寄せていた――その時だった。

『ごめんなさい、小日向くん! それ、私のなの』

「っ!?」
 俺の頭の中に、過去のとあるワンシーンが浮かんだ。
「まさか……いやでも……なら……!!」
 同時に浮かび上がる、一つの結論。
「小日向くん、どうしたの!? 何か、手掛かりが――」
「ねえ、相沢さん。……お守りって、持ってる?」
 俺の返事は、一見すると何の関係もなさそうな物。……だけど。
「小日向くん、何を言ってるの……!? そんなことよりも、今は――」
「大事なことなんだ!」
 俺は相沢さんの言葉を遮り、相沢さんの目を見て言う。
「俺の質問に、答えてくれ相沢さん! これが、土倉を救う、最初で最後のチャンスかもしれない!!」
 俺が導き出した結論。それは――


<次回予告>

「そんな……どうして……!?」
「――結界が貼られているんだろう」
「クライス!? どういうことだ!?」

辿り着いた結論。導き出された答え。
――だが、その答えに辿り着くのが遅すぎたという現実が襲う。

「恰来……絶対、終わりになんてさせないわ……今、行くから……っ!!」
「っ、よせっ!!」

ほんの一握りの可能性に全てを賭けるように、前に進む。
そこにあるのは希望が、絶望か。

「くそっ……クソッ……畜生……畜生っ……!!」

壊れかけの本音。ぶつけ合う想い。
果たして、彼らの運命は、物語の結末は――

次回、「ハチと小日向雄真魔術師団」
SCENE 63 「私の方が、あなたのこと」

「俺はもう無理だ……どうにもならないんだよ……!! 小日向が、友香が、何をしたって何をしてくれたって、
もうどうすることも出来ないんだよ!! どうして放っておいてくれない!? 
どうして最後位そっとしておいてくれないんだ!!」


お楽しみに。



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